創造王の遊び場   作:金乃宮

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第五話

   ●

 

 

 私は今、広い草原の中心にいる。

 ふと目の前を見れば、先ほどの男が立っているのが見えた。

 そして私の手には、発動させたばかり(・・・)の闇の吹雪が解放されずに残っている。

 このまま留めて置くことはできないので、とりあえず目の前の男に向かって放つ。

 今度は邪魔をされずに放つことができた。

 闇の吹雪が着弾し、煙が上がって男の姿が確認できなくなる。

 だが、奴は生きているだろう。

 それぐらいの実力はあるはずだ。

 

 ……なにせ、私相手にこんなことができる奴だからな。

 

 あいつがしたことは簡単だ。

 私が魔法を発動し、開放する前に私のそばに近寄り、私の頭をアイアンクロー気味につかみ、そのまま私を持って、開け放たれた窓から外に飛び出し、開けた草原、つまりここまで連れてきて手を放し、先ほどと同じくらいの距離まで離れる。

 たったそれだけのことだ。

 たったそれだけのことだが、それをこの男は私が知覚できないほどの速さで行った。

 だから私は最初、何が起こったかわからず、いきなり場面が変わったようにしか感じなかった。

 周りを見てみれば、200メートルほど離れたところにそこそこ大きい建物が見える。

 おそらくそこが、先ほどまで私がいたところだろう。

 時間を操る魔法か何かかとも思ったが、先ほども今も、あの男からは魔力を感じない。

 

 ……とんでもない体術の使い手か。油断できんな……。

 

 もとよりそんな気はないが、もう一度気を引き締めなおす。

 そうして煙が晴れてくると、案の定男は無傷で立っていた。

 

「全く、いきなり何をするのかね。せっかくの朝食が台無しになるところだったではないか」

「言いたいことはそれだけか。それは貴様がふざけたことを言ったのが悪い。それに貴様こそいきなり私の顔をわしづかみにしたではないか。それで帳消しだ」

「……いろいろと言いたいことは有るが、まあ確かにレディーの顔をいきなり触るのは紳士のすることではなかったね、謝罪しよう。すまなかった」

 

 そういうと、その男は私に頭を下げてきた。

 その行動に、毒気を抜かれかけたが、何とか気を持ち直して、

 

「それで、貴様の本当の目的はなんなのだ? まさか気紛れなどではあるまい」

「まあ確かに目的はある」

「やはりな、それはなんだ? 言ってみろ。一晩の宿代と騒がせ料代わりに聞くだけ聞いてやろう」

「何、簡単なことだよ。私は君に

 

 

 

 

    友人になってほしくてね」

 

 

   ●

 

 

「友人……だと?」

「いかにも。私は君と友になりたくて、君を我が家に招待したのだよ」

「……そうか、わかったよ……」

「おお、それでは……」

「貴様がイカレているということがよくわかった」

「おやおや、本当のことを言っただけなのにずいぶんな言い様だね」

「もはや貴様の言葉に聞く価値はない。今まで会話が成立していたのが不思議なくらいだ。私はこれで出ていかせてもらう」

「待ちたまえ、出ていくのならばせめて私の話を最後まで聞いてから――」

「くどい!! もう貴様の言葉に耳を傾ける必要も意味もない! 私が出ていくのを邪魔するならば貴様とて容赦はせんぞ!! 死にたくなければそのままにしていろ!!」

「ふむ、そうしてあげたいのはやまやまだが、私としても話を聞いてもらえないのは少々困るのでね。もう少しここにいてはもらえないだろうか?」

「……もういい。口で言ってもダメならば、貴様を排除していくだけだ」

 

 そう言ってゆっくり構えを取る。

 

「はっきり言って普通の人間相手ならばともかくとして、貴様ほどの相手を殺さず無傷で倒すのは不可能だ。そうならない努力は貴様の方でしろ」

「別にかまわんよ。安心したまえ、私を傷つけることは君でさえ容易ではない」

「ああそうかい……。ならば、行くぞ!!」

 

 苛立ちの表情を隠さずに、エヴァンジェリンはミコトに飛び掛かり、振りかぶった拳をミコトの顔面めがけてたたきつける。

が、

 

「……やはりこの程度は防ぐか」

 

 ミコトはその拳を片手で受け止めていた。エヴァンジェリンが一度距離をとるために離れるのを見ながら防御に使った右手をぶるぶる振ったり握ったりをして、

 

「うむ、やはりこれを無防備に受けるのは少々危険だからね。それにしても、片手とはいえ気で強化した防御の手をしびれさせるとは、吸血鬼の力とは大したものだ。……さすがの私も、無手では少々キツイかもしれん。だから……」

 

 ミコトは左手を虚空に伸ばし、自身の左側にあけた虚空倉庫の入り口から細長い物を取り出した。

 

「これを使わせてもらおう」

 

 それは鞘に納められた剣のようなものだが、普通の剣と比べてかなり細い。

 それはミコトがそれを鞘から抜き放ったことでさらに顕著に現れる。

 その細さゆえ、レイピアの類かとも思ったが、それにしては刃に幅があるし、片刃とはいえ刃もあることから普通の剣でもないだろう。

 

「……なんだ、その細い剣は? そんなもので戦うというのか? 何かに触れればすぐに砕けてしまいそうな細身で、いったい何を切ろうというのだ?」

 

 エヴァンジェリンはそういってあざ笑うが、ミコトは特に気にせず、

 

「これは刀と言ってね。旧世界にある極東の島国で使用されている武器だ。この細見からは考えられぬほど頑丈でしなやかだ。達人ともなればこれを使って鋼鉄をも切り裂くらしい。外見に惑わされないほうが良いよ?」

「フン、それを私に言うことすらおこがましい。貴様の数倍生きている私に説教か?」

「なるほど、確かに見た目幼女な吸血鬼(きみ)は強者だ。見た目で判断することの愚かしさぐらいわかっていて当然だったね」

「なんだか今とてつもなくバカにされたような気がしたぞ」

「気のせいではないかね? 誰もエターナルロリ(きみ)のことをバカにしてはいないよ」

「本当だろうな? なぜか貴様の言葉には裏があるような気がしてならんのだが」

「そんなことはない。私は嘘と坊主の頭はゆったことがないのが自慢の男だ」

「その言い回しからして胡散臭いにも程があるんだが……」

 

 まあいい、と合法ロリ(エヴァンジェリン)は一息t

 

「おいこらちょっと待て、まだ私をバカにする奴がいるぞ!!」

「何を言っているのかね? この場には私たち2人以外誰もいないではないかね?」

「いや、今確かに誰かが私のことをバカにしていたような気が……。まあいい、とりあえずこれ以上この話題はやめておこう。不毛すぎるからな」

 

 さて、とエヴァンジェリンは一息つき、

 

「貴様の武器はそのカタナとやらでいいのか? ずいぶん大切にしているようだが、私にへし折られる覚悟はできているんだろうな?」

「ふむ、確かに今回私はこの刀を使うつもりだが、へし折られるのはまずいな。直らないわけではないが時間がかかる。それは勘弁してほしいね」

「ん? ならば折らないように手加減でもしてほしいか?」

「いや、その必要はない。折れないようにするからね」

「ほう、どうするというんだ? 刃に障壁でも張るのか?」

「いや、そんなことはしない。ただ、こうするだけだ」

 

 そう言うと、ミコトは左手の刀を振り上げて、

 

「――轟かせ、『空牙(くうが)』」

 

 そう言いながら振り下ろす。

 途端にミコトを中心に風が起こり、思わず顔をかばい、風がすぐに収まったのを確認して前方を見たエヴァンジェリンは、

 

「……! ……なんだ、それは」

 

 先ほどの刀とは比べ物にならないほどの大剣を左手に悠々と立っているミコトの姿だった。

 

 

   ●

 

 

 先ほどまでミコトが持っていたものは長さ1メートル、幅3センチほどの刃を持つ片刃の刀だった。

 だが、今彼が持っているのは、刃だけで長さは1.5メートル、幅は30センチ以上はある両刃の大剣だ。

 いや、両刃の、という表現は正確ではない。

 刀身には直径4センチほどの銀色の鱗の様なものがびっしり隙間なく生えており、刃の部分も例外ではない。

 まるで大蛇をまっすぐにのばして押しつぶし、厚さを1センチぐらいにしたような、そんな異様な剣だった。

 

「……この刀は斬魄刀という」

「……ザンパク……トウ?」

「そう。この斬魄刀にはそれぞれに名前があってね、その名を呼ぶと本来の姿になり力を発揮してくれる。この刀の名は『空牙(くうが)』。竜の姿を模している、私の力だ」

「……なるほど、蛇ではなくドラゴンか。ずいぶんと面白いものを持っているではないか。……だが、見てくれが変わったからと言って、それがなんだと言うんだ!!」

 

 叫ぶと同時に、エヴァンジェリンはミコトに飛び掛かっていく。

 先ほどよりも早く、鋭い拳を、ミコトは少し剣を持ち上げ、

 

 

 

 

 刀の腹で受け止めた。

 

 

 

 

 「……!!!」

 

 拳を簡単に防がれたエヴァンジェリンは驚き、急いで先ほどと同じあたりまで離れる。

 

 ……固い。なんという固さだ!

 

 心中では驚きながらも、決して表情には出さず、攻撃のための剣を盾のように使っている男に対して、

 

「なかなかの固さじゃないか。それを壊すのはなかなか骨が折れそうだ」

「お褒め頂き恐悦至極だ。……だがそうだね、この刀を折ることができるか、私に一発でも攻撃を当てることができれば、君がここから出ていくのを止めはしないと約束しよう。 どうかね?」

「ほう、面白い。その勝負、……乗った!!」

 

 それからのエヴァンジェリンの攻撃は苛烈の一言に尽きた。

 吸血鬼の身体能力を惜しみなく使い、ミコトに立ち向かっていく。

 右手での突き、左手でのフック、右足での直蹴り、左足での回し蹴り。

 それらを間隙なくつなぎ合わせ、ミコトの右から、左から、時には一瞬で後ろに回ってと、さまざまな位置からミコトの体に向かって叩き込む。

 だがミコトは、それらの攻撃をすべて左手で持った『空牙(くうが)』で受け止めていく。

 いくらエヴァンジェリンが裏をかこうとも、瞬時に意図を見破り反応してくる。

 何度打ち込んでも結果は変わらない。

 そのうち、エヴァンジェリンはじれたのか、魔法を打ち込んできた。

 

「喰らえ! 魔法の射手・連弾・闇の31矢!」

 

 宣言と同時、暗い闇の塊が31、ミコトに襲い掛かる。

 だがそれに対しても、ミコトはゆっくりしていると錯覚しそうなほど落ち着いた動きで剣の腹を魔法に向け、

 

「吠えたまえ、『空牙(くうが)』。――『裂破咆哮(れっぱほうこう)』」

 

 その途端、刃が吠え、魔法がすべて停止した。

 

 

   ●

 

 

 エヴァンジェリンは目の前の出来事が信じられなかった。

 

 ……なぜ魔法が勝手に停まる!?

 

 目の前の男が持っている馬鹿でかい剣や障壁で防がれたのならまだわかる。

 だが今あの男は剣を片手で魔法を防ぐように構えているだけだ。

 そうして技名のようなものを呟いたかと思ったら、いきなり剣を中心に空気が震え、それと同時に私の放った魔法がすべて剣に触れる前に停止した。

受け止められたのではなく、ぶつかる直前にそのままの形で空中に止まっているのだ。

 その事実に驚いていると、男は剣を振りかぶり、停止させたばかりの魔法を一薙ぎで殴りつけ、すべてを粉々に打ち砕いた。

 停止させてから殴るまで、わずか一秒足らず。

 たったそれだけの時間で、私の魔法が完全に無効化された。

 砕かれ、空に舞った黒い粉は、すぐに大気にとけて無くなった。

 ……時間停止? いや、今魔法を砕いたとき、空間も一緒に砕けていたように感じた。 ならば空間停止の類か……?

 

 そう考えていると、男は口を開き、

 

「この剣は竜を模している」

「……それがなんだというんだ」

「わからんかね? 竜とは最強の存在だ。強い存在は、ただの一声で弱者をひるませ、無力化する。その効果を具現化させたのが、先ほどの『裂破咆哮(れっぱほうこう)』だ。この叫びの向く範囲において、すべての存在はひるみ、停止する」

「ならば今、一撃で魔法を砕いたのは……」

「空間ごと停止させ、固体とみなして砕いた。大概のものは停めてしまえばもろくなるからね。液体でも気体でも固体でも、皆等しく簡単に砕くことができる」

「…………無茶苦茶だな」

「そうでもないさ。停めていられるのもせいぜい数秒だしね。それが過ぎればまた動き出してしまう」

 

 ……十分な脅威じゃないか。

 

 戦闘においては、たった一瞬の隙で勝敗が決まることが多い。

 その戦闘において、一瞬どころか数秒も停止させられるというのは、脅威以外の何物でもない。

 しかもその状態においては一撃で体が砕かれてしまう。

 つまり、剣の腹を向けられたまま一ヶ所に留まってしまえばその時点で負けてしまうことになる。

 

 ……この状況で勝つためには……。よし、やってみるか。

 

 少々の思考ののち、エヴァンジェリンは男に向かって飛び掛かっていった。

 

 

   ●

 

 

 ここでエヴァンジェリンがとったのは、先ほどと同じ高速かつ高密度の全方位攻撃だ。

 殴っては移動し、また殴る。

 時によっては“殴る”が蹴りや抉るになったりするが、基本は変わらない。

 それをひたすら高速で繰り返す。

 これならば相手は防御に回らざるを得ず、こちらも移動しているため、空間停止にロックオンされることもない。

 だが、攻撃を放ち、ほかの場所に移動してまた攻撃を放っても、男はすぐに反応して、防いでくる。

 どんなに早く攻撃しても、自分が一人である以上、攻撃には多少のタイムラグが生まれる。

 ほんの一瞬でも、タイミングのずれは消すことができない。

 そして、この男はその一瞬に対応できるほどの実力を持っている。

 ならば戦況は固まらざるを得ない。 

 自分はただひたすらに男の体を狙って攻撃をし続け、

 男はひたすらにそれを剣で受ける。

 男は剣以外で攻撃を受ければ終わりだ。

 体は小柄でも、吸血鬼の力はすさまじく、全力の攻撃を喰らえば普通の人間ならば致命傷になる。

 なので相手も防戦に回らざるを得ない。

 それが延々と続いていく。

 

 普通の人間ならば肉体的にはもちろん精神的な疲労もたまっていき、いつかミスをして倒れていく。

 だが、この男は普通ではない。

 先ほどから全く疲労の色が見えず、やせ我慢しているようにも見えない。

 本当に何でもないというように平気な顔で攻撃を防いでいる。

 こちらも耐久力は高いので、戦いはいつまでも途切れることなく続いていくことになる。

 

 ……本当にこいつは何者だ?

 

 こんなに若いのに自分と拮抗している。

 人並み外れた体力を持ち、さらにとんでもない武器まで持っている。

 

 ……いったいどんな人生を過ごせばこんなことになるのか……?

 

 そう考えて、すぐにその思考を頭から消し去る。

 

 ……そんなことを考えている場合ではないだろうに……。

 

 今は戦いの最中であり、いかに気を散らさずに動き続けられるかが勝敗を分けるのだ。

 無駄なことに思考を割いている余裕などない。

 確かに興味深い男ではあるが、今ここで始末してしまえば男の過去になど意味はなくなる。

 ならば今は、興味などという感情の一切を捨て、理性による観察のみで動き続けるだけだ。

 感情をそぎ落とし、鋭い理性を持って切り崩していく。

 それが今、この場を生き残る最善の手だ。

 そう判断し、その通りに動き続ける。

 

 だが、次第に相手には余裕が出てくる。

 考えてみれば当然のことだ。

 高速で動けば動くほど、攻撃について考える期間は減っていき、最終的には今まで積み重ねてきた経験による反射行動のみで動くことになる。

 そうなればどうしても行動にパターンが出てきてしまう。

 そしてそれは同時に、相手に行動を読まれてしまうということにつながる。

 行動が読めるようになれば、あとは次の行動に備えてあらかじめ動いておけばいいので、余裕が出てくる。

 こうなると形成は一気に不利になる。

 だが、これもエヴァンジェリンにとっては計算の内だ。

 

 ……狙いは一瞬。それを逃したら終わりだ……。

 

 狙うタイミングは、相手が完全にパターンを読み切り、こちらの攻撃を受けてから次の攻撃の対処に移るその瞬間。

 その瞬間に相手が構えたのと反対の方向に移動して攻撃すれば、相手はそれに対応できず、攻撃を喰らう。

 そして―――、

 

 ……今だ!!

 

 エヴァンジェリンは剣を殴りつけ今までの流れならば攻撃を行うはずだった場所に剣が向かうのを確認するとすぐにその反対側に回り込んだ。

 

「喰らえ! 魔法の射手・連弾・闇の31矢!」

 

 やっとのことで見つけた隙に、魔法を叩き込む。

 だが、男もそれに気が付いて、すぐに剣を魔法が向かう軌道上に送り込む。

 おそらくタッチの差で、魔法は間に合わず、剣にあたってはじけるだろう。

 

 ……だが、それも計算の内だ。

 

 エヴァンジェリンは魔法を放った後、その結果を確認することなく、すぐに男の反対側に移動する。

 そして、今度は己の拳を振りかぶり、がら空きの胴体に叩き込む。

 これがエヴァンジェリンの策、魔法と自分の同時攻撃(コンビネーション)だ。

 これならば、二つの攻撃のタイムラグはなくなり、男は二つの攻撃を同時にさばく必要が出てくる。

 ただでさえ予想外の攻撃が来て戸惑っているところに、さらにもう一つの攻撃を防ぐことはできないだろう。

 対応できるのはせいぜいどちらか一方のみ。

 もう一方は喰らってしまうだろう。

 そして、今放った攻撃はどちらもまともに喰らえば命はないほどの威力を持っている。

 

 ……これで、終わりだ!

 

 視界の端で男の驚いた顔を見ながら、自分の思い描いたビジョンに現実が近付いていくのを感じていく。

 そして、

 

 魔法と拳が同時に着弾した。

 

 

   ●

 

 

 ……ほう。こちらを受けたか。てっきり魔法の方を防ぐと思ったのだがな。

 

 エヴァンジェリンは拳を通して感じる固い手ごたえからそう判断するが、

 

「……ふう。危ないところだったね」

 

 その声に、今まで思い描いていたビジョンが砕かれたのを感じた。

 

 

 

 ……なっ、なぜだ!? どうして今ので生きていられるんだ!?

 

 そう思ってよく見てみると、

 

「な、なんだこれは……」

 

 鉄色の帯が男を取り囲んでいた。

 その帯は男の周りを少しずつずれながら3周ほどしており、その端は男の持つ剣のつかにつながっている。

 それを見て、目の前の帯がその剣だと判断すると、

 

 ……まずい――!!

 

 すぐにその場を離れ、最初の位置まで跳び戻っていった。

 目の前にあるものがあの剣であるならば、空間停止をかけられてもおかしくない。

 今まで自分はそれを警戒して高速移動を続けていたのだから。

 なのにその剣に触れながら考え事など自殺行為でしかない。 

 そう思っての回避行動だ。

 それを見た男は、帯を短く縮めていき、元の大剣に戻した。

 状況から考えるに、あの帯で魔法と拳の両方を防いだのだろう。

 

「……本当に滅茶苦茶な剣だな。その固さに加え、長さや形まで変えられるのか」

「当然だよ。竜族の鱗の固さは全生物一だからね。竜を模したこの剣の固さもそれぐらいあって当たり前だ。そして、迫りくる脅威に対して何の反応も示さないなどということはありえない。迎え撃つぐらいのことはできなければ最強種とはいえんだろう」

 

 話を聞けば聞くほど理不尽な性能だ。

 形まで変わるということは、あれは全方位に対応できるということだ。

 そうなれば、いくら同時攻撃を行っても完全に防がれてしまうだろう。

 それ以前に、もう不意打ちは通用しないと考えなければならない。

 同じような手が二度も通用する相手ではないだろうと、それくらいのことはもうわかっている。

 

 ……こうなると、もう残された手段はほとんどないぞ……。

 

 いや、一つだけ、あるにはあるが、この状況では使えないだろう。

 彼我の戦力差に軽く絶望しながらも、あることに気が付き、その絶望が怒りに変わる。

 

 ……まさか、こいつ……!!

 

「……きさま、なぜ本気を出さない!?」

 

 ……いや、それどころか――

 

 

 

 

「――なぜ一度も攻撃してこない!?」

 

 

   ●


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