創造王の遊び場   作:金乃宮

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第十九話

   ●

 

 

 私の目の前に立つ女は、ずいぶん変わった格好をしていた。

 年のころは十代の半ばだろうと思われるその女は、腰まで伸びる長い黒髪を背中に流し、随分と布の多い服を着ている。

 その服がまた豪奢であり、何枚もの服を重ね着して胸の前で合わせ、太い腰帯を巻いて押さえつけているようだった。

 その異様にそでが大きく膨らんでいる(まるで腕にヒレがついているようだ)服には、何やら真っ赤で大きなな花が意匠されており、その女自身も同じ花を一輪、木から直接折って来たのか枝ごと持っている。

 草がまばらに生えている程度でそれ以外は乾いた土しかない、そんな広い空間の中で、その女だけは生き生きとしている。

 どう考えても不釣合いだ。

 

「……全く、いつまでも待たせておいてやっとここまで来れたと思えば、今度は私のファッションチェックですか? 良いご身分ですわね、エヴァンジェリン?」

「――あ、ああ、すまん」

 

 反射的に謝ってしまったが、自分が言うべき言葉はそれではないと思い直し、今度はしっかりとその女の顔を見て、頭を下げた。

 

「――すまない、お前をずいぶんと待たせてしまった……」

「あら、ずいぶんと素直なことで」

 

 呆れたようにそうつぶやいた女は、一つため息をつくと「頭を上げてくださいな」と言いながら私のもとへ歩みよって来た。

 そしてゆっくりと顔を上げた私と目を合わせ――身長的には私よりも少し高いため、見下ろす形になっているが――、にっこりと安心したような顔をすると。

 

「まあ、事実を知った途端に私のところに来て、一目で私を選び取った。その上での謝罪です、受け入れねば女が廃るというものでしょう。エヴァンジェリン、貴方を許しますわ」

 

 そう言って、女は腰をかがめて私を視線の高さを合わせると、

 

「では、これから私たち(・・・)の物語が始まります。まずはこれまで同様、私の名前を聞き取るところからですね。……まあ、ここまでくればあとはもう少し。貴方が私をどれほど必要としてくれるか、というところですので、頑張ってくださいましね?」

 

 そういってほほ笑んだところで、私の意識が急激に薄れていくのを感じ、慌てて女に手を伸ばそうとするが、意識の喪失はそれよりも早く、

 

「――私の名は■■。早く私を呼んでくださいましね、偉大で小さな私の主様?」

 

 小さなは余計だ、という文句を言う暇もなく、私はすべての視界をなくし、そして――

 

 

   ●

 

 

「――はっ!?」

 

 気が付けば、私は工房の中で刀を抱えて座り込んでいた。

 

「戻ってこられたようだね。改めての対話はうまくいったかね、エヴァ君?」

 

 と、背後から掛けられた声に首だけで振り向けば、ミコトがいつものように無表情で立っていた。

 どことなくほほえましそうな口元を隠そうともせず、へたり込んだままの私に手を差し伸べて立たせながらミコトは言葉をつづける。

 

「斬魄刀は意思を持つが、直接私たちのいる現実世界に出てきて会話をすることはかなり難しい。故に私たちと会話をしたいときには斬魄刀自体が自らの世界に主の精神を招き入れて対話を行う。――対話の最中は無防備になる、気をつけておきたまえ」

「……ああ、ありがとう」

 

 若干のふらつきはあるが、自分の足でしっかりと立てることを確認した私は、手に持つ刀をじっと見つめ、

 

「ミコト」

「何かねエヴァ君?」

「この刀、私がもらってもいいのか?」

 

 いわれることは何となくわかってはいたが、ミコトと、そして何より私を待ち続けたこの刀のためにも聞いておくべきだと思い、そう尋ねたところ、ミコトは口の端をさらにゆがめ、答える。

 

「無論だとも、もはやそれは君専用の斬魄刀だ。生かすも殺すも君次第。大切に、しかし全力で振るい、共にあってくれたまえ」

「……そうか、わかった」

 

 その言葉に覚悟を決めると、私はもう一つ、続けて言葉を放つ。

 

「ではミコト、もう一つ頼む。……私に、こいつの名前を聞く方法を教えてくれ!」

 

 

   ●

 

 

「と、頼んだのは私だが――」

 

 工房での出来事から数分後。

 

「――なんで私はこんなことをしているんだ、答えろミコト!?」

 

 私とミコトは、広い庭で以前の戦いでも用いた指輪を使って出した異空間にて、全力の殺し合いをしていた。

 

「ははは、もちろんエヴァ君がその斬魄刀の名前を聞き取れるようにするためだよ」

 

 ガキン、とこの数分で何十回聞いたかわからない金属同士の激突音を追加で聞きながら、私は慣れない刀の振り方を実地で体に叩き込みつつ、これまでのお返しとばかりにミコトに駆け寄りながら、さらに問う。

 

「だから、なぜ、名前を聞き取ることが、こんな戦いに、つながるのかと、聞いているんだ!」

 

 突き、払い、袈裟切り、受ける。

 本来ならば行われない刀同士のぶつかり合いも、斬魄刀の耐久性と修復機能に任せて激しく行われている。

 そんな物理的に火花の散る中、私とミコトは高速で移動しながら切り結ぶ。

 いまだ互いの体に傷はついていないが、このままではいつどうなるか分かったものではない。

 それでもなお、ミコトの太刀筋には一切の迷いはなく、それゆえに私もそれ相応の切り返しをせざるを得なくなる。

 なし崩し的に始まったこの切り合いの意味を、私はいまだにつかめないでいた。

 

「ほらほらエヴァ君、全力を出さないと首が飛ぶよ?」

「要は私が強くなるための訓練のようなものなのだろうが! なぜそこまで本気でかかってくる!?」

「そうでなければ意味がないから、だよ!」

 

 少しでも隙を見せればすぐさまそこに刃が飛んでくるため、気を抜けば本当に首が飛ぶだろう。

 いくら不死とはいえ、そう気軽に首を飛ばしたくはないため、全力で戦ってはいるが、頭の片隅にはずっと謎がこびりついている。

 

「意味も何も、お前の作った刀なのだから、お前が教えてくれればすむ話だろうが!」

「先ほど言った通り、斬魄刀の人格は契約時に読み取った魂の情報をもとに一から作られる。それに伴い、その刀の能力や形状、さらには名前までもがその持ち主に合わせて作られる。――つまり、製作者の私ですらその刀の名前はわからない。だからエヴァ君が直接聞き出すしかないのさ!」

「ならば、先ほどのように対話を重ねればいいのではないのか!?」

「それも一つの手だが、エヴァ君はそれを夢の中で何度も繰り返していたはずだ。それでも聞き取れないということは、原因はおそらく別にある」

「聞き取れない原因が別に……? なんだというのだ!?」

 

 言葉を重ねながらの切り合いに、だんだんと余裕がなくなってきた。

 いくら吸血鬼の身体能力といえど、刀を用いた戦闘技術は文字通り付け焼刃だ。

 おそらく長い実戦経験を積んだミコトにかなうはずもなく、押されることが多くなってきた。

 

「それはね、エヴァ君。……君がまだまだその刀のことを受け入れていないからだよ」

「――なに?」

 

 そんなはずはない。

 私はこの刀のことを受け入れ、ともにあることを決めた。

 そのはずなのに、なぜ……?

 

「君はまだまだ、人を頼ることが苦手なようだ。その証拠に、君の刀に頼ることができていない。刀自身はまだまだ力を発揮できるのに、君はそれを心から望んでいない」

「そんな、ことは――」

「だから、君を追い詰め、全力で戦うことを望ませよう。なに、もし失敗しても体の大半が消し飛ぶだけだ。時間がたてば元に戻るよ」

「無茶苦茶なことを……!」

 

 ガキンガキンとぶつかり合う刀同士の音の間隔はどんどん狭くなっていき、かわされる斬撃の数は数えることすらばかばかしくなってくるほどになった。

 そんな風に数分間打ち合っていたが、それも長くは続かず、ある時にいきなりミコトは私から距離をとった。

 

「……どうした、もう疲れたのか? だったらこれはやめにして次の方法を――」

「ああ、そうさせてもらおう。この方法ではらちがあきそうにないからね」

 

 そういってミコトは刀を鞘に戻し、そしてそれを虚空にしまうと、同じ空間から新たにもう一振りの刀を取り出した。

 

「それはなんだ? 前に行った戦いの際にも出していたが、お前は斬魄刀を二振り持っているのか?」

「その時に否定したが、私の持つ斬魄刀は一振りだけだよ。そもそも同じ魂の持ち主が作り出せる斬魄刀は一種類のみだ。複数作っても意味はない。――ただまあ、私の場合は少々事情があってね」

 

 そういいながらミコトは新しく取り出した刀を抜き放ち、鞘を虚空に収納すると、改めて私に切っ先を向け、

 

「意を示せ――『天牙(てんが)』!」

 

 と叫んだ。

 その瞬間、空牙を解放した時と同様の風が吹き、そして――

 

「さあ、エヴァ君。これを出したからには、先ほどまでのようにはいかない。これまで以上に全力を出さないと――」

 

 そういいながらミコトが掲げたのは、空牙とは似ても似つかない細身の剣であり、

 

「――体がすべて消し飛ぶよ?」

 

 そして何より、纏う空気がとても攻撃的な剣だった。

 

「……おいおい、冗談にしては笑えんぞ。なんだその刀は?」

「冗談ではないし、笑わせる気もない。そして、そんな話をする余裕も今後は一切与えない」

「おい、ミコ――」

「――エヴァ君、よけたまえ」

 

 まるで何かの動物の牙を削り取ったような乳白色の刀身を持つ剣を振りかぶり、ミコトはこれまでとは全く違う冷たい声で呟くように告げる。

 

「よけねば、いくら不死身とてかなりきついぞ」

「ま、待て!」

 

 これまでとは別人だとしか思えないミコトの様子に焦り、そして止めようと声をかけるが、ミコトは止まる様子を見せず、

 

「――滅破咆哮(めっぱほうこう)

 

 過たず、私に向かって細身の剣を――天牙を振り切った。

 空牙と違ってとても細く、横から叩けば簡単に折れそうなその剣では当然のように離れたところにいる私を切ることはできない。

 だが、振り始める直前、その剣から光が漏れ始めたのを見た私は、考えることを放棄してその場から全力で飛びのいた。

 ――そして、それが私の命を守ることとなった。

 

 

   ●

 

 

「以前見せた空牙は守護の剣。私自身や他の者を守ることに特化している反面、攻撃力は極端に低い。せいぜいがその重さで殴りつける程度だ」

 

 一切の余裕を排除し、吸血鬼の膂力も含めた全力の回避を行った結果、私はそれまでいた場所から50mほど離れた上空にいた。

 その場ですぐに自身の状態を確認するが、傷や修復の痕跡は一切確認されない。

 ただし、私のまとっていた服は無傷とはいかなかったようだ。

 フリルの多い服を着ていた弊害か、回避の際にスカートの裾の部分がすっぱりと持って行かれている。

 

「そして、この天牙は空牙とは全く逆の性質を持つ。具体的には、容赦のない破壊の力だ」

 

 そして、私がつい先ほどまでたっていた場所を見てみると、その場所には、

 

 ――なにも、ない……!?

 

元々は草原出会ったその場所には、生えていた草どころか大地すらない。

さらに、何もないのは私の立っていた場所のみではなく、ミコトが立っている場所から始まり、私の立っていた場所を含めた延長線上すべてが消滅し、一時的に作り出されたこの半径数kmの空間をほぼ両断していた。

 

「刀身そのものは大して強靱ではない。刃の角度を少しでも間違えて切りつければ刀身が砕けてしまうような、そんなもろい剣だ」

 

その破壊を生み出したミコトは、その剣――天牙を振り切った姿勢のまま、その場に立ってつぶやくように天牙の説明を続けている。

 

「だが、刀身から発される竜の咆哮は、触れるものすべてを破壊する振動を帯びている。魔法による障壁があっても、よほどのものではない限り簡単に破壊し、内部にダメージを与えるだろう」

 

 ミコトのその言には説得力がある。

 現に、先ほどの一撃は私の展開する障壁をやすやすと打ち砕いて服の一部を切り取っていった。

 障壁に甘えて回避を選ばなければ、私の全身は粉砕されていただろう。

 比較的すぐに元に戻るとはいえ、全身を砕かれる痛みや体を再構成する疲労感を得るのは望ましくないし、なりたてのころに比べればましにはなったが全身の再生にはまだまだ時間がかかる。

 

「さらに言えば、この咆哮は常時放ち続けることも可能でね。刀身にまとわせるように力場を展開し続ければ、最小限のコストで斬撃を強化することができる」

 

 そういいながら構えを解いたミコトが掲げた剣をよく見てみると、先ほど放たれた光と同じ輝きがうっすらと刀身全体を覆っているのが見えた。

 あれならば触れたものをすべて砕く無敵の刃になるだろうし、ミコトは言及していなかったが、おそらくは刀身への直接攻撃から刀身を守る防壁の役割も持っているのだろう。

 あれを常時展開されるとなると、いくら頑丈な斬魄刀とはいえこれまでのように受け止めることはできそうにない。

 もし万が一受け止めてしまえば、あっという間に斬魄刀ごと真っ二つにされてしまうことは間違いないからだ。

 

「……とまあ、自慢げに紹介してみたが、どうかねエヴァ君。私に打ち勝つことはできそうかね?」

「無茶なことを言うな、ミコト。どう考えても――というか、考えれば考えるほど隙が無さすぎるだろう。勝ち方を教えてほしいぐらいだ」

「……ふむ、そこまで難解な問いではないはずなのだがね。私でもいくつか思いつくものがあるのだが……」

「なに? どんな方法か、ぜひ教えてもらおうか」

「それは断ろう、エヴァ君。何せこれは君自身が見つけなければいけないものだ。私が教えてしまえば意味がない」

「そんなすぐに思いつくものではないと思うのだがな……」

「なに、エヴァ君ならばすぐに思いつくさ。なにせ――」

 

 と、その瞬間ミコトの姿が私の視界から消え、そしてすぐに私の背後から声が聞こえてきた。

 

「――なにせ、思いつかない限りはこの戦闘は終わらないのだからね!」

「――は!? いや、ちょ、まて」

 

 私の静止の言葉を受けて、帰ってきたのは背後からの光をまとった斬撃だった。

 

 

   ●

 

 

 ……くそッ! いったいどうすればいいんだ!?

 

 先ほどから心中で吐き出されるこの言葉は、はたして何度目のものだったのか、数えることすらもうあきらめている。

 殺し合いが再開してから、もう数時間は経過している。

 その間、ミコトは一言も発さず、私に向けて刃をふるい続けた。

 時には直接光をまとった刃で切りかかり、時には光の斬撃を飛ばし、さらには光そのものを光線として放ってくることもあった。

 それらすべてが私を滅そうという意思を十二分に持っており、現に気を抜けばあっという間にそれが現実になるだろうことは間違いなく確信できるものだ。

 これだけの時間続いたとなると、ミコトのことだ、このまま変化がなければ数日でも数年でもこの状態が保たれると考えたほうがいい。

 私たち不死者の時間感覚がおかしいということを差っ引いても異常なことではあるが、まあミコトだし。

 

 ……本当に、らちがあかないな!

 

 避けて、避けて、避けて、避けて。

 回避のパターンをほぼ把握したのはもう2時間ほど前だ。

 それ以降はもはや同じ作業の繰り返しであり、たまに見たことのない攻撃方法が出てきてもこれまでの経験で避けることができてしまう。

 

 ……これでは、つまらない。

 

 最初は胸が躍るようであったこの殺し合いも、慣れてしまえばつまらない。

 攻撃してみようと隙を伺うが、どうやっても自分の刀が切られて終わる光景しか思い浮かばず、避ける作業に入る。

 いっそのこと何発かくらってみようかとも思ったが、それはそれで何か負けた気がしてくるのでやはり避け続ける。

 こうしてこの膠着状態が出来上がってしまった。

 

 ……何か、変化がほしい。

 

 この状態を変えるための変化がほしい。

 ただ、何か魔法を使おうにも、発動に必要なほんの少しの時間がこのままでは確保できない。

 離れようにも、おそらくそんなことを許すミコトではない。

 チャチャゼロは今頃飲んだくれて寝ている。

 ほかの可能性も、すべて結局はこの状態に戻るかしてしまうようなものばかり。

 

 ……切れる札が、今の私にはまったくない。

 

 このままでは食事もとれず、雑談もできず、寝ることもできない。

 この身は不死ゆえにそれらは必要としないが、それらがなければ死んでいるのと何ら変わらないというのはこの100年ほどで十分に理解している。

 ただ死なないようにしているだけでは意味がない。

 ひたすらに生を楽しみたい。

 

 ……もう、死に続けるように生きるのはまっぴらだ!!

 

 だから、本当に何もないのかと切れる札を探し続けた。

 魔法は意味がない。

 体術は未熟もいいところ。

 退避もすぐに無意味になる。

 それ以外に現状取れる手段は――

 

 ……ああ、一つだけ、あったか……。

 

 回避自体はミコトを視界に入れておけば半自動で行えるので、視線を右手に持っていく。

 そこには、もうすでに振ることをあきらめていた私の斬魄刀があった。

 

 意図せず長い間放置してしまった刀を、持っているとはいえ意識の外に追い出し、また放置してしまっていたことに気が付いてなんだかおかしく思えてくる。

 だが、確かに思い至ってみれば、現状を打破できる可能性を持っているのはこの刀だけだ。

 何が出てくるのか全く分からないが、たとえどんな能力でも現状を変えることぐらいはできるはずだ。

 だから、私はミコトの剣を避け続けながら、強く願う。

 

 ……何でもいい、私に力を貸してくれ!!!

 

 

   ●

 

 

(……本当に、あきれた主様ですわね)

 

 唐突に頭の中に響いてきた声に驚き、うっかり避け損ねて髪を一筋持っていかれてしまった。

 だがそれでも何とか持ち直し、避け続けながらその声に対応する。

 

「(なんだ、あちらに行かなくても話すことはできるのか。だったらとっとと話しかければいいものを)」

(それでは意味がありません。貴方が私のことを忘れているときに話しかけてしまえば、貴方が私を真に求めることができなくなってしまいますから)

「(それでずっと待っていたのか。気の長いことだな)」

(貴方ほどではありません。私のことに気が付かないおバカな主様のためにうっかり手を差し伸べてしまう程度には、気が短い方です)

「(おいこら、だれがおバカだ!)」

(……ここでは話し辛いですね。ちょっとこちらへ来てくださいな)

 

 と、いきなり私以外のすべての動きがゆっくりになった。

 当然ミコトの持つ剣も動きがほぼ止まる。

 そして、私の意識もどこかに吸い込まれるように移動していき――

 

 

   ●

 

 

「さて、本日2度目のご挨拶になりますが、いかがお過ごしですか、主様?」

 

 つい数時間前に呼びこまれた広い荒野に再び呼ばれた私は、はんッと笑い飛ばしつつ言葉を返す。

 

「とりあえずいろいろな意味で最悪だ。茶ぐらい出してもらわんと釣り合わん」

「それは重畳。生憎と茶葉や茶器やテーブルなどすべて切らしているため、私とのお話でご勘弁を……」

 

 おどけたようにそう言ってから、女はあきれたような表情を見せてひとつため息を吐くと、

 

「しかし、あのような理由で私を求めてくるとは、若干予想外ではありますね。要は暇なのは嫌だから呼ばれたようなものではないですか。もっと、なんというか、命の危機に瀕したから求められたとか、そういうのを期待してまたのに」

「不死者に無理を言うな。いくらミコトが本気で切りかかってきていたとしても、あれはあくまで切るだけであって、消滅したり封印されたりするわけではない。ただ単に体が吹き飛ぶ程度でいちいち命の心配をするような時期はもうとっくに過ぎている」

「まあ、そんなことだろうと思いましたけどね」

 

 くすくすと笑いながら話していた女だったが、急に表情を消して、無言で手に持つ枝付きの花を差し出してきた。

 見れば見るほど大きく立派な花だが、生憎と何を言いたいのかわからないので、尋ねることにした。

 

「おい、これはいったいどういうことだ?」

「これが、私です」

「……は?」

 

 さっぱり話がつながっていないのだが、そんなことを気にせず、女は話し続けた。

 

「この花は、決して華々しく散らず、その色は血のようで、派手な香りもなく、主張もせず、そっと咲くだけ。そして最後には、首を切られたように花ごとぼとりと不吉に落ちる……。それがこの花であり、この花の名をいただいたのが私です」

 

 表情を消したまま女はそういうと、おもむろにその花の枝を自分の足元に刺した。

 

「そして、花は周りからどんな陰口をたたかれようとも、どんな付加価値をつけられようとも、変わらず咲き続けます。……周囲の力を奪い、自らの糧とすることで」

 

 そういっている間に、花の枝を刺した地面に変化が現れた。

 もともと水気があまりない状態だった地面が、さらに渇き、どんどんとひび割れていったのだ。

 さらにみていると、ひび割れはどんどんと広がっていき、周囲に生えている草のあたりまでたどり着くと、その草すらも目に見えてしなびていき、枯れてしまう。

 そうしてどんどんと周囲から水や栄養を奪ったその花は、より紅く、よりみずみずしくなっていく。

 

「これが、私です。そしてこれが、貴方でもあります」

「お前でもあり、私でもある……? どういうことだ?」

「私を作ったミコトという者が言っていませんでしたか? 私たちは契約した者の魂の情報を解析して生まれる、と。要は契約者の魂の一部を写し取り、特徴的な部分を強調して大きくしたのが私たち斬魄刀の人格であり、そこから発揮される能力でもあります。別に無から生み出されるわけではなく、ちゃんと契約者という親から生まれてくるのが我々です。なので、私と貴方は厳密には親子ということもできるのですが――まあ、そのような関係は貴方も望むものではないでしょう?」

「……まあ、この背格好でいきなり娘ができたといわれても、生んだ覚えすらないわけだしなぁ……」

 

 相手もいないのにいきなり「貴方の子供です」などと刀が出てくるとか、訳が分からんにも程がある。

 

「なので、もともとは同じ存在であったという部分のみを強調して、貴方と私は同一のものである、というようなお話をしたわけです。――お分かりいただけましたか?」

「ああ、おおむね理解した。それで構わないから話を進めよう。……それで?」

「お分かりになりませんか? 周囲をからしてでも自らが咲き続けられるならばそれでいいという独善的な能力は、貴方から生み出されたものだということです。だから――」

「――だから、怖がらずに受け入れろ、と?」

「……そういうことです。どうしますか? やはりこのような存在は認められませんか?」

 

 そう尋ねる女の顔に表情はない。

 表情はないのだが、

 

 ……なるほど、なんだかんだ言いつつ、やはりこいつは――

 

「――私から生まれた一部、ということか……?」

「……はい?」

 

 私の独り言に首をかしげる女だが、それを気にせず私はにやりと口の端をゆがめ、

 

「そんな『捨てないで』とでも言いたげな泣きそうな顔をしつつ、それを隠し通せていると勘違いしている様は、やはり私の一部だなと、そう思っただけだ」

「――ちょ、ま……え? そんな顔私がしている訳が……!?」

 

 先ほどまでの無表情とは打って変わってあわあわと慌て始めた女を見て思わず笑ってしまった私だったが、ペタペタと自分の顔を触って確認している女をしっかと見据え、私は告げる。

 

「あいにくだが、私は吸血鬼の真祖だ。お前と同じように他者の血を独善的に吸って生きる害悪そのものだ。……そんな私がお前を否定しては、意味がなかろう」

「……主様……」

「それに、お前の力ならば、あのミコトに一泡吹かせてやれそうだ。ならばお前を拒む意味など一つもない。ならばさっさと私に名を教え、私のために働くがいい」

 

 そう言い切った私の顔を見て、女はしばし呆けていたが、不意にくすりと笑い、

 

「そうですね、素直になれないところなど、本当にそっくりです」

「――まあ、お前の前で格好つけても仕方がないだろうからな。認めるよ、お前と私はそっくりだ」

「……ならば、私のちから、その一部をお預けしましょう。使いこなせるかどうかは貴方次第ですがとりあえず現時点ではここまでで合格とします」

「その言い方だと、もっと頑張ればもっとちからをくれる、ということか?」

「それこそ、貴方次第です。……まあ、私も貴方も比較的気は長いほうだと思いますので、ゆっくりとやっていきましょう」

 

 不敵に、しかしとても自然に笑う女は、私に向かって手を差し出す。

 それにこたえるように私も手を差し出し、互いに手をつかむと、

 

「もう聞き取ることが可能になっていると思いますので、お教えしましょう。私の名は――」

 

 

   ●

 

 

「――咲き誇れ、『椿鬼(つばき)』!!」

 

 何千回目になるかわからないが、私がエヴァ君に切りかかろうとした瞬間、唐突にエヴァ君はそう叫んだ。

 それは自分の外に向けたもののようにも聞こえるし、自分の中に呼びかけるためのものにも聞こえ、

 

「――やっと、聞き出せたようだね」

 

 そう呟きながらこの戦いの中で初めて少しだけ距離をとった私の目の前では、魔力が吹き荒れることによる風が渦巻き、エヴァ君を取り囲んでいた。

 そしてそれが晴れると、

 

「――待たせたな、ミコト」

「なに、大した時間ではないよ、エヴァ君。新しいものを見るためならば、私は何百年でも待って見せよう」

「……私と違って、気の長いことだな」

 

 呆れた顔を見せる、エヴァ君がそこに立っていた。

 手に持つのは一見先ほどまでと同じ刀だが、柄を飾る柄紐が鮮やかな紅色になり、刀身がうっすらと赤くなっている。

 これが、エヴァ君の斬魄刀、『椿鬼』なのだろう。

 

「――さて、無事に解放も済んだことだし、休憩とするかね?」

「は、わかりきったことを聞くなよ、ミコト。私もお前も、新しい玩具を目の前にして我慢できるほどできた人格ではあるまい。当然、戦って性能を確かめるだろう?」

「まあ、そうしてもらえるとありがたいね」

 

 口ではそっけない言葉を吐きつつも、表情は好奇心にあふれているのだろうと自分でもわかるほどに、心は躍っている。

 そう来なくては、これまで待ったかいがない。

 

 ……さて、どんな能力を見せてくれるのかね……?

 

 天牙に破壊の咆哮をまとわせて臨戦態勢を整えると、先ほどまでと同じように構えをとる。

 それと同時にエヴァ君も手に持つ椿鬼を構え、

 

「いざ、尋常に――」

勝負(じっけん)だ、ミコト!!」

 

 一歩目から全力で、前へと同時に踏み出した。

 

 

   ●


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