場所は学校。
無駄に広い敷地、外国にありそうな建物が乱立する空間に俺は立っていた。周囲には複数の人影。誰もがスーツを着て、場所から考えて教師ということが分かる。
ただし、持っているものは銃やら刀やら杖やらと、とても授業で使うものとは思えないものを手に俺を囲んでいるのだ。全員が険しい表情をしていて、俺と仲良くするために近付いてきたわけではないことがはっきりと分かった。
まったく、せっかく箱庭で異世界に渡れるギフトが手に入ったのに。いろいろなごたごたを片付けて、ようやく帰っていけると思ったのにこの様だ。一応世界は超えられたものの、俺の元々居た世界ではなく、別の世界……いわゆる並行世界に来てしまったらしい。
でも、普通の学校じゃないよなぁ……明らかに。
刀、拳銃、ナイフ……その辺のものならまだ分かる。
しかし、この不審者(俺)を相手に杖を構えるということは、それを媒体に何かを発動できるということだ。このことから、この世界では魔法や超能力があるということが推測できる。あの杖が実は仕込み刀の可能性もあるけれど、構え方が刀を抜けるような体勢でないのでとりあえず排除しておく。
「君は一体何者かな?関西呪術協会の人間か?」
色黒眼鏡の男性がそう問いかけてくる。
名前からして、陰陽師的な力を使う組織なのだろうか。それと敵対しているということは、この学校はそういう力を教えている場所なのか?
彼の言った言葉からここの世界のことを思考を廻らせながら、彼の言葉に答える。この平行思考は当然極東の事務処理から手に入れたものだ。……あいつら、事務処理中に俺にどうでもいい話振ってきやがってこの野朗。
まぁ、愚痴はともかく。
どうやら俺は敵対者に間違われて囲まれているようだ。かと言ってここで弁明してもどうせ意味のないパターンな気がするんだよなぁ。
「どうやっても答えないというわけか」
「そういうわけではありませんよ。ただ、俺が何か言ってそれを素直に信じるんですか?」
「…………」
痛いところを突かれたという顔をする色黒眼鏡の男性。まぁわかってた。余裕の回答です。経験が違いますよ。
さて、ここからどうしようかな。逃げようと思えば多分逃げることは可能だと思われる。こうしてパッと見るだけでも、状況から自分達が圧倒的に有利だと油断をしている人が数人見受けられる。そこを穴として突破するとは可能なのだが……ここで逃げても絶対に面倒なことになると思われる。どうしたものか。
俺が次に取るべき行動を思い起こしていると、状況のほうが先に動き出した。こちらにもう1人、白いスーツを着こなし眼鏡を掛けている中年の男性が向かってきているのである。その男性を見て俺を囲っている人たちは大層驚いていた。どうしてこの人がここにと言ったような風である。
……実力はこの中でも随一、戦闘経験も豊富そうだな。浮かべる表情と雰囲気がそう継げている。
「た、タカミチ先生……!?」
「ガンドルフィーニ先生。ここはひとつ警戒を解いてくれないかな?彼の様子を見る限り、ここを襲おうという雰囲気ではなさそうだ。……それに、彼の実力ならこちらを害する気なら既にかなりの被害が出ているだろうしね」
そうこちらを確認しながら言葉を発するタカミチ(仮)
予想はなんとなく遭っていたようだ。この態度、この言葉使い……強キャラのにおいがすごいする。もし戦うようなことになったら全力で叩き潰そう。
「し、しかし……!彼のように身元不明の不審者を校内で野放しにするのはいかがなものかと」
「それに関しては問題ないよ。実は学園長からそこの彼をつれてくるように言われているんだ。だからここは僕達に任せて欲しい」
「学園長と貴方が言うのであれば……」
色黒眼鏡の男性はタカミチ(仮)の言葉で持っていた銃とナイフを下ろした。俺を取り囲んでいたほかの人たちも次々と自身の得物を下ろした。
「いや、失礼したね。いきなり複数人で囲んで脅すという暴挙を犯したにも関わらず、理性的に言葉でコンタクトを取ってくれて本当に助かったよ。ありがとう」
「はじめから見てましたね。別に蹴散らしてもよかったんですけど、それだと絶対面倒なことになると思いましたし」
「な、なんだと!?」
「あー……ガンドルフィーニ先生落ち着いてください。君も、あまり挑発しないでくれないかい?」
「今まで高みの見物を決めこんでいた仕返しです」
向かってきたら向かってきたで正当防衛ということを盾に返り討ちにするし。余裕の表情で現れたタカミチ(仮)の表情が苦労で歪んでいく光景を傍目に俺はこの場所の学園長という人物がどんなものなのかということにたいして思考するのであった。
ところでここって日本なのかな。
教師の外見もこの学校の建物たちも日本のものとは思えないんだけど。
――――――――――――――――
学園長はどうやら後頭部にきゅうりかナスを隠し持っているらしい。
俺がタカミチ(仮)にドナドナドーナードーナーされて連れて行かれた学園長室で初邂逅を果たした学園長に対して俺が一番最初に思ったことである。
耳は菩薩とかそういう像のように垂れ下がり、後頭部はぬらりひょんのように後ろへ伸びている。この外見で問題なく学園長を勤められていることが不思議なくらいの外見だったのだ。俺がそう思っても誰も攻められやしないだろう。
「態々出向いてもらってすまんの。何しろ、ワシも大分年でな。自分から出向くには苦労していかんのじゃ」
「そうですか」
嘘くせぇ。
サカキ博士やラケル博士と同じく口八丁手八丁で人を陥れることが得意な人間だと俺の勘が言っている。あの2人が狐だとすればこっちは狸と言った感じだな。
「おっと、そんな事より自己紹介じゃな。ワシはこの麻帆良学園の学園長をやっとる近衛近右衛門(このえこのえもん)というものじゃ」
「どうも、全神霊種の天敵という名前を最近付けられました樫原仁慈です」
冗談に聞こえるだろ?信じられるか、これ本当に言われたんだぜ?完全体白夜叉から直々に。神様公認の仇名ですよ。
俺が言ったことを冗談と取ったのか、近衛近右衛門はフォフォフォと笑っていた。バルタン星人かな?
「では仁慈君に質問じゃ。おぬし、何が目的でこの麻帆良に来たのじゃ?ついでにどうやって来た?」
「まぁ、信じてもらえるかは分かりませんが一応お話しましょう」
信じてもらえる可能性が低いのでそう前置きをした後に、ここに来た経緯を簡単に説明する。と言っても言うべきことは別世界から事故でやってきてしまったと言うことと、狙ってここに来たわけではないということか。箱庭のことは伏せてここに来た経緯だけをかいつまんで話すと、近衛近右衛門はものすごく後ろに出っ歯っている額に手を当てて天を仰いだ。
「なんとも、信じがたい話じゃ。まさか平行世界とは……」
「ですよねー」
こういう世界線を越えると言う現象はどの世界でもマイナーなものだもんね。知ってたよ。箱庭くらいだけだとおもう。
「そもそもどうやってこの世界に来たんだい?」
「能力で」
「今すぐ使えばいいんじゃないかな」
「出来たらとっくにやってます。世界線を越えるんですから、それなりのタイムラグが必要になります」
魑魅魍魎、修羅神仏、いろいろな生物がごった煮状態の箱庭にも流石にそこまで便利なものはなかった。というか、チャージありにしても何度も世界を越えられるだけでも十分破格だと言われたっけ……。まったくもってその通りです。
「フム……そのチャージ期間はどのくらいじゃ?」
「んー……大体1年、でしょうか」
これをくれた人曰く、周囲に神力があればそれを吸って時間を短縮できるらしいけど、この世界には神様なんていないだろうし。
「…………」
近衛近右衛門は少し黙るが、すぐに考えが纏まったのか口を開いた。
「一応、その問題を一気に解決できるものがある」
「本当ですか?」
「本当じゃ」
「おい、ジジイ。それはもしかして私のダイオラマ魔法球を使う気じゃないだろうな?」
またしても知らない声が、会話の中に割り込んできた。音程は高く、まるで鈴の音色のような声であった。女……それも子どものものだと言うことが分かる。
「………聞いておったのか」
「感じたことのない不思議な存在を確認してな。興味がでた」
「引きこもりのエヴァが出てくるとは珍しいね」
「誰が引きこもりだ。私だってたまには外に出る」
タカミチ(断定)の声に反応して彼女は姿を現した。タカミチ(断定)の影の中から。
10代に届いたくらいの外見、美しいプラチナブロンドの髪を持っていた。パッと見人形に見えなくもない風貌である。しゃべりかたからして、よくある外見と実年齢が比例しない類のものだろう。というか、何処と泣くレティシアさんに似ている気もする。十六夜曰く「金髪でロリで吸血鬼は定番」らしいから、彼女も吸血鬼だろうか。
そんなことを考えているうちに金髪少女は俺に近付いてきた。
「………お前、純粋な人間じゃないな。意味不明なものがいくつか混ざっている」
「よく分かりましたね」
証拠として両腕を捕食形態に変形させる。一番色濃いのはこれだろう。
普通の腕が急に黒くなり、ついでに化け物の口みたいになったため、近衛近右衛門とタカミチ(確定)は警戒したように表情を引き締めて臨戦態勢を取った。しかし、目の前の金髪少女はクハハと愉快そうに笑っていた。
「何だこれは、私も長い間生きてきたがこんなのは初めて見たぞ!」
「なんと禍々しい……」
「これは……見ているだけでも鳥肌が立つ……!」
三者三様の反応を見せてくれたところで、俺は腕を通常の状態に戻す。
ところで先程いった解決策とはなんなのだろうか。
「そういえば解決策っていうのはなんなんです?」
「ダイオラマ魔法球というものなのだが……」
「それの持ち主は私だ。そして、私はあいにくその道具を貸す気がない」
……なら仕方がないな。
俺は近衛近右衛門とタカミチと金髪少女に挨拶をするとその部屋から出るために扉に手を掛けた。
「おぉい!待て待て待て待て!」
「?なんですか?」
「何でそんな素直に帰ろうとするんだ!?」
「もうここには用がないので」
「ちょっとドライすぎないか!?」
どうしたんだこの金髪少女。一年くらい別に構わないと思う。どの世界線も基本的に時間を共有していない。ここで一年過ごそうと、極東支部では一日しかたっていないという精神と時〇部屋理論が働いたりもするのだ。そして、その逆はありえない。そういう風にギフトを改造したからな。
なのでこの一年をこの世界での観光で費やすことも出来るのだ!
「ここはほら、色々あるだろ?条件をつけても貸してもらおうとかさ」
「別に一年くらいは……」
「ハッハッハ、素直じゃないんだからエヴァは。要があるなら普通に頼みこめばいいのに」
「悪の魔法使いがそんな真似できるか!」
賑やかだなぁ……。
「……そうじゃな。仁慈君ひとつだけいいかね?」
「なんです?」
中年のおっさんと金髪少女の言い合いという果てしなくシュールな光景を視界に納めつつ、近衛近右衛門の言葉に耳を傾ける。
「一年、行く先がないと言うのなら少しばかり頼みごとをしてもいいかね?」
「対価は?」
「一年間の衣食住の保証。それと、この世界の知識じゃ」
「俺のするべきことは?」
「ある人物の護衛をお願いしたい」
「護衛って言うのは一年?」
「そうじゃ」
「戦闘の可能性は?」
「護衛だから当然あるのう」
「それは魔法使い?」
「まぁの」
「世界の一個や二個壊せるやつが来る可能性は?」
「あるわけなかろう」
……うん。その程度なら問題はないかな。
「わかった。受けましょう」
こうして俺はこの麻帆良で働くこととなった。
「所で、護衛って誰の護衛ですか?」
「うむ、このこじゃ」
そう言って差し出されたのはひとつの写真。
そこには赤毛でめがねをかけた少年が映っていた。
「この子は?」
「護衛対象で、この冬に女子中等部2-Aの担任となるネギ・スプリングフィールド君だ」
「えっ?」
えっ?マジで?
箱庭のあと、ノータイムでネギま!の世界に来てしまった仁慈。
権能とかはないけれど、箱庭での経験の所為で形状変化がえぐいことになっている。
使い方次第ではキメラとなんら変わりないものになることが出来る。箱庭では実際そうやって戦っていた。