マイクラな使い魔   作:あるなし

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アップルパイとタワーケーキとレア・ドロップ品

 マイン・クラフトはソワソワと歩きまわりつつ大いに悩んでいた。

 

「最後の晩餐にと用意させた料理が、まさか、古今未曾有の大勝利を祝う朝食になろうとはな」

「然り! まったく然りにございまするぞ、殿下! このパリー、よもやこれほどに神々しい朝を迎えることができようとは想像だにできず!」

 

 目の前のテーブルでは豪華な食糧が山を成している。いや、山脈だ。これはご馳走による山脈なのだ。マインは中腰になった。どれから食べるか。そしてどれを食べるか。己の満腹度を徹底管理して豊かな食事をしなければならない。

 

「投降する兵、貴族、艦艇、続々でありまする! 各都市もまた正当なる旗を掲げること必定! 賊軍は早晩滅びましょう! ああ! 一夜一戦をもってしての大正義! これこそは王家の威光が招来した奇跡に他なく! あるいはアルビオンの危機に際し顕現するという王竜バハムートがまさにその力を発揮したのではないかと!」

「ああ、いいな。対外的にはそういうことにしようか……よろしいかな? ラ・ヴァリエール嬢」

「はい。わたしたちはあくまでも非公式の使い。姫さまから参戦の許可を下されてもおりません。それに……わたしはマインを『英雄』にはしたくありません」

「……眉唾な伝承を持ち出すまでしないと覆い隠せない功績だ。『英雄』では足らない。きみの使い魔は『伝説』となった。時代を越えて畏怖される存在だ。その凄まじさゆえに却って数年は真実を隠せよう。しかし今日という日が過去へと遠ざかったその時、人は自ずと察することとなるだろう。大山が遠景としてしか人の目に収まらないように、な」

 

 よし、とマインが手を伸ばしたのはパンプキンパイに似た一品だ。格子状の生地の下に黄金色の果実が垣間見えている。

 かじるとまず香ばしさが鼻孔をくすぐり、次に甘味と酸味とが口中に広がった。リンゴだ、これは。色から察して金リンゴを素材とした上位食料なのだ。美味い。美味過ぎる。これを食せばどんなゾンビもたちどころに正常化するだろう。

 

「……殿下、畏れ多くも一つだけお願いしたいことがございます」

「鹵獲した火竜のことだろう? 乞われるまでもなく、あれらはもうきみの使い魔のものだよ。夜も明けぬ内に建設されたドラゴン飼育施設についても同様だ。『黒き不壊の繭』にも『黒き破艦砲』にも我らが触れることはない。丘陵地帯は戦勝記念地として特別な保護の下におき、実質的にはきみの使い魔の領地とする。ざっくばらんに言えば、アルビオン王国においてきみの使い魔の為すことはその全てが承認されるということさ」

「そ、それは……何という……」

「本音を言おうか? ラ・ヴァリエール嬢。きみを次なるアルビオン王国国王の王妃に据えたいとすら、我々は考えているのだよ」

「そ!? そ、そそそそれは……!」

「私の妻になってほしい、ということさ。きみは大変に可愛らしいし、家柄も王室に相応しく、何よりも貴族としての気高さは私の目にも眩いほどだ」

「で、ででで殿下には姫さまが……!」

「王家の人間は国のためにこそ婚姻を結ぶ。アルビオンとトリステインの現状を鑑みれば私とアンリエッタが結ばれることはないさ。それに……君を我が国の頂点近くに迎え入れた方が、何につけスッキリとしてわかりやすいからね」

「それは……それはつまり、マインのことを?」

「欲しいなどとは言わない。いや、言えない。崇め奉って我が国への加護を願うばかりだ。『伝説』に触れる心地というのはこの上なく畏れ多いものだ。本当の敬虔さとは何に由来するかを……私は知ったよ」

 

 金リンゴパイの次に目をつけたのは、まるで塔のような多層型ケーキだ。どうして積んだのか知れないが、なぜか建築欲にも似た衝動に駆られて、マインは食べる部分に工夫を凝らした。

 上部から中ほどにかけてはやや細めの直径にし、下部はしっかりと食べ残して……よし。

 出来上がったのは対空砲である。直上の目標を狙ってそそり立つ様が猛々しい。とても良い。

 

「叶うならば実現したいと思うこの婚約……戦場の借りを仇で返すようで心苦しくもあるが、子爵、私はきみの許しを乞わねばなるまいな? ラ・ヴァリエール嬢の婚約者であり、既に求婚したとも聞いているのだから」

「……いえ。実を申せば親同士が冗談交じりに約した婚約でありました。求婚にしましても、ラ・ヴァリエール嬢の心に強く響いたものとは思えません。それに……この場を借りて罪の告白をせねばならぬ身です」

「え? ワルド……?」

 

 思わぬ量のケーキを食べてしまったと首を振ったマインは、不思議な光景を見た。

 ウィッチもどきがこれでもかというほどに身を屈めている。その姿勢にマインは好印象を覚えた。いいぞ。落としたものは拾って食べなさい。いかに有り余るほどの食料があろうとも、それは食料を無駄にしていい理由にならない。そういえば残り四体のウィッチもどきはどこだろうか。

 

「杖を置き、告白致します。『レコン・キスタ』に通じておりました。ラ・ヴァリエール嬢と共にここへ参ったのは三つの目的があってのこと。一つ、ラ・ヴァリエール嬢の力を得るため。一つ、姫殿下の手紙を得るため。そして最後の一つは……殿下のお命を頂戴するためでございました」

「……名誉をかなぐり捨てたその動機を、聞いてもいいかね?」

「『聖地』です。始祖ブリミルの光臨せし『聖地』へと至るために……その道を封ずるエルフを退ける力を欲しました。『レコン・キスタ』に加わればそれが叶うと信じました」

「そうか……どれほどの罪を重ねた?」

「トリステインにおける反乱分子の糾合に少々。罪人フーケの逃亡幇助。フーケと傭兵を用いてラ・ロシェールの宿へ襲撃」

「え……でも……あ! あれって、あの白仮面って、『偏在』だったのね!」

「土壇場において『レコン・キスタ』を見限った理由……一応聞いておこうか」

「お察しの通りかと。力です、殿下。ラ・ヴァリエール嬢の使い魔が示した恐るべき力……殿下のお言葉を拝借するのなら『伝説』……百書に語られるエルフの脅威すら生温く感じられる物凄まじさを目の当たりにし、どうして敵対することを選べましょうか」

 

 どこかから耳に心地よいハアンが聞こえてきたから、マインは首をグリグリと動かした。

 いた。金色頭部は色とりどりの頭に囲まれて何やらフラフラとしている。よく見ると悪性ポーションを随分と飲んだ様子だ。愚かなことだが、それも金色頭部らしいとも思えて、マインは小さく頷いた。まあいい。後で牛乳をバケツ一杯飲ませてやれば済む話だ。

 

「力に魅入られるな、とは言えないか。私はその力に救われた身だからな」

「その力に圧倒され、むしろ悪い夢から覚めたような気持でもありますが」

「私と同じく敬虔な気持ちである、ということかな」

「言われてみますれば、確かに、そういうものかと」

「そうとなると、後はラ・ヴァリエール嬢次第か」

「まさに。ラ・ヴァリエール嬢の意向を尋ねたく」

「わたし……わたしは……」

 

 ルイズを見る。ルイズもまたマインを見ていた。

 掛け替えがないと認識するに至った、このピンク色の個体が……特別な存在が、明るく安全な空間にいることを喜ばしく思う。早々ゾンビやスケルトンに後れをとることもあるまいが、やはり爆発とは縁遠いところへいてほしい。

 その方が……怖くない。

 マインはウムウムと頷いた。ルイズもまた頷いている。

 

「……わたしは、しばしこの地に留まりたいと思います。この戦争の結末を見届けるためです。それが『伝説』の主人としての責務でありましょう。何を決断するにしても、全てはそれからだと」

「そうか。歓迎しよう。手紙についてはどうするのだ?」

「ギーシュ・ド・グラモンに託します」

「わかった。私からの親書も彼に託すことにしよう」

「その……ワルドについては……」

「子爵か。アルビオン王国にとっては救国の勇士の一人であり、私にとっては危急に駆けつけてくれた得難き戦友だ。トリステインにおいて彼が犯した罪の数は三つ……その内の二つについては功罪相償うの理でもってトリステインに免罪を交渉したく思うが」

「……ラ・ヴァリエール嬢。いや、今は敢えてルイズと呼ぼう。一つ、僕に教えてほしい」

「ワルド……何?」

「君の使い魔は『伝説』だ。小さく収まることも静かに終わることもあり得ない」

「……うん……」

「いったい、何を望み、どこへ行くのか……それを知りたいんだ。僕は」

 

 マインは窓辺へ寄った。心ならずも満腹に至ってしまったからだ。ケーキだ。ケーキを食べ過ぎた。不本意である。肉を素材とした色々も食べたい。少し待てば食べられる気がする。僅かでも空腹を感じればどんな大きさのものであろうとも一品平らげられる。

 朝の日差しを浴びる。闇を払いゾンビやスケルトンを焼き尽くす清浄なる輝きを。

 今日は日暮れまでに作業したいことが山ほどある。ドラゴンの繁殖実験と設備の拡張、TNT爆破実験跡の見聞と整地、巨大船漁り……すぐにも飛び出していきたくなる。

 

「マインは……いつも、遠くを見ているわ。朝日の昇る地平の先を」

「東か……やはりな」

「……マインは『聖地』へ行くつもりなのかしら?」

「エルフが護り、隠すだけの何かがそこにある。君の使い魔はそれを解明すべく召喚された……僕にはそう思えてならない。力の必然だ。そう信じ……殿下にお願いしたい儀がございます」

「聞こう。子爵」

「今一つの罪についても贖うために……私に最先鋒をお任せくださいませ。国内が治まるまでには戦の一つ二つは起こり得るでしょう。きっと戦果を挙げてみせます。それでもなお罪に釣り合わぬ場合は、その後も戦い続けましょう」

「そうやって時を待つか。ラ・ヴァリエール嬢の使い魔が東へと発つその時を」

「いかがでございましょうか」

「トリステインとの交渉に全力を尽くさせてもらおう。それで『閃光』の助力を得られるのなら安いものだ。それでいいだろうか、ラ・ヴァリエール嬢」

「はい。殿下さえよろしければ」

「よろしいも何も、望み得る最大に近い結果を得ようとしているよ。さて、そうなるとラ・ヴァリエール公爵家への親書は中々に複雑なものになるな……フフ、戦に臨むような心地になるのは何故かな?」

「そ、それは、その、わたしも感じてますけど……マインの主人として、頑張らないと……ドラゴンにしろ丘にしろ城にしろ、しばらくは夢中になるに決まってますから。帰るって言ったって、聞いてもらえるかどうか……笑ってるし、あいつ」

 

 マインはふと思いついて、アイテムスロットから一つの宝物を取り出した。

 それは宝石だ。昨晩、ゾンビの群れの中で拾ったレア・ドロップ品である。

 結局ルイズの青色宝石を得ることはできなかった。しかしこれも逸品である。性質が似ている上に、エネルギーとしてはこちらの方が上位かもしれない。

 とかくこの世界は発見に満ちている……次から次へと面白く、身体が足りないほどだ。

 マインは何度かジャンプし、小腹が空いたのを見計らって、目をつけておいた肉料理へとダッシュした。ルイズにも同じものを手渡して、一緒に食べるそのために。




2巻部的なところ完結。なんか長くなったのはだいたいヒゲの人のせい。
折しも三月末。年度初めは色々あるゆえに更新ペース未定なり。もちっとだけ続くんじゃ。

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