その日、待てど暮らせど草原にモンスターがスポーンしなかったから、マイン・クラフトは懐かしの大部屋へとやってきた。火炎尻尾を発見した日に訪れた場所であり、ルイズが爆ぜ散らかした机や椅子を再設置した場所である。
いる。村人もどきに混じってそこら中にいる。やはり日中のこの部屋には沢山の珍奇な生き物が集まるようだ。中には敵対すれば厄介そうな個体も交じる。そのくせ夜の草原に徘徊するものが一匹とていないのだから、マインは首を捻るばかりだ。
常なる脅威がなく、高い壁を巡らせていて、大量の食糧を保有する……大村落に村人もどきが溢れる理由が察せられる。守護者であったろうレア・スポーンが再び現れないのも、ここの安全が確保されていることの証左かもしれない。
「ねえ、ルイズ。そちらがあなたの使い魔? どうもそう見えるのだけど」
「他の何に見えるのよ、モンモランシー。マインよ。そわそわしてどうしたの?」
「ええと、その……ワインでなく香水を飲むって、本当かしらと思って」
「ああ、そういえばそんなこともあったわね……半分は誤解で半分は正解よ。マインは瓶に入った液体は何でも飲むの。初めて見た色の場合は」
「……まあ。なんてこと」
聞き慣れないハアンに振り向いてみると、ルイズが交流していた。
相手は不思議な村人もどきで、頭部からパンをいくつもぶら下げている。しかもそれらは綺麗な金色だ。決戦用アイテムの一つ、エンチャント済み金りんごを思わせてならない。
「あらー、このところルイズの使い魔は大人気ね。皆してお近づきになりたくてしかたがないんだから」
「な、何のことかしら? わたしは単に噂の真相を……」
「魅力的な女が何をしなくとも殿方を引き寄せるように、財力もまた金色に香って人を惑わせるものだわ」
「……キュルケ。それ、どういうこと?」
「ほら、この間厨房で一騒動あったでしょう? 噂になってるのよ」
「ああ……そういうこと。モンモランシー?」
「ちちち、違うわよ! わたしは別に宝石になんて興味は……あ!」
「ほらねー。ま、あなたの使い魔も悪いんだけど。あんな大粒のエメラルドとカボチャなんかを交換しようとしたんだから」
金パン頭はルイズに迫られてもパンを手に取らなかった。予想したようなアイテムではなさそうだ。マインは嘆息した。巨大ゴーレムの急襲以来、村人もどきの危機感のなさが気にかかる。そういう生き物であるとはいえ。
油断は即、アイテムロストにつながる。これは鉄則だ。
あの巨大ゴーレムは大村落の壁を一またぎにできる大きさだった。ここの防衛力では対抗できない敵なのだ。相応の準備と装備を整えるべきであり、ご馳走の大部屋を利用しているマインとしては自分が何とかしなくてはと妙な使命感に燃えるところであった。大村落は建築物として見ても損壊させたくない出来栄えなのだし。
「皆にも言っておくわ。マインと何か交渉したいのなら絶対にわたしを通すこと。それを破る者はヴァリエール公爵家を軽んずる者としてわたしに記憶されることになるわ。覚えておいて」
「フフ、それでいいのよ。正しい権力の使い方だわー。財力についてはやっかみを受けるかもしれないけど」
「わたしはマインの財産をどうこうする気なんてないし……それに、これはマインのためだけじゃないわ。結局は欲に駆られたバカが酷い目にあうことになるもの。マインは真っ直ぐすぎるから」
「そうねー。今も可愛らしい顔して何を考えているのやら」
やはり守護者の配備を実行しよう。そう決意し、マインは大きく頷いた。
塔の防衛力では大村落の一方角を警戒するのが精々である。ここはアイアンゴーレムの出番だろう。そもそも大村落の価値を思えばあのレア・スポーンではいかにも戦力不足だったのだ。見た目だけだ、あれは。
「最近、マインがあんまり笑わなくなった気がする。やっぱりテントを潰されちゃったからかな? ボロ剣をずっと背負ってるし……それとも……」
「え? 今、とっても素敵な笑顔よ?」
しかも……とマインは頷きを繰り返した。まさにうってつけの新ゴーレムが用意できるからだ。
その名は『アイアンゴーレム・パワード』。
かねてから性質を研究していた新素材『パワーストーン』のブロックをレシピの中心部に据えたアイアンゴーレムで、見た目こそ変わらないものの移動速度と敏捷性が格段に増している。具体的には馬のように走るし跳ぶし、マインに匹敵する勢いで腕を振るう。強い。エンダーマンにも勝てるかもしれない。試したい。どうしてここにはエンダーマンがいないのだろうか。
「敬意を示して聞き学ぶべし。私、『疾風』のギトーによる授業の始まりである」
マインは考える。カボチャも鉄ブロックもパワーストーンブロックもあることだし、いっそここで一体作成してみようかと。場合によっては戦闘力を試せるかもしれない。どの生き物も村人もどきに友好的な様子ではあるが。
「最強の系統とは何か……知っているかね、ミス・ツェルプストー」
「それは『虚無』かと」
「伝説の存在を話しても仕方あるまい。実際の戦場において最強の魔法とは何か、ということだ」
「戦場。それならば『先住魔法』ですわね」
「……エルフとの戦争など幾百年も昔の話だ。どうにもゲルマニア貴族というのは現実が見えていないな」
「あら、現実なら学院の窓辺からでも見えますわ。草原に屹立するあの塔……たった一晩で建って揺るぎなきあれこそ『先住魔法』でしか説明のつかない現実にして、戦場における最強ですわ」
「あんなもの……ただの建造物ではないか」
「フーケの土ゴーレムに対抗すべく建てられたに違いない建造物、ですわ」
「ちょっと、キュルケ、何をムキになって……」
「覚えておきなさい、ヴァリエール。学院なんていう狭い空間では独自の権力構造が……」
マインが作業台を作ろうとしていたまさにその時、大きな音を立てて大部屋の扉が開かれた。金色の大きな頭部をした村人もどき……あいや、見る間に肌色頭に変わった。あれは兜のようだ。
「授業は全て中止であります! 畏れ多くも先の陛下の忘れ形見にしてトリステインの誇る可憐なる美の化身、アンリエッタ姫殿下が行幸なされるのですから!」
マインは大部屋を出た。ハアンの大合唱がさすがにうるさすぎたからである。