だって怖いもん。当たったら痛いもん。
※本編とは関係のない作者の愚痴です。
「それじゃ行ってくるよー」
「おう、頑張れよ」
「……うん、その言葉そっくりお兄ちゃんに返すよ」
何という壮絶なブーメラン。お兄ちゃん悲しむぞ?
でも実際大して頑張ってないしな。学業以外は。
我が比企谷家では、こうして長男の俺が妹・小町を中学に毎朝送っていき、その後俺が高校に向かうのが習わしとなっている。
決めたのは両親。「お兄ちゃんだから当たり前でしょ」「早起きの習慣が身についていいだろ」と、何とも理不尽な理由でだ。
とはいえ、俺としても小町が登校中変質者に連れ去られたりとかそのような事件に巻き込まれてはならないということで、潔く了承し今に至っている。
決してシスコンだからではない。決して。
さて、小町と別れ十数分後、総武高に到着。
そう言えば入学式の時、この辺りで道路に飛び出した犬を助けようとして車に轢かれかける羽目になったんだよな……。人生の節目においても事故に遭うとかマジツイてない。
幸い運転手の機転でかすり傷程度で済んだのだが、向こうの事情で病院に行かされたり示談の話し合いがどうのこうので、結局式には間に合わなかった。
もし何年か経ってこの校門の前に立っても、恐らく感慨深い気持ちには全くならないだろう。別に事故だけが理由ではないが。
グラウンドの脇を通ると、今日もサッカー部や野球部が朝練をしている。
といってもサッカー部の場合、葉山というエース様の活躍をみて女子連中がキャーキャー騒ぐだけのお祭りと化していた。
あいつらも一度県大会での試合を観てくればいい。どれほど足掻いても予選突破ならず、そんなみじめな総武高校サッカー部の姿があるだけだから。
……まあ、負けて悔し涙を流す葉山様の姿を見て感動しちゃったりするんだろうな。どこまでも人間というのは、物事を都合よく解釈したがるものだ。
と、ふと足元に何かがぶつかるのを感じる。テニスボールだ。
「すいませーん、そのボール……あれ?比企谷くん?」
俺を呼んだ声の主の方を向く。クラスメートの戸塚だ。
男物のテニスウェアを着ていて、恐らくテニス部の朝練をしていたのだろう。
「ほい」
余計な事を言わず、そっとボールを手渡す。
それと目も逸らすのも忘れない。戸塚の容姿が容姿だけに、変な下心を覚えそうで困る。
「ありがとう、ごめんね迷惑かけて」
「いや、別に。朝練か?」
見りゃわかるんだけどな。話のネタがない以上、そんなありきたりのことでも言うしかない。
言ったら言ったで話しても面白くないつまらん奴と思われるのがオチなのだが。
「うん……実は僕、今年から部長になったんだ。
でもうちのテニス部ってすごく弱いから、誰も練習なんか来なくて。
まるで一人でベンチャー企業経営してるみたいな感じだよ」
そんな会話センスのない俺のつまらん話にも嫌な顔ひとつせず、戸塚はにこにこと応対する。
しかもテニス部のお寒い事情を暴露しつつも、くじけていないのが凄い。
成る程、戸塚は心の優しい奴なのだな。
「そうか……大変だな」
「うん。でも一生懸命練習してれば、また部員の人も戻ってきてくれるかもしれないからね」
それはかなり遠い道のりだろうな……とは言わないでおく。
そもそもテニス部に限らず、総武高の部活は軒並み弱小部揃いである。取り敢えずどこかに所属しとけば内申で有利になるだろ、としか考えてない奴ばかりだからだ。
実態は友達とただ駄弁って遊んでいるだけ。こんなので「部活動が盛ん」などとアピールしているのだから、宣伝というのは実に疑わしい。
いっそ優勝者に賞金でも出せば、何割かはまともになるのだろうか。いや、なんちゃら細胞みたく結果を捏造しかねないからやはり駄目だな。
「それじゃ、そろそろ僕練習に戻るね」
「ああ、頑張って」
戸塚は元気よくテニスコートの方へ向かっていった。
初めて人の後ろ姿を眩しいと感じたのは内緒だ。
……ところで、一人でってさっき言っていたな。となると、練習はどうしているのだろう。
まさか壁打ちか?ふとそんな疑問が湧く。
もっとも、俺だって別段そこまでテニスが上手い訳でもない。助太刀なんて到底無理だ。
戸塚を助けて友情が芽生える?スポ根漫画の読み過ぎだ。
妄想も大概にせねばと思いつつ、俺は足早に校舎の方へ向かっていった。
……だるい。
なぜ人は一時間目から体育という科目をやらなければいけないのか。カリキュラム?運動は体にいい?知るかそんなの。
自主的にやればいいだけの話だろうに。
お蔭で二時間目の数学、三時間目の現国は睡魔との闘いであった。
言わずもがな、数学は苦手科目なのだから真剣に授業を聞かねばならない。そして現国はあの平塚先生だ。居眠りなどすればまた目を付けられるに決まっている。
ペアがいないから一人で壁打ちをするのを許してくれる厚木みたいにユルくあってほしいものだよ。ま、あの担任がそんなの許すわけないか。
無理矢理ロクに知りもしない連中と組ませるか、無理矢理教師の自分と組ませるか。根拠を問えば「参加することに意義があるんだ」とか「そんなひ弱で社会でやっていけるか」とごり押しする。
そして最後には、テニスもスポーツも学校も余計嫌いになった少年の姿がありましたとさ。めでたしめでたし。希望も救いもない現実である。
それが実現しなかっただけでも幸運だな。もっとも担任の耳に入れば罰が下るかもしれんが……。
「でさー、そのドラマでカップルの男がさー」
「えー、それひどいよー」
一方、自分たちはその程度ではへこたれないというのか、中休みの教室では葉山グループの連中がワイワイ騒いでいた。
何を当たり前のことを、と思うかもしれない。
だが先週のことを考えれば、一見平和な光景もどこか不気味に見える。
由比ヶ浜と三浦。この前は一瞬即発の関係だったのが、そんなもの嘘のように笑いあっている。
こないだはごめんね、ううん気にしてないからで済むこと、なのだろうか。
そう思えないのは俺が人付き合いをあまりしない所為なのだろうか。
裏ではまだわだかまりがある気がするのも―――
ええい、煩わしい。
なんで嘘告白なんてしてきやがった奴とウザいクラスの女王様のことなんて気に掛けなきゃならないんだ。
そもそもクラスなんてものがあるからこうなる。通信制の高校にでも行けばよかったのか?
小町がお兄ちゃんが引きこもりになったとか心配するから駄目か。
ふと、由比ヶ浜が俺の方をちらと見てきた気がするが無視する。
直ぐに向こうもグループの会話に戻ったようだ。こちらから構うなと言ったのだから是非これからも俺など気にせず過ごしていただきたい。
なんだ、今さら罪悪感でも湧いてきたとでもいうのか?それはそれで厄介だな。
つーかまた俺があーしさんから目付けられるからやめろよ。
「あーし、最近もっと体動かしたくてー。テニスでも始めようかって思ってんだけど」
「あ、それいいかもー」
……テニス。
それを聞いて嫌な予感がしたが、どうか気のせいであってほしい。
皆が平和な日常を過ごす中、俺だけが取り残されている。不安と疑心の海の上に。
昼休みになり、俺はいつものように屋上へ向かう。
理由はいつもと変わらない。教室は騒がしくなりそうだし、俺は静かにランチタイムを過ごしたい。
そして俺の席を必要としているクラスメートがいる。だから教室を離れる。
お互い損をしない素晴らしい解決策だ。平塚先生は「なぜ会話の輪に入ろうとしない!」と怒るかもしれんが。
俺と話して面白いと感じる奴がいたら、それは聖人か言葉の分からない奴だろう。或いはちびまる子の山田のような笑い上戸か。
さて、小町お手製のシャケ弁をつつく。美味い。
焼き加減と塩気の調整が絶妙。また腕を上げたな、良い嫁になるぞ。
最もそんなの俺が許さんが。
「―――だからー、どうせ一人でやってるんでしょ?だったらあーしらが使ったってよくない?」
げ。
ふと、下が騒がしくなっているので覗いてみると、テニスコートで三浦と取り巻きが騒いでいた。
一人の生徒を取り囲んでいる。―――戸塚だ。
テニスコートの前には既に人だかりもでき、やいのやいのと騒いでいる。
どうせ弱いんだから、譲ってやれよ、部長だからっていい気になるなよ。そんな野次を飛ばす輩までいる。
孤立無援の中、戸塚は何とか理屈を並べ立ててお引き取り願っているようだが……。
すると、それまで黙っていた葉山が何事かを皆の前で提案。
すると野次馬共が一斉に沸き立つ。葉山の名を連呼する者も。
そしてコートに、ラケットを手にした葉山と戸塚が残る。ゲームスタート。
……やはり、悪い予感ほどよく当たるものだな。
昼休み返上で戸塚が賢明に練習している中、三浦たちが乱入。
追い出しに応じずに居座り、周りの奴らの声を背に本来の持ち主に退去を迫る。
それでもやめてほしいと頼む戸塚に、そちらが試合に勝ったら出ていくと持ち掛ける葉山達―――
話の流れはこんなところか。
どこまでもこの世は理不尽だ。正しい者の声は通らず、声の大きい者の意見ばかりが通る。
試合の流れを見ていると、次第に戸塚が押され葉山有利に。あいつ、そんな上手いなら最初からテニス部に入れよ。
野次馬共も葉山ばかりを応援し、戸塚を応援する者は誰もいない。
それでも戸塚は、息を切らしながらも必死でラケットを振るう。
見ていられなかった。
「負けるな!テニス部!ぶちかませぇぇぇぇぇぇ!!」
思わず、声を大にテニスコートへ叫ぶ。
……やべ。
気付かれる前に慌ててフェンスから離れる。
戸塚、悪いな。今のが俺にできる、精いっぱいの善意だよ。
放課後になった。
SHRが終わり、日直の号令とともに教室に喧騒が戻る。
「そういや、昼休みのテニスの試合観た?葉山くんカッコよかったよねー」
「結局テニス部の人負けててさ、マジ気の毒だわー。……つーか、屋上から声援送った奴、誰?マジキモイんだけど、あれ」
「言えてるわー!チョーカッコ悪ーい」
ああ、よかった。戸塚がこの会話を聞いていなくて。
……あとお前、気の毒だなんてちっとも思ってやしないだろ。声色でバレバレだぞ。
あの試合の後、戸塚は具合が悪くなったらしく保健室へと向かったらしい。
試合は結局、葉山側の圧勝。戸塚の敢闘精神を称える者は、誰もいなかった。
ただ、考えようによってはこれでよかったのかもしれない。
つい俺も頭に血が上ってあんな愚行を犯してしまったが、もしあれで戸塚が勝っていたらどうなっただろうか。
葉山ファンの連中が逆恨みし、戸塚に危害が加わる可能性もあった。大げさと思うかもしれんが熱狂的な奴ならいじめ紛いのことでもやりかねないだろう。
それで心に傷を負った戸塚はテニス部を、そして学校も辞め……。
そんな可能性だってあるのだ。つくづく俺もバカだな、本当に。
さて明日の数学の小テストに備えて自習しなければと、教室を出て図書館へ向かう。
「―――比企谷くん!」
ふと、背後から俺を呼ぶ声がする。
戸塚だ。
「おう。具合、どうだ?」
「ちょっと前までは立ちくらみがしてまともに歩けなかったんだけど、今は……。
それより、さっきのお礼。屋上から応援してくれたの、比企谷くんだよね?」
「……バレてたか」
「うん。声で比企谷くんだって、分かったよ」
声でか……今朝ちょっと会話しただけなのに、よく覚えていられるな。
そういうところも、戸塚なりの優しさというやつなのだろう。
「悪いな、あれだけしかしてやれなくて」
「そんなこと、ないよ。あのまま誰も応援してくれなかったら、多分途中で心も折れてたと思う。
比企谷くんがあそこで叫んでくれたから、最後まで試合を続けられたんだよ」
褒め過ぎだ。あそこで俺が何も言わなくても、きっとお前は最後までラケットを振るっていただろう。
そうでなければ、最初から三浦や葉山たちにコートを譲っていただろうから。
それに事態が改善した訳ではない。
三浦たちは今回の勝利をいいことに、ますますつけあがってコートを荒らすかもしれない。
そこだけが気がかりだが、その場合俺は何もしてやれない。
下手に戸塚に期待させてしまって……バカなだけでなく、屑だな、俺は。
「それでね。もし比企谷くんがよかったら、ぜひテニス部に―――」
「―――あ、あの!テニス部の、戸塚センパイですか?!」
すると、また背後から声が。
女子が二人、男子が一人。一年生らしい。
「あ、うん。君たちは一年生かな?」
「はい!俺、昼休みの試合観て、すげえ感動しました!あんな環境の中で、一生懸命頑張ってる姿、カッコいいと思いました!」
「私もです!ぜひセンパイと一緒に汗を流したいなって……」
新入部員。
どうやら俺の心配は、杞憂に終わりそうだな。部員が入れば邪魔もできなくなるだろう。
「……悪い。俺、用事あるから」
「あ、比企谷くん―――」
「それで、入部届、今持ってきました!すぐ職員室へ!」
戸塚は後輩の対応に追われ、やがて職員室の方向へと向かっていく。
悪いな、戸塚。
俺は部活は性に合わないんだ。やる気のある後輩が入ってくれた方が、きっと上手くいくだろう。
戸塚の後ろ姿を見送って、俺は図書館へと向かった。
戸塚とは、反対の方向へ。
戸塚はかわいい。戸塚は優しい。
でも、友情で結ばれると言う展開にはなりませんでした。めでたしめでたし。
総武高のテニス部は、まあ、男女混合ということで。
人数少ないんだし何とか認められるやろ(暴論)
なお由比ヶ浜はもっと空気読める子では?とのご指摘をいただきましたが、本作では敢えてキョロ充的なポジション・性格にさせていただきました。
八幡への感謝と恋心なぞ、上位カーストから追放される恐怖には勝てんのです。
次回はサキサキ……ではなく、職場見学からのチェーンメール騒動ですかね。
なお、多分胸糞展開です。
いじめなんてどこの学校でもあるもんね!