絶対正義は鴉のマークと共に   作:嘘吐きgogo

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おっくれましたー!! 

皆様お久しぶりです。本編更新やっとできました。
といっても最初に考えていた分量の3分の2なんですが、あまりにも更新しなさ過ぎだったので、一回切ることにしました。
なので、重要な話は全部、次話に書くことになりました。

とりあえず、生存報告ですよ!
まぁ、細かい愚痴はあとがきでw
では、久々の本編楽しんでもらえたら幸いです!

あっ、今回、新たな原作キャラでます。



13話ー聖地

一面の暗闇。空には目にしているだけで底なしに引きずり込む沼の様な暗雲が引き締められており、眼下には深い、深い、まるで奈落の様な黒い海がその見た目に反し、何もかもを貪欲に飲込もうと荒波を立て騒ぎ立てる。

 その二つの闇に挟まれ、どちらにも引き込まれぬぞ、と大気が悲鳴を上げるかの如く荒れ狂う。

 超大型ハリケーン ――。

 世界最難関の海、偉大なる航路は昼夜問わず、そこに居る者達に襲いかかる。このハリケーンもその一つだ。

 

 そんな昼間でさえ光一つ通さぬであろう暗闇に、突如、赤く光を放つ流星が現れる。

 その赤い流星は、ハリケーンの発する轟音を切り裂く様な甲高い音を辺りに響かせる。

 

 ――否、正に引き裂いているのだ。

 

 沼の様な暗雲は流星の放つ衝撃によって弾き飛ばされ、そこからは目映い星空が覗く。荒波を立てていた海も、その波ごとたたき潰され、流星が通る直線上に割れていく。そして、普段ならば出会ったら最後ともいわれる、偉大なる航路のハリケーンは流星の直撃を受け、内部から弾け飛ぶ様に消え去ってしまう。

 時速千キロを超える圧倒的スピードで進路上にある障害を物ともせずに進むその赤い流星は――過剰な核融合エネルギーによって輝き、元来ある一対の黒い羽の他に、エネルギーを噴射してできた赤い羽を背に生やした霊烏路 空である。

 

「まだかな~」

 

 たった今、大災害を一つ消し飛ばしたというのに、ウツホの口から漏れ出たのは、そんなありきたりの言葉だった。それも仕方のない事だろう。ウツホは今に至るまで、進路状にあった幾つもの似通った、他人が大災害と呼ぶ恐怖をその身で消し飛ばして進んで来たのだから。中には今のハリケーンの様に本人が気がつかない内に(・・・・・・・・)に、消えていった物も多々あった。

 

「方向は……あってるわね」

 

 ウツホは真っ赤に輝く自身の懐から、海軍本部を出る時に渡された永久指針を取り出し、方角を確認する。豪雨、暴風。ウツホの前方を遮る様に邪魔するそれらは、ウツホ自身が発するあまりの熱量と、エネルギーによって、彼女の肌に触れる事さえできない。そんなエネルギーの暴力の中でも、ウツホの手の中にある永久指針はその機能を一切損なわず、正確に己の役目を果たしている。

 以前、彼女がとある事故のせいで中将三名の変わりに多大の任務に日々をおわれていた時、彼女は同じ移動手段をよういた結果、自己の装備と認識していなかった永久指針と指令書を燃やしてしまい、大変困ったことがあった。その時は、後から追って来た彼女の部下達によって難を逃れたのだが、その後にも何度か同じ様な方法をとる事になったため、永久指針などの軍から渡された物を自身の能力で燃やさぬ様に調整する様にしていた。といっても、やはり元々のウツホの装備で無い物は、最近酷くなってきた鳥頭のせいか時たま加減を間違えて燃やしてしまい、彼女の保護者役の海軍の英雄や部下達にこっぴどく怒られたりする事も珍しい事ではないが。

 

 閑話休題。

 

 オハラのバスターコール後、巡回任務も討伐任務もほとんど回ってこなくなり、一部の殲滅任務を除き、本部に缶詰状態だったウツホが真夜中の偉大なる航路を自身の出せる最高速度で飛んでいるその訳は、数分前に全軍に出された緊急命令の為である。

 ここ数年間、もはやおなじみとなった様に、海軍本部の自室で書類仕事にその言葉の通りに埋もれていたウツホを叩き起こしたのは、部下の怒声ではなく、マリンフォード中に響き渡る様なけたたましいアラート音だった。

 ウツホが海軍に入ってから一度も経験をした事の無い事態に戸惑っている間に、深刻な顔をしながら扉を破壊して入ってきたガープ中将に首根っこを掴まれ有無をいわさずに運び出された。

 

 聖地襲撃――。

 世界政府の中心地、聖地マリージョア。世界貴族――別名、天竜人と呼ばれる八百年前に「世界政府」を作り上げた二十人の王達の末裔であり、この世界での絶対的な権力を保持し、悪質なまでの治外法権を認められている。彼らは大した理由も無く人を殺しても罪に問われないが、彼らが傷つけられた場合は、海軍本部の大将が軍を率いて派遣される程の重要人物とされている――が住んでいる世界最高峰の土地。

 

 その聖地が今襲撃されている。開口一番にガープがウツホに語ったのはその一言だった。

 

 

           ◇               ◇

 

 

 何人の兵士がその報告を聞いた瞬間に信じられただろうか。海軍本部元帥であり知将と呼ばれているセンゴクですら、その報告を聞いた時、数秒の間、驚愕に息をのむしかなかったのだ。

 

 世界貴族は民衆からは嫌われている……否、恐れられている。それは仕方が無い事だろう、彼らの気分一つで一般人の命など、道ばたにある石ころを蹴り飛ばす様に容易く奪われてしまうのだから。

 そんな世界貴族に恨みや妬みを持つ者は少なくは無い。が、彼らに実際に手を出す者は居ない。それは世界政府を丸ごと敵に回す事と同意義だからだ。海の荒くれ者と呼ばれている海賊達でさえ、黙って見て見ぬ振りをするのが通例である。

 その世界貴族達の住む聖地が襲撃されている。到底、信じられる話では無い。世界貴族の住む土地であり、世界政府の中心地である聖地の守りは他に無い程、厳重であり強固だ。そこを襲うとなれば、それこそ多大なる戦力が必要となる。さらに、聖地は赤い土の大陸の上にある為、簡単には辿り着くことさえできない。それが、聖地と戦う程の戦力となれば辿り着く前に発見されてしまう。

 

 

 だからこそ、信じられるはずもなかったのだ。聖地が既に襲撃されており、なおかつ応援が必要な程、滞在軍が押されている事など。

 

 

 しかし、センゴクも伊達で海軍本部元帥をやっている訳ではない。戸惑いは最初の数秒だけで、直ぐさま他のまだ惚けていた兵士達に指令を飛ばし、自分自身も行動を移すため動き始めた。

 マリンフォードから聖地マリージョアまではそう遠く無い距離にあるといっても、帆船ではいくら急いでも数時間はかかる。それではあまりにも遅すぎる。現状、聖地に戦力を送る為に考えられる最速の方法は、ある程度まで赤い土の大陸まで近づき、能力者または六式使いによる強行である。しかし、それでさえ赤い土の大陸近辺までは帆船でいくしかない為、時間はかかる。

 どうするべきか、知将と名高きセンゴクの脳は一瞬のうちに幾つもの解を浮かび上がらせていく。海軍で最速の兵士、ピカピカの実の能力者である、ボルサリーノ中将でさえ、反射する物が無い海上では長距離の移動はできない。今、本部にいる者の中で最も速く聖地へと辿り着く事ができ、なおかつ、応援となる程の戦力を保持する者は……

 

 

 センゴクが、その人物――霊烏路 空に緊急指令を出すのは、彼が動き始めたのとほぼ同時であった。

 

 

           ◇               ◇

 

 

 ガープによってセンゴクの所まで運ばれるやいなや、緊急指令を受けたウツホだったが、船の事すら今だ覚え切れていないウツホが聖地や世界貴族の事など知る由もなかった。

 一刻の猶予もないこの事態。ウツホに詳しい説明をする時間は当たり前のごとくにない。しかし、ウツホというある意味、襲撃者以上の危険物に何一つ説明をせず、世界貴族達が集まっている聖地への救出作戦に行かせる訳にもいか無かった。最悪の結果、聖地消滅などという未曾有の大災害を海軍自身が引き起こす、という事になりかねない。

 

 

 結果、ウツホにはウツホに何とか理解できる最低限の説明だけを受けさせ、聖地に単身、先行部隊として急行させる事とあいなった。

 

 

 ウツホがマリンフォードを出て数十分後。遂にウツホの視界に天高く聳えし、強大なる自然の奇跡の形ともいえる巨大な絶壁が目にはいった。この絶壁こそ、偉大なる航路と直角に交わり世界を分断する、世界で最も雄々しき大地、赤い土の大陸である。

 

”これが……赤い土の大陸……”

 

 視界を埋め尽くす一面の岩の壁。初めて見るその圧倒的な光景にウツホは一瞬だけ、ただ純粋に見惚れていた。

 

 そのまま直進していれば、後数秒で壁に激突していただろう。だがウツホはその驚異的なスピードからは考えられ無い軌道を描き、ほとんどその速度を減衰させずに赤い土の大陸に沿って、その頂上を目指し始める。

 

 昇り始めれば一瞬だ。永久指針を見ずとも、既に視界に捉えた自身とは違う赤い輝き――襲撃され燃えている聖地の灯りを頼りに、ウツホは与えられた任務の内容を、思い出す様に何度も口の中で反芻しながら、急速に近づいていく。

 

「襲撃者を排除して、世界貴族を救助する……襲撃者を排除して、世界貴族を救助する……」

 

 自身に与えられたそのあまりにも短い命令を確認しているその時、ウツホはとある重大な事柄に気がつき、ハッとする。

 

「襲撃者……? と 世界貴族……?」

 

 出発する前に受けた最小限の説明でウツホは、”世界貴族というとっても偉い人達の保護を最優先にしつつ、聖地の襲撃者を排除する”という事はちゃんと認識していたのだが……

 

「……襲撃者と、世界貴族の見分け方が……分からない」

 

 その重大な疑問を口にしたのは、ウツホが赤い土の大地を超え、聖地に辿り着いたのと同時であった。

 

 

            ◇               ◇

 

 ――世界最高峰の土地、聖地マリージョア。

 美しく舗装された道に、立ち並ぶきらびやかな建築物。どこに目をやってもそこに見える物は、どれもかしこも贅沢な装飾がされている。正に世界貴族が住むのにふさわしい土地と呼べるだろう。

 しかし、その本来ならば美しい筈の町並みは、まるでキャンパスに描かれた絵画の上に無造作に絵の具をぶちまけた様に、ただ一色の色によって塗り潰され、台無しにされている。

 

 その色は赤。――そう、美しき都、聖地マリージョアを包み込み、そこに住む人を、華美にたたずむ建築物を、そこにあった思想すらも、何もかも一切合切を飲込む炎。それは、巨大な蟒蛇の舌が這いずり回る様に妖艶に、そして、どこまでも残酷にマリージョアを汚染する。

 それともう一色、マリージョアを包む色がある――いや、その色もまた赤だ。それは、炎の様に見る者を引きつける様な輝かしい赤ではなく、その逆をいく深い真紅。しかし、その濃艶なる重みは時に炎以上に見る者を引きつけ離さない。それは生命の証――すなわち、血液である。

 

 炎が聖地を焼き、まだ炎が届いていない所は襲い襲われた者達の血で染められている。

 その流された血の多くは襲われた聖地に住む世界貴族の物である。しかし、それを流させたのは襲撃者ではなく、世界貴族が所有していた奴隷達によっての物だ。

 

 世界貴族のほとんどはその異常なまでの権限によって、一般人や罪人を人身売買で手に入れ、奴隷として所有している。

 その扱いは正に道具。好き放題に使い回し、役に立たなくなったものや飽きたものは、それこそゴミの様に処分される。そのような人権を無視した行為を自由に行えるのが世界貴族という存在だ。

 そして、奴隷のなかでも人気が高いのが、元高額賞金首の海賊団の船長と魚人である。普段は奴隷の首に付けられた爆弾付きの特殊な首輪によって、大人しくしたがっている奴隷達だが、現在、マリージョアにいる奴隷のほとんどの首にはその首輪は着いていない。

 自由になった彼らは、一目散に逃げ出す者もいたが、そのほとんどが自分達を物扱いにして好き勝手していた世界貴族に襲いかかった。元、有名な海賊団の船長や、生まれながらして人間の十倍の身体能力を持つ魚人が各地で一斉に暴れだしたのだ。いくらマリージョア滞在軍と言えどそれらを抑えるのは不可能だった。 

 

 

 奴隷解放。

 

 それこそ、今回の事件の首謀者であり、一人だけの襲撃者――魚人の冒険家、フィッシャー・タイガーの目的。

 彼は、たった一人で雲より高い赤い土の大陸の絶壁を素手でよじ登る事で、滞在軍に気づかれる事無く聖地に侵入し、暴れ回り、魚人、人間、関係無く奴隷にされていた者達を開放していった。

 

 その結果が、この炎上するマリージョアの現状であった。

 

 

 あちこちで滞在軍と解放された奴隷達による激戦が行われ、鎮火作業すらまともに行われず、ますます火の勢いが増していく。そんな、熱気渦巻くマリージョアを必死に駆け抜ける幾つもの影の中に、年の頃、十五、六であろう三人の少女達がいた。

 彼女達は四年程前、まだ幼い頃に人攫いに合い、世界貴族の奴隷として長い間、酷い扱いを受けていた。

 逃げ出したい。

 そう何度考えたか分からない。しかし、そんな気持ちも、脱走しようとして首輪が爆発した他の奴隷を見た時に崩れ去り、後に残ったのは諦めと深い絶望だった。

 

 そんな少女達にとって今回の襲撃は、正に生涯を奴隷で終わるかも知れなかった彼女達に与えられた、故郷に帰れるかもしれない千載一遇のチャンスであった。

 彼女達は走る。世界貴族を視界に納めても止まらず、わけめもふらずに、ここから逃げ出す事だけを考えて。

 長年、虐げられてきた世界貴族に恨みが無い訳ではない。誇り高き部族の出身である彼女達にとって、虐げられてきた毎日は屈辱という言葉では表す事ができない程だ。部族のしきたりを考えれば、復讐の機会を得た今、誇りの為に戦うべきだった。

 それでも彼女達はただ逃げた。逃げる事しかできなかった。

 

 ……怖かったのだ、どうしようもないほどに。

 

 まだ世界を知らぬ幼かった頃の少女達に与えられた恐怖と絶望は、少女達の心に癒しきれぬ深い傷痕を付けていた。

 

 

 

 

『オォォォォォォォッ!』

 

『抑えろー! ここで抑えるんだー!』

 

「「「ッ!?」」」

 

 一心不乱に逃げ出していた少女達の前方は、滞在軍と奴隷達の激しい戦いによって塞がれていた。

 狂気に目を血走らせる奴隷達。その中には魚人も混ざっている。

 それを必死に抑えようとする滞在軍。

 既にお互いに傷だらけで、体のいたる所から血を流している。お互いが入り乱れ交差する足下には、あまたの力つき倒れた者達の遺体が無造作に転がされ、激しい戦闘の合間に踏みつぶされている。

 

 どうするか。少女達はその光景を目の前にして困惑に立ちすくむ。

 回り道しようにも、辺りには火の手が回り始めていて、元の道を引き返すのはかなり危険だ。だからといって、この激戦の中を通り抜けるのはそれ以上に危険なのは考えるまでもない。どちらを選んでも危険な事に変わりは無い。

 

 冷静に考えるならば、回り道を探すべきだろう。

 

 しかし、彼女達はお互いの顔を見合わせ、その意思を確認し合うと覚悟を決めて前を――血飛沫飛び散る激戦を進む事を決心する。

 彼女達はもう戻りたく無いのだ。この忌まわしき場所から、少しでも遠くへ離れたい彼女達に、例え激戦の中で戦う事になったとしても、この道を後戻りなどしたくは無かった。

 

 

 彼女達が意思を決め、目の前の中の激戦の中を走り抜けるため、その第一歩を踏み出そう力を込め――

 

 

 次の瞬間、燃え盛る聖地の炎を遥かにしのぐ赤き輝きが、天高くから飛来し、滞在軍と激しい戦いを繰り広げていた奴隷達を吹き飛ばしたのを目の当たりにして、驚愕でその足を止める。

 その、あまりにも突然の出来事に対し、驚愕で立ち止まるのは少女達だけではない。今まで戦い合っていた滞在軍も奴隷達も何が起きたのかわからずに、思わず一時争いを止め、粉塵が立ちこめる発生地を見つめる。特に仲間に被害を受けた奴隷達は、更に警戒を強めて、自分達の中心に落ちてきた物を見つめている。

 両者が見つめる中、何かが墜落した衝撃で起きた粉塵が熱気によって沸き起こる気流によって晴れて来て見えたのは、地面が大きく抉れたクレーターの中に、まるで何かの冗談の様に奇怪な格好をした少女が立っている姿だった。

 それを見た奴隷達の戸惑いは一瞬だ。少女が何者かは、少女の背にたなびく白いマントに書かれている”正義”の一文字で直ぐに理解できる。海軍――しかも、その字を背負う事を許されている将校。単純に分かりやすく言い換えれば、彼らの敵だった。

 

 警戒をあらわにしていた彼らの反応は迅速だった。彼らはお互いに確認し合うまでもなく、一斉に少女に襲いかかる。その有様は、餌に群がる蟻のようだ。

 狙うは少女の命。例え狙う相手が年端も行かない少女であろうが彼らには関係がない、自分達の復讐を邪魔する敵は速やかに排除するだけだった。

 

 

 

 「十凶星」

 

 

 奴隷達の凶刃が少女に届く刹那の差に響いたのは、奴隷達の狂気を内包する雄叫びにも、炎上し悲鳴を上げる聖地の音にも邪魔をされずに、その場にいた全員の耳に不思議と染み渡たった少女の呟き。そして、その呟きに呼応する様に少女の体から溢れでた十の火球が、トルネードの様にその身を中心に渦巻き、殺到した奴隷達を焼きながらも引きちぎる怪音だった。

 それだけで、この場で滞在軍と拮抗していた過半数の奴隷はもはや骸とも呼べぬ灰となったが、十の火球の勢いはそれだけでは止まらずに少女の周りを広がる様に旋回しながら上昇し、残りの奴隷を焼いていく。その勢いは凄まじく、既に火の手の回っていた辺り一面の炎すら、その建物ごと焼き消し去り、少女がやってきた空の彼方へと戻っていった。

 

 少女がこの場に到着してわずか数十秒。たったそれだけの時間で、滞在軍が散々手こずった、この大通りの激戦は終結を迎えてしまった。奴隷達の全滅という形で……。

 長い間、世界貴族の奴隷として過ごしてきた彼らは知らなかったのだ。その海兵の少女が、海軍の秘密兵器”地獄の人工太陽”霊烏路 空であり、歯向かわず即逃げ出さなければならない相手だった事など。

 

 

 この日、突如天から降り注いだ奴隷から解放されるというチャンスを得た彼らは、それまでの奴隷から逃げようとした者達と変わらぬ同じ運命を、同じく天から降り注いだウツホによって辿る事となった。

 

 

            ◇               ◇

 

 

 もはや、周りに炎上する建物が無いというのに、未だ燃え続ける聖地の中でその広場(・・)は最も熱を放っていた。

 

「う、ウツホ大佐!」

 

 その広場の中心で大通りに降りて来たときから動かずに佇んでいたウツホに、ウツホの姿を確認した時から、既に他の部隊から入っていた連絡に従い、奴隷達を無視し、一目散に非難した滞在軍の一人が恐る恐る呼びかけると、ウツホはゆっくりと緩慢な動きでそちらを振り向く。

 振り向いたウツホに表情は無く、たった今、奴隷と言えど大量虐殺をした事なんて嘘だったかのようにも思える。

 

「ここの鎮圧は終わったわよね?」

「は? ……ハッ、大佐の活躍のおかげであります!」

「……そう」

「え、ええ。そ、それで我らはこれから……」

 

 ウツホの奇抜な格好も相成ってどこか幻想的な光景に捕われていた兵士は、日常会話でもしているように錯覚するウツホの話し方に一瞬惚けたが、直ぐさま敬礼をして、上官であるウツホの活躍に賛辞を述べ、そのまま他の場所への救援に向かう旨をつげる。

 

 しかし、ウツホはそんなどうでも良い事は聞き流しながら適当に話を合わせて、盛大に燃え続ける聖地をどこか遠い目で眺めていた。

 普段の彼女ならどこか抜けたその独特の性格で、愛くるしい笑顔の一つでも見せていた所だろう。実際に、ここに着いた頃に襲われていた部隊の救助をした時にはそのように接していた。

 それから、見分けの着かない世界貴族を助けるより「世界貴族を守ろうとしている滞在軍を戦っているもの=襲撃者=殲滅する対象」という単純な方程式を組み立て、戦闘が起こっている場所を回り始めていると、奇妙な違和感が彼女を包み始めた。

 それは、彼女の内で徐々に大きくなり、今では無視できない程大きい物へと変貌していた。

 

 その感覚には覚えがあった。ここ何年か、多少だがふいに感じていた物だ。

 だが、それが何かまでは分からない。

 知っては……いる、知っていた筈だった。

 ウツホはここ最近、めっぽうまわりが悪くなった頭で必死に考えながら、その奇妙な感覚を訴えてくる元を見つめる。

 燃える町並み、所々で沸き上がる怨嗟の念――

 

 そう、これは既視感だ。

 

”それはわかっているんだけど”

 

 しかし、その既視感が問題なのではない。その既視感がウツホに何かを訴えてくるのだ。その何かが分からず、ウツホは自らのうちに溜まっていく奇妙な感覚に苛まれ続ける。

 何時もは能力を使えば頭が沸き立ち高揚する筈の気分も、その奇妙な感覚で押しつぶされてしまっている。その代わりと言っては何だが、能力の精度が何時もよりも高く、原子を感じる感覚もいつもより鋭敏だ。

 そして、その感覚のせいなのか、もう一つウツホが奇妙に感じている点が……

 

 

 ウツホはそれを少しでも振り払う為に、頭を左右に振って考えるのを一時止める。

 

「大佐?」

「なんでもないよ。私は暫くしたらまた別の場所に向かうから、貴方達は先に行って」

 

 ウツホがそう告げると、滞在軍の兵士は多少引っかかりを覚えながらも、もう一度敬礼した後に次の防衛地点へと向かっていった。

 

 

 それを確認したウツホも、解決できない悩みにいつまでもかまっていられないと、強引に内に溢れる感覚に蓋をしてその場を離れようとした時、やっとその存在――少し離れていたおかげで、ウツホの火球に巻き込まれなかった建物の瓦礫に、反射的に隠れる事ができた少女達――に気がついた。

 ウツホが通常の状態ならば、もしくは、彼女がここを離れるまでに滞在軍が去らずに人の気配が多ければ、彼女達三人の些細な気配に気がつく事は無かった筈だった。

 言うなれば、少女達は運がなかった。ただそれだけの事だった。

 

 ウツホは仕方なしに少女達が隠れている瓦礫の方へと足を向ける。もしも、世界貴族だった場合は与えられた任務通りに保護しなければならない……のだが……彼女は先に滞在軍を返した事を非常に後悔していた。

 

”しまったな~、どうやって見分けようかな~”

 

 ここに来るまで、世界貴族の保護は全て滞在軍にまかせ、彼女自身は滞在軍に反抗している者のみを排除してきたため、彼女一人ではその人物が保護対象なのか殲滅対象なのか見分ける事が未だにできなかった。

 ウツホは更に増えた問題に頭を悩ませながらも、少しずつその問題の原因へと――少女達が隠れている瓦礫へと近づいていく。

 その歩みは悩み事のせいもあってか緩慢とした物だったが、瓦礫に隠れている少女達にとっては着実と近づいてくるその一歩一歩が、死への恐怖以外の何物でもなかった。

 

 特殊な生まれ故郷を持った少女達は”覇気”と言う特別な力を未熟ながらも幼い頃から身につけていた。

 ”覇気”とは全世界の人間に存在する力だが、引き出すのが容易でなく大半の人間は気づかずに、または引き出せずに一生を終わる。覇気には幾つかの種類があるが、基本的に身体能力を底上げする物であり、物によっては異常なまでに鋭敏になった五感によって人の心の声まで聞き取る事ができる物もある。

 

 普段ならば危険察知などに役に立つ能力だが、今、少女達のその強化された五感は神経を焼き切るかのごとく、少女達の全身に信号を送る。

 

 

 『逃げろ、死ぬぞ』

 

 

 と。

 それは原初の防衛反応であり、全ての生きとし生けるものに存在する本能。例え、自然の理から著しく逸脱した人間といえども、あらがえぬ遺伝子に埋め込まれた絶対命令。

 

 しかし、少女達は動かない――否、動けない。

 震えの止まらぬその体の震えを止める様に自分自身で強くかき抱き、見開かれた目からは止めどなく涙があふれていく。

 

 強化された感覚が伝えてくる圧倒的捕食者の存在。

 野生動物ならば直ぐさまに逃げ出していただろう。しかし、自然の理からずれてしまった人間故に少女達はその濃厚な死の気配によって、ただ己の死に捕われる。もうじき自分達も、先ほど自分達の前で燃え尽きて死んでいった者達と同じ様に至と。

 

 

 少女達の元まで後数歩。そして、ウツホがまたその一歩を踏み出す瞬間

 

 

 

「ッ!! アァァァァァァァァァッ!! に、逃げてください! 姉様方!!」

 

「「ソニア!?」」

 

 瓦礫の影から少女達の中でも最も幼い少女が、自らを奮起させるかのように雄叫びを上げ物陰から一人飛び出した。飛び出すと同時に少女――ソニアの体はその姿を見る見るうちに少女の形から異形へと変わっていく。同年代の標準より多少大きめだった体は、見上げれば五メートルは軽く超えそうな程ふくれあがり、可愛らしかった顔は原形をとどめて入る物の口が耳まで裂け、首から下は四肢のうち二足が消え、鱗に包まれた蛇腹へと変貌を遂げる。

 その姿は巨大な蛇。いや、神話にて語られる怪物――ラミアと呼ぶのにふさわしい姿だった。

 これがソニアが食べた悪魔の実、ヘビヘビの実、モデル”アナコンダ”の能力。動物系の悪魔の実であるその力は、他の動物系の実と同じく自身を三形態へと変化させる事ができる。ソニアが変貌した姿はその三形態のうちの一つである人獣型と呼ばれる物であり、元々の人間としての姿と食べた実の動物の姿を掛け合わせた姿をとる形態である。

 ”アナコンダ”という蛇の中でも最も重いとされる種の特徴に乗っ取ってか、動物系の実の身体能力増加も相成って跳ね上がった速度もくわわり、今やその身はただ存在するだけで破壊をもたらす暴力となっている。

 

 故に力量など関係ない。その巨体が当たればそれだけで相手は致命傷を負うのだから。

 

 只死を待つぐらいならば、大好きな姉達を逃がす為、ソニアは自身の身を言葉通り捨て身でウツホに向かっていった。

 瓦礫の中から急に飛び出してきた焼け残った通路を埋め尽くす様な巨体による一撃。考え事をしていたウツホにそれを避けるような事はできるわけもなく、その小さな身体は巨体に飲込まれる。

 

 

 

 

「攻撃してきたって事は、貴方は殲滅対象で良いわよね?」

「……ッ!」

 

 ソニアは驚愕に息をのむしか無かった。

 確かに、ソニアのその巨体は恐ろしいまでの速度と破壊力を宿しながら、ウツホへと直撃した。が、考え事をして避けるまではできなかったそれをウツホは制御棒を付けていない左手一本で軽々と受け止めていた。その位置は巨大な質量を受け止めたのにも関わらずに、少しも変わっていない。

 

 考え難いその事実を受け止めきれず呆然とするしかないソニアを無視して、ウツホはその邪魔な巨体に左足を上から下へとひねり込むかの様に叩き付ける。

 

「……カハッ!!」

 

 まるで何かの冗談の様に、圧倒的な身長差を無視してソニアの巨体は地面へと叩き付けられる。その威力は恐ろしく、ソニアが叩き付けられた地面は砕かれ皹が数メートルに渡ってできている。

 その絶大な一撃を受けたソニアはその目を裏返し、意識を失っていた。

 

 

「ギャアァァァァァァァァァ!!」

 

 が、ソニアは痛みを伴った絶叫とともに目を覚ます事となる。

 地面へと倒れふした彼女の身体から、激しい閃光とけたたましい炸裂音がその絶叫を掻き消す程に絶えまず続いている。その震源地はウツホが蹴り降ろして彼女のからだを未だに押さえつけている左足からだ。その左足に巻き付いている二つの電子の輪がその存在を知らしめるかの様に力強く飛び回っている。

 

『メルティング浴びせ蹴り』

 

 敵を組み伏せ、分解を司る左足からエネルギーを直接相手に叩き込むといった、ウツホが使う凶悪な技だ。

 今、ソニアの身体の中にはウツホが辺りの原子から分解し得ている、膨大なる核エネルギーが直接叩き込まれている。その分解している物の中には少なからずソニア自身の肉体の構成元素も含まれており、彼女は今までの人生で味わった事の無い……いや、これからの人生を含んでも味わう事の無い激痛に苛まれていた。

 

「イギィィィィィィィィィィッ!!」

 

 それは既に絶叫というより機械が不具合を起こした時に発するような不協音に近かった。身体の機能が異常を発しているのだからあながちそれも間違いではないのだろう。ソニアという生命の形は今確実に壊れていっているのだから。

 通常、一定上の痛みを感じると肉体がショック死を起こさぬ様に自己を守る為、意識をカットするのだが、意識を失った直後にその激痛により目が覚めるという悪純化を起こし、皮肉にもショク死による心臓停止も叩き込まれる核エネルギーが心臓マッサージの役割を起こし彼女を殺させない、痛みから逃がさない。それは正に地獄の責め苦と呼んで相違ないだろう。ソニアは、その身体が生命活動を行えなくなるまでに損傷するまで蹂躙され続けるのだから。

 

 痛みに悲鳴を上げ、何とかそれから逃げ出そうと巨体を力の限りに動かすソニアを片足で押さえつけながら、ウツホは可笑しく感じていた認識を自覚しつつ、何の感情湧かぬ黒い瞳でソニアの痛みもがく様を見つめ続ける。

 

”やぱっり、『人間』が『人』として見えないや”

 

 それが、ウツホがここに来てから感じていたもう一つの違和感。

 妖怪の気質により戦闘狂になりつつ有るとはいえ、ウツホは、元来、どちらかと言えば大人しく、現代社会の人間らしい所謂『お人好し』な性格をしており、殲滅対象とはいえソニアの様な少女に対してこの様な残酷な行為をして胸を痛めない筈は無い。もちろん、ウツホも海軍として行動しているのだから、海賊討伐に当たり、まだ年の若い女海賊をその手にかけた事があるが、気分がいい物ではなかった。

 しかし、今のウツホには何の感情も湧かない。それこそ、ゴミを捨てるかの様な、当たり前の事をしている感覚で人間を殺していた。

 

”そう……そうだよね……たかが『燃料』を燃やすのに何か考える必要があるのかな?”

 

 自分は何をそんなに悩んでいたのか、まだ解決していない奇妙な感覚はあれども、一つ胸のつっかえがとれたウツホは、叫びすぎて喉が切れたのか、それとも内蔵がやられたのか、血反吐を吐きながら壊れたスピーカーの様にノイズを発する、耳障りな眼下の燃料をさっさと燃やし尽くす為に力を込める。

 

 

 

「ソニアを放せ、この化け物!!」

「ま、マリー!?」

 

 その寸での所で、残った二人のうち、もう一人の少女がウツホに向かって飛びかかってくる。死の恐怖と信じがたい光景の連続で思考停止していた少女達だが、妹の生命の危機を目の当たりにして恐怖の呪縛を弾き飛ばした。

 流石にウツホも今回はそれに反応し、向かってくる少女に視線を向けると、ウツホが見ているさなかにその少女の身体も先ほどのソニアと瓜二つな巨大な蛇の姿に変貌させていった。ソニアとの違いを比べるとすれば鱗の模様と、こちらは顔の下が大きく膨らんでいる事だろうか。

 それはソニアの姉である少女――マリーが食べた悪魔の実、ヘビヘビの実、モデル”キングコブラ”による物だった。そう、彼女達は数ある悪魔の実の中で、姉妹で同じのヘビヘビの実を口にするという数奇な運命をたどっていたのだ。

 世界最大の毒蛇と呼ばれるだけあって、マリーが変身した姿もソニアのそれに匹敵する程であり、その質量と速度はそれだけで脅威だが、それだけではソニアの二の舞になるだけだ。しかも、今回は不意を打てずにウツホにしっかりとその姿を捉えられている。

 だが、マリーは止まらない。自身の一撃が目の前の化け物を打ち倒すなどといった高慢な考えなどは頭に無く、一瞬でもいい、自分達の為に今なお苦しみ続けている妹を救う、その一瞬を生み出す為にマリーは己が全てを賭けて失踪する。

 己が全てを――その身に宿す、未成熟な武装色の覇気を、覚悟と死に直面する事で完全な物と昇華させ、マリーは生涯(・・)に置ける最強の”一撃”をウツホへと放つ。

 

 

「……ぁ」

 

 が、その一撃はウツホに届く事さえ無かった。

 その時、マリーが感じたのは喪失感。特殊な生まれ故郷故に幼い頃から未熟ながらも使えていた覇気をたった今完全に物にし、動物系の実の自己強化も相成ったそれは、間違いなく完璧であり、奴隷になる前に見ていた部族の姉達にも引けを取らない――いや、それ以上の物だったとマリーは確信している。ウツホに迫るまでの一瞬とはいえ、そのどこまでも力が沸き上がる様な高揚感、自身が最高に、極限までに高まった感覚が、突如失われた。

 

 零れる。

 落ちる。

 溢れていく。

 

 マリーはその高揚感を失う直前に目にした物を思い出す。それは、赤く燃える炎に照らされてなお輝かない黒い瞳で自分を見つめたまま、奇怪な棒をつかた右手を自分に向ける化け物の姿。

 ふと目をやれば、化け物は『正義』と書いてあるマントをたなびかせ、右手を上げたまま興味無さげにこちらを見ていた。その足下では先ほどまでの炸裂音と閃光は消えさり、絶える事無く絶叫を上げていた妹が弱々しく痙攣しながらもしっかりと生きている事を伝えていた。

 

”……ぁ、ソニアを……”

 

 助けなきゃ。

 そう呟いた筈の言葉は外に出る事は無く、変わりに響いたのは、わずかに身動きした彼女の足下に溜った物の水音だった。

 

 水?

 マリーは疑問に思う。果たしてこんな所に水が当たっただろうか。ここは大通りの真ん中で、まわりには井戸などある筈も無い。そしてなにより、ここは先ほどのウツホによる一撃で、熱気渦巻くマリージョアの中でも一層に高温を保つ場所である。そんな所に水などある訳も無く、あったとしても蒸発している筈だ。

 

 

 零れていく。

 

 

”そういえば、いつの間に私の身体はこんなに……”

 

 

 

 水浸しなのだろうか?

 

 

 マリーの細長い巨体を伝って零れる液体は、マリーが動くたびに、行きをするたびに、その勢いを増して彼女の足下に溜まっていく。今更ながらに、どの液体がどこから溢れてくるのか不思議に思った彼女がその発生源を見て、なぜこんなにも喪失感を味わうのかを理解する。

 

 マリーの視線の先――マリーの右肩は肩先から脇にかけて大きく円上に抉れており、蛇の伸縮性のある丈夫な皮によって何とか右腕がぶら下がっているような酷い有様となっており、その今にも千切れそうな右腕と抉れた肩からは大量に赤い血液が溢れ出していた。

 彼女が放つ筈だった生涯最強の一撃は、遂に放たれる事無く、マリーの戦士として完成する可能性と共に、ただ灰塵と化したのだった。

 

 

 血を流しすぎたためか、自身の一部を失った事を認めたく無いのか、肩先のあった虚空を見つめたまま動かないマリーに向かって、ウツホは足下で意識を失っている邪魔なソニアを踏みつけていた左足で投げるかの様に蹴り飛ばす。

 それは何の冗談か、蹴り飛ばされたソニアの巨体は彼女自身が飛びかかった速度など比にもならぬ、まるで落雷のごとき速度で飛んでいき、ほぼ同程度の大きさを持つマリーを巻き込み、その速度を殺す事無く、焼け残った瓦礫の山へと叩き付けられた。

 

 

 

「ぁ……あぁ……」

 

 その光景を、隠れていた瓦礫の影から一歩も動かずにいた最後の少女は目の当たりにする。少女は、ただ恐怖に震え、口からはか細い嗚咽が漏れるのみで、妹達が投げ飛ばされた瓦礫の山から視線をずらす事もできなかった。

 残された少女――少女達三姉妹の姉、ハンコックも何も最初から最後まで、恐怖に飲まれていた訳ではなかった。ハンコックも、ソニアがウツホに殺されかけ、マリーが飛び出した時には大切な妹の為に恐怖で縛られたその身を動かし共に助けにいく筈だった。

 

 彼女が動けなかったのは、言うなればタイミングが悪かったのだ。

 彼女がその身を恐怖の呪縛から解放したのとほぼ同時に、彼女は目にしてしまったのだ、動物系の実の能力で自分の何倍も強靭な身体になり、未熟だった武装色の覇気を完全な物と仕上げた――そう、まるでかつて憧れていた部族の姉達の面影を見たマリー身体がいとも容易く、光球によって抉られるその姿を。

 マリーが息するたびにポンプの様に溢れ出し、その巨体を赤く染めていく血液と、何かのおもちゃの様に伸縮性の皮によって不規則に上下にゆれる今にも千切れそうなマリーの腕。

 そこで彼女の心は完全におれてしまった。

 戦いを誇りとする部族の出とはいえ、少女達はまだ幼い頃に奴隷として捕まり、今まで奴隷として散々酷い目にあっていたとはいえ、不幸中の幸いと言えば良いのか、飼い主だった世界貴族の趣向から肉体を激しく損傷する様な目には遭っておらず、死を間近に見たのも、逃げ出した奴隷の首輪が爆発したのを遠目に見ただけだったのだ。

 遠目でよくも知らない他人の首輪が爆発した事により逃亡を諦めた少女にとって、自分の肉親が目の前で血にまみれる姿はあまりにも近過ぎた。そう、その姿に自身を重ねる事が容易に想像できる程に。

 

「……ッ……」

 

 彼女は捕われる。死の幻想に。

 妹達はまだ生きていると、自分は姉なのだから速く助けてあげないと、と心のどこかで信じていても動けない。動いたら殺されるから、自分も妹達の様に殺される。生きている筈と信じていながら、既に殺されていると幻想に囁かれ、またそれを認めてしまう。すると、浮かび上がるのは自分が無惨に殺される光景ばかり。

 彼女は心の中で、永遠と同じ事を繰り返し、繰り返し、罵る。今の彼女にできるのはそれぐらいの事だけだから。

 せっかく、逃げ出したのに、自由になる機会を得たのに、それは全てあの怪物に……

 

 

 

「ねぇ」

「……ッ!!?」

 

 その声を聞いてハンコックの心臓は凍り付く。その鼓動は冷たい血液を体中へと送り始め、身体の内から凍えていき、あまりの寒さに可笑しいくらい震えが止まらなくなる。

 

 自分の真後ろから聞こえるこの声は誰の声だ?

 

 そんな事は考えるまでもないのに、疑問を浮かべてしまう。

 ここにはもう、自分とあの化け物以外に誰もいないというのに。

 

 凍り付いた筈のハンコックの身体は、自身の意志に反してゆっくりとだが確実に、声の主を確認する為に後ろを振り向いてゆく。見たく無いのに、見ても絶望しか湧かない事は分かっているのに、目にしないのも恐ろしくてできない。なにをされるか分からないのが溜まらなく怖いから。

 だから、身体は人間がもっとも頼りにしている視覚からの情報を得る為に、嫌がおうにも振り向いてしまう。

 

 

 

 

 

 結局、少女が目にしたのは絶望だった。

 黒い一対の羽を悠然と広げ、その翼に『正義』とか書かれた白いマントをたなびかせ、その奇抜な服装には所々、血で赤く染めている。その血が全て返り血である事は言うまでもないだろう。

 

 

「あ……く? ……のね……わ…………ね」

 

 恐怖。それで少女は壊れる。目の前で話しかけられているのに、何をいっているかなんて理解もできない。

 ハンコックは恐ろしかった。ウツホが行ってきた行為よりも、その血にまみれた姿よりも、ただその瞳が……自分を見つめている黒い瞳が何も見ていない事が怖くてたまらなかった。

 

「だ……? ……つ……て」

 

 反応をしめさないハンコックに、ウツホが左手をゆっくりと近づけていく。

 

 

 

”殺される。化け物に。私が。殺される。ソニア。ころ。黒い目が。何もない。マリーも。赤くて。こわれ。腕が。目が。私を。こ。ころ。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。何がぁ。私を。赤く。黒い目で。胸に。太陽が。黒い。太陽。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。鳥が。だ。れ。助。けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて”

 

 

 

 

 

”助けて!!!!”

 

 

 

 衝撃――否、風圧。自分の頭が化け物に吹き飛ばされたのかと思ったが違った。

 ハンコックの目の前を勢いよく過ぎ去ったそれは……いや、今も少女の目のに存在し、その網膜に映し出される。そこにいた筈のウツホの姿は無く、そこに残っていたのは、腕。といっても人間それではなく、所々に鱗がついており、指の間には水かきが目に映る。ハンコックはその腕を知っていた。それは、数時間前に自分の首に突いていた奴隷の証を外し、自分達を救ってくれた人の物だ。

 ハンコックは恐る恐るとその腕の持ち主の顔を見上げる。今度は先ほどと違い絶望ではなく希望を求める為に、自分の意志で。

 

 

「……二度と捕まるなと言ったぞ」

 

 ハンコックは恐ろしさから止まらなかった筈の涙が、逆の意味で溢れ出すのを感じながら、二度も自分を助けてくれた恩人――魚人の冒険家、フィッシャー・タイガーを見つめていた。

 




はい、原作キャラはボア姉妹と、タイガーさんでした。モロばれだっただろうけどw
タイガーさん、魚に虎だからシャチだと思ってたのに……シャンプには今回、大分翻弄されましたよえぇ。

そして、ロビンに続く、原作、被害者さんたちボア姉妹の登場です。この作品、鳥がトラウマな方が増える増えるw
彼女達がどうなるかはまた次回でw

いや~、なげぇ。
リアルが忙しかったのもありましたが(アンナに忙しくなるなんて思いもよらなかったです)、それに増しても文章が長すぎる。
これで途中で切ってるって、自分でも信じられない。
本来はこの後のタイガーさんとの戦闘シーン&物語にかかわる重大な内容がありましたが、それは次回に持越しです。

今回はやりたかったのは

①擬音を使わない
②三人称
③三人称をねちっこく表現する

の三つなんですが、これのせいで文章が無駄に増えるは、書きにくくて筆は進まないわで、結構大変でした。投稿が遅れた最大の原因ですね。

三人称の擬音、使わない戦いとかやってみたかったんですが、まだ自分いは難しいかも。
でも、個人的には戦闘シーンは擬音あった方が燃える。
擬音や説明を省いて読者の想像に任すって言う手法も好きだけど、難しすぎて無理だw

皆様はどっちの方が読んでて楽しいんでしょうか?
ご意見いただけるとうれしいです。

次回は、これの続きか、番外の続きを上げます。
番外は筆が進まなかったら先に上がるかもってことでw

なるべく早く上げたいですが、やっぱりちょい未定です。すみません。大分忙しくなくなりましたが、まだ色々リアルが慌しくて、ゆくっりかけないかもです。

東方知らない人への設定

十凶星:球状に安定させた核エネルギーを
    回転軌道で制御して攻撃する
    周囲から上方にかけてカバーし
    防御的な使い方も期待できる

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