「・・・また、ですね」
「今度は正規空母・・・しかも、これは姫級?」
「艦載機の残骸が・・・こんなに、たくさん・・・」
『『桜風』救援艦隊』の面々は、またもや海面に浮かぶ深海棲艦の残骸の山に遭遇して困惑していた。これまで彼女たちは出撃してから一度も深海棲艦に遭遇しておらず、しかし航路上には無数の『元』敵艦の姿が有った。深山提督と連絡を取り、他鎮守府の艦艇が来ていないか尋ねても『現在今海域に存在する艦艇は『桜風』と貴方達だけ』と言う事であり、他提督指揮下の艦娘の所業と言う線は消えた。上層部に黙って艦娘を出撃させた場合、同士討ちの可能性も少なからず有る為に基本軍法会議の後に厳罰に処せられる。独断専行でこの事をするメリットに対するデメリットが余りにも釣り合っていないのだ。
「・・・瑞鳳、『桜風』からの通信は?」
「えっと・・・今入った定時通信では【我、正規空母ヲ含ム敵小規模艦隊ヲ殲滅セリ。コレヨリ現在存在ガ確認サレル敵戦艦ヲ含ム小規模艦隊ヲ撃滅後、横須賀ニ向ケ航行ヲ再開ス】ですね。・・・え?え?えぇー!?」
艦隊に瑞鳳の素っ頓狂な大声が響き渡る。そしてその定時通信の内容に、それぞれ違った反応を見せた。
旗艦の大和は思わず右手で口を覆い、武蔵は『何を言っている?』と言わんばかりに口をぽかんと開け、長門は艦橋越しに本当かどうかの疑念の目を持って瑞鳳を見やり、陽炎は思わず天を見上げ、そして青葉は何も話そうとせず、静かであった。
「瑞鳳。・・・その通信は本当か?」
「う、うん。確かに『桜風』ちゃんからの通信です」
「長門さん。どう思います?駆逐艦一隻で『正規空母を含む艦隊を殲滅』出来ると思います?」
「戦艦娘である私よりも駆逐艦娘の陽炎の方が良く分かっているだろうに。常識的に考えて『不可能』だ」
「そう、ですよね・・・」
自分たちの常識と照らし合わせて、余りにもおかしい通信内容に思わず自らの常識を確認する『『桜風』救援艦隊』の面々。『小規模艦隊』と言いつつ『正規空母を含む』『戦艦を含む』と書いて有ったり『敵艦隊を殲滅』と書いて有ったりと法螺話にも誤報にも限度がある内容に、陽炎や長門、武蔵、瑞鳳は『桜風』に何かあったのか、と勘違いし始めていた。
「・・・青葉さん?いったいどうしたんですか、そんなに考え込んで」
「『始まりの艦娘』」
「・・・え?」
そんな中、何時もなら色々と話の輪に入ってくるであろうあの青葉が、会話に一切参加せずに考え込んでいたのに気づいた大和が声をかけるも、帰ってきたのは艦娘が初めて出現した時の事を総称した一言であった。
「深海棲艦が突然現れ、交渉も無く、会話も無く、ただただ人類の船舶を撃沈し、シーレーンを破壊し、挙句の果てには陸地すらも占領し始め、しかし人類の兵器は一切の効力を見せず、このまま人類は滅亡するかと思われた時に、予兆も無く、前触れも無く唐突に現れて人類側に立ち、戦いだした駆逐艦娘・・・」
「今では『初期艦』と呼ばれ、提督となった新米少佐の元に必ず配備される『吹雪』『叢雲』『五月雨』『漣』『電』の五人の事ですね。・・・その、一番初めの彼女たちが、一体何か?」
「大和さん。そっくりなんですよ、『桜風』さんが現れた状況と『始まりの艦娘』とが。彼女との通信内容から、駆逐艦『桜風』は『自沈処分後、気付いたらこの海にいた』と言っていました。そして最初に接触した私たちは一度も深海棲艦と交戦していませんでした」
「・・・確かに『前触れ無く唐突に現れた』と言う点では同じかもしれませんが」
「『始まりの艦娘』が現れた後には、軽巡洋艦娘や正規空母娘、戦艦娘らが現れ始め、それに合わせる様に深海棲艦も強力になってきたと言います。もしかしたら、彼女が・・・『桜風』が、この世界に現れたのは、なにか深海棲艦を超える脅威が・・・」
「青葉さん!『桜風』ちゃんから通信!」
真剣な表情で考察する青葉の思考を遮って、瑞鳳が大声を上げる。『始まりの艦娘』と『桜風』の共通点の考察は取りあえず脇に置いた青葉と大和は、艦隊の皆と一緒に、瑞鳳から各艦に転送された電文を読み・・・
【我、駆逐艦『桜風』。敵艦隊ト接敵。コレヨリ交戦ス。尚通信解読ニヨリ、敵旗艦ノ秘匿呼称ハ『戦艦棲姫』ナリ】
―――すべての思考を、硬直させた。
『・・・艦長。そろそろ』
「ん、分かった。・・・さて、『ナイトビジョン』作動。照明弾や探照灯はまだ使用しない。可能な限り敵艦隊に近づいてから」
『了解!』
『皆を必ず守る』と決意をしたあの時より暫くしてから、副長から『少しでも良いので休んでいてください』との進言を受け、『桜風』は艦長席に座って傾眠していたが、そろそろ交戦海域に入る為に砲術妖精に起こされ、即座に覚醒して戦闘指揮に入った。何時の間にやら『桜風』には『戦闘中、若しくは近く戦闘が起きる場合は精神、肉体共に常在戦場状態になる』と言う特性が備わっていたようだ。人の身を得てから一日も経っていない上に総数わずか二回しか戦闘を経験していないというのに、だ。駆逐艦『桜風』の妖精さんもそうだが、『桜風』自身も大概並外れて優秀である。本人は比較対象が存在しない上に人の身体を得てから殆ど時間が経っていないこともあって自身の事をサッパリ分かっていないが。
「・・・やっぱり『デジタルビジョン』と比べると、相当見難いね」
『何も無しよりはよっぽどマシです』『真っ暗闇の中敵艦の発砲煙や光とレーダーからの位置情報でだけで砲戦するよりかは・・・』『個人的に『サマールビジョン』よりこっちの方が見やすい気がする』『緑の世界って、植物のように心が落ち着いて、なんだか、素敵・・・』『正気に戻らんとまた再教育喰らうぞお前』
『桜風』と妖精さんが話す目線の先には、艦橋の防弾窓ガラスに『ナイトビジョン』が作動したために、ガラス越しに見える辺り一面が緑と黒で映し出された海上の様子が映し出されていた。『デジタルビジョン』を使用していた過去と比べると余りにも不鮮明で頼りない光景だが、少なくとも『ナイトビジョン』を使用していないと本当に真っ暗闇で何も見えない為『無いよりマシ』と言う理由で使っているという『ナイトビジョン』に対して手厳しい扱いだった。
「・・・そうだ、通信手。さっき空母の瑞鳳さんに返した電文の返答って来た?」
『はい、先ほど。・・・【危険だから撤退しろ】だの【空母部隊を本当に殲滅したのか】とかそんなんでしたけど』
「なにそれ。【危険だから撤退】【本当に殲滅】とか・・・。たかが6隻程度、しかも通信暗号もあんなにお粗末な艦隊がそんなに危険な訳無いし、しかも【本当に殲滅】って・・・私たちが嘘付く理由、これっぽっちも無いのに」
『やはりポット出の自分たちの言葉は信頼されていないんでしょうねー』
「じゃあ余計に無様な戦いは出来ないね。この世界の日本に対して多少なりとも発言力を得るためにも、今から戦う敵艦隊には一艦残らず沈んでもらおう」
『勝利条件は『敵艦隊の殲滅』。副目標『自艦艇の損傷を最低限に抑える』ですね』
「そういうこと」
『桜風』救援艦隊からの通信をいい感じに変な風に解釈する『桜風』と妖精さんたち。この世界に関する情報が不足するにも甚だしい為に、『超兵器』が存在した自分たちがいた世界の常識で考えているのである意味仕方が無いのだが。
『・・・艦長!気付かれました!敵戦艦隊発砲を確認!』
「あーあ、バレちゃったか。一応こっちは灯火管制していたのにね」
『レーダーの逆探に引っかかりましたので、奴さんも最低限のレーダー装備は有るようですね』
「そう。でもミサイルやレールガン等は搭載してないみたいだね。搭載して居るのは通常の艦砲だけか」
『しかも装填速度がかなり遅いみたいで未だに二射目が確認されておりません。と言うかなんかミサイルも荷電粒子砲も撃ってこない空母も戦艦と一緒にこっちに向かって突撃して来ているんですけど』
「艦載機発艦させているのを見ると、少しでもこっちの攻撃を阻害するのと、あとは最悪旗艦の盾になる事でも考えているんでしょ。まあどっちにしても全艦纏めて撃沈するんだから、逃げ出したのを追いかけずにすむと言う意味でむしろ手間が省けて有りがたいんだけどね」
そう言いながら『シュルツ大佐』が被っていたのと同じデザインの海軍帽を被りなおす『桜風』。その脳内では『如何に自艦艇の損傷を抑えるか』『弾薬消費量をどう抑えるか』と言った事しか考えておらず、『敵艦隊の殲滅』は、すでに『桜風』とその妖精さんたちにとっては完全に確定事項だった。
・・・キタワ・・・前衛艦隊ヲ殲滅シタ・・・『駆逐艦』ガ・・・
一方『桜風』に相当前から暗号解読とレーダーによって完全に捕捉されている事など夢にも思っていない『戦艦棲姫』を旗艦とする『侵攻部隊主力艦隊』は、前衛として配備されていた『侵攻空母機動部隊』旗艦の『空母棲姫』から送られてきた最期の情報を元に、『戦艦棲姫の視点での』万全の迎撃態勢を整えていた。夜間飛行が可能な空母ヲ級flagshipが装備する新型艦載機を爆装状態で偵察に出し、装備する電探を最大出力にして何時でも遠距離砲撃出来る様にして辺り一面を探査していた。本来ならば『たかが駆逐艦一隻』相手にこれほどまでに過剰な対処はしないのだが、空母棲姫からの最期の通信が、このような細密な探索をさせる結果となっていた。
・・・『最大速力50ノットで駆け回り、自立誘導型のロケット弾を大量に撃ち放ち、異常な連射力を持つ主砲と魚雷発射管を持つ駆逐艦』・・・。空母棲姫、貴女ガ伝エテクレタコノ情報、無駄ニハシナイ・・・
戦艦棲姫と空母棲姫には、本当はそこまで深い交わりが有った訳では無い。むしろ深海棲艦の特性として常時離散集合を繰り返す為、例外的に存在するごく一部の存在を除けば、細かい連携を取れる様な深い交わりを持つ深海棲艦は居なかった。だが基本的に『姫級』や『鬼級』は高い知性を持ち、機械的に自らの役割を良くこなす性質が強い。『ふざけて適当な電文を味方に送る』ような人間的でおちゃらけた行為は有り得ない為、この常識外れの電文は事実だと考えられた。
・・・ダガ、我等ノ砲撃力ヲ侮ッタノハ失策ダッタナ。T字優位ノ陣形デ放タレル『16inch三連装砲』計27門ノ大火力ヲ、ソノ身ヲ持ッテ味ワウガ良イ・・・!
だからこそ、戦艦棲姫は慢心も油断も無く、暢気にこちらに向かってきている『敵駆逐艦』に対して、考えられる限り最良の状態での戦闘を挑んだ。一般的な深海棲艦の戦艦部隊が行うような砲撃修正の為の交互撃ち方ではなく、自らの連度を頼みに初めから全門射撃するなど、仮に交戦相手が高連度の戦艦娘であっても、何らかの損傷を受ける事は先ず間違いなかったであろう。
――――――深海棲艦の『侵攻部隊主力艦隊』にとって唯一不幸だったのは、今対決している駆逐艦が『総数100隻を軽く超える敵艦の群れや単騎で数個艦隊を殲滅できる化物兵器と毎回単艦戦闘で勝利してきた戦歴と記憶持ち』だった事だろう。
深海棲艦の戦艦砲の発砲を確認した直後より、駆逐艦『桜風』より照明弾が射出。打ち上げ花火のように天高く舞い上がったのちに、闇夜をそれなりに照らす人工の太陽となる。最近の精鋭艦娘が夜戦に挑む際の常套手段である為、戦艦棲姫や戦艦ル級flagshipは特に何も感じなかったが、その直後に『敵艦に張り付いていた機体が全て撃ち落された』と言う報告が飛び込んでくるにあたり、俄かに風向きが狂いだした事を、深海棲艦は本能で感じ始めていた。
・・・敵艦ノ発砲光ヲ確認!
・・・敵艦ヨリ飛翔体ノ射出ヲ確認!
・・・観測機、爆撃機ノ通信途絶!
旗艦の『戦艦棲姫』が必勝の念を込めた布陣と戦法は、いきなり前提条件とその初期段階から崩壊し始めていた。
『艦長、レーダーから敵機の反応消失を確認!』
「了解。砲術妖精、照明弾は適時発射するようにして砲戦用意。通信妖精、敵艦隊の暗号を受信したら即座に解読して艦橋に報告。主計妖精は砲弾使用量の確認と報告。あとはいつも通りに」
『了解!』
さて陣形としては駆逐艦『桜風』は、深海棲艦に対してT字不利と言った状況ではあるが、そもそも昔から単艦で陣形も何も無しに戦ってきているので実質誰も気にしてもいない。そもそも『桜風』は敵艦隊に対して20ノット以上の優速である為、戦闘の主導権は『桜風』の方が有している状況だ。『桜風』も妖精さんも、敵艦隊が整然と一列に並んで砲撃しているのを見て『反航戦で雷撃戦を行った方がいいかな?』と平然と考えている始末である。
『・・・しかし、敵艦隊は全門斉射していると言うのに、命中弾どころか至近弾すら出してきませんね』
「こっちは電波妨害装置もECMシステムも搭載していないのにね」
そしてここでも、駆逐艦『桜風』と深海棲艦との常識の差が露呈する。『桜風』にとっては、艦砲は『敵味方共に捕捉した敵艦に発砲したら確実に標的の周囲に着弾する』物であり、『交互撃ち方や観測機などでで弾着修正を繰り替えして敵艦に命中させる』物では無かった。深海棲艦にとってみれば『50ノットで疾走し、殆ど速度を落とさず激しい回避運動を繰り返す大型駆逐艦』への戦闘経験は皆無なのだから仕方が無いが。
・・・ナンダ!?ナンナンダアノ艦ハ?!何故転舵シテモ一切速度ヲ緩メズニ航行出来ルノダ!?
だからこそ、至極当然ながら、戦艦棲姫は大きく動揺した。空母棲姫からの最期の電文に基づいて艦隊を展開し、会戦したのに、相手は自分の常識を何処かに吹き飛ばす速度と旋回性能でガンガン自艦隊の先頭に潜り込もうと急速に距離を詰めてきていた。だからこそなのだろうか、本来は圧倒的大戦力を目の前にしても恐怖を感じずに無機質に沈みきるまで戦い続ける深海棲艦が『怖い』と、『逃げたい』という、今まで感じた事のない感情を抱き始めていた。
・・・駆逐隊!イマスグアノ敵艦ヲ沈メテコイ!
自らに襲い掛かる恐怖を振り払うように、戦艦棲姫は護衛として付いていた『駆逐ニ級後期型』二隻に対して、駆逐艦『桜風』に対して攻撃命令を下す。命令を受けた『駆逐ニ級後期型』は、『姫級』や『鬼級』は勿論の事『戦艦ル級』や『空母ヲ級』のような人型の依代を持つ深海棲艦とは違って言葉を話せず、余り高い知性を持っていない事もあり、恐れる事無く命令一下勇躍『敵駆逐艦』に向けて突撃を開始した。
『艦長、敵駆逐艦がこちらに向かってきます』
「砲撃で」
『はっ!』
それに対する『桜風』の反応は極めて簡潔であった。『酸素魚雷もミサイルも持ってないような旧式駆逐艦に魚雷は勿体無い』と言わんばかりに、砲撃で沈める様に命令し、妖精さんもその命令を受諾した。まさしく長年付き添った夫婦のように以心伝心である。『桜風』と妖精さんが現界してから一日も経過していないというのに。
砲撃命令が下されてからの砲術妖精の動きは素早かった。『桜風』自身の手伝いも有って瞬時に『駆逐ニ級後期型』に対して、船体前部に配置された『15.5㎝75口径4連装砲』4基合計16門が瞬時に狙いを定め、何も知らずに突撃してくる『駆逐ニ級後期型』に砲撃を開始した。その砲撃音は、まるで『祭り太鼓を連打している』かのようだった。
哀れな『駆逐ニ級後期型』は、自艦の装備する『5inch連装砲』の最大射程を遥かに上回る遠距離から『15.5㎝75口径4連装砲』を一隻当たり数秒で5斉射80発も撃ち込まれ、反撃どころかなにか具体的な行動に移ることも何も出来ずにその船体を撃ち抜かれ、あっさりと爆沈した。
『・・・脆いです』
「分かってた」
――――――自分たちが元々いた世界と比べると、なんとこの世界は平和な軍艦が敵なんだろうか
『桜風』と妖精さんは、三度経験したこの世界での戦いで、そんな感慨深い溜息を吐いていた。
・・・ナンダアイツハ!?ナンナンダアノ化物ハ?!アノ主砲ノ連射速度ハナンダ!?アノ威力ハナンダ!?アイツハ一体何者ナンダ?!
一方目の前で迎撃に向かわせた『駆逐ニ級後期型』が、まともに交戦する事も出来ずに一瞬で撃沈され、その間も『戦艦棲姫』と『戦艦ル級flagship』が撃ち込む『16inch三連装砲』は敵艦の回避運動によって命中どころか至近弾すら些少な状態である上に、どういう訳かその主砲を一発もこちら側に撃ち込んでこない『敵駆逐艦』に対して、『戦艦棲姫』はそれまでの不敵な笑みを携えた仮面をかなぐり捨てて、本気で敵駆逐艦の『桜風』に対して『恐怖』の感情を抱いていた。本来憎しみに狂い、たとえその身がどうなろうとも敵を沈めようとする深海棲艦がここまで恐れ、恐怖するのは有り得ないのだが、憎しみに狂った感情が強制的に恐怖で塗り潰されるだけの常識外れの駆逐艦『桜風』の動きが、『戦艦棲姫』に無理矢理『恐怖』の感情を呼び覚ましたのだ。
・・・イヤダ・・・クルナ・・・クルナクルナァ・・・!
・・・主砲装填イソゲ・・・アイツガ・・・アイツガクル・・・!
・・・ドウシテ・・・アンナ艦ガココニイルノ・・・!?
そして、恐怖は伝染する。戦艦の重装甲でも、さすがに駆逐艦の雷撃には叶わない。敵駆逐艦が魚雷発射管を備えている事は、既に全機撃ち落されている偵察機からの報告で艦隊の全員が知っていた。例え敵艦の魚雷が空気魚雷であったとしても、ここまで接近された以上大損害は不可避である。そも今となってはそんな事はどうでもいいのだが。
・・・・・・?敵艦ガ・・・艦隊ヲ追イ抜イタ・・・?
統制射撃の為に速力を落としていた『侵攻部隊主力艦隊』の目の前を掠める様に横切って高速で離れていく敵駆逐艦。丁度射撃可能だった『戦艦棲姫』の前部主砲6門が一斉に発射されるも、敵艦は『まるで未来が見えていたかのように』細かく転舵を繰り返して砲撃着弾点の隙間を縫って航行し、一発も当たる事は無かった。
・・・我等ニ恐レヲナシテ逃ゲタ・・・?・・・モシヤ、兵装弾薬ニ不調ガ・・・?
当然そんなわけがない。だがそんな希望的観測に頼ってしまうほど、この時の『戦艦棲姫』は精神的に疲弊し、追い詰められていた。そしてその希望的観測は、電探が『反転し反航戦で突入してくる敵駆逐艦』を捉えた事で完全に潰された。
『イイワ・・・ナンドデモ、シズメテ・・・アゲル・・・シズミナサイ!』
『逃げられない』事で完全に開き直った『戦艦棲姫』の鶴の一声で、指揮下に有った『戦艦ル級flagship』二隻と『空母ヲ級flagship』は、先ほどまでの恐慌状態から一瞬で立ち直り、それぞれ主砲、副砲のみならず機銃や高角砲すらも砲撃準備に入る。『勇将の下に弱卒無し』とは古来より洋の東西に関わりなく伝え聞く格言だが、この時の『戦艦棲姫』率いる『侵攻部隊主力艦隊』は、正しくその格言通りの艦隊だった。
『敵艦隊、一切変針せずに直進してきます』
「OK。これなら無駄弾を少なくできそう」
『・・・艦長。相手さん、通信からしても凄い悲壮な覚悟を決めていますが』
「そんなのにこちらが付き合う義理は無い。とっとと全艦沈めて横須賀に向かおう。だいぶ寄り道したからね」
そして雷撃戦に移行しようと準備していた駆逐艦『桜風』では、文字通り命を賭しても一矢報いようとしている深海棲艦の通信を傍受した通信妖精がその事を『桜風』に伝えるも、その『桜風』は『深海棲艦の覚悟』に対して全く興味を示さず『極めてどうでも良い』と言った反応だった。
「・・・どうしたの?私、何かした?」
『いやぁ・・・そのぉ・・・』『なんと言いますか・・・』『ちょっとは哀れんでも良いのでは・・・』『なんか艦長、戦闘状態に入ってから雰囲気変わりましたね』『そうそう。日本刀みたいに鋭い雰囲気になってます』『戦闘前は凄く柔らかい雰囲気でしたのに』『性格豹変してます?』
妖精さんが自身に対して変な目線を向けている事に気づいた『桜風』が問いかけるも、妖精さんからは戦闘前と比べて相当冷たくなった物言いや雰囲気に対する感想が返ってきた。
「・・・別に変わったつもりは無いんだけどなぁ。それより、今は雷撃戦」
『了解しました!』
深海棲艦の鬼気迫る心理的状況とは正反対に気の抜けた会話がなされている駆逐艦『桜風』。戦場にいるというのに余りにも緊張感が無いが、正直対『超兵器』戦どころか通常の艦隊戦と比べても、余りにも今回戦った敵艦隊は攻防走そして物量全てに置いて『桜風』に対して圧倒的に戦力的劣位だった。緊張感を持てと言う方が無理である。
「・・・さて、と。それじゃこれで今海戦は終了ね。雷撃、始め!」
威勢の良い『桜風』の掛け声と共に、艦尾側に搭載して居る『61㎝7連装酸素魚雷』を『連続で』『敵艦隊の進行方向に』無数に射出し始めた。
・・・コンドハナンダ!?
指揮官先頭の概念に則ってなのかどうかは分からないが、自然と『戦艦棲姫』が先頭で突撃していた『侵攻部隊主力艦隊』だが、反航戦で突っ込んできていた『敵駆逐艦』が、突如離れだした。もはや敵駆逐艦の行動の一挙一挙が何かしらの罠にしか見えなくなるほどに疑心暗鬼になっていた『戦艦棲姫』だが、不幸にもその『敵駆逐艦』からずっと目を離さずにいたためか、本来探照灯で照らしていても夜間では先ず見える事は無いはずの『酸素魚雷』の雷跡が見えた。『見えてしまった』。その、無数としか表現できない量の魚雷の痕跡が。
「・・・シズマナイワ・・・ワタシハ、モウ・・・ニドト・・・!」
『死神の鎌』として自身の喉元に迫りくる無数の『61㎝酸素魚雷』の存在に、『戦艦棲姫』が最期の絶叫を挙げた直後、総数十本を超える酸素魚雷が命中。水柱と爆炎が収まった時には、『戦艦棲姫』も『戦艦ル級flagship』も『空母ヲ級flagship』も、全てが海面から姿を消していた。
「良し、敵艦隊の殲滅完了っと」
『お疲れ様でしたー』『あとは横須賀に向かうだけですねー』『主計妖精、弾薬の消費量は?』『十分許容範囲内だと思います。皆さん、艦長、お疲れ様でした』『被弾も無しで終えれましたねー』『何回か危ない場面もあったけどな』
戦闘終了しても、する前と対して雰囲気が変わっていない駆逐艦『桜風』艦橋では、この世界で初の対戦艦戦を終えた事でそれぞれが労を称えあっていた。
『艦長、お疲れのところ申し訳ありませんが、空母『瑞鳳』が所属している横須賀艦隊から電文が入っております』
「あー、やっぱり怒ってるかな?勝手に敵艦殲滅した事。でもある意味正当防衛だし・・・」
戦闘が終了したとたんに、先ほどまでの鋭い雰囲気は掻き消え、何時もの『ほんわか艦長』へと戻ったことに少なからずの妖精さんが安堵する中、通信妖精より『横須賀艦隊からの電文』が読み上げられた・・・
さて、次は『桜風』の横須賀寄港と深山提督が色々な意味で腰抜かす展開になる予定。青葉による『桜風』取材劇とか入れたい