艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

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どうも皆さま、お久しぶりの陣龍です。

イベント中かつ夜勤前の仮眠直前ですが投稿させて頂きます。
変身等は未だ後程に


第四九話  極東の小龍、羽ばたく時

 深海棲艦と言う未知かつ人類史上初の同族以外での戦争相手が現れて以降、全世界の大洋は人類が忘れかけていた存在である多数の前時代的装備を持った艦艇が支配していた。現在も原因不明だが、人類が今まで育て上げた各種ミサイルや魚雷、速射砲等の攻撃は深海棲艦には有効打足りえず、深海棲艦に対する有効打と成り得る存在である艦娘が現れるまでに、大洋の大部分並びに洋上の諸島や小国は深海棲艦の群れに飲み込まれた。その為に世界の大洋、特に太平洋方面は数も質も脅威的であり、トラック諸島が奪還され、今もなお維持出来ているのは軍事学上の奇跡であると、欧州方面の関係者は言う。

 

 

 世はすべて事も無し。日本本土にて米国からの救援要請に対して即時受諾を行う為に特別法案を緊急で通そうとする保守自由党に対して、改進党を最大とする良識的少数野党が【今回の派遣を切欠に戦力を延々と引き抜かれないのか】と言う政策議論を展開しようそして、議員数だけは野党最大級の親民党が感情論や何処からか穿り出したスキャンダルで叫び続け、傍目から見ればちゃんとした政策論議を妨害して居る様にしか見えない国会審議が行われているが、南洋の最前線たるトラック諸島はとても静かな物であった。気味が悪い位には。

 

 

「……まあ、こんな物よね。どうせ死ぬならもっと情報を残してから死ぬべきだけど」

 

 

 その幽霊鎮守府の統領たる歴戦の才女、仲本穂乃果。何時も通りに執務室に座る彼女は今、日本本土から送られて来た報告書を読み切った後、そう嘯いていた。報告書の送り主はPhoenix(フェニックス) Security(セキュリティ) Corporation(コーポレーション)。仲本提督の実家が経営する天鳳グループの傘下に入り資本注入を受けた事によって、近年業績を急拡大させ同業者の少なくない数を廃業に追いやる急成長を遂げた警備、探偵業を主業務とする大企業である。

 

 

 天鳳グループは、元々は総合的に見ても中堅から多少落ちる程度の規模の企業連合体であった。歴史も平成の時代からとかなり浅く、当然ながら四菱やSanyの様な日本を代表する超巨大企業とは比べ物にならない企業体であった。それが今では、知名度こそ業績と規模拡大が急すぎて今一つ追い付いていないが、現在では日ノ本の古豪企業を上回る規模の体力や影響力を得るまでに巨大化していた。若干15歳過ぎ頃から何かしらの形で経営に関与し、誘導し続けていた仲本穂乃果にとっては単なる自尊心を満足させようとしただけ程度の認識だが、その結果が世界トップクラスの規模へと拡大した天鳳グループの存在なのだから、世界と神様は本当に不公平である。

 

 

 

「地下駐車場の監視カメラの映像は一部すり替えられている様子は見られるも、明確な確証は無し。尚且つ爆発車両は損傷が大きすぎて大した証拠は無い。そして、深山満理奈とその一族には爆発時、明確に別所に存在していた事が立証済み。……そうそう隙は見せないのは予測出来てはいたけど、やっぱりイラつくわね」

 

 状況証拠は全て、幾多のルートを利用して札束一袋(端金)と紙面上に並べ立てた美辞麗句の紙数枚で容易く思い通りに暴走した市民団体幹部の所有車の整備不良が原因だと明示している。だが仲本提督は、今回の事件の下手人は間違いなく深山満理奈とその一党であると確信していた。勿論証拠は無く、理由も仲本提督自身の勘が全てである。ただ、仲本提督の確信した勘は今の今まで一度たりとも外れた事は無かった。

 

 

「……しかも、深山一族の調査は、以前の報告から一切合切進んでいない。人員資金面では問題無いと言うのに」

 

 

 仲本提督をイラつかせる原因はもう一つある。以前より調査を始めて以降得られた【深山一族の起源が甲賀流、風魔一党、三つ者の忍び達であり、過去畏きところへと仕えていた()()()】と言う情報以外、全くと言う程情報が出て来ないのだ。要らん事を仕出かす事と視聴者購読者が減少し続ける事に定評のあるマスメディアには超大型スポンサー契約(明々白々な鼻薬)を叩き付けて黙らせ、資金と人海戦術にモノを言わせて目ぼしい箇所の資料を探したのだが、成果は全然であった。

 

 最終的には公的機関のみならず古家の適当に管理された古文書も、それなりの資金(捨て銭)を投じて各所から買い取りをしていた為に、修復と解読に時間がかかるのは当然だが、そんな事は仲本提督の機嫌を良くするには至らなかった。因みに不要になった古文書は殆ど流れ作業で博物館や記念館に寄贈(投棄)した為、世間からは資料保護の観点から上々の評判を得てそれなりに自尊心を満足させていたが、それとこれとは別腹である。

 

 

「……まあ良いわ。まだまだ時間は有る。それに此方の手を汚さずにあの痴人共を消してくれるのだから、精々利用させて貰わないと、向こう側に失礼ね」

 

 

 手段と目的を完全に取り違えている団体の激発を誘発させた仲本提督だったが、この団体をずっと野放図にさせる気は毛頭無かった。既に複数の関係者からの買収や内偵により様々な黒いブツを確保しており、仮に政府や深山一族が動かなければその一部を投入し、自らが英雄となりつつ完膚なきまでに叩き潰す予定だった。結果的にはその切り札(複数あるJokerの一つ)を切る必要もなくなったわけだが。

 

 

 仲本提督にとって、今回焚き付けた団体は早期に排除するべき存在だと既に認識していた。規模はそこそこ大きいと言うのに理性で無く感情論に終始し、政府や自衛軍の邪魔をしても何の反省も無いのでは、説得するより消した方が後々自身(仲本穂乃果)が権力を獲る時に面倒が起きないのは明白だった。現在幹部の爆死から始まった警察の捜査により発覚し、公表され続ける内部での失態や汚濁によって音を立てて団体は崩壊し続けているが、同時期に仲本提督の指示の元、他同類の著名人や団体の不祥事や汚職等も警察と世間に大公開した為に、日本が戦時を生き抜くのに邪魔な()()()()の多くは、今では立ち枯れ始めていた。

 

 

「問題は国会議員ね……。上手く誘導しないと、確実に洗いざらいある事無い事吐き捨てた上で此方を逆恨みして道連れにしようとする物ね。ふふっ、全然予測が付かないわね」

 

 

 思案に暮れながらも、新しい玩具を手に入れた子供の様な笑顔で呟く仲本提督。国会議員が相手では、早々短絡的な手段を取る訳には行かない。特に確かな常識と能力があるが故に行動が予測や誘導をし易い保守自由党は兎も角、まるで活動家の様な言説と行動をそのまま国会の場に持ち込んでいる親民党らの場合、政策論争以前にイデオロギー闘争や批判の為の批判をしたいばかりに国会運営や審議会での暗黙の了解や不文律を完全に無視して動く為、次の行動が予測し辛かった。近似例を挙げるとすれば、ナチスドイツ政権下における外務大臣のリッベンドロップ外交だろうか。

 

 

「……面白いわ。ええ、本当に面白くなってきたわ」

 

 

 仲本穂乃果は、面白がっていた。自身の動かした多数の手でも取り落とした、未知なる存在に対して。仲本提督は、楽しんでいた。自身の成し得た策が、一手間違えれば全てを焼き落とす業火であった危険性に。仲本元帥は、この上なく歓喜していた。自身の持つあらゆる才覚と手段を用いて落とすに足る難敵が現れた事に。当然ながら、国会議員や官僚等は全く持って眼中に無い。

 

 

 

 

 

「さあ、これからどう動こうかしら?まず間違いなく深山と『桜風』はアメリカに行く。その為の障害は()()()潰した物ね。彼女たちが居ない間にどんな手を打っておこうかしら?ああでも、もっと調査を継続しないとね。正確な情報が無いと何も出来ない物。本社への指示は、それと深海棲艦の()()の状況は……」

 

 

 今までの他者に向けていた極めて自然な仮面を張り付けた笑顔や配下の艦娘への無関心な表情や声色からは想像もつかない程に打って変わって、常人の提督が半日以上かけて処理する書類を片手間に済ましながら、仲本穂乃果は最上の微笑みを浮かべながら未来への一手を模索する。狂人の戯言と嘲る事無かれ、倫理観無きサイコパスと罵る事無かれ。彼女の行動原理は【他者から褒め称えられる事】と【自身が楽しくなる事】、そして根本に【自分が持て余す全てを余す事無く叩き付けたい】の、一般人にも存在する三点だけなのだから。ただ、それらが極端に過大なだけなのだ。

 

 

 

 

 

 因みにこの後、トラック諸島に戦艦レ級、空母棲姫、戦艦棲鬼をそれぞれ旗艦とした三部隊の深海棲艦の大部隊が襲撃しに来たのだが、久方ぶりの楽しい時間を邪魔されて不機嫌になった仲本元帥の指揮によって、会敵より二日と経たずに一艦残らず撃滅されている。建造直後の睦月型駆逐艦二隻と天龍型軽巡洋艦を一隻喪失した代償に、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、鈴谷」

 

「うん」

 

「覚悟、出来たの?」

 

「……うん。罵られるかも知れないし、嫌われるかも知れない。でも、このまま何も言わないでいるのは、流石に無しだからね」

 

「本当はもっと早くに告白するべきだけどね」

 

「それは言わない約束じゃん……」

 

 

 

 

 本土から遥か南の島にて、深山艦隊であっても本腰を入れる必要がある程度には強大な深海棲艦が、数隻の軽快艦艇と引き換えに屠殺されている頃。日本国首都近郊の横須賀鎮守府では、JK艦娘としてオタク系提督につとに有名な鈴谷が、深山提督と共に歩いていた。傍目から見れば仲の良い新人教師と女子高生の様である。

 

 

 

 

 日本丸の行く末を司るスーツを着込んだ船頭たちは、相も変わらず口先以外で舵取りを取ろうともせずに文句と批判ばかり言い募り、時には転覆させんばかりに日本丸を揺らす()()()()()()()共に悩まされつつ必死に対米派遣法案成立と言う船着き場へと全力で航行しているが、現状の彼女達には余り関係が無いので詳細は割愛する。

 

 

「しかし、意外ね」

 

「……何が?」

 

「鈴谷の性格としては、こうウダウダ悩む暇が有ったらさっさと突撃している方が自然でしょう?」

 

「あー、確かに鈴谷としてはそうしようとは思ってたんだけど……」

 

「言い出す機会が掴めずに、そのままズルズル時が流れてしまったと。『桜風』、ちょっと気にしてたよ?自分、鈴谷さんに何か悪い事しちゃったんじゃないか、って」

 

「……反省してまーす。って言うか、『桜風』にバレてたの?鈴谷、ちゃんと隠してたはずなんだけど」

 

「あの娘、普段はかなりボケボケな性質だけど、ふとした瞬間に鋭くなるタイプだからね」

 

 

 

――――後、人付き合いに何処か恐れを抱いている節が有るから、無意識に観察しているのよね、『桜風』

 

 

 

 風来坊の如く突然参入し、相対する深海棲艦を歯牙にもかけずに殲滅し、超兵器と言う異世界の産物を二度単艦決戦で鎮めてのけた『桜風』(真面目系暴走娘)に対して、そう評価する深山提督。少なくとも参入初期は別として現在の『桜風』は問題無く他者と付き合えているのだが、深層心理上では『桜風』は他者との関わりを恐れていると、深山提督は判断していた。根拠は大体勘であるが。

 

 

「まあ、取り敢えずは『桜風』を連れ出してからの話ね」

 

「今は弓道場で精神鍛錬してるんだっけ。……また何か仕出かしてないと良いけど」

 

「流石に問題を起こす事は無いでしょう。加賀や瑞鶴達が居るんだから」

 

「それもそだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふっ!」

 

「……体幹は問題無いわ。でも矢を放つ時に少し弓を動かす癖があるわね。それと引き絞ってから放つまでの間が短すぎるわ」

 

「ねえ加賀ー。流石にそこまで指摘する事は無いんじゃない?今日の『桜風』は体験しているだけなんだしさ」

 

「ずいずい知ってるよ、加賀さん本当は『桜風』への指導が楽しくてたまんないんだってこと」

 

「…………」

 

「無言で矢を番えないの、加賀」

 

「邪魔しないで下さい、飛龍」

 

 

 一方深山提督達が向かっている弓道場では、明石が何処からか調達して来た弓道着を着込んだ『桜風』が、加賀の指導の元瑞鶴や暇を持て余していた二航戦コンビに見守られつつ弓道を学んでいた。初めてである為弓道の作法に則った動きを知らなかったのは兎も角として、矢を番えてから僅か数秒程度で躊躇いなく撃ち放ち、的の中心を連続して射抜き続ける独特の射撃スタイルが教練前から既に構築されていたのは驚きであったが。

 

 

 

「でも、何だか珍しいよね。赤城と翔鶴だけいない正規空母の集まりって」

 

「そうですね……翔鶴姉、大丈夫だと良いけど」

 

「姉を信頼していないのですか、瑞鶴」

 

「いや、その、加賀さん、そう言う事じゃ無くて……翔鶴姉、以前出撃中に甲板で艦載機の発艦状態を見ていたら、波に煽られたのか分からないけど、飛び魚が翔鶴姉だけに直撃した事が有って……」

 

「……そう。……今度、間宮に連れて行ってあげようかしら」

 

 

 この場に居ない赤城と翔鶴の行方。彼女たちは先日まで近海や鎮守府近くで屯っていた反軍系抗議集団が海上保安庁や警察によって排除され、そして幹部の事故死と強制捜査により関係組織に大打撃が与えられた為にようやく出漁に出れた漁船団の護衛に出ていた。護衛任務と言いつつ妖精さんが多数の釣り竿を持ち込んでいる事を見るに、今日の晩御飯と明日の朝御飯は魚料理であろう。

 

 

 

「……『桜風』。初めて弓矢を握りながらも的に的中させ続けたのは見事ですが……やり方が違います」

 

「ですけど、こうしないと速射出来ませんが……。加賀さんや瑞鶴さんたちって、実戦だとこんな感じで連射してるんですよね?」

 

 

 そんな事を話す年長者勢を他所に、20本近い矢を放ち終えた『桜風』が先輩方の所へと歩み寄っていく。見れば、放たれた矢は一、二本中心よりやや外れているのを除けば、その殆どが的の中心周辺を射抜いていた。

 

 

「出来ない事は無いけど、艦載機を発艦させるリズムとペース配分を考えないといけないからね。妖精さん達の疲労や交代要員の配置とかも考えないと行けないんだから」

 

「そう言う貴女の着任当初は、それはもう酷い物でしたが。……今ではまあ、それなりに見れた物になってますが、努力は怠らず、しかし無意味な鍛錬は避けなさい。瑞鶴」

 

「先輩面してそういう加賀だって、着任当初は一航戦のプレッシャー勝手に感じて抱え込んで、バカみたいなオーバーワークやって提督に説教されてたよねー。赤城に今言ったような事言われても全然止めようとしなくて。懐かしいなぁ」

 

「飛龍さん!その話詳しくお願いします!!」

 

「ひっ飛龍、その話はもう終わった話です!!」

 

 

 寝耳に水の話に瑞鶴が瞬時に飛びつき、何時も冷静沈着である加賀には物珍しい事に声を一部震わせ、言われた飛龍は「えー、別に良いじゃない。減るモノでもないし」とケラケラ朗らかに笑って切り返す。深山艦隊に置いて、正規空母の着任順は二航戦(飛龍・蒼龍)一航戦(赤城・加賀)五航戦(翔鶴・瑞鶴)と言う流れである為に、先任である飛龍と蒼龍の方が実は赤城達より立場は上で有る。飛龍と蒼龍(Dragon・sister's)の二隻とも優しい性格で有るので、旧軍の悪癖である新人、後輩いびり等はやった事等無いが、弄る位はする。

 

 

「えっと、『桜風』ちゃん。今『桜風』ちゃんがやってるのは()()だから、私達が言ってるのは()()だから、もうちょっと型通りの動きをしないと駄目だよ?」

 

「実戦的では無いですけど……」

 

「弓道は精神鍛錬だから。ね?」

 

 

 背後では飛龍に瑞鶴、そして加賀による愉快な鬼ごっこが発生しているのを尻目に、蒼龍と『桜風』は事前の計画通りに弓道の練習を行っていく。因みに『桜風』は自身の身の丈に合った弓道着を着てこの場に臨んでいる為、中学生程度の身長に揺れ動く一結びの黒髪が白い弓道着と良い対比になっており、同じく弓道着を着て二つ束ねた青髪を揺らしながら少々困った笑みを浮かべている蒼龍とは、双方の身長差も相まって新人部員を入部してから始めて指導する先輩部員の様な、青春の風を靡かせていた。

 

 

「……分かりました。じゃあ、教えられた通りに。型通りに引き絞って……」

 

「うんうん、やれば出来るじゃない『桜風』ちゃん!」

 

 

 元々弓矢(発着艦艤装)を操る事等まず無い駆逐艦娘でありながら、理由は良く分からないが自己流の弓術では空恐ろしいまでの命中精度を叩き出した『桜風』。因みに巻き藁等での練習をすっ飛ばしての的当てで、である。

 

 

「……撃、ってあ……」

 

 

 そして自己流の()()では無く、教えられた通りの()()を行おうとした『桜風』は……見事に風と的を射抜く事無く、それどころか弦より放たれた矢は先ほどのカワセミの如き鋭さの欠片も無い、弱弱しく一瞬浮かんだ末に『桜風』の眼前で力尽きた。距離にして3メートルあれば良い方だろうか。

 

 

「ふふっ、焦り過ぎだよ?即断即決は『桜風』ちゃんの長所だと思うけど、こういう時はゆっくり焦らずに、ね?」

 

「は、はい……」

 

 

 後方では加賀が自身の過去の暴露を止めようとして飛龍と瑞鶴に矢を射掛けて大変な事になっている中、『桜風』と蒼龍は後ろの騒ぎを意に介さず()()の鍛錬を継続する。極論命中率と速射力が高ければそれでいい()()とは違い、所作の美しさ等も重視される()()に関しては、さしもの『桜風』も一からの練習からになった。

 

 

「……っ!……ふっ!…………さっきは、出来たのに……撃っ……的に、届かない」

 

「うーん、やっぱり気が逸りすぎてるね。……『桜風』ちゃん。的に当てようとして無意味に力が入り過ぎてるよ。教えられた通りの所作、思い出してね?」

 

「ですけど……」

 

()()は的に当てる事よりも、所作の正しさとかの方が大事なの。それに失敗しても、誰も怒ったりしないからね。はい、返事は?」

 

「は、はい!」

 

「よろしい。ふふっ」

 

 

 ()()()()()()()弓術であれば何とでもなる『桜風』だが、()()()()()()()()()弓道となると途端に放つ矢が悉く的では無く地面に突き刺さるか変に逸れるかそもそも全く飛びもしないかの初心者らしい失敗を繰り返してしまう。後背では加賀と瑞鶴と飛龍(本来の教導役)がアメリカ出身の世界的知名度を持つ猫と鼠コンビの如く遊んでいるのを他所に、素直で真面目、そして要所要所の(駆逐艦娘)ネジを飛ばしたポンコツ娘(『桜風』)への指導を朗らかに楽しむ蒼龍だった。

 

 

 

「チィーッス!鈴谷入りっわっひゃあ?!」

 

「あ……」

 

「い!?」

 

「……す、鈴谷……さん?」

 

 

 音を立てて開かれる弓道場の引き戸と共に飛んできた快活な奇声。振り返った蒼龍と『桜風』の眼に映り込んだのは、スケート場でも無いのに玄関前でイナバウアーをやっているブレザー制服の少女と、扉の外から一本の矢を握っている白い細腕、そして矢を放った直後と思しき体勢で硬直している加賀の後ろ姿に慌てふためき出す瑞鶴と飛龍の姿が有った。

 

 

「大丈夫、鈴谷?」

 

「う、うん……鈴谷は、大丈夫だよ。提督」

 

「あ、提督……」

 

 

 生体CPU(思考)が処理落ちしている『桜風』を他所に、鈴谷に続いて視界に入ってきたのは我らが艦隊の指揮官である深山提督。その右手には矢が握られていた為、鈴谷に飛来したのを止めたのは誰であったのかは明白であった。

 

 

 

「ねえ、『桜風』ちゃん」

 

「何ですか、蒼龍さん」

 

「アレって……多分、そう言う事だよね」

 

「そう言う事って……どういうことですか?」

 

「あ、うん。分かったよ『桜風』、ありがとう。あっち向いておこうね」

 

「……えっと?」

 

 

 弓を置き、誰に言われずとも玄関に向かって正座して首を垂れる加賀の後ろ姿と、青を通り越して白い顔で頭を抱えて蹲って震えている龍と鶴。この状況を見てもいまいち蒼龍の言いたい事が良く分かっていない『桜風』は、ある意味一番平和であった。『桜風』の他人の機微を読み取る力は未だに低い。『桜風』を玄関に対して背を向けさせつつ、蒼龍は心のノートにそう書き込むのだった。

 

 

 

「加賀」

 

「……はい」

 

「後で執務室に来るように。瑞鶴と飛龍も」

 

「……はい」

 

 

 正座している正規空母娘の加賀。頭上より掛けられた深山提督の言葉に一も二も無く承諾の返答を返す。心なしか、声色が変調していたように思えたのは、『桜風』と蒼龍の気のせいだろうか。

 

 

「わ、分かりました……多聞丸、私、若しかしたら多聞丸に会えるかもね……」

 

 

 中型の正規空母娘たる飛龍。提督の言葉に抵抗の余地なく瞬時に陥落。目が何処か天界に飛んでいるように見えたのは、きっとただのの見間違いだろう。そう思わずにはいられない蒼龍であった。

 

 

「て……提督さん!瑞鶴、矢を射掛けられた被害者……」

 

 

 果敢(無謀)にも深山提督の言葉に反論(自殺突撃)を仕掛けだす勇者瑞鶴(Mariana・Turkey)。瑞鶴主観では完全なる被害者であるのだから、流石に一言物申さずには……

 

 

「瑞鶴」

 

「ひゃい?!」

 

「……執務室に来なさい。良いわね?」

 

「わ、わわあわ、わわわかかか……分かり、ました……!」

 

「よろしい」

 

 ……一言物申さずにはいられなかったのだろうが、深山提督の一睨みで一撃轟沈に終わる。何とも中途半端で情けない七面鳥である。その身の幸運と帝国海軍史上最大級の歴戦の記憶は一体何だと言うのだ、飾りなのか。心の底で何気に瑞鶴の運や武勲、戦歴に対して少しばかり羨望の念と罪悪感を抱く蒼龍は、後ろ目に直立不動の彫刻となった瑞鶴を見つつ、そんな益も無い事を考えていた。

 

 

 

「……あの、一体何がどうなって……?」

 

「『桜風』ちゃんには関係の無い事だから気にしなくても良いよ」

 

「は……はぁ……?」

 

 

 尚この間、背中に軽く抱き着いて玄関から的場へと『桜風』の視界を変更させた蒼龍の迅速なる活躍により、『桜風』がこの空母三艦娘の醜態を見る事は無かった。『桜風』より精神的に年上としての威厳がジェンガの如く大崩壊する光景を蒼龍が見せなかったのは、自業自得とは言え流石に三隻が哀れにでも思えたのだろうか。当の疑問符を浮かべ続けている『桜風』は、そう言った事は余り考えないだろうが。

 

 

 

「っと、こんな事してる場合じゃ無いわね。『桜風』」

 

「あ、はい。深山提督、どうしましたか?」

 

 

 蒼龍から解放された『桜風』が回れ右して深山提督の姿を見ると、そこには加賀を中心に平謝りする空母三艦娘と困った表情で頬を掻く鈴谷の姿が背景として見られていたが、肝心な『桜風』の視点は深山提督しか捉えてなかったので誰かさんにとっては幸いなことに、背景の様子を精密に『桜風』が認識する事は無かった。

 

 

 

「つい先ほど連絡が入ったわ。【対米派遣法案の締結と即日施行が完了、貴艦隊は派遣人員の調整と準備を行われたし】」

 

「……つまり」

 

「ええ。……行くわよ、アメリカ東海岸に」

 

「そっ……そう、ですか。通りましたか、じゃあ準備を早く終わらせないとですね」

 

「……ええ、そうね」

 

 深山提督の渡米宣言に、一瞬だけ喜悦の表情を浮かべた『桜風』。すぐ傍に居た蒼龍は特に違和感も感じる事は無かったが、ほんの僅かに顔を顰めた深山提督の内心は一体如何ばかりか計り知れない。

 

 

 

「後それと、鈴谷から話が有るわ」

 

「え、鈴谷さんから?」

 

 

 分かりやすい疑問の声を上げる『桜風』に対し、罰の悪そうな顔で深山提督の背中から顔を覗かせる鈴谷。

 

 

「えっと……御免、『桜風』」

 

「え……いきなりどうしたんですか?」

 

「ちょっと……『桜風』の艦長室に、一緒に来て貰っていい?」

 

「は……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……なんで……?確かに、4冊並んでたのに……?それに、勲章とか新聞の掲示も……」

 

「……鈴谷さん」

 

「あ……そ、その……『桜風』……」

 

「いや、別に無断で艦長室入った事に関しては何とも思ってませんよ。入るなとか、一言も言って無かったですし」

 

 

 時刻はヒトロクマルマル(一六〇〇時)。漁船団護衛から帰投し、大量の副戦果(魚介類)を工廠内の一時冷凍保管所に収めて執務室に報告に向かった赤城と翔鶴の二隻が、扉を開けた直後に真っ白い顔をして口から魂を吐き出した加賀と瑞鶴、飛龍の三隻を直視していた頃、鈴谷と『桜風』は係留中の駆逐艦『桜風』内部の艦長室に居た。

 

 

「ほ、ホントに有ったんだって!壁一面を覆い尽す勲章とか、新聞紙とか、机の上に4冊あった航海日誌とか!」

 

 

 必死の形相で訴える鈴谷を他所に、『桜風』は艦長室に設置された机に歩み寄る。

 

 

————記載されている内容に相違無し。一冊目の筑波大尉が副官だった時、そして()()()()()()()()()()()()()()()()。うん……問題無いね

 

 

「……やっぱり、ただの見間違いか勘違いだったと思いますよ?」

 

「鈴谷ホントに見たんだって!それに、こんな歯抜けの勲章や掲示とか無かったし!」

 

「そんなこと言われても……」

 

 

 力説している鈴谷に対して心底困った表情を向ける『桜風』。鈴谷に何を如何言われたとしても、存在していない物に対して有ると言われた所で、どう反応して良い物かサッパリ分からない『桜風』であった。

 

 

 

「そんな事より鈴谷さん。今日は早めにお風呂の順番が回ってますから早く行きましょうよ」

 

「えっ、いやでも……」

 

「ほらほら、これ以上此処に居ても何も有りませんから」

 

 

 未だ心残りの有る鈴谷の背を両手で押しながら艦長室から外へと向かう『桜風』。外から見れば仲の良い姉妹そのものである。

 

 

「鈴谷、『桜風』。もう終わりましたの?」

 

「く、熊野……いや、鈴谷さんはもうちょっと……」

 

「はい、もう終わりましたよ熊野さん」

 

「あら、そうですの。なら、早く戻りましょう」

 

「いや、ちょっと待ってって……」

 

 

 『桜風』によって押し出された後、艦長室近くで態々待っていた姉妹艦かつ親友でもある熊野に艦娘宿舎へ連れていかれる鈴谷。もう直ぐ入浴時間でも有る為、美容に気を遣う熊野には早く戻りたいというのが正直な心境でも有ったのだ。

 

 

 

「……鈴谷さんも一体何を見たのやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——……()は間違いなく()なのに

 

 

 

「『桜風』?早く行きますわよ?」

 

「あ、はい。今行きまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居ない暗闇の艦長室。その中に存在する4()()の航海日誌。誰一人として詠むものが居ないというのに何故か広げられていた一冊の航海日誌。

 

 

 

 その一冊には、大戦終結となった()()()()()()()()の記録……『超巨大航空戦艦 リヴァイアサン』との戦闘の記録が、血染めにて穢されながらも、記載されていた。




無計画に全力でネタ晴らししていくスタイル。皆は真似しないでね(んな訳ない)

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