艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

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大晦日当日今年最後の投稿となります。この小説をご覧になられた皆様方、本当にありがとうございます。また来年も、『桜風』の事をよろしくお願いします。

『桜風』「確実に投稿は何時もの様に不定期ランダム仕様ですが、お付き合いいただけますと幸いです」




第四二話  尊ぶ夢が醒めし日に

 超巨大潜水艦ドレッドノートが南洋の海に没してから早幾日。深山艦隊隷下の工廠内医務室にて。

 

 

「……古鷹さん」

 

「……何ですか、『桜風』さん」

 

「私、やっぱり……」

 

「駄目です。これはお仕置きですから」

 

「そんな……酷い、酷いです、古鷹さん……」

 

 

 椅子に座って本を手に取る古鷹の冷酷な宣告に、『桜風』は絶望する。恐れ知らずに敵艦に殴り込むのが日常な過去の為にぶっといハズの精神力を持つはずの彼女は何故絶望したのか。

 

 

 

「……はい!皆さまこんにちは!Fleet girls Aoba Network (FAN)ニュースの時間がやってまいりましたー!リポーターはこの私、重巡洋艦娘の青葉が務めさせていただきます!」

 

 

 姉妹艦である衣笠が担ぐテレビカメラに向けて楽しそうにリポートを行うこの元気娘に、今から|横須賀鎮守府深山艦隊所属艦娘全員に向けた公開インタビュー(全力全開公開処刑)されるからであった。拒否権?罪人にそんなものが有る筈が無い。因みに加古は機器の調整を終えた為椅子を並べて古鷹の膝を枕に転寝している。古鷹は台本を持ってのディレクター役だ。

 

 

 

 

 

 そう遠くない将来にそんな事になるとは全く予想も想定もしていない、超巨大潜水艦ドレッドノートを撃沈して約30分ほど経過した駆逐艦娘の『桜風』。

 

 

『……艦長、本当に大丈夫なんですか?』

 

「うん。身体は、まあ、痛いけど」

 

『普通()()で済む傷じゃ無いんですけどね……』

 

「あはは……あ、床と椅子の掃除、痛っ……」

 

『お願いですから座っててください。いやホントお願いします。コレ妖精さん一同心からのお願いですから』

 

 

 

 ドレッドノートの最期の言葉によって()()()()()()()()が起こり、当然ながら矛盾した記憶の同時混在と言う未知の状況に一時錯乱した『桜風』であったが、時間にして僅か5分弱程にて、表面上は何時も通りの『桜風』へと戻り、帰投の為の航海を始めていた。

 

 

「機関部の状態は?」

 

『第2タービン室、第7から第10ボイラー室が溶解と暴発、それに追加して浸水にて使用不能です。有体に言って、船体後方部の機関は全滅ですね』

 

「機関が全て全滅していないのなら上等な方よ。艤装は?」

 

『物理的損壊に関しては、魚雷攻撃が主体だった事に加えて防御重力場によってある程度減殺出来たので『40㎜4連装機銃』と『RAM』の一部が基部損傷の為使用不能になった程度ですね。加えて現在は機関損壊による電力不足で主砲や一部機能への電力供給を止めていますのでこちらは直ぐには使えませんが』

 

「……やっぱり、損害は船体に集中している、か。ワールウィンドの時はラムアタック(体当たり)とは言え、艦上構造物に結構な被害が出てたんだけどなぁ」

 

 

 

 ダメージコントロールチーム(妖精さん)による血と汗と涙の結晶たる熟練の修理体制によって艤装には如何にか大きな影響は無かった物の、幾度となく魚雷が突き刺さり炸裂した船体に関しては応急修理でどうにかなる次元の話であるはずも無く、帰投後は船体の入渠が確定であった。

 

 

「……それで、最後だけど。油は本土まで持つ?」

 

『無理っす!ぶっちゃけどう足掻いても足りません!仮に帆を張ったとしても航行できる気がしないッス!』

 

「……戦闘速度は厳禁、経済速度で可能な限り節制しないと。合流した大和さんや瑞鶴さんたちから油を分けて貰わないといけないね」

 

『大分流出してしまいましたからねぇ……』

 

 

 そして『桜風』たちの脳髄から先ほどまで完全に抜け落ちていたのだが、ドレッドノートの猛攻により一部燃料タンクが破損し燃料が流出し、又破孔から海水が流入して燃料としてマトモに使えない物が増えたが為に、現在の駆逐艦『桜風』が持つ燃料の残量が結構怪しくなって来ていた。『前の世界』ではすぐそばに大概浮きドック艦『スキズブラズニル』がいて損傷しても即修復に入れた上に初期を除く相当の期間は原子力乃至核融合炉機関だったのだから、ある意味この事をこの場に至るまで完全に抜けていたのは仕方が無いのかも知れないが。

 

 

 

「…………ふぅー……ふぁ……あぁ……」

 

『艦長?』

 

「ああ、うん。大丈夫…………ちょっと眠くなっただけ」

 

『アカン艦長それフラグや!!』『えらいこっちゃえらいこっちゃ!』『早よ!医務妖精早よ!』『分かぁってる!今ダッシュでこっちに来てる!』『よっしゃあモルヒネいっちょ上がりってゴァ?!』『ああ!医務妖精が血みどろ雑巾ですっ転んだ!』『ぬわー!?』『不味いモルヒネが水雷妖精に?!』『ああー!?眼がー!眼がぁーー!!』『水雷妖精の眼が死んだ!』『この妖精でなし!』

 

 

 

 肉体的、精神的疲弊によって至極当然ながら眠気が来たことに対して、大怪我している張本人(『桜風』)をほったらかしにして大騒ぎの妖精さんたち。本人たちの多くは至って真面目なのだが如何せん容姿が容姿(二等身饅頭顔)な事が有り、はた目から見ると遊んでいるようにしか見えない。……一部は本当に遊んでいそうだが。

 

 

「……騒ぎすぎだって。心配性だなぁ、本人が大丈夫って言ってるのに。ね?」

 

『血塗れの人間が眠くなったとか言い出したらこうなります』

 

「……副長も、そう言うんだ」

 

『これが仕事ですし』

 

 

 そして真顔で何時も通りな思考と発言をする『桜風』に何時も通り突っ込む副長妖精。周囲が大騒ぎする中、この空間だけは戦闘開始前と大差無い雰囲気であった。

 

 

『……えー、艦長』

 

「通信妖精?どうしたの?」

 

『対超兵器部隊からの通信が入ってきています』

 

「ああ、分かったよ。繋げて」

 

『……良いんですか?』

 

「……え?」

 

『繋げちゃって……本当に、良いんですか……?』

 

 

 何時に無く哀愁の雰囲気に何かしらの覚悟を決めた表情と言う何とも形容し難い状態の通信妖精の返答。因みにこの通信妖精は先のモルヒネぶっ掛け騒動には我関せずとばかりに参加せずに通信機器に向かい合っていた為、二次被害は無かった模様。

 

 

「……繋げないと、報告出来ないよ?」

 

『……了解しました。それでは、繋げます』

 

 

 疑問符を浮かべながら指示をだす『桜風』に、何かを諦めきった澄んだ目で通信機器のスイッチを入れる通信機器。

 

 

【「……よし、こちら深山艦隊対超兵器部隊旗艦の長……『桜風』、その恰好、まさかとは思うが……」】

 

「あ。長門さん」

 

 

 そうして艦長席正面の艦橋ガラスに映し出されたのは、相も変わらず凛々しい姿の戦艦娘である長門。ただ立ち姿は兎も角、その表情は眉間にしわを寄せて片手で抑えると言ういかにも【またやったのか】との感情がありありと表現されていた。

 

 

「えっと……現状報告ですが、敵超巨大潜水艦ドレッドノートの撃沈に成功。損害は船体後方部分の機関が浸水と延焼で全滅、その為電力供給が足りなくなったので一部兵装が使用不可です。あ、それと燃料がかなり流出しちゃったので、すみませんが燃料を分けてくれませんか?」

 

【「な……ち、超兵器を撃沈出来たのは良いが……『桜風』、大丈夫なのか?」】

 

「まあ、燃料問題以外は特に有りませんね。機関も生きてますから、航行も可能ですし」

 

【「……お前はあっけらかんとし過ぎだ。此方の身の毛がよだつ程の怪我を負っておきながら……」】

 

「そんな大袈裟な。別に大した事じゃ無いですよ」

 

『いや、ホントすみません、うちの艦長がこんなので……』

 

 

 既に『桜風』の負傷無視の暴走行為(戦闘時の奇行)は、長門達は直接間接問わずに見聞きしていたので、今更必要以上に驚くことはない。ただそれでも、赤黒く染まった衣服や焼け焦げた脚等を全く気にせずに長門相手に穏やかかつ微笑んですら見せながら会話をする少女の姿(『桜風』)は、流石に違和感を通り越して鳥肌を搔き立てざる負えなかった。

 

 

 

【「……まあ、説教に関しては鳳翔や古鷹に任せるとして」】

 

「……え?」

 

【「何が『え?』だ、この馬鹿者」】

 

「私、何も恥じる事も怒られる事もしていないのですが」

 

『すみませんすみません、ウチの艦長がホントすみません……』

 

 

 呆れ顔の長門と何故説教されなければならないのか全く意味が分からない『桜風』に、文字通り平謝りに謝る妖精さん。

 

 

 

 

【「……さ、く、ら、か、ぜ……?」】

 

「ヒュィ?!……な、なに……陽炎……?」

 

 

 このどことなく言葉に表現し辛い微妙な空気をぶち壊したるは、新規の妹艦(『桜風』)が素で巻き起こす流血沙汰に怒り心頭な陽炎型駆逐艦の長女である陽炎。細目で微笑みながらも青筋を作ったその表情は、艦娘特有の生来の美麗さと快活な顔立ちと相まって画面越しでも威圧感満載であった。

 

 

【「……約束したよね……出撃前に、私と、『桜風』(貴女)と、絶対、無茶しないって」】

 

「しっした!したけど!戦えば損傷するのって普通でしょ!?」

 

『ちょ、艦長、その言い訳は……』

 

 

 出撃前、陽炎と『桜風』の双方で交わされた『無茶しない』と言う約束。現状の『桜風』の姿とその追及に対する反論は、明らかにその約束に反していた。

 

 

 

【「…………この、お馬鹿ーー!!!」】

 

「ぴゃぁぁああーー!?」

 

 

 ……まあ、こうならざる負えない。三月と言う期間、陽炎は姉代わりとして不知火と共にこの『桜風』(世間知らず無茶やり馬鹿)の世話をやってきているのだ。陽炎自身の陽炎型駆逐艦の長女としての世話焼きも相まって、『桜風』に対して深い情を向けるのは、必然だった。

 

 

 

「……あ、裂けた」

 

『艦長ー!?塞がりかけてた脇腹から血がー?!』

 

「……この位で騒がないでよ。ちょっと驚いて力が入って裂けただけだし、圧迫止血していれば、そのうち止まるから」

 

『自分たちはもう戦闘中以外の艦長の言葉を信用する事はやめました!!特に怪我関係!衛生兵!衛生へーーい!!』

 

【「……陽炎、すまないが私の艦上機で、あの馬鹿(『桜風』)の所に行ってくれるか」】

 

【「……有難うございます、長門さん。一撃入れてでも治療に専念させます」】

 

 

 そして今度はこの始末である。

 

 

 

 

「……どうしてこうなるの……?」

 

 

 『桜風』が何故自身の負傷で怒られるのか。その意味を本当に知るのは……一体いつになるのだろうか。

 

 

 

 

 

「……あの、やっぱり私、少し一人になりたいので……」

 

「そう言って、以前窓から脱柵しようとしてましたよね?」

 

「……いえ、その、もうしませんから……」

 

「ふふっ……駄目です」

 

「……おうふ」

 

 

 

 その後、長門が搭載していた『零式水偵一一型甲』にて陽炎が駆逐艦『桜風』の艦橋に突入。勢いよく飛び込んでお約束の様に掃除し切れて居なかった『桜風』の血糊で顔面ダイブ後、心配して性懲りも無く安静保持せずに陽炎に歩み寄った『桜風』の捕縛と強制安静保持を遂行。燃料供給する暇も惜しんで艦艇を召喚した陽炎によって一路横須賀まで曳航された。現状『桜風』の船体は明石と夕張に今回は瑞鳳も加入して修復作業と再調査が行われている。

 

 

 

「んー……でも『桜風』が悪いんだよー……古鷹をこんなに怒らせるんだからさー……んぅー……くかー……」

 

「だからなんで戦闘に出て傷を負う程度の事をあれだけ責められるのかが分からないんですってば」

 

「幾ら何でも限度と言う物が有ります!」

 

「じゃあどうしろって言うんですか……」

 

 

 こんなやり取りの末『桜風』が目頭を押さえるのは、もはや何度目になるのだろうか。結局の所、徹頭徹尾()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と信奉する『桜風』の挙動を深山艦隊の面々が本気で心配しているのが問題なのだが、()()()()における対超兵器戦の事を常に念頭に置いている『桜風』に取っては、生還しても怒られる現状に全く納得出来ていなかった。

 

 

「……はい!ではそろそろ『桜風』さんへのインタビューへ参りたいと思います!!」

 

 

――――……あ、不味い。とうとう時間が来た

 

 

 内心今までにないほどに焦る『桜風』を他所に、|三か月過ごしても今なおミステリアスな『桜風』の全てを暴き立てるべく《どうやっても不足する娯楽成分を生み出す為の贄として選出された哀れな新人ちゃんに》、今は艦娘では無くジャーナリズム魂全開のインタビューを行うアナウンサーと化した青葉が、一片の容赦無くマイクを向ける。

 

 

「えーでは『桜風』さん!これから艦隊の皆から集められた質問票を読み上げますので、恥ずかしい質問でも全部しっかりきっかり答えて下さいね!」

 

「……も、黙秘権を行使します!」

 

「もちろん駄目です!」

 

「横暴!青葉さん横暴です!!と言いますか即答!?」

 

 

 

 例えどれだけ大暴れして戦果を挙げ続ける麒麟児と言えども、この深山艦隊内部においては加入して僅か三か月程度の新米である。軍隊では基本的に階級の次に年功序列が重視される物であり、見た目は華奢な美人揃いの艦娘であっても例外では無い……と言うより、旧軍の思想をそれなりに受け継いでいる日本型艦娘の場合、年功序列制度は初めから大分強く浸透している。割と自由な雰囲気の有る深山艦隊であっても、例外では無かった。

 

 

「この場では『桜風』さんに拒否権などは有りません!神妙に質問に答えて下さい!」

 

「うぅ……」

 

 

 

 哀れ『桜風』。彼女はこのまま青葉の毒牙に掛かってしまうのだろうか。

 

 

「……ん……んぁ……古鷹ー」

 

「どうしたの、加古?」

 

「何か……聞こえない……?」

 

 

 否、天は『桜風』を見捨ててはいなかった。

 

 

 

「……あ、扉……」

 

 

 『桜風』がふとその言葉を洩らしたと同時に。

 

 

「きゃあ!?い、犬!?」

 

「え、あ、ちょ、待って待って!」

 

「ああぁぁー!折角設置した機材がー!?」

 

「ワン!わんわんわん!!」

 

 

 器用に扉を開けて室内に突入して来た成犬の柴犬が、尻尾をぶんぶん振り回して室内を思いっきり駆け回りだして来たのだから。因みにこの工廠内治療室の扉は一般的な病院の物と同じ引き戸タイプである。

 

 

「ああぁー……設定とかコードとかがもうグチャグチャだよー……」

 

「もう、何処から入って来たの?こんな事したら駄目でしょ、メッ!」

 

「くぅぅーん」

 

「……あれ?青葉、『桜風』はどこ?」

 

「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……思わず抜け出しちゃったけど……まあ、大丈夫だよね、うん」

 

 

 衣笠や古鷹たちが室内を駆け回る柴犬の捕獲に躍起になっている隙に、気付かれる事無く窓から抜け出す事に成功した『桜風』。気付いた青葉たちが真っ青になって工廠方面へと激走している中、当の本人は全く正反対の艦娘宿舎方面へふらふらと歩いていた。天気は晴れ間の見える曇り空、先ほどの小雨で舗装された地面は少し湿り気を見せていた。

 

 

「……ふぅ……ちょっと休もう」

 

 

 いくら常人と比べて頑丈な艦娘の身体でも、蓄積された疲労やダメージはそう易々と抜ける事は無い。一般的な艦娘では耐えられない負傷でも平然としていられる『桜風』でも、超巨大潜水艦ドレッドノート戦で徹底的に艦艇(身体)を破壊されたダメージや戦闘中に溜まった精神、肉体双方の疲労による残り火は、数日程度で回復出来る筈も無かった。

 

 

「…………7,8割方は同じ……沈めた敵艦も、超兵器の多くも……でも、矛盾している()()()()()……」

 

 

 道中に設置されている屋根付きベンチに座りながら、物思いにふける『桜風』。考えている内容は論ずるまでも無く、既に深山提督や艦隊の皆に伝えている【筑波貴繁特務大尉がライナルト・シュルツ少佐の副官となって戦った世界】と、ドレッドノートが今わの際に発した()()()()()()()()()()()()の言葉にて蘇った【エルネスティーネ・ブラウン技術将校大尉がライナルト・シュルツ少佐の副官となって戦った世界】の記憶である。

 

 

 

【なるほど、つまりあなた方は家庭内の喧嘩に他者を巻き込むのを良しとするのですね】

 

【同胞や母国の人間を母なる海へ還すことで得られた勲章の具合はいかがですかな?】

 

【どうせあと暫くすれば何処かで沈むだろう。そうなれば、我が国が更に艦艇売却で利権を獲得出来る。何なら今すぐ沈んでくれた方が清々する】

 

【何故だ……何故、何故こんな艦艇(ふね)が、しかもたった一隻であのバケモノ共に打ち勝てるのだ……!?】

 

【元はと言えばあの国の内乱が原因ではないか……何故我が国が、血を流さなければならないのだ……!】

 

【我等はあの艦艇が、戦後もこの世に存在する事を認める事は無いでしょう。もしあの国がごねたとすれば……】

 

【英雄……?ふざけるな……あの駆逐艦(死神)は、世界に不幸を振りまく疫病神じゃないか!】

 

【はは……夢だ、これはきっと夢なんだ。そうだそうに決まっている!夢じゃ無ければ、100隻の戦艦と空母で編成した大艦隊を一瞬で蹂躙したあのモンスターを、あんな駆逐艦(小舟如き)が沈めれる訳が無いじゃないか!?】

 

【いかなる手段を取っても、あの駆逐艦(化物)の保有を阻止する。その為なら、相当な譲歩をする事になっても構わない。……寧ろ、国が滅びずに譲歩だけで済めば御の字だ】

 

 

 幾多の老若男女の声が、『桜風』の頭の中で響き渡る。筑波大尉たちと過ごした世界では、一度たりとも聞く事の無かった声だ。

 

 

「……まあ……そう考える人もいるよね……ウィルキア解放軍との関係悪化を恐れて、物言わぬ軍艦(駆逐艦『桜風』)にストレスぶつけるだけ、まだ良心的だけどさ」

 

 

 そう独り言をぼやきつつ、膝を抱えて顔を埋める『桜風』。ブラウン博士が副官となった世界の記憶が戻ると、筑波大尉が副官であった世界では感じ取れなかった他者からの言葉……具体的には国を失い、根無し草へと成り果てたウィルキア解放軍に対する嘲笑、蔑視、嘲りから始まり、次いで自国に降りかかる厄災からくる嫌悪や憎悪、最後には軍事的常識を破壊する狂ったキルレシオ(Kill Ratio)を叩き出し続ける『桜風』への畏怖、恐怖、そして排除へと移り変わっていく様々な悪意の籠った言葉が、次々と脳内で反響し続けていた。

 

 

「……()()などで無く、不幸を振りまく()()()()()……か」

 

 

――――駆逐艦『桜風』(わたし)は、みんなに不幸を呼び込む疫病神……なの、かな

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ軍人なんて、とどのつまり他者の命を奪うのがお仕事だからね」

 

「うひゃあっつあ?!」

 

「っと……危ないわよ『桜風』。貴女は今けが人なんだから」

 

「あっ……はう……すみません、提督」

 

 

 『桜風』が全く気配を感じる事も無く『桜風』の隣まで来た深山提督。『桜風』の視点ではまるで湧いて出た様な感覚で唐突に声を掛けられ、驚きでベンチから落ちて危うく後頭部を地面に叩き付ける直前、深山提督の左手で地面に激突する寸前で支えられた。

 

 

「それで、何を悩んでいるの?」

 

「……えっと」

 

「私には、話せない事かな」

 

「……いえ」

 

 

 

 少し迷った素振りを見せるも、ほんのわずかに首を振って思考する。恐らく……否、まず艦娘がこの世に出現してから確認されていないであろう、あり得ない自身の()()()()()の事を話すか否か。

 

 

「……じゃあ」

 

 

 不安が無い訳では無かった。この異常な事例を話して、今後どうなるのか?深山提督は間違いなく優しい女性だが、その前に軍人である。不安要素は可能な限り排除したがるだろうし、そもそも異例だらけのイレギュラー艦娘である『桜風』に対する扱いや対処方が今なお外野と一部上層部では二転三転七転八倒を繰り返している事は、深山艦隊で過ごした三か月の間で『桜風』の元にも漏れ伝わっていた。

 

 

「……少し、話をしても……良いですか?」

 

 だが……迷った末に、全てを話す事とした。根本が真面目かつ隠し事をしたくない性質で有った事、断り無く勝手に医務室から抜け出した事への罪悪感からくる精神的負荷という二つの面もあったが……結局、嘘はつきたくなかった。行き成り転がり込んできた異世界出身の艦娘に対して、害意も隔意も無く今まで良くしてくれている深山提督への、裏切り行為になるかも知れない。『桜風』は、そう思っていた。

 

 

 

「当然」

 

 

 『桜風』の意図する事無く、身長差から不安げに縋る様な表情から放たれた言葉に、深山提督は何の迷いも無く答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成る程。帰投時ちょっと妙だったのは、そう言う訳だったのね」

 

「……分かっていたんですか?」

 

「何となく勘で、だけどね」

 

 

 『桜風』が全てを話し終えた後、深山提督はそう返した。因みに深山提督だけでなく同室者の陽炎や観察眼に優れている青葉も『桜風』の些細な変化を感じ取っていた。明確には察して居なかった為【また医務室から抜け出すつもり?!】と思い違いをした結果、冒頭の行動に出たのだが。

 

「んー……良し、『桜風』」

 

「はい」

 

「ほいっと」

 

「へ……?」

 

「良い子、良い子」

 

 

 そうして考えが纏まったらしい深山提督。纏まった考えの元彼女のとった行動は、『桜風』を引き寄せて、『桜風』の頭を撫でる事であった。……まるで、泣き虫の子供をあやすかのように。

 

 

「え、えっと……提督……?」

 

「無理しなくても良いのよ」

 

「……?」

 

 

 困惑する『桜風』を他所に、静かに語り出す深山提督。

 

 

『桜風』(貴女)のそのもう一つの記憶は、間違いなく『桜風』(貴女)と言う存在を構成する物の一つ。忘れようとしても、その存在が消えてなくなる事は無い。これが現実」

 

「……」

 

「……『桜風』(貴女)は頑張った。戦って戦って戦い続けて、多くの人を失っただろうけど……それでも『桜風』(貴女)は、その分多くの人を助け出したのだから」

 

「……でも」

 

「私は肯定するよ、『桜風』。誰が何と言おうとも、貴女(『桜風』)艦艇(軍人)としての義務に従い、任務を遂行した。そうして、沢山の人を沈めたかも知れないけど……それ以上の人を救い出した。ただ、それだけよ」

 

「……艦長達が居ないと微動だに出来ない、物言わぬ軍艦だったんですけどね、()()()は」

 

()は、違うでしょう?」

 

 

 そう言ってほほ笑む深山提督。一切の害意も無いその笑みと、今なお続く優しく頭を撫でられる行為は。

 

 

「……う……うぅ……沈めたくなかった……死なせたくなかった、殺したく無かった……!天城大佐も、筑波大尉も皆、みんな死なせたくなかった……!うぅ……ひっぐ……」

 

「……よし、よし。……幾らでも泣いて良いよ。誰も怒らないから……。……誰にも、『桜風』(あなた)を傷付けさせないから」

 

 

 艦娘となって(人の依代を得て)初めて感じる未知の感情を、『桜風』へと齎した。

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、青葉?私よ。『桜風』を確保したから、捜索は中止って、皆に伝えてね。……今私の背中で泣き疲れて寝ているから、取材(吊し上げ)はまた今度にしてあげて」

 

 

 携帯で捜索中止命令を下し、最後に『それと、やり過ぎたら『桜風』製新兵器の標的艦だから』と付け加えて先方を凍り付かせた深山提督。その背中には、顔に沢山の涙痕を残す『桜風』の姿が有った。

 

 

「……うん?」

 

「ワン!」

 

「ああ、コタローか。何時も通りだけど、ちゃんと来れたの?」

 

「ワン!!ハッハッハッハ……」

 

「なにコタロー?『桜風』が気に入ったの?」

 

「ワン!」

 

「はいはい。今寝ているんだから飛びつこうとしないの。また今度会えるんだから、仕事はしてね」

 

「……くぅーん」

 

 

 『桜風』を背負って工廠へと戻る途中、前方より砂埃を巻き上げる勢いで全力疾走してきた柴犬を目視。だが深山提督はこの柴犬を知っているのか、何も躊躇う事無く頭や背中を撫でまわしていた。ハーネスの裏側に至るまで、しっかりと。

 

 

「……良し。じゃあコタロー、帰り道気を付けてね。怪我もそうだけど、襲われたりしないように」

 

「ワン!!」

 

 

 その一声に応じて、コタローと呼ばれた柴犬は林の中へ去っていった。林に入った直後はガサガサと音が出ていたが、それも直ぐに聞こえなくなっていった。

 

 

「……じゃ、行こうか」

 

 

 柴犬を見送り後は『桜風』を医務室へ還すだけになった深山提督。その後医務室で目覚めた『桜風』は、日を改めた上で青葉たちに加えて今度は深山提督と陽炎も加わっての公開インタビュー(全力全開公開処刑)Part2に参加する事になるのだった。ソロモンの狼は諦めが悪いし、意外としぶといのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で」

 

「はい。……今度の仏さんです」

 

「それも二人か……。名前は、青山春夫と高谷亮、28歳と32歳。鑑識の報告は?」

 

「両者とも滑落して、一人は地面の大岩にて頭部を強打しての脳挫傷。もう一人は折れた大木の切り株で腹をザックリやっての急性ショック死です」

 

「……状況を見る限りでは、事件の可能性は無さそうだな。いや、別の意味で事件っちゃあ事件だが」

 

「もうこれで何度目になるんでしょうねぇ……深山満理奈さん近辺での不審死」

 

 

 深山艦隊全体への公開インタビューにて、『桜風』が根掘り葉掘り青葉に掘り返されそうになるもそもそも掘られる程の事が余り無くて事実上の企画倒れ状態になりつつあったその日。県警察は死体発見の通報を受けて深山艦隊隷下の鎮守府より少々離れた山中へと駆け付けていた。

 

 

「通報者は、山中をパトロールしていた猟友会所属の男性二人。彼等曰く、鹿狩りの最中に倒れていた二人を発見するも、既に死亡していたとの事です」

 

「……公安から協力要請が来ている。この二人、公安がマークしていて行方を追っていた……いわゆる、スパイだったそうだ。名前も身分証も戦争開始前に作られた偽装の物らしい」

 

「……それは、また……」

 

 

 先輩刑事の言葉に対し、渋い顔をして口を噤ませる若手刑事。前政権の推し進めた偏愛的な外交政策に公務員無差別削減や移民政策、そして深海棲艦に対して完全に無策状態のままだった結果、この若手刑事は警察官として任官した初日から日本国内の治安悪化の悪影響をモロに受けていた。そんな若者が、こういった連中に対して好意的になれるはずも無い。

 

 

「持ち物が、高性能カメラに……登山用の靴、頑丈なロープとやけに磨かれているピッケル。……そうして、最後にはまさかの拳銃だ。密輸品だがな」

 

「……襲撃、ですかね」

 

「若しくは……拉致か、諜報目的。この前深山提督さんとこの艦娘(娘さん)に突っかかったチンピラが居たが、あんなのとは格が違う。見る限り、中々に鍛えられた男だ」

 

「……そんな奴が、滑落なんて馬鹿げた死に方で死にますかね?」

 

「弘法にも筆の誤りと言うだろ。死亡推定時刻の日には小雨とは言え丁度雨が降ってたんだ、慣れない土地と言うのも有ったんだろう。まあ、俺はこういった事には素人だからな、後は専門家に任せるさ。諜報員の彼是等、知る気にはなれん」

 

 

……全く持ってやってられんな、そっちは俺の管轄外だぞ

 

 

 そう言って年寄り臭く【よっこいしょ】とも言いながら立ち上がって軽く背伸びするベテラン刑事。長年警察官僚組織にて活動してきたこの壮年の刑事の耳には、愉快不愉快問わずに色々とした()が入ってきていた。噂の出処元は前政権の公務員リストラ祭りで職を追われた元上司だったり、各鎮守府に配備された警察官仲間の線だったりするが。

 

 

 

「まだまだ、俺たちが税金泥棒呼ばわりされる日は遠そうだなぁ」

 

「税金泥棒呼ばわりされる時になったらまた公務員の首切りが始まるかも知れませんね」

 

「流石に無いとは思うが……そうなったら政治家にでもなるかねぇ。俺みたいな年寄りが真っ先に肩たたきされるだろうしなぁ」

 

「警部が年寄りだったら自分は赤子なんですがそれは。……ですが、もし警部が政治家になったら、警部に投票しますよ、自分は」

 

「何言ってるんだ、そうなったらお前も俺の秘書としてこっち(政界)に来るんだよ」

 

「……え?……じょ、冗談ですよ……ね?」

 

 

 

 とっとと日本が警官が税金泥棒呼ばわりされる国(昔の様な平和な国)に戻る事を切に願う警察官たち。ただ深海棲艦との戦争が終わる気配を欠片も無く、加えて無数の宝玉(艦娘)を日本が抱え込んでいる今、彼らの願いが叶うのはまだまだ先のようで有る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――私の仲間は……絶対に、誰にも、傷付けさせはしない……誰が相手でも……絶対に……フフッ……フフフッ……




取り敢えず次話では触れるだけ触れてほったらかし状態の『桜風』データ(仮)の人類文明による解析作業状況報告と、新兵器開発の御様子をお届けになるかも知れません(適当)

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