艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

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今回遅れた原因

その一。イベント後のある程度の資源回復作業…10%
その二。陸攻任務の為の7.7㎜機銃の確保作業…20%
その三。腰が痛みで書く方に集中できなかった…70%

皆様も、季節の変わり目等関係無しにお体ご自愛下さい


第三八話  矢合わせの鏑始め

駆逐艦『桜風』と超巨大潜水艦『ドレッドノート』間で交わされた決闘の日当日。二週間前に指定した海域に向かって航行する駆逐艦『桜風』。だがその鋼鉄で整えられた装いは、超巨大潜水艦『ドレッドノート』と初めて通信を交わした二週間前と比べると少々、否かなり異なっていた。

 

 

 

「……『桜風』」

 

「何ですか、霞」

 

「……主砲がピラミッド見たいに積みあがっている様な、あんな状態で本当に戦えるの?トップヘビーとか、問題無いの?」

 

「有ったらやる訳が無い。そんな事言っている暇が有ったら聴音作業の習熟にに専念して……もう少しで始まるんだから。ちゃんとしないと強制退艦させる約束、忘れてないよね?」

 

「わ……分かってるわよ」

 

 

 駆逐艦『桜風』の艦橋内部。『桜風』を強引にやり込めて今回の対『ドレッドノート』戦にソナー要員として乗艦した朝潮型駆逐艦の霞は、鈴谷や熊野から聞いていた『桜風』の雰囲気の変貌に驚きつつも、自ら言い出した事も有り『桜風』のソナーを操る妖精さんと共にヘッドフォンを耳に当てながら眼前のタッチパネルの操作練習を行っていた。普段のアナログ極まりない従来式の機器とは根本的に隔絶した装備では有るが、元々機械に疎い兵員が配置される事を想定でもされていたのか、初めて扱う霞でも十分に扱える様な説明や操作感覚で済んでいた。

 

 

『別に心配しなくても大丈夫だぜ、霞ちゃん』『そうそう、第一この駆逐艦の主砲配置は昔からこんな感じだったし』『前後二基ずつの主砲配置って何時振りだったのやら、って感じだしな』『やっと本当の『桜風』に戻ったって気がするよ』『正し装備レベルが段違い過ぎる件』『その辺はご愛敬と言う奴だ』『そう焦らんでも大丈夫さ嬢ちゃん。何ならこの焼酎でも飲んで気晴らしでもするか?』『戦闘中並びに駆逐艦娘には飲酒厳禁だアホ』

 

 

――――理性で抑え込もうとしても、どうしても駆逐艦『霞』としての本能が口に出してしまうのよ。あのふざけた砲塔配置には……

 

 

 超兵器戦が近いために極めてキツイ反応を示す『桜風』とは違い、相変わらずなお気楽極楽蜻蛉に見える雰囲気であるこの駆逐艦『桜風』の妖精さんの雑談染みた助言を聞き流しながらも、心中では一夜で変貌した駆逐艦『桜風』の奇天烈極まりない兵装配置への感想を漏らす霞。確かに一言位は言いたくもなるだろう。今の『桜風』の兵装配置については。

 

 

 

 

 

 

 

 霞が『桜風』に乗艦する事を認めさせた翌日の早朝。一時的とはいえ、自身の()()となる『桜風』や、『ドレッドノート』との戦闘海域までの護衛を行う対超兵器部隊と共に簡易的な打ち合わせを交わしながら出撃ポイントである工廠に入った時、乗り込む駆逐艦『桜風』の外見を見た霞たちは、見送りしに来た深山提督を除き口をあんぐりと開けて目を丸くする程度には駆逐艦『桜風』の姿に衝撃を受けざる負えなかった。

 

 

 艦尾に新しく、硫黄島沖大演習で陽炎に搭載されていた『5連装新型対潜誘導魚雷』が据え付けられているのは別に良い。雷撃巡洋艦が裸足で逃げ出すレベルで甲板に多数の魚雷発射管や対空兵装等の危険物を満載した状態なのは既に見慣れている。だが流石に()()()()()()()()()()()()()()()()1()5().()5()()7()5()()()4()()()()()4()()に関しては、見慣れる見慣れない以前に普通は有り得ない光景だった。真横から見ると、素人が見てもトップヘビーなのが丸分かりな位に、ちょっとした揺れや横風で転覆しそうな砲塔配置なのだから。

 

 

「あー、やっと何時もの兵装配置に戻った。お疲れ、工廠の妖精さんたち。帰ったらお礼持っていくから」

 

 想像通りの周囲の反応に苦笑する深山提督を除く対超兵器部隊に霞を加えた艦娘全員が、目の前の奇怪な光景に固まるのを他所に当の駆逐艦『桜風』の艦長は、隙間無く艦橋の眼前にまで迫り出しているピラミッド乃至階段状若しくは段々畑風に設置された『15.5㎝75口径4連装砲』に対してその様な反応を笑顔で返していたが。

 

 

 

 

 出撃前にそんな事が有ったりしたものの、深山提督や手隙の艦娘による見送りと対超兵器部隊による指定海域までの護衛の末、駆逐艦『桜風』は一発の銃弾も放つ事無く、一滴も燃料を無駄にする事も無く到着した。海域に至るまでの途中で分離した戦艦長門を旗艦とした超兵器部隊は、海戦の匂いにでも釣られたのか何時も通り湧き出て来た深海棲艦の撃滅に向かった。つまりは、()()()()における何時も通りの状況…単艦である。

 

 

取り敢えず自身の扱う機器の操作方法を、持ち前の負けん気と理解力、後帝国海軍流の根性で習得した霞は周囲を見渡す。普段自身の艦艇では多数のスイッチや大型の機械、地図が鎮座して妖精さんも艦娘も真面目に仕事しているのだが、この駆逐艦(『桜風』)にはその常識等どこ吹く風。自身の搭載している真空管を使用したアナログ機械とは遥かにレベルの違う液晶画面に超小型機械によって小さくスッキリと纏められている各種装置。もう直ぐ戦闘だと言うのにカタパルト(射出機)を組体操で再現しようと遊んでいる『桜風』の妖精さん。そして眼前にまで積み上がって居た筈の主砲塔が艦橋のガラスに映らず、代わりに戦闘海域の海図や艦艇状況が表示されている眼前の画面を見て持ち込んでいた資料集(対潜戦闘関係書)を、副長を肩に乗せて読みふける『桜風』(駆逐艦『霞』の今の艦長)

 

 

 

―――いっつもこんな感じなのかしら?

 

 素朴な疑問を持つ霞だが、24時間365日がこうである訳が無い。

 

 

『……艦長、SH-60J(シーホーク)搭乗のスカ―フェイス隊より入電。超兵器機関から発するノイズを探知しました。分析の結果、超巨大潜水艦『ドレッドノート』と確定です』

 

 

 

 仮名であるフレイムアーツ隊から改称したスカ―フェイス隊からの緊急電が入り、その言葉が艦内に伝わった瞬間、つい先ほどまで遊んでいた妖精さんは一瞬で持ち場に戻った上に総数10秒と経たずに何時でも戦闘可能なように自らの仕事場に噛り付き、『桜風』(艦長)は自身の操る砲塔や魚雷発射管の最終調整を行いだす。つい先ほどの緩い雰囲気から一変、今まさに駆逐艦『桜風』は第一種戦闘配置(何時でも殺しあえる準備)を整え終えた。先ほどの空気が春風の様に暖かい物だとすれば、今の空気は静かな粉雪が降りしきる真冬の冷たい物であった。

 

 

『あー、霞ちゃん?もう戦闘になるからぼーっと見ていないで配置に戻ってくれねーか?パッシブソナー要員が聴音していないとか話にならんから』

 

「ぼっ……ぼーっとはしていないわよ!!」

 

 

 新入り()が激変した場の雰囲気に呑まれて居たのを見るに見かねて砲術妖精が声をかけると、口では兎も角アタフタして自身の配属場所に意識を戻す。その際慌ててヘッドフォンを取り落しかけると言う、普段強気な少女の見せる可愛らしい姿をこっそり隠し持ったカメラで某A氏張りの精密技術で30連写した妖精さんが居たが、持ち場を少しの間と言えども離れた為に『桜風』の肩から何時の間にか移動していた副長妖精によって三途の川往復の刑(意訳:拘束絞め落し)されたのは言うまでもない。後カメラは荒潮に献上された。

 

 

「スカ―フェイス1。現戦闘予定海域の気象状況は?」

 

『……駄目ですね。少しずつ荒れてきている上に、レーダー上に雨雲を捉えています。恐らく、戦闘中に荒れ出す可能性は極めて高いかと』

 

「ん、了解。……()よりは状況不利か。時期と海域が7月の南洋なのだから、海が荒れやすいのは当たり前だけど」

 

 

 夏真っ盛りの南洋は、日本に恵みの雨兼破壊の暴風雨をもたらす台風が多数生まれる、極めて危険な海域である。その為、この海域をこの時期に通過しようとするような艦艇や船舶は通常存在しない。電波状況が悪化するだけで無く危険物(ミサイルや魚雷、砲弾等)を大量に使用する海戦など以ての外である。だからこそ『桜風』は、二週間の期間を開けた上でこの海域を指定した。思う存分周囲を気にすることなく『ドレッドノート』の望むように好きに決闘出来るのだから、気象によるいくらかの悪条件程度は織り込み済みだった。

 

 

 

『それと艦長。少し気になる事が』

 

「どうしたの、スカ―フェイス1」

 

『ハッ…ブリーフィングでは、深山提督は今海域には如何なる艦艇も侵入させない様に、軍上層部から各部隊に厳命されたと言いました。そのはずですよね?』

 

「そうよ。……まさか、とは思うけど」

 

『はい。……そのまさか、です』

 

「……ああ、もう。何考えているんだろ、完全無欠な命令無視とか……」

 

 

 頭の片隅に置いていた極めて小さい可能性の一つがピンポイントで的中して居た事に『桜風』は軽い頭痛を覚えて片手で面を覆い、話の内容で何となく察した霞も同じく軽い頭痛を覚えて目頭を押さえざる負えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、来たか。駆逐艦『桜風』」

 

「ええ。……二週間前の様に通信上では無く、こうやって直接面と向かって話すとは。想像だにしていませんでしたよ」

 

「何、これから正面から戦い、そして討ち取る者の首級を見るのも、又一興であろう?」

 

「……戦国時代の日ノ本武士の生まれ変わりですか、貴女は」

 

「奇襲謀略裏切り上等じゃったその頃の武士(もののふ)と一緒にしてほしくは無いのう。言うとしても新撰組じゃろう?」

 

「ならば、私はさしずめ新政府軍ですか」

 

「違うな。主は京洛に蔓延った攘夷志士じゃ」

 

「……言いますねぇ」

 

「今日の日の入りにはもう二度と語らう事など出来ぬのじゃから、存分に言わせてもらうぞ」

 

 

 

――――……何コレ。これから戦う相手と、しかも強大極まりない超兵器の艦娘と面と向かって話し合うとか、前代未聞にも程があるんだけど

 

 

 周囲の妖精さんに悟られない様に軽く胃を擦る霞。『桜風』に乗り込んでから状況に振り回され続けている彼女だが、この状況は極め付けで有った。彼女()艦長(『桜風』)に手隙の妖精さんたちは、現在機関停止させた上で船体前部に集まり、同じく機関を停止させて『桜風』に横付けにしている超兵器『ドレッドノート』の依代(艦娘)と直接対峙していた。

 

 

 

「ふむ、それでは『桜風』。釈明を聞こうか。我と交わせし約定は、守るに足らざる程度の物であったか?」

 

「……その点に関しては謝罪せざる負えません。此方としては、自衛軍から今海域には如何なる事情が有ろうとも一切進出させない様に厳命されていた筈ですので」

 

「……勝手に独走した輩の行為、と申すか。近代軍隊としての第一条件である部下の統制も取れぬとは、のう」

 

 

 

 あきれ顔の『ドレッドノート』に対して、素直に頭を下げて謝罪する『桜風』と、その光景を複雑極まりない表情で見守るしかない駆逐艦娘の霞(帝国軍出身艦)。彼女たちが居る海域の海上、そして海中には、本来存在する筈の無い、してはならない筈の多数の日本艦娘の成れの果てが沈み、また今もなお沈みつつあった。

 

 

 

 

 

 『ドレッドノート』曰く、先んじてこの海域に到着しようと航行していた際、『桜風』を通じてこの海域に部外者が存在しない様に自衛軍が防ぐと思われていた、日本海軍の艦娘が多数この海域に存在していた。そして疑問に思った『ドレッドノート』がその目前の不明艦に通信を入れようとした直後、不明艦隊は問答無用で『ドレッドノート』に対して攻撃を開始した。

 

 

「…攻撃されたと言う割には、被弾した筈の『ドレッドノート』には全然損傷が無い様に見えるんだけど」

 

「ぬ…主は?」

 

「霞よ。朝潮型駆逐艦の10番艦、霞」

 

「ふむ……まあ、()いわ。その疑問じゃが、単に奴らの攻撃が貧弱でしか無かっただけじゃ。12.7㎝砲に低威力の爆雷に加えて、あんな脆い水上機や竹蜻蛉ごときで我を沈められるはずも無かろうて」

 

「竹……蜻蛉?」

 

「…多分、私達の対潜兵装の一種の『カ号観測機』と『三式指揮連絡機』の事よ。『桜風』の世界のヘリコプターとは、耐久力が段違いに低いから」

 

「そう言えば……そんなのも有ったっけ……ああ、そう言えば。あきつ丸さんが『使ってみるで有ります』って貸してくれたんだっけ。機体強度弱すぎて空戦機動でアッサリ折れたけど」

 

 

 

 うんうんと暢気に頷く『桜風』とは対照的に、霞は一見無表情に見えて、その実とても悲しそうな表情をしていた。『ドレッドノート』は日本海軍の艦艇を正当防衛で多数沈めたと言った。それも、沈めた艦艇には確認出来ただけでも、本来記されている筈の艦名や掲げられる艦隊旗が存在しなかった、とも言っていた。つまりは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事である。そしてこの海域に入り込める人類側の艦艇は、日本海軍しか存在しない。

 

 

 

 アメリカ?『第二次ダンケルク作戦』と呼ばれる、軍艦だけでなく民間協力者の船舶も総動員してのハワイ諸島大撤収作戦に置いてミッドウェイと共にハワイを喪失してから南北アメリカ大陸の東西海岸線防衛に奮闘している軍に、態々こちらに艦艇を回せる余裕は無い。そもそも太平洋上の補給拠点が皆無である為、長距離航行は絶望的である。補給艦で物資を補給できても、それだけで戦える訳では無いのだ。

 

 欧州諸国?大西洋の深海棲艦の脅威を放置して、貴重な戦力を割いて南洋に来るような余裕など、アメリカ以上に存在していない。何せ戦力不足の余り、つい先日日本に対してインド洋のみならず中東方面に至るまでの航路防衛すらも依頼してくるほどに少しずつ疲弊の一途を辿りつつあるのだから。因みにこの事に関しては一応機密である。大前提として、仮にそんな事を実行して居たら、事前に日本海軍がその南洋に向かう艦隊の事に気付く筈である。

 

 オーストラリア?絶対にありえない。深海棲艦が出現して以降、本土の目の前に深海棲艦の強固な要塞が建造された事も有って事実上見捨てられてから、月3回のペースで本土に対して艦砲射撃と航空攻撃を喰らい、撃退できたとは言え一度は本土侵攻を許してしまったような状況で有る。一か月前に第二次世界大戦頃にオーストラリア海軍が所有していた重巡洋艦のキャンベラ等が着任した事でお祭り騒ぎに成る程、戦力枯渇で喘いでいる。こんな場所に出す筈が無かった。

 

 

 

 

―――『ドレッドノート』が嘘をついている可能性も低いわね。『ドレッドノート』には、嘘を吐く理由が存在しない……

 

 

 深紅のショートヘアに白磁の肌(割と豊かに実っている胸部装甲が特徴的)のいかにも女武人を絵にかいたような艦娘である『ドレッドノート』の様子を見る限り、『桜風』を動揺させるために嘘を吐いていたりしている風には見えなかった。風貌や目、言葉でその者の事は割と分かる物で、『ドレッドノート』には裏表の無い、威風堂々とした態度しか見せていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……それでじゃ、『桜風』」

 

「なんでしょうか」

 

「この非礼の詫びは、お主は何を出す?」

 

「…では、一度仕切り直しとして、時を空けて再戦すると言うのは?」

 

「我に対して配慮しているように見せかけて、その実お主の戦いやすい様に誘導しているだけであろうが」

 

「……流石に露骨でしたか」

 

「主が飛ばしていた、SH-60J(シーホーク)。アレで、我を見つけるだけでなく気象状況も調べていたであろう。見れば分かるぞ、余り我を舐めるでない」

 

 

 

 霞の憂鬱な気持ちを他所に、早くも『桜風』と『ドレッドノート』との間で火花飛び散る会話がなされる。出来れば天候の良い日に開戦したい『桜風』のスケスケの思惑は、『ドレッドノート』の目こぼしを得る事は無かったようだ。

 

 

 

「……ふむ。まあ、その点はもう良かろう」

 

「…詫び、は…必要ないと?」

 

「ああ、そうじゃ。そもそも()()などと言う我の我欲を即時承諾しおった主に、余り多くは言えぬしな」

 

 

 だがこの詫びの争いは、被害者側である『ドレッドノート』がアッサリ権利を放棄した事によって直ぐに終結した。当然疑問に思う『桜風』であったが、次に『ドレッドノート』が繰り出した言葉で納得する事となる。

 

 

「代わりに……主が今載せておるそこの小娘に関してじゃが」

 

「こっ……」

 

 

 小娘呼ばわりされた事に、顔を赤くして激昂仕掛ける霞であったが、『ドレッドノート』が続けた言葉に、その激発しかねないまでに一気に高ぶった感情は冷水をぶっ掛けられたが如く静まり返る事になる。

 

 

 

「……小娘とは、誰ですか?」

 

「いけしゃあしゃあとしらばっくれる出ない。……主が載せておる、霞…とか言う娘じゃ。我と『桜風』の交わせし約定は()()。……まさか、堂々とニ対一で開戦する気で連れて来たとは、夢にも思っていなかったぞ」

 

 

 

 その言葉と共に、今までとは桁違いの威圧感が『ドレッドノート』から放たれる。『ドレッドノート』の表情自体は穏やかなのであるが、その目は()()()()()()()()()()()()と言う言葉を、声に出さずとも雄弁に語っていた。

 

 

「霞に関しては気にしないでください。彼女はソナー要員として乗り込んでいるので、艦艇を出しての2対1による海戦は行いません。絶対に」

 

 

 『ドレッドノート』の目線に射竦められた霞を他所に、『桜風』は涼しい顔をして『ドレッドノート』の威圧を軽く流す。未知の魔物(超兵器)に対して初めて直接至近距離で対峙している霞に関しては兎も角、『桜風』に関してはもう嫌と言うほど多数の超兵器と交戦を繰り返してきている。今更超兵器に対して萎縮する様な細やかな神経は保持して居なかった。つまりは感覚麻痺である。

 

 

 

「その言葉だけで信用しろとな?」

 

「…副長」

 

『こちらです』

 

 

 言葉だけでは信用出来ない事例を先ほど体験した『ドレッドノート』の言葉に、『桜風』は副長から紙を受け取る。何も言われずとも用意した副長の行動に、霞がいつの間にと呆れて居る中『桜風』の次の行動は余りにも突拍子が無かった。

 

 

 

「……筆記用具は良いよ、副長」

 

『え?ですが、これが無ければ書けませんが……』

 

()()で書くよ」

 

 

 そう言うが早いか、『桜風』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……ハァ!?な、なにやってんの!?」

 

『はいどうどう霞ちゃん。俺達も驚いているのは本当だけど、艦長の好きにさせてやってくれ』

 

 

 自身の細い人差し指を筆とし、自身の紅い血を墨として紙に書き記す『桜風』の奇行に対して、一拍子置いて驚愕する霞に艦長の邪魔をさせない様に押し止める水雷妖精。外野のそんな情景など全く意識を向けないまま、『桜風』は紙に書き記す。風も穏やかで、『ドレッドノート』の深紅のショートヘア、一束に纏めた『桜風』の漆黒のミドルヘアが風に小さく靡く中、たっぷり5分の時間をかけて『桜風』は書き上げた。

 

 

 

「……では、これで如何?」

 

 そう言った『桜風』は、書き上げた一枚の紙を『ドレッドノート』に向かって投げ渡す。

 

 

「っと…………主は一体何を考えておるのだ?わざわざ、この様な事を……」

 

「勇有りし武人には、それ相応の仕儀が必要。そうでしょう?」

 

「……まあ、良いわ。では、今より30分後に会敵じゃ」

 

「ええ。では、30分後に。……また」

 

 

 『桜風』から受け取った直筆の手紙(文字通りの血判状)を一瞥した『ドレッドノート』はそれ以上何かを言う事も無く、その巨大な潜水艦内に戻り、潜航を始めた。当然ながらそれを見送る『桜風』の備砲も魚雷発射艦も、1度たりとも微動だにする事は無かった。

 

 

 

「それじゃ、早く艦内に戻って…」

 

「その前にその指見せなさい!」

 

「え」

 

「え、じゃない!…ああ、もう!こんなに深く噛み千切るなんて馬鹿じゃないの!?」

 

「適当に舐めて放っておけば治る…」

 

「訳が無い!」

 

 

――――副長、助けて?

 

――――諦めて下さい

 

 

 新入りの部下()の行動が抑止出来ない為に助けを求め、そして副長に笑顔で拒否された『桜風』(艦長)。どちらが上位者なのか分からなくなる姿である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、配置に着いたが……開戦まで、後10分か」

 

 『桜風』と会敵時間を設定した後、深海に沈降している超巨大潜水艦『ドレッドノート』の艦橋にて、自身の艦艇の状況を確認した上で自身の望む位置に係留していた。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あやつめ、言うてくれるな」

 

 駆逐艦『桜風』(これから殺しあう相手)との邂逅にて、まさかその様な言葉を掛けられるとは思っても居なかった『ドレッドノート』。それに加えて、『桜風』が指を食い破って書いた誓約書に着いても衝撃的であった。

 

 

 

「……真摯な思いを抱えている事は良く分かったが……あやつの仲間も苦労しているであろうな」

 

 これから魚雷や艦砲を撃ったり撃たれたりする関係だと言うのに、『桜風』は律儀にも『ドレッドノート』の問いかけに対して誠意と本気の証拠として血染めの誓約書をその場で書き上げた。その誓約書には『朝潮型駆逐艦の霞に対して、絶対に艦艇は出させない事』『再度日本本土に報告を入れて、今海域には如何なる邪魔も入れさせない様にする事』『仮に警告を無視して侵入して来た艦艇は、駆逐艦『桜風』が責任を持って()()する』と言う、控えめに言って狂気染みていた内容であった。紛う事無き敵艦である『ドレッドノート』との誓約を守る為ならば、書面上とは言え()()()()()()()()()と宣言したのだから。

 

 

「……駆逐艦『桜風』」

 

 

――――我の想いにそこまで答えるのであれば、よろしい。我も全身全霊、総力を挙げて、貴艦をこの海に沈めて見せよう

 

 

「まあ先ず有り得ないであろうが……そう簡単に、沈むでないぞ」

 

 

 そう呟く『ドレッドノート』の表情は、これから戦場に向かうと言うのに場違いなほどに、穏やかな小さい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

『……ところで艦長』

 

「どうしたの、副長。何か不具合でも有った?」

 

『一番の心配事であったスカ―フェイス隊のSH-60J(シーホーク)含めて問題ありません。……艦長は、あの不明艦の出処は何処だと思いますか?』

 

 

 一方の駆逐艦『桜風』の艦橋。こちらも戦闘準備を終えて配置場所に着き、後は戦闘開始時刻まで待機するだけの空白時間。手持ち無沙汰となっていた副長は、こちらも同じく開戦時刻まで待機するだけの『桜風』に対して、ある意味どうでも良い雑談を持ちかけていた。因みに霞は『桜風』の勧めで処理をしに向かっており、この場には居ない。

 

 

「少なくとも東南アジアに駐留している日本海軍の提督配下の艦娘である事だけは確定。それ以上は情報がちょっと足りないね。まあ私達にはこれ以上関係する事は無いだろうし、それに日本政府や現地政府が共同で適切に処置してくれるだろうから、放置しても良いでしょ」

 

『……この前の輸送船団護衛任務で寄港したトラック諸島の提督。あの女元帥の可能性は?』

 

 

 霞が居ないからと言っても、軍規的に少々問題の有りそうは発言を言葉を濁す事も無く発言した副長妖精に対して、『桜風』の考えは違っていた。

 

 

「……流石に仲本提督が、こんな粗雑な行動を起こす訳が無いよ。何かの行動を起こすにしても全般的にデータ不足だろうし、この海域には明確に進入禁止の通達が出されている、それにこんなマグマにバターを投げ込むような戦い方はしないと思う。戦力をすり潰すにしても、もっと良いすり潰し時を考えている筈」

 

『……意外と艦長は、高評価なんですね。仲本提督の事が』

 

 

 軽いジト目で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と目に声色が雄弁に物語っている副長妖精に、『桜風』は苦笑するしか無かった。

 

 

「少なくとも、あの人は成果を出している。死地に置かれながらも、戦果を挙げ続けている。それに、現在の提督階級に置いて最高階級である元帥号が許されている以上、戦闘指揮の才能だけでなく確実に生存能力に優れている筈。そんな人間が、少し考えれば分かる異常な場所に無作法に入り込みはしないよ」

 

 

 艦娘(人の依代)となって暫く経つ『桜風』の基本的スタンスとしては『自身の妖精さんや友人と言った身内に関わらない限り』感情論を排して数字で考察する傾向が出てきている。元々自身とは縁も所縁も無い世界に真っ新な状態で現れ、そして転がり込んだ先の深山満理奈少将の性格上『()()()()()()()()()()()()()()()()』『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と言った所業もしなかったからか、それとも『桜風』自身の根の性格なのかは分からないが。

 

 そんな彼女(『桜風』)に取って見れば、仲本元帥は『敵中ど真ん中と言う立地的不利な戦略状況で、良くやっている方では?』と言う認識を抱いていた。勿論戦果を追い求めて無為に犠牲を排出しているのも事実であるが、少なくとも本国からの増援を受ける事も無く、一定の資源供給以外はほぼ自立に近い形を安定して取り続けていると言う事実は、まだまだ厳しい日本の懐具合を見るからに称賛されるべき物であった。少なくとも、『桜風』自身の考えでは、そうであった。

 

 

 

「まあ、今はそんな事はどうでも良いでしょ。これからみんなで、久しぶりの対超兵器戦闘(何時もの海戦)をするんだからね」

 

 

――――久しぶりに、本気でやれる、血潮沸き踊る、本当の海戦。……皆、楽しもうね

 

 

 

 

「…………()()()()……?」

 

 

 事前に処理(お花摘み)に向かい、艦橋に戻って来た霞が聞こえ、見た『桜風』の言葉表情は、まるでお出かけ前の楽しみで堪らない子供の様な、無垢な笑顔と声色で有った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ、だな」

 

「ハッ……」

 

「私たち以外で()()()をしているのは?」

 

「アメリカを筆頭として常任理事国は例外無く、また先進国の多くも同じく」

 

「……そう、か」

 

 

 日本国首都東京霞ヶ浦の首相官邸。現在この場には海軍庁長官である山本蒼一、自衛三軍の大将格である統合幕僚長・陸上幕僚長・海上幕僚長・航空幕僚長を初めとした軍務関係者に最近ネットから『こんな有能な外務省が外務省である訳が無い』と酷い評価を受けている外務省の大臣や実務者、更には財務省の幹部官僚等の日本国首相『浅野幸喜』が選別した人間が集結していた。もし仮にここに爆弾でも投げ込まれた場合、最低半年から1年は機能不全に陥るであろう事は間違いない、錚々たる面々で有った。

 

 

 

「……どうにかして、妨害する事は出来なかったのですか?」

 

「今の我が国の技術では不可能です。それに現在彼女たちの戦闘を監視している他国の衛星は全て民間衛星(偽装済み)です。妨害した場合、我が国の方が批判される可能性は極めて大かと」

 

 

 彼等がこの首相官邸内地下にある会議室に集まっている理由。それはアメリカ艦隊に対して一方的な損害を強いた超兵器潜水艦と駆逐艦『桜風』との戦闘を何らかの形で嗅ぎつけた連中への対策会議の為であった。情報封鎖しようにも各方面に指定した海域への進出禁止の命令を論拠無く行ったために、例え何が起こるかが分からなくとも何かが起きる事くらいは、誰にでも予想は付く物だ。だがつい先ほど防衛省幹部が発言したように、八方塞がりの為に結局苦々しく放置するしか無い結論に達したのだが。

 

 

「前向きに考えましょう」

 

「山本長官?」

 

「現在彼女は我が国以外に所属する気はない事を、深山少将を通じて宣言してくれています。その事に焦れた他国が彼女に対して工作を仕掛けてくるようならば、カウンターで大きな外交的得点となるでしょう」

 

「……外務省としては、紳士協定として結ばれた艦娘取得協定を論拠に交渉しますが、超兵器と言う存在の為にその協定は容易に崩される可能性も出て来ました。今なお遅々として進んでいない『艦娘保護法案』の早期施行と万全な防諜体制の確立を、切に願います」

 

 

 外務省からの明確極まりない皮肉に、引きつった笑みを浮かべざる負えない防諜関係者。実際の所、先日の『桜風』襲撃未遂事件のお陰で余計な仕事が増えたのだから、外務省としては一言位言いたくもなる話である。

 

 

 

「……話を戻すが、彼女から送られてくる戦闘データの受信体制は整っているのだろうな?」

 

「はい。スーパーコンピューターを大量増設し、回線も徹底的に強化しています。これで駄目なら、お手上げです」

 

 

 その言葉を最後に、会議室は沈黙に包まれる。後方に居る人間としては、もうやる事が無いのだ。元々戦争の常識として、後方の人間が働くことになる本番は戦闘後である事が多いのだから、ある種当然でもあるが。

 

 

 

「……では、見守ろうか」

 

 

 

 そう、浅野幸喜首相が発言した頃、北京、モスクワ、ワシントン、ロンドン、パリ、ベルリン等…日本の妙な行動に敏感に反応した各国首脳陣も、衛星を通じて『桜風』と『ドレッドノート』による決闘を監視し始めていた。まあ、明確に海戦が起こると察知していたのはアメリカぐらいで、他国の殆どは『日本軍による機密兵器試験』『未知の資源地帯の発掘』『他国侵攻の事前準備』等と言った愉快な予測を立てたり立てなかったりしているが。

 

 

 

 だが、そんな事は、これから由緒正しき砲雷撃戦を開始する『桜風』と『ドレッドノート』には全く関係の無い話である。

 

 

 

 

「……時間じゃな。砲塔、魚雷、機関部異常見られず。戦闘準備ヨロシ」

 

 

……深海にて『勇気ある者』が呟き

 

 

「……戦闘開始時刻です。総員、総力を尽くされたし」

 

 

……海上にて『不屈の小さき巨竜』が呟き

 

 

 

 

 

「……元ウィルキア王国近衛海軍、現日本国自衛海軍所属。超甲種重武装突撃型高速巡洋駆逐艦『桜風』、交戦開始!」

 

「……ウィルキア帝国海軍所属、超巨大潜水艦『ドレッドノート』、交戦開始。さあ、思い残しの無きように、全力で楽しもうぞ!!」

 

 

――――蒼き海(最高の場所)による決戦(最高の死合い)が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、衛星を通じてこの両艦の戦闘を見ていた先進各国首脳陣(World Game Player)は、例外無く()()()()()()()()()()()()()()()()()事実を、その心に刻み込む事になる。




ことこの後に及んでも政治ネタが勝手に入り込んでしまう自分。次回の戦闘回では流石に無いと……思いたいなぁ……

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