艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

35 / 55
ナルコレプシーで時々失神する勢いで眠気に襲われたり、眠気に負けて軽く寝込んでしまったり、つい先ほども眠気で途中の記憶が消えていたりと散々でしたが、取り敢えず続きが出来ました。約一月ぶりでしたね……(遠い目)


第三四話  対超兵器『ドレッドノート』戦の準備期間 起

「……あの日から二日。『桜風』との決闘まで、残り12日か。……それまで、我はこの残された生をどう過ごすべきなのやら」

 

 西太平洋上に浮かぶ、一つの鋼鉄の島。その鋼鉄の島…超兵器『ドレッドノート』の船体の縁に腰かけた一人の女性が、一面の青い世界を眺めながら、そう呟いていた。ウィルキア帝国海軍が採用していた、白と青を基調とした女性用軍服を身に纏い、白磁の如く白に透き通った肌に対比するかのように深紅に輝き、海風に靡くショートヘア。『ドレッドノート』(この潜水艦)がこの世界に来て得た依代である。

 

 

「……たった一隻の駆逐艦に撃沈されるばかりか、気付いたら女性の依代を得て、沈んだはずの海域に浮かんでいる。超兵器だった時代、まさかこの様な事態になるとは思いもよらなかったな」

 

 

 しかも、艦内には女性の依代を得た『ドレッドノート』(じぶん)を除いて乗員は誰一人としておらず、ウィルキア帝国との通信は皆無であるばかりか、『桜風』に沈められる前には周囲が旧式の電子機器を搭載していたが為に大半が使う必要性が無く動いても意味の無かった電子機器が全力で稼働しており、その電子機器で集めた情報は全て『ウィルキアと言う国家等歴史的に存在していない』と言う物である。『この様な事態』を予測できる存在など、神で無ければ余程の空想作者ぐらいな物だろう。

 

 

――――……それにしても、女性の身体とは不思議な物だな……。こんなに重い物を常に二つぶら下げているとは、人間とは難儀な生き物であるな

 

 

 スイカとまでは行かないが、少なくとも良く熟れたメロン程度の大きさは普通にある乳房を持ち上げて見下ろし、自分の身体的特徴の一つにそんな事を考える『ドレッドノート』。駆逐艦『桜風』に対して決闘の申し込みを成功させたのは良かったのだが、その間の時間の消費の仕方が全く浮かばなかったので、取り敢えず一日目と今日の朝方は何をするでもなくのんびりと海風に当たりながら綺麗な大海原や、澄み渡った満天の星空を眺めていたりしていたのだが、早くも飽きた『ドレッドノート』なのであった。

 

 

「……ふむ。今更で有るが、あの時に何か暇つぶしの本か何かを貰えるよう交渉すれば良かったやも知れぬな。だがそうすると、確実に我と『桜風』だけでなく、余計な介入が有るであろう。あの選択は正しかったと自分を慰撫するしかあるまいな。どうせ沈められるにしても、雄々しく戦って沈みたいしのう……」

 

 既に『ドレッドノート』は前の世界で与えられた通商破壊任務に従い、この世界のアメリカ海軍やイギリス海軍に対して攻撃を行い、多数の艦艇を撃沈、若しくは大破等の大損害を与えている。一応純粋な民間船と思しき船舶には手を加えていないが、軍艦に与えた損害だけでも相当な物である。

 

 『この世界』が、『ドレッドノート』が本来生きるべきである『あの世界』ではない以上、『ドレッドノート』の行った行為は全て『ドレッドノート』自体が責任を負う事になる。もし『桜風』の誘いに乗って『桜風』の属する艦隊に入ったとしても、確実にアメリカとイギリスからの猛抗議で『桜風』の居る別世界の日本(ウィルキア帝国とは無関係の国家)に多大な迷惑がかかるだろう。【勇敢な】【恐れを知らない】『ドレッドノート』であるからこそ、そんな醜態や無様、迷惑を晒してまで生きたくは無かった。そう考えた結果が『決闘』と言う風に変に飛んだのは、やはり女性の依代を得ていても『ドレッドノート』は『超兵器』のままで有るからだろうか。

 

 

――――……しかし本当にする事がないのう……艦内になんぞ面白い物が残っておらぬかな?此処ままでは我は暇に殺されてしまうぞ…

 

 

 そう考えて縁から軽快に後転して甲板に立ち、艦内に戻って各所を物色し始める『ドレッドノート』。その後倉庫の一室から釣り道具一式を発見した為意気揚々と釣りを始めたら、一発目から体重が400キロ近いマグロをヒットさせて数十分にわたる激闘を大騒ぎしながら繰り広げるのだが、それはまた別の話である。因みに釣り糸一本と引き換えにそのマグロを釣り上げる事には成功した模様。

 

 

 

 

 

 

 

 横須賀鎮守府の第3海上部隊所属に所属する深山艦隊が管轄する港は、通常の艦艇が停泊する軍港とは比べ物にならない程に小さい。元々艦娘は自身の艦艇を()()()()()()と言う反則技が有る為、海上に艦艇を停泊させる必要性が全く無いのだ。損傷を負った艦娘に関しては流石にドッグで入渠させる必要があるが、それでも通常の艦艇とは話にならない程の速度で修復作業が完遂し、尚且つ妖精さんのお陰で必要とする面積も少ない為に、工廠やドッグは地方の小さな漁港レベルの敷地面積でも何の問題も無く鎮守府は戦えている。

 

 もちろんこれは深山艦隊だけの専売特許で有る筈も無く、この妖精さんと艦娘の特性を生かして日本の各地や東南アジアの、妖精さんや艦娘の居心地が良いとの事にて旧日本軍が駐留していた土地には複数の各提督が管轄する鎮守府が有る。一例をあげると、現在では管轄する場所こそ違うが深山艦隊の居る横須賀鎮守府には6名の提督とそれぞれの艦隊が存在している様に。そんな本来の常識では有り得ない位に小さい港に有る埠頭では、数名の少女たちが屯っていた。

 

 

「……結局、『桜風』の案はあんまり上手くいかなかったようね」

 

「うう……すみません、皆さん……。態々協力して頂いたと言うのに、この始末で……」

 

「『桜風』は悪くないでち……悪いのはゴーヤたちの能力不足でち……ひぃっ、い、嫌でち、もう魚雷は浴びたくないでちぃぃぃぃー……」

 

「大丈夫です『桜風』ちゃん!ボロボロだったけど、でも、比叡は負けません!……はい!ソロモン見たいな事になりましたけど!比叡は大丈夫です!!気合!入れて!いきますッ!」

 

「アカン……アカンで……二人の眼が完全に死んではるで司令はん……」

 

「…………イムヤ、金剛。お願い」

 

 

 深山提督のその一言にて、ゴーヤはイムヤに、比叡は金剛の手によって曳航されていった。『もう浴びたく無いでちもう浴びたく無いでちもう浴びたく無いでち…』と涙を流して呪詛の言葉の如く繰り返す伊58と『気合!入れて!いきますッ!気合!入れて!いきますッ!…』とハイライトが掻き消えた目で連呼する比叡。この光景を目撃した漣が『SAN値直葬キタコレ』と表現していたが、妥当ではあるだろう。そして失礼な事を言っていると認識した妙高の手によって制裁された漣に祈りを捧げてあげよう。

 

 

「……いやあ、正直言うと話半分に聞いとったんやけど、『桜風』はんの力ってホンマ凄いなぁ」

 

「スッゴイ皮肉にしか聞こえないわよ、黒潮」

 

「……や、ややなぁ陽炎姉、そ、そんな事あらへんよ?」

 

「……ああ、うん……私にとっては普通だけど、皆から見れば思いっきり気持ち悪いよね……アハハ……」

 

「ち、違うでな『桜風』はん!そう落ち込まんといてな!アッチで貰ったこのスルメやるで機嫌直して、な!?」

 

 

 比叡に負けず劣らずにハイライトが消滅した眼で水平線の海を眺める『桜風』に対して、一時期新設された幌筵泊地に配備された新人提督や艦娘の教導に向かっていて『桜風』達がトラック諸島から横須賀鎮守府に帰港した日に深山艦隊に復帰した黒潮が必死に宥めに入る。駆逐艦『桜風』が深山艦隊に加入してから既に二ヵ月近く経過しているが、『桜風』の戦闘機動が通常の艦娘とは全く違う……有体に言えば『キモイレベル』で違っている事を昨日『桜風』の演習時の映像に乗せられたコメントを見て思い知った『桜風』は、何時ものほんわかしている状況から代わって、今日はネガティブな感情や言葉に終始していた。コメント主自体は褒めているつもりだったのだけれども。

 

 

「あーうん……『桜風』、結構打たれ弱いみたいだからねー。『桜風』、あのコメントなんか気にしなくてもいいのよ?」

 

「陽炎姉さんの言う通りです。ああ言ったコメントは嫉妬や称賛の裏返しでもありますからね」

 

「……まあ、うちらとは段違いの機動やったのは事実やけどな……」

 

「おお……もう……」

 

「ねえ黒潮、『桜風』をイジメて楽しいの?教導に行っている間、何か嫌な事でもあったの?」

 

「黒潮……見損ないました」

 

「え、今のもアウトやの?!あ、あああ!?ホンマ堪忍して『桜風』はん!体育座りして海眺めんといてな!」

 

 

 埠頭の先っちょに体育座りして、どんよりと暗い雰囲気を纏って海を眺める『桜風』と、それを何とか元気付けようとする妖しい関西弁使いの黒潮。改装する前の扶桑姉妹とタメを張れそうな不幸オーラによって『桜風』の周囲がどんより曇り空となっている中、深山提督と陽炎型駆逐艦の一、二番艦は揃ってため息を吐いた。

 

 

 

 

 超兵器『ドレッドノート』と二週間後に決闘する事が決まってからの『桜風』の行動は早かった。青葉と陽炎の説教を何とか交わしてから、駆逐艦『桜風』の最大船速で進路上に存在したはぐれ深海棲艦を6隻の内4隻を爆殺、2隻を轢殺して母港横須賀鎮守府に帰投後、休む間もなく工廠に突撃し……工廠の主である工作艦『明石』に追い返された。明石としては『桜風』の望みは叶えたかったのだが、タイミングの悪い事に深山艦隊の通常の出撃に向かっていた艦娘が数名損傷を負っており、其方に注力しなければならなかったのだ。流石にその事情を説明されれば、『桜風』は引き下がるよりなかった。

 

 焦りに焦る『桜風』だったが、深山提督の一言、すなわち『北方から黒潮が帰還したわ。部屋は陽炎達と同じだから自己紹介して着なさい』との言葉にて一端『ドレッドノート』の事を脇に置くことが出来た。その後母港に帰投した昼に初対面した黒潮から『なんや陽炎姉。何時の間にか恋人作っとったんか』と関西人っぽくからかって陽炎が慌て、『桜風』は意味を良く噛み砕けずに不思議そうな表情を浮かべたりしていたが、その話は横に置いて置こう。

 

 

 

「あの後比叡さんとゴーヤさんに明日の演習を頼み込んで、深夜になるまで対潜水艦戦術を探し回るとは思いもしませんでした」

 

「資料室で山と積んだ本と熱い位にパソコンを酷使している『桜風』、集中し過ぎて昼も夜もご飯食べず、お風呂にも行かなくて、肩掴まれるまで何時かすら気付かなかった位だもんね……」

 

「……それで、その時にインターネットで自身の演習動画コメント見たのね……。焦るだけだと、最良のパフォーマンスを発揮出来ない事は分かっているみたいだけどね、『桜風』自身は」

 

「頭では分かっていても、心は正反対の事を叫んでいる。……その気持ち、不知火には良く分かります」

 

 

 そう言って、右手を胸に当てながら『桜風』を見やる不知火。駆逐艦の頃、不知火は混乱する戦況の中既に沈没していた鬼怒の救援に知らぬまま向かい、捜索を断念し撤退中に大破擱座した夕雲型駆逐艦の早霜を救援しようとして米軍機の爆撃にて爆沈し、乗員全員が戦死している。その早霜を救援する際『敵襲ノ恐レアリ、来ルナ』と信号が送られるも、不知火は構わずにカッターを下して救援しようとした。危険で有る事など百も承知で友軍を助けようとした乗員の想いを良く知っている不知火には、超兵器に対抗できるのが自身しかいないと言う状況である『桜風』の焦る気持ちが良く分かった。

 

 

「……しかし、そうして実施した『桜風』さん考案の対『ドレッドノート』戦の演習が全く意味を成さなかったというのは、司令……」

 

「対超兵器部隊には……悪いけど、今回は後方待機か、若しくは深海棲艦相手の戦闘をして貰うわね」

 

「…………仕方が無い、か……。悔しいなあ……何時になったら、ちゃんと戦える様になるのかな……」

 

「……陽炎姉さん」

 

「焦っても仕方が無いわ。一歩一歩、着実に…ね」

 

 

 今回臨時に行われた演習では、水面上では戦艦並の砲撃力、防御力、速度を持ち、海中でも潜水艦らしく自由自在に暴れまわる正しくその名の通りな超兵器である『ドレッドノート』に対する仮想演習を実現する為に、深山艦隊の戦艦の中でも足が速い金剛型戦艦の比叡、そして歴戦の伊58を動員して二隻に綿密な連携を取らせる事によって疑似的に『ドレッドノート』との戦闘状態を再現しようとした。結果は比叡と伊58が『桜風』の本気の砲雷撃の弾幕で精神が耐え切れず、また『ドレッドノート』の性能再現も全く出来なかった為に見事なまでの大失敗に終わったが。

 

 

 

「……うう……もうやだ……私、堤防のフジツボになりたい……」

 

「『桜風』はーん!?頼むで正気に戻ってぇな!?『桜風』はん頼むで元気だしてな!比叡はんとごーやはんにお礼のお菓子持っていけば必ず許してくれはるで!!」

 

「……陽炎、不知火。姉としての二人の意見は?」

 

「取り敢えず明日になれば吹っ切れてるとは思うわよ、司令」

 

「不知火も同意見です。ですが、今は『桜風』と黒潮との間が親しくなるようにした方が良いのではないかと思います」

 

「……二人もそう思うか。じゃあ、『桜風』の事。何時も通り宜しくね」

 

 

 

 そう言って、未だかつてない程に暗い『桜風』の事を任せつつ、深山提督は踵を返して有る場所へと歩き出す。草陰に隠れて『桜風』を見ている、グレー色のサイドテールに艤装の黒いショルダーベルトが特徴的な、先日中破状態で帰還後に改二へと改造されたばかりの朝潮型駆逐艦の霞、そしてそのお仲間たちの元に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、未だ『桜風』の事が怖いの、満潮?」

 

「……別に、そんなんじゃないわよ」

 

「ではなぜ?『桜風』さんは悪い人では有りませんよ?」

 

「そんな事くらい分かってる!…御免、朝潮。でも……やっぱり無理よ……」

 

 

 膝を抱えて座り込む霞の相変わらずな弱音な発言とふさぎ込んだ表情に『処置無し』と言わんばかりな表情でアイコンタクトを交わす朝潮型駆逐艦の一番艦(朝潮)三番艦(満潮)。以前『桜風』による超兵器対策会議で、『桜風』の演説に加えて余りにも純粋過ぎる()()()()()()を直視したが為の『桜風』に対する恐怖感が、今なお霞からは消えていなかった。

 

 

「……頭じゃ分かってるのよ。アイツは、味方に砲口を向ける様な奴じゃ無い事位。……でも、アイツの顔を見るたびに思い出しちゃうのよ……」

 

「……それで、霞は何時までも『桜風』の事を避け続けるつもり?」

 

「しっ司令官?!」

 

「司令官?どうして此処に来られたのですか?」

 

「……何よ、笑いにでも来たの?」

 

 

――――これは一筋縄には行かないわね。……もしかしなくても『ドレッドノート』と遭遇して帰港してからの『桜風』の鬼気迫る表情でなおさら霞の恐怖感が煽られたのかしら

 

 

 自身の上官である深山提督に対してこう言った不適切な言葉はもう今更では有るが、霞本来の強気な性格が完全に消え失せ、怯えたウサギの様な表情と元気の無い姿は相当珍しい。と言うより『桜風』の超兵器対策会議以前には絶対に有り得ない姿でもあった。

 

 

「『桜風』、ちょっと気にしていたわよ?『私、霞になにか避けられるような事を言いましたか』って」

 

「……司令官、それホント?」

 

「嘘言ってどうするのよ満潮。まあ、少なくとも『桜風』にとって『あの時』の言葉は、疑う事も無い『当たり前の事』だったわね。例えるなら日本人が家に入る時は靴を脱ぎ、ご飯を食べる時には箸を使う位の」

 

「確かに、『桜風』さんに取って見ればその位の常識的な感覚で有れば、あの時の堂々とした言葉は寧ろ普通なのでしょう」

 

「『桜風』の世界の常識は、コッチの世界だと非常識の塊なのよ……って、これ何回言ったのかしら」

 

 

 最後の満潮の言葉は、『桜風』が深山艦隊に加入して暫くの間多くの艦娘が幾度と無く感じた思いである。天龍が『桜風』の肘撃ちで吹っ飛ばされたり、艦隊行動に関係する能力が壊滅的であったり、先進的な兵装を操っていると言うのに微妙に現代技術に適応出来ていなかったり。『桜風』の性格は基本真面目で有り、又陽炎や深山提督、青葉たちが『桜風』と深山艦隊の艦娘との橋渡しを行った為『異物』として忌避、迫害される事は一度も無かったが、『桜風』の余りにも突拍子も無い言動には呆れ混じれになるしか無かった。飛龍や蒼龍等一部の豪の物は酒や食事の肴として面白おかしくネタにしていたりもしているが。

 

 そして、その深山提督の言葉に対して、霞は何も答えなかった。

 

 

「…………霞も知っている通り、超兵器『ドレッドノート』の出現が確認され、12日後には『桜風』と『ドレッドノート』は南洋で激突する」

 

 

 霞からの返事は無い。無口なまま、自身の提督を見上げるだけであった。

 

 

「霞。貴女も来なさい。艦艇では無く、艦娘の状態でね」

 

「司令官!?」

 

「……分かったわ。12日後ね。……それまで準備しておくわ」

 

 

 朝潮の驚きの声を他所にアッサリ深山提督の言葉を受け入れた霞は、幽鬼の様に力なく立ち上がり、艦娘宿舎に向けて歩き出した。力無い後姿に完全に動揺する二隻(満潮と朝潮)だったが、霞を追い掛けるのは直ぐにでも出来るとして深山提督の言葉の真意を問いただし始めた。

 

 

 

「……どういうつもりよ、司令官。今の霞を戦場に連れて行ったら…」

 

「もっと悪化する、って言いたいんでしょう?私も正直そうなるかも知れない事は重々承知の上よ」

 

「司令官、ではなぜ…?」

 

「これからは否応無しに『桜風』と朝潮たち普通の艦娘と共同戦闘を行う可能性が極めて大きいのよ。なのに『桜風』を畏怖して思考や行動を鈍らせている今のままだと、確実に霞は沈みかねないわ。…それも、場合によっては()()()()()()()()()()

 

「……だから、無理矢理にでも『桜風』の存在に慣らすってわけ?」

 

「そうよ。本当はこんな事したくは無いけど……今は悠長な事を言って居られる状況では無いしね。『ヴィルベルヴィント』に続いて『ドレッドノート』が出現した以上、その他の超兵器もいつかは出てくると想定するべきだから」

 

 

 戦争に絶対と言う物は存在しない。今回の輸送船団護衛戦では速力等の関係によって深山艦隊対超兵器部隊所属の長門や大和が編成から外され、緊急に『桜風』製兵装を搭載して居ない深山艦隊の朝潮、満潮、古鷹が動員されている。『桜風』製の兵装の開発は基本的に一般的艦娘と同じように不安定であり、尚且つ処理能力関係もあって深山艦隊全ての艦娘を早急に強化するのは夢物語以外の何物でもない。

 

 その関係上、深山艦隊は一般の艦娘が今まで通りの兵装や耐久力で『桜風』と共に海戦を行わざる状況が発生する可能性も確実視していた。超兵器だけが敵ならば自衛軍や在日米軍の輸送機やヘリコプター、そして現在日向が100機程海没、墜落させながらも必死に修練を積んでいる『UH-60J ブラックホーク』を使えばどうにかなるかも知れなかったが、生憎敵は超兵器だけで無く深海棲艦と言う意思疎通不可能な難敵が多数存在する。超兵器の出現でどのようにパワーバランスが崩壊するかが分からない以上、『桜風』との共同戦闘に拒否反応を示す艦娘の存在を許容する事は、指揮官として出来る筈も無かった。

 

 

「……では司令官。……もし霞が『桜風』さんに適応できなかった場合、どうするのですか?」

 

 

 朝潮のもっともな言葉に、小さく乾いた笑みを浮かべた深山満理奈少将は、簡潔にこう答えた。

 

 

「少なくとも、既に決意を固めてはいる霞が完全に折れる事だけは無いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もしもし?一応私勤務中だから、日中の通話だけは出来るだけ避けて欲しいのだけど。頼んでいた件の話?」

 

 

 霞を追い掛けていった満潮と朝潮を見送った深山満理奈は、『桜風』の元に戻りながら電話をしていた。黒髪を靡かせながら歩き電話をする軍服の女性。そう言うのが好みな人間にとっては鼻血物の光景かも知れないが、生憎この場にいるのは深山満理奈ただ一人であった。

 

 

「……ああ、うん。ありがとう。大体予想は付いていたから。全く持ってスマートじゃないけど一番確実だからね、情報封鎖の為なら」

 

 

 事も無げに通話相手の謝罪に対して軽く返す深山提督。通話の声色や表情がそこそこ柔らかい物である為、結構親しい間柄で有る事は容易に見て取れる。見る人が見れば、今の深山提督が見せた表情は艦娘に対する『友愛』の情では無く『親愛』の情であった、と評価するだろうか。

 

 

「……うん、うん。分かった。じゃあまた今度の里帰りの時に逢おうね。取り敢えず前に君が求めた飲み物持っていくから、用法容量は厳守した上で相手との同意はしっかりと取る事。私の事を訴えても意味ないし知らないからね」

 

 

 電話先で慌てた青年の大声が右手に収まる携帯から漏れるのを無視して電話を切りながら、深山提督は簡単に考察を始めていた。

 

 

――――うーん……結局あの輸送船団が何故あんな無茶苦茶な数になったのかは詳細不明のままか。確たる証拠が見つからない以上、何も出来そうに無いし……

 

 

 視界だけは前方を向いてしっかりとした歩みを進めながら、脳内では様々な考察を高速で、まるで機織りの如く細かく積み上げ出していった。今回は問題無く終えられたものの、下手すればアレだけの輸送船が海の藻屑となる危険を冒したのだ。何が有ってあの数となったのかは可能な限り知る必要が有った。

 

 

 

――――……今の段階では証拠も情報も無いから考察は不十分かつ不正確な物に成らざる負えないわね。現状でやれる事は今までと変わらず『桜風』と交流を深めて日本に対して攻撃しない様に、又人類を攻撃するスイッチが一体何処に来た、或いは何処にあるのかも調べないと。あんまりする意味もなさそうだけど

 

 

 

 そんな風に脳内でタップリ10分ほどかけて出した結論に軽く自嘲の笑みを浮かべながら『桜風』の元に辿り着いた深山提督が目にしたものは。

 

 

 

 

 

「…………陽炎」

 

「えっと……取り敢えず『桜風』の落ち込み具合が改善されたから大丈夫かなぁって……」

 

 

 

 

「大物!これは絶対大物!!早く釣り上げられなさい謝罪の為の料理を生み出す為の糧とする為に!!」

 

「さ、『桜風』はん?結構釣り上げたと思うんやけどこれ以上釣るんか?」

 

「黒潮。もう『桜風』の思うがままにさせましょう」

 

 

 

 

 バケツ3個に満載するだけの魚を釣り上げながらも、今なお大物を求めて釣りを行っている『桜風』の姿であった。因みに釣り上げられた魚類は例外無く一部が『桜風』の手によって伊58と比叡の元に謝罪料理として献上された後、その日の夕食を彩る一品となったりしているが、この時の深山提督はこの平和な『桜風』の姿にこれからの将来が心配になってしまうのであった。




因みに今回の題名は流れ次第では変更される可能性が有ります。本土の様子やら何やらが有るので起承転結で結べるとは思いますが、人生は往々にして予定が狂わされるものですからね……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。