艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

34 / 55
取り敢えず次に交戦する超兵器さんのご登場。容姿関係を解説するかは現状不明。
つまりは何時も通りその場に成らんと分かりません


第三三話  トラック諸島行き輸送船団護衛戦  《急》

 正式名称はチューク諸島、現在ではトラック諸島が一般的な通り名である北緯7度25分、東経151度47分の場所に存在するこの小さな島々の一つに、艦艇全般に木材が使われていない、その代わりに何か色々とごちゃごちゃ沢山甲板の至る所に搭載して居る奇妙な軍艦が停泊していた。

 

 

「……綺麗な景色だね、朝潮、瑞鶴さん」

 

「そうですね、『桜風』さん」

 

「戦争が終わったら、旅行でこういうところに行きたいよね」

 

 

その『奇妙な軍艦』では、3人の黒髪少女が、第一砲塔右舷側の甲板で椅子に座り、深海棲艦の侵攻によって元来存在していた筈の人工物が跡形も無く無くなっていたトラック諸島の島々を眺めていた。尚、3人して『桜風』の主計妖精が持って来たデザートとジュースを、美しい眺めを肴に食べている最中、その他の駆逐艦『桜風』の艦艇に残っていた面々が何をしていたのかと言えば。

 

 

「…ですから、余り肌を見せたくないと言う『桜風』さんには、こう言ったワンピースタイプかセパレートタイプの水着で有る方が良いと、青葉は思うのですが」

 

「分かってないわよ、青葉さん。『桜風』の身体ってね、とてもスレンダーでスタイル抜群なの。だから、こう言ったタンクトップタイプのビキニがきっと一番可愛らしいわ。傷痕もきっとクリームで消せるしね。満潮もそう思うでしょ?」

 

「……私に聞かないでよ」

 

 

 瑞鶴の艦内に何故か紛れ込んでいた水着写真集を囲み、年頃の女の子らしく陽炎と青葉が夏に『桜風』の着る水着に付いてのガールズトークを繰り広げていた。因みに満潮は逃走(Escape)に失敗した為に、『桜風』の主計妖精の持って来たオレンジジュースとチョコレートケーキを食べて、嵐が過ぎ去るのを待っている状態だった。その両目からハイライトが失われている様に見えるのは、きっと気のせいだろう。

 

 

「……それで、『桜風』自身はどう思っているの?」

 

「正直な話、どんな水着が良いのかがまるで分からないので……。あ、でも流石に……えっと、まいくろ・みに?とか言うのだけは、この世で流行っていたとしても、ちょっと……」

 

「大丈夫だから『桜風』。そんな水着を着せようとする変態はこの艦隊にはいないから。それに流行っても居ないから」

 

「まいくろ・みに……瑞鶴さん、それは一体どのような水着なのでしょうか?」

 

「ごめん朝潮。流石にその質問には答えられない……」

 

 

 一部常識欠落型真面目系と純朴型真面目系に挟まれながら目頭を押さえるお姉さん系瑞鶴。暇に飽かせてガールズトークを展開している青葉と陽炎がマトモに統制活動出来るとも思えない為に、同じく暇を持て余している『桜風』の護衛している瑞鶴は『早く帰ってきてよね、提督さん、古鷹さん』との言葉にならぬ思いを、蒼天を舞うカモメを眺めながらつぶやくのであった。

 

 

「……あ、あの……お、お願い!お願いします!!」

 

「え?」

 

「……ここの艦娘、のようですね」

 

「一体なんなんでしょうね?」

 

「いよいよ、陽炎の出番ね!?」

 

「反応早かったねお二人さん。後その物騒な艤装を早く引っ込めなさい姉バカ一番艦」

 

「……やっと終わった」

 

 

 特に予告無く、見知らぬ艦娘から大声で呼びかけられて甲板の縁に集合する6隻の艦娘。若干一名が今なお再起動の為の処理シークエンス真っ只中だが、そんな事とは関係無しに、恐らくこのトラック諸島の艦娘と思われる少女から飛んできた言葉によって、深山提督と古鷹が戻ってくるまでの間に、小さな騒動が起きるのであった。

 

 

 

「あ、貴女が有名な、さ、『桜風』さんであるとお見受けしました!!お願いします!私、私たちを、トラック諸島を助けで下さい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、今回トラック諸島に入港した輸送船団の内容です」

 

「拝見するわ。…………私は、確かに8隻程度に護衛艦を抑える様に要請はしたけれど、輸送船をこんなに連れてくるように大本営や海軍庁には要請していないわ。どういう事かしら?」

 

「さあ?私としても大本営に護衛艦の隻数を伝えはしましたが、正式な命令書が来た以上、命令に従っただけです」

 

「そう……でも、これだけの輸送船を一隻も沈める事無く、護衛艦の損失も弾薬以外存在しないとは、余程の熟練艦で構成されているようね。最近深海棲艦の間引きが追い付かなくなっている此方に数隻移籍できないかしら?」

 

「お生憎ですが、此方も超兵器対策と首都防衛でそこまで余裕が有る訳では有りませんので」

 

「そう、残念だわ。此方には一日たりとも休ませる時間も無いのだけれどもね」

 

 

――――……古鷹です。言葉や表情の交わし具合は至って普通なのですが、深山提督と仲本元帥の間の空気が吹雪のように感じられて仕方が有りません……

 

 

 深山提督の付き添いとして来た重巡洋艦娘の古鷹がそう脳内で呟いたように、言葉での、表面上の受け答えには問題無く和やかそうに見えて、二人の提督間の空気が雷鳴と吹雪で荒れ狂っている様に見えて仕方が無かった。先程の会話にも、注意深く聞くと皮肉を被せ合っている様にも聞こえており、面会と会話が開始して5分も経っていないのに早くも胃が締め付けられる感覚に苛まれ始めた重巡洋艦の天使であった。天使で無い艦娘がこの世に居るかどうかは不明だが。

 

 

――――……深山提督、初対面の人に対してこんな風になった事って、大体()()()()相手だけど、この仲本元帥もそうなんですか?古鷹には、そうは見えませんが……

 

 

 深山提督配下の艦娘でも、青葉と並んで最古参格である古鷹は、深山提督の艦娘に喧嘩を売ったり攻撃して来た提督やアレな人たちを何度かその眼に見て来た事が有る。その時、そう言った連中の応対をしている深山提督の雰囲気は、高い感受性持ちか付き合いが長くないと分からないが国宝レベルの日本刀の様に鋭く、そして冷え切っていた。因みに古鷹の知る限りでも最上級の悲惨な最期を遂げた、深山提督の艦娘に対して【兵器を人間として扱う】事を徹底的に嘲笑した人間の末路は【自分の今までに犯した罪が何時の間にか全世界に公表され、今までに積み上げられた名誉も財産も全て灰になる光景をテレビで懇切丁寧に一から十まで繰り返し報道され、最後は逃走先の山で熊に生きたまま一人貪り食われる】と言う物だった。尚この末路を辿る経緯は、喧嘩を打った輩の遺書と射殺した熊の胃袋からの推測になるのだが。

 

 

――――……仲本穂乃果元帥。その采配は神の如く、艦娘が現れたばかりのあの時代、数少ない艦娘を縦横無尽に操って人類史上初めての勝利と反撃となったトラック諸島攻略戦を成功させ、現在も深海棲艦を多数撃沈し続けて深海棲艦撃沈数単独ワールドレコードを更新中な、人類最強の提督指揮官。噂は兎も角、公にはこんな話しか有りませんが……この人も、()()()()なんですか?

 

 

 資材搬入や輸送船団の処遇、並びに深山提督の配下の艦娘への補給などの細々とした話がなされている間、古鷹はそんな事を考えて居た。時間が経つに連れて激しくなりつつある胃痛を誤魔化すためとは言え、真面目な古鷹がこんな事を考えたりするのは大分珍しい事である。

 

 

――――……そう言えば、他の提督の鎮守府だと必ずいる秘書艦が、仲本元帥にはいませんね……。今日はお休みなのかな?

 

 

「……では、もう本土に戻るのかしら?慣例では、輸送任務を完遂した艦隊は輸送先で暫く休養するのが普通だけど」

 

「折角のお心遣い頂き有難う御座います。ですがなるだけ早く横須賀に戻りたいので」

 

「そう……残念だわ。色々と話してみたかったのに」

 

 

 特に一言も話す必要性が無く、本当にただついて来ただけの古鷹を他所に、提督間の報告は全て終了した。古鷹視点では、終盤になると何故か狼と蛇が牙を剥きだして威嚇し合っている光景が幻視されたが、取り敢えず何事も無く終わりはした。因みに深山提督の方が狼である。

 

 

「じゃあ古鷹、『桜風』の所に帰ろうか」

 

「分かりました、提督」

 

「……深山提督。悪いけど『桜風』の所まで私も一緒に同行させて貰うわよ」

 

 

 深山提督と古鷹が仲本元帥の執務室から退室しようとした直後、かかってきた電話にワンコールで対応し、応対に10秒と経たずに済ませて切った仲本元帥が、二人に対してそう声をかける。当然疑問の表情を浮かべて振り返った二人に対し、仲本元帥は『『桜風』と自身の艦娘が諍いを起こしているらしい』との言葉を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ど……どう……して、どうじで、わだしだちを助けて……くれないの…?!」

 

「……貴女の訴えは理解したよ。貴女が言う通り、このトラック諸島が大変な状況にあると言う事も」

 

「じ…じゃあ、なんで……」

 

百花春至為誰開(ひゃっかはるいたってたがためにかひらく)

 

「……え?」

 

「……私は、駆逐艦『桜風』の根は、既に横須賀の深山提督の元に根付いている。例えいかなる言葉を掛けられたとしても、私の咲かせる桜の花は、深山提督と、艦隊の皆が居る場所以外には存在しない」

 

「……ひっぐ……お、お願いします……お願いだから、助けて、『桜風』さん強いんでしょ……じゃあ、皆を助けてよぉ……!」

 

「……生憎だけど、私の手は、ここトラック諸島にまで届くほどは長くは無いよ」

 

 

 

 急いで深山提督達が駆逐艦『桜風』の停泊地に辿りつくと、そこには大粒の涙を流して嗚咽を堪える一隻の潜水艦娘と、自身に縋りつくその潜水艦娘を悲しそうな目で見降ろす『桜風』。そして周囲には青葉や陽炎が如何して良いのか分からずにオロオロしていた。朝潮と満潮は提督に連絡しに走り、瑞鶴はその潜水艦娘を如何にか落ち着かせようとしていたと言うのに、肝心な時に全く役に立たない『姉』共である。

 

 

「……全く、此処まで物資を護衛してくれた艦娘に何をやっているの?」

 

「な、仲本元帥……で、でも、でも『桜風』さんが、深海棲艦が……」

 

「報告は聞いているわよ。でも対処出来るから。もう戻りなさい」

 

「……はい」

 

「申し訳無いわね、深山提督」

 

「別に構いません。『桜風』、一体何が有ったの?」

 

 

 鶴の一声と言うべきか、仲本元帥の一言で瞬時に泣き止んで島内に歩き出す潜水艦娘を他所に、仲本元帥の謝罪を軽く流した深山提督の興味は、既に『桜風』が今の艦娘に何を言われたのかと言う事にシフト済みであった。

 

 

「はい、えっと…要約したら彼女が偵察に行った先に『今までに見た事のない規模の深海棲艦』が存在したらしく、それで『助けて欲しい』と言われまして」

 

「……断ったのね」

 

「はい」

 

「『桜風』にも謝っておくわね」

 

「……いえ、気にしないで下さい。それより提督、もう帰投されるんですよね?既に機関部、動かしてあります」

 

「ありがとう。……それでは仲本元帥、お元気で」

 

「……ええ、深山提督もね」

 

 

 事態の急展開ぶりに目を白黒させている駄目シスターズを尻目に、深山提督と『桜風』は慣例を無視して手早く駆逐艦『桜風』に艦娘全員を載せて、トラック諸島より出港した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あんな泣き落とし程度では落ちないか。まあ、仮に落ちたとしても横須賀に戻させるつもりだったけど」

 

 既にトラック諸島から出港し、水平線の彼方へと消えつつある駆逐艦『桜風』の後ろ姿を見ながら、誰も居ない波止場にて仲本提督は一人、そう言葉を零していた。仲本提督が異常な戦闘力を誇り、尚かつ異世界の兵器を多数開発出来る『桜風』の身柄を欲している事には変わりがないが、流石に『桜風』を自分の艦隊に引き込むには時期尚早かつ不利益が大きいと知っていた。因みについ先ほど仲本提督配下の潜水艦娘が言っていた『見た事も無い数の深海棲艦』が存在するのは事実である。現時点までの情報では能動的にトラック諸島にまでは進出してこないようではあるが。

 

 

「『桜風』が我が艦隊に編入される時は、最低限深山満理奈が永久に提督業務の任務を果たせない状態にあり、、尚且つ『桜風』自身が此方の艦隊に編入を希望しなければならない。通常の艦娘で実行可能な海軍庁からの転属命令は、完全に逆効果になりそうね」

 

 

 基本的に艦娘は一度所属した提督の元から離脱する事は、轟沈若しくは解体の二つである事が圧倒的大多数なのだが、極少数ではあるが『提督が提督としての任務を果たせないと認定された時』や『艦娘を管理している立場である海軍庁からの転属命令』と言った事例の場合、艦娘の意志に関係無く元居た鎮守府や提督の居場所から別鎮守府へと移動する場合が有る。前者の場合は、対深海棲艦に対する戦果が著しく低く、日本や周辺諸国防衛を果たせないと判断された場合が大半で、後者は戦力の均質化をお題目に御飾り状態だったり死蔵状態の艦娘に対して出される事が有る。

 

 とは言え、これらの事例は全て今までの艦娘…つまりは『元々この世界に所属していた艦娘』に対して有効なだけであって、異世界から来たが為に今までの艦娘に対して通用していた命令が『桜風』にも通用するかは不明確だった。下手にトラックに来るように命令書を出して、『桜風』に臍を曲げられたら溜まった物では無い。

 

 

「……まあ、『桜風』の事は良いでしょう。『桜風』の事を考えるよりも先に対処するべき事がある」

 

 

 そう言いながら提督執務室に向かう仲本提督が懐から取り出したのは、本土に居る使い捨てかつ繋がりが存在しない手駒を動員して調べた深山満理奈、そしてその一族の情報だった。

 

 

――――……公的文書は例外無く隠滅済みとは言え、探ればいくらでも情報は集められるのよ、深山少将。古臭い遺物は、新しき物に取って代わられるのが世の常。復権を狙って湧いて出た貴女の一族も、例外ではないわよ?

 

 

 そう思考する仲本提督の視界には、【甲賀流、風魔一党、三つ者。それぞれに属した忍びが京都に集い一つになったのが深山一族の起源であり、現在では繋がりはもう存在しないが、彼ら、彼女らは戦国時代中期ごろから明治期まで()()()()()へと仕えていた】と言う、一般人どころか歴史学者でも先ず信用する事など無いであろう、深山一族の辿った歴史が書かれていた。

 

 

 

 

――――……ああそうそう、忘れる前にちゃんとやっておかないと

 

 執務室に戻り、深山一族の事が記された資料を仕舞うと、仲本提督は自前の電話を用いて本土に対して通話を掛ける。そうして通話相手と繋がってまた一分と経たない内に電話を切る。変わらずスピーディーに通話を終えた仲本提督の表情はほんの少しばかり渋い表情だった。

 

 

「……全く、適当に粉かけておいただけなのに、私の手助けになるとか勘違いして了承無しに勝手な事されると困るわね。…………さて、()()()()()遺族や世間、出席者の連中に受けの良い文面を適当に書いて送っておかないと」

 

 

 そう言いながら適当に書面を出して弔文を描き始める仲本提督。その弔文は一か月後【誤って輸送船の数を多数送り込んだ事に責任感を感じて自宅に火を放ち焼身自殺をした、防衛省に所属していた仲本提督の大学時代の友人数名】に対して贈られた。無論キッチリと、その【友人】が好きだった花束も添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『桜風』、ちょっと良い?」

 

「提督?はい、何ですか?」

 

 

 トラック諸島から出港し、一路横須賀に向けて航行中の駆逐艦『桜風』の艦橋にて、深山提督と『桜風』が話を交わしていた。因みに青葉や陽炎たちは艦艇を仕舞い込んだ艦娘状態にて駆逐艦『桜風』に乗り込み、戦艦大和や武蔵と同じくらいに高い居住性を前にして、思いっきり遊びだしていた。自動化を徹底的に進めた結果かなり余裕のある乗員用の各部屋全てにクーラーによる冷暖房が完備され、ダーツ等の小型遊具も存在し、当然の如くアイスクリームやラムネ製造機が存在し、場所によってはベッドだけでなく畳と布団も有ったのだ。ハンモック等非常用に倉庫に仕舞われている以外には存在しない。高い性能と引き換えに居住性が悪いのが当たり前だった日本艦娘に取って、興奮しない訳が無かった。

 

 

「……あの潜水艦娘の言葉を拒否したのは、私達と一緒に居たいと言うだけの理由?」

 

「……やっぱり、深山提督に隠し事は出来ませんね」

 

「それは、ね。流石に一月以上一緒に艦隊で過ごしているんだから、ちょっとした違和感位は感じられるわ」

 

 

 『そう言う物なのかな』と言うちょっとした疑問が浮かぶ『桜風』では有れど、それよりも深山提督の疑問に答える事が優先事項で有る為、そのまま『何故あの潜水艦娘の言葉を拒否したのか』と言う疑問に対する『桜風』の答えを話し出す。

 

 

「あの時の言葉は本心でしたのですが、後は単純に、軍事的重要性の差を加味した結果も有ります」

 

「……トラック諸島と横須賀との軍事的重要性の違い、ね?」

 

「はい。横須賀鎮守府は文字通り日本国の首都東京を守る最後の盾であり、陥落は絶対に許されません。対してトラック諸島は、深海棲艦の住処となっているニューギニアに対する刃であり偵察拠点ですが、本土からもフィリピンからも遠く離れた、事実上孤立した飛び地です。偵察ならば精度は落ちますが人工衛星も有りますし、航空機や潜水艦を多数巡回させる事でも補えます。最悪捨ててもカバー可能な土地と、絶対に死守するべき土地。優先するべき場所は明確かと」

 

「……なら『桜風』、敢えて()()()と限定したのは?」

 

「資料を読み漁った限り、現状トラック諸島は人類が深海棲艦から奪還に成功した唯一の場所です。深海棲艦に対する唯一の勝利のトロフィーであるトラック諸島を捨てる事は、政治的に許される事ではないと考えました」

 

――――パーフェクトよ、『桜風』

 

 

 思わず拍手したくなる『桜風』の推察に、感心する深山提督。実際の所、日本のシーレーン防護の為に最低限必要なのはフィリピン以西であり、トラック諸島は事実上そのフィリピン防衛の為の()若しくは()()()の様な存在でしかない。無ければ面倒では有るが、最悪捨てても替えが効かないと言う場所では無いのだ。

 

 とは言え、それはあくまで『桜風』のいう通りに()()()()()()()()()()()()で見た場合である。今なお世界各地に深海棲艦の攻勢で陥落した人類側領土が存在する状況では、このトラック諸島は『人類は深海棲艦に勝利できる』と言う物的証拠となっている。再度陥落すれば世界的な士気も弱まるであろうし、日本本土では又この事をネタに政争に走る政治屋連中がしゃしゃり出てくるだろう。軍事と政治は表裏一体で有り、どちらか一方だけで語れるものでは無いのだ。

 

 

「……それに、業腹物では有りますが、あの仲本提督の対深海棲艦戦における手腕に関しては確かな物です。上がっている戦果だけを見ればの話ですが」

 

「……ああいう人間は、嫌いなようね」

 

「確かに戦争である以上、犠牲が出るのは極々自然ですし、それ以上に戦果を出している事は認めます。ですが、あの提督は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。磨り潰すにしても、今はまだその磨り潰し時ではないでしょうに。私が偉そうに言えた義理では無いですけど」

 

「……全く、打てば響くと言う言葉を此処まで感じられた日は、今までに無かったわね」

 

「……?何か、言いましたか?」

 

「何でも無いわ。…何でもないわよ」

 

 

 疑問符を浮かべて深山提督を見る『桜風』に対して、深山提督は艦長席に座る『桜風』の頭を撫でて先の言葉を誤魔化す。確かに仲本提督は多数の艦娘を消耗品の様に沈めている。だが代わりに戦果に関してはそれ相応以上の物を得た上で沈ませている。現在確認できただけでも、キルレートとして軽量級艦娘10隻か重量級艦娘8隻と引き換えに姫、鬼級20隻かレ級50隻、若しくはflagship改級の深海棲艦100隻を海の藻屑にしている。損失に対する戦果としては十分お釣りが来て余りあるだろう。

 

 いわゆる『捨て艦』と言うやり方が始まったのは、深山提督初めての特別戦役(イベント)となったアイアンボトムサウンド戦だが、大半の提督は自身の艦娘を自ら選択して失う事に耐えられずに『捨て艦』戦法は棄却された上に一部提督は精神を病んで病院送りとなっていたが、第一期生の中でも仲本提督の完全な同類だけはこの『捨て艦』戦法を海域突破に有効として嬉々として使っていた。そうしてまで海域突破一番乗りを目指していたと言うのに、最初にアイアンボトムサウンドを突破したのは『捨て艦等愚の骨頂』と公言して憚らず、有言実行して一隻も喪失しなかった深山提督だったのだから、皮肉にも程が有るだろう。

 

 

 

『長髪美女に撫でられて目を細める美少女艦長かー』『かんちょー』『絵になりますなー』『かんちょー』『写真撮ろうぜー』『かんちょー』『ビデオカメラで良いかー?』『かんちょー』『4Kカメラか?』『かんちょー、何か変な艦船が居るのですがー』

 

「今すぐ通信を開いて。それとカメラは仕舞って部署に付きなさい砲術妖精」

 

『えー』『えー』『別に良いじゃないですかー』『艦長命令は絶対です。早く仕舞って部署に付きなさい』『そんな事言って、副長が一ばnあああ?!貴重なカメラ壊さないでー?!』

 

「……いつ見ても楽しいわね、この光景」

 

「餌食になっている私としては、頭が痛い限りなんですけどね……」

 

 

 そう言いつつ目頭を押さえる『桜風』を他所に、その()()()()こと()()()()()()()()()()()()()に近付く駆逐艦『桜風』。艦内放送で陽炎達も艦橋に続々と集合し、それぞれが通信で呼びかけている最中、それは起こった。

 

 

 

「……うーん……本来レ級がここに居る筈無いんだけどね」

 

「……あ、でも何か反応が有りましたよ!?」

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか、ですね。……此方、日本国海軍所属、駆逐艦『桜風』です。貴艦の状況を答えられたし」

 

【「……ふむ。『桜風』がウィルキア解放軍では無く日本海軍を名乗るか……。やはり、此処は我が居た世界では無い、か」】

 

「え、ウィル…キア?」

 

『っ?!艦長!微少ながら超兵器機関の反応有り!』

 

【「ああ、心配するな。少なくとも()()貴殿と交戦する意思は無い」】

 

「……超兵器『ドレッドノート』……間違い無いわね」

 

【「その通りだ。我が名を覚えておいてくれて光栄だ、ミス『桜風』」】

 

「戦艦砲や対艦ミサイルを乱射する巨大潜水艦を忘れろと言う方が無理です」

 

【「ははっ、確かに、そうかもしれないな……ああそうだ、この通信はミス『桜風』の目の前に居る航空戦艦を通じて送っているから、探しても無駄だぞ」】

 

 

 『ドレッドノート』の声色は極めて平穏だが、駆逐艦『桜風』の艦内では妖精さんがソナーを打ちまくって『ドレッドノート』の位置を測定しようと躍起になっていた。だがそれらしい反応は見られず、『ドレッドノート』の言う通り『この海域にはいない』と言う事を証明するだけに終わった。

 

 

「……大西洋からわざわざこっちに来たのは、ウィルキアがこの世界に存在しない事を確認する為?」

 

【「ああ、そうだ。我はそこまで頭が回る訳でも、諦めが良い訳でも無いからな。異世界に転移したなどと言う世迷い事、直接確認しないと信じられなかった。まあ、ミス『桜風』の言葉で、この世界に我が本国が存在しない事が理解出来たがな。感謝する」】

 

「……そうですか。では『ドレッドノート』、これからは一体如何するのですか?可能であれば……」

 

【「ミス『桜風』の居る場所に来て欲しい…か?」】

 

「ええ。貴女の戦闘力の恐ろしさは、私自身が身を持って知っています」

 

 

 勝手に話が進んでいるが、深山提督達は一切言葉を挟もうとする気配はない。青葉たちは『桜風』の戦場における雰囲気に知らず知らずのうちに呑まれ、深山提督は口出ししない方が良いと直感的に感じ取って居た為である。

 

 

【「ミス『桜風』の折角の申し出は有難く思う。だがその誘いは受けられない」】

 

「……なぜ?」

 

【「我は栄え有るウィルキア帝国海軍所属、超兵器『ドレッドノート』である。例え異世界に来たと言えども、我にはウィルキア解放軍に属していたミス『桜風』と共に有る事は許されないのだ」】

 

「この世界には、私たちの故郷は歴史上何処にもにも存在していません。もうウィルキア帝国海軍として縛られる必要も有りませんが」

 

【「心にも無い事を言う物だな、ミス『桜風』。我は超兵器『ドレッドノート』で有るが故に、ウィルキア帝国海軍でなければならないのだ。その事は、ミス『桜風』にも何となくであろうが分かるだろう」】

 

「……そうですね。失言でした」

 

【「構わぬ、が……。もし本当に失言だと思っているのなら、我の要求を聞いて貰いたい」】

 

「なんでしょう?」

 

【「我と決闘しろ、駆逐艦『桜風』よ」】

 

「良いでしょう。場所はここで、時間は二週間後で如何ですか?」

 

「ちょちょちょちょ、一体何言ってるんですか『桜風』さん?!」

 

「そ、そそそうよ!また大怪我するつもり!?下手したら沈むかも知れないのよ!決闘なんて!?」

 

 

 いきなりの『桜風』から飛び出たトンでも発言に、溜まりかねた青葉と陽炎が口を挟む。『決闘』と言っている以上、この『ドレッドノート』と『桜風』は一対一で戦うのは明白。『ヴィルベルヴィント』の時でもズタボロになっている姿を見た青葉や陽炎としては、容易に了承出来る事では無かった、が…。

 

 

「すみません、青葉さん、陽炎。流石に今青葉さん達が思っているであろう提案は受け入れられません」

 

【「……いいのか、ミス『桜風』。我が言うのも何だが、増援が居る方が貴艦の優位に戦えるであろう?」】

 

「『ドレッドノート』、その言葉そっくりそのままお返しします。それに、貴女は失言の対価に『決闘』を求めているのだから、此方もそれにこたえると言うのが筋と言う物でしょう?」

 

【「……全く、我としては有難いが、大分損な性格をしておるな、ミス『桜風』」】

 

「奇襲を仕掛けずに通信を回す等と言う潜水艦に有るまじき行動をしている貴女程では無いですよ…多分」

 

「……良いの、提督さん?」

 

「『桜風』が良いと言っている以上、その言葉を信じるより他無いでしょ?」

 

「……有難うございます、提督」

 

【「……では二週間後、この海域にてまた逢おうぞ。ミス『桜風』。……貴艦と戦える日を、我は楽しみにしているぞ」】

 

 

 

 その言葉を最後に、『ドレッドノート』からの通信を送信していたレ級の船体が唐突に爆発。遠隔起爆式か、若しくは通信が切れた時に爆発する様に仕込まれていたと思われる爆発を最後に、超兵器『ドレッドノート』からの通信は一切途絶えた。

 

 

 

「……まさかとは思うけど、その『ドレッドノート』とか言う奴、いくらノーマルタイプとは言えレ級を戦闘不能に追いやった上で此処まで引っ張ってきたの…?」

 

「だと思うよ、満潮。……昨日の昼の戦闘で嗅ぎ付けられたのか。開発で兵装の換装もしたいですが、対超兵器部隊の修練も未だ途上。やる事山積みですね、提督」

 

「そうね。でも取り敢えず『桜風』、その事を考える前にやる事が有るわよ」

 

「え?……何か有りましたか?」

 

「勝手に単独で死地に飛び込む気満々な友人に激高している二人を早く鎮めなさい」

 

 

 その深山提督の言葉が紡がれるより早いか、一隻の駆逐艦娘と一隻の重巡洋艦娘それぞれの片手が、駆逐艦娘『桜風』の方の片方ずつに置かれる。易々と逃げ出させない為か、その片手の力はかなり強い。

 

 

「…………『桜風』さん?」

 

「…………『桜風』?」

 

「あの、青葉さん?陽炎さん?声色だけでスっごく怒っている事が丸分かりなんですが、『桜風』、何かいたしましたでしょうか…?」

 

 

 『友人に何も頼らずに一人で死地に飛び込む事を決めた事に、友人として怒っている』と言う事に今なお気付いていない『桜風』。その『桜風』の様子に、太い荒縄が千切れる様な音を『桜風』以外の全員が聞いた直後には。

 

 

「これはお説教が必要なようですね、陽炎さん」

 

「ええ、そうですね、青葉さん」

 

「え?え?え?なんで?なんでですか?え、わ!?ひ、引き摺らないで二人とも!ちょ、ちょっと肩が!?肩引っ張らないでぇ!?ぴゃあーーーー……」

 

 

 

 

「司令官」

 

「きっと大丈夫よ……きっと」

 

『頑張ってください深山提督』『ぶっちゃけ艦長のアレは完全に素です』『涙吹きましょう、艦長のハンカチ渡しますから』『因みに我らに艦長を止める事は出来ませんのであしからず』『寧ろ止めたら死ぬしな』『大丈夫ですか?ケーキ食べますか?』

 

 『桜風』が居なくなった艦橋では、シリアスな雰囲気が見事に黄泉の彼方に消し飛んだ事と相も変わらず能天気な駆逐艦『桜風』の妖精さんズに、これからの予定を考える気力も無くなった深山提督であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――……超兵器『ドレッドノート』との交戦予定時刻まで、後14日間……




ただの無能が高位の階級に付ける筈も無い。出世するにつれて自分の才能以上の職を任された結果、
無能になる事は多々あるが

追記:艦娘と深海棲艦のキルレートの数値が修正し忘れて居た為深海棲艦の分を修正しました。
実際冷酷に考えると、対して育ってもいない睦月型や特型駆逐艦10隻と引き換えに姫級20隻沈めれるってレート的には極めて美味しい話です。代償に仲本提督の艦娘、自発的思考力と心が死んでますけど

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。