熊本が一刻一秒も早く復旧、復興される事を切に願います
今回、上層部発案で行われたこの『硫黄島沖大演習』。午前の部は誰にとっても想定外の結末に終わったが、『桜風』製兵装によって自身の処理能力を圧倒する情報量を流し込まれて演習中ずっとオーバーヒート状態になっていた深山艦隊の艦娘たちは、演習終了後スケジュール通りに休息をとる為、自らの尊敬する、大切な提督である深山満理奈少将が座乗する駆逐艦『桜風』に乗り込み・・・
「ほらほら、もう泣かないの。陽炎たちは大丈夫だから」
「心配させたのは悪かったけど、今回は『桜風』のせいじゃないわよ?だから、もう大丈夫」
「『桜風』。貴女の責任では無いのに泣かれたら、その・・・私達が困るから、もうやめて頂戴」
「あ・・・あの深山艦隊最大のクールビューティ加賀さんを困らせるとは・・・『桜風』、恐ろしい娘!」
「何馬鹿な事言ってるの飛龍・・・」
「うぅ・・・ぐすっ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
長門たちを見るなり飛び付き、ボロボロと大粒の涙を流して唯々『ごめんなさい』を連呼する『桜風』に戸惑っていた。
「・・・びっくりしたね、曙ちゃん。『桜風』さんがあんなに泣いちゃうなんて」
「ふん・・・あんな泣き虫が、本当に午後までに泣き止むわけないでしょ。午後からの演習をする意味なんてないわよ」
「そんな事を言いつつも超兵器対策会議での『桜風』の戦闘映像では背筋を伸ばして目を輝かせ、今回の演習も危うく寝不足に成り掛ける位に超楽しみにし、泣き出したさーやんや体調不良を起こした長門さんたちを超心配していたボノボーノなのでした」
「さーざーなーみー!!てか『ボノボーノ』」って何よ!」
「そうだよ漣。その渾名だと朧が呼ばれたと思っちゃうよ」
「Oh、Sit!ならば『アケボーノ』はこれから『アーボン』サンと呼ぶ事にしよう!」
「さぁーざぁーなぁーみぃー!!!あと朧も乗るな!!」
そんな会話を駆逐艦『桜風』の食堂にて交わす曙たち第7駆逐隊。第7駆逐隊に加えて深山艦隊と大石艦隊の面々もこの駆逐艦『桜風』の食堂で仲良く喋りながら交流を進めている。彼女たちの中の多くは今回の演習には直接参加はしない艦娘も多いが、この『異世界出身の軍艦』に興味を持たない艦娘が居ない訳も無く、自分たちの提督と『桜風』を拝み倒して今回の演習中、午後の『桜風』の演習時を除いて乗艦する事が許されていた。当然ながら全員乗り込める訳も無かった為、『桜風』のコンピューターを使ってのランダムセレクトで抽選している。その為外れた艦娘は陸地か他艦娘の船体でこの演習を見学している。
「相変わらず楽しそうですね皆さん。一応名目は駆逐艦『桜風』の視察と言う事で乗り込んでいるので、退艦後にレポートを提出する事をお忘れなきよう」
「あ、不知火さん」
「不知火、そんな事は一々言われなくても分かってるわよ」
「レ、レポート・・・」
「・・・言っとくけど手伝わないよ、漣。朧、怒られたくないから」
「はうっ・・・!」
その断末魔を最後に頭を机に引っ付かせる漣。まあこんな感じの癖してしっかりとやるべき仕事はこなしているのだから、人はパッと見の外見では分からない物である。何時もはネットから得た情報を元にワチャワチャやってるだけのアクティブ系面白少女なのだが。
「そーいえば陽炎はどうしたのよ。あんた何時も一緒にいるでしょ」
「陽炎姉さんは長門さんや『桜風』さんたちと一緒に居ます。不知火は一言断ってこちらに来ました」
「んぐ・・・ほうほう・・・。ん!その何時にも増した仏頂面。もしや『ぬい姉ちゃん』、お姉ちゃんをさーやんに盗られて嫉妬・・・」
駆逐艦『桜風』の主計科から出されたデザートを食べ、そして不知火に対してからかう口調とにやけ面で言い出したその漣の言葉が唐突に途切れる。何故なら残像が見えたかのように錯覚するほどの速度で、不知火が漣の背後に回って肩に手を置いたからだった。因みにこの時の不知火の動きを見切れたのは第7駆逐隊どころか周囲に居た艦娘の中では誰一人とて存在しなかった。
「漣」
「は・・・はい」
「その渾名を使っていいのは『桜風』さんだけです。良いですね」
「・・・え」
「良いですね」
「イエスマム!」
一切の反論どころかまともな言語を発するだけの余地も無く、不知火からの言葉を受け入れさせられた漣。『戦艦並の眼光』呼ばわりされている目つきな彼女が本気で凄んでニッコリ笑いかければ、大概の艦娘は首を縦に振るしかない。まあ深山艦隊の中でも特に真面目で友好関係に気を遣う彼女がこの手段を使う時は、本気で嫌な事をされた時くらいであるが。
「・・・それで、ちょっとレポートに関わる話をするけど、『桜風』の艦体ってやけに鉄使ってるよね。あとコンピューターが沢山ある」
「露骨な話題変えね朧。・・・でもまあ、そうね。私たちと違って全然木材が使われていない上、通路も空調も、ついでに調理施設も何もかもが電子制御された未来的な設備の数々。・・・本当に1940年頃の艦艇とは思えないわね」
「お、おお、お二方・・・。潮ちゃん、潮ちゃんは漣を慰めてくれるよね?」
「え、えっと・・・ごめん」
「グハァ!!!」
「馬鹿な事やってないでレポートの話するわよ漣」
「『アーボン』サン酷い!漣泣いちゃう!」
「だから『アーボン』は止めなさい漣!」
横須賀鎮守府第3海上部隊の艦娘宿舎でも無いのに何時も通り大騒ぎし始める漣と曙。そしておどおどしながらどうにか仲裁しようとする潮と我関せずとマイペースに『桜風』の主計科妖精さんが作ったデザートを食す朧。他所の鎮守府ではどうかは知らないが、深山艦隊の第7駆逐隊ではこの光景は割と何時もの風景である。因みにこの休憩時間に『桜風』に乗艦した者に提供されているデザートは『マロングラッゼ』や『ズコット』等々の欧州仕込みのデザートなのだとか。
「・・・そうだ。不知火、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「曙?良いですが・・・レポートの事ですか?」
「それは自分でする。聞きたいのは『何時になったら『桜風』は艦娘宿舎に入るのか』よ」
「・・・その事ですか」
「さーやん未だに仮眠室か提督執務室の仮眠ベッドを行き来してるからねー。・・・真面目に話すから何卒、何卒デザートの没収だけはご勘弁を・・・」
曙と不知火の無言の重圧に押しつぶされて五体投地状態な漣を他所に、残りの第7駆逐隊と不知火との間で『桜風』に関する会話の花が咲く。当の本人は艦長室で深山提督や陽炎たちと共に過ごしていてこの場に居ないとは言え、いい気なものである。
「・・・一応、この演習が終了後に深山提督が『桜風』の入居する部屋を選ぶとの事です」
「・・・『『桜風』には同型艦が存在しないから』かな?」
その一言に、不知火はコクンと頷く。
「朧の言う通りです。通常であれば同型艦同士、若しくは縁のある艦と同室になるようになります」
「でもさーやんは異世界から来たからどの部屋に入れて良いのか分からないと言うねー。適当に入れて壁ドンカッコ・not色恋沙汰・カッコ閉じされたら溜まったものじゃ無いし」
「言い方は兎も角漣の言う通りです」
「・・・えっと、なら、仲が良さそうな陽炎さんや不知火さんの部屋に入れば良いんじゃないかな・・・?」
そう潮がつぶやくも、不知火は力なく首を振った後、乾いた笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「・・・そうしたいのは山々ですが、長門さんや瑞鶴さん、青葉さん達が『桜風』の入居部屋に名乗りを上げまして、そして陽炎姉さんもなんだかいい感じにヒートアップしまして、現在選択肢から凍結されています」
「なんでその人たちが出てくるのよ。確かに私たちの常識では駆逐艦とするには過大な排水量と武装だけど、『桜風』は駆逐艦でしょ。第一戦艦娘や重巡娘は兎も角としても、艦載機を飛ばせない駆逐艦を空母娘の部屋に入れるのはどうなのよ」
「・・・曙。『桜風』さんは、ヘリコプターと垂直離着陸機限定ですが、艦載機を搭載可能なんです。船体が『駆逐艦』じゃなくて『フリゲート』だから、と『桜風』さんは言っていましたが」
「・・・不知火、それって、若しかして・・・」
「・・・まあ、その事は今後の演習で明らかになると思います」
「スッゴイ気になるその引き!漣、気になります!」
ようやく復調した漣節と共に、第7駆逐隊や不知火たちがいる食堂にクラシック音楽が流れ出す。これは駆逐艦『桜風』の独自の習慣で、過酷な戦闘で必然的に発生する過剰なストレスに常時苛まれる乗員の慰撫に加えて、幾度となく更新され続ける最新の電子機器を扱うとどうしても集中し過ぎておかしくなってしまう乗員の時間感覚を正常に戻せるように、特定の時間になると艦全体に決まった音楽が流れ出すのだ。無論戦闘中や警戒態勢時に流れる事は無いが。因みに発案はシュルツ大佐にナギ中尉からである。
「あら。・・・もう時間ですね」
「あ、もう退艦時間・・・」
「そうね。じゃあ漣、早く降りようか」
「え、ちょ、あとちょっと、あとちょっとだけ!このデザートマジメシウマ・・・」
「良いから降りるわよ漣」
「おぐぅ?!首が、曙サン首が!ああ!デザート!せめて、せめてお持ち帰りぃィィー・・・」
クラシック音楽が流れ出す中、駆逐艦『桜風』に乗艦していた多数の艦娘が退艦する為に動き出す。午後からの演習では、演習に参加する『桜風』と大石提督の精鋭24隻以外は一部例外を除いて皆演習海域の外延部にて見学する事になっている。勿論、それぞれの艦娘が艦艇を出したままでは衝突事故が起きるのが目に見えているので、大和や翔鶴の様な余裕のある艦に乗り込んで、地上から持ち込まれたスクリーンなどを使用して見学する事になっている。尚余談だが、この事に関して大和は『戦時中を思い出しますね』と意味深な表情で呟いていた姿が目撃されたと言う未確認情報が有る。
「・・・陽炎姉さん?」
「あ、不知火じゃない。不知火も退艦するところ見たいね」
「はい。・・・『桜風』さんの方は大丈夫なんですか?それに陽炎姉さんも・・・」
そして不知火も例外では無く、駆逐艦『桜風』から退艦する為に移動中、偶然陽炎と遭遇する。双方一人で移動して居た為どちらが何かを言うまでも無く自然と、連れ経って歩き出す。
「・・・『桜風』の方はもう大丈夫。私たちが別に無理をしている訳でも無いと分かってくれたから、もう落ち着いている。勿論、私も体調に問題は無いわ」
「そうですか・・・それなら良かったです」
「・・・ふぅ」
「・・・陽炎姉さん?」
物鬱げな溜息を吐いた陽炎を訝し気に見る不知火。陽炎型駆逐艦の二番艦であり、又深山艦隊の中では陽炎と殆ど同時期に建造されている不知火にとって、自らの姉が時々自分相手に色々と相談したりする事は良くあったが、こんな無防備かつ深刻そうな、憂鬱そうな表情は文字通り数えるほどにしか無かった。
「・・・いや、ね。『桜風』の作ってくれた兵装を上手く使いこなせなかったばっかりに、『桜風』を傷付けちゃった事に・・・ね」
「・・・アレは陽炎姉さんたちの責任では有りません」
「それでも、ね。『何かあったら遠慮なく頼ってね』と大きく言ったのに、『ヴィルベルヴィント』は『桜風』に全て任せるしか無く、『桜風』と一緒に戦う為に『桜風』に開発して貰った兵装を全力で動かした結果は、あの様。・・・情けないわ、本当に」
結局は感情の問題である。理屈の上では『あくまで第二次世界大戦頃の、電子機器が貧弱な大日本帝国海軍の駆逐艦』でしかない自分が『第二次世界大戦頃の技術レベルを逸脱した電子機器』を操作しようとしたら、大量の情報量を処理できずにオーバーヒートするのは当たり前である事は理解できている。だからと言っても、陽炎は『だから仕方が無い』と容易に諦められるような艦娘ではないのである。
「・・・確かに『今は』そうかもしれません。ですが『これからも』そうなるとは限りません」
「・・・不知火」
「私も微力ながら、『桜風』さんや陽炎姉さんたち、そして深山提督を支える為に努力します。だから・・・その・・・」
言葉に詰まりながらも、だけど真剣に自身の事を案じてくれる不知火を見て、自然と陽炎は不知火に歩み寄り、正面から抱きしめた。
「か・・・陽炎・・・姉さん?」
「・・・ありがとね、不知火。お姉ちゃん、頑張るよ」
そう言いながら不知火に向けられた表情は、何処か憑き物が少しだけ取れた様な、そんな表情だった。
ウィルキア王国近衛海軍時代、『単艦対無数』の戦闘が常識だった駆逐艦『桜風』と、『桜風』が持ち込んだ戦闘映像を見て可能な限り優位に戦える様に戦術を練ってきた大石艦隊所属の精鋭艦娘24隻。
『桜風』が生きて来た、辿ってきた航跡が直接的に垣間見えた『硫黄島沖大演習午後の部』が開始される号砲が放たれるのは、暫くしてからの事であった。
さて次回は『駆逐艦『桜風』流戦闘航海術』が数多くの提督と艦娘の眼に映る模様になるはずだと思います(曖昧)
…現在『桜風』の容姿などの設定話をどうするか思案中です。章を作ってそこに入れるか、それとも青葉辺りに宿舎内でラジオ生放送でもさせるか。思案のしどころです。
追記:最後の分を削除