・・・超兵器、ねぇ。
「・・・?霞、何か言いましたか?」
「朝潮・・・。なんでもない」
・・・朝潮は嘘を吐くような艦娘じゃないけど、流石に信じられないわ。そんな化物が存在するなんて。・・・まあ、朝潮の言う事だから信じるけどね
心中でそう呟く朝潮型駆逐艦娘の霞。彼女たちは今、多数の艦娘と共に体育館に椅子を運び込んでいた。彼女たちはこの場所で、先日横須賀沖で沈んだ超兵器『ヴィルベルヴィント』に関する話と、これからの方針を話し合う予定だった。その為、深山艦隊の艦娘が手分けして準備に取り掛かっていた。
「・・・でも、本当に雰囲気がそっくりだったのです、吹雪さんと『桜風』さん」
「そうだね、電。容姿や背格好は全く違ったけど、遠目で見た雰囲気は正しく瓜二つ感じだったね」
「でもこの艦隊だと暁が先輩だからね。私がレディーである事を見せないと!」
「きっとこの艦隊に来たばかりで不安だろうし、この雷様がお世話してあげないとね!」
そして朝潮と霞が有る程度の椅子を並べ終わって一息ついた時、暁型駆逐艦の4姉妹がパソコンとプロジェクターを持ち込みながらそんな話を交わしていた。霞は思わず天を仰ぐ。先ほどから艦娘の話題を独占している『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』なる軍艦を単独で撃沈した駆逐艦『桜風』。生真面目な霞には、楽しそうに『桜風』の事を話す艦娘を見ると、今回の会議を『新入りを持て成す会』か何かのイベントの様に受け取って浮ついて居る様にしか思えなかった。
「・・・ああもう、馬鹿ばっかり」
深山司令官は、わざわざそんな事をする為に大仰に体育館を使いはしない。倒れる寸前まで働く真面目過ぎる馬鹿な司令官が、歓迎会を開くならもっと体育館とは違う別の場所でやるはず。今回の事は、きっと今までにないほどに重要な話の筈だ。
「・・・駆逐艦『桜風』。貴女は、一体何者?どうして、ここに来たの・・・?」
小声で呟かれた霞の言葉は、朝潮の第四駆逐隊に対する元気な挨拶に遮られ、誰にも聞かれる事は無かった。
「・・・青葉さん」
「どうしました、『桜風』さん?」
「明らかに50名以上この体育館に居る様に見えるんですが」
「そりゃ深山艦隊直属の総数は87隻に上るからね」
「陽炎、それ表現的には百名弱の方が有ってませんか・・・?」
そんなこんなで『対超兵器対策会議』が始まろうとしていたが、ある意味今回の主役である『桜風』は、体育館に多数存在する深山艦隊の艦娘に尻込みしていた。むしろ医務室軟禁生活でようやく少人数相手の受け答えがスムーズに進む様に慣れて来た状態なのに、いきなりこれだけの大人数の前で話す必要があるのである。尻込みするのは当然だった。
「大丈夫です、『桜風』さん。不知火たちが手伝いますから、どっしりと構えていれば問題有りません」
「問題しか無いです・・・ええい、もうどうにでもなれ・・・」
とは言え、もう既に舞台は整えられていた。どちらにしても深山艦隊の艦娘とは後で話す訳だから、遅かれ早かれ全員と顔合わせと会話をすると言う事で似たような事になる。それに超兵器に関して『桜風』は実戦経験に裏打ちされた極めて豊富な知識と情報がある。この対策会議から逃げる訳には行かなかった。第一逃げると言う選択肢事態『桜風』には欠片も思い浮かばなかったが。
「・・・時間ね。じゃあ皆。早速だけど対超兵器対策会議、始めるわよ。先ずは先に駆逐艦『桜風』の自己紹介からね」
――――いきなりですか提督!?
とは言え、指名された以上答えるしかない『桜風』。マイクを持って立ち上がったその姿が僅かに震えていたのは気のせいだったのだろうか。
「・・・えーと。初めまして。私は元ウィルキア王国近衛海軍所属、現日本国海上自衛軍第3海上部隊隷下深山艦隊所属の、正式名称『超甲種重武装突撃型高速巡洋駆逐艦 『桜風』』略称『駆逐艦『桜風』』です。縁あって深山提督の元に就くことになりました。これからよろしくお願いします」
そう言い切った後間を置かずに座る『桜風』。事前に練習していた通りの自己紹介文だ。緊張の余り詰まる事も無く言い切れた事に安堵する溜息を吐いたのは『桜風』のみならず練習に付き合った陽炎たちもだった。
だがそんな『桜風』たちを他所に、初めて『桜風』の声と自己紹介を聞いた多数の艦娘たちは騒めいていた。『桜風』の名前は誰も知らないし、ウィルキア王国近衛海軍と言うのも聞いた事も見た事も無い。やけに長い正式名称も無論知っている筈が無い。
「ハイハイ細かい質問は後で受け付けるから。今は先日起こった『横須賀沖事変』に付いての話からね。『桜風』の事と深く関わりが有るから」
様々な声と共に幾多の細く白い腕が挙手されるが、深山提督は『横須賀沖事変』・・・『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』に関する話を優先した。『質問は後』の一声で次々と手が下ろされていく光景は、少々大げさかつ妙な表現をすればモーセがエジプトを脱出する時に海を割ったような光景だった。
「手元の資料に書いてあるとは思うけど、『横須賀事変』が発生したのは今から10日前。MI作戦、AL作戦参加艦隊と出迎えの艦隊が合流した時に、『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』が出現。駆逐艦『桜風』の奮戦でこの超兵器は撃沈されたけど、『桜風』が言うには他にも超兵器が多数あるとの事。今回の会議はその事に付いて」
じゃあ『桜風』と『ヴィルベルヴィント』との戦闘映像を流すから、静かに見てね。
その一言で、待機していた朝潮によって体育館の電気が消され、スクリーンに映像が写りだす。航空自衛軍の偵察機と、その時瑞雲や彩雲を飛ばしていた深山艦隊の艦娘の艦載機、そして『桜風』の妖精さんが何時の間にか撮影していた映像が組み合わさり、臨場感溢れる映画の様な映像が流されていた。
荒れ狂う砲雷撃と飛び交う双方の弾幕。時間にして30分近い激戦の末、クライマックスの『桜風』と『ヴィルベルヴィント』の正面からの殴り合いと体当たり、そして多大な損傷を負いつつも海上に浮かぶ『桜風』と、静かに横須賀の海に沈む『ヴィルベルヴィント』の姿を持って映像は終了したが・・・
「・・・これは駄目ですね」
「青葉さん・・・?」
「今の映像を多くの艦娘は、娯楽映画の様に受け取っています。・・・真剣に見ている艦娘は、全体の3割に行くかどうかでしょうね」
『あの戦闘』を生で目撃していない艦娘には、やはりこの戦闘は信じられるものでは無かった様子で、少数の艦娘を除くと真剣に受け取っている様子は見られなかった。艦娘の中の誰かが『良く出来たB級娯楽映画だ』『皆で戦えば怖くない』と言っている声まで聞こえて来た。
「・・・これが『横須賀沖事変』の顛末よ。じゃあ『桜風』、超兵器『ヴィルベルヴィント』の性能を説明してくれる?」
「分かりました」
とは言え、これが事実なのだからどうしようもない。深山提督は艦娘の多くが真剣に受け取っていない事を悟りつつも、タイムスケジュール通りに事を進める事にした。
「『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』。最大速力85ノット。『28cm3連装砲4基』『12.7cm連装高角砲10基』『20mm4連装機銃8基』『48.3cm5連装酸素魚雷4基』『12cm30連装噴進砲12基』『32.4cm5連装誘導魚雷2基』 防御装甲は存在しませんが船体そのものが頑丈で有る為、10数発程度の酸素魚雷ではそうそう打撃は与えられない高速戦艦です」
ざわめきが消失する。スクリーンの横に居る『桜風』や深山提督だけでなく、サポートについている青葉や陽炎、朝潮たちも真面目な表情をしていた。態々艦娘を集めて嘘を吐くためにこんな事をする様な提督ではない為、この映像を信じていなかった艦娘も大真面目な事であるとは分かった。事の重大性は現実離れしているせいで全く理解できてはいないが。
「私が元々所属していた世界では、この『ヴィルベルヴィント』を皮切りに多数の超兵器が出現しました。空母や戦艦と言った水上艦艇タイプだけでなく、潜水艦タイプ、航空兵器タイプ、果てには陸上列車タイプも確認されています」
「ちょっと待って。じゃあ何?今の戦艦見たいなのがウジャウジャ居るの?」
「はい。『今の戦艦』よりも遥かに厄介なのが、たくさんと」
朝潮型駆逐艦の衣装を纏ったグレーの髪を後ろで一束に纏めた強気な少女が立ち上がって『桜風』に質問を飛ばし、それに『桜風』は反射的に『是』と答えた。その声で再度騒めきだすその他大勢を他所に、質問を飛ばして来た駆逐艦娘の霞は、間髪入れずに再度質問を飛ばす。
「証拠はあるの?あんなのがこれからも日本に襲い掛かってくる証拠」
「有りません。ですが、襲い掛かってこないと言う確証も有りませんので、備えておいた方が無難だとは思います」
そう言いながら『桜風』はパソコンを軽やかに操作し、次々と様々な超兵器・・・『ハリマ』『アラハバキ』『アルケオプテリクス』『ムスペルヘイム』の戦闘映像を見せ、簡単な説明を行った。この4種の超兵器は比較的通常兵器の範疇に入っており、『桜風』はまだ『フォーゲル・シュメーラ』や『ヴォルケンクラッツァー』の様な天外魔境兵器を見せるよりは未だ衝撃度が低いと考えたからだが、艦娘一同はそんな『桜風』の配慮は知る由も無かった。
「なに、あのデカいの・・・?」
「あんなに大きいのに、島風より早いの・・・?」
「ぴゃ~・・・」
「私の分析によると・・・現段階の装備では、超兵器を撃沈する事は極めて困難ですね・・・」
「だっだだだっだいだいだい大丈夫ににに決まってんだだろおろ!せせせ世界水準超えてるこの天龍様があああんな艦全部沈めてややるに決まってる!」
「・・・天龍ちゃん、凄い震えてるよ~?」
「こっこここれはむむ武者震いと言う奴だ!」
「・・・まさかここまで動揺するとは」
「事前に話を聞いて覚悟して見た青葉たちでも、冷静にはいられませんでしたからね・・・」
「資料を事前に渡していたとは言え、実物の映像見たら流石にああなるよね~」
そしてその姿を見て苦笑いする『ヴィルベルヴィント』を直接目撃して『桜風』からも大体の超兵器の存在を知っている提督と艦娘、そして『フィンブルヴィンテル見せたらひっくり返りそう・・・』と言う感想を抱く『桜風』であった。
「・・・ねぇ『桜風』。今の映像見ていると、あんただけで戦ってるみたいだけど、友軍は何処にいるの?」
「・・・友軍?」
「普通いるでしょ!艦載機の援護とか戦艦の砲撃とか!駆逐艦一隻で戦うなんて有り得ないわ!」
「私は前の世界では、まともに友軍艦艇と共同での戦闘を展開した事は無いんですが。護衛対象の船舶はいましたけど」
「はぁ!?」
映像を見て駆逐艦『桜風』と思しき艦艇しか映っていない事に気づいた霞が問いただすも、その声に返ってきたのはきょとんとした『桜風』と『常に単艦戦闘だった』と言う、ある意味ふざけた答えだった。
「確かに、『桜風』には艦隊運動の経験は殆ど無かったわね」
「横須賀から出迎えに行く時のアレね・・・」
「わわわ、忘れてください!れ、練習すれば多分なんとかなると思います!」
「でもいざ戦闘になると、『桜風』さん艦隊から敵艦に向けて一直線に飛び出していきませんか?」
「そ、それは~、その~・・・」
そして霞が唖然とした一方で、『AL/MI作戦参加艦艇出迎え艦隊』に参加していた艦娘は、あの涙目になりながら必死に艦艇間を調整する『桜風』の姿を思い出し、恥ずかしさで『桜風』が慌てふためくと言う中々に和む光景が展開される中、弱弱しく『桜風』にとある艦娘が声をかけた。
「あ、あのー・・・『桜風』、さん?」
「あ、ハイ。なんですか?」
「わ、私、綾波型10番艦の潮です。あの、その・・・もし、超兵器と出会ったら、どうすれば良いんでしょうか?」
その言葉は切実だった。軽く説明しただけでも、全ての超兵器は『桜風』を除くすべての艦娘を圧倒する速力を誇り、そして火力も装甲もそれこそ桁違いだった。万事後ろ向き、と言うより気弱な部分がある潮にとって『戦って勝つ』と言うだけの勇気は無かった。
「その時は全力で逃げて、私に任せて下さい」
「待ちなさいよ。それだと私たちは足手まといって事?」
「端的に言えば、そうなります。私が防御重力場や新型機関に高火力の砲雷装や各種補助兵装を開発するまでは、皆さんは超兵器の餌食にしかなりません」
そのはっきりとした言葉に、霞は一気に怒りの感情が込み上げた。理性の点では分からなくも無いが、感情の点では納得が全くいかない。極めて人間らしい反応である。
「じゃああんた一人で全部やるっていうの!?馬鹿じゃないの!?」
「今まではそうでした。そしてこれからもそうなるだけです」
「たった一人で一体何が出来るっていうのよ!!」
「我が友を害する敵を殲滅出来ます」
「アンタは・・・っ!?」
その言葉からは、霞は二の句を告げる事は出来なかった。『桜風』の目は真っ直ぐ霞を射抜き、その視線で霞は『桜風』の顔から眼を逸らせなくなった。その瞳は、とても澄んでいた。
「十の敵艦がくるなら、砲撃で沈めて見せましょう。二十の敵艦が来るなら、雷撃で沈めて見せましょう。百の敵艦が来るなら、敵艦隊に飛び込んで同士討ちを誘発させて殲滅して見せましょう」
朗々とした『桜風』の言葉に、誰も反応しなかった。否、出来なかったと言うべきだろうか。止めていいものか良くないものか、判別が付かないままに『桜風』の言葉は続けられていく。
「戦艦型の超兵器が来るならば、砲弾の雨を掻い潜り酸素魚雷を叩きこんで見せましょう。航空型の超兵器が来るならば、砲弾の暴風雨を浴びせて地に落として見せましょう。潜水艦型の超兵器ならば、二度と浮かべぬ海底の底へと送り込んで見せましょう」
「砲弾が欠乏したなら雷撃を叩き込み、魚雷が切れたらミサイルを撃ち込み、ミサイルが無くなれば機銃弾を浴びせて見せましょう」
「・・・私が、駆逐艦『桜風』が出来るのは、前の世界で受けた『災厄唯一の調停者』『ウィルキア解放軍不屈の小さき巨龍』『ザ・ラスト・ロイヤルガーディアン』・・・この評価に恥じぬ戦いをする事だけです」
「・・・言ってくれるわね。超兵器と出会ったら逃げもせずに戦うって事?弾薬が欠乏したらどうするのよ!?」
そう絶叫する霞に、『桜風』はただ、美しく微笑んでこう答えた。
「『桜風』と超兵器が相対した時の結末は、『超兵器が沈む』か『『桜風』が沈む』か・・・。そのどちらかです」
「・・・霞、大丈夫?」
『桜風』の演説が終わった後、深山提督は大慌てで休憩を宣言。その言葉に従って艦娘がそれぞれ行動に移す中、朝潮型駆逐艦の霞は俯いたまま椅子に座ったままであった。その事に目敏く気付いた朝潮と満潮は、明らかに様子がおかしい霞に声をかけた。
「・・・朝潮、それに満潮・・・」
「・・・いったいどうしたのよ霞。何時もの霞らしくも無い」
「霞、一体何がありましたか?」
二人の姉妹の心配の言葉を切欠に、霞は突如二の腕を抱えてがたがたと震えだした。何時もの霞では有り得ない余りの変化に二人が動揺する中、霞はこう言い始めた。
「『桜風』が・・・」
「『桜風』さんがどうしたんですか?」
「『桜風』が何かしたっていうの?」
「・・・アイツの眼が、怖い・・・」
その言葉に『え?』と異口同音に発する朝潮と満潮。その二人の対応を他所に、霞の告白は続く。
「アイツ・・・死ぬ事を何とも思ってない・・・。あんな化物相手でも、何の恐怖も抱いていない・・・!」
「・・・霞・・・?」
「・・・アイツの眼・・・すっごく澄んでた・・・。なんの感情も浮かんでなかった・・・。あんな眼・・・見た事が無い・・・!」
「霞!ちょっと落ち着きなさい!味方を怖がってどうするのよ!?」
「・・・怖い・・・アイツが・・・『桜風』が怖い・・・!」
「・・・霞」
満潮が慌てる中、朝潮は妹の名前を呼びながら、正面から抱きしめ始めた。
「・・・大丈夫です。『桜風』さんは、とてもいい人です。仲間思いで、ちょっと一人でなんでもやろうとする、まるで艦娘版の深山提督みたいな人です」
「・・・」
「また後で、少しづつ『桜風』さんと交友を深めていきましょう?大丈夫です。その時は朝潮も着いています。大丈夫、『桜風』さんは霞の敵では有りません」
「・・・朝潮・・・」
・・・霞がこんな風になる『桜風』の眼。いったいどんな眼なのか、気になるわね
何時も強気な霞を、朝潮に落ち着かされると言う滅多にない状況まで弱らせた『桜風』の眼。満潮は二人が抱き合う光景を見ながらも、つい『その眼を見てみたい』と思ってしまった。
――――超兵器対策会議は、まだ始まったばかりだった。
さて、後は舞台裏で開発していた兵装発表やらなにやらが続くんじゃないかなーと思います。さあ『桜風』、君のその強運で良い物を引き当ててくれよ…!
追記:『桜風』の異名を一つ追加