艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

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陣龍が一番印象に残っている超兵器は、この序盤に出てくる『ヴィルベルヴィント』です。少なくともWSG2に登場する超兵器を言えと言われたら、確実に真っ先にでます。ある意味思い入れみたいなものが深い為か、大分凄い事になった気がしました


第一三話  旋風、止むべし

「て、提督!あの大きくて異常に速い戦艦は何!?あれに臆せず向かっていった『桜風』って娘は一体何なの?!」

 

「落ち着け、伊勢」

 

「いやでも日向、アレを見て落ち着けって言われても!」

 

「伊勢、落ち着きなさい。今貴女が慌てふためいても意味が無いわ」

 

 

駆逐艦『桜風』が深山提督の指示を待たずに『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』へ突撃した後、『桜風』からの退避要請の声で我に返った深山満理奈少将は、本土に緊急電を発信しながら指示された通りに横須賀に向けて退避を開始していた。一応航空機を飛ばし、『桜風』に援護するか否かを問うも【援護不要。単独戦闘が最も敵超兵器を撃沈する早道なり】と言う今までにない強い口調で拒否された為、彼女たちは遠目で『桜風』の戦闘を見守るしかなかった。

 

 

「加賀さん。・・・『あの戦艦』に、命中させられると思いますか?」

 

「・・・難しいと思います」

 

「翔鶴姉、航空機用燃料や弾薬の余裕って・・・」

 

「もう無いわ、瑞鶴。後は高角砲弾や戦闘機用の機銃弾くらいしか残っていないわ」

 

 

現実問題。こういった事情もあった。空母機動部隊はMI作戦、Al作戦での消耗が有り、対艦用兵装の残量が殆ど残っていなかった。そして熟練の一航戦でも、いくら相手が巨大であると言っても『80ノットを超える速度で疾走し、大量の『20mm機銃』『12.7cm連装高角砲』『12cm30連装噴進砲』を大量に積み込んだ戦艦』相手に有効打を与えられると断言できる自信は無かった。

 

 

「提督!今すぐ『桜風』の援護に・・・」

 

「・・・止めましょう、武蔵。私たちの速力だと、『あの戦艦』には到底追いつけない・・・!」

 

「大和!?だが、このまま見ている訳には!」

 

「武蔵さん。『桜風』さんから態々【援護不要】と通信を入れているんです。きっと今の私たちでは有難迷惑どころかあの戦艦・・・『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』を利する結果になりかねません」

 

「青葉っ?!・・・っ!・・・情けない!味方がたった一隻で戦っている中、ただただ見守るしか出来ないとは!!」

 

「夕立も・・・武蔵さんと同じっぽい・・・」

 

「装備が重いとか、足が遅いとかは・・・言い訳になりませんね・・・」

 

 

口惜しさ、そして自らの不甲斐なさにそう雄叫びを上げつつ、自身の 艦艇の壁(からだ)を殴りつける武蔵。空母機動部隊に続き、水上艦艇部隊でも駆逐艦『桜風』の通達通りに『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』と駆逐艦『桜風』の戦闘を傍観せざる終えなかった。水上部隊の彼女たちは、MI作戦、AL作戦に参加していた艦艇は兎も角として『AL/MI作戦参加艦艇出迎え艦隊』の方は、弾薬燃料こそ共に十分に有ったが、どう頑張っても『桜風』と『ヴィルベルヴィント』の速度に着いていけそうも無かった。駆逐艦島風の最大速度40ノットを軽く超える速度と狂った速度での砲撃戦を見ても戦闘介入しようとする艦娘が居たら、その娘の行動は『勇気』では無く『蛮勇』と称されるだろう。それも、味方に損害を与えるタイプの。

 

 

 

それだけ、艦娘たちにとってみれば『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』は、あらゆる意味で手に負えないと言う表現が生易しくなるレベルでの脅威だった。

 

 

―――・・・艦隊に入ってから一週間も経たないうちに沈んだら承知しないよ、『桜風』・・・

 

陽炎か、不知火か、それとも提督か青葉か瑞鳳か、誰の者とも知れぬ言葉が喧騒に包まれている艦隊の中でつぶやかれている中、『ヴィルベルヴィント』と『桜風』の血戦は、未だに続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・相変わらず、異世界に来てもその俊足は健在ねっ、『ヴィルベルヴィント』!」

 

『『前』と比べたら相当速くなってますね!』『通信暗号解析です!武装は以前の物と大差無い様子!』『観測の結果、敵艦の損傷皆無!『前』の西海岸沖とは違います!』『砲撃戦よーい!』『雷撃装填完了、何時でも雷撃可能!』『各種補助兵装に異常なし!いつでも行けます!』

 

 

一方こちらは少し時を戻して、深山艦隊を飛び出して『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』を捕捉した直後の駆逐艦『桜風』の艦橋。先の深海棲艦との戦いでは割とおちゃらけた雰囲気の有った妖精さんたちが、今では全員が真剣な表情で自らの職務をこなし続けている。当然妖精さんたちの艦長である『桜風』も、真剣な表情で『ヴィルベルヴィント』を睨みつけていた。

 

 

『・・・せめてもう4基くらい7連装酸素魚雷発射管があれば、直ぐに・・・』

 

「副長、今更繰り言を繰り返しても意味ないよ。今はそんな不毛な事を考えずに・・・」

 

『艦長!『ヴィルベルヴィント』から主砲の発砲を確認!』

 

「回避は直前の転舵で大丈夫!今は『ヴィルベルヴィント』の進路先に回り込む様にして距離を縮める事を優先!」

 

『サーイエッサー!!』

 

 

現段階でも50ノットを超える速度を誇る『桜風』だが、相手は『85ノット』と言う『桜風』を遥かに圧倒する『ヴィルベルヴィント』である。だが追いつけない手段が無いわけでもなく、『ヴィルベルヴィント』はその巨体が災いして旋回する時は極めて大きな弧を描かざる終えない為、『ヴィルベルヴィント』の旋回時を狙って予測進路上の最短距離を直進すれば一気に近付けた。一撃離脱に徹せられたら、対艦兵装の弾薬搭載量が少ない『桜風』の方が先に根負けしかねないが、何を考えているのか『ヴィルベルヴィント』は『桜風』を沈めようとする艦艇運動を展開していた。『桜風』にとっては勿怪の幸いである。

 

 

 

 

「・・・さて、戦法はいつも通りにやろうか」

 

『弾幕突破、敵艦突入、零距離雷撃ですね』

 

「うん」

 

『相変わらず普通じゃないですよねこの戦い方』

 

「『普通の戦い方』じゃ超兵器はどうやっても倒せないよ。操舵手、右に転舵。そもそも『普通の戦い方』って一度も私たち習った事無いよね。舵中央に戻して」

 

『それもそうですね』

 

 

こんな会話がなされている中、駆逐艦『桜風』の近くには『ヴィルベルヴィント』から放たれた28cm砲弾の至近弾が複数着弾し、大きな水しぶきをあげていたのだが、『桜風』には何時もの事でしかないので全く気にする事無く航行を続けていた。なお先ほどから深山艦隊から五月蠅く入ってくる通信は面倒かつ気が散るので【我戦闘中ニツキ通信ヲ遮断ス】と伝えた後は受信機能を強制シャットダウン済みである。

 

 

 

 

『敵超兵器『ヴィルベルヴィント』の接近を確認!もうすぐ主砲の射程距離に入ります!』

 

「主砲の狙いは比較的脆弱と思われる煙突や艦橋部分。雷撃はいつでも出来る様に準備!」

 

『サー!イエッサ―!』

 

『『ヴィルベルヴィント』、噴進砲をこちらに向けて連続射出!』

 

「『40㎜4連装機銃』並びに『RAM』!迎撃はじめ!」

 

 

 

そして、駆逐艦『桜風』と超高速巡洋戦艦『ヴィルベルヴィント』との、異世界の海での血戦が始まった。

 

 

「さあ・・・かかってきなさい、『ヴィルベルヴィント』!()()()()、貴女を海神の御許へと葬ってみせる!!」

 

 

 

 

 

 

敵艦捕捉・・・解析・・・駆逐艦『桜風』・・・間違いない・・・私を、『ヴィルベルヴィント』を沈めた・・・駆逐艦・・・!

 

85ノットの高速で航行する巨大戦艦。その艦橋の中で、一人の女性がディスプレイに映る駆逐艦『桜風』を、歓喜の表情で見つめていた。彼女は『ヴィルベルヴィント』であったが、深海棲艦でも、艦娘でも無い。その証拠に、本来なら深海棲艦に存在するはずの無機質で機械的な部分は存在しないし、艦娘に存在するはずの妖精さんのような存在も無い。彼女は超兵器の一角である『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

 

 

私は勝つ・・・必ず勝つ・・・『超兵器』は・・・『駆逐艦』なんかに負けはしない・・・!

 

 

 

何故『ヴィルベルヴィント』がこの世界に居るのかは分からない。自身に対して命令する者もいない。『彼女』はただ、『自身の存在』を証明する為に戦うだけだった。

 

 

28㎝砲・・・48.3cm酸素魚雷・・・32.4cm誘導魚雷・・・駆逐艦『桜風』を・・・撃沈せよ・・・!

 

 

そして、『ヴィルベルヴィント』からも幾多の攻撃が放たれる。85ノット、時速157㎞と言う艦艇最高峰の速度からの攻撃は、『前』とは違い完全なる損傷皆無での戦闘である事もあり、『前』よりもはるかに精密に、大量に、濃密な攻撃であった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・な、なんですか、あれは・・・?」

 

「・・・二隻とも、すっごく早いっぽい・・・」

 

「・・・信じられない・・・。こんな戦艦のデータなんて、何処にもない・・・」

 

「・・・『桜風』・・・」

 

 

その頃の深山満理奈率いる艦隊は、駆逐艦『桜風』の具申に従って戦闘海域の外へ脱出する事に成功していたが、伊勢と日向、そして熊野と鈴谷が交代しながら張り付けている瑞雲を通して『桜風』と『ヴィルベルヴィント』の戦闘を観察していた。武蔵が先に言っていたように、この艦隊の皆が『桜風』一隻に全てを任せてのんびりできる様な精神を生憎と持ち合わせていない為、『桜風』の忠告を受け入れつつも援護の絶好機が訪れないか見ていたのだ。結果は先ほど感じた無常観を鼻で笑うレベルでの異次元の戦闘を直視した事による戦意喪失であったが。早い話一戦交える前の時点で足がすくみ、戦う意志が挫けてしまったのだ。

 

 

「・・・青葉。本土から偵察機とかは来ている?」

 

「・・・・・・」

 

「っ、青葉!聞こえてる!?」

 

「はっ、ハイ!え、えぇっと、ハイ!つい先ほど航空自衛軍所属の偵察機が出撃したと・・・」

 

「直ちに『桜風』と『ヴィルベルヴィント』が戦っている海域に向かうように伝えて!」

 

「は、はい!直ちに!」

 

 

 

・・・これは、重症ね。

 

深山少将は、何時も元気で反応も良い青葉が、今までに無い表情で呆けていた姿を見て、溜息を吐かざる負えなかった。艦隊のムードメーカーとしていつも元気で活動的な青葉がここまで硬直している。青葉でこの状況ならば、他の艦娘も似た様な状況だろう。

 

 

「・・・提督。自衛軍の偵察機を送って、どうするつもりですか?」

 

深山少将が座乗している重巡洋艦娘の『古鷹』が、疑問を投げかける。今『桜風』が相対している『ヴィルベルヴィント』が深海棲艦なのかそうでないのかは彼女たちには分からなかったが、少なくともカメラ以外は何も搭載して居ないであろう偵察機を向かわせても『桜風』の直接的援護にならない事は明白だった。

 

 

「『桜風』を守る為。そして日本を守る為よ」

 

「・・・『桜風』と『ヴィルベルヴィント』との戦闘を撮影する事が、『桜風』と日本の為になるんですか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

・・・実際に行動するのは内閣と政権与党に海軍庁や防衛省、それに自衛軍の将軍たちだけどね。

 

古鷹の疑いの目線から目を逸らしながら、深山少将は内心でそう独白していた。深海棲艦との戦争で、既に公安などの活躍によって国益を害するような反軍反政府勢力の多くは転向若しくは無害なまでに刈り取られつつある。今ネットやテレビ等で悪目立ちしている連中は国民全てから呆れられ、見捨てられつつある。この場面に新たにこの『超兵器と言う脅威』の存在が加われば、少なくとも艦娘や自衛軍に対して無意味な妨害、侮辱行為を行う輩は殆ど居なくなるはずだ。少なくともそいつらを力づくで排除しても、国民は軍と政府を支持するだろう。そうなれば、残る日本国内の害は軍内部の事だけになり、今まで大事にしないようにしていた『世間への配慮』も常識的範囲以上では不要になり、悪質な提督などへの粛清もうまくいくはずだ。それら全ては艦娘、そして『桜風』を守ることに繋がる。

 

 

「・・・でも、『桜風』が生還しないと意味がないんだからね」

 

未だ遠征などに行っていて『桜風』と逢っていない深山艦隊の艦娘は大勢いる。皆に紹介する為にも、五体満足で生還する事を深く祈りだす深山少将だった。そして、その深山少将の行動を見て大和や青葉たちも、ある娘は静かに祈りだし、ある娘は伝わらないと分かっている上で、声を枯らして『桜風』を応援していた。必ず帰ってこい。皆『桜風』に会いたがってる。『桜風』の事をもっと知りたい。そんな色々な思いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ、煙突、艦橋、全然破壊できない」

 

『ですが、今までにかなりの主砲弾を撃ち込みました!二回ほど『ヴィルベルヴィント』の炎上も確認しています!』

 

「しかし直ぐに消火されてもいる。既にある程度砲雷撃を叩きこんでいるとはいえ、少なくともあの『85ノット』の速度を何とかしないと、効率的に雷撃を全弾命中させられない」

 

『・・・それは・・・』

 

「まあ焦っても仕方が無い。制限時間は無いし、敵主砲弾の被弾も無い。『12cm30連装噴進砲』こそ被弾したけど、『防御重力場Ⅳ』と船体防御装甲でダメージ皆無。大丈夫、私たちは勝てるよ」

 

『ハッ!』

 

 

交戦開始から二十分近く経過するが、状況は戦闘開始時と比べるとあまり変化が無かった。『桜風』が搭載して居る『15.5㎝75口径4連装砲』では『ヴィルベルヴィント』に対して即座に大きなダメージを与える事は不可能だった。所詮駆逐艦の主砲は豆鉄砲でしかないのだ。その為、『前回』と同じように少しでも『ヴィルベルヴィント』の排煙能力を削り、速度を低下させるべく艦艇中央部の煙突、そして指揮能力の低下を狙い艦橋を狙って撃ち込んでいるも、そう易々と破壊される事は無かった。彼我の速度差の関係で攻撃チャンスが少なすぎるのも有ったが。

 

 

 

「・・・そんなこと言ってる間に、来た!」

 

『艦長!やりました!『ヴィルベルヴィント』の煙突を破壊しました!』

 

『見張りより艦橋!『ヴィルベルヴィント』の速度が急速に低下しています!』

 

 

そしてそんな事を話していたのがフラグになったのか、何十射目かの斉射が『ヴィルベルヴィント』の煙突内部に飛び込み、蜂の巣装甲を貫通してそのまま機関部近くで炸裂。機関部に僅かながらにダメージが入り込んだ上に、『ヴィルベルヴィント』の煙突は根元から皹が入り、続けざまに15.5㎝75口径砲弾が3発煙突根元に命中。煙突の皹は一気に広がりを見せ、止めとなる同航戦で放たれた15.5㎝75口径12発が煙突部分に集中して命中。耐え切れなくなった『ヴィルベルヴィント』の煙突は崩壊し、排煙能力は一気に低下。その結果は『20ノット以上低下した『ヴィルベルヴィント』の速度』とダイレクトに現れた。

 

 

 

「良し!これなら十分に行ける!十ノット少々の速度差なら艦艇運動でいくらでも、どうとでもなる!」

 

『よっしゃあ!水雷妖精張り切ってやったるでぇ!』

 

『砲術妖精!同じく気合!入れて!!行きます!!!』

 

『気合入れるのは良いがマジでやってくれよお二方ァ!もう機銃で魚雷や噴進弾迎撃するのはウンザリだ!』

 

 

延々と小回りを活かして『ヴィルベルヴィント』の行く先に回り込み、『15.5㎝75口径4連装砲』を撃ち込み続けると言う精神的に来るものがある戦闘からようやく解放された『桜風』の妖精さん達は、文字通り士気高揚状態だった。『これならこのまま『ヴィルベルヴィント』に打ち勝てる』。皆がそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・また・・・負けるのか・・・

 

 

『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』の艦橋では、一人の女性が項垂れていた。必死に戦った。『前』とは違って、今回は損傷皆無で、全力で駆逐艦『桜風』に挑みかかった。・・・だが、相手はこちらの攻撃を嘲笑うかのように加減速と転舵を繰り返して回避し続け、唯一命中させた『12cm30連装噴進砲』は、相手の防御重力場によって無効化された。砲撃も雷撃も回避され続け、今度は攻守逆転して『桜風』に攻め立てられている『彼女』には、もう打つ手は無かった。

 

 

そして、『彼女』・・・『ヴィルベルヴィント』の脳裏には、早くも走馬燈が奔り始めていた。ウィルキア帝国初の超兵器として建造された事。初の実戦でアメリカ太平洋艦隊を『超巨大爆撃機 アルケオプテリクス』と共に壊滅状態に追いやった事。司令部からの命令でアメリカ西海岸を襲撃した事。アメリカ軍の沿岸砲台によって速力低下の損傷を受けた事。その隙を突かれて、駆逐艦『桜風』に沈められた事。そして・・・

 

 

 

・・・『艦長』・・・乗員の皆・・・

 

アメリカ海軍に引き上げられた後、『ワールウィンド』として、アメリカ海軍に多大な期待をかけられて修復後に再就役し、短期間とは言え大切にされた事。

 

 

 

 

 

『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』は、ウィルキア帝国初の超兵器である。その為か、性能は後々出てくる同族と比べるととても慎ましやかな物であり、だからこそ母国である帝国からは『別に沈んでも惜しくない』とばかりにぞんざいに扱われていた。本来ならその圧倒的高速力を生かしての通商破壊戦や奇襲戦法がセオリーだと言うのに、厚い防御力を持つ重防御高火力の戦艦型超兵器か、若しくは多数の航空機を運用可能な空母型の超兵器にでもやらせるべき沿岸砲台の撃滅任務を、いくら『超兵器』であるからと言っても事もあろうに一番不適格である『ヴィルベルヴィント』にやらせていたのだから、帝国から見た『ヴィルベルヴィント』の存在価値が分かると言うものであろう。

 

 

だが、駆逐艦『桜風』に撃沈された後、『ヴィルベルヴィント』を引き上げて修復したアメリカ海軍は違った。ウィルキア帝国以外で初めて超兵器を保有したと言う事もあるが、その薄い装甲を代償として得られた圧倒的速力を有効活用する方法を確りと見出したがゆえに、『ヴィルベルヴィント』改め『ワールウィンド』は大切に扱われていた。元巡洋艦乗りでも若手のホープを艦長に据え、乗員もベテランとルーキーに若手と各種混合だったが、ウィルキア帝国軍時代には無かった暖かい雰囲気が有った。帝国の粗雑な扱いに絶望して、しかも駆逐艦如きに沈められた事に自棄になっていた『彼女』の意志も、習熟訓練中だったアメリカ人がやらかす事件や艦長たちの明るい雰囲気に、次第に冷え切った心も解され、動かされていった。

 

 

 

 

だが、戦場の神は余りにも『彼女』に対して残酷であった。『ワールウィンド』が訓練を終えて通商破壊任務に就き、初陣を飾ろうとした当日に超兵器『フォーゲル・シュメーラ』の襲撃を受けた。航空機としては有り得ない変則的機動で『ワールウィンド』の対空射撃をあっさりと交わした末に、ホバー砲の一撃で『ワールウィンド』は撃沈された。一瞬で爆沈した為に乗員は一人残らず全滅。『フォーゲル・シュメーラ』に対する損傷は皆無。交戦時間、僅か243秒。・・・それが、『彼女』とアメリカ人乗員の『稼いだ戦果』(命の価値)だった。

 

 

 

・・・私は負けない

 

 

その事を思い出した『ヴィルベルヴィント』・・・否、『ワールウィンド』は、自らの意志で、自身の枷(超兵器機関のセーフティ)を破壊した。『自身の存在の証明』の為?『ヴィルベルヴィントの汚名を返上』する為?『粗雑な扱いをしたウィルキア帝国を見返す』為?否、『彼女』は『()()()()』の為に、超兵器機関を暴走状態にさせた訳では無かった。

 

 

・・・艦長たちの、『ワールウィンド』の乗員の命は、駆逐艦に負ける様な、そんなに安っぽい物じゃない!

 

 

 

泣きながら叫んだ『彼女』の言葉は、【最弱の超兵器】(超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント)の『彼女』を大切にしてくれた唯一の存在である『ワールウィンド』の乗員に対する贖罪の言葉(償い)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・嘘でしょ、『ヴィルベルヴィント』が暴走?!」

 

『『ヴィルベルヴィント』の速度、再度加速!推定100ノットを超えています!』

 

『オイオイオイオイオイオイオイィ!!?排煙が機関部に逆流している筈なのに大丈夫なのかアレ!?』

 

『大丈夫な訳無いでしょ砲術妖精!あの状態だと何時『ヴィルベルヴィント』の超兵器機関が爆発崩壊してもおかしくありませんよ!?』

 

 

 

『あと少しで撃沈できる』。そう思った矢先の『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』の暴走は、駆逐艦『桜風』の妖精さんと『桜風』自身を驚愕させるに足るものであった。『超兵器の暴走』自体は『グロースシュトラール』や『ヴォルケンクラッツァー』で見慣れている。だが『ヴィルベルヴィント』の暴走と言う事態は全く想定外の出来事だった。

 

 

 

『『ヴィルベルヴィント』、高速で離脱して行きます!・・・いえ、転舵しています!』

 

「まさか逃走する訳も無い・・・。っ、航海妖精!『ヴィルベルヴィント』と『桜風』の直線上に何かある!?」

 

『・・・深山艦隊、それと東京湾です!』

 

「退避・・・は、もう間に合わない。そもそも今の状況だと、通常艦艇では100ノットを突破している『ヴィルベルヴィント』から逃げられる場所が無い!」

 

 

 

『桜風』と『ヴィルベルヴィント』の血戦による艦艇運動の結果、位置関係として小笠原方面から東京湾に向けて『ヴィルベルヴィント』、『桜風』、そして深山艦隊の面々が存在する状態だった。『ヴィルベルヴィント』が『桜風』に向けて突入した場合、仮に『桜風』が『ヴィルベルヴィント』を回避したら『ヴィルベルヴィント』はそのまま深山艦隊に向かって突入し、蹂躙する事は明白だった。それだけでなく、東京湾に突入されたら、28㎝砲による砲撃で関東各地は火の海となるだろう。要約すれば、『ヴィルベルヴィント』は『桜風』に対して仲間、そして東京を見捨てない限り西部劇のガンマン同士の決闘の様に真っ向勝負せざる負えない状況を作り出したのだ。

 

 

「・・・上等じゃない『ヴィルベルヴィント』。彼女の望み通り、こっちも正面から挑みかかるよ!」

 

『了解です!』

 

「操舵手!水雷妖精!私の指示を聞き落とさないで!タイミングを間違えれば『桜風』は『ヴィルベルヴィント』との正面衝突で海の藻屑になるよ!」

 

『ハッ!』

 

 

当然ながらこの『ヴィルベルヴィント』からの挑戦状に臆する『桜風』とその妖精さんでは無く、速度を落として『ヴィルベルヴィント』との位置を調整しながら、正面から高速で突入してくる『ヴィルベルヴィント』に向かい、こちらも真っ正面から突撃した。

 

 

 

 

 

「『桜風』が『ヴィルベルヴィント』に向かって正面から突撃したぁ?!」

 

「無茶っぽい!無謀っぽい!!沈んちゃうっぽい!!!」

 

「何やってるのよ『桜風』!いくら『桜風』が強いと言っても、あんなのと衝突したらただじゃすまないわよ!?」

 

 

そして『桜風』の突撃を見た深山艦隊の面々は、『桜風』の無謀な行動に戦慄していた。煙突が崩壊し、速度が見る見るうちに低下した時は皆歓声を上げていたのだが、その直後に『私は負けない』と言う謎の混線が入った直後に『ヴィルベルヴィント』は異常な加速を開始し、一度離脱した後に『桜風』に向かって突撃し、『桜風』も回避するそぶりも無く正面から最大船速で突撃した。『桜風』の分析が届いていない彼女たちには、『桜風』の行動の意味が分からなかった。

 

 

戦域外で慌てふためく深山艦隊の艦娘たちを他所に、『桜風』と『ヴィルベルヴィント』の正対距離は急激に縮まりつつあった。当然相互に砲撃は繰り返されているが、『桜風』の砲撃の津波は『ヴィルベルヴィント』に対して有効な打撃を与えているようには到底思えず、対する『ヴィルベルヴィント』の砲撃は『桜風』に命中する直前に『まるで弾かれたかのように』明後日の方向へと軌道を変え、着水していた。

 

 

唐突に瑞雲と彩雲を通して深山艦隊の艦娘の艦橋に響き渡る金属同士の衝突音と鼓膜を殴りつける様な爆裂音。明らかに『桜風』と『ヴィルベルヴィント』が激突した音である。最悪の未来予想図が脳裏を過って、深山提督も含めて血の気が完全に引いた艦娘たち。だがまたもや唐突に響き渡った爆発音に引き続き、先ほどまで沈黙していた通信機が作動した事により、真っ白になった顔色がもとに戻っていくことになるのだが。

 

 

「・・・最期の最期に、やってくれたね。『ヴィルベルヴィント』」

 

「『桜風』さん!?」

 

「『桜風』!貴女大丈夫なの?!」

 

「・・・こちら、駆逐艦『桜風』。超兵器『ヴィルベルヴィント』の近接砲雷撃並びに艦尾への衝突により防御重力場を撃ち抜かれて一部兵装に被弾誘爆するも、戦闘続行に問題無し」

 

「問題無い訳無いだろう!無茶を言うんじゃない『桜風』!」

 

「正確な状況報告です。駆逐艦『桜風』はまだ戦闘可能です。・・・もう、戦わなくても大丈夫な様子ですけど」

 

 

 

 

そう通信機を通して深山艦隊に報告する『桜風』の目の前には、多量の被雷と自身の高速によって大量に艦内に流れ込んだ海水の量に耐え切れずに、この横須賀沖の深い海に沈んでいく『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』の姿が有った。

 

 

 

 

『・・・すれ違いざまに、文字通りの零距離雷撃で、敵艦を仕留める。『ヴィルベルヴィント』も、同じことを考えていたようですね』

 

「そうね。ただ、『ヴィルベルヴィント』の不幸は、搭載魚雷が比較的低火力だったと言う一点だけ」

 

『音速酸素魚雷や80㎝酸素魚雷だったら、沈みはしないまでも大破は確実でしたね・・・』

 

「あの近距離だと迎撃は間に合わないしね。それに、搭載弾薬の誘爆の可能性も考慮したらワンチャンスでこっちの方が爆沈していた可能性だって零ではない」

 

 

綱渡りの血戦だった。『桜風』にとっても、『ヴィルベルヴィント』にとっても、最後の一瞬の殴り合いで自身の持つ雷装も火砲もすべて相手に叩きつけていた。『桜風』が最後に勝てたのも『防御重力場Ⅳ』を搭載していたのと『ヴィルベルヴィント』の魚雷が『48.3cm酸素魚雷』と『32.4cm誘導魚雷』と言う低性能だったからである。何か一つ変化が有れば、この海で最後に残ったのは『桜風』では無く『ヴィルベルヴィント』の方であろう。

 

 

 

「ゴポッ・・・痛っ」

 

『艦長!?』

 

「大丈夫、ちょっと痛んだだけだから・・・」

 

【『こちら深山提督。『桜風』、貴女本当に大丈夫なの?損害報告して』】

 

「こちら『桜風』。艦尾に搭載して居た『RAM』が3基、『40㎜4連装機銃』が5基誘爆若しくは被弾し使用不能。艦艇前部の第一主砲と後部の第四主砲が使用不能。艦橋上部に敵主砲弾が命中し艦艇中央部にも酸素魚雷が二本命中。最後に『ヴィルベルヴィント』の体当たりで艦尾が一部抉れ、機関部にも衝撃が走って速度低下している程度です」

 

【『完全に重症じゃない!?』】

 

【『というか『桜風』。今凄くいやな咳き込みが聞こえたんだけど』】

 

「ちょっと血が出ただけです。・・・血の味って、なんだか変な味ですね。美味しくないです」

 

【『何馬鹿な事言ってるの『桜風』?!』】

 

【『吐血って相当ヤバいですよ『桜風』さん!今すぐ入渠しましょう絶対しましょういや絶対させます!!』】

 

【『御免加賀、瑞鶴。邪魔が入らないように偵察を密にして!『桜風』を縛ってでも入渠ドックに放り込むわよ!』】

 

【『了解』】

 

【『分かったわ、提督さん!』】

 

 

 

・・・別にそんなに心配しなくても、『昔』と比べると重症じゃないんだけどなぁ・・・

 

駆逐艦『桜風』の負傷状態を知った深山艦隊の面々が慌てふためくのを疑問に思いながら、『桜風』は艦橋席から立ち上がって『ヴィルベルヴィント』の沈みゆく姿を見やる。周りで妖精さんが必死に座らせようとしているが完全に無視している。

 

 

「・・・超兵器『ヴィルベルヴィント』。貴女は決して【最弱の超兵器】なんかじゃない。ただ、貴女が生まれ、居合わせた場所が悪かっただけよ」

 

 

通信など出来ていない。『ヴィルベルヴィント』に届いている筈も無い。これは、ただの『桜風』の自己満足とも言うべき独白である。

 

「・・・私は、決して、貴女を忘れたりはしない。私も、ある意味貴女と同じだから。道が少しでもズレていたら、『駆逐艦『桜風』』()『超高速巡洋戦艦『ヴィルベルヴィント』』(貴女)になっていただろうから」

 

 

 

そう言いつつ、『桜風』は沈みゆく『ヴィルベルヴィント』に対して、見事な敬礼を行った。倒すべき超兵器ではあったが、最後まで勝利を諦めずに戦い抜いた『戦士』に対して愚弄するような術は、生憎と『桜風』は持ち合わせていなかった。

 

 

「さようなら、超兵器『ヴィルベルヴィント』・・・いえ、超兵器『ワールウィンド』。今はゆっくり休んでね。いつか、私もそっちに行くから、その時に色々話は聞いてあげるわ」

 

 

その一言を最後に、『桜風』は深山艦隊の元へと針路を向け、航行を開始する。相変わらず・・・と言うより『桜風』の損傷を聞いてより大騒ぎしている艦娘と深山提督に対して『心配性だなぁ。私なんともないのに』と苦笑いしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ありがとう

 

 

 

その声が『ワールウィンド』から来たものなのか、それともただの感傷に浸っていたが故の幻聴だったか、そしてどんな意味を込めて誰に対しての言葉だったのかは、妖精さんにも、『桜風』にも、誰にも分からなかった。

 




軽く考えるだけでも、ウィルキア帝国軍の『ヴィルベルヴィント』の使い方はかなり雑だったと思います。本文中に書いたように、あの艦艇最強の速力を活かした通商破壊やゲリラ戦を行えば、少なくともアメリカの戦力の漸減や戦意喪失に効力を発揮し、結果としてウィルキア解放軍が太平洋を横断する時間は相当遅れたと思います。『ヴィルベルヴィント』は決して弱くは有りません。ただ、致命的なまでに運用方法を間違っただけなのです。陣龍は、そう思います。

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