はくのんの受難 作:片仮名
「貴方が正体不明の厄介者? まったく、こんな忙しいときに。まぁいいわ、貴方は魔術回路の質だけは優秀だから素性に問題が無ければここに置いてあげる。万が一の時に使えるよう、マスター候補が到着する前に貴方は戦闘訓練をしておきなさい。それと雑用ね。一応言っておくけど、変な真似をしたら即刻たたき出すわ。あなた程度の魔術師、片手で仕留めることぐらい訳ないから気をつけなさい」
所長、オルガマリー・アニムスフィアはそういいながらため息をつく。
どうも彼女の生家であるアニムスフィア家は魔術の大門らしく、魔術回路の質と量ともに一流なのだという。
前所長、現所長の父が何らかの理由で没してから引き継ぎ今日まで所長として頑張ってきたらしいのだが、残念なことに彼女にはマスター適性がなかったらしく、時間旅行――レイシフトが行えないことが分かったのだという。
結果、重責は重なるばかり。
何だろう、シンパシー感じちゃう。
「えぇ……所長を前にそれで済むとか……君のメンタルやっぱりおかしいんじゃ……」
「ちょっとロマニ、失礼じゃない!? というかこんなところで油を売ってないでさっさと自分の仕事に戻りなさい! それと素性を洗うのも忘れないようにっ!」
「や、やだなぁ僕は岸波ちゃんを案内してただけさ! もちろんこの後しっかりと仕事に戻るつもりだったさ! さ、行こうか岸波ちゃん!」
焦ったように私の背を押すドクターに抵抗する間もなく、中央指令室から飛び出した。
それにしてもあの所長、ちょっと凛に似てるような気がした。ツンデレか。
「さて、予想通り許可はもらえたわけだし先ずは部屋に案内するよ」
ありがたい。
ありがたいのだがドクターは仕事をしなくてもいいのだろうか。
「平気平気、たまには息抜きも大切さ! ほら、先にマシュが部屋を整えておいてくれてるはずだから急ごう!」
ほう、マイルームをですか。
まともなマイルームといえば月の裏側、赤い皇帝の部屋くらいしかまともなとこなかったけど今回はどうだろうか。
「あ、おかえりなさい、先輩」
――うん、ただいまマシュ。
「な、何でしょうか、今なぜかときめいてしまったような……」
「僕も。旦那の貫禄というかなんというか……」
あぁ、ここが今日から私の部屋になるのか。
マシュが整えてくれた内装は際立つものこそないが、機能的である。
私の手が届きやすいようにと配置に心遣いを感じ取れる……!
「ま、まさかそこまで理解してもらえるとは。う、嬉しい反面、恥ずかしいです」
「後輩キラー……」
ドクターが何かつぶやいていたが、はて。
と、ここでのんびりしているわけにもいかない。
取り合えず最低限のことは終わらせておきたい。
「あぁ、戦闘訓練の話だね。とはいえ岸波ちゃんも今日は疲れてるだろうし翌日からでいいだろう。所長は雑用って言ったけど、とりあえず僕の手伝いをしてもらえると助かるかな」
ドクターの手伝い?
私には医療の知識はないし、できることは限られると思うのだが。
「ここでそう大怪我をする人はいないからね。主に心労からくる精神的なものが多い。とはいえ僕一人で話を聞くこともできないから、岸波ちゃんにもお願いしたいんだ。ほら、人に話すだけでも心は軽くなるっていうだろ? ここはカルデアだから、外にストレスを発散しにいくなんてこともできないからね」
成程、そういうことか。
そういうことなら引き受けたい。まぁ私の場合聞くというより問い詰めて暴くタイプなのだが。
「さてと、マシュもご苦労様。後は僕が説明しておくから部屋に戻っても大丈夫だよ?」
「いえ、ドクターだけでは不安なので先輩さえ良ければ私も同席を。後、フォウさんも」
「フォウ!」
「あれ、今何気に僕ディスられた?」
いつの間にか現れたフォウがステップを踏む。
愛嬌があって可愛らしいのだが……なんて生き物なのだろうか。
マシュ曰くリスのような何か。特権生物らしいのだが。
まぁこの世の中ネコの形をしたナマモノとかもいるらしいし、今さらか。
「ま、まぁ今は気にしない方向でいこう。それよりも岸波ちゃんの話だ。岸波ちゃん、戦闘訓練を受けることになったけど魔術は使える?」
魔術が使えるかどうか、か。
正直なところ使えるかどうかはわからない。
そもそも私が使えたのは礼装に記録されていたコードキャストだけで、私固有のコードキャストなんて使えなかった。
おまけにコードキャストが使えたのは月での話で、今私の手元には礼装の一つもない。
――無理じゃね?
「取りあえずは今日は検査だけしておこう。魔術回路の本数は分かったけど、その他がどうなっているかまでは検査してなかったからね。もしかしたら岸波ちゃんの記憶喪失の原因がつかめるかもしれないし」
ごめんなさい、記憶喪失じゃないです。
いやまぁ曖昧なところはあるのだけども。
記憶喪失というのは並行世界からきて常識が異なるが故の艇のいい言い訳でして。
ま、まぁしょうがないよね、うん。
「それじゃあ移動しようか。マシュ、ちょっと検査の手伝いをしてもらってもいいかい?」
「はい、ドクター。それではフォウさんはお散歩に戻られてください」
「フォーウ!」
特権生物はとてとてと歩いて行った。
さて、では自分たちも移動しよう。
……部屋の場所は忘れないように番号を頭に刻んでから。
そうしてたどり着いたのはドクターが務める医務室。
中をのぞいてみたが職員はおらずドクターのみがこの部屋を使用しているようだった。
「あぁ、フロアごとに医務室があるんだ。ここは比較的人が少ないフロアだから僕一人でも回していけるからね……っと。マシュ、岸波ちゃんに着替えと機材の装着を」
「了解しました。では先輩、こちらに」
マシュに案内され医務室の奥へ。
そこには簡易的なロッカールームがあり、ここで着替えろということなのだろう。
いそいそと制服を脱ぎ着替えを済ませて外に出る。
「では先輩、次にこちらを」
何やらよく分からない機材を装着されていく。
なんだかこそばゆいが少しの我慢である。
そうして一式装着し終えて案内されたのはベッドの上。
あとは力を抜いて眠っていていいそうだ。
というわけで――――おやすみなさい。
「確かに眠ってしまってもいいとは言ったけど、こうもあっさり意識を手放すとは……まぁ疲れていたのかもね」
「というか、死にかけた当日にその陰すら見せない先輩がタフすぎるのでは?」
「だよねぇ……おまけに記憶が無いっていうんだから……まぁその真偽は分からないけどね」
そういいながらロマニは機材を操作する。
現在、ロマニが検査として集めていたのはCT画像に加えて魔術回路の本数とその質。
加えて何らかの魔術刻印を所持していないか。
魔術刻印は魔術師の家系が持つ遺産であり、生涯を以って鍛え上げ固定化した神秘を礼装や神秘の欠片の一部などを核として刻印としたものだ。その効果は様々であり、術者をサポートする機能を持つものまで存在する。
その魔術師の家系における修練と研究の結晶、それが魔術刻印だ。
その刻印から魔術を読み解くことはできないが、それを持っているか持っていないかで異なることがある。
それは岸波白野が白か黒か。
「魔術刻印を持っているなら、何かしらの門派に属してることになる。そこから生家にコンタクトを取るのも難しくはない。まぁ、岸波ちゃんが何か大きな計画を抱えていて暗躍のためにここに来たって言われても信じられないけどね」
「先輩に暗躍は無理では? 私なら先輩という人を知った上で、極秘裏にことを進める命令は絶対に出しません」
「まぁ案の定行き倒れて、僕たちに保護されてるからね。となれば暗躍の可能性は低い。ただ所長は可能性をできる限り絞りたいみたいだから一応ね」
マシュはどこか不満げにベッドで眠る白野を見る。
ロマニは珍しいマシュの反応にいい変化だと思いながら、検査結果が表示されるモニターを見て、
「――――――――――なんだ、これは」
マシュには聞こえない声で呟いた。
これはマシュに見せられるものではないと検査結果をバッグラウンドに隠し平静を装う。
「…………ドクター、検査の結果はどうなりましたか」
「うん、まぁそれは本人がいる場――って言っても、刻印に関してはコッチの独断で本人の了承を得てないからなぁ」
ロマニはそう説明しながら、どうしたものかと思考する。
正直に言ってしまえば、検査結果は『異常あり』だった。
ロマニにとっても衝撃的な話ではあったが、白野の記憶喪失にも納得がいく異常の一つ。
「これは要相談かなぁ…………」
いつの間にか眠っていたらしい。
マシュに体をゆすられて覚醒した私は、マシュに連れられて着替えを済ませた後ドクターの前へと連れ出された。
何故か張本人である私よりもマシュの方が検査結果を待ちきれない、そんな様子がおかしかった。
「コホン、それじゃあ検査結果を伝えるけど……うーん、どうしたものかなぁ」
どこか、話すべきか迷っているドクターの様子にマシュが戸惑う。
これまた何故か私以上の反応である。すごい心配されていると思うと、この先輩思いの少女がとても愛おしく見える。
健気な後輩少女とか私にクリティカルヒットである。何にとは言わない。
――取りあえずなんでもいいので結果を
「本当に男前だよね、岸波ちゃん……これじゃあ相談する意味もなかったかなぁ」
ドクターは目の前のモニターに一つの検査結果を表示する。
と同時にその隣には何らかの説明が書かれたもう一つの資料が提示された。
「岸波ちゃん、検査結果が出た。君の記憶喪失の謎が解けたよ」
そういって検査結果を拡大する。
ああ、そういうことか、そういうことなのか。
――私は、アムネジア・シンドロームだった。
「そう、君はアムネジア・シンドロームだったんだ」
「……それは、以前蔓延したウィルスが原因の? 確か症状は――記憶の、喪失」
「その通り。難病でかつては治療方法がなかった。とは言え現在は治療法が確立され、以前と違って完治可能な病気だ。当然のごとく岸波ちゃんも治療済みではあった。ごく、最近の話だけどね」
ふむ、ちょっと暗い顔をする二人をおいて整理しよう。
確かに本体であり冷凍保存されていた私はアムネジア・シンドロームにかかっていたのは間違いない。
だがそれはコピーである私ではなく、本体のはずである。
そこから見いだせる結論は一つ。
――この体、本体のじゃないか!
なんで、どうして!?
確かに本体にはもう記憶の欠片も残らずまっさらな状態だったけどどうしてこうなった!
「これは憶測だけど、岸波ちゃんは少し前の時代の人間なんだと思う。当時、治療法が確立されていなかった難病にかかった魔術師だったんだ。そうして徐々に記憶を失っていき、治療法が確立されない状況で追いつめられた。君自身か、それとも周りの判断かは分からないけど、治療法が確立されるまでコールドスリープでその時を待つことにしたってところじゃないかな」
「だから先輩の記憶はちぐはぐで……」
なんというご都合主義!
私にとっては非常に都合がいいので助かるのだけども!
というか優秀である、このドクター。大体あってる、九割は当たってる。
「ごめんね、岸波ちゃん。今の科学技術は進歩してるけど、失った記憶までは取り戻せない」
申し訳なさそうなその表情に申し訳ない。
それ私じゃなくて本体の話なんだ。
いやまぁ今となっては本体に私が入ってるんだけど。
「先輩……大丈夫ですか?」
ぐはぁ!?
岸波白野に9999ダメージ。
違うんだ、心配されることは本当はないんだ。
純粋で健気な後輩をだましているというこの罪悪感が胸をえぐる!
サーヴァントの殺気に充てられるよりもキツイかもしれない……。
それでも、
――大丈夫だよ、マシュ。私も頑張っていくから。
「――――先輩」
「うん、そうだね。よし、それじゃあこれから一緒に思い出を作っていこう! 改めてよろしくね岸波ちゃん!」
「改めまして、マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします、先輩」
――改めて、岸波白野です……よろしくお願いします!
いつか、本当のことを話そう。
こんなにも私に親身に接してくれる彼らには、話さなければいけない。
そのためにもなぜ私がこうなっているのか、この状況の原因を探らなければ話すことさえできない。
並行世界、太陽系最古のアーティファクト、どれもそう簡単に信じることができる代物ではない。
ましてや、並行世界の壁を越えてきたなど怪しさ満点である。間違いなく私一人の力では不可能なのだから、その後ろには何かがいるはずなのだ。まぁ、もしかすると? どこかのお狐さんがまたやらかしたとか? 世界最古のジャイアニストがまたやらかしたとか? 下手するとBBが事を起こしたとか? 可能性が否定できない人物わんさかである。
今、自分が語れる自分のことがあまりに少ない。
まるでかつての聖杯戦争である。
違うのは記憶は完全ではなく曖昧で、複数の記憶があることか。
しかし自分のことが分からないという一点、これは何も変わらない。
――また、探すことになる。
どうして自分はこうも自分を知らないのか。
まぁ私にできることなんて、諦めないことくらいなのだから今までと同じように手探りで歩いていこう。
それが私が他人に誇れる数少ない一点なのだから。
だからその、しみじみとした表情をやめてください。
後ろめたくて堂々と外を歩けなくなりそうです…………!