ロキ・ファミリアのたった一人の眷属   作:抹茶オレンジ

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デートの始まり

 まどろみのなかでどこか心地よさがロキを包んでいた。

 目を少しだけ開けて、意識を覚醒させる。

 ふかふかのベッド、丁度いい高さにある優しい匂いのするやわらかい枕、かけられた毛布。

 

 なんだか視線を感じて、顔を上に向ける。

 

「こんにちは、神様」

「……べるたん?」

 

 はいそうです、と笑みを浮かべる子供にロキもにへらと顔を崩した。

 どうやら自分が帰ってきてからずっと膝枕をしてくれていたらしい。

 

(なんや、ここ楽園か……っ!?)

 

 衝撃が身を貫き、同時にああ、きっとこれは夢だと考えた。

 だって、こんな、こんな良いことが現実にあるはずがないのだから。

 

 だから

 

 べるたーん、そう言って抱きついた。

 

 

 

「神様、どうしたんで、あ、ちょ、神様ああああああああっ!?」

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

「ほぉ、金落としたんか」

「す、すみません……」

 

 背中のステイタスを、相も変わらずわざわざ背中に乗って更新していた。

 すまなそうに悲しげな顔をつくる子供の頭を、そっと撫でる。

 

「気にせんでええよ」

「で、でも……」

 

 口ごもるベルの頭を、気にするなと言う風に撫で続ける。

 やがて子供は恥ずかしくなってきたのか、耳まで赤く染めて顔を枕に押し付けた。

 

「べつにアレぐらいはした金やし」

「……」

「金落としても命落とすな言うやろ? だから無理してダンジョン潜って返そうとかせんでええよ」

 

 おまけにベルが言うには()()()()()()()()に助けられたそうだ。

 その話に若干の曲解と()()()()()()()()()()()()があったが、ただそれでもとりあえずは子供に前科がつかなくて済んだのだ。

 

(まぁ、十中八九誰かに盗られたんやろうけど)

 

 このオラリオは人が集まる。集まれば集まるだけ悪人の数は増える。

 行きかう雑踏の中で、誰かの懐から物を取るなど日常茶飯事だ。田舎から出てきた無垢な顔つきをしているベルは格好の標的だったのだろう。

 むしろ、変な輩に絡まれなかっただけよかったのだ。

 

 そんなことを考えているとステイタスの更新が完了した。

 頭から手を放して、羊皮紙にステイタスを写し取る。とうぜんスキルの欄を消して。

 

「ほい、昨日の分」

「……ありがとうございます」

 

 ロキは背中からどいて、ベルも体を起こしベッドの上に座りなおした。

 

 落ち込んだ表情もステイタスの羊皮紙を見て、喜びに変わった。

 

 

 

 

 

 ベル・クラネル

 lv.1

 力 :I76→I89

 耐久:I63→I75

 器用:I77→H108

 敏捷:H142→H187

 魔力:I0→I0

 

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【】

 

 

 

 もっとも伸びている俊敏など、もう『G』に差し掛かっている。

 そして極めつけは、

 

「なぁ、昨日モンスターから攻撃受けた?」

「いえ昨日は特に」

「やんなぁ……」

 

 基本、ベルは痛いのが嫌だという分かりやすい理由で極力敵の攻撃を避けている。

 一人で潜るソロとしては当たり前の考えかもしれないが、敏捷の伸びもそれに一役買っているのかもしれない。

 ただそれはつまり、耐久が上がるはずがないという大きな証明でもあるはずだ。

 

 こうなった原因はなんとなく分かっている。おそらく『スキル』だろう。

 

 ──成長促進(ロプトラピッド)

 

 スキルの欄に効果がないという奇妙な『スキル』

 その名の通り成長に一役買っているらしく、じっさいその伸びは凄まじいものがある。

 

(たしかに最初は10や20上がるんは普通らしいけど……うちもはじめそう言うたけど)

 

 敏捷など、ステイタス更新のとき一貫して40程度上がっている。

 それだけではない。モンスターの攻撃などを受けていないのに、上がるはずのない耐久が毎度毎度10程度上がるのだ。

 なんというか、無理やり経験値として割り当てているような、経験として扱えない些細なことを拾っているような、そんな得体の知れない『チート』みたいな内容。

 こんなわけの分からないスキルのことだ、もしかしたらそれさえも()()()()()()()()()()のかもしれない。そんな予感すら感じさせる。

 

 黙っていてよかった。もしばれたら絶対面倒なことになる。

 ただ不安なのは子供の体になにか悪影響がないかと言うこと。

 

 スキルを弄って無かったことにしてやろうか。そんな考えも脳裏をよぎったが──

 

「僕、今はまだ全然ですけれど、絶対神様のお役に立って見せますね」

「そんな気張らんでええねんけどな。まぁ期待しとくわ」

「はい、神様!」

 

 満面の笑みでそう言って来るベルを見ると、とてもではないがそんなこと出来なくて、ばつが悪くなって顔を背ける。

 

 向けた顔の先には窓があって、日も高く昇ったオラリオの雑踏が目に入った。

 もうお昼過ぎか、昼飯を食べてなんだかんだすれば、時間的にさすがに子供も今日はダンジョンには向かわないだろう。

 

(だったら、折角やしなんかしたいなぁ……)

 

 ふとそういえばと思い返して、すぐさま踵を返すように顔を向けなおした。

 丁度相手も起きているころだろう。だったら、善は急げだ。

 

「なぁ、ベルたんこれから予定ある?」

「予定ですか? ……ダンジョン潜る以外は特に」

 

 まだダンジョン潜るつもりやったんか、この子。

 すこしげんなりしたが、よし、それなら決まりだ。

 

「ほんなら、デートしよ?」

 

 

 

『あんたの子供の武器、私が選んであげる』

 

 鍛冶の女神との取引。その手札を今切ることにした。

 

 

 

 §

 

 

 

 シャツに袖を通し、燕尾服の上着を羽織る。白い手袋なんかも手にはめて、鏡の前でくるりと一回転して確認する。

 

「ん、問題ないな」

 

 デートとは言え、べつにここまで身を固める必要はない。ただ向かう先ついでにどうせ行かないといけないだろう場所では、一応【ファミリア】の主神として会わなければいけない相手がいた。

 というかそろそろ会わないと面倒だろう。なにせ相手はあのドチビと双璧を成す【ファミリア】の主神なのだから。

 だから一応、一応の正装。

 

 ドアを開けて、階段を下りる。居間にはベルが立って待っていた。

 

「あ、神様」

「ベルたん、どないこれ」

 

 くるりと周って見せてみる。ただなぜか心なしか眷属の顔ははれない。

 

「どないしたん?」

「えっと、その……」

 

 口ごもる子供に「ん?」と首をかしげた。似合っていなかったのだろうか。だとしても、嘘でもいいから似合っているぐらいは言ってほしかった。

 そんなことを思っていると、なにかを決意したベルが口を開こうとしていた。

 

「あの、神様は女神様なのにどうして男の方の服装をしてらっしゃるんでしょうか……?」

「……」

 

 そうやった。うち、女神やった。

 根本的なところでなにか忘れているような気がしてはいた。気がしてはいたが、まさかこんな基本的なことだったとは。

 

 ベルが女の子だったら、この服装だってそうおかしくはないはずだ。

 ただ男だ。まごうごとなき男だ。そして自分はまごうことなき女神のはずだった。

 

 狡知の神は言葉を詰まらせた。いまさら着替えようにもそもそも肝心の女性が着るような服を持っていない。着てもスタイルがよすぎてサイズが合わないのか、胸の部分がスースーする。

 苦肉の策で上着だけを脱いでも、それはそれでこれから会う鍛冶の女神(ヘファイストス)と被ってしまう。

 じゃあ元の服装に戻す? そんなの間抜けすぎる。

 

 迷った末に

 

「う、うち、気にいってんねん、これ」

「そうなんですか?」

「お、おかしい?」

 

 ロキのうわずった声に、ベルは首を振った。

 

「いえ、ただ神様のそんなお姿を初めて見たので」

「そ、そうかー」

 

 棒読みもはなはだしく、かくかくと頷いた。本当はこんなにかっちりとした服装なんて、そんなに好きじゃないのに。

 ベルの方も納得したようで、にぱっと天使のような笑顔を浮かべた。

 

「その、とってもお似合いです、神様」

「お、おう、ありがとうな……」

 

 褒めるのが恥ずかしいのか、顔を赤らめる眷属。かわいい。

 

 だがなんだこれ、なんだこの敗北感。褒められたのに、褒めてくれたのに。

 お似合い。お似合い? うち女神やのに? 

 自分からドツボに入っておきながら、少し落ち込んだ。

 

「ところで神様。これからどこに行くんでしょうか?」

「おにあい、むねない……ん? バベル」

「バベルですか?」

「ん、まぁ細かい話は着いてからしよっか」

 

 ベルに背中を向けて、ドアをいの一番に開けようとした。

 ノブの所でふと頭に浮かんだことがあって、ぴたりと手を止め振り返った。

 

 すっとベルの前に手を差し出す。

 

「デートやし、手つなご?」

「え、え?」

「ほれはやくぅ」

「わ、分かりました……」

 

 照れつつも、自分の言うことに素直に従ってくれる子供に、悪い気はしない。

 そのうち自主的にしてくれるようになったらなーと言う程度にロキは考えて仲良く手をつないで、ホームから出て行った。

 

 

 §

 

 

 

「ふぅ」

 

 ヘファイストスは執務室で一人、腰掛けていた椅子に背中を預けた。

 隻眼の左眼がげんなりした様子で、机に高く積まれた書類を流し見た。

 いくら仕事神と揶揄される自分でも、これはあんまりだろう。

 

(そろそろヘスティアにも釘を刺しておかないと、あの子ちっとも遠慮しないんだから)

 

 遠征。【ヘスティア・ファミリア】との共同での深層探索は、たしかに鍛冶大手派閥の【ヘファイストス・ファミリア】に大きな収益をもたらす。

 単身では到底行えない深層での『ドロップアイテム』の入手など、おそらく鍛冶仕事のみとして考えれば垂涎物だろう。

 

 ただそのせいで、書類仕事を行えるLv.3以上の眷属をこう軒並み毎度毎度取られては【ヘファイストス・ファミリア】はともかく【ヘファイストス】が先に参りそうだった。

 

 昨日いくら息抜きが出来たとは言え、さきほど仮眠を取って起きたとき、この現実には叩きつけられるような衝撃を受けたものだった。

 顔を思わず天井に向ける。

 神が天を仰ぐなんとも皮肉な姿がそこにはあった。

 

(……そういえば、本当にロキが【ファミリア】をつくったのよね)

 

 ロキ。面識はヘスティアがぐうたらと死にかけていたときに、よしみで保護していた短い期間だけだった。

 彼女がオラリオから抜け出たとき、神友がほんの少しだけ落ち込んでいたのをよく覚えている。

 

 それ以降ロキの下界での騒動騒乱を見るにつけ、眷族を作らない彼女のことは記憶に大きく刻まれていた。

 それこそ、他の神々同様退屈を大きく紛らわすものとして。

 

 だからそんな彼女が眷属を【ファミリア】を作ったなど、それこそ驚いたものだった。

 根掘り葉掘り聞いた後、『取引』として武器を見繕うなどお安い御用だと思わずにはいられないほど、思わぬ未知に興奮した。

 

 おまけに、容姿といい名前といい、こんな()()があるのだろうか?

 天井に向けた顔が、すこしだけ緩む。

 

「ベル、クラネル……」

 

 ぽつりと呟いた言葉は、すぐに部屋の静寂に呑まれて消えた。




やっと物語が動き出す、予感。

前回までの改稿は誤字脱字、および読みにくいなと思った部分を意味そのままで書き直しているだけです。


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