ロキ・ファミリアのたった一人の眷属 作:抹茶オレンジ
いわゆる過去話、ベル君が冒険者登録をしたときの話です。ロキ今回名前しか出てこないです。
あと思うところがあって前の三話全部のタイトルだけ変えました。
内容に変化はありません。
オラリオの中枢は文字通り中央に聳え立つバベルであり、その地下深くへと続くダンジョンだ。
ギルドはこれら二つを管轄し、迷宮都市の主要産業である魔石の精製を行うことによって莫大な利益を得ている。
それは名実共にこのオラリオでもっとも力を持つ存在と言うことで、さらに言えば魔石を持ってくる冒険者達を登録、管理するのもこのギルドの仕事だ。
ありていに言えば探索系を筆頭とした都市に点在するファミリアの上位存在ともいえるだろう。
§
エイナ・チュールは、その日冒険者登録を行いにきた少年と対面していた。
容姿端麗の種族エルフを母方に持つ彼女は、そのエルフとしての凜とした雰囲気を纏いつつも父方のヒューマンとしての人当たりのよさを兼ね備えた人物だった。
だからだろう、彼女の前には人がよく集まる。この日もエイナの受付には異常に列が出来ていた。
この少年がそういった多くの手合いと違い、そう言う視線を向けてこなかったのは内心意外ではあるものの、何時もどおりエイナはギルド職員としての笑顔を浮かべながら対応を行っていた。
「お名前はベル・クラネル氏ですね。かしこまりました、所属【ファミリア】を教えていただけますか?」
「えっと……」
白髪に赤い目をしたヒューマンの少年は、先ほどまでの快活で夢にあふれた冒険者希望にありがちで死にがちな態度を一変し、言い含まったように言葉の二の足を踏んでいた。
「どうかされましたか?」
「その、神様から自分のことはあまり言うなって、だからあの……」
変わった神がいるものだとエイナは少し興味をそそられたものの、神々が変わっているのは今に始まったことではない。
それにそういった手合いの対処についても、彼女は心得ていた。
「ですが、【ファミリア】の名前をおっしゃって頂きませんと、私どももベル・クラネル氏のサポートを行う際に不備が生じてしまいます」
「そ、そうなんですか」
あくまで、登録できないとはエイナは言わなかった。言ってしまえば、冒険者になりたがる血気盛んな者は逆上する場合が多い。
だからこそ、自分に不利益が生じることなんだということを彼女は懇々と教える。
ベル、と呼ばれている少年はそれでもなおまごつきながら逡巡を重ねていた。
エイナは、「はあ」と心の中で溜息を一つ吐く。後ろにいる冒険者はまだ彼女をじっと見るというおこぼれに預かっているからまだ大人しいが、その後ろ以降は悲惨だ。
仕方がない、とエイナは立ち上がった。半分血を与えられた母親の種族であるエルフの律儀な部分だけを彼女は感じながら、面談室へと少年を連れて行く。
「ここなら防音も完璧ですから」と彼女は席を促し、自らも席に座れば「お願い」と微笑んだ。
ハーフでもエルフの血を引く彼女の微笑みに、ベルは顔を赤くさせる。
なにも少年一つにここまで手間をかける必要などないのだが、目の前にいる純朴そうな少年が右往左往する姿を想像すると、エイナはなんだか居た堪れない気持ちになってしまう。
「ほら、私だけに教えてくれたらいいからさ」と囁く。
「職務上重要なことなんだよ? 神様とのお約束も分かるけど、その神様だって『余り言うな』って言ってただけなんでしょう?」
いつの間にか口調は砕けきり、距離をつめる。ベルは赤くした顔を俯かせながらも、時折こちらを伺うようにちらちらと見やる。
エイナはその瞬間を逃さず、わざと困ったような表情を浮かべた。
「ね、駄目……かな?」
最後のダメ押しにベルはとうとう陥落した。
「わ、分かりました」
「うん、ありがとう。それじゃあベル君……ベル君でいいかな?」というエイナにベルは頷く。
「じゃあ、ベル君。もう一度君に聞くね? 【ファミリア】はどこかな?」
まるで迷子の子に親はどこと聞くようだとエイナは内心苦笑しながらベルの返事を待った。
このあとは手早く書類をまとめてさきほどの冒険者た「【ロキ・ファミリア】です」
「……え?」
今、彼はなんと言った。
「えーと、ベル君。私の聞き間違いかな? ろ、ろ……」
「はい、【ロキ・ファミリア】です」
「──うそでしょおおおおおおおおおおおおお!?」
エイナの叫び声が、防音を超えギルド中に飛び散った。
§
「……ごめんね、ベル君」
あの後突然大声を上げたエイナのことを心配した同僚と「俺のエイナちゃんになにしやがる!」と血眼になったドワーフを筆頭とした冒険者達がなだれ込んできた。
「大丈夫、大丈夫ですから」といくら彼女が言っても「あなたの身に危険があるかもしれない」とエルフの男を筆頭に彼らは頑なに動かなかった。
ベルはそんな殺気溢れる彼らに困惑と涙を浮かべる。
エイナは仕方がないと首を振り冒険者との間に割って入った。
「じ、実は私の父の兄の子供らしいんです。私、ちょっと驚いちゃって……」
苦しい嘘だとエイナは感じながらも続ける。
「つ、つまり彼は私の従弟だったんですよ! つい、つーい驚いちゃって!?」
あは、あははと笑うエイナの苦しい説明に、冒険者達は一応の納得をしたのか「そうなのか」と言って帰っていった。
「ということはだ、あの兎に優しくしてやれば私に対する彼女の好感度も……」「おい、卑怯だぞ!」「五月蝿いこの下賎なドワーフが!」「なんだとぅ!?」
外で何か騒ぎになっているが、エイナは見なかったことにしてドアを閉めた。
「……ごめんね、ベル君」
そして今につながる。
エイナの言葉にベルはぶんぶんと首を振って否定した。
「い、いえその……やっぱり何か不味かったんでしょうか?」
「……そう言う訳じゃないんだけどね」
不味くはない。神々が下界の子供に恩恵を与えるのは、何ももおかしくはない。そんなことを否定すればギルドの根幹すらも否定することになる。
ただその
「えっと、本当にベル君は……?」
「はい、【ロキ・ファミリア】です」
神に同名は存在しない。
エイナの母と共に里から抜け出したハイエルフのように高貴な家柄だとかならともかく、下界の存在と違い神々の名は唯一無二のものだ。
それはつまり、彼が、純朴そうなこの少年が、あの『ロキ』の眷属だということ。そのことにエイナは冷や汗を一つたらした。
直近のラキア転覆も含めて、『ロキ』と言う名は余り言い呼び方では使われない。神々は面白がって囃し立ててはいるものの下界の存在であるエイナも含めて、歩く自然災害が共通認識だろう。
だからエイナは俄かには信じられなかった。あの『ロキの眷属』なら狡猾で世慣れしていて人のことなどなんとも思っていない、なんだか角まで生えていそうな雰囲気をまとっていてもなにも可笑しくないはずだ。
とにかく目の前に居る純粋そうな男の子が彼女はそうだとは到底思えなかった。
ごくりとつばを飲み込んで、エイナはベルにあるお願いをすることに決意する。
「──ねえ、ベル君。背中の『ステイタス』を見せてくれないかな?」
「えっ?」
神学校で学んだこともあるエイナは神々の文字、ヒエログリフを嗜む程度だが読むことが出来る。
本来『ステイタス』を見るなどご法度とはいえ、好奇心と猜疑心がエイナにその行動をとらせた。
「で、でも」
「お願い、ベル君。本当だったら後は私の方で上手く処理するから。それにもし私のせいで他の冒険者達にベル君のことがばれたりしたら、私は君に永遠永久の奉仕を誓う奴隷になるよ」
ど、奴隷……? と困惑するベルに言い過ぎたかと内心あせるエイナだったが吐いた唾は飲み込めない。
純朴そうな少年は困った顔を浮かべた後、顔を青くしてエイナに迫る。エイナはすこし顔が熱くなるのを感じた。
「だ、駄目ですよ! 僕、そんな重労働エイナさんにさせるなんて……!?」
「なんで君は私が誰かに漏らしちゃう前提で話すのかなあ……って重労働?」
「……? 奴隷って、重いものを運んだりするんじゃないんですか?」
「……ベル君」
「?」と不思議そうな顔を浮かべる少年に、エイナは大きく溜息を吐く。
本当に純粋な少年だ。やはりあのロキの眷族には見えない。
「それで、『ステイタス』は見せてもらえるのかな?」
「え、えっと……分かりました」
観念したように背中を見せるベルに、エイナは少しかわいいなと思いながら服がまくられた背中を見る。
(あっ……だめだ見られない)
そもそもベルの背中には何も出ていなかった。恐らくこれは『ステイタスロック』神々が行う鍵みたいなもの。『ステイタス』の情報など下手をすれば同じファミリア内のメンバーですら知らない極秘情報なのだから当然だと思う反面、これで確認する機会を失った。
エイナさん? と顔だけ向けてこちらを伺う少年に、エイナは「ありがとう」と言ってこちらに向きなおさせた。
「ごめんね。私じゃちょっと分からないや」
「そ、そうなんですか?」
情けない話だとエイナは苦笑した。そもそも下界に降りてきたばかりの神ならばいざ知らず、あの狡知の神と称される女神がその程度のことしないはずが無いのだ。
「ベル君、何か女神……神ロキから何か預かってないかな?」
「いえ、特に」
「やっぱりそうだよねぇ……」
中堅以降のファミリアならいざ知らず、目の前の少年は創設されたばかりのファミリアでたった一人の眷属だ。
印章だったりを持ち合わせているはずが無い、エイナは頭を抱えた。
(別に登録はできちゃうけど、証拠もなしに神ロキの子供だって承認したら絶対面倒なことになる)
絶対ギルド長辺りが悪戯に騒ぎを大きくして、ベル自身いろいろと不都合が生じる。
それを、あの『ロキ』が許容するだろうか? 彼女が自分の眷族をどう思っているかは知らないがそれを不快に思いでもしたらどうなるだろう。
(なんだかお腹痛くなってきちゃったなぁ……)
書類は、とりあえず自分の手元においておくしかない。
冒険者にならないと受けられない各種サービスだって、正直現れてはすぐに消えていく冒険者達をいちいち細かく見たりはしない。見てくれさえ整えばなんの確認もせずに魔石交換を含めた冒険者向けの援助は受けられる。
「うん、わかった。じゃあとりあえず装備の貸与もあるけれど必要だったりするかな?」
「はい。神様にご迷惑をおかけしたくはないので、お願いします」
(……ちょっと規則を破っちゃうけど、これくらいいいよね)
エルフの里から王族を連れ出した母親の血を半分引いたエイナはそう心の中で舌を出して、ベルを招いたのだった。
原作で疑問なんですけれど、エイナさんが信じられないとばかりにヘスティアが刻んだステイタスを見るシーン。
多くの神がステイタスロックをかけているのに、どうしてエイナさん見れると思ったんでしょうか。
案外ドジッ娘なのかもしれません。エイナ可愛い。
誤字脱字、アドバイスなどあると嬉しいです。