ロキ・ファミリアのたった一人の眷属   作:抹茶オレンジ

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3/23 タイトルだけ変更。内容に変わりありません。


ハーフエルフは怖くて世話焼き

 フレイヤはワイングラスを片手に、椅子に腰かけながら夜闇広がる窓の外を静かに見つめる。

 バベルの最上階、オラリオで最も高層の建築物の視界を邪魔するものはなく、静寂が部屋を支配していた。

 

「ねえ、オッタル」

 

 フレイヤはその唇を開き、背後で控える猪人(ボアズ)の眷属に声をかける。

 

「ロキが……あの子がファミリアを作ったらしいの」

「……確か、神友だと伺いましたが」

 

 フレイヤは「ええ」と頷いて笑みを浮かべる。

 ワインを一口飲むと、グラスを置いて椅子から立ち上がった。

 

「あの子がファミリアを作らない、何てこと言って飛び出して行ったときは、少し心配だったけれど……」

 

 フレイヤは窓へと近づいて、眼下に広がるオラリオの夜景に目を落とした。

 

「───少し、興味が湧いたわ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「まだなんかなー、まだなんかなー?」

 

 ロキは一人笑みを浮かべながら何時もどおり、部屋でソファーの上に座って、膝を抱えながらベルの帰りを待っていた。

 恩恵を与え一週間、初ダンジョンデビューから四日、彼女の子供は着々と成長していた。

 現在3階層を順調に攻略中、ロキとしても鼻が高かった。

 あの偏屈で妙なスキル(・・・・・)を除けば───

 

 考えに沈もうとしたとき、がちゃり、と鍵の開く音がしてロキはすぐさま立ち上がった。

 ドアから見える処女雪のような白い髪を見て、彼女の顔が喜色に染まる。

 

(ベルたんや!)

 

 ロキは走ってベルの下まで行く。周りには彼が出て行ってから一歩も動かなかったため、物一つ落ちていない。

 

「べるたーん!!」

「神様、ただいま戻りました」

 

 ベルにその身を預けたロキは彼の胸に顔を埋めて、そのまますんすんと鼻を鳴らす。

 

「なっ、なにしてるんですか神様!?」

「ふひひ、細かいこと気にしたらあかんで」

 

 顔を真っ赤にしたベルを、埋めたままちらりと横目で見やり、かわいいなあなどと内心思いつつ、今日の戦果を尋ねようとした。

 

「んでベルたん、今日はどないやったん?」

「……あの、実はその前に神様にご相談があるんです」

 

 相談? ロキは埋めていた顔を上げて、首をかしげる。

 ベルは頬を掻きながら、たどたどしく口を開く。

 

「この後、予定とかってありますか?」

「!? ベルたん……っ!?」

 

 そ、それって、で、デート!? デートやん、デートやろ!?

 ロキの頭が祭りのように賑わう。

 

「あ、空いてる! 空いてるで! むしろベルたんでずっと埋まっとる!」

「わ、分かりました。それじゃあ……」

 

 今はもう夕方。これはもう行くところまで行くってことやんな!?

 ロキはうきうきしながら、能天気にそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「なんやねん……なんでやねん……」

「あ、神様。ここです、ここが───」

 

 ───ギルドですよ、神様

 

 うん、知ってるでベルたん。

 にっこりと太陽のように笑う子供の笑顔が、可愛くて、なんだか憎かった。

 

 ギルドに入り、ロキはあたりを何気なく見渡す。

 昔となんも変わっとらんな、と言う感想を抱きつつ、ベルの後へと続いた。

 

「で、ベルたんはここにうちを連れて来て何がしたいん?」

「その、実はエイナさんが神様を呼んで欲しいって……」

 

 エイナ、その名前はロキも知っている。初めて聞いたときは色んな意味で感情が危うかったものの、下界で無駄に恐れられている自分の名前のせいでソロでしか現状居ざる終えない子供が、唯一冒険者のノウハウを学べる場所なのだから、彼女としては仕方がないと割り切っている。

 そんなアドバイザーがわざわざ神である自分を呼ぶ理由は何だろうか。

「んー?」と首を捻るが答えは出ない。

 

 前を歩いていたベルが顔を後ろに振り向けて前方へ手を向ける。

 

「神様、あの方がエイナさんです」

「んー? へー? あれがぁ?」

 

 見ると、視線の先にあるエントランスの真ん中で立つハーフエルフの受付嬢が此方に深く礼をした。

 容姿はエルフの血を引き継いでいる為か整っており、恐らくベルの言うところの英雄譚に出てくる美しい女性と同義であろうことは容易に想像が付く。

 おまけに彼が話す英雄譚は、何故だかエルフが英雄とくっつくという話が多かったのを、彼女はその明晰な頭脳を無駄に利用して覚えていた。

 

 むぅ、とロキは不満げな顔を作る。気のせいか歩みが速くなった。

 

「お待ちしておりました、女神様。私ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを努めさせていただいております、エイナ・チュールです」

「おう、よろしくな」

「よろしくお願いします、エイナさん」

 

 深々と頭を下げるエイナに、ロキは手を上げてそれに答えると、彼女は次の言葉を切り出す。

 

「本日は、女神様にご足労を頂いたことを大変心苦しく───」

「そんな堅苦しいのええから、本題入ってくれへん?」

「……それでは、あちらの面談用ボックスでお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええよー」

 

 なんの話だろうか。ロキは頭に手を回しながら、今日どこかで食べて帰ろうか、と能天気なことを考えていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「と、に、か、く! 神ロキ、貴女は少しファミリアの主神として考えが甘すぎます!」

「な、なにがやねん……」

 

 完全防音の室内、エイナは怒り心頭とばかりにそう言い放った。

 ロキはここ数日の習慣でソファーの上に膝を抱き寄せて座りながら、僅かに動揺を見せていた。

 

「そもそもいくらベル君───ベル・クラネル氏をたった一人、ソロで行かせるなんて」

「うっ……で、でもそれはうちが」

「存じています! それでも、それでもただでさえ危険なダンジョンを一人で、それも初心者も初心者が一人で潜るという危険性を理解しているんですか!? それも三階層を冒険者になってたった四日でですよ!?」

「……そ、そんなん言われても」

 

 心配はしていたが、危険は何一つ考慮に入れていなかった。

 浮かれていて、階層をどんどん進んでいく子供を喜びはしたが、懸念などしていなかった。

 これがベルの話でなければ、ロキだって頭の一つ捻って言い返し、粉砕し、征服していたのだが、屁理屈捻ったところで子供の危険性が減るわけでもあるまい。

 口答えする間も無いままエイナの迫力にただただ気圧されていた。

 

 ちらりと横に座るベルを盗み見れば、視線が合った。

 

「な、なあベルたん、助けてや……」

「……すみません神様」

 

 懇願するロキを、ベルは申し訳なさそうに視線を反対側にそらす。

 

 ───ベルたんに裏切られた!? 

 

 ロキはショックで頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。

 そんな様子をエイナは気づきもせず、まだ言いたい事はあるんです、と言わんばかりに言葉を続ける。

 

「大体、ポーション一つ持っていないってどういうことですか? ソロですよ? 死んじゃいますよ?」

「はい……」

「もしかして、何も考えていなかったんですか?」

「そう、です……」

「はあ……あのですね、一応今は私が立て替えるという形で済ませては居ますが、神ロキとしてもですね何か行動を起こして頂かないと困るんです」

「すみません……」

 

 その後も延々と続いた説教に、いよいよロキの眦から涙が出そうになった時やっとエイナが「それは以後気をつけていただくとして」と別の話を切り出した。

 

「今回来ていただいたのは、どちらかと言うと此方の話の方が主題なんです」

「なに、これ……?」

 

 エイナはロキに羊皮紙を渡す。

 それをじっと彼女は見て見るものの、まったく頭が回らないせいで何が書いてあるか分からない。

 

「ギルドへファミリアがその結成を知らせる用紙です。本来急を要する、という程の物でもないのですが……」

「ふぅん……」

 

 そういうとロキは膝に顔を埋めた。

 めんどくさいやりたくない、うらぎられたかなしい。

 

「神様……? だ、大丈夫ですか?」

「あ、あのすみません、神ロキ。私もその、言い過ぎました、ですからあの、ご機嫌を直してください……」

「……」

 

 視界が真っ暗で、湿っぽい。

 ロキが何とか心を何とか持ち直すのは、エイナの説教以上の時間を要した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 オラリオの空は夜だというのに、建物からこぼれる明かりや魔石灯の輝きのためか明るい。

 冒険者で賑わう北東のメインストリートをバベル経由で抜けた二人は、ホームの属する北のメインストリートを歩いていた。

 ロキは頭の後ろで手を組みながら、げっそりとした顔つきをしている。

 

「あ~絞られたぁ……」

「す、すみません。まさか僕もエイナさんがあんな風に怒るなんて思わなくて……」

 

 申し訳なさそうに謝るベルに、ロキは「まあええよ」と微笑む。

 

「確かにうちもちょっと甘かったわ。ごめんな」

 

 ベルのことを考えてはいたがベルのことは何一つ考えてこなかった。

 この子のことを、冒険者になることを希望した彼のことを思うのなら、確かに自分は少し甘かったんだろうと、ロキは反省した。

 そんなときふとある建物が彼女の目に入った。

 そうだ、今からでも遅くはないはずだ。それに男の子であるベルならあの店は堪らないはず。

 

「なあ、ベルたん。丁度ええし、ちょっとあそこの店寄って行かへん?」

「あそこって……ええ!?」

 

 そこはヘファイストスファミリア北支店。

 まだ店は開いているようで、明かりがついていた。

 ロキがずんずんと店へと歩んでいくのを、ベルは戸惑いがちに追う。

 後ろにいた自分の眷属が、ショーケースに飾られた武具の値札をちらりと見て愕然としているのを彼女は気づきもせず、中に入ろう足を進めた。

 

 がしり、とベルはロキの手を掴む。

 

「どないしたん?」

「か、神様、やめましょう!? 値札、値札を見てください!?」

「たかだか数千万ヴァリスぐらいやろ? 別に大丈夫やって」

「た、たかだか……!?」

 

 ロキの平然とした態度にベルは愕然とする。

 

「と、とにかくそんな高価なもの、僕いいですから!?」

「そんな遠慮せんと使えるもんはなんでも使い? 今までのお詫びやって、な?」

 

 武器や防具、ポーションと言った基本的な物に気を回していなかったことを、ロキは今更ながら罪悪感を覚えていた。

 次いで、下手をすれば子供をこのまま失っていたかもしれないという危機感が生まれた。

 だったら、それなりにいい武具とアイテムをこの子に買ってやろう。なるべく早いうちに。

 ロキはそう決心しただけなのだが、ベルからすれば目玉だけが飛び出て一足先に天界へと還ってしまいかねない額だったから、気後れ以上に様々な複雑な感情が湧いて出て、足を踏ん張って止めようとする。

 

 その時、からんころんと鈴が鳴りドアが開く。二人は思わずそちらに目をやった。

 

 出てきたのは完成された美を持つ麗人。綺麗な赤い髪が腰まで流れ、鋭くも美しい容姿を持った女性。顔の右半分を覆った眼帯が目を引くロキと同じ神の一柱。

 その美女───女神は店の前で騒ぐ二人を一瞥して、刹那に眼帯に覆われていない左眼を大きく見開く。

 

「嘘、あんたまさか……ロキ?」

「……よぉ、久しぶりやな、ヘファイストス」

 

 オラリオの夜に、二柱の神が邂逅した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ヘスティアはまどろみからはっと目が覚めた。

 むくりと上体を起こし、寝ぼけ眼の瞳をこする。

 

「いまなんじだい……?」

 

 くあっと欠伸を一つして、頭を徐々に覚醒させていった。

 

「そう言えば、もうそろそろだっけ……ヘルメスが言ってた子(・・・・・・・・・)は」

 

 そして再びベットに体を転がす。

 まだ少しだけ、寝たりなかった。

 

 




誤字脱字、アドバイス等あったら嬉しいです。

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