「ぐびゃ…っ」
真横からの重い一撃に、悲鳴にも似た声を漏らして、蝙蝠の羽を持った怪物は頭部の半分が消し飛ぶ。
頭蓋がまるで豆腐のように軽々と砕け散り、血液と脳漿を空中に撒き散らす。
「あはっ」
それほどまでに残酷で強烈な一撃を、まさか一人の女性がたった一本の日傘だけで振るったとは、あまり知能が高くない妖魔には到底理解しようがなかった。
「にぃーひきめっ!」
日傘を振るった女性、風見幽香は、血がべっとりとこびりついた日傘を気にするでもなく、振り向きざまに背後の妖魔にフルスイングをかます。
瞬間、ゴウッ、という風を強引に切り裂く音を生み出し、今度は怪物の半身を日傘でまるまる引き千切った。
「ひはっ。楽しいわぁ」
「あらあらぁ。はしゃいじゃって」
日傘だけでなく。両袖にも大量の血痕の跡を残し、口を三日月型に歪める幽香。
そんな彼女を微笑ましそうに眺めている彼女もまた、只者ではなかった。
「——あ゛っ、ぎぎっ…ぇ」
そんな、端から見れば隙だらけの亡霊の少女に、近くの妖魔が鋭く尖らせた爪を、彼女の頭部に向かって振り下ろす。
しかし、彼女の脳天に爪が突き立てられる直前、妖魔は突如呻き声を上げ、数秒と経たずして地面に落ちていく。
「私も、楽しんじゃおうかしら」
それは蝶だった。
桜色の、淡い光を放った無数の蝶が虚空から生み出され、亡霊の少女、西行寺幽々子を囲うように舞う。
見惚れるような美しさの中に、不気味さを醸し出す無数の蝶。しかし、触れれば最後、無慈悲で理不尽な『死』が襲いかかる。
あっという間に、幽々子の周りだけぽっかりと穴が開いたように、先程まで囲んでいた妖魔は余すことなくその亡骸を地に堕とす。
「楽しむことが、今回の目的じゃないんだけどねぇ」
そんな二人の様子を、半ば呆れた様子で、紫は見つめていた。
しっかりと自らに降りかかる妖魔達を対処しながら、紫はただ一人、結界の解析を行っている自身の式に声をかける。
「らーんー? 進み具合はどう?」
「概ね完了です。結界を破壊しました。これで屋敷の中にスキマを繋げることができるでしょう。………ただそれでも屋敷内の空間が歪められているため、どこにつながっているのかまでは……」
「っま、及第点といったところかしら。これからも腕を磨きなさい」
「はっ、仰せのままに」
ひらひらと手を振って軽く答える紫に対して、礼儀正しく、深く頭をさげる藍。
紫はそれをたいして気にもせず、ちらりと横目で確認すると、指を鳴らす。
「ん?」
「あら、まぁ」
残虐の限りを尽くしていた幽香と、妖魔を静かに息絶えさせた幽々子の前に、無数の目がギョロギョロと除く空間が現れる。
「あいかわらず趣味の悪い空間ですこと」
幽香のそんなつぶやきを軽く受け流して、紫は全員に聞こえるようにいった。
「この隙間を通れば、館の内部へと侵入ができます。ただし、どこに繋がっているのかまではわかりません。侵入次第、異変の首謀者及び関係者の無力化を測ってください」
紫は一度、皆の顔を見回す。
「さぁ、突撃開始よ」
その言葉により、紫を除く他の3人はほぼ同時にスキマへと入っていった。
紫はそれを確認してから、自身もスキマへ侵入した。
◇
私はその日、あの無駄に広い空間——取り敢えず『玉座の間』とでも呼んでおこうか——にて、パチェの図書館から借りた本……ではなく、現在、私の私室となっている部屋にもともとあった、英語表記で書かれてあるいわゆる小説を読んでいた。
玉座の間にいる理由はそこまで深くはない。ただ召喚した魔族達が報告しに来やすいかなぁと思っただけである。
——ぶっちゃけ部屋来て欲しくないしね…。
いま私が読んでいる本は、よくあるミステリー系の連載小説で、私も当初内容が難しそうなどと少しばかり偏見を持っていたのだが、これが読み始めると中々に面白い。
幻想郷——と、いうか、私の生まれた時代には当然の如く日本の漫画、アニメ、ゲームなどがあるはずもなく、そんな環境の中で私の数少ない娯楽の一つとなっていた。
……あっ、あーそうきたかー。お前が犯人かよ。
毎度毎度、この小説の犯人を想像しているのだが、いつも意外なところでのどんでん返しが多く、一度も当てられたことがない。
……まあ、そこも面白いんだけどね。
そうして、概ねストーリーの最終局面へと到達しようとした時に、一匹の妖魔が玉座の間へと飛び込んできた。
フラフラとおぼつかなく、片腕がもがれている。
そして私の眼の前で地面に降りると、ぼそぼそと何かをぼやき始めた。
「…………」
「——ふむ、もうよい。下がれ」
私の言葉を受け取った妖魔は、踵を返してまた屋敷の外へと向かう。
ふむふむ、なるほどなるほど。
あーさてさて困った困った。
なに言ってっか全然わっかんねーや!
いやー召喚術で呼び出した魔族とは意思疎通が出来んのかと思ったけど、そんなことはないんだね。
というか魔族語とかあんの!?
召喚術ばっかに焦点を当ててたばかりにそんなこと思いもしなかった。
まあでも、私のところに来たってことはそれなりに何かあったって事だからね。
害のある者がいるってことだ。
「失礼します、お嬢さま」
はてさてどうしようかと、私が悩んでいる時に、背後から現れた咲夜が私に声を掛ける。
ぶっちゃけ凄いビビってるけど、私の内心が凝り固まった私の顔に出るはずもなく、いたって平然として声をかけた。
「どうした」
「パチュリー様より伝言です。何者かが屋敷の結界に干渉しているとの事です。もうじき破られるかも知れないと」
「——なんだと?」
え、やだ怖い。
私が犯人当てゲームやってる中でそんなことが起こってたの?
取り敢えずなんとかしなきゃね…。
「……咲夜」
「はっ」
「美鈴の様子はどうだ」
「ほぼ完治しております。支障もありません」
「そうか。では紅魔館にいる全員に伝えよ。今から戦闘準備に入れ。屋敷に侵入してきた外敵を見つけ次第撃退せよ」
「かしこまりした」
一礼をして、下がろうとする咲夜。
「まて、咲夜」
しかし、私は今一度咲夜を呼び止め、その場に止まらせる。
「はい、なんでしょうか」
「これも伝えろ。…決して無理はするなと」
「……かしこまりました」
すると再び、先程よりも深く頭を下げて、こんどこそ姿を消す。
咲夜が消えたことを確認してから、私は椅子に座り直して位置を正し、肘掛けに肘を置いて頬に手をつく。
……あーあ、まーた面倒なことが起きそうだなぁ。
そう思うと急激な胃痛に襲われる。
ストレスのせいで少しでも面倒ごとがあるとすぐこれだ。
「——はぁ」
誰もいない広い玉座の間にて、わたしはとてもとても深いため息を、辺りに響かせた。
◇
カツ、カツと、長い廊下に一つの足音だけが響く。
館の色と同じく赤一色の内装。
一体どういう仕組みなのか、館の外観からは考えられないくらい広く、そして先が見えないほど長い廊下。
そんな場所を、幽香はまるで散歩でもしているかのように気軽な気持ちで歩いている。
「……あら」
しばらく歩いていると、暗い廊下の先の、ちょうど道の真ん中あたりに、誰か人が立っているのが見えた。
またしばらく進み、お互いの距離が10メートルほどになったところで、ようやく姿形がはっきりと見えた。
綺麗な赤い髪の、中華服のようなものを着た、長身の女。両手を後ろに組み、静かにこちらを睨みつけている。
整った顔立ち、深緑の瞳は鋭くひかり、全体的に少し細めの体躯だが、溢れ出る闘気のようなものが、彼女が只者でないことを教えている。
しかし幽香は大して気圧されたわけもなく、いたって平然として、話しかけた。
「わかる、わかるわぁ。あなた……強いわねぇ」
「貴方も……かなり。侵入者とはあなたのことですかね」
「ええ、そうよ。……風見幽香。紫に呼ばれて来たの。貴方は私の『敵』かしら?」
「そう……ですか。わかりました」
軽く自己紹介をしてから、傘を畳んでその先を赤髪の女性へと向ける。
対して、女性もそう頷くと、組んだ腕を解き、左手の手のひらに右拳を打ち付けた状態で、一礼をする。
「我が名は紅美鈴。紅魔館が門番にして、我が主人の誇る盾」
「よろしく。——貴方は楽しませてくれるかしら?」
「期待には応えてみせましょう」
そう言うと、美鈴は頭を上げ、構えを取る。
少しでも武術に精通したものならば、美鈴のその構えは美しく、そしてスキのないとても精錬されたものだと思うだろう。
反面、風見幽香の構えはとても構えと呼べるものではなく、隙だらけで、無駄が多く、しかしとても
「いざ、参る!」
そんな幽香に、美鈴はただ真っ直ぐ突き進む。
考えていないわけではない。侮っているわけでもない。
最大の警戒をもって、美鈴は強敵へと向かう。
紅魔館の盾として。
◇
そしてほぼ同時刻、西行寺幽々子も長い廊下の先に立つ人物に気がつく。
「何者だ」
それは、メイドだった。
宝石のようにきらめく銀の髪を持った少女。
人形のような美しさを持ち、青色のメイド服のスカートからすらりと伸びた長い足に、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるバランスの良い体つき。
そのメイドの全てを表す一番の言葉は、まさしく『完璧』であった。
しかし、幽々子にとって一番の驚きはそんなところではない。
「あらあら、貴方もしかして『人間』なの?」
「こちらの質問に答えろ。
人間であるメイドは完全に幽々子に対して敵意を抱いており、どこから取り出したのか、指に挟んだナイフをこちらに向けている。
幽々子は気圧されることなく、いたってマイペースに、口元を扇子で隠して自己紹介をした。
「あら、ごめんなさいな。私は西行寺幽々子。友人の頼みで少しあなた達を懲らしめなきゃいけないの。ところで、この屋敷の主人はどこかしら」
「——ならば死ね」
幽々子の言葉の終わりを聞かずしてそう言い放ったメイドは、空中へと飛翔して手にしたナイフを投げる。
次の瞬間、投げられたナイフは一本から一瞬で数百にも及ぶ数となり、広い廊下を隙間なく埋め尽くして、幽々子の逃げ場をなくした。
「……まあ」
目前に広がる刃物の雨に、幽々子はある種の感嘆に似た声を漏らして驚く。
空中で、時が止まったようにその場に固まっていたナイフは、幽々子の声を合図にすべて動き出す。
降りかかる大量の刃は、幽々子の華奢な体に次々と突き立てられる。
——はずだったのだが、
「-…っ!」
次に驚いたのはメイドの方であった。
幽々子に突き刺さろうとしたナイフは、しかしその直前に幽々子の体から湧き出た桜色の蝶の大群が触れた瞬間、みるみるうちに黒ずんで、ぐずぐずに溶け出して空中で霧散する。
「……」
「私ねぇ、いつもいつも鈍臭いけど、『死を操る』ことに関しては自信があるの」
警戒を強め、いつの間にかナイフを携帯した咲夜に向かって、あくまで自分のペースを崩さず、変わらぬ調子で話を再開する幽々子。
「紫には貴方達を
パンッ、と扇子を閉じて、幽々子は咲夜に向かって笑みを浮かべる。
「…っ!!!」
その笑みは、とても不気味で、咲夜は身体中を恐怖が這いずり回るのを感じた。
それは、『死』への恐怖だった。
「だから貴方の事、本当に死なない程度まで懲らしめてあげるわぁ」
「……貴方がどれだけ強くても、時を統べる私の前では無力よ」
◇
一方で、藍がスキマを通った先は、とても大きな図書館だった。
壁一面至る所に本が置いてあり、本棚は天高くまで登り、そしてその本棚一つ一つにもぎっしりと差し込んである。
天井には大きな照明が幾つも並んではいるが、窓などは一つもなく、唯一外に繋がっているのは、木製の大きな両開きの扉だけだった。
……まるで本で出来た洞窟だな。
それがこの広大な空間を一目見た藍の、図書館に対する印象だった。
「あら、案外早く破られたのね」
辺りを見渡していると、不意に横から声が聞こえた。
声の主を探そうと、藍が顔を向けると、そこには一人の少女が、椅子に座って本を読んでいた。
紫色の綺麗な髪を持った、パジャマのような服を着た少女。
不健康なほど白んだ肌、服の上からではわかりづらいが、ぶつかればポッキリと折れてしまいそうなほどに痩せた体。
そんな少女は、自身で声をかけたにもかかわらず、とても興味がなさそうに、目の前に置かれた丸テーブルの上に置いてあるカップを手に取り、それを口に含んでからまた本を読み始めた。
「貴様が外の結界を張ったのか」
「ええ、そうよ。お気に召した?」
藍がそう聞くと、感情の乗らない平坦な声で少女はそういった。
「いや、屋敷にあの程度の結界しか張れないのかと、少し気になったものでね」
「あらそう、良かったわ。あの程度の結界を突破して喜ぶようじゃ、話にならないもの」
言葉の応酬、両者の間をキャッチボールなどという表現では生温いと感じるほどギスギスした会話が流れる。
「……あまり、吠えるなよ。小娘風情が」
「吠えるのならあなたの方が得意でしょう? 可愛い子狐さん」
内に秘めた膨大な妖力を解き放つ藍に反応して、少女は本を閉じて気だるそうに立ち上がった。
それと同時に、彼女の周りに赤、青、黄、緑、紫の五色の身の丈ほどある巨大な宝石が出現する。
「身の程を知らぬ愚か者め。灸を据えてやろう」
「私はこれまで自分の実力に削ぐわない勝負はしてこなかったわ。そしてこれからも、いまこの瞬間もよ」
九尾の妖狐と、七曜を司る魔女。
2人の掌から巨大な火球が生み出され、互いにぶつかり合い、あたりに業火を撒き散らした。
◇
紫がスキマを通ってたどり着いた場所は、何もない、だだっ広い空間だった。
後ろを見れば入り口らしき豪奢な扉があり、そこからずっと、紫を超えた更にその先まで真っ赤な絨毯が伸びている。
そして、その絨毯の先の、たった一つだけポツンと存在する玉座の上に、『そいつ』はいた。
「……誰だ、貴様は」
座っていたのは、十四、五歳程の見た目をした、とても美しい少女だった。
鷹のように鋭い瞳、つやつやとした紫色の綺麗な髪、作られたかのように整った、美しくも幼さを残した顔立ち。
病的なまでの白さをもった、陶器のような肌。
発達された犬歯は、時折ちらちらと口元から覗いている。
そして、背中に生えた二対の巨大な、蝙蝠のような羽。
それこそが、彼女の事を吸血鬼だと示している明確な証だった。
十中八九、この少女こそがこの館の主人であり、異変の首謀者だろう。
そう確信した紫は扇子で口を隠し、内包された莫大な妖力を放ち、目を細めて威嚇するように睨みつける。
「こんにちは、吸血鬼さん。良くもまあ大それたことをやろうと思いましたね」
「……はて、一体何のことやら」
「ここまで来て知らないと申しますか」
「一体なんだ貴様は、勘違いも甚だしい。訳のわからんことをのたまいおって。狂人め」
「それでは、あの大量の妖魔はどう説明を付けましょうか」
紫のその言葉を聞いた瞬間、吸血鬼の少女の目が僅かばかり細められた。
これで、あの妖魔達はこの少女の仕業だと決定した。
「幻想郷での勝手な振る舞い、管理者である私が粛清しにまいりました」
「………」
無言を貫くその姿勢は、肯定の意を示しているのか。どちらにしろ、紫の意思は揺らがない。
「覚悟なさい」
紫のその言葉は、まるで死刑宣告のように重々しい響きを持っていた。
そして、その言葉を言い放った紫の背後に、無数の亀裂が、なにもない空間を走る。
およそ十と少しに及ぶ亀裂は一斉に開き、中から無数の目玉が覗く君の悪い空間を出現させた。
瞬間、そのスキマのような空間から、無数の柱が射出される。
外の世界で言う所の、標識や電柱が次々と飛び出し、少女がいる玉座へと突き刺さる。
最初の柱が玉座へと突き立つと、後から続くとてつもない量の鉄や石の波が、玉座を跡形もなく破壊し尽くす。
鉄と鉄がぶつかり合い、石が砕け、椅子の残骸が飛び散り、辺り一帯に轟音を響かせた。
粉塵が舞い、辺りの視界を悪くする。
これだけの被害を受け、生きていられるものはいないだろう。
それこそ、伝説に聞く鬼の種族くらいではないだろうか。
土煙が晴れ、そこにあったのは大量の標識が突き刺さり、砕けた電柱が山のように積み上がった、元の玉座の形がほとんど残っていないような奇怪なオブジェだけだった。
そう、
あの吸血鬼の姿は、どこにも見当たらなかった。
紫は辺りを見回す。
「いきなりだな。無礼な奴だ」
そして、目当ての少女の声が聞こえたのは、遥か上空からだった。
顔を上げると、先程まで座っていた吸血鬼の少女は、紫の頭上で腕を組み、呆れた調子の声色でそう言いながら、紫を見下ろしていた。
標的を見つけた瞬間、紫は同時に隙間を開いて、先程と同じ鉄の柱を射出する。
しかし、吸血鬼の少女はそれをはるかに上回った速度で、紫の前に急降下した。
あまりの速度に、少女が降り立った地面は大きな音を立てて、その場に小さなクレーターを作り出す。
「—っ」
「少しは話を聞け」
すると今度は、少女は目の前にいる紫にそっと片手を突き出す。
「メラゾーマ」
少女がそう唱えた瞬間、少女の手のひらの先に、少女の体とほぼ同じくらいの大きさの火球を生み出した。
「くっ!」
紫はそれを、スキマを使って一度飲み込み、自身の後方へと繋げてそこに火球を吐き出す。
吐き出された火球は、そのまま背後の地面に着弾すると、巨大な爆音を轟かせ、天井に届きそうなほどの巨大な炎の柱を生み出し、圧倒的な熱量を持つそれは辺りの壁や地面を焼き焦がす。
「……‼︎」
あまりの威力に、紫は言葉を失った。
「せっかちなのは感心しないな」
少女の言葉に、紫はハッとして意識を元に戻す。
目を向けると、少女はまた腕を組んだ状態で直立していた。
「いつまでシラを切るつもりかしら」
「シラを切るも何も、私は本当のことしか言っておらん」
「嘘をつくのがお上手ね」
「ポーカーフェイスとは良く言われるがな」
「お黙りなさい!」
くだらない屁理屈をこねる吸血鬼に我慢がならなかったのか、思いもよらぬ実力に焦っているのか、先程までのゆったりとした口調がきえ、紫の中から完全に容赦が消えた。
「——っむ!」
今度は紫の背後ではなく、少女の周りを取り囲むようにして隙間を開く。
そこから長さ5、6メートル程の電柱を射出する。
それを少女は、羽で避けたり、自身の細腕をふるって砕いたりして、石の槍を免れる。
今度は先程までの余裕が少女から消え、反撃もせずに逃げ回っていた。
しかし、そんな中紫にはある一つの疑問が浮かび上がっていた。
——こいつ、私の能力がわかっているの?
別に、攻撃が当たらないわけではない。
「っぐぅ!」
終わらない石槍の猛攻に、少女はだんだんと集中を切らしているのか、直撃とまではいかないが、脇腹をかすったり、腕に当たったりとその程度だ。
しかし、吸血鬼の少女はなぜだか知らないが、紫のスキマの特性を知っているような気がするのだ。
思えば最初の攻撃も、完全に不意打ちであったにもかかわらず、少女はそれを読んでいたかのように上空へと避難した。
………危険ね。
紫はそう思った。
先程の強烈な火球の攻撃にしてもそうだが、この吸血鬼はかなりの力を有している。
そしてそれは、まだ全て見せてはいないのではないか。
「っがぁ!」
背後からの標識が、華奢な少女の脇腹を貫通する。
少女は吐血し、痛みに眉根を寄せて、苦悶の表情を浮かべる。
動きが止まったその瞬間を狙い、紫は一気に畳み掛けようとするが、それより先に高速で移動した少女が、四方を囲んでいたスキマの檻から脱出する。
「…はっ…はっ、うぐっ!」
少女は息を切らしながらも、強引に標識を抜き取る。
標識が刺さっていた箇所から、せき止められていた血が流れだそうとする。
「……ホイミ」
しかし、少女が怪我の部分に手を当て、何かを呟いた瞬間、手からエメラルドの光が灯り、急速にその傷の箇所を癒していく。
傷を治した少女は、血が止まったことを確認すると、口についた血痕を袖で拭う。
「……やってくれるな」
「まだまだ、貴方はもっと懲らしめて差し上げますわ」
睨みつける少女に紫はそう返す。
「——貴様がその気ならば、私も少しばかり本気になろうか」
「……なんですって?」
いままでが全て、様子見であったと?
少女のいまの言葉には、そのようなニュアンスが受け取れた。
どう考えても強がりにしか聞こえないが、紫は今までの少女を見ていると、どうにも不安が拭えなかった。
「見せてやろう、我が力の一端を」
その瞬間、紫は感じ取った。
少女の体から溢れ出る膨大な力の流れを。
◇
——いっでぇぇえええ!!
私は腹に刺さった標識を抜き取り、血がどっぱどっぱ溢れ出るその箇所に、ホイミをかけて直しながら、内心でそう叫ぶ。
紅魔館の結界を破って、一体誰が来たんだろうと、辛い胃痛に悩みながらも考えていたら、目の前にゆかりんが現れたでござる。
……えっなんで?
いったいなにごとだろうとか思って内心ドキドキしてたら、「やってくれましたわね」とか「とぼけるな」とか訳のわからないこと言ってくるからレミリアさん頭がこんがらがっちゃったじゃないか!
プンスカプンスカ! と、きて早々濡れ衣を着せられた私は、頭から煙を出しながら--まあそんなことはできないが--怒っていると、
「それでは、あの大量の妖魔はどう説明を付けましょうか」
………え、大量の妖魔?
それってもしかして、外のあいつらのこと?
……あれ、もしかして、勘違いされてらっしゃる?
そんなことを考えている間に、ゆかりんガチ怒りしちゃって、椅子壊したり電柱や標識投げたりもうなんなん!?
一応メラゾーマ撃ったけど、スキマ使って回避されるとは思わなんだ。
一応誤解だってことを理解させようとしているのに、長年引きこもって生活してきた為か、初めて対面したゆかりんにちゃんとお話ができないズラ。
でも多分じっとしてるとボコボコにされる。
それはまずい。結構まずい。いろんな意味でまずいことが起きてしまう。
——しょうがない、本当は原作キャラと喧嘩したくないんだけど、そうも言ってられない。
私はそう決意し、体内にある魔力を最大限にまで高める。
今から私がやる技は、吸血鬼に生まれてから絶対に体得しようとしたものだ。
結局は特性とか条件とかのおかげで、習得は最後の方になってしまったが、数ある技の中で大変お気に入りである。
ただし、結構内容は酷い。
体内の魔力が練り終わった瞬間、私は『ある言葉』を口にする
「……血に濡れた我が人生を、ここに捧げようぞ」
私が何かしようとしていると思ったのか、姿勢を低くして身構える紫。
しかし残念だったねゆかりん。この技はスキマで防ぎようがないよ。
なぜならこれ、範囲が
「
私がそう唱えた瞬間、地面から、壁から、天井から、なにもない空間から、ありとあらゆる所から無数の『杭』が突き出す。
「——っなん」
紫は咄嗟に防御をしようとするが、文字通り全方向から襲いかかる無数の杭に対応できず、何本かが体を貫いて磔にされてしまった。
「がっ…! ゴボッ!」
貫かれた際に、紫は口から大量の血反吐を吐き出した。
……やり過ぎた。ごめんゆかりん
これは、とあるルーマニアの王が使った対軍宝具である。
『串刺し公』の名を体現したこの宝具は、いたるところから無数の杭を生み出して、攻撃するもよし、防御に使うもよしの攻防一体の宝具である。
また、この宝具は杭自体が宝具では無く、『突き立てられた杭』が宝具であるため、自らが対象に杭を打ち込むことで相手に直接杭を出現させることができる即死効果のある宝具だ。
まあ、さすがに完全再現は難しくて、宝具でもなんでもないし、指定した範囲に魔力で生成した大量の杭を出現させることまでで精一杯だったんだけどね。
ただそれでも、普通の杭よりは確実に威力は高いから、貫かれたら相当な痛みを伴うだろうけども。
——正直ごめん。
でもこうしないと私がやられてたかもだし。
「これで話しやすくなったというものだ」
これで心置きなく? 説得を再開できるぜ!
「良かったではないか。頭に血が上っていた分、流させてやったぞ」
「——貴様っ!!」
私がそう言うと、鬼の形相で睨みつけてくるゆかりん。
激怒だ。当たり前だろう。
………なんで、私の口は余計なことを言ってしまうかなぁ。
長年の引きこもりによる弊害によって、本心とは別の言葉が出てしまう私のマウスよ。
……空気くらい、読んでください。
技説明
極刑王『カズィクル・ベイ』
簡単に言うと、めっちゃたくさんの杭がでてきます。
杭は壊されても、魔力さえあれば何度でも再生します。
話でも述べた通り、杭自体は宝具ではなく、『突き立てられた杭』が宝具らしいです。
ですので、自身が直接相手に杭を打つと、その時点で宝具となり、対象から直接杭を発生させて、串刺しにすることができる恐ろしい宝具です。
正しい解釈を教えてくださいまして、誠にありがとうございます。
原作ではこの宝具は『護国の鬼将』というスキルによって地脈を確保した範囲でしか使えないというものです。
レミィさんはこれを紅魔館に絞った状態で使っています。
まあぶっちゃけて言うと、紅魔館を出たら全く使えません。
他のバージョンもあるけどね……。
メラゾーマ
ドラクエ呪文の一つ。
巨大な火の玉を作って相手にぶつけます。
私の大好きな呪文です。
ホイミ
ドラクエ呪文その2。
回復系呪文。
序盤『は』役に立つ。
ドラクエ呪文はこれからも出していこうと思います。
今回は結構長めになりました。
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします。
それでは。
※追記
少し修正。
足らない知識を補ってくださった方々に感謝です。
ありがとうございました。