幻想郷での生活は胃が痛くなる……   作:家電

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もう嫌だ……

 数多の人妖が犇めく楽園。忘れ去られたものたちが最終的に辿り着く場所。それがこの『幻想郷』と呼ばれる場所だ。

 人間、妖怪、妖精、神、挙げていったらキリがないほど、様々な種族が往来を闊歩する。

 それぞれの種族は、それぞれ決まった領土を持ち、その中で独自の生活、風習、文化などが存在する場所もある。

中には少数、或いは単体として自由に生活する者達もいる。

 しかし、ここは楽園とは言っても、妖怪という人間にとっては天敵とも言える存在がいる。妖怪と人間には天と地ほどの力量差があるのだ。だれの手も借りず、たった一人で生きようなどと考えるものなら、三日三晩待たずしてこの世を去ることだろう。

 であるため、少数で生活できるものなど、数が限られてくるものだ。

 大抵は、自然から生まれた妖精や、人並みの知能すら持たない獣のような妖怪。そして、たとえ単体だとしてもなんら問題のない程の力を持つ大妖怪くらいだろう。

 

 そう、居るのだ。この地にはそういったものが少なからず。

 『妖怪の賢者』、『四季のフラワーマスター』、『鬼』などなど、そんじょそこらの弱小妖怪なら名前を聞いただけでも震え上がるだろう。

 

 そして、そんな大妖達のネームバリューにも引けを取らないほどの怪物が、私の住む屋敷にもいる。

 

 紹介が遅れたわね。

 私の名前はパチュリー・ノーレッジ。霧の湖をまたいだ奥地に建つ『紅魔館』と呼ばれる全て赤塗りの趣味の悪い館の、さらに地下に存在する『ヴワル魔法図書館』と呼んでいる大きな図書館に住む、いわゆる『魔女』という存在だ。

『動かない大図書館』という二つ名で通ってるほどには、私は力のある魔女だと自覚している。

 さて、この紅魔館には、少人数ながら様々な種族の者たちが住んでいる。

 人間の様に日々鍛錬を重ねる妖怪。

 時を操り、与えられた仕事をそつなくこなす完璧な人間のメイド。

 メイド見習いとして働く妖精。

 図書館にこもる魔女。

 司書を担当させている、ほんの少し悪戯好きの悪魔。

 破壊の力を持つ、とある事情により幽閉された吸血鬼の妹。

 そして……。

 

 と、そこまで考えたところで、だいぶ年季の入った——魔法を施しているため壊れることはないが——図書館の扉が、軋んだ音を立ててゆっくりと開かれる。

 ギィィ、と図書館いっぱいに音を響かせて、その人物は入ってきた。

 

「………」

「こんにちは、レミィ」

 

  入ってきたのは、見た目十四、五歳ほどの、肩まで切り揃えた紫色の髪を持つ少女だった。

 射殺すような、鷹の如き鋭い眼差し。

 すっと整った鼻筋に、全体的にほんの少し幼さを残した、美しい顔立ち。

 陶器のような、普段外に出ない私でさえ病的に感じなくもない、白く美しい肌。

 口からは時折、発達した犬歯をチラつかせている。

 そして最も目を引くのが、背中に生えた二対のコウモリのような翼。

 

 そう、この少女こそ、この紅魔館の当主。

 永遠に紅き月、ツェペシュの末裔、そして、

 

 最強の吸血鬼と呼ばれ、恐れられる大妖怪。

 噂では、あの妖怪の賢者であり、この幻想郷の実質的な管理者である八雲紫すら、恐れを抱いたとも言われている。

 

 もっと愛想よく振る舞えないものか、少しでも笑えば可愛らしいだろう、などなど、様々なことを考えるが、本人の不機嫌とも取れるほどの硬い表情から、それは無理な願いだと思わざるをえない。

 

 カツカツと、あまり高くないヒールの踵をこぎみよく鳴らして、一定のリズム感を保ちながら、ピンク色のドレスのような洋服を靡かせて歩いてくる。

 私が座って本を読んでいる丸テーブルの前まで来ると、私の使い魔であり、この図書館の司書を務めている悪魔——私は小悪魔と読んでいる——が、タイミング良く椅子を引いて、レミィを座らせる。

 そして目の前に陶器のカップを置くと、トプトプとポットの中に入っている紅茶を注いでいく。ちょうど良いところで注ぐことをやめ、一礼をしてからスタスタと何処かへ歩いて行ってしまった。

 レミィは紅茶の注がれたカップを手に取り、一口、二口と紅茶を含み、こくん、と紅茶が喉を通り過ぎたところで一度カップを置く。

 そして今度は両手を重ね合わせて、肘をつき、顔の前まで持ってきて沈黙する。

 私は特に気にするでもなく、いつまでも続く静寂の時を、ひたすら本のページをめくって過ごした。

 たっぷり数十秒ほどの沈黙の後、レミィはおもむろにため息を吐いた。

 

 

 

「………もう嫌だ」

 

 

 ぼそり、と。

 向かい合うこの距離でようやく聞こえるくらいの声量で、レミィは呟いたあと、机に突っ伏した。

 

「………あ、そう」

 私は、本から片時も目を離さずに、簡潔にそう答える。

 それでも御構い無しに、彼女は堰き止めていたものを吐き出すかのようにしてポツリポツリと話し始めた。

 

「………もう嫌だ、こんな生活。八雲はいちいち圧をかけてくるし、他の妖怪には物凄い警戒心もたれるし。今日の会談なんて、終始あのピリピリした空気がまたなんとも……うう、胃が痛い。だめだもう、死にたい」

 

「………あ、そう」

 

「……お前少し冷たくないか? 親友の私が死にたいと言ってるんだぞ。なにもおもわないのか?」

 

「思うところはあったわよ。最初は、ね。それがここ最近毎日それじゃない。いい加減そのネガティヴオーラを受ける私の身にもなって欲しいわ」

 

「親友の私に毎日会えて嬉しいだろ?」

 

「はいはいとっても親切な親友を持って私は幸せだわ」

 

 ジト目で睨みつけてくる、あまり表情の変わらない親友(一応)をあっさり受け流し、私はまた本を読み進める。

 これが、紅魔館の当主で、取り敢えず私の親友である吸血鬼、レミリア・スカーレットの、本性である。

 私でも、というか紅魔館の住人でも、この吸血鬼の本当の性格を知るには時間がかかった。

 こいつは表情の変化が乏しい。

 いつもどこか威圧するような態度をとるので、初対面の人はたいてい勘違いする。

 本人も最初は私達にすらそういう態度をとっていたが、長い間共に過ごすことで、今では毎日愚痴に来るような間柄になっている。

 それは心を許した証拠か、こいつは外面は威圧的に振舞うが、紅魔館の住人——というか、紅魔館に住む、私を含めた5人に対しては、自分の内面を吐露することがある。

 私はここのところ毎日こいつの愚痴を聞いていた。正直めんどくさい。

 しかし、反応しないとまためんどくさいいじけ方をするので、当たり障りのないことを言って機嫌を損ねないようにする。

 

「それで? 今日の八雲紫との会談はどうだったのよ」

 話を振ると、しばらく睨みつけていた視線を下に移し、またもや大きなため息をついて話し始めた。

 

「ああ、実はな……」

 

 

 

 

 

 

 ある日、私は知らない場所で『産まれ落ちた』。

 本当に、本当にいつの間にか、この場所にいたと言っていい。私にはここに至るまでの記憶がなかった。

 

 そう、記憶がなかったのだ。

 ここに至る前——前世と呼んでおこう——では確かにここではないどこかにいた筈だ。それは確実にわかる。

 しかし、自分がいったいどこに住んでいたのか、名前はなんなのか、性別は、家族は、などなど、様々な記憶が総じてなくなっていた。

 有るのは前世の『知識』だけだ。

 用の足し方、食器の使い方、歩き方、その中でも一際群を抜いて鮮明に覚えていたのは漫画、アニメ、ゲームの知識だった。

 ここはどこだろうと、必死に模索する。

 ここは知らない場所だ、そこで私は、新しく産まれて、母親らしき人物に抱きかかえられている。

 機能が発達していないため、声を上げることはできない。ただ、私の意志とは別にわんわんと泣き喚く私を、新たな母は優しくあやしてくれた。

 綺麗な人だった。

 真紅に輝く宝石のような瞳。人形のように整った顔立ち。紫色のつやつやとした長い髪。

 美しい。まるで女神のようだと思った。いやまあ、実際見たことはないけども。

 

 すると、母は私にその綺麗な顔を近づけて、にっこりと微笑む。

 

 ほわぁ、眩しい。

 

 いま声が出なくてよかったかもしれへん。絶対間抜けな声を上げるだろう。

 

 しばらく私に微笑み続けた母はずっと顔を遠ざけると、桃色の綺麗な唇を開いた。

 

「なんて可愛い子かしら」

 

 慈愛に満ちた表情で、私を見つめながらそう呟く。

 

 声めっさかわええ。

 美しくて声可愛いって完璧やな。私は幸せだ。

 

 そんな現実逃避にもにたことを考えていると、母はまたもや口を開いた。

 

「ああ、とても愛おしいわ。私のレミリア(・・・・)

 

 ………いま、なんて?

 

 私は先程までの喜びが霧散して、今しがた呼ばれたのであろう自分の名前に、頭の中を真っ白にさせる。

 

「そう、そうね。あなたの名前はレミリア。『レミリア・スカーレット』。私達の自慢の娘。」

 

 ——な、

 

 

 なななんなななんなん、なんですとぉー!!?

 

 『私』が、『レミリア・スカーレット』、だと?

 

 あの、『東方Project』に登場する吸血鬼、レミリア・スカーレットですとぉ!?

 

 いよいよもってパニック状態だ。

 ただでさえ整理できない事柄が多いのに、ここ一番の爆弾が投下されてしまった。

 必死に事態をまとめようとするがなかなかに難しい。

 

 私がレミリアということは、ここは東方Projectの世界なのだろうか。

 産まれた直後ということは、フランもいないし、美鈴も咲夜も小悪魔も、パッチェさんだっていないじゃないか。

 

 つまり私は、ゲームの世界、しかも東方Projectの『過去』世界に生まれてしまったのか。

 ……あれ、これって結構凄いことじゃね?

 

 ようやく事態の重大さに気がついた私は、どうしたらいいものか悩む。

 だって、私がレミリアってことは、少なくとも紅魔館のメンバーを集めて幻想郷に行かなくちゃいけないわけやん。

 ゲームでの範囲ならわかるけど流石にレミリアの過去なんて神主だって考えてないでしょ。

 

 少なくともレミリアとなったからには、私はこの世界で紅魔館のメンバーを集めなくてはいけないだろう。

 

 

 ………大変だなぁ。

 

 

 東方Projectというゲームを知った私にしか理解できないであろう使命を認識し、私はとても気の遠くなる思いをする。

 

「レミリア、貴方は次期当主となるのだから、立派な吸血鬼になるのよ」

 

 母がまたもや私にそう伝える。

 

 まじか、当主かぁ……。

 

 仲間の捜索。次期当主となる。いつかやらなければならない事が多過ぎる。

 全て投げ出したくなるが、それはできない、いや、やってはいけない。

 東方の世界観を壊すわけにはいかないし、何より紅魔館のみんなに会ってみたい。

 当主の方も、ほんの数年したら妹のフランドール・スカーレットが生まれてくるに違いない。

 私はこれらの事柄を成すために、それ相応の力をつけなければならないだろう。

 

「頑張ってね。愛しのレミリア」

 

 母がそういって、私の頬にキスをする。

 

 ほわぁ、ありがとうございます。

 なんだか、なんでも出来る気がしてきた!

 私って現金なやつだと思う。まあいいか。

 

 さて、最初の目標、『強くなる』を立てたところで、差し当たってまずは様々な力をつけなければならないだろう。

 幸い、私には記憶はないが知識はある。

 そう、しかもアニメ、漫画、ゲームの知識だ。

 吸血鬼なんて存在するならば、魔法とか超常現象の存在もあり得るだろう。

 つまりだ、

 

 私はそれらの知識を頼りに、ゲームやアニメや漫画の技を現実のものにするという、ある種の夢のようなものに挑戦する!

 

 いやぁ〜実際使ってみたかったんだよねぇ。記憶ないからそう思ったことあるのか知らんけど。

 

「……あぅ、あー」

 

「あらあら、ふふっ」

 

 あうあうとしか声を出せないが、強くなるという決意を、私の母に伝える。

 それに笑って反応してくれた優しい母に、親孝行をするために、生まれてくる妹のために、これから出会う紅魔館の皆や、幻想郷の住人の為にも、

 

 

 私は、『強く』なる。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから紆余曲折を経て、様々な問題に直撃し、時には悩み、怒り、笑い、泣いてここまで来た。

 望む通りの力を得た。みんなを守れる強さを、母に誇れる強さを手に入れた。

 紅魔館のみんなとも出会った。幻想郷にも来た。

 私の願いは、果たされたはずだ。

 

 

 ………なのに、なのにっ!

 

 

「………へぇ、つまり、この間起こした『吸血鬼異変』の償いとして、幻想郷で新しく普及されるルールを広めるための役者となれ、ってことね」

 

「………まあ、そんなところだ」

 

 

 もう嫌よ、こんな生活。

 求めた以上の力を得たがために、並みの妖怪は私を恐れて近づこうとしないし、強い妖怪には目をつけられるし、ゆかりんは吸血鬼異変のせいで激おこぷんぷん丸だし。

 

 ……というか、あれは私だって好きで起こしたわけじゃないのに。勘違いしたゆかりんが悪いよっ。

 

 今日だって会談の時もずっと怒ってたし、やめてよ怖いよ仲良くしようよ!

 

 会談といえば、思い出しただけでも胃が痛いよ。うう……。

 

 

 

 

 

「……ほう、スペルカードルール、とな。」

 

 私は、咲夜の入れてくれたとても美味しい紅茶を飲みながら、内心ガクブルの状態で呟く。

 ここは、主に客人を招き入れるための大広間だ。

 一面真っ赤な広い部屋には、とても大きな丸テーブルと、椅子が二つ、その椅子に2人座り、そしてそれぞれの後ろに一人ずつ、計四人がこの部屋にいた。

 私の後ろにいるのはもちのろん、この館のメイド長にして、完全で瀟洒な従者である、『十六夜咲夜』だ。

 そして、わたしと対するように座る、紫の服を着た長い金髪の美少女、幻想郷の管理者にして、妖怪の賢者、『八雲紫』と、その式であり、九尾の妖怪『八雲藍』である。

 

 紫は優雅な手つきで、紅茶の注がれたカップを口元まで持っていき、それを下ろすと、「ええ」と言って話し始めた。

 

 というかゆかりん、全然BBAじゃないんだね。むしろ若いね、少女やん。

 

 

「別名『命名決闘法』。使うものは『弾幕』と呼ばれる非殺傷の弾。そして『スペルカード』と呼ばれる自身の『心』を込めた札。限りなく『殺し合い』から遠ざけて、美しさを競う『遊戯』へと発展させたもの。そして……」

 

「……『人間』と『妖怪』の圧倒的な力量差を埋め、種族の違いが結果に反映されることのない平等な勝負方法」

 

「あら、お察しがいいようで」

 

「それで、私にそれを教えてどうする気だ?」

 

 扇子を口元に押し当てて、含み笑いをする紫に対して、私は威圧的なまでの眼差しを向ける。

 ちがうよ? ほんとは睨みたいわけじゃないんだよ? ただ長年強張らせた顔が元に戻らないだけなんだ。ぼかぁわるくない!

 

「あら、その辺りは察しが悪いのね」

 

「いいから要件を言え。くだらない冗談を言いに来たのなら追い出すぞ」

 

「怖いわぁ。わかったわよ」

 

 扇子をパチンと閉じ、いじけたように目を瞑ってそっぽを向く紫、かわええ。

 すると、先程とは打って変わって、笑みを崩さず、そのまま威圧感をただよわせて、紫は本題を話し始めた。

 

「さて、貴方達紅魔館には、これから『異変』を起こしてもらいます」

 

「……ほう、理由は?」

 

「いやあねぇ、わかっているくせに。……まあいいわ。この『スペルカードルール』、これからの幻想郷では揉め事や紛争などの解決にはこれを使用してもらいます。……しかし、果たして これを全員が律儀に守ると思う?」

 

 紫はそう問いかけるが、これはもはや問いなどではない。

 

「……決まっている。人間や弱小妖怪ならまだしも、すでに力のある妖怪達にとってはたまったものではないだろうな」

 

「そう、その通りなんです。力のある妖怪、さしずめ天狗などはそれを頑なに認めようとはしないでしょう。折角の上下関係を崩されかねないルールですからね」

 

 まあ、そうだろう。

 例えば何か揉め事がある時、今までは駆けっこの勝負で決めていたとしよう。

 そうすれば当然、足の速いものが絶対強者だ。遅いものは必然的に負け続ける立場になる。いわゆる弱者だ。

 だがそれが、ある日突然内容がじゃんけんになったとする。

 これには足の速さも、遅さも関係ない。ただ運の良いものが勝者で、悪ければ弱者だ。

 そうなると、今までかけっこで勝ち続けてきたものは納得しないだろう。

 最悪、ルールを無視してまで強行する可能性もある。

 

 紫がやろうとしているのは、まさにそんなことではないだろうか。

 

「……それで、それが異変を起こすこととなんの関係がある」

 

 私は表面上は不機嫌になりながらも、一応理由はわかっているが、そう質問した。

 紫はそんな私の内情をしってか知らずか、わずかに苦笑しながらまたもや口元を扇子で隠す。

 

「貴方達紅魔館は『一応』力のある勢力です。その勢力が、スペルカードルールにのっとった異変を起こし、そしてそれを同じく今代の博麗の巫女が解決する。勿論、スペルカードでね。力のある妖怪達が使っていると知ると、おのずと広まっていくことでしょう。特に単体で力のある妖怪たちは暇を持て余しているものもまた少なからずいますからね。」

 

 まあ、そうかもしれない。

 この異変でスペルカードルールが広まることは原作の知識より百も承知だが、確かに風見幽香などは乗り始めるかもしれない。

 そのうち天狗も乗ることだろう。

 私達はあくまで人間レベルに合わしている。という優越感に浸るものも現れるだろうし。

 

「……なるほどわかった」

 

 と、私は取り敢えず頷いておく。

 そして、一応断った場合もそれとなく聞いておこう。

 

「だが、もし私がそれを断ったとしたら?」

 

 再度、睨みつける。

 紫は私の視線を真正面から受け止めると、次第に目を細めていく。

 ……わかるわかる。すごーく思い威圧を放っているよこれ。無言なのがまたなんとも。

 しかし私はそれでも目をそらさずに、二人は終始睨み合っているという構図が出来上がった。

 しかし、いつまでも続くと思っていたその均衡を破ったのは、思いもよらない人物だった。

 

「……いい加減にしろ。蝙蝠風情が」

 

 私は視線だけを移す。

 声の主は藍だった。藍は私の方を殺意のこもった眼差しで睨みつけてくる。

 

「紫様は貴様に拒否権などないとおっしゃっているのだ。先の吸血鬼異変、忘れたわけではあるまいな」

 

 ……あーそゆこと。

 確かに、あれやっちゃったからなぁ。下手には断れないけど。つーか無理だな、うん。断るの無理。

 

「それさっきから身の程を知らない不遜な態度。貴様ごときが見栄を張るな。この餓鬼が」

 

 あ、スッゲー怒ってる。まじかよ。やべーよ。

 藍とはこれから仲良くしたかったのに、すげー好感度低いじゃんなんなん?

 私のもふもふへの夢が遠のいたな。まあいい。それよりも……、

 

「落ち着け、咲夜」

「……っ」

 

 片腕を上げて、今にもナイフを抜き出さんとする咲夜を静止させる。

 

「……しかし、お嬢様」

 

 あら、珍しい。

 咲夜ってば普段私に対して異論を唱えようとしたことないんだよね。

 最初の頃では珍しくなかったけど、ここ最近じゃ見かけなくなったし、そう考えるとなんだか懐かしくかんじる。

 

 ……まあ、あの頃の咲夜はとても大変だったけどね。

 

 そんな感慨に浸りながら、それでも私は咲夜を止める。

 

 

「別にいいだろう。吸血鬼異変を起こした事はまぎれもない事実。こちら側がどうこう言える事ではない。」

 

「……っ」

 

「それに、貴様は私が見込んだ知性と品性を兼ね備えた従者だ。……わざわざ主人同士の会談に横槍を入れてくるような無粋な獣とは違う(・・・・・・・・)、そうだろ?」

 

「っな!?」

 

 私のその挑発的な言葉に、今度は藍が反応する。

 その顔は屈辱に対する怒りによって、真っ赤に染め上げられていた。

 

「…貴様っ!」

「やめなさい、藍」

 

 今度は紫が藍をとめる。

 藍は何か言おうとしてたが、それよりもまず紫の威圧感に気圧され、私を睨みつけながらも黙りこくった。

 

 数秒後、紫は何事もなかったかのように、微笑むと、扇子をまた閉じた。

 

 

「そういう事です。貴方達には吸血鬼異変の償いをしてもらいます。無論、異論反論は認めません。よろしいですね?」

 

「ああ、いいだろう。そちらの要求を飲む」

 

 せっかくゆかりんが話をまとめてくれたのだ。こちらも面倒は嫌なので承諾する。

 

「……わかりました」

 

 そう言って紫が立ち上がると、後ろの空間が裂けて、無数の目玉が覗く穴が現れる。

 

「どんな異変を起こすか、楽しみにしてますよ」

 

 そう言って、紫は笑った。

 その瞬間、恐ろしいほどの妖気を感じ、私は心の内で失神しながらも見送った。

 

 ……藍ちゃんは終始睨みっぱなしだったずら。

 

 

 

 

 

「………それで? 一体どんな異変を起こすつもり?」

 

 机に突っ伏し続け、終わらない胃痛に顔を歪めていた私の真正面で、それでも気にせず黙々と本を読んでいた意地悪パッちゃんは、読み終えたのか本を閉じて、およそ冷めているだろう紅茶を口に含みつつそんなことを聞いてくる。

 

 

「……まあ、一応考えてあるよ」

 

「そう、なら期待しておくわね」

 

「……お前は本当に冷たいやつだ」

 

「信頼の証よ」

 

「それは喜ばしいことだ」

 

「どういたしまして」

 

 いや今の皮肉のつもりなんだけど。

 

 ……はぁ、まあ良いか。

 

 

 これから私が起こす『紅霧異変』。それには様々な出会いが待っている。

 

 それ自体は喜ばしいことだ。幻想郷での交流も増え、ずっと地下牢に閉じ込められたあの子(・・・)も、きっと心を開くはずだ。

 

 

 それ自体は喜ばしいのだが、それ以上に私にかかる負担が大きくて素直に喜べたものではない。

 

「……紅茶のおかわり、いる?」

 

「……遠慮しとこう」

 

 友人のそのミジンコほどの優しさを丁重にお断りしながら、私はもう一度深いため息をついた。

 

 

 

 

 ……ああ、ほんと、胃が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもこんにちは。

この作品は様々な勘違いものに感化されて書きたくなって衝動的に描いた作品です。

完全趣味ですので、続くかわかりませんが、どうぞ暇な時に読んでやってください。

誤字脱字などありましたらご報告お願いします。


それでは

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