まどかとさやかの説得に成功したほむら達は、およそ二週間半後に迫ったワルプルギスの夜を前にして―――意外とやることがなかった。
実のところ杏子やマミの説得はもう少し後の予定であったのだが、偶然の邂逅などが重なった結果随分と早まった。そのおかげでまどか達への説明もスムーズに行えたのは望外の幸運というべきものだろう。好都合が重なるのも葵の魔法のおかげかとほむらは推測したが、尋ねてみたところそういうわけでもないらしい。
貴女が頑張った結果ですよと笑いながら褒めてくる葵に非常に面映ゆいものを感じるほむらだが、素直に頷くことができたのは彼女が変われている証左だろう。もちろん良い方向へと。
そんなこんなで空いた時間は自衛隊への武器拝借が捗るなと喜んだほむらであったが、その突っ込みどころだらけの笑顔に葵が拳骨で答えたのは言うまでもない。そもそもほむらは武器がないからどうするか、となったときに爆弾を自作するような割とぶっ飛んだ少女である。
過去のさやかに爆弾じゃ連携も取れないし危ないんだけど、と言われたときはヤの付く自由業の方から銃を奪う壊れっぷりだ。誰も突っ込まなかった故に、最終的には自衛隊まで被害にあうのはもはや暴走自動車の如くだろう。
そんなほむらに葵は待ったをかける。常識を考えてくれと。確かに形振り構っていられないのは解るが、それでも限度はあるだろうと。
百歩譲ってそれで街が守れる確率が大幅に上がるのならば葵も譲歩したかもしれない。しかしワルプルギスの夜にはほとんど効果が無かったと言っているのに、更に大艦巨砲主義へと傾倒するのは完全に方向性がおかしいと言わざるを得ない。単純に重火器をぶっ放すのが好きなだけだろうとほむらに突っ込みをいれた葵はきっと間違っていないだろう。
葵は切に語った。ろくに効果を発揮しない兵器のために何人の生活が崩壊してしまうのかを。
厳重に管理されているとはいえ、それを行っているのは人間なのだ。当然、忽然と消えた兵器への追及は責任者へと及ぶ。大量の兵器など一個人でどうにかなるものではないのだから、相当数の人間が兵器の横流しに関わったとして処分をうけるだろう。
この場合の処分とは民間の会社のような懲戒などという生易しいものではなく、国家の防衛を脅かしたとして国家反逆罪に問われてもおかしくはないほどの処分だ。最悪死刑もありうるだろう。
その突っ込みにほむらは罰の悪そうな顔をして俯く。当然犯罪だとは理解しているし、誰かしらが迷惑を被るのも解ってはいたがそれは仕方のないことだと割り切っていたのだ。兵器は国民を守るためにあるのだから、目的通りに使われれば本望だろうと自分に言い聞かせていた。
しかし葵に言われて自覚してしまった。今回は確かに兵器の必要性は薄い、にも関わらず犯罪を敢行しようとしていたのは感覚が麻痺していたのだろうと。繰り返すうちにおかしくなっていったのは何も心だけではなく、常識や考え方さえも常人とはかけ離れてしまっているのかとほむらは落ち込んだ。
そんな彼女に葵は優しく声をかける。少しずつ直していけばいいのですよと。肩を抱きながら励ましてくれる葵に、ほむらは心のひび割れが修復されるような感覚を覚えた。優しくされた程度でほだされるような自分ではないが、これまでの葵の行動は全てが自分のためであり、事あるごとに希望をみせてくれる彼女に優しくされれば嬉しくないわけもない。
そして優しく慰めてくれる葵に、割とささっと立ち直ったほむらは内心で思った。まどかと葵が私を奪い合う展開もありね、と。どこまでも友達を救いたい少女は、どこまでも友達から見て救い難い少女であった。ナチュラルに同性だというのは頭の隅に追いやっているようだ。そんな、知れば噴飯物の内心でいることなど露程も知らない葵はぽんぽんと暢気にほむらの背中をたたき続けているのであった。
そしてやることがないならばないなりに、気になることがある。それは女子中学生としての正しい感情―――すなわち他人の恋愛模様の行方だ。出歯亀ともいう。恭介とさやかの関係はどうなるのか、前者は後者からの好意は知っている筈だがなんのアクションも起こしていない。後者はそれが知られていることすら気付いていない。本人たちからすれば迷惑でしかないだろうが、こんな状況にドキドキしないのは年頃の少女として間違っているとほむらは断じた。
となればやはりこちらから何か刺激を加えてみるべきではないかと考えるのも当然の成り行きだったのだろう。葵には趣味が悪いからやめなさいと言われたが、ほむらとしては少しだけ不安があったための行動でもあるのだ。
さやかが恭介を想うあまり、キュゥべえに唆されて願い事をしてしまわないだろうかと。正直なところ、ほむらはさやかの恋が成就する可能性は低いと思っている。それはこれだけの繰り返しの中で二人が恋人同士になったことが一度たりともなかったという事実があるからだ。
お互いを大事に思っているのは事実だがさやかから恭介へのそれとは違い、恭介からさやかへ想いは男女の想念が含まれてはいないのだろう。振られてやけになったさやかが恭介の感情を自分に向かうように願うのも絶対に無いとは、ほむらにはどうしても思えなかったのだ。
衝動的にそんなことをしてしまえば、さやかの性格からして確実に後悔するだろう。そしてそのまま自己嫌悪で魔女まっしぐら、それを救わんとまどかが契約してしまう、そんな未来がほむらには可能性として充分に存在するように見えるのだ。
穿ちすぎかもしれないが、ほむらはもう失敗するわけにはいかない。この繰り返しで何としても終わらしたい、というよりかはおそらくこの世界で失敗してしまえば自分も絶望して魔女になると薄々感じている。
そういった不安要素を排除したいがために計画したのは、見滝原の神乃国神社で行われる例大祭でのデート。規模はそう大きなものではないが、周辺の住民が夜店目当てに集まってくる程度には知られているこのお祭りにさやかと恭介を誘うつもりである。そして人気のないところに二人を上手く誘導してさやかに告白させようという作戦だ。
恋が報われるならよし、失敗したのならまどかと葵に慰めてもらう、ついでに自分もお祭りデートを楽しめると一石三鳥だ。
そんなべとべとにベタベタな、恋愛経験0の処女で元ぼっちなコミュ障が考えた作戦がうまくいけば誰も恋愛などに苦労はしないというものだろう。しかし得てしてこういうことは本人は完璧だと思っていることがほとんどであり、御多分に漏れずほむらも素晴らしい作戦だと自分を褒め称えているのであった。
そして当日、当然だがほむらの作戦は既に瓦解していた。葵には所用があると断られ、恭介にはバイオリンの練習があるからと断られ、まどかには両親が出かけるため弟の面倒を見なければならないと断られた。ちなみに仁美のことを完全に忘れていたほむらだが、どちらにしても習い事で断られる運命であった。
基本的に主要な人物のスケジュールをほむらは把握しているが、この休日はいつも自衛隊の基地に武器を見繕いに行っていたために各人の予定を知らなかったのである。
故にほむらは考える。どうしてこうなってしまったのかと。
「あ、ほむらー。金魚すくいあるよ。やろやろ!」
失敗の要因を挙げるならば、一番最初にさやかを誘ってしまったのが問題なのだろう。快諾したさやかに続いて誘ったメンバーから軒並み断られるとは思ってもみなかったほむら。結局人が集まらなかったと言って断りを入れようとする前に、さやかが残念そうにしながらも二人で楽しむかーと言ったせいで断るに断れなかった自分の性格も一因だ。
「たこ焼きうまーい! ほむらも一個いる?」
はふはふとたこ焼きを頬張るさやかを見てほむらはため息をつく。本当なら今頃は恭介とさやかを境内の裏にでも追いやって、自分は両手に花状態の筈だったのにと。ちなみに言うと境内の裏は立ち入り禁止であるし、二人を引き離す理由の説明もほむらは一切考えていない。どちらにせよ失敗必至である。
「ほむら!」
「ひゃいっ!?」
そんなことを考えながらぼーっとしているほむら。屋台が並んでいるということは当然人が絶え間なく行きかっているということであり、目の前に注意を払っていないほむらが人にぶつかりかけるというのもまた然り。お祭りに似つかわしくないホストのような二人が避けようともせずに、気をつけやがれと捨て台詞を残して去っていく。結果として無理に避けようとしてほむらはふらつきながら屋台に突っ込みそうになる。
「わ、わ、わ…!」
しかし先ほど注意を促していたさやかが先に回り込み、しっかりと抱きとめる。
「大丈夫?」
「え、ええ」
頬に触れる、年に似合わないさやかの膨らみを感じたほむらは彼我の戦力差に戦慄した。同じ年齢だというのにこの差はいったいなんだというのだと。それは一瞬の忘我であったが、しっかりと胸の感触を確かめる動きは変態のそれである。
「ちょ、ほ、ほむら?」
「…?」
「いやいやいや! 何よって感じの顔してるけど人の胸を揉みしだくほむらがおかしいからね!?」
「気のせいよ」
「んなわけあるかー!」
つんとすました表情に戻ったほむらはさやかの抗議にどこ吹く風だ。しかしさやかもただやり込められるだけではない。先ほどのほむらの醜態はしっかり目に焼き付けているのだ。
「ひゃいっ! だってー。ぷぷ、ほむらも可愛いところあるんだ」
「くっ…!」
最近、無理やり封じ込めていた元の性格―――眼鏡でおさげな気弱少女な、そんな頃の自分がふとした拍子に出てしまうほむら。葵はいい兆候ではないですかと安心していたが、ほむらにとって眼鏡とおさげは変わりたい自分の象徴だ。捨て去った筈の弱い気持ちが戻っていると言われると微妙な気持ちになる上に、こうしてさやかに弄られる要因となっていることを考えるとマイナスにしか思えない。
「…ところでさやか。貴女もしかして、浴衣の下は何も着けていないのかしら」
「え? そりゃそうでしょ。浴衣ってそういうもんじゃん」
話題を逸らすために先ほど気付いた胸の感触、その違和感を問いかけてみたほむらだが返ってきた答えは予想外すぎるものであった。今時、というよりかは今昔に拘わらず女子でそんな勘違いをするものがいるとはどんな育ち方をすればそうなるのとほむらはあきれ果てた。
「ブラとパンティは線が出るから着けないだけで、和装下着や肌襦袢は普通着るものよ。今の貴女はコートの下がすっぽんぽんな変態おやじと同じね」
「またまたぁ……え、マジ? ほんとに?」
冗談ではなさそうなほむらの言に、挙動不審になり慌てるさやか。当然のことと思っていたからこそ羞恥心を感じなかったのだ。下着を見られると過剰反応する女性でも水着を見られて極度に緊張することはないだろう。言わば今のさやかはビーチで泳いでいる時に、水着も下着の一種ですよと自覚させられたような形だ。
「うぅ…どうしよ。ほむら、悪いけど私もう帰……」
「あそこに射的があるわさやか。行きましょう?」
堪忍してと叫ぶさやかを引きずりながら、悪魔の笑みを浮かべて射的の店へとほむらは向かう。その眼は爛々と輝き、心なしかソウルジェムも輝いているような気がするほどだ。
「私病弱だったから…こんなの初めてで、すごく楽しみ」
「棒読みじゃん! 後生だからせめてコンビニに行かせてぇ…」
そんなさやかの懇願にほむらは耳元で囁いた。射的で私に勝てば時間を止めて買ってきてあげると。
こんなことに限りがある魔法を使っていいのかと思うものだが、ほむらはこの世界ではほとんど砂時計の砂を―――時間停止の源を消費していない。魔女は複数で狩っているために魔力を節約できており、何気に一番時間を消費する自衛隊での窃盗の計画は無くなった。これだけ砂が残っているのならばワルプルギスの夜との対決には充分だ。時間停止は砂時計の砂と魔力の両方を消費するのだから、どれだけ長かろうとも一戦ではグリーフシードの備蓄より先に砂が尽きることはないのだ。
「くうぅ……さやかちゃんをなめるなよー!」
三〇〇円で二発という微妙に高い値段設定だが、品ぞろえは悪くない。偽ブランド臭がぷんぷんしている小物の財布に狙いを定めてコルク銃を構えるさやか。おそらく世界で一番銃器を使用しているほむらから見れば粗だらけだ。まず銃を撃つときは片目を瞑らない方が精度があがるのは常識で、限界まで片手を伸ばして身を乗り出し財布に銃口を近づけている点もバッドこの上ない。まあ女子中学生の常識にそんなものはないが。
「さやか」
「今しゅうちゅうちゅうー」
「胸元が覗いてるわ」
「うきゃっ!?」
パン、と乾いた音が空しく響く。コルクの銃弾は見事に明後日の方向へ跳んでいき、当然の如く財布にはかすりもしない。別にほむらは邪魔をしようとしたわけではないのだが、射的屋の親父の視線がさやかの胸元にいっていたので指摘したのだ。
「この卑怯ものー!」
「私が悪いの…?」
タイミングが悪かっただけだが、さやかからすれば完全に邪魔しにいったと思っても仕方ないだろう。現に失敗してしまったのだから。
「うぅ…あと一発かぁ」
「…仕方ないわね」
そういってほむらはさやかの無茶苦茶な姿勢を正そうと背後から腕をとり指導する。
「もっと顎を引いて…そう、片目は距離感が狂うからちゃんと両目で」
「う、うん」
先ほどまでは下着をはいていない事に何とも思っていなかったさやかだが、ほむらに息がかかる距離まで密着されていると否応なしに意識してしまう。ほむらの艶やかな黒髪からはシャンプーのいい香りがふわっと漂い、背中に感じる体温は普通よりも少し低いことが解る。なんだかドキドキしながらもさやかの姿勢はしっかりとしたものとなり、ほむらも首を頷かせてゴーサインをだす。
「よくってよ、さやか」
「誰だお前は」
リラックスさせてあげようというほむらの冗談はしっかり効果を発揮したようだ。さやか持ち前の運動神経も加わってきっちりと財布の中央にコルクが当たる。しかしこういったものは中央に当てるよりは上段部分に当てて重心をぶれさせることが重要なのだ。結果として財布は少しふらついた程度で、倒れることはなかった。
「惜しかったわね」
「ぐぐぐ…」
悔しそうに歯ぎしりをしているさやかを尻目にほむらも代金を払って銃を構える。先ほどさやかに指導したような事は全く考慮せず片腕、半身、そして腕を伸ばしたセオリー無視のやりかただ。しかしその狙いは寸分違わず対象にヒットし、目玉商品のPS3と3DSを見事に倒れさせた。
「嘘ぉっ!?」
射的屋のおやじとさやかの声が同時に響く。あんな重いものがコルク銃程度で倒れるわけもなく、言ってみれば子供だましの客寄せでしかない。狙う者も本気で倒れるとは思っていない、お祭りだからこそ許される詐欺まがいの商法だろう。
そんな高額商品が二つとも奪われたことはおっさんにすれば涙目だ。少なくとも今日一日の売り上げは吹っ飛ぶレベルなのだから。イカサマを疑おうにも目の前でコルクを込めて、持っている銃は間違いなく自分が用意したもの。地面に落ちた弾も何も問題ないとくれば今のは無しなどとはとても言えないだろう。
「お、おめ、おめめでとう嬢ちゃん…」
ちょっと震えながら商品を手渡してくるおやじに少し可哀想なことをしたかなとほむらは思ったが、勝負は非情なのだ。本気で取られたくないのならば接着剤でくっ付けておくべきだったわね、と紫色の魔力に包まれた銃を置いて商品を受け取った。
「ほ、ほむらぁ…」
「さ、次はどこにしましょう?」
羞恥で顔を真っ赤にしているさやかを見ているとなんだか倒錯的な気分になってきたなと、ほむらは次の店へと彼女の手を握って引きずっていく。その様はどこぞのエロ漫画で使い古された、ソフトな調教もののワンシーンのようであった。
「うー、じゃあなんか食べようよ。あんまり動きたくない」
「さっきまでと変わらないんだから気にしなければいいのに」
「そういう問題じゃないんだよう…」
そんなやり取りをしつつも焼きそばの屋台に向かう二人。屋台の定番中の定番といえばこれだろう。香ばしいソースの香りが漂い、食欲を刺激している。
「あんまり食べると晩御飯食べられなくなっちゃうし、二人で分ける?」
「ええ、それでいいわ」
「すいませーん一つ下さいな……って葵ぃ!?」
「いらっしゃいませー」
店主に焼きそばを頼むさやかだが、その作り手はまさかの葵であった。彼女はほむらの誘いを野暮用ですと断っていたのだが、実はこの小遣い稼ぎのためだったのだ。
たまたま神社の関係者が魔女に襲われているところを救い―――被害者の男性は衝動的な自殺を止めてくれた恩人と認識している―――何故こんなことをしてしまったんだろうと落ち込む被害者に葵は人生相談のようなものを受けた。ほどなくして元気を取り戻した彼は話の中で葵がお金に困っていることを知ったため、この屋台の仕事を紹介してくれたのだ。
とはいえ不法就労となってはいけないので、あくまで店のお手伝いをしてくれた知り合いの子供にお小遣いをあげるといったていである。グレーではあるが、誰にも迷惑をかけないのだから葵としてもそのご厚意に与らせてもらったというわけだ。
「おや…へぇ…ほほぅ」
葵の興味深げな声があがるが、それとは関係なく予想外の展開に慌てるさやか。簡単に下着未着用という事実がばれるわけもないが、知り合いを前にして羞恥心が沸き上がるのは仕方のないことだろう。だが慌てるさやかが咄嗟にとってしまった行動は、知らぬ人間にとっては危ない方向に勘違いさせるものだった。
「随分仲良くなったんですね…吹っ切れたようでなにより」
顔を真っ赤にしてほむらの腕にしがみつきながら半身を隠すさやか。それはどうみても百合の花が咲き乱れる、危ない関係を想起させるものであった。ほむらがさやかの恋にちょっかいを出そうとしているのは聞いていたが、まさか同性による略奪愛とは思いもよらなかったと生温かい目で葵は二人を見つめた。恭介に振られたさやかを慰めたのか、告白する前に自分に振り向かせたのかは解らないが双方納得してのことなら何も問題はないなとうんうんと葵は頷く。
「ちょちょ、何か勘違いしてない?」
「いえ、私は同性愛について否定はしませんよ。大事なのは体ではなく心ですから」
「だからそれが勘違いだってば!」
「そうなんですか? ほむら」
「どうかしら」
「否定しろー!」
葵が言うと含蓄のある言葉だが、この場に限ってはからかいの言葉にしかなっていない。ほむらもちょくちょく弄られている仕返しに冗談半分でそれにのっているが、もう半分が何なのかは秘密である。
「では何故ほむらに引っ付いているのですか? 二人がくっついているのは、まあ絵にはなりますが」
「たはは…な、なんでもないよ、うん。友達のスキンシップってやつ?」
「スキンシップにしては過剰のような気が」
「なんでもいいから焼きそば一つー!」
「気にしてほしくないなら追及はしませんが…。どうぞ、五千円頂戴致します」
「桁おかしいよ!?」
「失礼、五万円です」
「逆ぅーー!」
じゃれあう二人を気にせずほむらが五〇〇円を支払い、店を後にする。金髪美少女が焼きそばを焼いているだけあって屋台は盛況なのだ。あまり邪魔をしては悪いだろうという気遣いであるが、内心で気遣いの出来る私かっこいいと思っているあたり中二病を卒業したほむらの次のステージ―――高二病特有の考え方を思わせる。
「あーびっくりした。こんなとこで会うとはねぇ」
「普段の行いのせいかしらね」
「む、それどういう意味さ?」
「ノート」
「うぐっ」
「宿題」
「ううっ」
「消防車」
「うーうーうー…ってなんでやねんっ」
ズビシッとさやかが突っ込みをいれる。随分と仲良くなった二人だが、修学旅行や遠足を機に一気に仲良くなるのと似たような現象だろう。お祭りという非日常を二人きりで楽しんでいるのだから親密さが上がるのは当然のことであり、なによりほむらからすればさやかとの付き合いは下手な夫婦よりも長いのだから。まあ夫婦仲で考えてしまうと冷え切って離婚寸前、セックスレスな軋轢夫婦に間違いないが。
「でもほむらは宿題も授業も何度も経験してるんだからいいなー。私もあてられたらスラっと答えたい―――」
「…っ」
「あ、あ…ごめんほむら! 違っ、そういう意味じゃなくて、その…」
「…大丈夫よ。貴女が考えなしに発言して後悔する魚頭だってことは知ってるから……胸に栄養が行き過ぎてるんじゃないかしら」
「く…私が悪いだけに何も言えん…!」
実体験が伴わなければ他人の苦難の道程など理解は出来ない。ほむらの過去は知ったものの、さやかは本当の意味では理解出来てはいない。
だがそれは葵やマミ、まどかとて同じことだ。何を思って、何に苦しんで、何を乗り越えてきたのかは自分自身しか知りようがない故に。どんな人間にもそれぞれの苦難があり、裕福に生まれようが極貧に喘ごうが感じる幸福と不幸に違いはないのだ。
違いがあるとすれば、誰彼構わず如何に自分が苦労してきたかを語る者と、黙って突き進む者がいるということだけだろう。
前者は自身に共感を欲し、後者は自身の上端を目指す。それすらも人間の生きざまとして優劣などないのだ。何をもって金科玉条とするか、そんなことは自分自身が決めることでありほむらにとってそれはまどかとの約束で、さやかにとってそれは何気ない日常というだけだ。
二人の意識の違いが生み出す齟齬は先ほどのように失言となって関係性に罅をいれる可能性もある。さやかは罪悪感を感じ、ほむらは無意識の慮外に苛立ちを感じるかもしれない。
それでもほむらは今、幸せだ。何も終わっていないし、何も始まってすらいない。夜明けを三十繰り返し、魔女の夜宴が明けた時こそ自分の始まりだというのに辿り着くことが叶わない。けれど、いまだその渦中に身を置いているというのに凪のような心の平穏を感じている。
それは間違いなく葵のおかげだ。ここ数日何度も何度も、幾重も幾度も決心しているがそれでも尚思う。今度こそは絶対に終わらせると。
「ほむらー……ねえ。ごめんってば。無視しないでください」
「ちょっと考え事をしていただけよ」
「…怒ってない?」
「ええ」
さやかとこれほど仲良くなったことはほむらの記憶にもない。いつもいつも邪魔ばかり、悲恋に絶望して泡と消える人魚姫。彼女に笑いかけてもらったのも、気を使われたのもいつぶりだろうか。
「……やっぱり少し怒ってるわ」
「うえっ!?」
「お詫びに今日は家に泊まりなさい」
「ええええっ!? ほむらがデレたー!」
やっぱり恋が成就するとは思えないけれど、少しでも応援してやろうと決めたほむら。取り敢えずは魔法少女とその周辺の関係者の性格趣味嗜好、行動範囲と予測の統計、その他諸々を書いたマル秘手帳、通称「ホムノート」の上条恭介の項目を公開してあげようと考えた。
「さやか」
「ん?」
「…頑張りなさい」
「へ?」
晴れやかな笑顔でそう言ったほむらだが、ホムノートを見せてマジ引きされるまであと数時間である。
縁日…さやか…マジチャレ…うっ頭が