ギャンブル少女ばくち☆マギカ《完結》   作:ラゼ

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あんこがキャラ崩壊してるので注意。


再誕の物語

「こんなにグリーフシードが集まるなんて…!」

 

陽も落ちて魔女の反応も無くなったため、帰路につく三人。ほむらが今日もマミの家に泊まりに行きたいと言ったことでうきうき気分になり、更にはグリーフシードもたっぷり収穫できたとなれば喜びもひとしおである。

 

「…元の魔女が増えるわけでなし、犠牲者が増えたわけでもなし。いったいどういう理屈でこういう結果に繋がるのかしら? 元から確率が0ならどう操作しても関係ないと思うのだけど」

 

「便宜上、確率を操作すると言いましたが正しくはありません。けれど定義してしまうとそこが限界になるような曖昧さがありますから、深くは考えてはいけませんよ」

「納得いかないわ…!」

 

魔法少女なんてファンタジーな存在が何を言うんですかと、憮然としているほむらを宥める葵。確かに未来を知るものからすれば納得し難いものがあるのだろう。観測するものがいないからこそ魔女が現れたという事実だけが残るものの、統計をとって出現を予測しているほむらからすると魔女が増えたようにしか見えないのだ。

 

「まぁいいじゃない。さ、今日は何が食べたい?」

「何でもいいですよ」

「右に同じです」

「一番困る回答だわ…」

 

作るものからすればなんとも作りがいのない答えである。これで何でもいいと言ったにもかかわらず、出されたものに文句をつけようものなら恋人関係に皹が入るような事だってあるのだ。

 

「マミさんが作ってくれるなら何でもいいですよ」

「み、右に同じ、です」

 

ほむらをからかっているのかマミをからかっているのか難しいところだ。少なくともどちらの顔がより紅いかは夜闇のせいで全く解らない。

 

「もう、二人してからかって…! それより早く帰りましょう?」

 

魔女の反応を追う内に見滝原の端まで来てしまった三人。隣町である風見野の境ほどまで来たことを考えれば、魔法少女の健脚恐るべしと言えるだろう。

 

「ええ。しかしビルとビルの間を跳ねながら移動するのは気持ちいいですねぇ。電車よりも速いですし経済的です」

「世知辛いわね…」

 

電車賃の代わりに僅かとはいえ魂を消費するのは経済的と言えるのだろうか。

とはいえ誰が見ているのかも知れない以上、暗くなってから限定のお楽しみでもある。

 

「競争でもしましょうか? べべは罰ゲームでも……おや?」

 

ビルの上から景色を見渡していた葵だが、ある光景がふと目に入り動き出そうとした体を止める。ちなみに他二人は固有魔法を使うかどうか非常に迷っていた。

時を止める魔法を使うほむらに、リボンを使って高速移動出来るマミ。普通にジャンプするしかない葵には勝ち目が無かったりするのだ。

罰ゲーム回避のために僅かとはいえ魂を消費するのは理性的とはとても言えないが。

 

「ほむら、あの子が?」

「ん……ええ、そうよ」

 

葵が見ている方向に向かって視力を強化するほむらとマミ。そこには先程までの三人と同じように高い建物を跳ねながら移動する魔法少女の姿があった。気付くことが出来たのは同じ移動手段ということと、葵の高い視力故だろう。

 

「ふむ…」

「…」

「あ…」

 

葵は考える。風見野を縄張りにしている魔法少女、佐倉杏子。彼女は戦力的にも精神的にも、人を信用しなかったほむらがある程度頼りにしていたほどの魔法少女だ。

 

自分の願いのせいで家族を一家心中に追い込んでしまった過去を持ち、それ故に他者のためには魔法を使わない利己的な生き方をしている。生きるために魔法を使って窃盗などを繰り返し、グリーフシードを確保するために使い魔が人を襲っていても放置するような面もあるらしい。

 

ほむらも詳しくは知らないらしいが、マミとも過去に因縁があるかもしれないとのことだ。

そしてそれは、今のマミを見て確信出来た。杏子を目で追っている今のマミの表情は、後悔と少しの執着が入り雑じった複雑な表情だ。つまり憎しみあうような関係ではないのだろう。

 

予定ではもう少し後に話し合いの場を設けるつもりではあったが、これからマミに真実を話すことを考えれば憂いは取り除いておくべきかもしれない。むしろ関係を修繕出来て仲間が増えれば彼女に希望が増える。

 

何より後になればなるほどにキュゥべえが変な話を吹き込む可能性が高まるのだ。総合的に考えればここで見逃す方がデメリットは大きいと葵は判断した。

 

色々と考えて決断を下したと自分でも思っている葵だが、結局のところ一番の理由は酷い顔をしているマミの表情を見たからなのかもしれない。

 

「少し挨拶してきます」

「ちょっ、待ちなさ―――」

「あっ…」

 

脚力を強化しながら杏子が次に跳び移るであろう建物に向かって大きく跳ねる葵。ほむらは急な予定の変更に、マミはかつての後輩とのひとかたならぬ思いに躊躇してその場に留まってしまう。

 

「佐倉、さん…」

 

俯いてそう呟くマミのソウルジェムは、少しだけ濁りが溜まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストンとビルの上に降り立つ葵。跳んできた距離を考えればあまりにも軽い衝撃だが、まさに魔法の偉大さが解るというものだ。

 

「こんばんは、佐倉杏子さん」

「…なにもんだ?」

 

暗いビルの上で自分を待ち構えていた見知らぬ魔法少女。杏子でなくとも警戒するのは当たり前だろう。

 

「新しく見滝原で魔法少女をさせていただいている九曜葵と申します。偶々佐倉さんが目に入ったので挨拶を。…どうぞ」

 

自己紹介しつつ、こんな時のために常に懐に忍ばせていたチョコ菓子「rocky」を差し出す。食いしん坊で常に何かを食べていると聞いていたので割と効果的だろうと考えてのことだ。

 

「へえ、いい心掛けじゃんか。てことはマミのやつはとうとう死んじまったのかい?」

「まさか。家族も戸籍も何もかも失った私を快く居候させてくれている大恩人ですよ。彼女には足を向けて眠れません」

 

菓子で釣り、似たような境遇ということで親近感を抱いてもらう。前情報があればこそのやり方で少々卑怯ではあるが、後で謝罪しますと心の中で謝りながら話を続ける葵。

 

「はん…相変わらず偽善者というかなんというか。あんたも正義の魔法少女だのなんだの言うクチかい?」

 

「さて、正義なんてものはどこから見るかで変わるものですから。でもマミさんのやり方は偽善だろうがなんだろうが尊いものだと思いますよ」

 

否定でも肯定ともつかぬ当たり障りのない答えを返しながら、感触は悪くなさそうだと踏んだ葵。結局のところ人の評価なんてものは自分の主観で決めることだ。

人伝に聞いたものを参考にすることはあっても、それで人物像を固めるなんて愚の骨頂だと葵は思う。ましてやほむらの知る杏子は過去の杏子であり、今対面している彼女とは別人とするべきだ。

 

「…で? 用が無いんならアタシはもう帰る」

「いえ、滅茶苦茶あります。むしろありすぎて困ってます」

「はあ?」

 

興味を引きつつフレンドリーに、出来れば仲間に入ってもらい犯罪は止めてほしい。無理難題である。しかしそれをしなければほむらが望む未来も、見滝原の未来も無いのだから仕方ない。

 

「何から話すべきか…ふむ…。いや、うーん…」

「まどろっこしいなー、ちゃっちゃと言えよ。こっちはメリットがありゃ受けるしなけりゃ断るまでさ」

「うーん、五つほどお願いがあるんですが全部断られそうなんですよね。何か良い方法は無いものかと」

「なんだそりゃ…」

 

呆れ返る杏子。話にならないなと、悩む葵をおいて帰ろうかと思案していたが、しかし何かを閃いたといった表情の葵を見て言葉を待った。

 

「賭けをしませんか? 五つのお願い事ですから、五回の勝負で。私が負ければその回数分なんでも言うことを聞きます。賭けの内容はそちらで決めて結構ですよ。どれだけこちらに不利な内容でも構いません」

「は…正気かい?」

「いたって正気です」

 

葵の様子に、最初からこう持っていくつもりだったなと推測した杏子。教養は無いが頭は良いのだ。

つまりどんな賭け事でも勝つ自信があるのだろうと考え、それは恐らく固有の魔法なのだろうということまで看破した。

 

そうでもなければこんな不利な条件をつける筈もないと。今は諸事情あって封印している自身の魔法が賭け事のイカサマには打ってつけの能力だということも気付いた理由の一つである。

 

「ま、いろいろ目論見はあったんだろうけど残念だねぇ」

「おや、受けて頂けませんか」

「いや、受けてやるよ……アタシと闘いな。五回ともアンタが負ける方に賭ける」

 

にやりと笑いながらしてやったりと条件を突き付ける杏子。これでどんな魔法だろうが純粋な実力勝負にしかならない。相手の言を信じるならば最近魔法少女になったばかりの新米だ。ベテランといえる魔法少女の中でも抜きん出た実力を持つと自負している杏子からすれば結果は判りきったものである。

 

「ええ、結構ですよ。大丈夫、怪我はさせませんから」

「…っ」

 

苦しげに歪む顔を想像していた杏子にとってはあり得ない返答だ。恐らく魔法少女になったことで手にした力に酔っているのだろうと考える。

ろくに闘いの経験も無いだろうから手加減してやろうと言う気持ちは消え失せた。

 

「はん、取り敢えず命令の一つは決まったね。現実の厳しさを教えてやるよ、超スパルタ教育でな」

「…あの、もしかしてそれはツンデレと言うやつでしょうか」

 

わざわざ一つ分を使って鍛えてくれるとはなんと優しい少女だろうかとにっこり笑う葵。やはり根は良い子なんでしょうと思い直した。

 

「まずはその減らず口を直さないとね。知っときな、同じ魔法少女でも雑魚がいればアタシみたいな強者もいるって…ん?」

 

対峙する二人が居るビルの上に、更に二人の魔法少女が現れる。

 

「勝手に進めないでくれるかしら、葵」

「…」

 

当然、マミとほむらである。時間は掛かったが愚図るマミを説得して連れてくることに成功したほむら。コミュニケーション能力が少し上がっているのは葵の言葉が効いている証拠かもしれない。

 

「はっ…! なんだい、アンタの他にも新しいのが居たとはね。おいマミ、寂しいからって他人を自分の思想に巻き込むんじゃねーよ。いくら見滝原がいい狩場だからって三人も居てグリーフシードが足りる訳ねえだろ?」

 

「なっ…!? そんなのじゃ無いわ! 葵さんも暁美さんも―――」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。お願いの中にはマミさんとの仲直りも含まれてますから」

「はあ?」

「え?」

 

杏子は予想外のお願いに、マミはそもそもどういう状況かも解らないために揃って疑問の声が上がる。

 

「もちろん無理強いはしません。けれど話し合いと相互理解に努めることはしていただきます。…みんな仲良くが一番ですよ」

「さっきからムカつくなぁ…! もういい、アタシが勝てば二度とマミに会うな。そっちの奴もだ。アタシのグリーフシードだけを集める家来になりな」

 

そこで奴隷とか言わない辺りがやっぱり優しいんだなと考える、二人との温度差が酷い葵であった。

 

「駄目よ! そんなの絶対―――」

「ソイツが言い出した事だ。五回勝負で勝った方が負けた方の言うことを聞くってさ。結局この世界は強い奴が正義なんだから解りやすいじゃん?」

 

だから口出しするんじゃねーよ、と牽制する杏子。泣きそうになりながら葵を見るマミだが、大丈夫ですと頷く彼女はまだ新米魔法少女なのだ。魔女を倒す手際は見事であったが、杏子は間違いなく魔法少女の中でも上から数えた方が早いようなベテランだ。勝ち目などある筈がない。

 

ましてや一回毎に一つの命令権ならば、一度負ければ先程の条件を突き付けられるのだ。マミからすれば、やっと埋められた孤独がまたしても襲ってくる可能性に頷くことなど出来よう筈もない。

 

「マミさん、無理だと思いますか?」

「無理に決まってます。だから…」

 

すがるように止めてくれとお願いするマミ。しかし葵はそんな彼女の両手を握りながら両目を真っ直ぐに見て優しく言葉を紡ぐ。

 

「ならマミさん、約束してほしいことがあります」

「約束…?」

 

空気を読んで待っている杏子。そう、魔法少女には犯してはならない隙がある。

 

変身中に攻撃してはならない、作戦を話している最中に攻撃してはならない、お涙頂戴シーンでは攻撃してはならない。

 

三大お約束なのである。

 

「後で話があるって言っていましたよね? …それはマミさんにとって受け入れがたい話になると思います。だから…この闘いに私が勝つことがマミさんからすれば奇跡のようなものであるのなら」

 

ほむらも空気を読んで待っている。やっぱり私は空気を読めるじゃないかと内心でどやっているのは秘密だ。

 

「そんな奇跡を私が起こしたのなら、マミさんもそれを受け入れて私やほむら…それに出来れば佐倉さんとも共に戦ってほしいんです。私はどんな事があってもマミさんが望む限りは一緒にいます。だから…だから、もし絶望して何もかもが嫌になるような事があっても諦めないでほしい」

 

キュゥべえが空気を読まずにこっそり近付いてきたが、ほむらが時を止めて駆逐した。流石はキュゥべえハンターほむらである。

 

「私に当たり散らしても構いません、ほむらに当たり散らしても構いません。だから…私達と共に歩んでほしい」

 

キュゥべえを倒してスッキリした表情で戻ってきたほむら。自分に当たり散らしてもいいと聞いて、えっとした表情になったが誰も気付いた様子は無かったようだ。

 

「…本当に…勝てるの…?」

「絶対に勝ちます」

 

断言する葵の力強い表情にマミは一旦目を瞑り、再度開いたその瞳からは悲しみの色は抜け落ちていた。

 

「…約束、します」

「ありがとう」

 

笑い合いながら離れる二人にようやく終わったかと、先程受け取ったrockyを食べきって腰を上げる杏子。

 

「さて、と。奇跡はそうそう起こらないから奇跡っていうのさ。さっきの馬鹿馬鹿しいやり取りでこっちが手加減するとでも思ってないよね?」

「まさか。でもこちらは手加減しますから安心してください」

 

またもや生意気な口を聞く葵に苛立つ杏子。それはかつて慕ったマミと仲良くしている葵の姿が気に障ったことも無関係ではない。

 

「じゃあ…いっぺん死んどきな!」

 

その言葉と共に凄まじい速度で突撃する杏子。並の魔法少女では反応することすら出来ない飛燕の一撃が突き出される。

 

「オラッ……ぶぁっ!? な、なんでこんなところにバナナの皮が……ハッ!?」

 

しかし偶々葵の傍にあったバナナの皮を奇跡的に踏んづけてしまい、地べたに転がる。そして葵がそんな隙を逃す筈もなく、慌てて立ち上がる杏子に技を掛ける。

 

「がああああっ! ギブギブギブッ!」

 

孤独でグルメなサラリーマンの八割が修めている独身貴族の伝家の宝刀、アームロックである。どんな悪漢にもこれ一つで立ち向かえる、たった一つの冴えた絶技だ。

 

「ぐっ…! い、今のは運が良かっただけだ! 今度はそうはいかねえからな!」

 

もはや敗けの因果しか見えない杏子のセリフである。人はこれをフラグと言う。

 

二回戦:決まり手 V1アームロック

 

「がああああ! あだだだだっ!」

 

 

三回戦:決まり手 ツイストアームロック

 

「がああああ! ざけんなちくしょう!」

 

 

四回戦:決まり手 Vクロスアームロック

 

「がああああ! いったいなんなんだ!?」

 

 

五回戦:決まり手 オーバーフックアームロック

 

「がああああ! もう解ってたぁぁぁ!!」

「私の勝ちですね」

「ドちくしょおぉぉぉーーー!!」

 

悲痛な叫びが風見野の空に消えていった、そんな夜の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘いが終わり―――闘いと言っていいのか解らないが、とにかく闘いが終わり、マミの家に集まった四人。ぶすっと不貞腐れる杏子を宥めすかし、葵と同じくお菓子を献上して機嫌をとるほむらはコミュニケーション能力がさらにアップしているようだ。

 

「納得いきませんか?」

「…別に」

 

悪ぶっているが、自分が決めたことには筋を通す杏子。例え色んな不運が重なって実力を発揮出来ずに負けたとしても、約束を破ったりはしないのだ。しかし理不尽そのものの負けかたをすんなり受け入れられないのは若さ故か。

 

「すみません。純粋な実力勝負となると勝ちの目は無いのでああいうやり方になってしまって…」

 

実際に技術やセンスなどは及ぶべくもないのだ。葵が今まで倒した魔女は全て真っ直ぐ行って右ストレート、それだけである。

 

「…全部込みでアンタの実力だろ。別に文句はねーよ」

「そう言っていただけると有り難いです」

 

やけ食いの如く菓子を胃に収める杏子。その様子に苦笑いをしつつ、葵は本題を切り出した。

 

「ではお願いを言いますね…約束通り全部で五つ。一つ、罪を犯さない。二つ、これから起こる大規模な戦闘に参加する。三つ、マミさんとしっかり話し合いをする。四つ、使い魔もきちんと狩る。五つ―――」

「おい、それは死ねって言ってんのか? そこまでアタシのやり方知ってんだったらどういう生活してるかも解ってんだろうが」

 

杏子は生活の基盤を魔法に頼っている。故に普通の魔法少女よりもグリーフシードを多く必要とするのだ。使い魔を狩ることで魔力の消費が増え、グリーフシードの実入りは少なくなると生活が立ち行かない。

 

そもそも犯罪が出来ないとなるとのたれ死ぬだけだと杏子は思っている。そんな彼女にとって今までの葵の提案は死の宣告に等しい。

誇りを取って死ぬか、それとも残った最後の矜持すら捨てて無様を晒してでも生きるか。二つに一つの様なものだ。しかしそんな問いは無視して、葵は話を続ける。

 

「五つ、私と友達になる……これで終わりです。ちなみに私は友人の為ならばどんな苦労も厭いません。―――どうしますか?」

 

そう言い終わった葵の言葉の意味を理解した瞬間、杏子から殺気が膨れ上がった。

 

「アタシを飼い慣らそうってんなら―――」

 

殺す。

 

杏子はそう言い切った。

 

葵のお願いは、いうなれば面倒を見てやるから手駒になれと、そういうことだと認識したのだ。友達などと聞こえのいい言葉を選んでいるのは、杏子のある種の潔癖さから見ればむしろ最悪の印象である。しかしそんな殺気も受け流し葵は答える。

 

「何か誤解があるようですが、ずっと私は言っていますよ? お願いだと。嫌なら断ればいいんです。強制はしません」

「…はあ? じゃあ何のために闘ったのさ。メリットなんもないじゃんか」

 

殺気は霧散したものの、訝しげに問いを投げ掛ける杏子。確かに命令だのなんだのという言葉は自分しか使っていなかったことを思いだし、いったい何が目的だったのかと首を捻る。

 

「大規模な戦闘とは命を掛けるレベルです。グリーフシードの枯渇はそれもまた同じ。罪を犯さず生きることは難しく、友達とは決めてなるようなものではありません。こんな内容で強制なんて出来ませんよ」

 

そもそもお願いの内容も知らせずに持ち掛け、詐欺のような勝ちかたをしたのだ。葵の生きざまとは真っ向から反するこのやり方で言うことを聞かせるなどということはあり得ない。

 

「意味があるとすれば、それは佐倉さんがどういう方か知ることが出来たということです。人伝に聞いたものが……いえ、まずはその謝罪ですね」

 

葵は頭を下げて杏子へ謝罪する。今日会ったこと自体は偶然だが、会った時の流れやその他諸々は元から考えていた通りであること。そして何よりも―――

 

「佐倉さんの過去も知っています。無論知っているだけで理解出来るなどとは露ほども思ってはいませんが…なんにしても貴女の過去と性格を承知でこういった出会い方を計画しました。無礼で不躾で非常識な行いだとは自覚しているのですが、何分時間も手段もないない尽くしでして。本当に申し訳ありません」

「…それもマミからか」

「いえ、マミさんからは佐倉さんのさの字も聞いたことは無いですよ。色々知っている理由は複雑怪奇な上に、協力してくれる方以外に話すつもりはありません」

 

勝手な話ですみませんと尚も頭を下げる葵。その姿に杏子はなんとも居心地が悪くなる。そもそも他人から真摯に頭を下げられること自体、子供にはあまり縁がない事だろう。精々がどこかしらの店員の形式ばった謝罪程度だろうか。

 

何事も過ぎれば毒となり、この場合は謝罪は脅迫となりかねない。そんな杏子の気まずそうな雰囲気を察して慌てて頭を上げる葵。大人と子供の認識の違いというのはやはり中々埋めがたいと思いながら、これ以降は謝罪は控えめにしたほうが良さそうだと考えた。

 

「すみません、謝罪で気分を悪くさせては本末転倒で、あ…また言ってしまった…すみません。………あ」

 

謝罪をしないと決めてからの二連発。げに悲しきは謝罪癖のついた中間管理職であるおっさんの職業病か。

 

客に不手際を謝り、上司にミスを謝り、部下に残業を謝る。行き着いた先は魔法少女に謝罪を謝ると、もはや謝りのゲシュタルト崩壊である。

 

「ええと! とにかく人伝に聞いたところで、百聞は一見に如かずなんです! 会って、話して、触れあって、闘って、私自身が貴女と接した結果友達になって協力しあいたいと思ったと! それだけです!」

 

先程の謝罪の謝罪でマミとほむらの腹筋を震わせてしまった葵。理路整然として話を進める予定が粉々になった瞬間である。

 

考えてもみてほしい、三十手前の男性が女子中学生に笑われる状況を。おわかり頂けるだろうか? 恐らく男にとって一番被害妄想が捗ってしまう状況だ。動揺するのも仕方ない。

 

「ななななんだよ急に! べ、別に断るなんてまだ言ってねーし!」

 

割と直球に弱い杏子であった。そんな慌てる彼女の様子を見て葵は逆に落ち着いた。人は自分以外が慌てていると冷静になるものなのだ。

 

「んん、失礼。少し取り乱しました。まぁ後で説明しますがグリーフシードについては私の魔法があれば大丈夫です。生活の方はどうにかします……ほむらが」

 

笑いを堪えていたほむらだったが、えっとした表情で二人を見た。もちろん誰も気付いていない。

 

「本当にどうにもならなければ、気は進みませんが宝くじにでも頼ります。身寄りも戸籍も無かった時はこの年で大きな金額を当てても交換出来ませんでしたが、今は替わりに買ってくれる身元のしっかりした友人がいますから大丈夫です」

「ああ、やっぱアンタの魔法ってそういう系統か…」

 

予測はしていたものの、やっぱり魔法は便利だなと杏子は思う。家族を不幸にして、自分を一人ぼっちにして、それでも頼らざるを得ない魔法。

 

所詮この世は弱肉強食で、人を食い物にする魔女を更に食い物にする自分は全てを奪って生活することが当たり前だと思っていた。否、そう言い聞かせていた。

 

本心ではそんな自分を嫌悪して、それでもそれが世の理なんだと達観するクレバーな自分も確かにいて、絶妙な均衡で保たれていた心の平穏。

 

変わりたいと思う気持ちと、変われないと諦める気持ち。変わりたくないと拒否する気持ちに、変わるべきではないと、魔法少女は孤独で独善的であるべきだと思う気持ち。

 

こんな自分にも正面切って友達になりたいと言いきる馬鹿に、先程からずっとちらちら見てくる正義馬鹿。

 

生活は楽ではないが、苦難の道でも共に歩もうとこっ恥ずかしい言葉を臆面もなく述べられ、グリーフシードの心配はしなくても大丈夫だと言う。

 

犯罪をしなくて済むなら、グリーフシードの心配をしなくて済むなら、最初に目指していた正義の魔法少女とやらにもなれるかもしれない。

 

過去の罪は帳消しには出来なくとも精算は出来るかもしれない。

 

似非でも真でもやっていることが正義ならいつか本物になれるかもしれない。

 

杏子は思う。神様とやらが本当に居るなら、ここが最後にくれたチャンスなんだろうと。

食卓に豪勢な食事を並べられてさあ食べろと言わんばかりのこの状況は、いつもの自分ならきっと不愉快に思い反発するだろう。

 

しかし今目にした、動揺しながらも友達になりたいと言う本心からの瞳と表情に心が揺れたのは事実だ。

 

「あ、あの…佐倉さん。私も協力するから、ね? 美味しいご飯も作るしお菓子も…」

 

「………しゃあねえな。ま、正義の魔法少女ってのも案外悪くないかもね」

 

だから、別に食べ物に釣られて願いを聞き入れるわけではないのだ。杏子は心の内でそう断言した。

 

「ありがとうございます。佐倉さん、これから宜しくお願いしますね」

「杏子でいいよ。アタシも葵って呼ぶからな」

「ええ。では宜しくお願いしますね、杏子」

 

紆余曲折あったものの、一山越えた事に安堵する葵とほむら。後はマミに話をするだけだ。

きっと今の彼女なら大丈夫だと思い二人でちらりとマミに視線を移せば、なんとショックを受けて落ち込んでいる姿がそこにあった。

 

「あ、あのマミさん? どうかされましたか?」

 

その言葉に更に落ち込むマミ。フローリングに手をつき、よよよと泣き崩れるポーズは金髪ロールとあいまって昭和臭が漂っている。

 

ほむらを見る葵。首を横に振るほむら。

 

杏子を見る葵。首を横に振る杏子。

 

二人は頼りにならないと判断した葵はマミの悲しみの琴線に触れたものがなんなのか必死に考える。杏子が仲間に入った瞬間は飛び上がらんばかりの喜びようだった筈だ。となるとその間の短い出来事。

 

「…………晩御飯作りましょうか、マミ」

「…! はい!」

 

本当にこの人年上なんだろうかと、杏子とほむらの思考が一致した瞬間であった。




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