ギャンブル少女ばくち☆マギカ《完結》   作:ラゼ

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追憶の物語

魔法少女、暁美ほむらは時間遡行者である。

特定の期間を何度も繰り返し、目的を果たすために邁進していた。

 

既に数えきれないほどの時間を遡行し、同じだけ失敗を繰り返している。彼女が何故こんなことをしているか。彼女が何故そんな能力を持っているのか。

 

―――それは偏に友のため。

 

彼女が時間を繰り返す前、まだ魔法も魔女も知らない最初の時間軸。心臓の持病により体が弱く、入退院を頻繁にしていたために学力も着いていけず彼女は一人ぼっちだった。

 

いじめを受けているわけではない、ただ馴染めないだけだ。周りが友人同士で談笑するなか一人で寂しく時間を過ごす。

授業が終わればとぼとぼと一人で歩き夕焼け空を見詰めながら帰路につく。明日が来るのを憂鬱に感じながら、口から出るのは溜め息ばかり。

 

そんな時だ。初めての魔女に出会ったのは、そして初めての大切な友人が出来たのも。

 

ほむらの陰鬱な気配を感じた魔女は彼女を自分の結界に誘い込み、世界を塗り替える。突如変わった世界にも、気味の悪い景色にもどうすればいいのかと立ち竦む彼女に魔の手は迫る。

 

そんな危機一髪の状況に救いの手が差しのべられた。

 

可愛いフリルの衣装に古風な弓で魔女と使い魔を駆逐していく少女。よくよくその顔を見れば、転校したての自分にも優しく声を掛けてくれていたクラスメイトだ。

 

恐ろしい化物に襲われたところを、きらびやかな魔法で華麗に救ってくれた彼女はほむらに取ってはまさに正義の味方。

自分の辿々しい感謝に対して笑いながら、クラスのみんなには内緒だとウィンクする彼女にほむらは憧れた。

 

その日から彼女の世界は一変する。端から見ればきっと何も変わっていないのだろうが、それは確かなことだった。

学校に行って友人と会うのが毎日の楽しみになり、口下手な自分にもあっけらかんと接してくれる度に憧れは強くなる。

 

自分も彼女のようになりたいと思うことは多々あれど、自分なんかじゃ足手まといにしかならないと煩悶する日々。悲しいことはあるけれど、楽しいことは沢山増えた。

 

そして転校初日とは比べ物にならないほど笑う回数が増えたところで―――悲劇は起きた。

 

『ワルプルギスの夜』

 

史上最大の魔女にして、史上最強の魔女。結界を創ることすら必要とせず、赴くままに破壊を繰り返す最悪の災厄。

そんな自然災害とも言うべき魔女が見滝原に出現し、そして当然の如く大切な友人は立ち向かう。

 

引き留める制止の声も振り切って人知を越えた力に対抗しようと必死に力を振り絞る友人の背を、泣きながら見送ることしか出来なかった自分。

魔女が消え、街の残骸しか残らない見滝原。解りきった結果であるが、大切な友人は嵐に立ち向かう枯れ葉のように儚く散った。

 

全てが終わってしまった後、後悔と嘆きに暮れるほむらは瓦礫の街の中心で奇跡を願った。

 

友人との出会いをやり直したい。友人を守れる存在になりたいと。

 

その願いの結果が時間遡行である。未来を知る彼女は、懸命に立ち回り最良の未来を目指す。ワルプルギスの夜を越え、また笑いあえる日々が続くことを願って。

 

しかし現実は非情であり、あまりにも強すぎる魔女へ何度も敗北を喫した。繰り返す内に魔法少女の真実を知り、友人を魔法少女にしないことが優先になった。

 

こちらが親愛の情を感じていても、相手からすれば初対面。未来を告げても信じられない、真実を告げても受け入れられない。

それでもたった一つの過去の灯火を胸に、彼女は突き進む。止まってしまえばそこで折れてしまうのが解っていたから。

 

もう何度目になるのかも解らないほどに繰り返し、今も彼女は戦っている。

 

自分の心の絶望と、そして目の前の魔女と。

 

「…ふん」

 

何度倒したかも解らない魔女を滅ぼし、グリーフシードを回収する。繰り返しの中で既に攻撃パターンなどは記憶しているのだ。淡々と作業をするように危なげなく勝利する。

 

「妙ね…。今までこんなところにこいつが出たことなんて無いのに…」

 

何度も体験する中で、統計を弾き出せばおおよその出現時間と出現場所は割り出せる。効率を求めて行動する彼女にとって魔女の行動が変わるのはあまり歓迎するべきことではないのだ。

 

「何か、イレギュラーかしら…」

 

しかしほむらが同じ行動を取ったとしても全てが同じようにいくわけではない。稀に起こるイレギュラーや、最悪な事例としては新しい魔法少女による友人の殺害などというものまであった。そんな最悪の事態こそたった一回のものであるが、警戒は怠るわけにはいかないと考えるほむら。

 

「…嘘でしょう?」

 

どうしたものかと少しだけ佇んでいた後、新たな魔女の出現を感知して驚きの声を上げる。基本的には連続して魔女が出現することは殆どない。ましてや今までの統計を考えると現在出現する確率は零に等しい。

 

「…」

 

武装を確認し、彼女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君のソウルジェムは本当に濁りにくいね、葵」

「そうなんですか?」

 

今日も今日とて魔女を狩ってグリーフシードを溜め込む少女。マミが付けた名前は九曜葵というものだった。巴紋の中で一番好きだから、と恥ずかしそうにはにかむマミに礼を言い夕食を共にした葵。

 

一夜明けて学校に行くマミを見送り、人目を気にしつつ自らも街に繰り出したのだ。

 

「うん。そもそも魔女を倒したらすぐに穢れを取るのが普通だしね。もっともベテランの魔法少女なんかが効率よく倒した時はその限りじゃないけど」

「それはなんとも有り難いことです。奇跡さまさまと言えばいいのでしょうか」

「僕に聞かれても返答のしようがないよ」

 

さもありなんと頷きながら次の標的が感知出来るまで待つ葵。しかしビルの上で風に髪を靡かせながら佇ずむ彼女の前に、まるで瞬間移動でもしてきたかのように黒髪の魔法少女が現れる。

 

「っ…?」

 

驚愕の声を抑えつつ、取り敢えずこちらを見定めるような視線を飛ばしてくる少女に挨拶をする葵。

 

「初めまして。先日からこちらの地域に越してきた九曜葵と申します」

 

見滝原にはマミ以外の魔法少女は居ないと聞いていたため、新しく来たのか遠征してきたかのどちらかかなと当たりをつける。敵対しなければ有り難いなと、にこやかに接した。

 

「…暁美ほむらよ」

「珍しいですが、いいお名前ですね」

 

それとなくソウルジェムの位置を確認する少女に少しだけ警戒心が沸き上がる。自己紹介を終えた後、沈黙が降りてお互いに気まずい雰囲気が漂い始めた。

 

「私はこの街の魔法少女の方に先日から居候させていただいてます。暁美さんは最近こちらに?」

「ええ、もうすぐ見滝原中学に転校予定よ」

 

友達ならば友達の、同僚ならば同僚の、取引先相手ならばそれなりに定型文句があるものだが、初対面の魔法少女とはどう接するものかと葵は悩む。

 

「この街には魔女が多い。グリーフシードの取り合いにはならないでしょうし、出来れば良好な関係を築きたいものです」

「…」

 

探るような目付きは暫く続き、ぽつりと言葉が漏れる。

 

「居候先は巴マミの家かしら」

「ご存じでしたか。とても優しい方で良くしてもらっています。よろしければ一度三人でお会いしませんか? 共闘するかどうかは別にして顔合わせくらいはしておいた方が何かといいでしょうし」

「そう…ね」

 

迷う素振りを見せた後、頷きを返すほむら。随分と含むところがありそうだな、と推測しつつも葵は手を差し出す。

 

「…?」

「これから宜しくお願いします」

「……ええ」

 

体温の高い葵と体温の低いほむら。ほんの短い間だけ触れあった掌は、互いの温もりと冷たさの余韻が残りあっていた。

 

そしてその様子を傍観するキュゥべえは、およそ感情といったものを感じさせない無機質な瞳で静かにほむらを見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

 

テレパシーの範囲を越えていたため、キュゥべえを介して新しい魔法少女を連れて帰ってもいいかとマミに尋ねた葵。予想通り快諾されたことによりほむらを連れて家に入る。

 

「おぉ…」

「えぇ…」

 

そこで目にしたのは、豪勢な食事とささやかながらも飾り付けられたリビングだった。

 

「うふふ、昨日は有り合わせだったから今日は張りきっちゃいました。貴女が暁美さんね? 私は巴マミ。これから三人で力を合わせて頑張りましょう!」

 

今日は二人の歓迎会よと嬉しそうにはしゃぐマミ。知らない魔法少女への警戒心は何処へいったのだろうか。

 

「わざわざ有難うございます」

「あ、ありがとう…ございます」

 

嬉しそうに礼を言う葵。複雑そうに礼を言うほむら。対称的な二人だが、どちらもマミの勢いに押されて席についた。アルコールの入っていないシャンパンをグラスに注ぎ乾杯する三人。

女三人寄れば姦しいというが、テンションがマックスのマミは一人でも姦しい。むしろ九割は彼女が喋っていたりする。

 

「へえ…じゃあ暁美さんはもうすぐ後輩になるのね」

「はい」

 

魔法少女は大別しておよそ三種類。

 

魔法少女として世の中を護りたいと願って契約した者。

化物と戦うことを知りながらもそれ以上に大切な願いを望んだ者。

そして選択肢がそれしか無かった者だ。

 

魔法少女歴が長いマミにはなんとなくその違いが解る。後者二つの少女にはなんとなく陰が差したような雰囲気が滲み出るのだ。

その観察眼で判断するならば、暁美ほむらは圧倒的に後者である。

 

見ただけで人となりが解るなどと自惚れるつもりはマミにもない。しかし何故か動揺しているほむらの感情は面白いように見てとれる。

 

驚き、悲しみ、期待。そして罪悪感とほんの少しだけの親しみ。初対面にもかかわらずこれだけの感情がない交ぜになっている理由はマミにも解らない。しかし少しだけでも親愛を感じるならば、きっと上手くいくと考えた。

 

「私達…どこかで会ったことあるかしら?」

「…っ!」

 

マミの方に覚えはないが、これだけ挙動不審になれば当然の質問だろう。問いただしている訳ではないが、話の種としての発言である。しかしマミからしてみれば何でもないような質問に、ほむらは驚く程動揺が深まった。

 

「…いえ」

「そ、そう?」

 

拒絶するような返答に悪いことを聞いたのかとマミは焦り始める。肝心なところで踏み込むことが出来ないのは彼女もまた心に傷を抱えている故だ。

拒絶されるのが怖くて、当たり障りのない言葉で場を濁すのがこういった時の悪い癖ともいえるかもしれない。

 

「…そういえば暁美さんはマミさんの事を知っていましたね。詮索するつもりはありませんが、秘密と言うのは溜め込めば澱み、嘘をつけば自分に返ります。初対面同士で信頼も何もありはしませんから、言えない事は「言えない」で。言いたくないなら「言いたくない」でいいと私は思います」

 

月並みな美辞麗句ですが、と葵は言う。

 

「……」

「嘘をつけば自分に返ると言いましたが、私はそれが善人であればある程にそうだと思います。…酷い顔ですよ?」

 

世界を何度も繰り返してきた。それは何年、何十年、何百年生きた事と同義なのか否か。いや、きっと違うのだろう。

 

自分の行動が変われば相手の行動も変わる。だが短い期間では変わらない物事の方が多い。

それが本意ではなくとも、人との関係や自分の行動がパターン化してきている以上得られるものは少ない。

人は失敗を経験して成長すると言うが、あてどなく続いている蹉跌の道を歩き続けることは、けして成長しているとは言い難い。

 

「…っ」

 

だからだろう。会ったこともない魔法少女で精神的に間違いなく自分の方が上である筈なのに、歳上の忠言のようにほむらが感じてしまったのは。

 

だからだろう。何度も会った魔法少女で精神的に脆く自分の邪魔でしかない筈なのに、嚆矢の信頼と親愛をほむらが思い出してしまったのは。

 

「ごめんなさい…」

「いいの。言いたくないことなんか誰にだってあるもの。私こそごめんなさいね」

 

雰囲気を変えようとデザートと紅茶を振る舞うマミ。感謝の視線を葵に送り話題を変えようと三人が共通して話題に出来る、魔法に関して喋り出す。

 

「そうだ、暁美さんの魔法はどんなものかしら。私はリボンを変形させたりして戦って……あ」

「…」

「…」

 

魔法少女の能力など信頼関係がなければ基本的にペラペラ喋るものではない。葵さえ知っている暗黙の了解をうっかり犯す。それが仲間が出来て嬉しいマミの、ハイテンションマジカルガールなおっちょこちょいだ。

 

「ごめんなさい…」

 

しょぼんと萎れたように俯くマミを見て、ほむらは思う。

 

大切な友人と同じ、優しくしてくれた魔法少女の先輩。最初の頃は甘く厳しく指導をしてくれて、途中からは友人を魔法少女に導く障害となった。

 

今では見栄っ張りで虚勢をはり、寂しさから他人を魔法少女の道へ引きずり込むだけの存在に成り果てていた。

 

しかしほむらは悟ってしまった。成り果てていたのは、そう思う自分の心なんだと。きっとこの先輩は何も変わっていない。自分を導いてくれた時の自信家で、見栄っ張りで、寂しがりで。だけど優しくて、格好よくて、情けないところもある先輩と。

 

「おや、泣いたカラスがもう笑いましたね。重畳です」

「泣いてなんかないわ」

「そうですか?」

「そうよ」

 

涙とはどこからを指すのか。瞳から液体が溢れなけば涙ではないと言うのならほむらは確かに泣いていない。

 

つんとした態度でそっぽを向きながら、それでも心の内でほむらは思う。眼鏡を外したあの日から、髪をほどいたあの日から、もう弱い自分ではいられなくなったあの日から。瞳が湿度を持ったのも、口元が角度を上げたのも初めてだと。

 

「…これからよろしくお願いします」

 

それは目の前の仲間達への言葉でもあり、もしこの世界が失敗してもこの心の暖かさだけは忘れないための自分への戒めでもあった。

 

そして急に変わったほむらを目にした二人は顔を見合わせた後、重ねるようにこう言った。

 

「こちらこそ」

 

穏やかな談笑は続き、日を跨いだおかげで泊まっていけと何度も勧めるマミに辟易しながらもどこか嬉しそうにするほむら。

 

それでもまだまだ絶望は彼女を蝕んでいる。

 

その病を癒すのは希望か奇跡か信頼か。それは神のみぞ知る結末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。とても綺麗な少女が、とても恐ろしい怪物に立ち向かう夢を。

 

夢を見た。とても綺麗な少女が、必死に自分を止める夢を。

 

夢を見た。とても綺麗な少女が、泣いている夢を。

 

「まどかー? 珍しいねぇ、あんたが起こされる方なんて」

「まろかー!」

「ふぎゃっ! もう、たっくんてば。お姉ちゃんはもう起きてますー!」

 

鹿目まどかの朝は少しだけ早い。主夫である父が朝早くから朝食とお弁当の用意を作ってくれるため、せめて働く母を起こす役目だけは自分がするからだ。

 

「…泣いてんのかい?」

「へ? あれ、ほんとだ…」

 

今日の目覚めが遅いのは、連日見ている夢が原因なのだろう。何故か心が締め付けられる。何故か心が悲しく痛む。

 

「あの子、誰なんだろう…」

 

見たこともないのに姿がはっきり思い出せる。聞いたこともないのに声がしっかり思い出せる。

 

会ったこともないのに―――仲良くなりたい。

 

「名前、なんて言うのかな…」

 

 

 

邂逅の時は近い。






地の文を多めにしてほむらの心情の変化に出来るだけ違和感が無いようにはしてますが、あったらすいません。

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