ギャンブル少女ばくち☆マギカ《完結》   作:ラゼ

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キリが良かったので短め


邂逅の物語

「見滝原…ですか」

「うん。君の希望通りとはいかないけど、魔女の数に対して魔法少女の数は少ない。それなりに裕福で、敵対的な行動を取りにくい子が居る筈だ」

 

ただし強さは並の魔法少女を遥かに凌ぐけどね、と続けるキュゥべえ。

 

「ありがとうございます。お手数をお掛けしてすみません」

「新人の魔法少女のサポートも僕らの役目だからね。もっとも君にそれが必要なのか疑問ではあるけど」

 

大いに必要です、と返しながら電車の切符を買う少女。取り戻した財布の中の硬貨は幸いにも古い年度のものが多かったために問題なく使用出来る。

 

「地方の名前などには詳しいつもりでしたが、見滝原とは寡聞にして聞きませんね」

「そうなのかい? 計画都市であり、この国に於いても技術力の高い都市らしいけど」

 

考え込む少女。やはり違う世界なのだな、と言葉には出さず納得して座席に座る。そして少し気になっていたことを問い掛けた。

 

「キュゥべえさんは個体も全体も変わらないと仰っていましたが、私と話しているあなたはリアルタイムで全体と意識と記憶を共有しているのですか?」

 

そう、彼等は世界を跨ぎ無数に存在している。そしてどの個体が死んでも代わりはすぐに現れるというのだ。

 

「その見解は間違ってはいないけど…厳密には違うかな。君と話した体験を持つのは僕だけで、だけどその記憶は全体が知識として持っている」

 

結局は同じ事でしか無いけどね、と締めるキュゥべえに少しだけ笑いながら少女は否定する。同じ様で違います、と。

 

「昔にはそんなことを言っている人間も居たみたいだね。僕らには理解できない考え方だけど」

「今は居ないのですか?」

「今は僕達が複数居ること自体知らない魔法少女が多いからね」

 

勿論問われれば答えるけど、とペテン師のような言である。政治家とキュゥべえが討論をすればいい勝負になりそうだ。

 

「あ、着いたみたいですね。近場で良かった」

「そう望んだのは君じゃないか」

「おっとそうでした」

 

今のは感情じゃないですか? と悪戯っぽく笑う少女に首を捻りながらキュゥべえは足元に並んで着いていく。

てくてくと日が沈みかけている街中を歩き、先導するキュゥべえを追い掛ける少女。

街並みを見渡し、なんだか近未来都市に来たような感じだなと一人ごちる。

 

「ここだよ」

「っと、すみません」

 

余所見をしながら歩いていたために、目的地に到着し足を止めたキュゥべえを踏み潰しそうになる。そんな少女の様子は気に掛けず入口をすり抜けるのはやはり感情など微塵も感じさせない。

 

「いきなり訪問するのも憚られるので、少し説明をしてきてもらっても?」

「うん。少し待っていてくれるかな」

 

そう言ってオートロックもすり抜けて魔法少女の部屋に向かうキュゥべえ。改めて、真っ当な生物とは言い難いのだなと少女は再認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあマミ。調子はどうだい?」

「あらキュゥべえ。調子も何もさっきグリーフシードを渡したばかりじゃないの」

 

穢れを吸い切れなくなったグリーフシードはキュゥべえが回収する。それが魔法少女のルールであり常識だ。そこに言及する者が極端に少ないのはやはり世間を知らない未熟な少女が多いからこそである。

 

「そうだったね。それよりマミ、少しお願いがあるんだ」

「へえ…。キュゥべえからのお願いだなんて明日は槍でも降るのかしら」

 

くすくすと口元に手を当て上品に笑う少女。彼女の名は巴マミ。この見滝原のベテラン魔法少女であり現役トップクラスの経験値を持っている。

 

サイドロールに揃えた金髪はその優雅さをいっそう引き立て、趣味の紅茶とスイーツはその見た目に違わぬお嬢様然とした雰囲気を醸し出す。

 

「私に出来ることならなんでも言って? だってこんなに珍しいことはないんだもの」

 

彼女が魔法少女になった切っ掛けは、交通事故により死にかけていた事が発端だ。車が原型を留めていないほどの衝撃に、訳の解らない痛みと熱。朦朧とした意識の中で願った奇跡は、望み通り彼女の命を繋ぎ止めた。

 

「ありがとうマミ。それでお願いなんだけど―――」

 

魔法少女になった彼女は考える。どうして願いを望んだ時に両親を含めなかったのか。

幼い少女がそんな状態で深く考えられる筈もないという、そんな免罪符は彼女の悔恨を癒さない。

 

そして過去に苛まれる彼女が選んだ道は、魔女を退け正義を為すことだった。世のため人のため、人を襲う魔女達を日夜精力的に狩り続ける。それが彼女の贖罪の形だった。

 

「―――そう、事情は解ったわ。下で待っているのね?」

 

魔女は人を自分の領域に誘い込み、襲う。そしてその領域には使い魔と呼ばれる無数の小型の化物が伴われる。それは成長すると大元の魔女へと成長し人を襲うようになるのだ。そして魔女の領域から離れた使い魔が人を襲うこともある。

 

しかし、だ。魔法少女の全てがそれを助けるかと問われれば、それは否だ。使い魔はグリーフシードを落とさない、けれど倒すためには魔力を消費する。故に使い魔を倒すことを優先する魔法少女はけして多いとは言えないのだ。勿論それが苦渋の選択であり本心では助けたいと思う者が大半であるのもまた事実である。

 

「うん。着いてきてくれるかい?」

 

だが巴マミは違う。それが私の罰であるとでも言うように区別なく敵を殲滅するのだ。それでいて破綻をきたすことがないのは彼女の実力、見滝原の魔女の多さ、そして彼女の願いも関係している。命を繋ぐという願いだったからこそ、彼女は短命になりがちな魔法少女をベテランと呼ばれる長期にわたり生き抜いてきたのだ。

 

「…うん」

 

そんな彼女は、実に寂しがり屋である。

 

友達よりも魔女。お洒落よりも使い魔。空いた時間はささやかな趣味を除けば殆どが魔法少女としての時間だ。もちろん経験豊富なだけに度が過ぎれば逆に危険だということは身に染みているため、適度に抑えてはいる。しかし見滝原には魔女が多い。

 

そして魔法少女同士というものは基本的に相容れない。グリーフシードは魔法少女の生命線であり、無くなれば魔力を使用できなくなるとなれば、信頼関係が無いと奪い合いは必然だ。

 

人知れず街を護っている自分を誰も気付かない、事情など話せる筈もない。唯一理解しあえる魔法少女は敵対する者が多い。孤独が彼女を包むのは必然なのだろう。

 

「ふふっ」

 

しかし自分を救ったキュゥべえが、自分を支えるキュゥべえが、わざわざ紹介するならばそれはきっと素敵な出会いになるかもしれない。

そんな期待を胸に、いそいそと彼女は靴を履いてドアを開ける。その表情は自分でも気付かないほど、久し振りの満面の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下まで目当ての人物を迎えに行き、とにかく部屋で話しましょうと招き入れるマミ。

 

「お邪魔致します」

「遠慮しないでね? これから一緒に住むんだもの」

「え…? お願いするつもりではありましたが、まだ事情も何も…」

「身寄りも何も無いんでしょう? それにキュゥべえからちゃんと聞いてるもの。すっごく強いのも、困っても悪いことに魔法を使わないことだって」

 

にこにこと両手を握って、辛かったわねと慰め始めるマミ。この好感度はキュゥべえへの信頼の裏返しであり、孤独の反動なのだろう。しかしそんな事情を知らない元三十手前の男にしてみれば、無警戒が過ぎると心配になるほどだ。

 

「…キュゥべえさん、信頼されてるんですね」

 

三角机に乗って傍観しているキュゥべえを見て呟く少女。そういえば基本は魔法少女に気に入られるような仕草や話し方だと言っていたことを思いだす。

 

「そう感じてもらえるなら僕も嬉しいよ」

 

感情が無いのにですか? と内心で突っ込みながらマミの手を握り返す。この子も裏事情は知らないのだろうなと推測しつつ、嘘をつかないことを信条としている彼女は折を見て話すべきかそうでないかを見定めることにした。

絶望で魔女になるというならばこれは繊細な問題だ。時には優しい嘘だって必要なことも彼女は知っている。

 

無知は罪だと言うが、知恵を手にした人間はそれも罪だと宣告されたのだから。

 

「私は巴マミ。あなたの名前、教えてくれるかしら?」

「私は―――」

 

言葉に詰まる。この姿で男の名前は無いだろう。しかし適当な名前も出てこない。そうこうしている内に悲しい顔で焦り出すマミ。

 

「そ、その…ごめんなさい。私、何か変なこと…」

「いえ、違いますよ。変どころかとても好ましいと思います。名前が言えないのは事情がありまして…先にそちらを説明させてください。それを聞いてこちらに住むことを拒否されてもそれは当然のことですし、けっして貴女を非情などと思うことはありません」

 

表情から陰は消えたものの、いったいどんな事情が出てくるのだろうと身構えるマミ。そんな彼女に信じられなくても当然ですが、と前置きしてここ数日の出来事を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と、いう訳です。なにぶん私自身も解らない事だらけですし、色々と迷惑を掛ける可能性は大いにあります。最悪身元不明の少女として保護を受けることも出来ますから、本当に無理は…」

「無理じゃない」

 

途中で言葉を遮るマミ。真剣な表情で話に聞き入り、事情を把握した彼女が第一に思ったのは、思わされたのは「驚愕」の一言だ。

元が男だったから、ではない。日本にもそんな恐ろしい事があることに、でもない。

 

「私は貴方をとても誠実で優しい方だと思います」

 

こんな目に遭ってもまるで斜に構える様子のない目の前の少女に対して驚いているのだ。

自分が存在しない世界に飛ばされて酷い目に合わされて、挙げ句の果てに性別まで変われば普通どんな狂態を晒すか解ったものではない。

なのに彼女は出来ることをしっかり考えて、足元を固めて、悪事に走ろうともしない。それが驚きと尊敬の理由だ。

 

そしてマミはこんな荒唐無稽な与太話であるのにもかかわらず全てを真実として受け入れていた。それは真摯な眼を見て嘘とは思えないと判断したことが一つ。そしてキュゥべえが連れてきた人物だからというのがもう一つだ。

 

「あ…すみません歳上の方に偉そうにしちゃって。その、男の人だっていうのには驚きましたけど。えっと、私が学校に行っている間だって魔女は人を襲っているかも知れないし…それに、それに…」

 

しどろもどろになりながら居候してもいい理由を懸命に探すマミ。魔女は基本的に夕方や夜の方が出現しやすく、大した理由にもなっていない。

 

彼女にも何故こんなに必死になるのかは解らない。しかしここで引き留めなければいけない、と自分の心が言っているのだ。その気持ちに従って言葉を尽くして引き留める。

 

「えっと、その、だから…」

「ありがとうございます」

「え?」

 

そんな微笑ましい慌てぶりを見て嬉しくない男は居ないだろう。先程とは逆に自分の方から手を出して握手をする。

 

「これから宜しくお願いします」

「あ…はい…!! こちらこそよろしくお願いします」

 

花が周りに散っているような華やかな笑顔。なんとも奇妙な関係だが、新しい同居人が増えたことには喜びを隠せないマミ。にこにこと差し出された手を握りっぱなしだ。

 

「それといきなりで申し訳ないのですが、お願いがあります」

 

何でも言ってくださいな、と嬉しそうに言葉を待つマミ。彼女の最大の才能は魔法少女でもなければアイドルでもない、ヒモを育てる能力だ―――なんてことも冗談にはならなさそうなのが恐ろしいところである。

 

「名前をいただけませんか」

 

「え? …名前、ですか?」

 

あまりにも予想外のお願いに眼が点になっている。

 

「この世界に流されたのだから、この世界の方に名付けてほしい。名は捨てませんが暫くお別れです。この世界に生きる者として、受け入れられる一つの契機がほしい」

 

名は体を表す。誰しもそれが無ければ始まらない。とても大切な事だからこそ、彼女はマミに名付けてほしかった。信頼の証としても、一人の人間としても。

 

「……はい」

 

そんな責任重大なことは、と慌てて拒否しようとしたマミであったがその真剣な表情に言葉を飲み込む。彼女に取っても自分に取ってもこれは大事で、そして必要な儀式だと判断した。

 

「……」

 

沈黙が支配する中で長い時間を掛けて悩み続け、遂に両手を叩いて笑顔になり、一転して厳かな表情でその名を告げる。

 

「あなたの名前は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもと同じ病院で、いつもと同じベッドで、いつもと同じ時間に彼女は目を覚ます。

 

「…っ」

 

いつもと同じやるせない表情で、いつもと同じく魔法を使う。弱った心臓を強化して低い視力を底上げする。

 

「今度こそ…!」

 

今度こそはと己を奮起させ、スケジュールを組みたてる。いつもと同じ手続きをして、いつもと同じ誓いを胸に抱いて突き進む。

 

いつもと違う結果にしなければと。今度こそは終わりにしてみせると。

 

 

彼女はいつもと同じように誓ってしまった。




え? マミさんがちょろすぎるって? 彼女はどの世界線でもちょろかったと私は確信しています。

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