まだ待ってる人がいるか解らないけど、投稿します。
「うー……どうしてこんなことになったんだよう」
薄暗い路地で息を落ち着かせるさやか。ここ最近のファンタジックな体験に始まり、なんだかいきなり異常事態が頻発していないかと愚痴を溢す。全てはほむらが転校してきたあたりから始まったなーと夜空を仰ぎ、そして近付いてきた足音に反応して身を竦ませた。
「美樹さーん? 居たら返事してちょうだーい」
「……?」
見覚えのある胸の大きい女性が自分の名前を呼びながら辺りをうろついていることに首を傾げるさやか。いつか紹介された魔法少女の一人だったなと思いだし、それ故に自分を探していることに余計疑問が募る。なんにしても聞けば解るかと仁美が近くに居ないことを確認してマミの前に姿を現した。
「あの……巴先輩、ですよね?」
「ああ良かった。無事だったのね」
「無事? って、あ。もしかして魔女が…?」
「ええ、察しがいいわね。この近くに魔女の結界があるの。幸い貴女達が魅入られる前に来ることができたけど、あんまり危ないことしちゃダメよ? 魔女がどうとかじゃなくて、こんな時間に女の子が出歩いてたら不審者の恰好の的なんだから」
「たはは、すいません。色々のっぴきならない事情がありまして」
「解ってくれたらいいの。魔女は他の皆がそろそろ倒してる頃だとは思うけど、一応志筑仁美さんも迎えに行きましょう?」
「え。うう……そういえば、あの、何で事情を知ってる風なんですか?」
「秘密です♪」
「……」
さやかは察した。この人、葵の真似がしたいだけだと。微妙な顔をしているさやかに気付かず、満足そうにほほ笑むマミは自分の心の中ではミステリアスな美女なのだろう。まあミステリアスさはともかくファンタジックではあるので体裁はなんとか保てているだろうか。体面は保てていないが。
そして横並びに歩き始める彼女達だが、マミの方がさやかの恋愛事情に興味深々で話しかける。当然ながら思春期の少女としては気にならないわけがないだろう。
「ねえ美樹さん? あの……その、ね? 女の子同士って……どうなのかしら。志筑さんと付き合うんでしょ?」
「ぎゃー! どこまで知ってるんですか! というか私にそんなつもりはありません! 波風立てずに断ろうとした結果なぜかこんなことになってますけど!」
「あらそうなの?」
「そうですとも!」
「でも女の子好きなんでしょう? 暁美さんにもモーションをかけてたって……」
「どこでねじれた!?」
世間話程度に聞いているさやかについての情報から、ここに至っての顛末までを加味して推測するとまず間違いなく両刀だろうとマミは判断していた。必死に否定するさやかを見てマイノリティは辛いな、と励ましの言葉を贈る。
「世間一般的にはちゃんと認められてはいないと思うけど、気にすることないんじゃないかしら? 自分の思うがままに進めばいいと思うわ。それが例え好きな男の子に振られたからって、逃避だからって、自分が決断したことに変わりはないもの。後悔するかもしれなくても、取り返しのつかないことなんてそうそうないわ。頑張って!」
「ぶん殴ってもいいですか?」
「!?」
マミからすれば恭介に振られた傷心のさやかが、その心の隙間に入ってきた仁美を受け入れるかどうか迷っているように見えたのだろう。さやかからすれば無礼千万で迷惑極まりない言葉である。憤慨するのも当然だろう。
「わ・た・し・はノーマルです! なんでそんな勘違いしてるんですか!」
「え……だって、お祭りで暁美さんにずっとしがみついてたとか、志筑さんを条件次第で受け入れるとか。あとよく友達の胸を揉んだりしようとしてるって暁美さんが言ってたから」
「え、いや……その、それは間違ってないですけどでも」
「ほらやっぱり。美樹さん、自分の心には正直に生きた方がいいわ。我慢している部分が無意識に行動に出ちゃってるのよ」
「ええ……」
いったいどう言えば解ってくれるのかと眉間を揉んで顔を顰めるさやかだが、自分の行動も確かに傍からみれば誤解を招きかねないだけに反論しづらいなと本日数回目のため息をついた。しかし同時に何故ここまで頑なに女同士の愛を推すのか、疑問が浮かび上がる。おおまかな関係性――自分が恭介に惚れていることくらいは目の前の彼女も知っている筈なのに、いったい何故、と。
「巴先輩は好きな人っているんですか?」
「えっ? ええと……どうかしら。魔法少女の活動が忙しくてあんまり意識したことがないのよね」
「その割には助言が具体的ですよねー」
「そ、そう? うーん……恋、かぁ。健全な女子中学生としては確かに必要よねぇ」
「クラスメイトの男子とかどうなんですか? 巴先輩ってモテそうですし」
「ううん、その、実はあんまりクラスで馴染めてなくて。放課後にお喋りとか買い物とかってできないから……ね?」
「え、あ……すいません!」
「ふふ。後輩に言うことじゃないわよね、ごめんなさい。ただそういう生活になっちゃうから、魔法少女にはなっちゃダメよ? それに今はとっても充実してるもの」
慌てて謝罪するさやかに微笑みながら気にしないでと首を振るマミ。今までの自分なら見栄を張って、クラスで馴染めないことなど絶対に口にはしなかっただろうと内心で思考し、そして変われた自分に、気負うこともなくそれを口にできる自分に嬉しさを感じる。
「うおぉ…」
「ど、どうしたの?」
「いや、すっごい良い笑顔だったんで……えへへ、ちょっと見惚れちゃいました」
「え!? や、やっぱりそっちも――」
「いやだから違いますって」
「それにさっきから胸に視線を感じるのも……」
「いやー、そりゃあそんな立派なモノが目の前にあれば視線がいくというかなんと言いますか、ははは」
「ダ、ダメよ。貴女には志筑さんという人がいるでしょう?」
「だから……はぁー。もういいです。それでいいですよまったくもう! 仁美ー! ほんとは恭介を取られるのが嫌なんじゃなくて、恭介に取られるのが嫌なのー! ってか。まったく」
自棄になって心にもないことを叫ぶさやか。傍から見れば変人そのものであるが、そう思う大人達だって中学生の頃を思い返してみれば訳のわからない衝動に駆られて奇声を上げたことも一度くらいあるだろう。大人になってもする人はするかもしれない。いわゆるキチメーターが振り切ったというやつである。
これもまた良い思い出、もしくは恥ずかしい思い出の一つになるものだ。年をとればあの時は若かったなどと笑い話にもなるだろう――――こんなタイミングでなければ、だが。
「さ、さ、さ、さやかさん……!」
「ぶっ! 仁美!? ちょちょ、っちがっ! 今のは、その」
「まさか、そんな……わたくしはいったいどうすれば!? ああ! これが青春の葛藤というやつですの!?」
「いやいやいやちょっと待って」
「ごめんなさいさやかさん、今は気持ちに整理をつけたいんです。上条さんの事はとりあえず置かせてください。と、とにかく今日はこれで失礼致します!」
「いや、だから――」
「でも……不思議と悪くない気持ちですわぁーー!」
「待って! お願いだから待ってぇーーーー!」
どう考えても人間が出せそうにない速度で、エコーを響かせながら走り去る仁美。追いつくどころか棒立ちで見送ることしかできなかったさやかは、数秒後に崩れ落ちた。どうしてこうなった、と。
「あ、あの、美樹さん? もう危険はなさそうだし、私そろそろお暇しようかしら」
「……」
「また明日学校でね……ひっ」
「ふぅん……先輩で正義の魔法少女なマミさんがいたいけな少女を放置して帰るんだぁ…」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……あ、あの、今マミさんって」
「ダメなんですか?」
「ダ、ダメじゃないけど、その」
「私もさやかでいいですよ。ねえマミお姉サマ? 私は女好きで、おっぱい好きで、変態なんですよね?」
「そ、そこまで言ってないわ!」
「そこまでってことは少しは認めるんだぁ……じゃあ責任とって……揉ませろぉーー!」
「イヤァーー!?」
明日からどんな顔して登校すればいいんじゃーとぷんすか怒りながらマミに迫るさやか。本気で恐怖されていることに微妙にへこんでいるが、怯えるマミの姿を見て少し溜飲が下がり、揉みしだく寸前でストップする。これに懲りたら変な勘違いは続けないでください、と言おうとしたところで魔女を討伐した葵達が非常にいいタイミングで姿を現した。
「これに懲りたら変な勘違いは――」
カツン、と硬質な何かが落ちる音がする。さやかがそれに振り返って見てみれば、そこには固まった表情でさやかを見つめる三人の姿があった。さやかの『揉ませろ』という声と、マミの悲鳴を聞いて固まる三人が。
「え、えーと、何かの勘違いですよね……わぷっ!」
「葵さん! うぅ、怖かったぁ……!」
「マ、マミ? さん付けに戻ってますよ……というか、ちょ、もう……ほら、よしよし」
「さやか。貴女、本当に……?」
葵に泣きながら抱き着くマミ。本当に貞操の危機だったことを感じさせるその涙は、ほむらからのさやかに対する不審を煽った。しかし――
「泣きたいのはこっちだってー……もう嫌だぁ」
「ちょっと、さやか? ……いったい何があったのかしら」
勘違いの連鎖に次ぐ連鎖。もはやさやかの我慢のキャパシティを超え、怒りではなく『ああ無常』と言わんばかりのはらはらと零れる涙となって眦から滴り落ちた。いったい何が何だか解らないと混乱するほむらだが、それでもさやかの背中をぽんぽんと叩いて慰める。
「うぅ、ほむらー……」
「はいはい……ほんと変な時間軸だわ」
「私が好きなのは恭介なんだよね……?」
「私に聞くの!?」
「もうなんか解んなくなってきた…」
「えぇ…」
周りから可愛いだのかっこいいだのと持て囃されれば勘違いしてしまうように、お前は女好きなんだと何度も言われればもしかしてそうなのか、と自信がぶれるのも仕方のないことだろう。元の行動が行動だけに深層心理では、と言われてしまえば返す言葉もない。
「私から言えることなんてあまりないけど……さやか」
「うん」
「今現在、私の胸に顔を擦り付けているのを見れば女好きと言われても仕方ないんじゃないかしら」
「うん……? あ、これ胸か。あはは、薄すぎて解らなかった」
「殺すわ」
「うぎゃぁ!?」
ウソ泣きではないが、さりとて本気で泣いているわけでもないのはすぐに理解したほむら。からかいを含んださやかのセリフを聞いた瞬間こめかみに青筋を立て、盾から銃を取り出し、さやかの眉間に突きつける。
「魔法少女が拳銃っておかしくない!?」
「きょうびの魔法少女はそんなものよ」
「いや、お前だけだろほむら…」
「口を挟まないで杏子。持てる者には何も解らないわ」
「えぇ…」
キッと杏子を睨むほむらの瞳にはありありと持たざる者の妬みと嫉みが宿っており、さしもの杏子もその迫力には何も言えず黙り込んでしまった。さやかの縋るような顔を見て少し罪悪感が過るが、わざわざ火中の栗を拾う行為は避けるべきだと顔を逸らす。正義は無力だ、と涙を呑んでギュッと拳を握りしめる杏子だが、この場合どちらが正義なのかは不明である。
「ほむら、あまり脅かしてはいけませんよ。感覚が麻痺してるのかもしれませんが、拳銃の引き金を引くだけで人は死ぬんですから。友達とはいえ冗談で済むことと済まないことがあります」
「いま私の胸が冗談みたいと言ったかしら」
「……すいませんさやか。微力は尽くしました、また来世で巡り合いましょう」
「諦めんなよ! 全力を尽くしてよ!」
ほむらが怖い、と葵は宥めることを諦めた。泣き真似をしながらハンカチを振っている様子はどこか昭和臭がしており、微妙に口元が笑っているのが揶揄いを確信させる。彼女もなんだかんだで随分と気安くなったもので、特にさやかとの付き合い自体は大した期間でもないのだが一段と壁がない。これはどちらかというとさやかの生来の気質も関係しているのだろう。
「さようならさやか。ああ、私にもっと力があれば……」
「自転車の力とかか? ぶふっ」
「ほむら、拳銃貸してください」
「嘘嘘嘘、冗談だって! 今ほむらに説教したばかりじゃんか!?」
「冗談ではなく本気だからいいんです」
「余計ダメだって……うあっ!?」
火中の栗を拾うどころか虎の子も居ないのに虎穴に突進する杏子。まこと愚かの極み、とどこかから聞こえてくるようなお馬鹿な行為である。瞳から光が消え失せているほむらと葵は魔法少女というよりまさに魔女。触れてはいけない絶望そのものに手を出してしまったさやかと杏子の命は風前の灯火である。
「…とまあ冗談はさておいて、そろそろ帰りましょうか」
「本気で殺されるかと思った…」
「同じく…」
喜劇のようなやりとりは終わり、帰還しましょうと提案する葵。誰も否定することもなく帰路につく。とはいってもさやか以外は同じところに帰るのだから当然のことであり、まずは先にさやかを家まで送ろうというという話になった。固辞するさやかではあったが、この時間での少女の一人歩きは危険だと諭されて無理やりに送られることと相成ったのだ。
「親御さんは大丈夫なんですか? さやか」
「うん、早めに寝る振りしてこっそり出てきたんだ」
「非行少女ですねぇ……」
「飛行少女はそっちだよ?」
「また古臭いネタを……貴女歳いくつですか」
「ぴちぴちの中学二年ですー」
「確かに尾ひれはピチピチだったわね」
「へ?」
「ほむら……まだ怒ってるんですか」
「冗談よ」
「ねえねえちょっと、どういう意味なのさ」
「別に。貴女の下半身がピチピチだって話よ」
「むむ! どこがだよー、ちょうどいいボリュームじゃんか」
「知らぬは己ばかりなり……とは良く言ったものだわ」
「え? じょ、冗談だよね? そうだよね?」
「さあ? うふふ」
嘘だよね? 嘘だよね? とほむら以外にも声を掛けるさやか。葵は沈黙を貫き、マミは顔を背け、杏子は憐憫の目をさやかに向けた。ここ最近のチームワーク強化の練習は、悪ノリする時でも非常に役立っているようだ。そうとは知らないさやかは家に帰ったら真っ先に体重計に向かおうと決意した。
「そろそろですね……おや?」
「どしたの? みん……ちょっ!?」
ソウルジェムを掲げ、一瞬裸体を晒したような変身シーンを経て、その場からニンジャのように掻き消えた魔法少女達。合図が無かったにもかかわらず完全に呼吸が合わさったその逃走は見事と言う他ないだろう。さやかからすれば何が起こったのかさえ把握できないほどだ。いったいなんなんだと首を捻りながら自分の家の方へともう一度顔を向け――疑問は氷解した。そこに居たのは、まごうことなき般若であったのだ。
「おかえりなさい。さやか」
「は、はは……ただいまー」
くい、と首だけを家に向けて指し、その後玄関に向かう母の後ろ姿を見てさやかはがっくりと項垂れた。仁美の家の厳しさを考えると本当のことなど話せず、しかし嘘をつき通すのも母親相手には中々難しい。せめて先ほどの面子が口裏を合わせて擁護してくれれば多少はマシになるだろうに、と恨めしそうに彼女達が消えていった暗い夜空を見上げる。七つの星の横にもう一つ綺麗な星が見えるなーと現実逃避気味に思考しながら、絞首刑を待つ罪人のような心持で玄関をくぐるさやかであった。
完結まであと4話。最後まで書いてるので一日づつ投稿しますねー