ギャンブル少女ばくち☆マギカ《完結》   作:ラゼ

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日常

「みんなでおっかいもの~」

「マミ、貴女どんどん幼児退行していってませんか?」

「なあ、タイ焼き食べない? お腹減った」

「貴女もですか……いえ、貴女は元からですね」

「どういう意味さ」

「今食べたら夕飯入らなくなるわよ? ちょ、巴先輩も甘やかさない方が……」

 

 女三人寄れば姦しい、ならば四人寄ればどうなるかというと見ての通りだろう。商店街を歩く彼女達は活気のある喧噪にも負けずお喋りしながら買い出しを楽しんでいた。杏子がタイ焼きの匂いに惹かれてふらふらと寄っていくとマミが財布の口を開かせる。ほむらが注意しようとした瞬間には人数分以上に購入されたタイ焼きが白い袋につめられ、購入されていた。

 

 葵がまあまあと宥めつつ店主にお礼を言い、美少女四人に気風のいいところを見せるべく店主は更に人数分のタイ焼きをおまけした。計十個のタイ焼きのうち半分以上が杏子の腹に収まり、ほむらは呆れるばかりであった。

 

「杏子……いえ、あんこ。それで夕飯は入るんですか? 今日はお鍋ですよ」

「誰があんこだ。夕飯は別腹、これはあくまでもおやつじゃん」

「うっぷ……見てるだけで胸やけしてくるわ……」

「ほむらは小食すぎます。もっと食べないと大きくなれませんよ」

 

 葵の発言に他意はない。だがしかし、自分の体の一部にコンプレックスを持っているものからすればこれは心無い一言なのだろう。それに当てはまるほむらは仕返しに葵の体をまさぐってソウルジェムを奪った。

 

 葵が色々と実験している内にソウルジェムの秘密もそこそこ解明し始めており、例えばソウルジェムにカイロを張るとまだ肌寒い夜でもほかほかに温まることが出来たり、冷蔵庫にいれておけばひんやり快適に過ごせたりと、中々に実も蓋もない運用方法が確立されている。

 それでいいのかお前ら、とこっそり見ていたキュゥべえが突っ込みたい衝動にかられたのはもしや感情ではなかろうか。というよりソウルジェムにそんな秘密があったのかと彼らも驚くばかりである。

 その情報がキュゥべえ全体に行き渡った時、アメリカ在住キュゥべえはファックファックと連呼し、ドイツ在住のキュゥべえはシャイセシャイセと空を仰いだ。彼らに感情があるかどうかは永遠の謎である。

 

 そんなあほらしい使い方はさておいて、ほむらが葵の魂を奪った理由はソウルジェムを魔力である程度弄れることが判明したからだ。仮想の痛みを感じさせたり、脳内麻薬ドバドバな多幸感も思いのままである。所詮は単なる幻覚のようなものではあるが、意外と有効利用することもできる。例えば今まさにほむらがやっているように。

 

「ほむっ、ほむ……ちょ、止めてくださ…! な、何故に…!」

「乙女心を弄ぶのは感心しないわ、葵」

 

 葵は今、全身をくすぐられているような心持であった。ほむらの魔力がソウルジェムを通して自分を包むような感触で、舐るように体中を蹂躙する。商店街のど真ん中という状況もあって葵は羞恥と我慢の限界を突破しようとしていた。そしてそんな葵の表情にほむらはほっこりしながら魔力の操作を止めた。

 

「なんてことを……するんですか……ふぅ。私、何か変なこと言いましたか?」

「ええ、とても酷いことを。訴訟も辞さないわ」

「えぇ……」

 

 自分が言ったことを反芻し、どこがほむらの怒りの琴線に触れたのか考えを巡らす葵。鈍感でもなければ朴念仁でもない葵は割とすぐに思い当たったが、何を言うにもセクハラにしかならなさそうだと判断して押し黙った。賢明な判断である。

 

「まったく……そろそろ食材も買い終えましたし、帰りましょうか。締めはうどんとおじやどっちがいいですか? あんこ」

「両方! あとそろそろ怒るぞ葵」

「もしかしてあんこは魔法で胃腸を強化してるのかしら」

「おい」

「二人とも、あまり小倉さんをいじめちゃだめよ」

「……全員一発ずつ殴る」

 

 そこに直れとタイ焼き屋のそばに設置されたベンチを差して怒りを露わにする杏子。無論本気で怒っている訳ではないが、ここらで一発絞めておかないと後々まで響きそうだと察してのことだ。少々からかいが過ぎたと反省して素直にベンチに座る葵、拳骨を恐れて頭を押さえながらぷるぷるしているほむら、本気で怒らせてしまったのかとあわあわしているマミ。三者三様ではあるが杏子は平等に拳を振り下ろしていった。

 

「ったく……さっさと帰ろーよ。お腹減ってきたし」

「いやいや」

 

 これで遺恨なし、とさばさばした性格の杏子はそれ以上引きずることもなく買い物袋を持って歩き出す。そんな杏子の言に本気で胃の拡張でもしているのかと疑いながら後を追いかける三人であった。

 もう少しすれば生死をわける戦いに身を投じなければならない彼女たちの、平和な日常の一コマである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし弱すぎないか……?」

「面目ない」

 

 日も暮れそうな時間帯。黄金色に染め上げられた河原で二人の少女が、少年漫画よろしく格闘戦を繰り広げていた。とはいってもそれは随分一方的なものであった。金髪の少女が繰り出す攻撃は軽やかに躱され、赤髪の少女が偶に反撃をすると吸い込まれるように拳が当たっている。

 

 二人の少女の名は葵と杏子。彼女達はマミとほむらが学校に行っている間は魔女狩りをしているのだが、それが終わっても時間が余る時はこうやって戦闘の練習をしているのだ。きたるワルプルギス戦において自己を高めるのは重要なことではあるのでこの行動は間違ってはいないだろう。しかし今彼女達が行っているのはただの余興に近いものではある。それは巨大な要塞のような魔女に対して徒手格闘の修練をする意味があるのか、という点においてだ。

 

 ほむらの情報では人型の使い魔も大概強敵ではあるそうだが、ワルプルギス戦においての役割分担は葵とマミの大火力が主軸であり、精度と威力を高めるためにそちらを優先する方がよほど有意義だろう。

 しかし、それだけでは息が詰まってしまうし、何より魔女の結界内ならばともかく街中でそんなことをすれば警察沙汰だ。結局息抜きも兼ねて昭和のヤンキー臭漂う攻防を繰り広げているというわけだ。

 

 だがお決まりの「へっ、中々やるじゃねえか……」や「……お前もな」などという展開は全く見られず、葵がひたすらにボコられているのが悲しい現実であった。魔法少女としてならともかく、今は変身もしていない私服の状態。戦闘経験とセンスが物をいうこの戦いで杏子が葵を圧倒し、歯牙にもかけないほどの実力差があるのは自明の理である。杏子も手加減はしているのだが、傍から見ればいじめ以外の何ものでもない。

 

 ―――故に、遠目からその暴力の行使を発見してしまった正義感の強い少女が割って入ったのもまた必然だったのだろう。

 

「おやめなさい!」

「あん? なにさあんた」

「暴力で人を従わせるなど無為なことだとお気づきなさい! どうしてもというなら私がお相手致します」

「いや……はい?」

「おや……貴女はもしかして」

 

 主人公のようにババンと姿を現したのは勘違いに定評のある夢見がちな少女、志筑仁美その人であった。いったん暴走すると空回りを続ける彼女の性格はこのようなところでも遺憾なく発揮されるようだ。葵が特に悲壮な雰囲気を漂わせているわけでもなく、杏子が剣呑な雰囲気を纏っていることもないのだが彼女は気付かない。ズビシッと杏子を指差して自分が相手をしようと宣言した。

 

「いや、なんか勘違いしてるみたいだけどさ」

「問答無用! わたくしが勝てば素直に従ってもらいます!」

「言ってることがブーメランになってん……ってうわっ!?」

 

 お嬢様然とした見た目と雰囲気、しかしその優し気な気性からは考えられないほどの素早さで仁美は杏子の手首をとって捻りあげる。文武両道、眉目秀麗なお嬢様は佳人薄命とは程遠いようだ。勘違いされている動揺もあってか杏子はあっさり無力化された。じたばたと暴れる杏子を的確に押さえつけて動けないようにする仁美。それに焦ったのは葵だ。どうも変な勘違いをされているようだと仁美の背後から肩を掴もうとして―――見事なボディブロウをかまされた。

 

「げふぅっ……何故に……」

「きゃっ、申し訳ありません! 背後に気配を感じて咄嗟に手が……」

「いったいなんなんだよお前……」

 

護ろうとした当人にまで手をあげてしまい慌てて謝罪する仁美。その隙に拘束を逃れた杏子は蹲る葵を心配して寄り添う。

 

 

「おい大丈夫か?」

「な、なんとか」

「あ、あら?」

 

 腹を擦りながら立ち上がる葵。なんだかここ数日は微妙な役回りじゃないかと瞑目して、再び目を開き焦ったような顔の仁美を視界にいれた。流石に自分の勘違いだということを理解したのだと推測し、状況的には勘違いしても仕方ないとはいえもう少し考えてほしかったと謝罪を受け入れる用意をする。

 

「ごめんなさい……いじめではなく喧嘩でしたのね! 河原の決闘から生まれる熱い友情、そしてその先には……きゃっ、いけませんわ。でもでも……きましたわー!」

「マジで一体なんなんだ!?」

「聞きしに勝る天然ぶりですね……」

 

 仁美の正体に察しがついている葵はその暴走ぶりに驚き、杏子はというと仁美の狂態ならぬ嬌態は同じ生物とは思えないほどにドン引きで少し後ずさりしていた。魔法少女をも唸らせる彼女の妄想癖はとどまることを知らないようである。

 

「はっ、いけない。お稽古事の時間が過ぎてますわ。わたくしこれで失礼致します、どうぞお二人は存分に愛を育んでくださいまし」

「えぇー……」

「ちょ、ま……ほんとに行ってしまいました、猪突猛進ってレベルじゃないでしょう。嵐か何かですか」

 

 嵐のごとく現れて、嵐のごとく去っていく。もしや彼女がワルプルギスの夜だったのかとあほらしい想像をしながら、葵は自分の腰と腕に手を回したままの杏子を見つめる。支えてくれているのは嬉しいが、流石に少し気恥ずかしい。男勝りな杏子ではあるがその端正な顔つきと体の柔らかさは確かに女性のそれなのだから。

 

「あの、杏子。そろそろ」

「え? ああ悪り……あたしにそんな趣味はないからな」

「わざわざ言わなくとも、というか私自身は男のつもりです。その反応は誠に遺憾ですとも、ええ」

「はいはい。んじゃ、そろそろ帰ろっか。腹減ったわ」

「杏子はいつもそれですね……」

 

 まだ遠目に見える爆走中の仁美を見ながら並んで帰る二人。いつのまにか日は落ちて暗闇が辺りを包んでいる。今日のご飯はなにかなーと呟く杏子も、そして男に戻れたら杏子はどんな反応をするんだろうと思考する葵も、その心の内で強く思っていることは同じであった。

 

すなわち、お嬢様とは変人を差す言葉なのだろうか、と。

 





仁美の腹パンを書かずしてまどマギは語れぬ

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