設定も完全に準拠しているわけではありませんのでお気をつけ下さい。あとファッションTSではなくちゃんと意味はありますので。
「そろそろ吐いたらどうなんだ? こちらも穏便に済ますのは限度がある。法治国家だのスパイが横行しているだの言われている我が国だがね、当然暗い部分が無いなんてことはありえない」
厳重に―――ともすれば日本で一番堅固なのではないかと思えるほどセキュリティの整った部屋で、既に三十六時間を越える尋問が続いていた。
食事も睡眠も許されず、出来ることといえばトイレと水分補給のみ。それすら厳重な監視と付き添いの上で、自殺や逃走を防ぐために拘束されたままだ。自由という言葉とはおよそ真逆なその状況に男の精神は疲弊しきっていた。
彼は単なる一般人。薄暗い個室で洗脳のように繰り返される尋問などに耐えられる精神は一切持ち合わせていない。ならば何故ここまで執拗に問い詰められているのか。
―――それは彼が真実を語っているからに他ならない。
彼にとっての真実、それは尋問している者達に取っては荒唐無稽な与太話。彼等が求めている答えは男の入国経路、異常なほどに精巧過ぎる偽造の身分証明の作成方法、そして所属する国の名前だ。決してありもしない住所や存在しない人間の個人情報は求めていないのだ。
「気付けば見も知らぬ場所に居たなどと…信じると思っているのか? 既にこの国では許されない類の取り調べをしていることで己の立場を認識できないかね?」
最初の発端は一つの交番から入った奇妙な報告だ。照会出来ないにも係わらず、間違いなく本物の身分証明を持った男が迷子になっているという奇妙な報告。
そんな意味不明の状況に担当の者も首を捻るばかりであったが、ひとまずは偽造の可能性のある身分証明を持っているということで公安へと案件は移された。
「…ふん、だんまりか。ならば、只今を以てこの施設での尋問は終了とする」
そして更に詳細な検査のもと、男の所持品なども改められ情報も丸裸にされた。それまでは男からの交番への出頭や、従順な姿勢から穏やかな調査になっていた。
だが。
間違いようもなく本物の身分証明書であるとされ、にもかかわらず国民のデータバンクには存在しない。
そして何よりも、何故か未来の日付の偽造紙幣―――偽造とは思えないほど精巧な紙幣だが、それを持っていたことが男の運命を決定付けた。
「これより011PLCへと移送する。…素直に自白しておけばよかったと後悔するんだな」
存在こそ奇妙であり、支離滅裂な狂言は精神の異常が疑われるものではあったが、所持品は恐ろしいほどに偽造品だらけ。某国のスパイと判断されるのは当然の成り行きであったのだろう。
もちろん辻褄の合わないことも多分にあるものの、少なくとも男が未来からやって来たなどと考えるよりは諜報員が精神に異常をきたしたと推測するほうが現実的だ。
そもそも男が主張する年月日から来たのだとしても彼の存在がありえないことの説明にはなっていないのだ。
「一応、飯と睡眠は到着後取れる手筈だ。そして明日以降は…」
薬物の投与などによって自白を強要され、憲法における生存権や人権といったものは考慮されなくなる。そう淡々と伝える尋問官。
とはいえそういったものは日本国民に適用されるものであるのだから、現状日本人として認められていない男にはそもそも存在しないものではあるのだ。
「…」
息も絶え絶えに虚ろにそれを耳にする男。薄暗い個室で延々と同じことの繰り返しを続けられる、それは詐欺紛いの新興宗教などでも洗脳の手段として用いられることもあるものだ。
宗教の場合は疲弊しきったこのタイミングで救いの手を差しのべ、こちらに傾倒するように謀るものだが生憎とこれは尋問である。
取り調べ程度ならば警官が絆すように優しく声をかけて同じような効果を上げることもあるが、今の場合は期待できる筈もない。
「立て」
「…」
この男の一番不運な点はスマートフォンを偶々携帯していなかったことだろう。それさえあれば過去ではありえない情報や、日々進歩する電子機器において数世代先取りした物証を提示することも出来たかもしれない。
「立て!」
斯くして彼は本格的な尋問―――拷問と言い換えてもいいかもしれない、それを行う場所へと移送さるることとなる。
安息はきっとこの日の晩のみで、それ以降は故なき咎に苛まれるだろう。冤とは覆すものであり、漱ぐものでは無いのだから。
―――それは、この星の孵卵器が居なければの話だが。
自白剤とは。
物語によくある隠し事をベラベラと話し始めたり、なんでも素直に言うことを聞くようになる便利なものではない。適正な量を正確に投与し、心理学や過去のデータに基づいて認識力や判断力を喪失させ必要な情報を引き出すという繊細な作業を伴うものだ。
つまり、どう贔屓目に見ても人体に有害であることは疑いようもない。麻薬に近いような危険性を孕んでいるものだってある。もちろん専門に知識を持つ者が極力体に負担が出ないやり方を選んではいるものの、正常さを損なわさせる薬を使う以上はなにがしかの異常は出て然るべきである。
となれば、本日の投薬による尋問が終了した男が精神的に非常に不安定なまま過ごすのもまた必然である。舌を噛まぬよう猿轡をされ、自殺を計れない程度に拘束をされるのは睡眠という体を休ませる行為に於いては実に有害だろう。
何故ここにいるのか、何故こんなことになっているのか、思考力が定まらず考えが纏まらない男には支離滅裂な言葉の断片だけが浮かんでは消えていく。
―――そして、そんな彼に無機質な声が掛けられる。
「やあ。意識はどうだい?」
真っ白い猫のような見た目の小動物。耳が長く、くるんとした尻尾は女性ならば可愛いという感情を禁じ得ないだろう。
「ああ、喋ることが出来ないのは解ってるんだ。思っていることを伝えようとしてくれればいいよ」
それは、悪魔の契約を持ち掛ける地球外生命体。人類の有史以来何度となく文明に干渉し、良くも悪くもその発展の手助けをしてきた存在だ。
「やはり…凄い量の因果だ。観測史上稀に見るほどの因果、君はいったい何者なんだい?」
男は悟る。ついに脳までイカれてしまったのだと。麻薬の症状として皮膚の下に虫が這いずったり、突き破って出てくるような幻視がある。おそらくその類いの幻覚だと呆けた頭で推測をたてた。
「やれやれ、人間というのは自身が見たものまで否定するんだね。訳がわからないよ。とはいえこれほどのエネルギーを見逃す訳にはいかないんだ。何か願いはあるかい? おそらくどんな願いでも叶う程の因果が君にはある」
この地球外生命体、通称「キュゥべえ」と呼ばれる疑似生命端末の目的。それは宇宙全体のエネルギー減衰を防ぐため、そのエネルギーの源になりうる地球人の「感情」を搾取することだ。
もちろん簡単に感情を資源にすることなど出来ず、手間のかかるプロセスを踏んで最大効率を考えてエネルギーを取り出しているのだ。
その効率の名は絶望。特に幸福の頂から絶望の底へ転落した時、効率よくエネルギーを取り出すことが出来る。彼等はそのため感情の波が激しい、多感な第二次成長期の少女達をその毒牙にかけていた。
「……」
「うん、そうだ。願うだけでいい。心の底から、魂をかけて願うんだ。それだけで奇跡は起こる」
しかし別に少女だけが狙われる訳では無いのだ。感情を理解できない彼等は、人類との接触の初期は実験の意味でも老若男女問わずエネルギーにしていた。
そのうちに少女をターゲットにすることが一番効率のいいやり方だと認識したに過ぎない。つまりそれを覆すほどの効率を見つけたのならば、例外は有り得るのだ。
「…っ」
「さあ受けとるといい。それが君の運命だ」
意味不明の状況で素性不明の動物が詳細不明の契約を持ち掛ける。
しかし澱んだ頭が聞き取れたのは、願ったのは『奇跡』の三文字のみ。それでも願いは正しく受理されて、膨大な因果は彼を魂の牢獄へと誘った。
奇跡は正しく発揮され、その体は自身の最高のポテンシャルを発揮する状態へと変化し、拘束は全て弾けとんだ。
「…あれ?」
その姿は清楚で可憐な金髪少女。儚げな佇まいはまさに佳人薄命。男の理想を詰め込んだような女性がそこにいた。
「おかしいな? こんなことになるなんて有り得ないんだけど…」
久方ぶりに正常な思考を許された彼―――もとい、彼女。はっきりした頭でも尚消えない幻覚に困惑気味である。
「幻覚じゃない…というか、あれ、え?」
目線は低く、声は高く、極めつけには慎ましやかな双丘だ。混乱するのも無理はない。
「頭はしっかりしてる…うん」
自己の認識はきっちりで、霞がかっていた頭はかっちりだ。すっきり目覚めたにもかかわらず小動物も自身の体の変質も現実離れしている。
「質問…してもよろしいですか?」
「うん。僕でよかったらなんでも答えるよ」
目だけが不気味なまま、ニコリと笑顔を作るキュゥべえ。問われるままに答えを返していく。
曰く、契約により魔法少女となった君は魔女と戦わねばならない。
曰く、魔女とは絶望を振り撒くものであり魔法少女はそれの対極である。
曰く、魔女が落とすグリーフシードこそが魔法少女が魔法を使うにあたって必要なものである。
他にも多岐に渡る質問を繰り返し、そんな説明を受けた彼女は―――もちろん何も納得していない。
全てが曖昧模糊で抽象的、論点をずらして詳細を避けるような説明は詐欺師の常套句を思わせる。
魔法少女なんて響きに夢見る少女ならいざ知らず、三十路手前のいい大人が「契約」などと大仰な文句まで持ち出されては疑念は必至だ。
「言いたい事は多々あるんですが…何故女性になってるんでしょうか?」
「それに関しては僕にもわからないよ。君の願いは解釈のしようであらゆる可能性が有り得るんだ」
奇跡が欲しい、そんな願いが何を引き起こすかなど誰にも解らない。ましてや訳も解らず混濁しきった頭で願った以上、本人にすら解らない。
「う…ん……。少女のみと契約するようになってから数百年と言いましたよね?」
「そうだね。最後に女性以外と契約したのはそれくらいさ」
実際にはその最後の一人すら前回の男の契約者からは数百年後のコトだ。言わば千年に一人の稀人と言えるのかも知れない。
「そのせいで、少女以外との契約によりバグか何か発生した可能性は?」
「絶対に無いとは言い切れないけど、微々たる確率だろうね」
「そう、ですか…」
少し考え込む少女。しかし状況は予断を許さない。拘束されているとはいえ数時間に一度の監視が行われているこの部屋はそろそろ次のチェックに引っ掛かる。そんなことは知る由も無い彼女ではあるが、このままではまずいことは充分に承知している。
「逃げる方法はありますか? キュゥべえさん」
「魔法少女ならどうとでもなるさ。ましてや君は歴代でも類を見ないほどの力を持っているんだ。力付くでも、固有の能力を使ってもいい」
魔法少女には願った内容に則した固有の能力が付加されることもある。自他問わず怪我や病気の回復を願えば治癒の能力が発現し、その逆を願えば破壊や人を傷付ける能力が発現しやすくなるのだ。
「そう言われても……いえ、成る程」
固有の魔法や、そうでない魔力の運用でもベテランと新米では運用の差が歴然となる。
しかし、それでも使用するだけならば最初から感覚的に理解出来るのが魔法少女というものだ。彼女が直感的に使用できると確信した魔法―――それは正しく奇跡的であった。
その日、日本のとある施設が地盤の歪みにより局地的な地震の被害に見舞われ、半壊した。
奇跡的に怪我人も死人も出なかったものの、行方不明者が一人だけ。忽然と神隠しにあったような消えかたと、その痕跡の一切が消滅していたことからその事実は闇に葬られることとなる。
視界に入る全てが奇妙に歪んだ世界で、おぞましい化物としか形容出来ない何かが少女を襲っている。
「う、うわ…くっ!」
それが普通の少女ならば何度絶命したかも知れぬ猛襲に、しかし魔法少女である彼女は耐えきった。
「…っと!」
反撃に移る彼女は、魔力を少し込めただけの拳を武器に立ち向かう。並の魔法少女ならば無謀としか言えない暴挙であるが、彼女にとってそれは蛮勇でもなんでもない。
華麗な回避でもなく、堅固な防御すら張らず、奇跡のように、まるで当たることは有り得ないとばかりに魔女の攻撃は外れ少女はその懐に辿り着く。
「とりゃっ!」
取るに足らないような攻撃はどれほど当たり所が良かったのか、ただの一撃で魔女を滅ぼした。
カツン、と音がして黒い球体に針が付いたような物体が後に残され地面に落ちる。
「ふぅ…」
「お見事。そんなに少ない魔力で魔女を倒すのは君ぐらいのものだ」
「そりゃ死にたくなければそうするでしょうに…」
これで二度目の魔女との戦闘を終えた彼女に心にも無い称賛を贈るキュゥべえ。
「でもそうなるとエネルギーが取れないし、僕としては歓迎しかねるかな」
「えぇ…」
暗に死ねと言われた事実に呆れともつかぬ声が上がる。彼女は施設から脱走した後は、一先ず落ち着ける場所に移動してキュゥべえに質問を繰り返した。
曖昧な言い逃れは許さず、キュゥべえの明言を避ける物言いに鋭い指摘を突き付けて魔女と魔法少女の関係やそれ以外のおおよその事情を把握したのだ。
要約するとこうだ。
願いを代価に魂を変質させられ、魔法少女となる。
負の感情を持った時や魔力を使った時に、変質させられた魂―――ソウルジェムに穢れが溜まり、限度を超えれば魔女となる。
なりたくなければ魔女を倒して、穢れを吸いとるグリーフシードを手に入れなければならない。
幻想的な単語に彩られた現実的な残酷さ。そしてそれは宇宙の寿命を延ばすための必要な犠牲というわけだ。
問答が終わった後はなんともファンタジックでサイエンスフィクションだと少女は呆れるばかりであった。
そしてそんな少女を見て、やはりと残念そうな雰囲気を滲ませてキュゥべえは語り出す。
「君くらいの歳の男性は本当に面倒だ。なにしろ穢れが溜まりきる確率が非常に低い。事実を認識しても嫌に現実的だ」
最後には化物になると知っても、自分が既に人間とは違うものになったと知っても、多感な少女の絶望とは雲泥の差としか言いようがないほどに感情の乱れが少ない。それが男性の成人以降で契約した者の特徴だ。
もちろん個人差はあるし真実を知って絶望するものも居る。しかし統計をとれば極端に少ないのもまた事実。
社会の構造を理解して、身の丈を思い知る年齢が三十前後と言うのもあるだろう。長くもなく短くもない人生経験で判断するならば、何でも願いが叶う代価が謂わば寿命の短縮であるなど安いとさえ感じるものもいるかもしれない。
そしてそんなキュゥべえのセリフを思い出しつつ、先程の言に反撃する少女。
「そう言われても死にたくないのは人間の本能だと思います。…でも別に化物になるくらいなら穢れが溜まる前に死んでやる…なんてことも思いませんから、安心してください」
「それは助かるね」
化物になるのは御免こうむる。長く生きやすい男性の契約者にしても、そんな結末を避けたいものが多数を占めるのは当たり前だ。しかし彼女は違う。
化物が出現するのは魂が変質した結果であり、自分という人間はその時点で死を迎えていると聞いて魔女になる事に躊躇いはなくなった。
「ところで次に君のような存在が現れた時のためにも聞いておきたいんだけど、何故そういう考えに至ったんだい? 殆どの人間は魔女になることに否定的なんだ。どれだけ合理的かと説明してもこちらをなじる。正直、訳がわからないよ」
彼等は感情を解さない。だからこそ、それを求めて人を陥れる。たかだか宇宙の一種族が犠牲になるだけで、数えきれない生命がより長く存続出来る。そう説明をして受け入れない人類こそが異端だと主張するのだ。
「それが解れば、全てが解決すると思います」
「どういう意味だい?」
「そういう意味です」
答えになっていない答えに問い掛けるキュゥべえだが、少女は笑いながら茶化す。
「やっぱり訳がわからないよ」
「キュゥべえさん、それは口癖なんですね」
「そうかい?」
「ええ、そうです」
効率を追求するのに無駄話には付き合うのだな、と笑いながら次の獲物が近付いてきたことを感じて戦いの準備を始める。
グリーフシードを持つ魔女が連続するのも、そもそも魔女と立て続けに遭遇するのも、そして此処を縄張りにする魔法少女が居ないのも、「奇跡的」な低確率だ。
「命の元なんだし、百個くらいはストックしたいですねぇ…」
「それは非常にナンセンスだよ」
既に手慣れたとばかりに単純作業を繰り返す。彼女に勝利する魔女が出る可能性は、ゼロだ。
「流石にもう出ませんか…。場所、変えますね」
身寄りも戸籍も金銭も、服も寝床も食物も、彼女は全てを喪った。あるのは魔法と希望と絶望だ。与る辺無き身空で歩き出す。
「キュゥべえさん。何処か身を寄せられそうな場所は知りませんか?」
「魔法でどうにでもなるんじゃないかい?」
「魔力の無駄遣いは避けたいですし、何よりこの見た目で悪事を除いて金を稼ぐのは難しいと思います」
中学生程度の少女がお金を稼ぐ。何かにつけて保護者や身分証明が必要なこの社会でそれを成すには真っ当な手段は限られる。
「何をもって悪事とするんだい?」
「法を犯さない。人を傷付けない。それを破れば悪事と呼びます」
存在事態が既に法を犯している彼女はそう断じた。
「…本当に、訳がわからないよ」
「法を犯せば負い目が出来ます。人を害せば引け目が出来ます。堂々とお天道様に顔向けて、誰にも恥じぬ道を行く。それが私の生き方です」
「君が魔女になれば人を害する。それは矛盾してると思うんだ」
「私が魔女になれば畢を延ずる。それは矛盾していませんよ」
これまでに体験したことがないようなやり取りに、なんとも不明な何かを抱きながらキュゥべえはその頼み通り近場で条件に合致する場所を探す。
「出来れば…弱い魔法少女、かつ裕福で暮らしに余裕があって人を囲ってもバレにくい方をお願い出来ますか?」
「あると思うかい?」
「ないと困ります」
魔女を代わりに倒し、グリーフシードをある程度供給する。そんな条件ならば共存も出来ると踏んだ少女。キュゥべえが他の端末と情報を共有している間、空を見上げる。
「暗いなぁ…」