渓流暮らしの泡狐竜   作:狐火(宇迦之御魂)

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紅卵さんのターンッ!


閑話.無色の景色に赤色は浮く

 リオレウスは久方ぶりにご立腹だった。

 唐突に謎の怪物に襲撃された所までは、障害となる物を目にする事が多い世界に長く居た事もあって、全くと言っていいほどでは無いが不愉快な気持ちには言うほどならなかった。

 野性を生き抜いた経験からの慣れからか、あるいは闘いを『愉しむ』者たちのように狂い始めているのか。

 どちらにせよ、自身が生きるか死ぬかの瀬戸際に関する状況に対して、リオレウスは不快感を得る事は少なかったのだ。

 しかし、必然なのか偶然なのか――ゆけむり村と呼ばれる(らしい)場所へと転移してからの事、遊ぶような感覚で受ける必要も理由も思い当たらない痛みやら扱いやらを受けるハメとなり、流石に不愉快さを感じざるも得なくなった。

 その上、何故か幼子に至っては此処を『安全な場所』だと判断し、元の世界へ帰る目処がつくまで滞在する事を決め込んでしまったのだ。

 確かにこの場所を統率しているらしい人間(と言うには若干違和感があったが)に関しては信用出来なくも無いと思えたが、少なくとも自分に対して水塊を飛ばしてきた人間(とは絶対に思えない)者に関しては話が違う。

 狩猟や威嚇目的でも無く、遊びや戯れの感覚で攻撃するような輩など、まず信用するに値しない。

 本音から言って殺したいレベルで苛立ったのだが、下手にこちら側から攻撃行為を行うとそのまま他の面々を敵に回す可能性があるため、不本意ながらも我慢する事が安全策なのだった。

 そういうわけで、リオレウスは(好奇心に丸々従うかのようにはしゃぎ回っている)幼子の様子を、建物の屋根の上から眺めていた。

 

「…………」

 

 その姿から、退屈だと考えるほどの余裕は感じられない。

 傍から見れば雰囲気から浮いていると言わざるも得ないが、そもそも鎧越しに表情が見える事は無い。

 そうなると、ただでさえ異邦人という扱いな彼は望まずとも悪目立ちするわけで、

 

「……おい貴様。誰の許可を得て母上の家の屋根に乗っているのだ」

「……座る事にすら許可が必要なのか? 俺の知った事では無いが」

「ほう……良い度胸だな。余所者の分際で初手から無礼を働くとは」

「他者が決めた事にいちいち従うだけの理由も無い。そもそも敵か味方かも判断付かん相手にお前自身は礼節を弁えるのか?」

 

 どうやら、村を統率しているらしい女性の住まう建物の屋根に腰掛けている事が気に喰わなかったらしい。

 一応長である女性から伝えられている名前では陽炎と呼ぶらしい『同族』は、目に見えて解り易い敵意を向けながら、リオレウスに向けて圧を込めた言葉を放っていた。

 この『同族』……どうにもこの村を治めているらしい人間の事を『母上』と呼んでいるらしいが、彼自身リオレウスの事を『同族』と称していた辺り()含めて、件の人間と血の繋がりどころか種族的な接点があるようには思えない。

 何らかの事情が絡んでいるのだと推測する事は簡単だが、そもそもリオレウスは彼――陽炎の事情を知っているわけでも無い。

 珍しく興味が湧いたので、リオレウスは質問をしてみる事にした。

 

「ところで、一つ聞きたい事があったのだが」

「何だ。とりあえずその場から退くのであれば考えるが」

「……解った。解ったからいちいち敵意を向けるな。鬱陶しい」

 

 どうにも屋根から降りない限り会話が進みそうにないため、リオレウスは渋々屋根の上から跳び降りた。

 周囲では特に何かが起きているわけでも無く、一言で言えば平和な空気が流れていた。

 余所者――言い方を変えれば侵入者が居るにも関わらず、あるいは『それ』も一種の平常なのだと言わんとばかりの雰囲気には、闘う事が当たり前とされる元居た世界とはまた違う異質さを感じられる。

 まぁ、明らかに人間では無いと確信出来るヒトガタに、小さなネコの獣人達に、加えて竜などという混成が極まった日常を平常として認識している時点で、この村の住人に食うか食われるかの当たり前な関係など説いてみても意味は無いと思えるのだが。

 この村の住人は基本的に異常――そう勝手に結論付けたリオレウスは、近場にあった芝生の上に腰掛けると、改めて陽炎に対して言葉を投げ掛けた。

 

「……さて、構わないなら話を始めるぞ」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 一方その頃。

 一時的にリオレウスとは別行動を取る事にした幼子は、現在進行形で泣きそうになっていた。

 現在の体の構造上、涙が出る事はまず有り得ないのだが、涙の代わりに弱々しい悲鳴だけは漏れていた。

 その原因は――

 

「……おいしそう……」

「……ニャ? ああ、キミがミツさんが言っていたディーアちゃんかニャ。料理はまだ製作中ニャけど?」

「……じゅるり……」

「……あ、あれ? キミ、話聞いてるかニャ? というか、見た感じ『口』が無いみたいニャから食べようと思っても……」

「……うぅ、ひどい……」

「間違った事は言ってニャいはずなのにボクが悪者みたいになってるニャ!?」

 

 簡潔に言うと、料理だった。

 野生動物は基本的に食料となるものを確保するとそのまま食事を始めるため、根本的に料理という概念自体が存在しない。

 むしろそれ故なのか、鉄の椀の上で食欲を煽る匂いを放つ食料の群れに、自身が元は草食だったのか肉食だったのか雑食だったのか――そんな事さえ些細な事として考えられてしまうほど、幼子ことディーアの心は揺さ振られていた。

 そして、匂いを感じ取る事が出来ても実際にそれを食する事は出来ないという事実に、ディーアは打ちひしがれる。

 結果的に幼子を泣かせてしまったキッチンアイルー(と呼ぶらしい事をリオレウスもディーアも知らないが)ことホールは、実際のところ悪い事をしてはいないのに客観的に見て悪者みたいな構図に設置されていた。

 罪悪感を感じながらも料理を作る手(前足?)にブレが殆ど無いあたり、料理を作るということ自体かなり熟練しているようだったが、その一方で幼い子供のあやし方などはあまり知識として有していなかったらしい。

 どうするべきかニャどうするべきかニャこれミツさんに見られたらマジでヤバい構図じゃないかニャーッ!?、と内心に必要以上の緊張と困惑を含んでいると、のんきな第三者の声が割り込んできた。

 

「おーい、飯はまだかー……っと、おお? 何じゃホール。また何かをやらかしたのかのう?」

「『また』って誤解を招く言い方はやめろニャ晴嵐!! っつーかこの子が此処に来た根本的な元凶にはアンタも一枚絡んでいるんじゃないかニャ!?」

「わっはっはー残念じゃが『今回』は妾達が原因とは言い切れんよ。問題自体は単純じゃが、解決するにはちょいと手間が掛かりそうじゃ」

「……問題……?」

 

 晴嵐と呼ぶらしい竜――だったはずだが現在は丸っきり人間と相違ない姿なその者は、疑問符を頭上に浮かべるディーアの方へ目をやると、先のふざけた様子とは一転して(比較的)真面目な様子で語り始めた。

 

「それがの。おぬし達が『こちら側』に転移する際に通った『門』の中に、明らかな不純物が混じっておるのじゃ。最初は単に『何処へ転移するのかが解らない』状態だと判断したのじゃが、実際には全く異なる理由があったのじゃよ」

「……何なんですか? その理由って……」

「言ったじゃろう。不純物が混じっておる、と」

 

 門。

 理由。

 不純物。

 すらすらと並べられたその単語に、ディーアはふと思い出そうとしていた。

 そもそもの問題として、何故自分達が此処へ転移する事になったのか――その原因となる出来事を。

 

「……うーん……」

「何か心当たりがあるかの?」

「ハッキリとはわからないんですけど……ここに来る前、わたし達……襲われたんです」

「……何にかニャ?」

 

 晴嵐に続きホールが怪訝そうに問いを出すと、ディーアは(物理的には存在しない)口から言葉を紡いでいく。

 

「……紫色の、何かの塊。そうとしか言えないモノだったんです。何かの形を取っているわけでもなくて……ただ、いくつもの目玉が浮かび上がっていて、とっても不気味で……」

「そりゃまた……フルフルとかギギネブラとかとはまた違う怖さがありそうだニャ」

「……その名前がなにを指しているのかはわからないんですけど、怖いのはまちがいないんです。『アレ』は、何というか生き物ですらないような気が……します」

「近頃はホラーな話をよく聞くが、どうやら毛色が違うようじゃの。『襲われた』という事は、何かをされかけたようじゃが」

「……はい。あの……紫色の塊がわたし達の近くに現れたかと思ったら、突然たくさんの生き物みたいな『首』を飛ばしてきて……っ!!」

 

 そこまで言ったところで、ディーアは思い出した。

 そう――リオレウスの手に引っ張られる形で『こちら側』の世界へ来る事になったのだが、その瞬間の際、揺れる水面のように揺れていた空間には、幼子とリオレウス以外に件の紫色の塊が『首』を突っ込ませていたはず。

 もしも歪んだ空間があの後もそのままであるなら、目的が幼子とリオレウス――あるいは歪んだ空間そのものにあったのであれば。

 

「……『こちら側』にも、来る……?」

 

 その言葉に、ホールも思わず表情を強張らせていた。

 晴嵐は軽くため息を吐くと、待ち遠しそうに製作途中な料理を眺めながら、

 

「都合悪く混沌染みた色に変じていたのは、その『塊』とやらも来ようとしていたから、というわけじゃな。やれやれ、これまた面倒くさい事になりそうじゃ。一応ミッちゃんにも報告しておく必要がありそうじゃの」

「……報告するのは当然ニャけど、その後の処置はどうするんだニャ? そもそも、来ている最中というのはおかしいニャ。本当にそうなら、多少遅れるとしても今回来たお二方が来てから数分ぐらい後には『それ』も出てくると思うんニャけど」

「その『塊』がどれほど巨大なのかどうかは知らぬが、たぶん一種の栓詰まり状態なんじゃろう。その所為でディーアちゃんとあの赤いのが居た『そちら側』の場所とわし等の居る『こちら側』の場所を繋ぐ『門』が塞がれ、その所為で通行不能な状態になっておるんじゃろうな」

「つまり?」

「栓詰まりを起こしている『塊』をどうにかしない事には、まぁ最悪の場合だと永久にディーアちゃんと赤いのは『元の場所』に帰ることが出来んの。場合によっては『こちら側』でも何らかの問題が起こるやもしれん」

 

 晴嵐の推理から導き出された事実は、二つ。

 少なくとも確定した事は、件の『塊』を何とか出来ない限り、ディーアとリオレウスは帰れないという事。

 そして『こちら側』で問題が発生した場合、このゆけむり村に危害が加えられる可能性があるという事。

 問題の解決には、どうにも闘う事が不可避らしい。




コメディーは狐火担当ですん!
まだまだ続きます!

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