感染して体が化物になっても自我は消えませんでした   作:影絵師

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臆病者

 

 

 ヘリコプターが墜落したことで発生した火災が消火されたばかりの警察署の廊下で、チェシャとリスベットを文字通り白い目で見下ろす大男。リスベットが後輩であるレオンと離れてしまったきっかけでもある先程の分厚いコートの男だと気づいた彼女は、斧を構えてチェシャに忠告した。

 

「チェシャ、こいつがさっき言った見たことのない化物よ。これだったら逃げたくなるよね?」

「……さらっと逃げたことを正当化しようとしたにゃ? 確かにゾンビにゃんかより恐ろしいモノだが」

 

 そう言い返した直後、大男の拳が自分に振り下ろされるのに察し、後ろに下がる。そのまま床に叩きつけられた拳によってできたクレーターを見て、下手すれば自分がああなったと息を飲んだチェシャはすぐにリボルバーを大男に向け、引き金を引く。

 3発の銃声が鳴り、大男の体に着弾した。しかし、コートに着弾した弾が弾かれるように見え、大男は怯みもしない。どうやらゾンビや脳の化物と違って防弾性のコートを着ているようだ。なぜ化物がそんなのを着ているかはわからないが、丸出しの頭部になら……頭に狙いを定めようとしたが、大男がそれを許すはずがない。一歩前に出て銃を向ける老いぼれ猫の腕を握り締め、持ち上げる。床から足が離れ、腕が圧迫される痛みにチェシャは呻き声を上げたが、指から爪を出したもう片方の腕を伸ばして大男に振り下ろす。

 何かが爪に引っかかる感覚から届いたと思ったが、奴の右目の上辺りに小さな切り傷があるだけで、その瞳のない目がチェシャを睨む。握られている腕がさらに圧迫されていき、折られてもおかしくなかった。

 

「離せぇッ!!」

 

 耳に入ってくる怒鳴り声と同時に何かがチェシャの横を突き出し、大男の左肩に刺さる。腕を解放され、床に落ちたチェシャは痛みをこらえながら見上げると、奴の左肩に食い込んでいたのは赤く濡れた斧でリスベットがそれの柄を握り締めていた。

 薬品で桜色のドラゴンになっていたとはいえ、内心は臆病だった彼女が勇敢な行動に出るとは思いもしながったが、彼女の一撃でも大男は倒れない。自分に食い込んでいる斧を握ろうとする大男の腹を蹴り飛ばし、放した斧を構え直したリスベットは先ほど自分の行動に驚いていた。

 チェシャと再会する前も似たようなことが起こった。脳の怪物に襲われた時、とっさに手元の斧で斬り殺したことだ。あの時は「死にたくない」と頭の中がいっぱいになり、気がついたらこの斧で殺していた……そしてさっきこの大男が現れた時は頭の中が真っ白になったけど、殺されそうになったチェシャを見て体が動いたのだ。

 ……それでも私は臆病者に変わりはないけどね。この今もチェシャを置いて逃げ出したいくらいだ。

 蹴り飛ばされた大男が体勢をとり、老いぼれ猫と臆病ドラゴンに迫っていく。立ち上がったチェシャが銃を構えるが、腕に痛みが走り狙いを定められない。リスベットはなんとか恐怖を抑え、弧を描いて振り下ろせるように斧の刃を斜め後ろに動かす。コートに覆われているこいつの体を攻撃しても意味がないだろうが、それに覆われていない頭を叩き斬れば……そのあとは考えたくない。

 大男が間合いに来た瞬間に斧を振り上げ、そのまま奴の頭に向かって落ちる。

 外れた。刃を見上げた大男が首を傾け、真横の肩に当たってしまった。先ほどよりかなり食い込んで血が吹き出すが、致命傷にはならない。大男がそれを掴み、リスベットが離そうと必死に振り上げるが、離されなかった。

 リスベットの動きを止めた大男が拳を彼女に叩き込もうと片腕を動かし始め、それを見たリスベットは斧を手放そうとした。

 一瞬、不思議な感覚が襲う。がくっと沈むような感覚が……この感覚に覚えがある。ラクーンシティがまだ平和だった時、眠っていると高いところから落ちるような感覚を何度も経験していた。同僚のレベッカによると、極度に疲れた時によく出るらしい。

 けど自分は眠っていない。この街で起こっている惨劇がただの悪夢であり、早く覚めたいと思った。でも、いくつかの出来事が現実だと教える。それじゃあ今私が落ちているのは……? 下から物音が聞こえ、見下ろす。

 彼女と大男の足元の床が崩れていく。最初、チェシャを狙った大男の攻撃が外れた時に床にクレーターができ、そして床に当たらなかったとはいえ先程のリスベットの攻撃がきっかけとなり、足場が崩壊していく。先に大男が視界から消えたが、リスベットも落ちるところだ。

 

「リスベット!」

 

 二人から離れていた場所にいて、落下に巻き込まれないチェシャが叫び、手を伸ばす。リスベットがそれを掴もうとするが間に合わず、落下して強く背中を打ち、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 雨が降り注ぐ暗闇の中、必死に走る若い婦警がいた。長時間走っていたのか息が荒く、足に痛みが感じる。それでも走り続ける。そうしないと奴らに捕まって喰われるから……

 彼女は一瞬、後ろを向いた。そこにいたのは同じ警察署で働く同僚、いつも行く店の店員、パトロール中に街で挨拶してくれる市民の皆、何気ない日常を共にした人たちが屍人となり彼女を追っていた。理性を失い目の前の餌を捕らえるようになった彼らだが、彼女にとっては別の理由で自分を追っているのかと思っている。耳にこんな声が聞こえる……

 

 ナゼワタシタチヲオイテニゲタ

 イタカッタ コワカッタ イマデモワスレラレナイ

 オレタチハタタカッテイタノニオマエハニゲタ

 ユルセナイ ユルセナイ 

 

 

 

 ゼッタイ ニガサナイ

 

 

 

 謝りたがった。償いたがった。

 心の中でそう思っても、いつも恐怖が勝り、私の体がそれに従う。どれくらい走ったのかは知らないが、彼らの姿が見えなくなると婦警はその場に腰を下ろした。大きく息を吸い、酸素を多く取り入れる。しばらくその場で休んだ彼女は疲れが残る体をなんとか立たせようとする。

 突然、体に激痛が走る。うめき声を上げて倒れる彼女の体に異変が現れ始めた。

 体中の皮膚の下から硬い何かが突き出し、全身を覆う。皮が突き破られるという激しい痛みに転げまわる。

 臀部からは音を立てて大きな尻尾が生えていく。それは長く立派に成長し、先端が鋭い形になった。

 背中からも皮を破り腕や足とは違う膜で作られた二つの羽が飛び出す。

 鱗に覆われた両手足の爪が硬質化し鋭く尖ったものに変容する。

 激しい頭痛と同時に頭が変化していき、鋭い牙が生えた口が鼻と共に前に突き出てマズルを形成する。

 髪の中から一対の角が後ろに伸びる。

 死んだように動かなくなった婦警だったソレは体を起こし、自分の姿を手で確認した。冷たい感じの鱗、背中や腰から生えた羽と尻尾、鋭い爪、肉食の爬虫類に近い顔……そばに水溜りを見つけ、そばに寄って映し出されているのを目にすると同時に雷がなった。

 桜色の髪の毛と鱗をした人の形の竜が見返していた。

 これが今の私の姿。

 あの猫になっているおじいさんの孫が作っていた薬品を飲んだら、こうなった。

 体が化物になっても自我は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

 肩を軽く叩かれ、悪夢から覚ましたリスベット。体は痛むが、なんとか顔を上げて周囲を見渡す。穴が空いている天井がある東側一階の廊下で瓦礫の中に横だわっていて、そばには後輩のレオンが見下ろしていた。彼の姿が視界に入ると、すぐに体を起こそうとしたが激痛が走り、顔を下ろした彼女は口を開いた。

 

「無事だったんだね、レオン君……」

「ああ。先輩こそ無事でよかった」

 

 お互いが生きていることを喜ぶ二人。しかし、気を失う前の記憶を思い出したリスベットは質問した。先ほど見渡した時、近くにいるはずのあの怪物の姿がない。

 

「あの化物は……?」

「怪物……例の大男か。派手な物音が聞こえてここに来た時は気絶した先輩一人だけだった」

「そっか。チェシャは?」

「あの猫はクレアと合流したようだ。これで彼女に通信した時に聞いた」

 

 腰のポーチからレシーバーを取り出して見せるレオン。それを見たリスベットは自分のは前から壊れたんだっけと思い出しながら、そばにあった斧を杖代わりにしてゆっくりと体を起こす。ある程度痛みは引いてきたようだ。

 さてと……これからどうしようか。これでまたレオンと行動できるようになったけど、脱出に使えそうなのあったかな。

 

「レオン君、何か見つけた?」

「新しくマグナムと弾薬。銃の一つくらい先輩が持ってくれ」

「……射撃は得意な方じゃないけど」

 

 そう言いながらも彼からハンドガンを受け取ったリスベットは、廊下の端にある下りの階段を指差すレオンに尋ねられた。

 

「あの先は?」

「地下の駐車場だよ。武器庫や変電室があって留置場や犬舎もあるよ……やっぱ行く?」

 

 留置場にはもちろん拘束された者がいて、犬舎にも犬が飼育されている。普段なら苦手な人は来れそうにない場所だが、今のラクーンシティの状況を考えると……来る人なんて一人もいないはず。でもそこに脱出に使えそうなのがあるかもしれないから……

 

「そのやっぱだ。安心してくれ、俺が守ってやるから」

「い、いいよ、もう人間じゃないから自分の身は自分で……」

「でも先輩が女性であることは変わりない。レディを守るのが男だ」

 

 その言葉に思わず「ありがとう」と言ってしまうリスベット。レオンからもらったハンドガンを腰のホルスターに入れ、斧を片手に彼と一緒に地下への階段に向かう。

 

 

to be continued




 どうも読者の皆さんお久しぶり、初めての方ははじめまして、Pixivで小説を書いていた影絵師です。
 コメントが来ない、低評価をつけた理由を伝えてくれない等でPixivに移りましたけど、そこでもトラブルに巻き込まれてしまい、落ち着くためにここにきました。
 今回は臆病ドラゴンのリスベットがメインでした。次回は老いぼれ猫チェシャとクレア、そして重要キャラ――シェリーのやりとりです。

 コメントを書いて高評価にして、次回もお楽しみに。(低評価をつけたいならつけてもいいですが、なるべく理由と直す点を書いてください。そうしないと続けられないので)

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