感染して体が化物になっても自我は消えませんでした   作:影絵師

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脱出する理由

 

 レオンとはぐれてしまったリスベットが倉庫でえーんえーんと泣いていた時、三毛猫のチェシャとクレアはとあるオフィスを調べに入った。クレアの兄――クリスが所属していた特殊部隊『S.T.A.R.S.』が使用するものであり、情報収集に使われる大型通信機に、それぞれの机の上に隊員の私物が置かれていて、棚には大会で優勝した証のトロフィーが飾られていた。

 一階のオフィスと比べて個性的なこの部屋を見渡しながらクレアがつぶやく。

 

「ここが……兄さんの職場。ゾンビが現れる前に来たかったわ」

「ここには初めて来たのにゃ?」

「ええ。以前から『ここに来たい』って言ったけど、断られたの」

「見せられにゃいものがあるかもしれにゃいにゃ」

 

 冗談を言いながら部屋を探索するチェシャにやれやれと首を振ったクレアは心当たりのある机に近づく。両親とを亡くした私にとって、兄さんは憧れだった。子供の頃から運動ができる方で、軍人になったり警察の特殊部隊に入れたり、射撃の腕も良くてそういった大会での優勝を自慢してきたのも忘れられない。

 ……でも、そんな彼にいくつかの欠点がある。その中の一つに私はこう指摘してきた。

 

『兄さん、机の上が汚い! 綺麗にして!』

 

 口を酸っぱくする程注意してきたのに、ラクーンシティに住んでからも治ってないみたい。その証拠が私の目の前の机にあった。ごちゃごちゃ散らかっているそれを見て兄のものであるとオフィスに入ってすぐ分かった。こんなので兄のものだって分かっても嬉しくない……

 少し落ち込んでいるクレアの視線は一冊のノートに止まった。表示に「クリス・レッドフィールド」と書かれているのを見れば、日記か何かだろう。彼女はそれを手に取り、内容を読み始める。

 

 

 

 8月8日

 今日も署長にかけ合ったが、やはり信じてくれない。アンブレラがあの洋館で、恐ろしいTウイルスの実験をしていたのは間違いないのだ。

 Tウイルスに感染すると、人間はゾンビか怪物になってしまう。

 だが洋館は爆発してしまい、ラピンとカーミラも俺たちから離れてしまって証人がいない。彼女らからもらったデータだけでは証拠にならず、その上、この町はアンブレラの薬品工場で食っているようなもので町の人は恐れて誰も口を開かない……

 うさぎと吸血鬼に助けられたと言っても信じてもらえず、どうしたらいいのだ。

 

 

 8月17日

 最近、おかしな事件が頻発している。

 夜中、町のあちこちで見たこともない化物が出現するというのだ。

 アンブレラが再び動き出したに違いない。

 

 

 8月24日

 ジル、バリー、そしてレベッカと協力して、ついに情報を掴んだ。

 アンブレラは、Tウイルスに代わる新しいGウイルスの研究に乗り出したというのだ。正体を隠して俺たちに近づいたカーミラの話だと、生物兵器には向かないものらしいが、危険なものに変わりはない。

 とにかく4人で相談し、極秘で捜査するためにアンブレラの本拠があるヨーロッパへ飛ぶことにした。妹には連絡しない。危険にさらしたくないからだ。許してくれクレア。

 

 

 

 クリスの日記を読み終えたクレアはそれを閉じて机に置いた。兄さんは今でも憧れだ。ラクーンシティを地獄に変えたようにウイルスで何かを企むアンブレラを止めようとするヒーローだが、それでも私に連絡しないのは納得できない。私が兄さんの立場だったら家族を巻き込まないように同じことをするかもしれないが、待っている私が知らないうちに兄さんが死んだっていうニュースを突きつけられたら生きていられない。

 このラクーンシティに兄さんはいない。それが分かればここから脱出するだけだ、レオンやチェシャ、リスベットと一緒に。

 

「にゃあ」

 

 突然、鳴き声を上げたチェシャにクレアが驚いて尋ねた。

 

「どうしたの? いきなりにゃーって鳴いて」

「いや、鳴いていたんじゃにゃくて、この写真に君の兄さんが写ってにゃいかを聞きたくて」

 

 そう言うチェシャの前の壁にS.T.A.R.S.の集合写真がかけられていた。「ああ、『なあ』って言おうとしたのね」と、理解しながらクレアはその写真を見る。中心によく知っている男性が写っていた。兄さんだ。銃を構えたその姿は映画の主人公らしくてかっこいい。

 クレアの表情に気づいたチェシャは彼女に聞いた。

 

「兄さんのことが好きにゃ?」

「どちらかといえばそうね。普段から兄さんにいろいろとおしえてもらったりとかね」

「ふーむ、どのようにゃことを?」

「主に格闘術や銃の使い方とかの護身に使えるものを。今でもロケットランチャーの撃ち方を教えてもらったことを忘れられないわ」

 

 ……護身にしてはやりすぎではないか? 彼女の兄にそう思いながらも、クレアの言葉を聞き続ける。

 

「もっと教えてもらうことがまだあるわ。そのためにはヨーロッパまで行って兄さんに会うの」

「ここにはいにゃいんだにゃ」

「だからこの町から生きて脱出するつもりよ」

 

 兄を会いに行くために、この町から脱出か。それならここから生きて出るという行動ができるのだ。家族がいるのはいいことだ。

 ……あの子はまだ生きているだろうか? 年をとって動けなくなった私のために好きじゃない勉強を毎日して、製薬会社のアンブレラに入社した孫は。この災害に巻き込まれてもういないのか? それとも知らないところで生きているのか? 会いたい……もう一度あの子に会いたい……

 再会を望むチェシャにクレアが兄の日記を渡そうとするが、知らない人物の日記を読むわけにはいかない。断った彼はオフィスのロッカーを開け、二種類の銃火器を見つけた。一つはリボルバー、もう一つはやけにでかい銃だが……

 

「これは……ショットガンにしては大きさが違うにゃ」

「グレネードランチャーね。爆発する弾を発射できるものよ」

「にゃぜ君がそれを……ああ、兄さんからが」

 

 いくら妹が心配とはいえ、必要ない知識を普通に教えるか?

 グレネードランチャーはどう使うかは教わっているクレアが持ち、チェシャはリボルバーを手に取る。クレアとレオンのハンドガンと同じ弾が使えるようだ。シリンダーに弾薬を一つ一つ肉球つきの指で装填し、右腕を伸ばして照準の確認をしたあと、同じロッカーに入っていたショルダーホルスターを身につけてそこに収納する。

 もうここに用はない。大型通信機は壊れているのか、使い物にならず助けを呼べそうにない。クレアと共にオフィスを立ち去ろうとした時だった。

 どこからか受信したファックスから紙が出てきた。それを読もうと取るクレアだが、廊下に出ていたチェシャはそれどころではない。

 少女が歩いていた。金髪にカチューシャ、セーラー服と青い短パンを着ている小中学生の彼女がチェシャを見た瞬間、後ろに下がっていく。慌てて呼び止めようとするが、踵を返して逃げていった。すぐにクレアへ伝えて少女を追うチェシャ。

 

「クレア! すまんが、あの子供を追うにゃ!」

「えっ、ちょっと待ってチェシャ!」

 

 クレアの声が三角耳に入るが、立ち止まるわけがない。こんな危険な場所に子供を一人にするわけにはいかない。走りながら少女を止めようと声を上げる。

 

「にゃあ、君! ちょっと待つにゃ!」

 

 ……この時考えてなかったが、ゾンビか一般人なのかすぐに判断できない。だが、異形が目の前に現れたら、怪物だと思うのは当たり前だ。少女は追いかけてくるチェシャを怪物とみて逃げているのをチェシャは全く気づかなかった。閉まっている扉の隙間に逃げられたり、ゾンビやブレインモンスターに妨害されるが、なんとか突破して少女に追いつこうと走り続ける。

 そして廊下で少女との距離が自分の腕以下になったところで、彼女をつかもうとする。

 

「だから待つにゃ――ぐえっ!?」

 

 首に何かが当たり、後ろに倒れ込んだ。上半身を起こすと窓に貼られている板の隙間から腐った手が伸びており、その向こうに少女が離れていく。

 

 

 

 ……外からのゾンビに邪魔され、少女を見失ってしまったチェシャ。クレアと合流するべきだが、子供を放っておけず単独で探し回っていた時に署内のヘリコプター墜落現場を見つけ、スプリンクラーを撃って消火した直後に奥の扉から斧を持ったリスベットが出てきて今に至る。

 チェシャから話を聞いたリスベットは顎に手を当てて考えていた。子供ね……確かに警察署に避難してきてもおかしくないけど、親はどうしてるんだろう? その子から話を聞ければいいけど、流石に私たちだとね。レオン君とクレアに合流してから探しに行けばいいかな……って、どっちも場所がわからないし。子供より先に二人を探しに行こう。そのことをチェシャに話そうとした時だった。

 ヘリコプターのすぐ横の歪んだ扉の向こうから悲鳴が聞こえた。チェシャとリスベットが顔を合わせる。

 

「まだ生存者がいたとは! リスベット、これを退かせられるにゃ!?」

「……やってみる! ちょっと離れて」

 

 ついさっきまでドラゴンになったことを認めなかった彼女だが、もう逃げたりはしない。扉に向かって突進し、ぶち破ろうとする。数回タックルするうちに扉が音を立てて崩れそうになる。あともう一発のところだった。

 左から巨大な拳が迫ってくる。

 体をひねって避け、羽の一部に触れる程度に済んだ。少し慌ててチェシャのそばに移動し、攻撃を仕掛けたものを見る。

 ……コートに身を包んだ大男が瞳のない目を二体の人外に向けていた。

 

to be continued   


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