感染して体が化物になっても自我は消えませんでした   作:影絵師

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自覚

 猫の人外がクレアと行動している時、臆病な竜の人外もレオンと一緒に警察署の東側を探索していた。銃を持っているとはいえ、普通の人間であるクレアを己の爪と牙で守っていた老いぼれ猫――チェシャと違って桜色の竜――リスベットは普通の人間であるはずのレオンに戦闘を任せっきりで自分はすぐそばに隠れてばかりだった。

 ……このままでいいのかな?

 探索で見つけたショットガンを持って歩くレオンのあとをついていくリスベットはそう疑問に思う。部屋に篭っている間にゾンビのほかに、ムキムキ脳みその化物も出てきたなんて――おまけにドラゴンになるし――こうなるならずっと部屋に篭りたがったけど、ついにゾンビが入ってきたから泣く泣くそこから出ることになった。そのあとは同じように孫の薬で猫になったおじいさんと再会し、クレアとレオン君にも出会ったんだ。撃たれたけど。

 こうして今は警官同士――チェシャじいさんだったとはいえ、化け猫と一緒にいるのは怖いし――ということで後輩のレオン君と組んでいるけど、ついさっきホール二階でのように彼に化物を倒してもらっている。もちろん、初めてこの警察署に来たレオン君を何かありそうな場所に案内したりとか、守ってもらう代わりにやれることをしたりとか……

 本当にこれだけしかできないのかな?

 銃を無くしちゃったりドラゴンになったのは仕方ないけど、だからといって素手でゾンビや筋肉脳みそに立ち向かえるなんて絶対にやだ。角と牙と爪、尻尾の意味? 私は望んでこの姿になったわけじゃない。

 ……でも……あの時みたいに置いて逃げたりは……絶対にしない。

 

「先輩」

 

 レオンの呼びかけにリスベットが慌てて顔を向ける。またべろんべろんお化け!? それとも勝手に逃げた私を恨んでゾンビになった同僚がいるの!?

 

「安心してくれ。この事故現場をどうにかしたいだけだ」

 

 そういうレオンの視線の先には確かに事故現場があった。廊下の壁を突き破ったヘリコプターが炎に包まれている。墜落したのだろう。そのそばに二つの扉があるが、このまま進んで火だるまになるバカではない。これが原因で警察署が全焼するというわけではないが、先に消火するべきだ。リスベットは周囲を見渡しながらあるものを探す。

 

「消火器……近くにはないね」

「消火器で消せるような火災にはみえないが。大量の水でないと」

「大量の水って、それこそ近くにあるわけが……」

「ここは後回しにするべきか。この反対側には何があるんだ?」

「そっちは屋上と階段があるよ」

 

 すぐに消さなくてもいい火災現場をあとにしてそれらに繋がる廊下を進む二人。その時、大きな一瞬の揺れが襲った。倒れそうになったリスベットをレオンが支える。優しい彼に少し嬉しく思うが、今の揺れに不安を感じた。

 

「今のって地震? こんな時に」

「いや。何か重いモノが落下したようだ」

「その重いモノって――」

 

 揺れが発生してから数秒後、廊下の曲がり角から現したそいつを見て恐怖を感じたリスベット。

 季節外れの分厚いコートをスキンヘッドの男。その特徴だけでもおかしい男性といえる。しかし、石のような肌の色にゾンビと同じ白目、レオンとドラゴンの自分より大きい体。それらが教えているのは……

 化物。それもゾンビや脳の化物以上の。

 気づけば踵を返して走っていた。あんなの、銃なんかで倒せるわけがない。だからレオン君も一緒に逃げてるはず……だと思いたい。とにかくあの大男から隠れられる場所を探しながら逃げる。そのうち、視界に一つの扉があり、その部屋に入って閉めた。奴が来ないのを願いながら……

 

 

 

 どれくらい時間が経ったんだろう。怪物が入ってこないように扉を押さえていたリスベットは力を抜き、その場に座り込む。そしてレオンに声をかける。

 

「怖かった……なんなのあれ」

 

 返事がない。

 首を動かして彼を探すが、いなかった。警察署がまだ美術館だった時の大量の美術品が保管されている倉庫に自分と鎖で縛られている英雄の石像だけだ。それを理解したリスベットに不安が募る。

 

「また……置いて行っちゃった……で、でも、流石に見殺しにしたわけじゃないよね……レオン君も別のところに逃げてるかもしれないんだし……もしかしたら……クレアとチェシャが助けに来ているんだ……そう、そうなんだよ」

 

 そう思いたい。そう思わないと耐えられない。気づけば目元から鱗に覆われた頬に何かが流れる、それを拭き取ろうとして両手を目元に当てる、肩を震わせて謝罪の声を上げる……

 

「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」

 

 ドラゴンも泣けるんだなと心のどこかで思いながらも涙を止めないでいた。嫌なことがあったら、こうやって泣いているとすっきりする。泣くのは恥ずかしいって言う人はいるけど、泣くことも大切って小さい頃お母さんに教えられた。そしてそのことは私も誰かに教えるべきだって。

 しばらく泣き続け、ようやく落ち着くことができた。これからどうしようか。この倉庫から出るかまた篭るかにしても、あの化物に出会ったら終わりだ。ここから使えそうな物を探し始めようと考えた瞬間だった。

 頭上からガラスが割れる音が聞こえた。

 見上げるとガラスの破片と共に筋肉質の怪物が落下していく。落下地点から離れていたため、怪物の下敷きにならずに済んだが、やつに気づかれた。怪物が飛びかかり、後ろに倒れこむリスベットは声を上げながら腕と足、羽、尾を振り回して抵抗する。

 

「いやっ! あっちにいって!! この化物!!」

 

 人間のままだったら瞬殺されていたが、人外と化した彼女の力は人より上回っており、怪物を突き飛ばした。それでも再び飛びかかろうとする奴から後ずさりするリスベットの手が棒のような何かを触れた。

 怪物が跳んだ瞬間にその何かを掴み、目の前まで迫ってきたそいつに振った。

 何かが裂ける音と同時に不気味な程暖かい液体を浴びた。痛みはない。しばらく呆然としたリスベットは握っている何かに目を向ける。

 先端が赤く濡れ、長い柄の斧が彼女の手に握られている。保管されている美術品の一つみたいだ。あの化物はどうなったんだろう? 前方を見ると、上半身を斬られてそこから血を吹き出している怪物が血だまりで死んでいる。

 

「これ……わたしが……?」

 

 この現状に驚く桜色の竜。銃を使わずに怪物を倒せるなんてありえない。斧や剣といったものを使えばなんとかなるかもしれないけど、私が握っているのは女性では持てそうにないはずの斧だ。これを私は枝切れのように振って怪物を倒したってわけ……そんなの……人間離れのことを……

 ……そっか……いまのわたしは……チェシャじいさんの孫の薬を飲んで……

 

「……ばかみたい」

 

 この出来事で恐怖が消えたり、自信を持つようになったわけではないけど……普通の人間だと思い続けるのはやめることにした。そしてこの体でみんなの脱出を助けたい。

 リスベットは立ち上がり、斧を持ってその部屋の扉に向かう。制服が血で濡れちゃったけど……替えのはなさそうだし……そう思いながら扉を開けて部屋から出ようとした時だった。

 彼女がいる廊下に雨が降りだした、消防用のスプリンクラーによって。リスベットが部屋に逃げ込む時に気づかなかったが、その部屋は燃えていたヘリコプターのそばにあったものだ。そのことを思い出した彼女は自分の制服を見ると、確かに少し焦げている箇所があったが、全身を覆う鱗にはそれがない。火にも耐えるようだ。

 大量の散水によって火は消え、行き来できるようになった廊下に何かが立っていた。

 三毛の老いぼれ猫――チェシャだ。彼の毛皮に覆われた手にはカウボーイに使われていたリボルバー拳銃が握られていて、スプリンクラーに向けているのをみると、彼がそこに撃って火を消したらしい。

 チェシャがリスベットに気づくと、銃を下ろして声をかける。

  

「リスベットか……こんにゃ所いたとは。レオンはどうしたにゃ?」

 

 相変わらずの猫語で尋ねるチェシャの呆れた表情を見て、(どうせ、おいて逃げただろう)と自分がそう思われているのに気づいたリスベットは少々ごまかす。

 

「まあ、ちょっと見たこともない化物も出てきたから……分かれて逃げた――」

「ほんとにゃ?」

「ホントだって!! 半分は……」

「やはりにゃ」

 

 どうやらまだ臆病者って思われているリスベットは少し不満を感じたが、この今が怖くないってわけじゃないから当たり前だ。

 クレアと行動していたはずのチェシャが一人でここにいるってことは……人のこと言えないじゃん。

 

「おじいさんこそ、クレアと一緒じゃなかったの?」

「一緒だったにゃ……一人の少女を見つけるまではにゃ」

 

 予想外の返答にリスベットは驚いた。

 子供まで警察署に避難していたの……?




 どうも皆さん一ヶ月ぶりです、人工授精師の講習から帰ってきました影絵師です。
 今回は臆病だったリスベットがリッカーを倒し、斧を手に入れ、ある少女を探しにきたチェシャとの再会です。
 ……臆病なキャラが勇気を持つようになって活躍するのって好きなシーンですが、自分で書くとなると……そもそも誰かによって勇気を持つのが普通だし。
 次回はあの人気キャラを追いかけるチェシャの話になります。まさかあの子がああなるとは……

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