感染して体が化物になっても自我は消えませんでした   作:影絵師

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舐める者

 

 ホールの西側にあるオフィスに入るチェシャとクレア。リスベットとレオンは反対側にある玄関近くの扉に入っていったが、彼女がレオンの足を引っ張らないことを祈るチェシャに何かを見つけたクレアが話しかけた。

 

「チェシャ、あそこに怪我人がいるわ!」

 

 彼女の視線の先には引っ掻いたあとがあるロッカーに寄りかかっている警官がいた。制服が赤く染まっていて、息が荒い。二人はその人物に近づき、クレアが声をかける。

 

「しっかりして! まだ助かるわ」

「き、君は?」

 

 警官が声を震わせながらクレアにたずねる時、そのそばに立っているチェシャが彼の視界に入らないように静かに移動する。下手に刺激させて、リスベットと同じ目に会いたくないから。警官の質問にクレアは答えた。

 

「クレア レッドフィールド。兄のクリスを探しているの」

「彼からは十日以上連絡がない。クリス、ジル、バリー、そしてレベッカ……S.T.A.R.S.のメンバーは皆消息を絶ってしまった、彼らを信じていれば……」

「どういうこと?」

 

 それからの話の内容は以前、リスベットから聞いたことがある。二ヶ月前、郊外のアークレイ山地で現れた人喰いをS.T.A.R.S.が調査に向かったが、生還したのは数名だけ。アンブレラ社が恐ろしい生物兵器を作っていると彼らは言ったが、リスベットと瀕死の警官を含む同僚たちは誰も信じなかったと。

 今の話で確信した。アンブレラは単なる製薬会社ではなく、裏で怪物を生み出している。そして孫もそれに携わっている、今の姿になる薬が証拠だ。そしてラクーンシティが地獄と化したのも……なんてことだ。

 目元を手で覆い、ため息をつくチェシャ。心が重くなる猫に気づいてないのか、警官はクレアにこう言った。

 

「俺のことはどうでもいい……それよりほかの生き残りを助けてくれ、早く行け」

「でも……」

「行くんだ!」

 

 ……この警官は自分より他人のために行動してきたのか。ドラゴンになった誰かとは大違いだ。チェシャがそう思う中、クレアは警官の頼みを聞き入れ、それでも彼を見捨てることができずにこう言い残した。

 

「わかったわ。でも、必ず戻ってくるから!」

 

 オフィスからホールに出るクレアのあとを追うチェシャだが、誰かに呼び止められた。その場にいるのは自分と負傷した警官だけだが、気のせいか? 

 

「おい……そこの猫……」

 

 気のせいではなかった。どうやら警官がチェシャを呼んでいたようだ。クレアを追いたいが、撃たれるのを警戒しながら警官に近づいてしゃがむ。彼はチェシャの顔をしばらく見ると、こうつぶやいた。

 

「……お前は人間だったんだろ……俺の後輩にドラゴンになったのがいる」

「リスベットのことにゃ? いや、それより何故私が元人間だとわかった?」

「似ていたんだ、化物になっていてもチキンのままの彼女と……人間らしいところがな……」

「……そんな理由でわかってくれても嬉しくにゃいにゃ」

 

 少し顔をしかめるチェシャ。肩を借りたいと頼む警官に肩を貸して立たせると、ホールへの扉まで移動する。警官と一緒に出ようとした時、彼に止められこう言われた。

 

「お前はクリスの妹を守ってくれ……俺はもうすぐゾンビになってしまう。お前やリスベットと違って自我を失い……そうなる前にここに閉じこもって、自分の手で……リスベットは臆病だがやるときはやる奴だ、少しは頼りな……」

「……わかったにゃ、まだ諦めるにゃ。名前は?」

「マービン……マービン・ブラナーだ」

 

 警官―マービンを扉のそばに降ろし、オフィスから出るチェシャ。後ろから鍵をかける音が聞こえ、目の前にはクレアが待っていた。こんな人外を待ってくれるとは……異常事態を引き起こしたアンブレラに勤める研究員の祖父でもある私を……

 クレアはチェシャに尋ねた。

 

「あの警官は?」

「内側から鍵をかけたようにゃ。ゾンビににゃっても誰かを襲わにゃいようにと」

「そう……チェシャ、彼に頼まれたことをやり遂げましょう」

 

 その言葉に頷く。誰かの命を救って孫の罪が軽くなるなら……いや、なるわけがない。ただの自己満足だが、それでも……

 オフィスにあった受付の向こう側である待合室への扉を通る。そこでクレアはチェシャに聞いた。

 

「武器を持ってないよね? さっきの人から聞くべきだったわ」

「武器にゃ、この姿ににゃってからも戦いはしてにゃいが……」

 

 そう言いながら自分の指先を見つめる。指の腹に肉球がある毛皮に包まれたそれ。指先に力を入れると、鋭いカギ爪が出てきた。太さは指より少し小さいが、ゾンビ程度なら……

 カギ爪をクレアに見せながら「大丈夫にゃ」と言う。彼女は少し心配そうな表情をしたが、「銃を見つけたら渡す」と返した。移動を再開し、奥の扉に向かおうとした。

 その横にある窓に何かがいて、去った。

 それを目にした二人は立ち止まり、小声で話し合う。

 

「今の見たにゃ?」

「ええ……ゾンビとは違う感じだったわ」

 

 警戒しながら扉を開けると、廊下に繋がっていた。壁や床、天井などに大量の血がかかっている。近くの窓を見るが、先ほどの何かはいない。慎重に進むチェシャとクレア、彼女の息がやけに荒い……このような場所は刺激すぎるだろう。曲がり角を曲がった瞬間、全身の毛が逆立った。

 死体がある。ここに来るまで動く死体やそれに食い殺された人の死体を見てきたため、この場に死体があっても驚きはしない。

 問題なのはそれに残る殺され方だ。首が切られている。刃物ではなく、まるでねじ切られたようなエグいものだ。ゾンビがこうしたのか? それとも……

 

「恐ろしい何かがいるようにゃ……」

「……ええ」

 

 これはリスベットではなくとも誰もか恐怖を感じるに決まっている。そこからさらにゆっくりと歩く、何度も前後左右に目を配らせながらながら。そして前を向いた瞬間だった。

 何かが落ちた。見下ろすと何かの液体だ。血ではなく透明な液体だ。

 ……ゆっくりと見上げる。

 天井に張り付く何かがチェシャたちに近づいている。

 人を腐らせただけのゾンビとは違い、鋭い舌を出している大きく裂けた口の上に脳そのものがあり、両腕には巨大な爪が生えているという化物だ。その姿を目にしたチェシャは何も言えず、クレアは息を飲んだ。

 そいつが目の前に降りた瞬間、すぐに発砲するクレア。両肩と脳に着弾し血が吹き出るも、化物は叫びながら彼女に飛びかかる。巨大な爪がクレアに振り下ろされる……直前にチェシャがとっさに彼女の腕を引いて救った。獲物を逃した化物が振り向いた瞬間、奴の頭に右手のカギ爪を突き刺すチェシャ。

 脳に爪が食い込んだのにも関わらず、化物に掴まれて押し倒されたが、左手で喉元を切りつける。そこから血が噴出し、チェシャの顔を赤く染めながら力尽きていく怪物。そして動かなくなったそいつをなんとか押しのけ、立ち上がるチェシャにクレアが声をかける。

 

「チェシャ、大丈夫!?」

「ああ……にゃんとかにゃ。こんにゃ化物もいるとは……」

「猫とドラゴンも出てきたからほかにもいると思ったけど、まさかグロテスクだったとはね……」

「……レオンとリスベットが心配にゃ」

 

 

 

 警察署のホール二階通路でレオンがショットガンの引き金を引いた。射線上には舌の化物が散弾に貫かれて活動停止していた。それに近づき、死んでいることを確認したレオンは後ろの手すりに隠れている桜色のドラゴンに伝える。

 

「先輩、得体の知れない化物を倒したぞ」

「……ほんとに?」

「そんなに怖いならどこかに隠れたらどうだ? そんな場所はこの街になさそうだが」

「……ッ!! そ、それだけはいや」

 

 あのことを思い出すが、頭を振ってレオンに近づくリスベット。後悔するのはいやだ、二度と誰かを置いて逃げたりはしない。せめて私ができるのはそれくらい……

もしかしたら……またしてしまうかもしれない……

 

to be continued


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