感染して体が化物になっても自我は消えませんでした   作:影絵師

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猫と竜

 

 9月29日

 

 日記を書きながらグリーンハーブ入りのタバコを吸うのもこれで最後になるだろう。密室となったマンションの一室で聞こえた爆発音、人食いに気づかれないように外を見ると、炎上するトレーラーからそれぞれ離れる二人の人影が見えた。動きからして普通の人間だ。二人はゾンビを避けて走るが、やがて捕まってしまうだろう。

 この時、一週間前の出来事が書かれているページを見た。そこにはゾンビに襲われる人々の悲鳴、住人を守ろうと立ち向かった警察官たちの最後、そして私の体の異変も詳しく書かれていた。

 今でも忘れられない。老いて動けなくなり、このままやつらの餌食になるかもしれなかった。孫の顔を見れずに死ぬなら、彼女が作った薬を飲んでも構わないだろう。そう思い、孫が隠していた薬を飲み込んだ直後に意識が飛んだ。

 気がついた時は驚くことばかりだった。目が覚めた私の視界には寝室の天井が映り、死にきれなかったと顔に手を当てた。同時に柔らかい何かが顔に当たる触感がしたが、自分の硬い手とは思わなかった。次の瞬間、その手が変化したことに気づいた。白色、黒色、茶色の三色の毛皮に覆われて、掌と指の腹に肉球があった。その手で自分の顔を触れて形を確かめ、ズボンを脱いで尻からあのふさふさの尾が生えているのを見て理解した。

 猫になっていた。しかも孫に話していた物語に出るような人の形の。

 当時はひどく雑乱したが、今は私が猫になったという現実を見なければいけない。おまけに老いたはずの私の体も若い頃のようによく動けるようになり、頭もはっきりした。

 孫が作った薬が原因であるとしか思えない。まさか孫から連絡が来ないのはこの薬とアンブレラに関係あるのか?

 こうして日記に書き込んで考えるなど時間の無駄だ。猫になるのは予想外だが、動ける今なら警察署に逃げ込める。

 日記はこれでおしまいだ。これから偽名でも名乗るか。

 

―老人だったチェシャの日記

 

 

 

 

 

 

 書き終えた日記に鉛筆を転がす猫人間。三角耳と瞳孔が開いている目、そして口元に生えている3対の細いヒゲが特徴の毛皮に覆われた顔、尻から生えた尾が特徴の同じく三色の毛皮に覆われた体をしている。体格は痩せた青年のと一緒だ。

 日記を書いていた机から離れた彼は腕を上に向けて背伸ばし、衣類がしまっているタンスに向かう。このまま部屋を出てもいいが、生存者が見たらどう思われるか。タンスを開けて気に入った服を選び、下着を身につけてから服を着て、隣の鏡の前に立つ。

 ワイシャツの上にこげ茶のベストを着ていて、黒いスラックスを履いている。スラックスの腰に穴を開けて尾を出している……何故だが過去の仮装パーティーに出た孫と似た格好だ、その時彼女は兎耳をつけていたが。

 そんなことを思い出しても孫は戻ってこない。猫人間―チェシャは壁に掛かっている時計を見て午後の六時だと知り、自宅の玄関に視線を移す。この体になってからゾンビが入ってこないようにいくつかの家具で塞いでいるため、そこから出られない。ベランダから飛び降りるか。

 そう考え、窓を開けてベランダに出る。しかし、その考えが甘いとそこから見下ろして気づく。二階とはいえ人が降りられるような高さじゃない。下手したら着地した瞬間に骨折し、そのままゾンビのお仲間だ。普通の人なら……

 チェシャは躊躇いもなく手すりを飛び越え、そのまま道路に落ちていく。地面にぶつかる瞬間、両足を真下に向けて足裏の肉球で着地時の衝撃を吸収した。しばらくその場で立ち尽くすが、ようやく体を動かして警察署へ走る。猫になったのは確かだが、普段なれないことはするべきじゃない。彼は落下する時のスリルを忘れられないだろう。

 警察署へ向かうチェシャに何体かのゾンビが襲いかかってくる。着ている制服や服装から見て、警官や住民たちだったものだ。奴らと戦っている暇はない。チェシャは避け、ゾンビが登れないバスの上に飛び乗ったりなど進んでいく。そして警察署に繫がるとあるガンショップに入った瞬間だった。店主らしき男がこちらに気づくとすぐさま銃を向けてきた。

 

「止まれ! ……って化物か! 撃ち殺してやる!」

「ま、待つにゃ! 私はゾンビではにゃいにゃ!」

 

 一応言うが、猫になってからこの話し方になった。どういう副作用だ、孫よ。

 もちろん、店主にとってはゾンビではなく化け猫が来たようなもので化物に変わりはない。銃を下ろす様子がない彼を見て、チェシャは両腕を上げたまま店主に言う。

 

「とにかく私はにゃにもしない! ここの裏口から出て警察署に行きたいだけにゃ!」

「……その語尾はなんとなく腹が立つが、どうやら奴らとは違うようだな」

 

 ゾンビの同類ではないと理解してくれたようだが、銃を下ろしてくれなかった。そのままチェシャが入ってきた扉に近づき、鍵をかける。そして早く行けと言わんばかりに睨みつく。これにはチェシャも仕方ないとしか思えなかった。

 この姿で警察署に行っても銃を向けられるだろうな。不安になりながら裏口に向かい、その扉を開けようとした瞬間だった。

 ガラスが割れる音と奴らのうめき声が入り口から聞こえ、振り向くと三体のゾンビが店主に迫ってきている。店主は銃で応戦するが、噛み付かれて床に押し倒されてしまった。生きながらゾンビに食われる彼の姿にチェシャは後ろに下がり、裏口を通り抜けた。そのあとはただ走っていたことしか覚えていない。孫の謎の薬を飲んで肉体が青年に戻っただけでなく猫の性質を持つようになっても、心は年取ったただの一般人だ。逃げたくなる。

 ようやく、警察署の敷地に入った。後ろからゾンビの声が聞こえる。すぐに署内に駆け込み、警官の姿を探した。

 

「誰か! 誰かいにゃいか!?」

 

 大声を上げると、ホールの奥から人影が出てきて近づいてくる。あの不快な匂いがしないとすると、生存者のようだ。自分の姿を見て敵意を表さないのを願いながらこちらも近づいていく。ようやく人影の正体が見えてきた……

 

「ば、化け猫!? ゾンビに化け犬、次は化け猫なの!?」

 

 やはりその反応か……

 

 

 

 って、そっちも人のことが言えないぞ!? しかもそっちの方が猫よりよっぽど危なさそうだ!

 チェシャの姿を見て驚いたのは女性警官だ。いや、人間の体型をして制服を着ているが、それは人間ではない。

 腕や顔などが桜色の鱗に覆われている。頭には同じ桜色のセミショートの髪とそこから生えている二つの角。尻からは先端が鋭い尾が生えている。そして背中には蝙蝠の羽というまさに空想のドラゴンそのものを人間の形にしたようなもの……顔はシャチに似た丸みを帯びた感じだが。

 そんな彼女が体を震わせてチェシャと距離を取っていく。竜が猫を怖がるとはな……そう思わずにいられなかったが、とにかく彼女を落ち着かせるか。私とおなじようにただの化物ではなさそうだ。

 

「待つにゃ。奴らと違ってお前を食べようとは思わにゃいにゃ、食べれそうににゃいし」

「そ……そんなことを言っても、どうせ殺すでしょ!? 化物はそうでしょ!?」

「……獰猛でしかも空想上のはずのお前が言っても説得力にゃいにゃ」

「私だってこの姿になりたくなかったの!」

 

 私の中のドラゴンが崩れていく……にゃん




 今回は人外主人公の紹介みたいな感じで、原作主人公は次回から登場します。
 しかし、人外主人公の一人を竜にするのはちょっと悩みました。兎や猫でも十分なのに架空の動物を出すのはバランス的におかしいと思いました。性格はヘタレにしたり、吸血鬼と同じポジションにするとはいえ……
 いいところや悪いところ(バイオらしくないとか)があったら言ってください。
 次回もお楽しみに!


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