境界線上を見守ろう   作:太った骨

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字名(アーバンネーム)〝檄文〟からの問い合わせ
「あのぅ、私の出番は?」

〇筆者たる骨の回答
「え。必要?」


【配点】 祭りの前

「あははははは! 相変わらず馬鹿ねぇ。なに巻き添えくらってるのよ」

「いやいやいや。運が悪かっただけで、好きで馬鹿やった訳じゃないぜ真喜子ちゃん」

 

 臨時生徒会が終わって夜まで少し時間が出来ちまった。

 これから賭場に行くには時間が中途半端だから、俺は食堂で軽く一杯引っ掛けようとしてたんだが…、そしたら、そこで飲んでた酔っ払いな真喜子ちゃんを見つけたから軽く飲みながら駄弁ってる。

 真喜子ちゃんはポン酒≪熟年離婚≫と漬物で。俺はカボスビールとハムカツ。ビールに揚げ物はジャスティスだろ。

 

「それより井森。先生、そろそろ新しいのが飲みたいんだけど」

「抱えてる一升瓶の中身がまだまだ残ってるのに、何で俺に一本奢らせようとするのかねぇ」

「給料日までまだあるから、奢ってね。あ、おばちゃーん。お酒とおつまみ追加でー!」

「生徒にたかるなよ。つーか、強制かよ」

 

 俺の許可も取らずさっさと頼みやがった。食堂のおばちゃんも受けるなよ。

 

「はぁ、仕方ねぇな。あ。おばちゃん、俺もビール追加で。それより、代わりに何か支払えよ。金以外でいいからよ。……なんだったら、体で―――ゴフッ!?」

「そうねぇ……」

「な、殴って放置は酷くねぇか…」

 

 一升瓶を手放さずに腕組んで考え込んでる。つーか、誰も取らないから離せよ。

 少し経ったら、あ。って顔を上げてきた。すんげーイイ顔だな真喜子ちゃん。

 

「あのね、きょう戻ってきた(あずま)なんだけどね」

「あぁ。授業終わってから見てないけど、どうかしたのか? 夜にまた会う事にはなってるけど」

 

 梅組の一員である東。元皇族で、帝の子の上に半神で還俗してきたっていう色々ややこしい身分の奴だ。

 

「それがね、少し前にこの食堂に顔を出してきたんだけど――――――」

「なんだなんだなんだ、それは。ちょっと面白そうじゃねぇか」

 

 ここに顔を出した理由を真喜子ちゃんから聞いた俺は、すぐに東のところに向かおうと思った。

 いやぁ。イイ暇潰しになりそうだ。

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「ねぇガっちゃん。今、上でやってるレース、後で出る?」

『勿論。一仕事終えてから行きましょう。新作の費用も少し不足気味だし、〝提督(アルミランテ)〟や〝海兵(マリネ)〟相手に稼ぎましょう』

「あ。カクさんに私達も出ること伝えないと駄目だね」

『そうね。伝えて、胴元の一人になってもらって、利益を私達にも回してもらいましょ』

「カクさん、なんだかんだで多芸だよね。年上だけど私達と人生経験年数は一緒なのにね」

 

 日が落ちる少し前、配送業中のマルゴット・ナイトは展開している魔術陣(マギノフィグーア)から聞こえるマルガ・ナルゼの声に笑顔で返す。

 仕事を終え、レースに途中参加し勝ったらさっさと夜のイベントに向かおう。そんなことを考えながら配達物が入ったカートを押し歩く。

 残っている荷物を確認しながら進むと見知った顔が道の向こうに見えた。

 男子学生服をまとった細身の生徒会副会長、本田・正純だ。

 

「あ。セージュンだ」

 

 いきなりの声に正純は体を震わせあたりを見回し、金の六枚翼のマルゴットを確認すると近寄っていく。

 

「……バイトか?」

「ううん、ナイちゃん正業。セージュンはどうしたの?」

「あ、ああ、三河の帰りだ。それで、まあ、後悔通りの方に行こうと思って」

「そうなんだ。だったらちょうどいいや」

 

 マルゴットはカートから荷物を取り出して渡してくる。

 

「ハイこれ」

「ん? 何だこれ?」

「生徒会宛の荷物だよ」

 

 受け取った荷物の配送表に書かれていた文字を確認すると、正純の額に皺が寄る。

 

「な、なんでエロゲーが生徒会宛になってるんだ!?」

「知らなーい。一応、後悔通りにソーチョーいるみたいだから、渡した時に聞いたら? どうせ、ソーチョーが頼んだろうし」

「な…、あー、わかった。こっちで預かろう」

「アリガトー。これで荷物はラス一なんだよね」

 

 最後の一個を取り出す。分厚目の封筒の宛名が目に入る。宛名は梅組のクラスメイト宛だ。

 

「……井森か」

「そーだけど。あれ、セージュンカクさんの事嫌い?」

 

 苦虫を噛んだような顔の正純に問いかけると、

 

「あぁ、まぁ、嫌い…というか、苦手な部類に入るか」

 

 そんな答えが返ってきた。

 

「そうなの?」

「ああ。初対面の時に色々あってな。それにあの男、普段から生活態度が悪いだろ。授業も時々さぼって、その理由は二日酔いとか、朝まで、その、女の人と一緒にいたとか」

「あー、まーそーだねー」

「それに、人の顔を見るたび第一声は行き倒れとか貧乏人だぞ! 失礼だろうが!」

「それは、セージュンが一部悪いと思うなー」

 

 本にお金をつぎ込みすぎて、いつも金欠になってる正純も悪いとマルゴットは思う。

 まぁ、それでも正純の理由に軽く納得する。

 無駄に図体がでかく、暴力などは振るわないがセクハラトークはかます。特にトーリ達から頼まれて、周りに女子がいるのもかまわずエロトークをしようとする。

 それらを考えると好かれる要素が少ないと思った。

 

「けど、まぁ、ちゃんと話してみるといいかな、ってナイちゃん思うよ?」

「ん、そうか? そう言えば、他の皆はあまり嫌ってないみたいだったな」

「んー。実際話してみると結構面白いし、相談事をすると嘘もつかずに真剣に取り合ってくれるよ」

 

 実際ちょっと困った高等部に上がってすぐの時、装備やら術式の改造とかでお金を使い果たし、ひもじい生活だった。そして断食三日目、水だけしか飲んでなく人目のないところで野草を採ろうとしていると、覚に見つかり暫くの間ごちそうしてもらった事を思い出す。

 

『さぁ、飯だ飯』

『ご飯はいいんだけど、またお肉?」

『Jud.好きだろ、肉』

『好きだけど、ナイちゃん乙女として食べた後が怖いかなーって』

『減った分、食って戻せ。つーか、むしろ胸周りを増やせ。特にナルゼ』

『黙れ木偶の坊。ネタにするわよ』

 

 三食全てにお肉が出て、お給料が入った後も断食して身を削らなくちゃいけなくなったのは忘れよう。因みに、肉は肉でも鶏肉が出なかったのは気遣われた結果だろう。

 相方と合わせて他にも助けてもらったことのあるマルゴットからすれば、嫌いにはなれない相手だ。彼氏にしたいとは間違っても思わないが。

 

「それにカクさん、ソーチョーと違って突拍子もない行動とかしないし」

「比較対象がアイツだと、誰でも真面に見えると思うぞ」

「ま、ま、兎に角、これは後で会うからその時に渡すことにして。これでナイちゃんお仕事終了ー」

 

 そんなことを言いながら封筒をしまうマルゴット。正純はそれから思い出し、

 

「そういえば、酒井学長から聞いたが、今晩に集まるらしいな。あの男も参加するのか?」

「うん。少し遅れるかも、って聞いてるけど。セージュンは?」

「私は遠慮するよ」

 

 えー残念。そんなことを言いながらマルゴットは集まる前のレースの準備を始める。

 

「生徒会役員が全員馬鹿騒ぎする訳にもいかないしな。それより、井森が遅れるって、また何か企んでるのか?」

「違う違う。カクさんがやるとしたら、暇潰しだよ」

「……それは企んでるのとは違うのか?」

「違うと思うな。だって、人のためになる暇潰しだろうし」

 

 

            ●

 

 

「―――で、話はついたのか?」

「えぇ、取りあえず握手を終えたところよ。それより―――」

「ちょっと聞いてよ井森。さっきポークゥさんと話してた時に思ったんだけど、女の人って男に点数を付けるのって当然の行為なの?」

「んー、そうだな。点数つーか、評価を下してくるのは当たり前だろうな」

「あ、そうなんだ。んー、やっぱり余が知らなかっただけなんだ」

「受け取った点数は参考にしておけよ。ポークゥなら割と基準になるような評価をするだろうしな」

「勝手に私の価値を上げるような事は言わないでちょうだい。それより―――」

「しかし。よくここに住むことを決めたな東。女子と一緒なんて、断ると思ったぜ」

「余だって、女の子と一緒なんて駄目なのはわかるよ。けど、先生とか他の皆に部屋を変えるように言っても聞いてくれないんだよ。『いいじゃんいいじゃん、若い内は体裁が大変だ』って言うだけで」

「そう言えば、一回ここに顔を出してから暫く居なくなったけど、そんな事してたの? ドイツもコイツも面白が―――不真面目だから聞くわけないでしょ。それより―――」

「そう言えば、ポークゥさんに真面目って言われたけど、余って真面目かな?」

「おぅ、真面目だ真面目。俺とか梅組の連中とかとは比べ物にならないぐらい真面目だ。真面目っつーか、染まってない。っていうのが正しいような気もするが」

「染まってないって、何に?」

「多分、梅組の色だな。いや、武蔵の色か?」

「待ちなさい。その言い方だと、私もキチガイってことになるじゃない。だからもっと正確に説明しないと」

「正確な説明って?」

「染まってないじゃなくて、病気じゃない。が正しいわね」

「病気とはまた凄いな。どんな病気よ?」

「空気感染する病気ね。病原体はきっと生徒会長兼総長よ。因みに感染すると常識が段々無くなって、奇妙な行動をとるようになるわ。だから、私はアイツ等とは違って常識人よ。って、そんな事より―――」

「オメーの発言もおかしいと思うのは俺だけかよ」

「えーと。それなら薬撒いたりして対処しないと」

「おぅおぅおぅ、誰だよ東の教育した奴。もう少し人を疑う事を憶えさせないと…」

「だーかーらー、それよりも!」

「「ん?」」

「何でお茶会みたいなことになってるのよ!?」

 

 学生寮の奥にある部屋で三人の男女が車座になって座って話してる。

 一人は留年(?)生、井森・覚。そして、車椅子に座ってる少女ミリアム・ポークゥと、黒い長髪の小柄な少年東だ。

 ミリアムはいつも通り車椅子に。東は座布団の上に正座で。覚は座布団とか敷かずに直接床で胡坐を組んでいて、それぞれには覚が、喉が渇いた時用にまロ茶を渡してある。

 

「気にすんなよポークゥ。俺は気にしないぜ」

「あ。余も気にしてないよ」

「私は気にしてんのよ!?」

 

 ミリアムが怒鳴り、つい先程の事を思い出す。

 覚が急にこの寮室に入ってきたと思ったら、暇潰しに来たと言って座り込み、世間話をし始めたかと思ったら少しずつ脱線し今に至る。

 

「暇潰しに来た? 夜のイベントに参加するんでしょうが。こっちこないで、あっちに行きなさいよ」

「俺は準備には係わらないからな。偶にはノンビリさせろや」

「準備どころか、もう少しで始まる時間じゃない」

 

 まロ茶を口にしながら覚が答える。

 こんなところでノンビリしなくてもいいのに。と言うか、早くあっちに行けとミリアムは思うが、それ以上は何も言わない。

 

「それより東、荷物はそれだけか?」

 

 東の持ってきた荷物は、ちょっとしたトランクケース一つだけ

 

「家具は部屋に備え付けのモンがあるだろうが、足りないモンとかは無いのか?」

「え? あぁ、うん。大丈夫だと思うよ。服とか授業に必要な道具だけだし。もし足らなかったら後で買いに行くよ」

「それだけなら人でも必要ないな」

「何、覚さん? 入寮の手伝いでもするつもりだったの?」

 

 ミリアムが問いかけると、覚は力こぶを作りながら軽い返答が返ってくる。

 

「重いモンがあったら、どう考えても人手が足りないだろ。パワー的に」

「あ。有難う井森。さっきも言ったけど余なら大丈夫だよ」

「あぁ、だな。これがクロスユナイトとかだと、忍具だけじゃなく大量に本を持ち込んだりするからな」

 

 本も嵩張ると重くなるからなぁ、と覚が零すが、東は点蔵が本を大量に所持している話に意外な面があるんだなと思った。

 逆にミリアムは、ソッチ系の本に決まってると判断し、もし、万が一、可能性はゼロに近い筈だが、部屋が一緒になる事があったら、東と違って必ず〇〇と思った。

 

「まぁ、あのヘタレ忍者だったら手伝う気なんかこれっぽっちも起きないだろうな。っと、それより東、葵(弟)の企画にお前は参加するんだろ? ボチボチ行くか。ポークゥは―――」

「私は参加しないわよ」

「え、そうなの?」

 

 東は一緒に行くつもりだったのか、驚いた顔をミリアムに向ける。

 

「どうせロクな事にはならないでしょうから、二人で逝ってきなさい」

「…今、行くって字面がおかしかった気がするな」

「分かったよ。あ、そうだ。戻って来る時に、何か食べ物とか持ってこようか? 余が買ってくるよ」

「気をつかわないでいいわよ。戻って来るのは結構遅くなってるでしょ? 夜遅くに食べると、余計なお肉がつくしね」

「余計な肉ねぇ……」

 

 ミリアムの発言に、覚がミリアムの顔より下に視線を向けて考える。

 

「少しは余計な肉をつけたほうが良いんじゃねぇか? 特に胸部装甲薄いわ―――バフッ!?」

「い、井森!?」

「いいから早く行け!!」

 

 覚の顔面にミリアムの投げた辞書が直撃していた。

 

 

 

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「はっはっは。楽しそうだなアイツ等」

「楽しそうでも。あんなに教導院が揺れると、ポークゥさんが怒りそうなんだけど。余は係わってないのに怒られるのは嫌だよ」

 

 俺と東が他の連中に遅れて肝試しのイベント会場の校庭にきたと思ったら、少し前から教導院から轟音が響いてきやがる。

 教導院の中で何があったのか知らないが、疲れ切った連中が周囲に散っているが、

 

「まだ中に何人か居そうだな。どんな塩梅だ浅間?」

 

 芝生に仰向けで倒れて動かない息切れ起こしている浅間に声をかけてみた。呼吸に合わせて動くオパーイはエロいな。

 

「わ、分かりま、せんっ。そ、それより、回復するまで、待って、下さいっ」

 

 本当に苦しそうだな。今はバルフェットに扇がれて、向井に汗を拭かれてやがる。

 

「あ、あの、水を、浅間さ、ん…、息、切れ、切れててっ」

「おうおうおう、見りゃ分かるって。ほれ、向井これやるよ」

 

 向井にまロ茶を手渡す。まだまだ大量に残ってるからどんどん消費してくれ。

 

「あ、有難、う、井森さん。ところで、中身、は…、何?」

「ん? ただの茶だ。毒とか入れてないから安心しろ」

「今の発言だと、逆に不安になりますよ覚さん」

 

 バルフェットが突っ込んでくるけど、そんなもんかねぇ。

 

「取り敢えず、馬鹿共を肴にして飲むか。東とかもど「一体何の騒ぎだこれはあーーー!!」う――って、何だ?」

 

 割とすぐ近くで大声が響いてきたけど、誰だ一体―――って、あの目立つ格好はヨシナオの王様か。

 

「全くけしからん! 誰だこんなことを始めたのは!! 出てき賜え!!」

 

 うん。一応、この武蔵野王様だからな。言ってることは正論だな。――――――って、拙い!

 

「―――ひ、あ、あっ」

 

 王様のすぐ傍に向井がいやがる。目が見えない向井に突然の大声は無防備に殴られたのと変わらねぇから、

 

「―――? どうしたのかね。言いたいことがあるなら言ってみ賜え、さあ!」

「うわあーーーーーん!!」

 

 あぁ、やっぱり泣いたか。

 

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 鈴が泣いた。

 周囲にいる皆が引き、ヨシナオが慌てて声をかけるが、

 

「こ、こら君、い、一体―――」

「この、こ、この、おじ、ちゃん、き、嫌いーーー!!」

 

 すげえ鈴さん、超正論だ。と皆が頷いた。

 

「オイオイオイ王様、向井泣かすなよ。皆にも嫌われるぞ。―――更に」

「更に!? 待て、麻呂は嫌われてなんかいないぞ!! それより、君らはこんな騒ぎををしておいて―――」

「ひあーーーん!!」

 

 ヨシナオが覚の発言に声を張り上げると、鈴の鳴き声が更に響く。流石に皆も慌てて、だが、その中でも東が手を振り注目を集めると、

 

「ええと。誰かこういう時、どうすればいいのか―――」

 

 東の提案にハッサンが頷き、カレーが入った魔法瓶に懐から出した白い粉を入れシェイク。そしてそれを鈴のほうに向ける。

 

「さ、カレーを飲めば哀しい心も落ち着くネー」

「おあ、お前、今何入れたんさね!!」

 

 直政の問いかけにハッサンは無表情に頷くと、

 

「スパイスですネー」

「違うだろ! どう見ても薬だったさ今の!」

「違いますネー。カレーは多様なスパイスで出来てますネー。だからカレーに入るのはスパイスですネー。理論的ですネー」

「どこが理論的さね! ああもう、ちょっと貸しな、――――――フンッ」

「ん? どうし―――フガッ!?」

 

 直政がハッサンの魔法瓶を奪うと、覚の口に押し込み強引に飲ます。いつの間にか周囲の注目を集めている中、ぐびぐび、と喉が動き中身を全て飲み干すと、

 

「ん、ん、ん、っぷは! あー、ごちそうさん」

「井森…、大丈夫さね?」

 

 平気そうな覚の様子に、直政はアレ? と思ったが、死者を出さないように頑丈な馬鹿に飲ませたのが、そもそも失敗だったかと考え直した。

 

「急に突っ込むなよ。それよりフルブシ、これ――――――」

「―――、井森?」

 

 突然喋るのをやめ動かなくなる覚。

 そのまま暫く固まってると急に大きく震えだす。

 

「か、覚さん!?」

「ちょ、井森? こらっ、やっぱり薬だったさね!!」

 

 直政がハッサンに改めて詰め寄るが、

 

「大丈夫ですネー。井森さんはカレーのおいしさに感動して震えているだけですネー」

「そんなわけあるかい!!」

 

 ハッサンの表情は変わらず、覚の震えは段々と大きくなっていく。

 

「お前、こんな危ないモンを鈴に飲ませようとしたんさね! 他の馬鹿達と違って鈴「―――お」は―――、って、井森!?」

 

 覚の声が聞こえたのでそちらに振り向く。すると覚の震えは止まっていた。

 が、表情がいつもと違っていた。いつもは眠たそうな顔だったが、今は目を見開き口を横一文字に結んでいる。

 そして直立不動の姿勢をとると、

 

「―――オ〇レ兄さーーーーーーーーーーーーん!!」

「「「「「「「「誰それ!?」」」」」」」」

 

 訳の分からない発言をすると、そのまま前に倒れ込んだ。

 

「か、覚さんが死んだーーー!!」

「死者蘇生にもカレーは使えますネー」

「いや、勝手に殺すなよ」

「そうだな…、本当に死んでないよな?」

 

 混沌化の進む中でヨシナオが改めて声をあげるが、

 

「それより、君らはさっきから麻呂の話を―――」

「うわあーーーーん!!」

 

 と鈴の声が響き、しかし、次の瞬間。

 

「———」

 

 不意に鈴がその鳴き声を止めた。

 え? と誰もが視線を向ける中、鈴が開いていた口を穏やかに閉じた。

 代わりというように、彼女は顔を前に向け、両の耳に手をあてる。そして、

 

「え……?」

 

 皆が思っている疑問視を彼女も作った。

 鈴は頬の涙を拭いもせずに、左右に耳を傾けた。ややあってから、

 

「―――あ、あっち」

 

 と三河のほうを見た。

 現在、武蔵が停泊している場所からは山渓しか見えず、夜の明かりの無い状況もあって黒い塊しか視界には入ってこない。

 山さえなければ三河の町の明かりが見えただろうが、町の光など無い闇だけがそこにあった。

 だが、不意にその闇が壊れた。

 発火の光、炎だ。

 山渓の、峰の上に、(ほのお)の形が生まれた。

 

「あれ……」

 

 鈴が言うと同時に、遠雷に似た音が聞こえた。

 

「爆発じゃないかね」

 

 直政が、聞こえた音からつぶやいた。

 応じるように、校舎の窓から顔を出していたネシンバラが、

 

「あのあたり……、三河を監視する聖連の番屋の内、一番高いのがある筈だよ。何だろう、事故かな。火災とかの」

 

 遠くに見える炎が大きくなるにつれ、どうした、とか、何だ、とか、皆の間から小さな声が生まれ始める。

 

「おーし、続きは今度だ!!」

 

 校舎にいただろうトーリが終わりを告げながら昇降口から歩いてくる。

 その言葉に皆は頷き、立ち上がり、歩き出し、動き出す。

 周りにいた観客等も去っていく中、訓練用の騎槍を抱きながらアデーレが、

 

「何なんですかね、あの炎」

 

 と、皆の疑問を口にする。

 

「三河の商工会と連絡がとれん。自動人形が居ない筈無いんだが」

「今見ていても、三河の方、灯りが増えないの。―――町が動いてないのかな。それと…」

 

 校舎から出てきたシロジロとハイディが今確認が出来ている事を伝え、

 

「覚さんもそろそろ起こしたほうが良いんじゃないかな」

 

 今も倒れている大男を見て言った。

 

「確かにな。タダ働きする人間は多いほうが良い」

「けど、これって起きますかね?」

「誰でもいいから早く起こせ。――――――これから少し、忙しくなる」


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