艦隊これくしょん―AD2022開戦シナリオ―
序章の終末
目の前で、銃口が鈍く光った。
「……おいおい、
銃口というのは便利なものだ。それを向けるだけで敵対意志の表明となるし、仮に薬室に弾丸一つ収まっていないとしてもコケ脅しにはなる。
しかし今の『彼女』にはそんなものなんの意味もない。初速も大したことがなく、直ぐに減速してしまう9mm弾が『彼女』に通用するとでも? 先ほど蹴り飛ばした人間が構えていた小銃が放つ7.62mm弾の方がよほど脅威になる。
――――それにしたって、まさか旧式の24式小銃が使われているとは。
24式小銃というのは1964年制式採用、7.62mm
……いや、違うか。
それほどに物資が不足しているのだ。
旧式兵器でもなんでも、とにかく使えるならば戦線に投入する。それほどに追い詰められているのだ。
そんなことを頭の片隅で考えるほど『彼女』には余裕があった。周囲にはまだ数人とはいえ人影が見える。しかし余裕だ。それぞれが構えている武器は確認したし、いずれも『彼女』に致命傷を与えうるものではない。
そしてなにより、状況から彼らに引き金を引くことは叶わないだろう。
『彼女』は今、彼らの上司の目の前に立っているのだから。それこそ、ちょっと跳躍すれば喉を掻き切ることができるぐらいに。
「ふざける?」
だから『彼女』は、余裕ぶっておどけた様子。
「ふざけたつもりなんてこれっぽっちもないわよ?」
首を傾げてみせる。それに反応した目の前の銃口、ほんの僅かに揺れる。
「ならもう一度言ってみろ、さもなければ……」
目の前の男。海軍の佐官服を教科書通りに身につけている彼は、腹の底からひねり出すように脅し文句を並べる。彼だって、自身の武器では『彼女』に傷ひとつ負わせられないことぐらいは知っているだろうに。
しかしそれでも彼は『彼女』に銃口を突きつける。突きつけねばならないのだ。
「さもなければ、なに? 私の脳天をぶち抜くの?」
だから余計に『彼女』は嗤う。何故か?
「あぁ……そうだとも」
「久々の再会じゃない? もっと友好的にやりましょうよ?」
人に話を聴かせるなら、対等な関係が最も理想的だ。だがしかし、それは互いのプライドを尊重するという意味でもある。対等な対話は、妥協点を探る対話。これでは純粋に話を聴いてもらうことは出来ない。
だからこそ、徹底的にそのプライドを砕く。もはやヒトと異なる段階に達している『彼女』にとって、それは余りにも簡単、かつ単純なことであった。仮に相手が軍人、それも百戦錬磨の自衛軍が相手だとしてもだ。
そして、その「作業」は既に終わっていた。周りには何人もの人間が倒れており、少なくとも一、二個分隊は無力化したはずだ。
そして目の前の彼が、この期に及んで抵抗を試みるほど愚かでないのも知っている。
だから『彼女』はもう一度、そしてより一層笑みを深めるのだ。
――――どうして、こうなったのだろう。
米軍の、さもなくば東側の新兵器? 宇宙人の侵略? 人類に変わる新たな種の出現?
いやそんなことはどうでもいい。考えるだけ無駄だ。大事なのは事実だ。
領海は消え、国土は燃えた。領空すら犯され、そして国民は消え去った。国が滅びたのだ。いくつも滅びた。
今回の敵は、海だ。
海が人類に牙を剥いたのだ。
人類には選択肢があった。小銃、大砲、航空機。正規軍、傭兵、民兵。対抗策は山ほど在る。奴らには触れられる、鉛玉を撃ち込めば痛がるかのように鳴き声をあげる。殺すことは可能だ。各々の国家が、その誇りと生存権を賭けて、死地へと兵士を送り出した。
だが、勝てない。
無意味に長い言い回しも、神だの審判だの原罪など、そんな超現実的な言葉にはなんの意味はない。とにかく海が敵に回って、そして人類は連敗し続けている。
「友好的? 私の部下を何人も張り倒し、それでも友好を口にすると?」
目の前の佐官が口を開く。よほど異常な精神状態なのだろう。口角は吊り上がり、目は見開かれている。
「もちろん。だって私たちは、同じ祖国を持っているでしょう?」
信じられない話だが『彼女』にだって祖国がある。
だから『彼女』は今日もここにいるのだ。
祖国であるこの国を護る為。ただそれだけの為に、今日までひとりぼっちで戦ってきたのだ。
戦争。それは外交の一手段。
交易権。領土やそこに含まれる資源。主義主張。様々なモノのために戦争は起こる。互いのプライドを砕き、此方の言い分を飲ませるために。
今回も戦争だ。種としての戦争だ。人類の主張する「人類の生存権」を巡る戦争だ。
これは『彼女』の歩んできた……ひとりぼっちのせんそう。
今その一年と数ヶ月のたたかいが、一つの流れを生み出そうとしている。
余りに長く、そして余りに多くの血が流れた
――――どうして、こうなったのだろう。
『彼女』は次の言葉を放つタイミングを伺いつつ、意識を過去の記憶へと飛ばす。
まだ艦娘なんて愛称も、その存在すら認知されていなかった頃へ、と。