ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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3/7:追記
第八話「王国の場合」の末尾に1700文字程度、エ・ランテルのシーンを追加しました。
既に読んでくださっていた方にはご迷惑をお掛けして申し訳ございません。


第八話:探索その2

 両親を亡くしたエンリとネムの生活は悪い意味でも良い意味でも変わってしまった。

 

 カルネ村での生活は街とは違い、基本的に自給自足で成り立っている。朝の水汲みから始まり、日が出ている間は畑仕事に勤しみ、合間に炊事や洗濯に裁縫とやるべきことは多い。

 姉妹も幼い時から家族の仕事を手伝ってきてはいた。だが、両親のいない今となっては身の回りのことが精一杯で、自分の家の畑を維持していくのも厳しいのが実情だ。本来であれば村人の手助けがあるはずなのだが、働き手が減った現状では、どこも自分の畑で手一杯である。

 そこに手を差し伸べてくれたのは、村の救世主であるペロロンチーノだった。とはいえ彼自身が畑仕事に精を出しているわけではない。

 

「んーまさか、こういう使い方が出来るとは。自由度高過ぎぃ……」

 

 視線の先には広大な畑が映る。植えられた青い麦の穂先は、まだ未熟ながらも実りの膨らみを感じさせている。

 その畑の一角に一瞬たりとも同じ形を維持しない、(うごめ)く黒い靄がかかっていた。

 その正体は大量の椋鳥(ムクドリ)の群れだ。だが決して、麦の穂を啄んでいるわけではない。

 これはペロロンチーノの種族的特殊能力《眷属招来》で呼び出せるモンスターのひとつ機雷椋鳥の群れ(スターリン・マインスウォーム)。ユグドラシルであれば、敵の接近時に視界を遮る煙幕として、同時にそれ自体が触発性の爆弾の役割を果たす、緊急離脱に最適なモンスター。それ以上でもそれ以下でもないモンスターだったのだが。

 ペロロンチーノは呼び出した椋鳥の群れとの間に感じる奇妙なつながりを通じて、害虫の駆除や雑草を毟らせている。この調子なら半日もしない内に村の全ての畑の手入れが終わるだろう。

 

 このように、村人達に手を貸したのはこれが初めての事ではない。タダ飯にあずかるだけでは居心地が悪いと感じたペロロンチーノはこの数日間、森で獣を狩ってきたり、倒壊した家屋の瓦礫を撤去したりと、村の復興にも尽力していた。まぁ後者については姉妹の好感度アップを目的としたものに過ぎず、ただのついでだった訳だが。

 兎も角、そんなペロロンチーノの姿を見てきた村人達との距離感は一気に縮まり、今では気さくに挨拶を交わされる仲にまで発展したのだった。

 

 太陽が天辺に登る頃、遠くから元気な声と共に走り寄ってくる二人の姿があった。

 

「ペロロンさまーっ!」

「やあ、ふたりとも。もうお昼時か」

「はい、ペロロン様。えへへ、頂いたお肉を使ってみました」

 

 エンリが掲げてみせたバスケットには、薄くスライスされた肉が黒パンに挟まれ、香ばしい匂いを立てている。ちなみに略して呼ばれているのは、初めにネムが言い出したことで、ふたりとも親しみを込めてそう呼んでくれている。断じて、強要しているわけではない。

 

「わーっ! もうこんなに終わったんですか? 何から何まで、ありがとうございます」

「いや、俺もこうして美味い飯にありつけているんだから、お互い様だよ」

「……もぅ。ペロロン様はお優しいです」

 

 うん。守りたい、この笑顔。

 寸秒、惚けていたところに横から胴鎧を引っ張られる。

 

「ねぇ、ねぇ! アレやってーペロロンさまっ」

 

 ネムの言うアレとは──

 昨日のことだ。「わたしもお空を飛んでみたい!」とか言うものだから、腕に抱えて村の上空を一緒に飛んでやったのだ。怖がらせてしまわないかと危惧したものの、「きゃーっ! 凄いっ! すごーいっ!」と、その時のネムのはしゃぎようは、ペロロンチーノを心の底まで幸せな気分にさせてくれた。つい調子に乗って飛び回り、見上げるエンリにかなり心配をさせたのは記憶に新しい。

 そういえば、猪を狩ってきた時もそうだった。ネムに褒められると俄然やる気が出てしまい、前よりも大きい獲物を、とついつい狩りすぎてしまったものだ。

 

「よし、じゃあ飯を食ったらな」

「わーいっ!」

「ぁ、あの、私も……」

 

 小声だろうが聞き逃すはずがない。ペロロンチーノは大きく頷き、ふたりの希望を叶えてやったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな日常が戻りつつあるカルネ村に馴染みつつあるペロロンチーノ。だが、彼とて呑気に村人生活を楽しんでいるだけではなかった。

 

 この数日間、トブの大森林に続き、近隣の地理や情勢を掴むべく、リ・エスティーゼ王国方面とバハルス帝国方面に遠征を繰り返していた。

 上空から見渡した感じ、帝国側は街道がしっかり整備されており、街は活気に溢れ、印象としては豊かさを感じさせた。対して王国側は衛兵の装備や士気が低く、荒れた街道沿いでは盗賊が馬車を襲うところも見かけることがあり、帝国と比較をしてしまえば、国力の低さが窺えた。

 やはりカルネ村を襲ったのが無法者の盗賊ならまだしも、正規の帝国騎士というのは考えにくい。となると、第三国のスレイン法国がきな臭く感じる。

 

 そして今、ペロロンチーノはスレイン法国の神都と思われる大都市の上空に到達した。

 別にカルネ村で死んだ人達の仇を取ろうとかそういうわけではない。単純に今まで通り近隣の状況を把握するための一環にすぎない。

 

 眼下には白を基調とした神殿か聖堂のような宗教建築物がいくつか目に入る。周りにはその荘厳なイメージを崩さない、これまた白い建物が連なっている。個々の大きさからして住居のようだ。

 街の中に神殿が造られたというよりも、まず先に神殿があり、その周りに街が形成されていったという印象を抱かせる。ひとつの観念に基づいている宗教国家たる所以なのだろうか、ほとんどが白一色で統一された街並みは圧巻であった。まあ、みずっち以外に信仰の対象もなかったペロロンチーノにとってマジものの宗教のことなんて全くサッパリ分からない訳だが。

 

 遥か上空を大きく旋回しながら観察を続けると、一際大きな神殿が物々しい賑わいを見せていた。豪奢な馬車から降り立った人物は立派な司教冠と祭服を身に包み、似たような格好の数人を引き連れて中へと消えていく。同じような光景が3度続いた後、門がしっかりと閉じられた。この建物の中でお偉いさん達の集会が今にも始まるという雰囲気だ。

 秘密の会談、内緒話──と、なれば聞き耳を立てたくなるのが人の性。もはや人間じゃないけどね、と内心でツッコミを入れつつ、24時間に1度の制限がある不可知化特殊技術(スキル) 《顔の無い王(ノーフェイス・メイキング)》を使用してペロロンチーノは神殿の屋上にそっと降り立った。

 

 どこから屋内に侵入しようかと模索していると、どこか懐かしさを感じさせる音が聞こえて来る。

 

──かちゃかちゃ

 

 硬質な軽い音だ。

 

「覗きとは関心しないなぁ、鳥のお兄さん?」

「──えっ」

 

 突如声が掛かる。前にもこんなことがあったような感覚に見舞われるが、あの時とは明らかに異なる圧力が既視感を塗り潰す。

 咄嗟に振り向いたペロロンチーノの目の前に迫るのは白と黒。恐ろしいまでの勢いで踏み込まれた脚は屋上の床に亀裂を作ると、それを軸に回転し、横から棒状のものが遅れて襲いかかってきた。

 

「ぐがッ!!」

 

 顔の前で防いだ両腕に骨まで響く痛みが走る。今までの人生でも感じたことのない激痛に視界が閃輝暗点(せんきあんてん)するのと同時に少し遅れて吐き気が続く。

 

「あっれ、おっかしいなー。真っ二つにするつもりで振ったのに」

 

 あっけらかんとした声が届く。

 衝撃で不可知化が解除され、後方に飛ばされたペロロンチーノの先に立っていたのは、幼い一人の少女。奇怪なことに長く伸ばされた髪は左右で違う。片側が目の覚めるような白銀であるならば、もう片側はすべてを飲み込むような漆黒。同じように瞳の色もそれぞれ違っている。

 少女は十字槍にもよく似た戦鎌(ウォーサイズ)を素振りをするように軽々しく振り回すと、その動作に問題がなかったことを確かめる。

 

 冗談じゃない。ズキズキと鈍い痛みが残る両腕からは赤い血が滲む。どうやら骨は折れていないらしく、指先は痺れながらも問題なく動く。

 いつものペロロンチーノなら、お近づきになりたいと思えるような神秘的な美少女。

 しかし、その容姿はこの世界で今まで見てきた人間たちと比べて明らかな異彩を放ち、強大な力をその小さな体に無理やりねじ込んだような違和感が付き纏う。

 そんな()()()()ようなちぐはぐな存在に心当たりがある。

 それはユグドラシル時代のキャラクター。

 ペロロンチーノと同じプレイヤー……と、なると中身まで少女とも限らない可能性がある。

 

「やってくれるじゃねえか。俺はアイン……いや、ペロロンチーノ。流石にいきなり斬りつけられる覚えは無いんだが?」

 

 『アインズ・ウール・ゴウンのペロロンチーノ』、そう言おうとして止めた。PK上等、資源の独占やチート疑惑のDQN集団……と認知されていたから、というのもまあ、ある。

 だが何より、ユグドラシルを引退しギルドを脱退した自分に、その誉れ高き名を語る資格はあるのだろうか。

 

「うん? とぼけてるのかな? まぁ、いいわ。見定めさせて貰おうかしら」

 

 少女に似つかわしくない、血に塗れたような笑顔を浮かべる。どうやら名乗り返す気は無いらしい。

 ペロロンチーノが次に口を開こうとした矢先、少女の姿が掻き消える──いや、強化された動体視力はなんとか捉えていた。ユグドラシルではあり得ない加速をした影を。

 一瞬の内に間合いを詰めた影は下段から戦鎌を斬り上げる。

 

「ちょ、ちょっと待て! 話を──」

 

 後方に飛び退き間合いを離そうとするが、それを少女は許さない。重心を崩すこと無く、振り上げた戦鎌の軌道を変え、縦横無尽な剣撃を繰り出す。

 

「──ッ! 《眷属招来》機雷椋鳥の群れ(スターリン・マインスウォーム)!」

 

 ペロロンチーノと少女の間に幾つもの黒い鳥が生み出され二人の視線を遮り──次の瞬間には爆発が巻き起こった。

 爆風による揚力を得たペロロンチーノはそのまま上空へと退避する。

 ここでようやく、プレイヤーを相手にするには心許ない弓を空間から取り出すことに成功した。

 

 さて、どうしたものか。相手がプレイヤーなら、今ので効果的なダメージは見込めない。

 少女の手にした武器、身のこなしから前衛攻撃を突き詰めたアタッカーなのは間違いないだろう。盾となる前衛がいないペロロンチーノにとって、この距離での戦闘は不利でしかない。

 ふと、同じ後衛職であり、友人であり、仲間であり、そしてギルド長だった男のことを思い出す。

 

(いつも謙遜していたけど、状況に応じた判断はいつだって正確だったよな……モモンガさんならどうする……)

 

 程なくして黒い爆煙は実際の火薬での爆発と異なり、嘘のように掻き消えていく。

 しかし、少女の姿は見当たらない。

 僅かな狼狽の後、ペロロンチーノの優れた聴覚が自身の更に上空から迫る何かを捕えた。

 硬質なものが空気を切り裂く音に、衣服のはためく音。

 

 太陽を背にした死角からの奇襲だ。しかし、予めわかってしまえば怖くはない。ギリギリまで気付かない素振りをして、躱しざまにさっきのお礼をくれてやろう。誰だったかな、『言うことを聞かせるために一発殴るのは悪く無い』と言っていたのは。

 比較的抵抗(レジスト)され難い《束縛の矢(レストレント・アロー)》を手に握りしめる。

 みるみると近づいてくる相手の気配。自然落下とは思えない速さだ。〈飛行(フライ)〉で加速している?

 であれば、躱した後も空中で切り返して攻撃してくる可能性はある。だが〈飛行(フライ)〉とて、この勢いを瞬時に殺しきる制動力はないはずだ。

 背後は貰ったも同然。

 ペロロンチーノは勝利の筋書きに光が見えたことでほくそ笑む。

 

 カウント……3……2……1……

 異常なまでに冴え渡った感覚は完璧なタイミングで振りかぶった少女を躱す。

 二人の視線が交差する。

 狩る者と狩られる者が逆転した瞬間──に、思えた。

 

 しかし、空中で戦鎌を振った勢いで180°くるりと回った少女はそのまま宙を()()()

 

 

 

 

 

 神都の上空を2つの影が飛び回る。

 ひとつは激しい曲線を描く軌跡を残し、それを追うもうひとつはジグザグな折れ線を大空に刻む。

 ユグドラシル時代よりも圧倒的な飛行速度、旋回能力を得たペロロンチーノはまさに自分が空の王者になった気分でいた。だが、実際はどうだろう。思うように引き離せないでいる追跡者に苛立ちを募らせる。

 

「糞っ! 忍者系にしても限度があんだろ!」

 

 確かに空中に足場を作る魔法や特殊技術(スキル)はいくつか存在するが、ここまで連続使用出来るものをペロロンチーノは知らない。ペロロンチーノ自身がこの世界で経験したように、ユグドラシルとは違った効果を発現しているもののひとつかもしれない。

 

「ねえ! 逃げてばかり? 鬼ごっこもいいけど、逃げてばっかじゃ死んじゃうわよ?」

 

 背筋も凍るような禍々しい殺気が背中に突きつけられ、ペロロンチーノは慌てて背後を窺う。

 

(──あの構えは? まさか《次元断切(ワールドブレイク)》!?)

 

 《次元断切(ワールドブレイク)》──アインズ・ウール・ゴウン最強の聖騎士たっち・みーが使用した、戦士系職業ワールドチャンピオンの超弩級最終特殊技術(スキル)。その構え、その気迫、そして少女との距離10mという間合いは、最悪の答えを連想させた。

 

「──チッ! 囮鳥(デコイ)! 《矢守の型》! 《三本の護盾矢》!!」

 

 キラキラと輝く粒が無数に噴出されるのと同時に、ペロロンチーノの周りに3つの半透明な盾が展開される。

 もし次元断切であれば非常に不味い。なぜならば、全力で防御したところでそれを突破し即死級ダメージを与える火力があるからだ。

 

 同じタイミングで大きく振り下ろされた戦鎌は、剣先をなぞったような三日月型の衝撃刃を作り出し、空間を切り裂いた。

 

 ──バキィイン

 

 舞い上がった光の粒が白い霧のように飛散する。

 硬質なものにぶつかり破壊される音が響く。

 

 命中。手応えを感じ取った少女は満足気に口角を釣り上げた。

 しかし、残念かな。悲鳴が、もがき苦しむ嗚咽が聞こえてこない。さっきまではあんなに苦痛に耐える良い声を聞かせてくれていたのに。

 でも無理もない、と少女は思った。さっき放ったのは空間をも切り裂く一撃必殺の武技。今までだって即死以外の結末はあり得なかったのだから。

 少女の笑顔から狂気が抜け落ち、ただの聖女じみた物寂しい表情に戻る。

 久々に倒し甲斐のある奴だった。でもそれだけだ。

 

「あーあ。早く敗北を知りたい……」

 

 自嘲気味に呟いたところで、ふと地上が騒がしいことに気付く。「そうだった」と、少女は思い出す。自分は人の目に触れられてはならない番人だったことを。早く戻った方が良い。それから報告と……あの神官長がどんな顔をするかと思うとうんざりするが、話に聞いたバードマンらしき相手を倒したのだから十分帳消しにできるだろう。

 

「……盾2枚。〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉程度だな」

 

 ハッと顔を上げる。太陽の光を反射して輝く薄い霧の中、その男は宙で静止していた。しかも、大怪我を負っている様子もない。どういうことかわからない。

 いや、それよりなぜ今まで気付かなかったのだろう。確か不可視化の能力は使えるようだが、看破出来たはずなのに。

 

「今度はこっちの番だな? ただ逃げ回っていただけだと思うなよ。お望み通り敗北を教えてやる。咲き散らせ──《弓士の証明(アーチャー・プルーフ)》」

 

 背後から1本。矢が突如として現れ、自分の身に迫るのを知覚する。

 何かの魔法だろうか……構わない。このまま距離を詰めて術者をぶった切るまでだ。

 さらに2本。今度は上方と下方から。

 次々と現れる新たな矢を無視できず、無意識に知覚が外へ外へと引っ張られていく。

 10本……いや、30……50……多過ぎる。そして数えるのを止めた。

 

 届かない。一瞬、足が止まったのが不味かった。

 いや、そうじゃない。それ以前に相手の策に気づかなかった時点で詰んでいたのか。

 不思議と笑みが溢れる。

 ──焼き付けといてやろうじゃないか。この私を倒した男の姿を。

 

 この日スレイン法国の神都で大きな花火が空に咲いた。




12/21
色々と微修正
話の大筋に変更はありません

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