ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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第七話:王国の場合

 リ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼ。古き都という言葉がよく似合う、総人口900万とも言われる国の大都市だ。

 古き良きという意味では、歴史ある落ち着いた佇まいを思わせる景観。それは、骨董品のような深みのある味わいを呈しているとも言えよう。

 逆に悪い意味では、繁栄のピークは既に過ぎ去ってゆっくりと衰退を辿る、そんな落ち目を迎えた街並みとも言えるかもしれない。その証拠に細い路地に入れば、たちまち空気の淀んだスラム街へと行き着くのだから。

 

 このような王都であるからこそ、石畳で舗装された大通りの横手に佇む綺羅びやかな宿は一層に人の目を引いた。外門の左右には屈強な警備兵を配置し、その奥には広大な敷地を贅沢に使った建造物が窺える。その窓には透き通ったガラスがはめ込まれており、素晴らしい外観から内装の美しさも容易に連想することが出来る。宿泊施設の他には馬小屋や、顧客のほとんどが冒険者ということもあり、剣を振るうに十分な広さの庭も備えられている。まさに最上級の宿屋だ。

 そんな宿屋の一階部分は広い酒場兼食堂となっており、お昼時だというのにその広さからすると少なすぎる数の冒険者しか居なかった。それは決して、この宿が繁盛していないという訳ではない。単純に、腕に自信があり高額の滞在費を支払える、ごく一部の冒険者しか利用できないという敷居の高さを表している。

 

 店内の一番奥には、ひときわ異彩を放つ集団がいた。この場に、いや、この王都に知らぬものは居ないだろう。王国に2つしか無いアダマンタイト級冒険者チームがそのひとつ、女性のみで結成された“蒼の薔薇”の面々だ。

 丸テーブルに腰掛ける人影は4つ。その内の一人は巨石とも例えられるほどの大柄な体格で、他の3人をすっぽりと隠しても余りあるほどだ。ただ大きいだけではなく、全身の筋肉は見事に鍛え上げられており、一部でも柔らかさそうな部分がない。そんな男より漢らしい女性──ガガーランが話を持ち出す。

 

「なぁ、聞いたか? リ・ロベルのおばけの噂」

「ああ。ガガーランにしては耳が早いじゃないか。夜の海から上がってきたという話もあるな」

 

 答えた声音(こわね)は不可思議なものだった。若いのか年寄りなのか、感情も掴み取れず、かろうじて女性だと判断出来る程度のもの。異様な仮面と漆黒のローブで全身をすっぽりと覆った、ガガーランとは対象的に小柄な人物──名はイビルアイ。

 

「ん。初耳」

「同じく。怪談の類?」

 

 土色の外套(クローク)を纏っているが、その内側は体にぴったりとフィットした黒装束が覗いている。鏡に映したような容姿の二人の女性──ティアとティナが揃って首を傾けた。

 

「ははっ! 頭脳派ガガーラン様の情報網を甘く見てもらっては困るねぇ」

 

 得意気に大胸筋を反らせるガガーラン。隣からは「む。脳筋のくせに」「どうせ盗み聞き」とか聞こえて来る。ガガーランに代わり、イビルアイが人差し指を一本立てながら話を引き継ぐ。

 

「私も今朝方冒険者組合で仕入れた情報なんだが、数日前からリ・ロベル近郊で夜間に謎の人影が徘徊する事案があってな。……まあそこまでは組合が扱うような話でもないんだが、どうもそいつが(ねぐら)にしている洞窟に入った冒険者が立て続けに戻って来ないらしいのだ」

「……その冒険者のプレートが気になる」

「うむ。はじめは鉄級(アイアン)、次が金級(ゴールド)。リ・ロベルの組合では早急にミスリル級冒険者で捜索チームを派遣するそうだ」

「でよぉ、その海から上がってきたってのはなんなんだ? マーマンとかか?」

「自分で言っておいてなんだが、そいつが通った後に残された痕跡を見た者の憶測にすぎん。直接姿を見たものはまだ居ないのだからな……」

 

 大都市リ・ロベル。王都リ・エスティーゼより南西の海岸沿いに位置する、漁業や聖王国との貿易で発展した街だ。海は広大で底が知れず、未知そのものである。近郊の海にはシー・リザードマンやマーマンの生息域が確認されている他、水生モンスターも数多く生息している。これらが人間の領域を脅かすことは珍しいことではない。

 イビルアイは最後に「まあ、私達まで話が回ってくることはまず無いだろうが警戒しておいても損はないだろう」と締めくくった。

 

 そこにひとりの女性が、入り口から店の奥のテーブルに向かって一直線に歩いてくる。

 

「みんなー! お待たせー」

「お疲れ、ボス」

「よぉ、リーダー! 早かったじゃねえか。王女様との茶飲み話はもういいのか?」

 

 ボスともリーダーとも呼ばれた、生命の輝きを象徴したような美しい女性──ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは“蒼の薔薇”のリーダーであると共に、その名が示す通り王国貴族アルベイン家の令嬢でもある。

 昼過ぎから“蒼の薔薇”のミーティングを行うため、このいつもの場所に全員が集合した形だ。

 

「ええ。早急に調査しないといけないことが出来たの」

「まさか、リ・ロベルの件か?」

 

 テーブルに座る皆の視線が一斉にラキュースの顔に向けられる。

 だが、当の本人はきょとんとした表情を浮かばせていた。

 

「向かうのはエ・ランテル近郊の村よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾多もの巨大な塔が防衛網を形成し、城壁によって広大な土地を囲んでいるロ・レンテ城。その一画に王族の住まう場所──気品に満ちたヴァランシア宮殿がある。

 

 その一室に置かれたテーブルの上には淹れられたばかりの紅茶が湯気を立てている。これを挟んで座る二人の淑女の姿があった。

 一人は招かれた客人──貴族として相応しい麗しいドレスを身に纏った“蒼の薔薇”のリーダーのラキュース。

 そしてもう一人はこの部屋の主であり、リ・エスティーゼ王国第三王女。艶やかな金の髪と深みのある青の瞳に象徴される美貌、奴隷廃止や冒険者組合の改革など画期的なアイデアで、“黄金”の二つ名を持つ女性──ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフである。

 

「ごめんなさいね、ラキュース。急に呼び立ててしまって」

「気にしないで、ラナー。ま、それにいつものことじゃない」

 

 皮肉で答えるラキュースの言葉に非難の意味はもちろん無い。「それもそうね」とラナーも返し、笑顔をたたえる。

 

「それで、今回は“蒼の薔薇”としての用件よね? 聞かせてもらえるかしら」

「そうね。では早速だけど……王国戦士長様が帝国との国境付近で任務に当たっていたのは知ってる?」

「確か、帝国の騎士が村を次々に襲っていたという話よね。でも、無事に件の騎士達を倒して帰還したと聞いたわよ? なぜ生け捕りにしなかったのかって貴族達が騒いでいたようだけど」

「そう。表向きはね」

「……どういうこと?」

 

 ラキュースは訝しげな顔をして、手に持ったままだったティーカップを皿に戻した。対してラナーは一口含み、唇を湿らせ話を続ける。

 

「暴れる騎士達を倒したのは、実は戦士長様ではないの」

「でも、それって……にわかに信じられない話ね。あの戦士長様なら他人の功を自身の手柄にはしないと思うけど。武功を上げた本人に報酬を進言してもおかしくないのに……なにか言えない理由がある?」

 

 ラナーはひとつ頷き、二人しか居ない室内だというのに声のトーンを少し下げた。

 

「相手が人間であれば、そうしたでしょうね。騎士を倒し村を救ったのは、たった一体の異形の者……バードマンというのは知ってるかしら?」

「バードマン……ええ、知識だけは。確かに公に出来ないわね。どこまでの人がこの話を知っているの?」

「戦士長様とその部下の方達を除けば、私とお父様。そしてラキュース、貴方だけよ」

 

 後日行われる宮廷会議の正式な場でも真相は明かさず、秘匿にしておくという。それは愚かな貴族達が何を言い出すかは火を見るよりも明らかだからだ。

 

「村人を救った善良なバードマン……ね。無傷で帰還したってことは村人から話を聞いて? それとも直接話をする機会があったのかしら?」

「後者よ」

 

 答えたラナーの顔は今だ固い。ラキュースは不思議に思う。親友のラナーは人間以外の種族に対して排他的な考えの持ち主だっただろうか。

 

「だったら、国としてお礼が出来ないのは残念だけど……人間とも仲良く共存できる種族はいるわ。別段問題があるようには思えないけど……」

「……もしそのバードマンが、第5位階の魔法を使えるとしたら?」

「……冗談よね?」

 

 頬を引きつらせるラキュース。対してラナーは頭を振り、戦士長が見た話を伝える。

 

「戦士長の話を元に調べてもらった結果、第5位階魔法〈焼夷(ナパーム)〉によく似た魔法を使ったそうよ。私にはどのぐらい凄いのかよくわからないけど、戦士長様も、例え完全武装だったとしても勝てる気がしないと振り返っていたわ」

 

 ラキュースも同じ第5位階の魔法の一部を使えること、また数多の戦闘をこなしてきたアダマンタイト級冒険者としての経験から、そのバードマンの脅威を知る。それに……愚かでなければ牽制に切り札を出したとはとても考えられない。イビルアイと同等、もしくはそれ以上を想定するべきか。

 

「伝説や英雄譚(サーガ)に出てきてもおかしくない化け物ね……それを私達にどうしろというのかしら」

「そんなに怖い顔をしないで、ラキュース。まずは現地での詳しい情報の収集。旅をしている様子でもあったから、まだ留まっている可能性は低いけど……。目的と動向の一端でも掴んできて欲しいの」

「もしまだその村に滞在していた場合はどうするの?」

「友好的な関係の構築よ。何よりもスレイン法国より先に接触してもらいたいところね」

「法国? ……確かに。彼らなら問答無用で敵対するでしょうね」

 

 以前に法国の特殊工作部隊のひとつ“陽光聖典”が、罪なき亜人種の集落を襲撃するのを阻止したことがある。人間至上主義の法国が攻撃を仕掛けた場合、対話の糸口が絶たれてしまうだろう。それだけでなく人類全体が敵と見なされ、王国にまで飛び火しては最悪だ。

 

「それじゃあ善は急げね。皆を集めて出発するわ」

「ごめんなさい、ラキュース。いつも危険な役目を押し付けて……」

「水臭いこと言わないの。私達の仲じゃない! それに人類のためにも、他人には任せてられないわ!」

 

 

 

 

 

 部屋に一人となったラナーは、(ぬる)くなった紅茶を飲み干すと窓の外を眺めた。まだ昼前の太陽に明るく照らされた中庭には短く綺麗に刈り込まれた芝や、美しい彫刻のように剪定された植木が目に入る。ヴァランシア宮殿に相応しい見事な庭園と言えよう。

 しかしそれも外見だけ。今の王国の惨状を本当に理解している者から見ればさぞ滑稽だろう。貴族社会においては、力を示すために見栄を張ることも必要ではあるのだが。

 

「ほんと、くだらない……」

 

 大きな溜息が漏れる。

 

「けど……」

 

 ラナーは嗤う。

 

 そもそもガゼフが無事に帰ってくる可能性は限りなくゼロだと考えていた。

 権力闘争に明け暮れる大貴族派閥による罠──いや、その派閥争いを利用したスレイン法国による王国弱体化を狙った偽装工作。聡明な彼女は全てを看破していたところで、それを止める手立てはなかった。

 そう、ガゼフの死は必然だったはずだ。

 しかし、ガゼフは部隊に一切の損失もなく王都まで無事帰還した。何も無いわけがない。その知らせを聞いたラナーは悟った──必然を覆すだけの『何か』があったのだと。

 

 ラナーは求めていた。

 この国の未来は暗く、また自分の望む未来も遠い。

 故に求めていた。

 現状を打開せし得る可能性を。どんなものでも構わない。利用できるものは全て利用するだけ。

 求め続けていた。

 ──愛する犬を飼い続ける未来のために。例え王国がどうなろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『蒼の薔薇』一行が王都からエ・ペスペルを経て、城塞都市エ・ランテルに到着したその日の夕暮れ。

 ここはエ・ランテルのポーションなど、薬品を多く扱う区画にある最も大きな店。と言うよりも工房そのものな外見の『バレアレ薬品店』。

 

「ニュクリが6にアジーナが8……ングナクが4……と」

 

 この日も一日の業務が終わり、店先のプレートは閉店を意味するものに切り替えてある。ここで働くのはンフィーレア・バレアレ。男にしては長い金髪は顔の半分を隠してしまっているが、そこから覗かせる目には力強いものを感じさせる。彼が何をしているのかというと、ポーション生成の原料となる薬草の在庫確認だ。

 

「どうだい、ンフィーレア」

「今月分は持つと思うけど、そろそろ仕入れにいった方がいいと思うよ、おばあちゃん」

 

 リイジー・バレアレは孫の返事に満足気に頷く。ポーション作りの技術はもちろんのこと、取引先との付き合いや勘定、在庫管理を完璧にこなしている。この様子なら自分が引退しても店を守っていけるだろう。とは言え、生涯現役のつもりではあるが。

 

「そうかい。それじゃあ、私は薬師の会合に顔を出してくるよ」

「うん。いってらっしゃい」

 

 薬草置き場で一通りの確認を終え、工房の奥へと戻るンフィーレア。新しいポーション開発の研究に余念がないバレアレ家は、店を閉めた後も工房に篭もることが多い。

 

「……少し早いけど、カルネ村まで採取しに行こうかな」

 

 手を止めて天井を仰ぎ見る。

 カルネ村近くの森は比較的安全で、良質な薬草が手に入る。そして何より、思いを寄せるエンリ・エモットに会いに行ける。あの娘のことを思うと自然と頬も緩む。

 今度会ったら何を話そうか……そんな物思いに耽っていると、店の表からコンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。

 既に日は落ち、辺りは暗くなっているが、急な入用でポーションを求めて来る人も決して珍しくない。なんといっても自他ともに認めるエ・ランテルで一番のポーションを売る『バレアレ薬品店』なのだから。

 扉の窓ガラス越しには人影が窺える。

 いつものように内側から鍵を開けると、そこに立っていたのはフードを被った女性──手に持った明かりに映しだされた顔は綺麗に整っており、どこか猫のような可愛らしい印象を抱かせる。

 

「こんばんはー。ンフィーレア・バレアレて言うのは君かなー?」

 

 答えを待つ間もなく、女は開いた扉の隙間から軽やかな動きで身を滑り込ませた。後ろ手に扉を閉めたその顔には笑みを浮かべている。

 

「は、はい。そうですけど……ど、どちら様ですか?」

 

 女の笑みはより一層深くなる。美貌が保たれたままだが、狂気じみた妖しさを感じさせる。

 思わず一歩後ずさるンフィーレア。対して、女は一歩、二歩と距離を詰め、伸ばした手をンフィーレアの頬に這わせた。

 

「んふふー。私はね、君を攫いに来たんだー。私達の道具になってよ? お姉さんのお・ね・が・い」

 

 ンフィーレアは自分の顔も耳も真っ赤になるのを自覚した。言われた意味が解らない。いや、もしかしたら理解しているのかも知れないが、そう思い込むのは躊躇われる。その間にも、触れられた手の親指はンフィーレアの唇をなぞり、人差し指と中指は顎から耳にかけてを弄ぶ。口からは言葉にならない声が漏れ出てしまった。

 

「あっははーっ! 真っ赤になっちゃっておっかしぃーの。もしかして期待させちゃったかなー? けど、ごめんねー? 用があるのは君の体じゃなくて、生まれながらの異能(タレント)の方。叡者の額冠でアンデッドの大群を召喚(サモン)する魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を使ってもらいたいのー。この街がアンデッドで溢れかえったら面白いと思わない?」

 

 ニンマリと歯をむき出して笑う女に、ンフィーレアの背筋を戦慄が走り抜ける。

 逃げなくては。馬鹿げた妄想を振り払い、咄嗟に踵を返して裏口がある薬草置き場を目指す。

 

 ──しかし、踏み出せた歩数はたったの2歩。同時に、灼熱の痛みが肩口に走る。何か鋭いもので刺されたことを知覚したが、徐々にそれも鈍くなり、意識が持っていかれる。

 ンフィーレアは必至に耐えようとするが、意識を引っ張る力の方が強い。

 やがて後から()()()()()の声がかかった。

 

「いやー。大丈夫? 傷は深くない?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 ンフィーレアは振り返り、友人に笑いかける。

 

「そっか! うんうん、それは良かった。じゃあついて来てー」




伏線回

3/7:エ・ランテルのシーン追加しました

12/21
色々と微修正
話の大筋に変更はありません

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