モンスターハンター ~強食輪廻の異説~   作:紅卵 由己

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黒に染め上げる濃緑色

 実際の所、皮装備の幼子は赤い竜の鎧を纏った者の言い分を理解しきれずにいた。

 いくら常軌を逸した状況があったとしても、自分が既に『死んでいる』状態だと言われて、平然と納得出来るわけが無い。

 それ以前に、今もこうして地に足を着いて歩き、音や光を認識出来ている時点で――『生きている』とは言えないのか。

 疑問が疑問を浮かべてしまう中、台本用紙でも読むような調子で赤い鎧の『彼』は言葉を紡いでいく。

 

「そもそも。俺もそうだが竜や獣は言葉を介する事は無く、基本的に鳴き声によって意思の疎通を図るだろう? 小難しい声で遣り繰りするのは人間共の領分だ」

「……そ、それにいったい何の関係が……」

「言葉を発する――それ自体が既におかしいだろう。根本的な話として竜や獣は大抵『あ』から『わ』までの文字など知らなかった。知る必要も無かったからな。それを理解し、知らん単語を当たり前のように介している……違和感を感じなかったのか?」

 

 言われて、幼子はハッとなって気が付いた。

 思えば、どうして自分は言葉を介せているのか。

 あ行もか行も知らない、草木をくさきと読む事さえ知らない、理性ことあれど知性は無い存在ではなかったのか。

 

 獣は、基本的に言葉を介さない。

 竜もまたしかり――しかし、それでも数刻前、助けてくれた赤い竜は言葉を介していた。

 そこには、何らかの事情がある。

 そして、それは自分や赤い竜が既に『死んでいる』という事実と無関係では無いだろう――そう幼子は考える。

 

 考える事が、出来てしまった。

 

「……なるほど、それも知らないという事は、今の自分の体の事も理解していないというわけだな」

「どういう、ことなんですか……?」

「言った通りの意味だ。お前は『人間みたいな姿になっている』と言っていたな。自分のその手で、自分の『顔』とやらに触れてみたことはあるのか?」

 

 言葉の意味こそ理解しかねたが、ここにきて疑う意味は無いと幼子は考えた。

 半ば思考放棄に近い形で幼子は『手』を動かし、自分自身の『顔』のある部分に触れようとして、

 

「…………な、無い…………」

 

 無かった。

 触れた感覚が。

 自分の手が視界中に大きく『見えて』いるにも関わらず、その手は自分の顔――どころか、頭部と言える物にさえ触れられていなかった。

 まるで、穴の中か何かにでも手を伸ばし、空気を掴んでいるような――――そこまで考えた所で、赤い鎧のナニカが言葉を発してくる。

 

「無論、俺も同じだ」

 

 そう言って、彼は自分の右手の指を頭部――竜の鱗を用いたヘルムの、目元にあたる部分へ躊躇も無く突っ込んでしまう。

 鱗に覆われた手でそんな事をすれば、普通なら眼球が潰れるか抉れるかしているような諸行。

 しかし、鎧の中からは何の音も鳴らず、抜き出された指からは血液が滴る事も無かった。

 彼の鎧にも、幼子と同じように『中身』が無いのだ。

 理解した後になって、彼が纏う赤い鱗の鎧は防具と言うより、さながら脱皮を終えた蛇の抜け殻のような印象へと様変わりする。

 

「『この世界』に喚び出された竜や獣の……タマシイと呼ばれるらしい物は、このように元々有していた肉体を原型とした鎧に定着させられている。何時から『そう』なったのかは知らんがな。まったく、望んでもいない知識まで()()()()()何の意味があるのやら」

 

 赤い竜の鎧を纏った者と言うより、赤い竜の鎧そのものが体らしい『彼』は、溜め息でも出すような調子でそう漏らしていた。

 一方で、皮装備――こちらも『それ』こそがこの世界における体なのであろう幼子は、()()自分自身の両手を見て震えを発していた。

 あまりのショックに現実を受け止められないのか、あるいは行動の指針――『生きる』という生物において単純な行動目的を失った故なのか。

 震えが止まらぬまま、それでも幼子はこう呟いた。

 

「……これから、どうすれば……死んだ後になって、何かする意味なんてあるの……?」

「そう卑屈になられてもな。意味など、これから探せばいいだろう。最初から諦める程度の命に価値は無いし、俺も付き合うだけの理由は無い」

 

 そこまで言って、赤い鎧は膝を伸ばして踵を返し、何処かへと歩き去ろうとする。

 実際問題として、彼は幼子の事情に付き合うだけの理由も、付き合って得られるような物も無い。

 自然の摂理に則って語れば、殺さず見逃すというだけでも相当に慈悲を与えているような物だ。

 でも、

 

「……やだ……」

 

 幼子は、そんな言葉を呟いていた。

 単純に死ぬ事とは違う、知性を得たからでこそ感じられるようになってしまった感情を恐れ。

 このまま独りで居る事に、言い知れぬ不安感を拭えなかったからだ。

 その声が聞こえた故か、竜の鎧はその足を止める。

 

「おねがい、します……いっしょに連れていってください……」

「…………」

 

 竜は何も言わない。

 無視しているのか、あるいは思案している最中なのか。

 幼子は、縋るように近寄っていく。

 

「役に立つことなんて無いかもしれないけれど、きっと何か役に立ってみせますから……ひとりに、しないで……」

「…………」

 

 反応が無い。

 そこで、ようやく幼子は竜の様子が変わっている事に気がついた。

 ふと見てみれば、竜の視線はある一点へと向けられている。

 竜の視線を追ってみると、先の方に自分達とは異なる彩色と形の鎧が見えていた。

 

 全体的に鋭角的で、幼子の傍に在る鎧が赤色な一方でこちらは濃い緑色を宿した鎧だった。

 竜の翼膜を想起させる部分には何らかの力が巡っているのか、一定の間隔で明滅している。

 一目見ただけでも、それが自分や隣に居る竜と『同じ』ような境遇に居る事を理解出来た。

 

 赤き鎧の目元から漏れる青白い光が、警戒心を宿して濃緑色の鎧へと向けられる。

 対する濃緑色の鎧の方も、狂気や凶暴さを想起させる赤色の眼光を向けてくる。

 互いに言葉を交える事も無いまま数秒が経って、濃緑色の鎧に魂を宿す『そいつ』は鎧と瓜二つな質感を有した細長い尻尾のような形の弩を、燃えるように赤い鎧に魂を宿す竜も同じく自身と瓜二つの要素を宿した小型の砲身を()()()()

 

「……離れていろ……」

 

 赤い竜が呟いた直後の出来事だった。

 互いの武器から火炎や電撃が連続して放たれ、地に広がっていた緑色は瞬く間に燃えて黒に染まっていく。

 火炎と電撃が衝突する度に爆煙も生じ、視界を灰色が覆い尽くす。

 

 幼子に、その一連の動きから状況を詳しく推理する事は出来なかった。

 理解出来たのは、目前の濃緑色の鎧が『敵』であり、敵意を持って襲い掛かって来ている、という事のみ。

 

 赤い竜の手に持たれた砲身がその形を変え、今度は多量の鱗に覆われた翼にも似た巨大な剣へと変貌した。

 が、赤い竜が突貫するよりも早く、爆煙の向こう側から電光石火の勢いで濃緑色の鎧が肉薄して来る。

 鎧の手に持たれた獲物もまた形を変えており、鎧と同じ濃緑色の刀身を有した身の丈近くの大きさを誇る太刀と化していた。

 武器の単純な軽さの関係からか、大剣が振るわれるよりも先に太刀が電光と共に切り刻まんと迫る。

 分厚い刀身を誇る大剣の腹で太刀による連撃を受け止めながら、明確な敵意を有した声で赤い鎧が言葉を発する。

 

「ッ……見境無しだな。そこまで俺が恐ろしいのか? ライゼクス」

 

 濃緑色の竜鎧――ライゼクスと呼ばれたその存在は、太刀から電撃を迸らせながら言葉を返す。

 

「目の前に自分以外の存在――外敵がいりゃあ何が相手だろうがこうするさ。無論、お前もな。リオレウス」

 

 ライゼクスの連撃を受け続ける赤色の竜鎧――リオレウスと呼ばれた彼は、攻撃を防御した反動を殺さず左足を基点に一回転し、その勢いでもってライゼクスに向かって大剣を振るう。

 咄嗟に飛び退いてライゼクスは大剣の射程から逃れたが、大剣が振るわれたその瞬間に刀身から膨大な爆炎が噴出され、ライゼクスの装甲を焼くために迫る。

 が、ライゼクスが太刀を一薙ぎすると共に放った電気の斬撃によって爆炎は相殺され、結果として互いの距離は再び離された。

 

「はっはー、相変わらず活きが良いこって。退屈凌ぎに事欠かないわけだわ」

「……その程度の理由で、あの時も襲い掛かって来たのか。戦闘……いや、襲撃狂とでも呼ぶべきだな」

「既にそれなりに『喰って』いる分際で聞こえの悪い事言ってんじゃねぇよ。それに、狂ってるか狂ってないかの違いなんて所詮は価値観の相違でしか無い下らん理屈だろうに」

「狂っているさ。明らかに、生物として」

 

 吐き捨てるようなリオレウスの言葉を聞いても、ライゼクスは何も気にしていない様子だった。

 幼子から見ても互いの価値観は大きく異なっていて、性格もまた相容れぬ物に見えた。

 そして、その一方で彼等の会話の中には聞き逃せない単語が混じっていた事に気付く。

 

(……『喰って』いる……? この世界でも、何かを食べたりするの……?)

 

 疑問はあった。

 だが、それよりも先に、問題が発生する。

 

「ん。そういや、何だそこの皮の塊みたいな奴」

 

 ライゼクスの視線が、リオレウスではなく皮装備な幼子の方へと向けられた。

 最初は怪訝そうな目を向けるだけだったが、瞬く間にその視線は猟奇的な物へと変わっていき、そして、

 

「……ま、()()()()()殺すか」

 

 突然の宣告――というより、本当に『ついで』程度の認識しか宿っていない言葉だった。

 聞いた直後、幼子はその言葉に対して現実味を持つ事が出来なかったが、その間にも変化は訪れていた。

 幼子とリオレウスの目の前で、ライゼクスの体である鎧が形を生物的な物へと変化させながら大きくなっていく。

 

 リオレウスは、その変化の全容を見る間も無いまま幼子の手を掴んでいた。

 状況に着いていけない幼子は、疑問をそのまま口に出す。

 

「え、ちょ、なんですか!?」

「飛ぶぞ。あのような狂った竜に付き合っていられるか」

 

 リオレウスに手を引かれるままに走り出した幼子だったが――その進路の目で見て、疑問は拒絶に変わった。

 思うがままに幼子は言う。

 

「まっ、ままま待ってくださいいいい!! そっち明らかに崖になってぇぇぇ!?」

 

 直後の出来事だった。

 幼子とリオレウスは、崖と化していた大地から足を放り出し、そのまま落下を開始する。




あいきゃんふらーい!!(パラシュート無し)

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