美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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注)ヤンホモや女剣士のせいで忘れがちだけど本作は一応恋愛ものです。


コーチョー

「いいですか、トレイン。先日の脱衣所での一件は事故であり、決してあなたが想像したような事態ではありません」

 

「……もういいよその話。つか何回目だよ。いい加減聞き飽きたぜ」

 

 

 尖がった黒髪と流れるような金髪。

 似たような背丈に色白な肌は、共に優れた容姿ゆえに行き交う人々の視線を集める。

 それが微笑ましい者を見る眼差しであることに、とうの二人は全く気付かない。

 

 

「いいえ、この際なのでハッキリとさせなければなりません。結城リトのあれはもはや能力の領域に達しています。この私の警戒網を掻い潜るあの手腕、そうでなければ説明がつきません」

 

 

 感情の起伏が薄い表情に物静かな雰囲気。

 奇抜な服装と神出鬼没なミステリアスにより、彩南町の住人にとってはある種の名物的存在になりつつある、≪金色の闇≫ことヤミが、感情豊かで饒舌に話す様子は、それだけ衆目を集める。

 だからこそ、遠目から見守る人々は総じて同じ思いを抱く。

 

 

「……姫っちも大人になったなぁ」

 

「なんですか、唐突に」

 

「いやなに、≪決してあなたが想像したような事態ではありません≫って、つまりはどういうことなわけ?」

 

「そ、それは……その……」

 

「姫っちのエッチ」

 

「~~~~~~~っ!!」

 

 

 ヤミの隣に並び立ち、彼女を弄ぶあの少年は、一体誰なのかと。

 

 

「え、えっちぃのは嫌いです!」

 

 

 真っ赤になったヤミの顔を面白げに眺め、トレインのにやけ面は更に深まっていく。

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ姫っち。お兄さん悪いことだなんて全然思ってないから」

 

「その発言が既に問題ありです!」

 

「姫っちは本の虫だし、なんつーの……耳年増?」

 

「だ、誰が耳年増ですか!?」

 

「きゃー、耳年増が怒ったー。もしかして図星だったりー? なにそれ、ウーケールー」

 

「その喋り方を止めなさい!」

 

 

 怒髪天を衝く。

 感情がうねりとなって金髪がうねるが、衆人環視の中、≪変身(トランス)≫を使うことは躊躇われた。

 なにより、そんなことをしてムキになれば、それこそトレインの思う壺。

 深呼吸と共に気持ちを落ち着かせ、チラリと横目でトレインの方を伺った。

 

 フード付きのジャケットにハーフパンツという普段着のトレインは、そこにはいない。

 スポーティでいてカジュアルな装いは、同居人である涼子のチョイスだ。

 そして、普段の黒い戦闘服ではなく、地球の女の子と然とした服を、ヤミもまた纏っている。

 若干フリルの多いゴシック調なのは、涼子の趣味なのだろうか。

 出かける二人に、特にヤミに向かって意味深なウインクを送ったのが印象的だったが、たかが外出程度でこのような装いをしなければならないとは、地球人とは複雑怪奇な生き物だ。

 

 

「着きましたよ、トレイン」

 

 

 昼前ということで、小腹がすき出す時間帯だからだろうか。

 目的の出店の前には長い行列ができ、自分の目論見が外れたことに表情に出さず落胆する。

 涼子の家に住まうと言ったあの夜、トレインに持ち出した提案。

 美味しいたい焼き屋を紹介するというヤミの公言通り、こうして訪れた訳だが、もう少し時間帯をずらすべきだったと後悔する。

 

 

「あの、トレイン。この行列ですので、また後日に――」

 

「早いとこ並んじまおうぜ!」

 

「きゃっ」

 

 

 言葉を遮り、腕を掴んだトレインはダッシュで行列の最後尾へ突入。

 

 

「この行列、この匂い! 楽しみだな、姫っち!」

 

「……ええ、私も楽しみです」

 

 

 心躍らせるトレインに笑顔に、ヤミは先の言葉を再び紡ぐことはなかった。

 そして、ふと今もなお繋がれた手をじっと見つめる。

 指と指が絡み合い、肌と肌が触れ合う。

 温かいトレインの手が、冷たいヤミにぬくもりを送ってくる。

 

 

「…………」

 

 

 雑多な商店街で、少しずつ音が遠ざかっていく。

 ドクドクと心臓が高鳴り、重なり合った手が熱くて、でも心地よくて。

 何時までもこうしていたいと、ヤミはそれだけを願っていたのに。

 

 

「あっ……」

 

 

 唐突に重なる指が剥がれ、繋いだ手は離れてしまう。

 茫然とするヤミが顔を上げると、行列の先が気になるのか、トレインは仕切りに顔を列からはみ出させ、先頭の先にある出店の様子を伺っていた。

 

 

「なぁなぁ、姫っち。此処のたい焼きって何味があんだ?」

 

「…………」

 

「姫っち?」

 

「ぁ……そ、その、餡子とカスタードの二種類です」

 

「へー、ちなみに姫っちのおすすめは? やっぱり餡子?」

 

「……はい」

 

「ふーん。ま、片方だけ買うのもアレだし、両方買うか。今から楽しみだぜ」

 

「そう、ですね……」

 

 

 無意識に繋いだ手を搔き抱き、ギュッと握る占める。

 残り香のように残ったぬくもりが、少しでも長くこの手に残るように。

 どうしてそのような行動をとったのか、その意味すら理解できずに。

 

 

「お、ヤミちゃん久しぶりだね。初顔の君もいらっしゃい」

 

 

 それから十数分。

 ようやく訪れた順番に、トレインは嬉々として声を張り上げる。

 

 

「姫っちのおすすめは餡子って言っていたけど、別にカスタードも嫌いじゃないよな?」

 

「はい、どちらも好きですから」

 

「じゃあ、おっちゃん! 餡子とカスタード、どっちも10個ずつな!」

 

 

 何度も足を運んだことのあるせいか、店員はヤミのことを覚えていたようだ。

 人の好さそうな顔で注文を反芻し、慣れた手つきで生地を型に流し込んでいく。

 たい焼きが焼ける様を興味深そうに眺め、店員に色々と質問を投げ掛けるトレイン。

 年相応な、見る者によってはより一層幼げに映る姿に、ヤミは眦を緩めて見詰める。

 そんな風に時間を潰し、出来上がったたい焼きを種類ごとに紙袋に詰め、店員はトレインとヤミにそれぞれ一つずつ手渡した。

 

 

「はい。ヤミちゃんの方が餡子で、トレイン君がカスタードね」

 

 

 直後の店員は体を乗り出し、二人の耳元に顔を寄せた。

 

 

「どっちも一つずつサービスしといたから。他の人には内緒だよ」

 

 

 そう言ってウインクする仕草が、洋館から二人を送りだした涼子と重なる。

 

 

「サンキュー、おっちゃん」

 

「どういたしまして。ヤミちゃんをよろしくね、トレイン君」

 

「……ありがとうございます」

 

「デート、楽しんでね」

 

「でっ!?」

 

 

 身を固くし、両手に抱えた紙袋が零れ落ちる。

 慌てたトレインが寸でのところでキャッチするが、ヤミはそれどころではなかった。

 

 

「ち、違います! どうしてデートなどどいうことに!」

 

「あれ、違ったの? トレイン君ってヤミちゃんの彼氏さんなんじゃ……」

 

「彼氏!?」

 

「姫っち、後が閊えてんだから早く行こうぜ」

 

「今はそれどころでは――!!」

 

「聞く耳もたん」

 

 

 再び手を掴むトレインだったが、先程の胸の高鳴りがヤミに湧くことはない。

 ズルズルと引き摺られ、ヒラヒラと手を振る店員を恨めし気に眺めるしか出来なかった。

 

 

「姫っちや。男と女が一緒に出掛ければ、それ即ちデートなんだよ」

 

 

 赤面するヤミとは対照的に、トレインの反応は実に淡白で。

 というより、既にヤミなど眼中になく、視線は紙袋に入ったたい焼きをロックオン。

 色気より食い気、花より団子、色事など既にトレインの頭には存在していない。

 そんな食いしん坊に当てられたのか、自分だけが意識していたことを恥ずかしく思ったのか。

 顔は尚も熱いが、ムスッと唇を尖らせるヤミは、去れるがままにトレインに引き摺られていく。

 

 

「お、良さげなベンチ発見! あそこで食おうぜ!」

 

 

 途中、立ち寄ったコンビニで購入したパック牛乳の入った袋を片手に、ベンチに座ったトレインは早々に紙袋を開け、中に入ったたい焼きを頬張った。

 ヤミもトレインに習い、餡子味のたい焼きを口に運ぶ。

 パリッとした食感の後、即座にやってくる餡子の甘味。

 サクサクと口当たりの良さがシットリとした餡子の食感と合わさった絶妙なハーモニー。

 甘さは決してしつこくなく、二口三口と続けて口に運んでも全くくどくない。

 美味しい――気付けば食べ終わったたい焼きに、ヤミは満足げに息を吐いた。

 

 

ふぉふぁいふぁ(美味いな)ふぉのふぁふふぁーふぉ(このカスタード)!」

 

 

 口一杯に頬張ったたい焼きに、トレインもまた満足げだった。

 購入したパック牛乳を流し込む様は一見味わっていないようだが、これがトレインなりの味わい方だというのは長年の付き合いでヤミは知っていた。

 そんなことよりと、ヤミはトレインの方へ身を寄せ、指を伸ばし、 

 

 

「じっとしていてください」

 

 

 頬についたクリームを掬い取る。

 キョトンとするトレインと合わさり、あまりの子供っぽさに自然と笑みが零れる。

 

 

「はむ」

 

「ひゃっ」

 

 

 かと思えば、トレインは突然ヤミの指先を咥えた。

 生温かな、それでいてザラザラした感触に身を強張らせ、それがトレインの舌だと理解した途端、顔に炎を浴び去られたように熱くなる。

 

 

「ご馳走さん、美味かったぜ」

 

 

 悪戯が成功した悪ガキのような笑みに、ヤミは揶揄われていると悟る。

 

 

「……ぇ、えっちぃのは、嫌いです」

 

「悪ぃ悪ぃ。ちょいと姫っちには刺激が強かったかな。そういう訳で、そっちの餡子ちょうだいな」

 

 

 伸ばされる手に、ヤミは反射的に紙袋を搔き抱き遠ざけた。

 突然の反応に困惑するトレインに対し、ヤミが取ったのは、

 

 

「……あ……あーん、してくだ、さい……」

 

 

 餌付け作戦敢行。

 自分の取った行動に、何をやっているのだと猛烈に後悔する。

 

 

「あーん」

 

「…………っ」

 

「ん? どったの姫っち? 言われた通りあーんしてんだけど?」

 

 

 そして、全く気にするそぶりのないトレインに、猛烈に腹が立った。

 そのうえあのにやけ面、絶対に面白がっているのは明らかで。

 絶対に負けてなるものかと、ヤミはおもむろに紙袋から餡子味のたい焼きの頭部分を口に銜え、

 

 

ふぉ()ふぉうふぉ(どうぞ)……」

 

 

 そのままトレインへ咥えたたい焼きごと顔を突き出す。

 口渡し作戦、どうやら成功したようだ。

 あれだけ浮かんでいた揶揄い顔は見る影もなく、トレインの表情は驚きに染まっている。

 浮かんだ溜飲は下がり、流石のトレインもヤミの誘いに乗っては来ないだろうと、乗り出した体を支える両手を引こうとした時、その上に別の手が重なる。

 

 

「……そっちから誘ってきたんだからな」

 

 

 普段からは想像できないくらい、トレインの眼差しは真剣だった。

 両手を抑えられては身を引けず、直後にトレインはたい焼きの尻尾部分を咥える。

 互いの呼吸が、心臓の音さえも聞こえそうなほどの至近距離。

 思考が真っ白に染まり、少しの間を置き、トレインは尻尾部分を食べ進めていく。

 ゆっくりと、しかし確実に、トレインの顔が近付いてくる。

 ≪ポッキーゲーム≫――。

 書籍で読んだ記憶とは若干異なるが、今の状況はまさにそれと言えたから。

 鼓動が凄まじい速さで刻まれ、体中の血液が顔に集中しているみたいで、何故か息遣いが荒くなり、視界が潤んでいく。

 理性が、これ以上進む状況に静止を掛けるのに。

 どうしてか、拒絶しようと行動に移すことが出来なくて。

 まるで、この先を望んでいるみたいじゃないかと自問し。

 

 

「ふぁ……」

 

 

 零れた吐息は、自分のものとは思えないほど艶っぽく、熱を帯びていて。

 どうにでもなれ。

 そう思って、ヤミもまた、たい焼きを食べ進めていった時だった。

 

 

「ヤミちゃあああああんっ!!」

 

 

 奴が、姿を現す。

 

 

「「っ!?」」

 

 

 バッと音を立てて互いに距離を置き、咥えていたたい焼きの残りが二人の真ん中に落下。

 とてもではないがトレインの方など見ることは出来ず、先程の声の方を見遣れば、

 

 

「奇遇だねヤミちゃん! こんな街中で出くわすなんて!」

 

 

 尖った髪、丸サングラス、そして何故かパンツ一丁の不審人物。

 肩書は彩南高校校長、その実態は己の欲望に忠実な変態。

 何故かメインターゲットとして付け狙われることとなったヤミは、ことあるごとに校長に襲われ、それを撃退するというのが一種のテンプレ的になりつつあったのだが。

 

 

「…………」

 

 

 ブチ――。

 ヤミの何かが、音を立てて切れた。

 

 

「……校長」

 

「なにヤミちゃん! それはそうとわしとその辺でお茶でも――」

 

 

 神速。

 それほどまでの、過去に類を見ない速度で成された≪変身(トランス)≫。

 拳、翼、刃――。

 千手観音さながらの武器を頭髪から形成し、その物量は、さすがの校長といえどただでは済まないだろう威力に規模だということは容易に想像できたが。

 ヤミは、己の中に巣くうどす黒い何かを吐き出すように、感情の赴くままに殺到させる。

 

 

 

 

「おやめなさい」

 

 

 

 

 あまりにも美しく、心安らぐ声。

 凪いだ海面のように、荒れ狂っていた心が平静に切り替わる。

 

 

「争いはなにも生み出さない。必要なのは、相手を許そうとするその心。自分の非を認め、頭を下げる勇気なのです」

 

 

 現れたのは、美の化身。

 波打つピンクの髪は清流の如く煌めき、纏う異国の装いは煽情的でありながら、卑猥さを微塵も感じさせない。

 究極の美とは、美しいという感情以外には抱けないというのか。

 

 

「……そうか、わしは間違っていたんだな」

 

 

 除夜の鐘でも払えない煩悩の権化が、己の過ちを認めた。

 無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きで、校長はヤミに頭を下げる。

 

 

「すまなかったヤミちゃん。わしは此処を立ち去ろう。そして、これまで行ってきた過ちの償いを行うのだ。そうだな……まずは宝の山(エロ本)を処分することから始めよう」

 

 

 ≪校長・浄化モード≫爆誕の瞬間である。

 言葉を失うヤミに、ヴェールで顔を覆い隠した女性がゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 

「初めまして、金色の闇さん。ヤミさんとお呼びしてもよろしいかしら?」

 

 

 どうして自分の名前を、それも殺し屋としての通り名である≪金色の闇≫までも。 

 警戒心に身を固くするヤミは、女性の傍らに控えるザスティンの姿に、彼女の正体が自分と同じ宇宙人であることを悟る。

 

 

「そして、もう一人の方がトレイン君……あら?」

 

「……トレイン?」

 

 

 顔色は蒼白。

 体は極寒の地に裸で放り出されたように震えていた。

 周囲がトレインの様子を訝しむが、女性だけを見つめ続けるだけで気にする素振りすらなく。

 

 

「あの……つかぬことを、伺いますが……おたくの名前は?」

 

 

 震える声で紡がれたトレインの言葉には、縋るようななにかが感じられた。

 

 

「私としたことが……名乗るのが遅れて申し訳ありません」

 

 

 流れるような所作で胸に手を当て、ヴェール越しに女性が微笑むのが分かる。

 

 

「娘たちがお世話になっています。私、ララ達の母にあたる、名をセフィと――」

 

「せ、ふぃり……あ……!!」

 

 

 途端、よろけるトレインが足をもつれさせ、後ろに転び掛け。

 危ないと声をかけかけたヤミの前で、咄嗟に手を伸ばしたセフィがトレインの手を掴む。

 自然と近い距離で目を交わす二人。

 次の瞬間、吹き抜けた一陣の風により、セフィの顔を覆い隠していたヴェールの奥が露わに。

 驚愕に見開かれた金の瞳が、突然の事態に固まるセフィの瞳と交差する。

 

 

「た、大変っ。美しい私の素顔が露わに!? このような子供まで魅了してしまうとは、なんて罪な私の美しさ……」

 

 

 慌てふためくセフィだが、なおも固まり続けるトレインに眉を顰める。

 それが有り得ないものを見るような、息を呑むような気配に切り替わった。

 

 

「なんとも、ない? そんな……あり得ない……!? この子、私の≪魅了≫が効いてないっ」

 

 

 あまりの異常事態に、セフィはトレインとの距離を更に詰め、

 

 

「あなたはいったい――」

 

「ぎぃやああああああああああ!? でたぁああああああああああ!?」

 

 

 全力の拒絶と絶叫に、目が点となるのだった。

 勘違いが、再び加速する。

 

 

 

 

 




セフィリア CV.井上喜久子
セフィ   CV.井上喜久子

あっ……(察し

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