美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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フリダシ

 セフィ・ミカエラ・デビルークについて、トレインの印象は才女(笑)だった。

 全宇宙統一を果たした現デビルーク王が武なら、政治の一手を引き受ける彼女は知の王妃。

 政治の苦手な夫に代わり各星々との外交に勤しみ、恒久的な宇宙平和が保たれているのはセフィ王妃のおかげだとは、ザスティンの談である。

 正直に言おう、今日の今日まで完全にポンコツ(ティアーユ)と同一視していた。

 本人曰く悩みの種であるチャーム人の特性が交渉を有利に進め、実際には大したことはない。

 そんなセフィについての評価は、この瞬間にも改まりつつあることをトレインは自覚していた。

 

 

「まあっ、ではアークスさんも日本がお好きなのね?」

 

「……日本、というのがジパングを指すのなら」

 

「随分と古い呼び名を使うのね。そう、あなたの言うジパング、つまりは日本。今の私達がいる島国独自の文化は素晴らしいわ。以前お邪魔したお宅で出た煮物がまた格別で!」

 

「はぁ……」

 

「ちなみに、アークスさんは何がお好き?」

 

「……寿司、でしょうか」

 

「寿司! あれでしょう、寿司はシースーとも呼ぶのよね! ザスティンが言っていたわ!」

 

 

 またお前か、ザスティン。

 立体映像の隅でグッと指を立てる姿にイラッとする。

 

 

「そう言えば、トレイン君から聞きましたよ」

 

 

 唐突に出された話題に、こちらを伺う碧眼と目が合う。

 だが、それも一瞬のこと。

 バッと音がするような早さで元に向き直り、心なしセフィリアは肩を縮こませる。

 

 

「ハートネット、から……」

 

「ええ、アークスさんは和食がお好きだと。そのようなプライベートなことまで知っているなんて、随分と親しい間柄なのね」

 

「…………」

 

 

 親しいというか、一方的に刃凶器向けられた間柄です――なんてことは口が裂けても言わない。

 セフィリアも同じ考えにでも至ったのか、室内に気まずい沈黙が下りる。

 ゴホンと一咳、集まる視線と遠ざかる気配にゲンナリしつつも、会話を勧めようと口を開く。

 

 

「……昔、先輩にメシに誘われたことがあったから、それでだよ」

 

「食事会……つまりデートね!」

 

「ちげぇよ」

 

 

 トンデモないことを口走るセフィ。

 条件反射での否定だが、照れ隠しなんて可愛いものからではない。

 下手に感情を刺激して≪滅界≫を放たれては堪らない。

 長年に渡る逃亡生活で染み付いた、トレインの自己防衛本能である。

 誤解されてセフィリアもいい迷惑だろうと、恐る恐るそちらを見遣れば。

 

 

「…………」

 

 

 顔を真っ赤にして俯くセフィリアの姿が。

 まさか自分に気がある――なんて思うほどトレインは自惚れてはいない。

 何処の世界に、気になる異性に先制必中即死技を連発してくる輩がいるというのか。

 物心付く頃から≪クロノス≫に仕えてきたセフィリアのことだ、恋愛事に現を抜かす暇があるなら己を鍛える時間に充てるのは、彼女の性格的に当然の帰結。

 反応が初心なのは、恋愛事への耐性がからっきしなせいに違いない。

 灰色の青春を過ごしたのだなと、その結果があの≪滅界≫なのだなと遠い目になるのだった。

 

 

「ふふっ……アークスさんも苦労をしているのね」

 

 

 セフィは意味深に微笑み、セフィリアの頬へと更なる朱が差す。

 顔が瓜二つなせいか、それは不器用な(セフィリア)を見守る(セフィ)という構図を見る者に連想させた。

 共に部下を持ち、上に立つ者同士。

 彼女達に違いがあるとすれば、夫を持ち、三人の娘を育てた母親という経験の差か。

 あのセフィリアが手玉に取られる姿は、トレインに大きな衝撃となって襲う。

 

 

「容姿が似ているせいかしら、あなたのことは他人だとは思えない。だから、これはアドバイス――いえ、これは忠告と思って下さって構いません。あなたがこの先、後悔をしないために」

 

 

 普段はヴェールに隠された、チャーム人としての力が集約された瞳。

 まるで心の奥底まで見透かすようにセフィは真っすぐセフィリアを見詰めた。

 

 

「争いは何も生み出さない。アークスさんならばこの意味、理解してくれると信じています」

 

「…………」

 

「初めてトレイン君と会った時、彼は怯えていた。何の力も持たない私に、あなたに似ているというだけで」

 

「っ……」

 

「トレイン君は強い。そして、そんな彼があなたに畏怖している。アークスさん、あなたはお強いのでしょう。その力を身に着けるために、血の滲むような鍛錬を積んだことでしょう」

 

「…………」

 

「ですが、力とは目的を果たすための手段。使い方を見誤れば、それはただの暴力です」

 

「わたし、は……」

 

 

 続く言葉は出てこず、セフィリアは押し黙る。

 セフィリアにとって、自身の力とは己の存在価値であり、彼女の全て。

 抹殺人(イレイザー)として生を受けたからこそ、力でしか何かを伝える術を持ちえない。

 

 

「……私にも、力がある。≪魅了(チャーム)≫という、生まれた時からある、呪いのような力が」

 

 

 そして、それはセフィも同じ。

 種族を問わずあらゆる生物を魅了する、無作為な能力。

 それは否応なしに、常にセフィが果たそうとする目的の前に障害となって立ちはだかった。

 ≪魅了(チャーム)≫の能力を介してでしか、セフィは何かを伝える術を持ちえなかったのだ。

 

 

「でも、私は変われた。≪魅了(チャーム)≫の力に惑わされることなく私を見てくれた、彼等のおかげで」

 

 

 まるで、恋をする乙女のように。

 濡れた眼差しがトレインへ、そして彼を通して愛する夫へ。

 

 

「あなたもきっと、変わることができる。だって、トレイン君は今もこうして真っすぐにあなたを見ようとしているのだから」

 

「デビルークさん……」

 

「セフィと、そう呼んでください。そして、あなたのことも是非、セフィリアと」

 

「……はい、セフィ」 

 

「これからもよろしくお願いしますね、セフィリア」

 

 

 ぎこちなくはあった。

 それでも、ずっと強張っていたセフィリアの表情が、僅かだが綻ぶ。

 そんな彼女を引き出したセフィは、なるほど大した器だとトレインは感心するのだった。

 

 

「セフィ様、そろそろお時間の方が」

 

「あら、もうそんな時間なのね。楽しいことって本当にあっという間に過ぎちゃうわ」

 

 

 ザスティンの言葉に、セフィは困ったように嘆息する。

 

 

「ごめんなさいね。どうしても外せない用事があって……」

 

「構いません。王妃という責任ある立場に着いているのです、そちらを優先してください」

 

「そう言って貰えて嬉しいわ。では、続きはまた今度に」

 

「ええ、必ずまた」

 

 

 このまま通話は終了。

 そう思えたが、「そう言えば――」と思い出したようにセフィは呟く。

 その際、トレインを一瞥し、ニッコリと聖母のような笑みを零す。

 

 

「セフィリアって、随分と変わった趣味をお持ちなのね」

 

「と言いますと?」

 

「壁に仏像を彫るのが趣味なんだとか」

 

「……はい?」

 

 

 ――ちょっと待て。

 顔を青褪めさせるトレインを余所に、セフィの語りは止まらない。

 

 

「≪滅界≫と言ったかしら? トレイン君が言ってたわ。あなたが生み出した化物剣術だと」

 

「…………」

 

「女剣士だの、馬鹿女だの。本当に失礼しちゃうわ。私と同じ美し過ぎるあなたをそんな風に言うなんて。セフィリア、やり過ぎはただの暴力だけど、懲らしめるくらいならいいと私は思うの」

 

 

 ファイト! と両拳を胸の前で握り締める。

 それが、トレインが見たセフィの最後の姿だった。

 立体映像はこちらの空気など微塵も読まず、無慈悲なまでに途絶える。

 後に残るのは痛みを伴うほどの沈黙。

 虚空を見上げていた顔を俯かせ、プルプルと震えるセフィリアを極力見ないようにしつつ。

 トレインが思うことは、たった一つだけだった。

 

 

 ――あ……あの女ぁあああああああああああああ!?

 

 

 セフィはとんでもないものを残していきました。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 美柑は目の前の光景に、言葉が出てこなかった。

 

 

「うぅ……私は所詮都合のいい女に過ぎないのだ。当事者なのにこうして蚊帳の外に追いやられているのがいい証拠だ。そのうち飽きられて捨てられるんだ。そうに違いないんだ」

 

「まーまー、ネメちゃん落ち込まない。クロちゃんがそんなことする訳ないでしょ?」

 

「年頃の男女が密室で二人っきり……!? ミカド、私は一体どうすれば!」

 

「トレイン君がそんな節操なしなら私達、とうの昔に美味しく頂かれちゃってるわね」

 

「ななっ、何言っちゃってるんですかミカド先生!?」

 

 

 トレインが家出したとの一報を受け、やって来たのは御門邸。

 チャイムを鳴らしても反応がなく、中からは物音がするし、何度も訪れているからと無断で入り、訪れたのは広間。

 てんやわんやの騒ぎは、既に美柑の処理能力を大きく超えていた。

 

 

「というか、あのヤミさんそっくりの人って……」

 

「――不本意ながら、彼女がティアーユ。私のオリジナルです」

 

 

 突然の声に隣を見れば、何時の間に立っていたのだろう。

 いつにも増して仏頂面を引っ提げたヤミがいた。

 

 

「わっ、ヤミさん。ごめんね、黙って入ってきたりして」

 

「いえ、応対しなかった私も問題ありですから」

 

「ところで、話が変わるんだけど……」

 

 

 言葉は、最後まで続かなかった。

 

 

「ヤミよ、どうだったのだ!?」

 

 

 ネメシスを先頭に、部屋に居た皆がヤミへと詰め寄る。

 だが、ヤミが頭を振った次の瞬間には、大なり小なり落胆の表情を浮かべるのだった。

 

 

「暗殺のプロフェッショナルであるヤミでも無理だったか」

 

「近付くこと自体は可能でしたが、会話を聞き取れる範囲内へは無理です。トレインも唯一の出入口を陣取っているので、こうなることは想定済みなのでしょう」

 

「よっぽど聞かれたくないことなのでしょうか?」

 

「はわわわ……!?」

 

「あらあら? ティアったら何を想像しているのかしらね」

 

「素敵。さすがはヤミお姉ちゃんのオリジナル、えっちぃ想像ばっかり」

 

「…………」

 

「どうどう、ヤミさん落ち着いて」

 

 

 無言で折檻の体勢に入るヤミを後ろから羽交い絞めに。

 悪戯っ子なチェシャ猫染みた笑みで揶揄うメアを睨むが、それで態度が改まる訳もなく。

 ララが結城家に居候してから、ドタバタな毎日に常識人故にフォローに回ることは多かったが、トレインと出会ってからは益々増している気がするのは、きっと気のせいではない筈だ。

 

 

「それで、トレイン君がどうかしたんですか?」

 

 

 気苦労から出る嘆息を零し、事情を尋ねようと口火を切る。

 

 

「未亡人のような雰囲気を纏う妙齢の美女と密室で二人きりなのだ」

 

「……ごめん、用事を思い出した」

 

「どうどう、落ち着くのです美柑」

 

 

 逆に羽交い絞めにされ、はっと正気に。

 もやっとした胸のわだかまりを吐き出すようにゴホンと咳払い。

 

 

「えっと……ネメシスさん曰く、未亡人のような雰囲気を纏う妙齢の美女? それって誰なの?」

 

 

 妙齢の美女と言えば涼子、そしてティアーユが該当するが、とうの本人達は目の前に。

 色々と謎の多いトレインの交友関係、知っていれば御の字程度の気持ちだった。

 そんな美柑の質問に、羽交い絞めを解いたヤミが答える。

 

 

「プリンセス・セフィのそっくりさんです」

 

「……ん?」

 

「トレイン曰く、滅界怖いさんです。名前は確か、セフィリアだったかと」

 

「…………んん?」

 

 

 怯えるトレイン、悲鳴を上げるトレイン、逃げ惑うトレイン。

 最強は誰かと聞かれ、真っ先に名前の挙がるトレインを恐怖のどん底に堕とす存在。

 今までその存在だけがまことしやかに囁かれるだけで空想上の怪物かなにかなのではないかと本気で思っていたのだが、まさか本当に実在していたとは。

 頭の中に乱立していた疑問符を消し、美柑が尋ねたかったことは一つだけだった。

 

 

「トレイン君、大丈夫なの?」

 

「……私はトレインの無事を信じています」

 

 

 ヤミは質問に答えてくれた。

 決してこちらと目を合わせることはしなかったが。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 (セフィ)は去った。

 しかし、刻まれた爪痕の大きさは中々に直視し辛くて。

 

 

「…………」

 

 

 俯いたままのセフィリアの表情を伺うことは出来なかった。

 微動だにすらせず、薄い病衣が僅かに上下しなければ、生きているのかすら怪しい。

 露出した肌を彩る、痛々しい包帯が表すのは、彼女が心身ともに傷心なのだと。

 まるで壊れた人形みたいだと、その姿を黙って見ていたトレインだったが、

 

 

「先輩」

 

 

 埒が明かないと、トレインは背にしていた扉から体を離した。

 その後に起こった変化は劇的だった。

 

 

「――――!!」

 

 

 シーツを頭から被り、トレインに背を向ける形で縮こまってしまう。

 真っ白な山を前に、らしくないセフィリアの奇行も合わさり、トレインは固まる。

 

 

「……ごめん、なさい」

 

 

 静まり返った部屋に響くのは、シーツが擦れると音もう一つ。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

「……先輩?」

 

 

 今のセフィリアは、≪クライスト≫を有していない。

 だからなのだろうか。

 ≪時の番人(クロノ・ナンバーズ)≫を率いていた女剣士は見る影もない。

 悪いことをして、叱られることを恐れる幼子のように、今のセフィリアは儚く脆い。

 情けない姿を見られまいとしているのが、かつての剣士としての矜持からか。

 

 

「セフィのいう、通りですっ」

 

 

 そして、始まったのは懺悔だった。

 

 

「ハートネットは最強だと、無敵だと。そんな理由から、私はあなたに刃を向け続けた。私の想いを知って欲しい、そんな理由からだった。それだけしか当時の私には考えることが出来なかった。あなたの必死な姿を見ていたはずなのに。拒絶の言葉を聞いていたはずなのに。それでも私は伝えることを止めようとはしなかった」

 

 

 シーツ越しに聞こえるのは、くぐもった嗚咽。

 ポタポタと聞こえるのは、零れる涙。

 

 

「クリードによって負わされた致命傷。あれが私の手によって負わされる可能性は十分にあり得た。いえ、そうならなかったのが不思議だったのです。私はあなたを殺そうとした。そして、それは私の身勝手な想いなどでは到底免罪符になるようなものではありません」

 

 

 その光景は、トレインに既視感を与える。

 先程盗み聞きに来た、セフィリアと同じ金髪を持つ少女なのだと理解する。

 

 

「私の全てで償います。死ねというのなら喜んで命を断ちます。二度と顔も合わせたくないというのなら今すぐにでも此処から立ち去ります。私に出来ることならばなんでもします。言って下さい。そして、決して私を許さないでください」

 

 

 あの時は、どうしたのだったか。

 本気で怒って、本気で脅して、そして――。

 嘘や誤魔化しなんて一つだってない。全部が全部、トレインの本音だった。

 だから、最後は笑って彼女の行いを許すことが出来たのだ。

 

 

「…………」

 

 

 今頃になって、ようやく理解できた。

 セフィが去り際の行動は、セフィリアの罪を有耶無耶にさせないためだったのだ。

 全部をなかったことにして過ごすことは、たぶんだけど出来るのだろう。

 だけど、そんな関係はきっと、近い将来に破綻する。

 セフィリアが後悔していることも、トレインが彼女を許そうと思っていることも。

 全て分かっていて、だからこそセフィは傷口を掘り返す様な真似をしたんだ。

 

 

「……なんで俺ばっかりって、ずっと思ってました」

 

 

 正面からぶつからなくちゃいけない。

 

 

「俺はただ、普通に暮らしたかっただけだった。普通に美味いもん食って、普通に遊んで、たまに昼寝して。そんな野良猫ライフが過ごせるだけで良かった。セフィリア先輩。そんな俺の望みを奪ったのはあんただ。だから、俺はそんなあんたを絶対に許さない」

 

 

 恭子と出会い、見たものだけが全てではないと悟った。

 セフィに背中を押され、逃げてはいけないのだと思い知らされた。

 

 

「今までずっと、そう思ってた」

 

 

 近付く足取りに、迷いはなかった。

 ≪クライスト≫がないから、怪我人だから、≪滅界≫を放つ体力など残っていないから。

 理由は幾らでもあって、でも、どれもが一番の理由ではない。

 

 

「でも、それだけじゃなかった。先輩ばっかが悪い訳じゃないってようやく分かったんスよ」

 

 

 手の伸ばせば、白い小山に触れることが出来る。

 ベッドの上で、シーツを被ったまま、罪人のように懺悔する、過去の姿など見る影もない。

 女の涙は苦手だ。

 気の利いたセリフの一つも浮かばなければ、見て見ぬ振りをするほど非情にもなり切れない。

 でも、真っすぐに気持ちを伝えることくらいなら、今のトレインにも出来るから。

 

 

「ごめんなさい、セフィリア先輩。あんたの気持ち、俺は聞こうともしなかった」

 

 

 そっと手を伸ばせば、セフィリアは身を固くする。

 固く結ばれた手は、掴んだシーツを頑なに離そうとはしなかった。

 他の誰でもない、セフィリア自身が、情けない自分の泣き顔を見られたくなかったから。

 

 

「ありがとうございます、セフィリア先輩。こんなになるまで、俺を守ってくれて」

 

 

 とんっ、軽い重みがセフィリアの背にもたれ掛かる。

 背中同士を密着させ、二人を隔てるものは薄布一枚だけ。

 

 

「……どうして、謝るのですか? 私に感謝など……」

 

「先輩にだけ頭下げさすとか、≪時の番人(クロノ・ナンバーズ)≫の連中が知ったら俺、殺されますよ」

 

「そんなことは……」

 

「メイソンの爺さんが面白おかしく脚色したのを皆に言い触らして、戦闘狂のクランツとバルドリアスのコンビがまず襲い掛かって来るでしょ。遅れて駄犬(ケルベロス)共が騒ぎを嗅ぎ付けて、他の連中は高みの見物。で、最終的にはベルゼーの奴が雷を落として終わり。俺が≪クロノス≫に居た頃は、それこそ毎日のようにあった光景じゃあないっスか」

 

 

 たったこれだけのことに、どれだけ回り道をしたのだろうか。

 普通に言葉を交わす、こんなにも容易なことが、あの頃の自分達には出来なかった。

 まるでこれまで溜めこんでいたものを吐き出すように、トレインの口は饒舌で。

 あれだけ恐れていたセフィリアとこんなにも密着しているにも関わらず。

 

 

「先輩、俺に自分を許さないでって言いましたよね。なら、俺のことも許さないでください。先輩を騙して助けなかった薄情なこの俺を、ずっと恨んでください」

 

 

 セフィリアもまた、可笑しな気分だった。

 もう話せないと、死んだと思っていたトレインとこうして再会できて。

 だけど、許されないことをしたことには変わりないと、ずっと自分を責め続けてきたのに。

 これではまるで、ご褒美ではないか。

 こんな風に、触れ合って、伝え合って、ぬくもりを感じることが出来る。

 当り前のことが、セフィリアは堪らなく嬉しくて。

 

 

「それで、お相子です」

 

 

 背中にいるトレインは、あたたかかった。

 そのぬくもりは、彼が生きている何よりの証だった。

 

 

「だから、先輩。泣かないでください」

 

 

 大粒の涙を流しながら、シーツの中でセフィリアは微笑む。

 トレインは死んでいなかった、生きていた、確かに此処に存在していた。

 とめどなく溢れる涙に、申し訳なさを浮かべながらも、それでも改めて思うのだ。

 

 

「…………」

 

 

 たった一つの願いは、成就されたのだと。

 愛する人に逢いたい。

 決して叶うはずのなかった願いが、こうして。

 

 

「ハートネット」

 

「なんスか、セフィリア先輩」

 

 

 生きていてくれて、ありがとう。

 守ってくれて、ありがとう。

 慰めてくれて、ありがとう。

 

 

「いえ、呼んだだけです」

 

「……なんスか、それ」

 

 

 やってしまったことは、もうやり直しが効かない。

 進んだ針が元に戻ることはないけれど、機会は何度だって訪れる。

 彼を目指し、強くなった己の剣を見せることは、この先二度と叶わないかもしれないけれど。

 想いを伝える方法は、なにも一つだけではないのだから。

 

 

「ハートネット」

 

「……先輩?」

 

「ハートネット、ハートネット……ハートネット」

 

「……マジでどうかしましたか?」

 

「呼びたかっただけです。あなたの名前を呼びたかった、ただそれだけですよ」

 

 

 被ったシーツを外し、振り返る。

 焦がれ続けた、愛しい金色の瞳と碧眼の視線が交じり合う。

 

 

「傷が癒えるまで、此処に泊めて頂けないでしょうか」

 

「リョーコは患者を途中でほっぽりだしたりしませんから。OKなんじゃないっスか?」

 

「それまでの御恩、必ず返すと約束します」

 

「そんな風に重く考えなくても大丈夫大丈夫。それに、返すのなら俺じゃなくティアとかに」

 

「分かっていますよ。ルナティークにはよくしてもらいましたから」

 

 

 今はまだ、伝えることの叶わない想い。

 

 

「ハートネット」

 

 

 大好きです、トレイン。――愛しています。

 

 

「不束者ですが、よろしくお願い致します」

 

「こちらこそ。よろしくお願いしますね、セフィリア先輩」

 

 

 胸に秘めた、この気持ち。

 いつの日かきっと、伝えてみせると心に誓いながら。

 セフィリアは淡く微笑むのだった。

 

 

 

 

 




一体いつから――これがデレフィアさんだと錯覚していた?
次回、デレフィアさん降臨の巻。

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