美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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サイカイ

「僕、クロって言うんだ! お姉さんはなんていうの?」

 

「え、ええ……セフィリアといいます」

 

「そっか! セフィリアさんって言うんだ! よろしくね!」

 

 

 誰がよろしくだ、よろしくなんてしたくねぇよ。

 

 

「その、クロ君……あなたの左鎖骨の絆創膏は……」

 

「あ、これ? この前机の角でごっつんしちゃって痣になっちゃったから、ママが貼ってくれたんだ。もう痛くないから大丈夫だよ」

 

「そう、ですか……お節介かと思いますが、気を付けてくださいね」

 

「うん! ありがとう、セフィリアさん!」

 

 

 あれか、子供だから心配するのか。

 その気遣いをほんの少しでいいので過去の俺にも回してはくれませんかね。

 具体的に言うとね、≪滅界≫とか、≪滅界≫とか、≪滅界≫とか、≪滅界≫とかね。

 先制必中即死技をね、連発とかね、頭おかしいんじゃないの。

 そんなに俺のこと嫌いなの? 殺したいほど憎いの? ≪クライスト≫の錆にしちゃうの?

 ≪クロノス≫時代から人のこと目の敵にして、俺が何をしたっていうんだよ!

 

 

「あの、クロ君。先程、私のことをセフィと――」

 

「あ、僕ママからお使い頼まれてたんだった! 帰らなきゃ! バイバイ! セフィリアさん!」

 

 

 早くも活動限界寸前である、主に胃が、なんか動くたびにぐちゃぐちゃ鳴ってるし。

 外面は笑顔で、内面ではトラウマに遭遇したことによる拒絶反応でボロボロ。

 装飾銃と左鎖骨の≪XIII≫の刺青はなんとか誤魔化せたが、だからといって油断はできない。

 セフィリアがティアーユの探し人である以上、あのポンコツがベラベラと要らぬことを話して正体がバレるなんてことは普通に起こりうる未来だ。

 よって、急ぎティアーユ達の元へ戻り、口裏を合わせてもらわなければ。

 

 

「まっ、待って――」

 

「ひぃ!?」

 

 

 全身の産毛が総毛立つ。

 一瞬だけ触れたセフィリアの手を全力で払い除け、次の瞬間己の失態を自覚し青褪める。

 トラウマによる拒絶反応だったが、今の行動は明らかに不自然だ。

 そう思って、慌てて後ろを振り返ったトレインが見たのは、

 

 

「っ…………」

 

 

 どさっ。

 

 

「…………へ?」

 

 

 地面に倒れ伏したセフィリアの姿だった。

 油断させてからの≪滅界≫の線を危惧した、事実過去に一度騙されて死にかけた。

 しかし、額に脂汗を浮かべ、荒い息を吐く様子は明らかに普通ではない。

 棒でもあれば距離を取って触診できるのだが、無いものねだりだ。

 やむを得ず、細心の注意を払い、警戒心を最大限に引き上げ、即座に飛び退ける心構えで、ゆっくりと、恐る恐る、怪音を奏でる胃に考え直し、それでもと、だけどやっぱり、いやでも、だけどここで見捨てるのは人として、しかし、だがしかし、いやいやいや――

 

 

 ――何をやっているんだ、トレイン?

 

 ――ネメちゃん!? いいところに!

 

 ――ねねっ、ネメちゃん!?

 

 

 救いの女神、降臨である。

 

 

 ――お願い。後生だから、一生に一度のお願いだから。

 

 ――ど、どうしたのだトレイン? いつにも増して今日は様子がおかしいぞ?

 

 ――この女の人にさ、≪変身融合(トランス・フュージョン)≫してくんね? そんで内から検査をさ。あと介錯も。

 

 ――わ、私に他の女のところへ行けというのか!

 

 ――ネメちゃんの! ちょっといいとこ見てみたい!

 

 ――しょ、しょうがないなぁ!

 

 

 ちょろいな。

 

 

「待っててセフィリアさん! 僕、誰か他の人を呼んでくるから!」

 

 

 トレインは走った。

 倒れ伏したセフィリア、締まりのない顔のネメシスを残して、走り出した。

 逃走――否、これは戦略的な撤退である。

 ティアーユ達への口裏合わせを行うためにも、此処はネメシスと二手に分かれるのがベスト。

 決してトラウマから逃げるためだとか、ネメシスに嫌なことを押し付けた訳でもない。

 

 

「わはははは! マスール銀河最強の賞金稼ぎ、ガチ・ムーチョ様の登場だ!」

 

 

 そして、そんなトレインに神は試練を与える。

 背中に強大な金砕棒を背負った変な恰好の宇宙人が、突然現れた。

 

 

「てめーは手を出すんじゃねーぞ、ガチ・ムーチョ。このガキ共を人質にすりゃ、≪赤毛のメア≫も手が出せねーはずだ。オレ様の宇宙海賊バロック団を壊滅させた恨み、晴らさでおくべきか」

 

「その案には賛成だが、とどめを刺すのはボクだよ。全身サイボーグ化された、その恨みをね」

 

「私も引くわけにはいかぬな。彼女への雪辱を晴らすため、一睡もせずに鍛えたのだから」

 

 

 更に湧いてきた、変な三人組が。

 

 

「悪いが坊や。あんたはこのあたし、≪暴虐のアゼンダ≫が利用させてもらうよ。あのクソガキ、≪金色の闇≫に復讐する、そのための人質としてね」

 

 

 エロい服着た女の人まで登場してきた。

 

 

「…………」

 

 

 そのままスルーすることにした。

 

 

『ちょっと待てぇえええええええええ!!』

 

 

 しかし、回り込まれた。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 曰く、賞金首である≪金色の闇≫と≪赤毛のメア≫を捕らえるために。

 曰く、≪赤毛のメア≫への復讐のために。

 曰く、同じ殺し屋である≪金色の闇≫に負けて地に堕ちた信用を復活させるために。

 

 

「すんません。やっぱ俺帰ってもいいっすか?」

 

 

 結論。

 全部ヤミとメアの仕業だった。

 

 

「……どうやら、痛い目見なきゃ分からないようだねぇ!」

 

 

 そう言って、アゼンダは腰に巻かれた鞭を振るってきた。

 速度は相当なもの、常人には到底目で追うことのできないだろう速度。

 

 

「なっ!?」

 

「あのさぁ。こう見えて俺、急いでんだよね。だから、あんた等の相手してる暇はないのよ」

 

 

 だが、トレインには止まって見える。

 かつての同期、≪時の番人(クロノ・ナンバーズ)≫の鞭使いに比べれば、アゼンダの技量は天と地ほどの開きがある。

 無造作に翳した手が鞭の先端を掴み取り、唖然とするアゼンダを見据えた。

 

 

「邪魔だ、失せろ」

 

 

 言葉に殺気を込め、格の違いを知らしめようと言い放とうとして、

 

 

「うっ……」

 

 

 背後からセフィリアの呻き声が聞こえた。

 

 

「わぁあああああああ!? 僕怖いよぉおおおおおお!?」

 

 

 全力で無力な子供ですよアピールを敢行した。

 掴んだ鞭を放り捨て、全力で後ろへと駆け出す。

 はたして、そこにはゆっくりと立ち上がるセフィリアとなにやってんだこいつ的な目を向けてくるネメシスがいた。

 

 

「お、驚かせやがって……ただのマグレか」

 

「ボクでも見切ることが出来ないアゼンダの鞭を、あんな子供が見切れる筈がないよ」

 

「ふ、所詮はただの子供ということか」

 

 

 自分の演技力には脱帽するしかない。

 敵を欺くその技量、子役デビューも夢ではないとトレインは思った。

 

 

「も、申し訳ありません。手を煩わせてしまって……」

 

「いや、気にするな。私はただ、トレインに頼まれただけで――」

 

「危ないネメちゃん伏せろぉおおおおおおお!!」

 

「うきゃぁあああああああああああああああ!?」

 

 

 ネメシスを押し倒した。

 

 

「ネメちゃん怪我はない! どこか痛む? 大丈夫だよ僕が着いてるから!」

 

「どどど、どうしたのだ? 本当に今日のトレインは変――」

 

「僕の名前はクロだよネメちゃん! まさか名前を間違えるなんて!? くそぉ、あいつ等めぇ! 絶対に許さないぞぉ! あまりのショックでネメちゃんがおかしくなっちゃったじゃないか!」

 

 

 ネメシスの顔を搔き抱き、セフィリアの死角へと隠す。

 内緒話の為の至近距離だが、突然の事態にネメシスの顔が爆発したように真っ赤になった。

 

 

「俺、クロ。ネメシス、ご近所の幼馴染。設定説明終了。アンダスタン?」

 

「ち、ちち、ちか、ちっ……か、かお、ちかっ……!?」

 

「――あのっ」

 

「ぎゃあああああああああああっ!?」

 

「どうしたのですかクロ君!?」

 

「怖いよネメちゃぁああああんっ!?」

 

「くっ、こんなに怯える子供を人質にするなんて……なんと卑劣な!」

 

 

 連中じゃないよ、お前が怖いんだよ。

 

 

「うるせーぞお前等!!」

 

 

 轟音と迸らせ、地面に金砕棒を突き立てたガチ・ムーチョが怒鳴り上げた。

 

 

「いいか! お前らは≪金色の闇≫と≪赤毛のメア≫を誘き寄せるための餌だ! しらばっくれても無駄だぞ! お前らガキ共が二人と親しいことは調べがついてんだからな!」

 

 

 屈強な体格から繰り出される強力な一撃は確かに脅威だ。

 だが、スピードがまるでない、典型的なパワータイプなのだとガチ・ムーチョを評す。

 この中で最弱だろうネメシスでも、楽に処理できる相手だと判断する。

 

 

「……ネメちゃん、どのくらい回復してる?」

 

「ふぁ……んんっ、その……実体化しての戦闘は無理だ。短時間なら可能だが、これだけの人数が相手だと内包しているダークマターの方が先に尽きる」

 

 

 しかし、あくまでもそれは全快状態だったらという前提での話。

 短期間とはいえ≪変身融合(トランス・フュージョン)≫の依代だったんだ、ネメシスが現状戦力になることといえば、トレインの補助が精一杯だろうことは想像に容易い。

 ≪プロジェクト・ネメシス≫がどのようなコンセプトなのかは知らないが、ヤミやメアのように自身が戦うのではなく、誰かに≪変身融合(トランス・フュージョン)≫しつつ不定形であるダークマターの特性を生かした自由度の高い≪変身(トランス)≫でサポートに徹する方が、実体化の維持にエネルギーを消耗するネメシスには理に適っているのだから、別に問題はない。

 しかし、今回ばかりは得手不得手など度外視してでも戦ってもらいたかった。

 

 

「それで、クロはあの女にはどこまで隠すつもりなのだ?」

 

「僕の正体に繋がる全て。トレイン? 誰それ、電車男? 僕はただの子供だよ?」

 

「別にバレても構わんだろう? 最悪、力尽くで口封じをしてでも……」

 

「……滅界怖い滅界怖い滅界怖い滅界怖い滅界怖い滅界怖い滅界怖い滅界怖い――」

 

「すまん。すまんクロ、私が悪かった。悪かったから、頼むから戻ってきてくれ」

 

「…………正体がバレるのは死ぬとき……か……」

 

 

 ネメシスは勿論、今回はトレインも戦力外だ。

 よって、連中の相手はセフィリアに全部丸投げしよう。

 傍迷惑な連中だが、セフィリアを相手にする彼等に心底同情するトレインだった。

 ≪桜舞≫で翻弄、≪雷霆≫で超接近、≪滅界≫、相手は死ぬ。

 幾度となく喰らってきたセフィリアの必殺コンボを思い出し、ホロリと涙が頬を伝う。

 

 

「…………」

 

 

 ざっ、と前に立つセフィリア。

 立ち姿は歪み、息遣いは荒く、脚は小刻みに震え、腰にある筈の絶対相手殺すウェポンが――

 

 

「ひょ?」

 

 

 この時、脳裏を過ったのはティアーユの顔。

 彼女はなんと言っていただろう、何故自分達はセフィリアの迎えに行ったのだろう。

 

 ――今のセフィリアは、本来ならば出歩けるような体ではない。

 

 全盛期のトレインが、唯一守勢に回らざるを得なかった最強剣士。

 だが、彼女の奥義である≪滅界≫を放ってきた愛剣≪クライスト≫は、どこにも見当たらず。

 立つことさえ一杯一杯の今のセフィリアからは、その面影を感じることさえ難しかった。

 

 

「なんだ、女。用があるのはガキ共だ、テメーは引っ込んでろ」

 

「……そうは、いきません」

 

 

 睥睨するガチ・ムーチョに、セフィリアは真っすぐ見返す。

 

 

「どうするよ?」

 

「ヒヒ……必要なのはガキ二人だからね。彼女は必要ないよ」

 

「……邪魔者は、消す」

 

 

 直後、三人組が動き出した。

 上空から一人、左右に一人ずつ、ガチ・ムーチョはその場で不動。

 いや、傍にある瓦礫に向けて、強大な金砕棒を振りかぶった。

 反射的に懐の装飾銃に手が伸びそうになり、身構えるセフィリアに動きを止める。

 

 

「おらぁ!」

 

 

 豪快なスイングの後、粉砕された瓦礫が散弾となって殺到。

 対し、振り返ったセフィリアはトレインとネメシスを抱え、その場から飛び退った。

 

 

「あばばばばばばばばばば」

 

「く、クロ君!?」

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される」

 

「大丈夫ですから! 私が守りますから!」

 

「胃が胃が胃が胃が胃が胃が――!!」

 

「……なんなのだろうな、この状況」

 

 

 セフィリアに触れられた瞬間、再発するトラウマ現象。

 全身が震え、汗が吹き出し、胃が有り得ない音を奏でる。

 それを恐怖から来る異変だとセフィリアは思い、安心させようと強くトレインを抱き締め、余計に悪化する拒絶反応、これぞまさに悪循環。

 あまりにも奇天烈な光景に、セフィリアに抱き抱えられ、ネメシスは遠い目をするのだった。

 

 

「潰れろぉ!」

 

 

 三人組の一人、海賊風の出で立ちの男が自らの武器の先端を分離させ、そのまま射出。

 セフィリアは最小限の動きで躱し、本体と繋がるワイヤーの上に降り立つ。

 

 

「こいつっ」

 

 

 三人組の一人、サイボーグ男が翳す掌が発光し、幾つもの光弾がセフィリアを襲う。

 しかし、ワイヤーの上という悪条件な足場であっても、彼女の足運びは流麗だった。

 踊るように光弾を捌き、流れ弾がワイヤーを直撃、そのまま焼き切れてしまう。

 

 

「どこ狙っていやがる!」

 

「す、すまない!」

 

「――斬る!」

 

 

 地面に降り立つセフィリアに、三人組の最後の一人、着流し男が肉薄。

 着地する軸足目掛け、鞘から抜き放った刀の一撃を見舞うが、

 

 

「ふっ――」

 

「なんと!?」

 

 

 足場なき空中で体を捻り、繰り出された踵落しが刀身をへし折った。

 

 

「……引きなさい。命までは奪おうとはしません」

 

 

 額に汗を浮かべ、荒い息を付くセフィリアは、なるほど確かに全快には程遠い。

 しかし、宿る意思の光は消えることはない。

 明王を彷彿とさせるセフィリアの威圧に、三人組は揃って後ろ足を引いてしまう。

 

 

「や、やるではないか、セフィリアとやら」

 

「……こちらこそ、手荒な真似をしてすみません」

 

「ネメシスだ。別に気にすることはないぞ」

 

「それは良かった。ところで、クロ君は……」

 

「…………」

 

 

 返事がない、ただの屍のようだ。

 

 

「クロ君――」

 

「あたしを無視すんじゃないよ!」

 

 

 迫り来る鞭に飛び退くが、地を這う蛇のように絶えずセフィリアを追尾。

 執拗に追いかけてくる鞭から逃れることは、今のセフィリアには困難だった。

 だからといって、この体では長期戦は得策ではない。

 足を止め、迎え撃とうと身構えるセフィリアに、アゼンダは片腕を突き出す。

 

 

「体がっ」

 

 

 念動波。

 高速の鞭と並び、≪暴虐のアゼンダ≫の得意とする異能。

 お静の霊能力には劣るが、本調子ではないセフィリアの動きを阻害するには十分すぎた。

 

 

「そぉら!」 

 

「くっ……!!」

 

 

 トレインとネメシスの矢面に立ち、アゼンダの鞭がセフィリアを襲う。

 一閃、二閃、三閃――。

 服が弾け、皮膚が裂け、血が滲み、それでも鞭の嵐は止まない。

 それでも、絶対に傷付けさせまいと歯を食いしばるセフィリアに、傍観を決め込むネメシスではなかった。

 

 

「お、おいクロ! 起きろ! 起きないか!」

 

 

 必死の呼び掛けに、しかしトレインが反応することはない。

 うわ言のように「滅界怖い滅界怖い滅界怖い」と繰り返すだけだ。

 

 

「くそっ」

 

 

 だからこそ、ネメシスが動く。

 内に蓄積されたダークマターを解き放ち、周囲へ散布。

 ≪変身(トランス)≫による防御壁が展開され、アゼンダの鞭を防ぐ。

 

 

「ネメシスさんっ」

 

「長くはもたん! 早く此処から離れろ! ドクター・ティアーユ達に助けを求めるんだ!」

 

「ですが……」

 

「いいから行け!」

 

 

 暫くの逡巡の後、踵を返そうとするセフィリアは、足をもつらせてしまう。

 倒れ伏し、立ち上がろうと両手を支えにするが、それさえも叶わない。

 

 

「邪魔だクソガキぃ!!」

 

「あぐっ!?」

 

 

 轟音、そして粉砕。

 ≪変身(トランス)≫によって構成された防御壁を突き破り、ガチ・ムーチョの金砕棒がネメシスを襲う。

 直撃こそ免れたが、実体化と合わさり急速に消費されるダークマターに、ネメシスの体は無意識のうちに思念体へと変換され、緊急避難先としてトレインへと≪変身融合(トランス・フュージョン)≫されてしまった。

 トレインは使い物にならず、セフィリアも負傷が重なり立つこともままならない。

 

 

「さぁて、凌辱タイムの始まりだよ」

 

 

 背後にガチ・ムーチョを、囲い込むように三人組が油断なく距離を詰める。

 絶対絶命の状況下、それでもセフィリアはトレインを守ろうと力一杯抱き締め。

 そんな彼女達を、嗜虐的な笑みを顔に刻み、鞭を扱き、アゼンダは迫る。

 

 そこから先は、嬲り殺しのように一方的なものだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 自分が犯した罪を見せつけられているようだった。

 

 クリードとの激戦の後、度重なる≪滅界≫により、体はかつてないほど消耗されていた。

 この世に生を受けた直後、抹殺人として生きることを宿命付けられた、この身に施された治癒能力向上の強化手術がなければ死んでいてもおかしくはない、それほどの消耗。

 でも、体が全快だったならば、もう一度命を断とうとしていただろう。

 もし≪クライスト≫が無事ならば、躊躇なくその刃を心臓に突き立てていただろう。

 ティアーユの静止を振り切り、何度もこの丘に足を運ぶのは、身投げでも考えたからか。

 彼の居ないこの世に、もう未練などない。

 だから、今度こそはと思って足を運んだ丘の上で、少年と出会った。

 暗色の髪、金の瞳、鈴付きの真っ赤なチョーカー、左鎖骨に刻まれた≪XIII≫のローマ数字。

 もういない、最愛の彼を彷彿とさせる、そんな少年とセフィリアは出会ってしまった。

 

 クロと名乗る少年は、まるで罪の象徴のようにセフィリアの心を抉っていく。

 瞳に宿るのは過度の怯え、行動一つ一つが自分を拒絶するような挙動を取られてしまう。

 それでもと、距離を縮めようと、連中の脅威から守ろうとして。

 アゼンダから執拗に振るわれる鞭の連撃に晒されながら、そんな自分の過ちを悟った。

 まただ、また自分は一人善がりな行動を取ってしまったのだと。

 相手の迷惑を顧みず、自分の想いだけを押し付ける、なんて自分本位な考えだ。

 また繰り返すのか、最愛の彼を彷彿とさせる少年に、また。

 

 

「あはははっ! これで何発目だい! 一体いつまでもつんだろうね!」

 

 

 セフィリアは不器用な人間だ。

 生まれてから今まで、その身は≪クロノス≫に捧げ、培った力は対象を抹殺する術だけ。

 そんな人間が、誰かのことを想うなど間違っているのだろうか。

 

 

「決めたよ! あんたは殺さない! 死ぬ寸前までいたぶって、どこかの金持ちに売り飛ばすんだ! 幸い顔だけはいいんだ! その体を上手に使えば妾くらいにはしてもらえるだろうさ!」

 

 

 それでも。

 例え間違いだったとしても。

 何度同じような局面に出会ったとしても。

 

 

「でもね! そんなあんたにチャンスをあげようじゃないの!」

 

 

 もう、何もしない選択だけはしたくないから。

 自分の居ないところで、最愛の人が傷付き、息絶え、その身を散らしてしまうなんて。

 嫌なんだ、なにも出来ないなんて、そんなの嫌だから。

 

 

「そのガキを差し出しな! そうすればあんたは助けてやるよ! だから選ぶがいいさ! 我が身可愛さにガキを犠牲にするか! それともご立派な自己満足に浸って地獄を見るか!」

 

 

 だから、セフィリアは――。

 

 

「…………い、やだ」

 

「あ?」

 

 

 鞭の嵐が止み、倒れ込みそうになる体を意思の力で奮い立たせ。

 背を向けていたセフィリアは、振り返り、アゼンダを見上げる。

 不屈の心を宿した、真っすぐな目で。

 

 

「この、子、は……渡さない……絶対に、渡す、もんか」

 

 

 体力が底を尽き、体はボロボロ、虫の息寸前の体だ。

 それでも、セフィリアの言葉には芯があった、強い響きが込められていた。

 

 

「今度こそ……私は……絶対にっ……!」

 

 

 生まれてから培ったものは全て、この時のために。

 人殺しの技術も、強化手術を施された肉体も。

 自分の知らぬ場所で、知らぬ時間に、失ってしまった最愛の人は守れなかったけれど。

 それでもせめて、この少年だけは。

 最愛の人を思い出させる、背中の少年だけは、絶対に。

 

 

「守るんだ! この命に代えてでも!」

 

 

 返答は、冷淡だった。

 

 

「あっそ。じゃあ、死ねば?」

 

 

 念動波によって硬質化された鞭の刺突。

 躱せる体力はない、例え合っても躱さない。

 今セフィリアが避ければ、後ろのクロに当たってしまう。

 華奢な身体を目一杯に広げ、迫り来る痛みに、それでもセフィリアは目を閉じなかった。

 

 

 轟砲。

 

 

 鋭利だった鞭の先端が裂け、潰され、微塵にされる。

 それは、一発の銃弾では有り得ない現象だった。

 時が拍を刻むのを忘れてしまったかのように、静まり返る丘で唯一、セフィリアの思考は回る。

 常人より遥かに優れた、セフィリアの聴力だからこそ、その音を捕らえることが出来た。

 

 ――六発。

 

 一度の銃声で、六発の銃弾を射出する、神がかった銃技。

 そんな芸当が出来るのも、それを可能にする銃も、セフィリアが知る限りは一つだ。

 だって、≪六連続早打ち(クイック・ドロウ)≫は、彼が最も得意とする技なのだから。

 

 

「すんません。俺、あなたに嘘をついてました」

 

 

 止まっていた拍が、再び刻み出した。

 幾つもの金属音を響かせ、排出し終えたシリンダーに、新たな銃弾を装填。

 その小さな体には不釣り合いなほど大仰な装飾銃を握り締め、少年はセフィリアの前に立った。

 だが、誰もが言葉を発せない。

 少年が醸し出す、誰もが膝を屈してしまいそうな覇気は、発言の自由すら彼等から奪い去る。

 

 

「何者だい、あんた」

 

 

 それでも、沈黙の方が苦痛だと。

 やっとの思いで紡がれたアゼンダの問いかけに、少年は淀みない口調で答える。

 

 

「秘密結社≪クロノス≫所属。No.≪I≫、セフィリア=アークス率いる特務部隊≪時の番人(クロノ・ナンバーズ)≫のNo.≪XIII≫、トレイン=ハートネット。授かりしオリハルコン製の武器は装飾銃≪ハーディス≫」

 

 

 その言葉の後、準備は終わったと、握っていた装飾銃を横へ突き出した。

 周りに見えるように、銃身に刻まれた≪XIII≫の刻印を見せつけるように。

 ≪時の番人(クロノ・ナンバーズ)≫へ入隊時、セフィリアから授かった、この世に二つとない、世界最高最強の超金属≪オリハルコン≫によって生成された自慢の相棒、装飾銃≪ハーディス≫を、誇らしげに。

 

 

「……っ……ぁっ……」

 

 

 幾度となく口にした言葉が出てこなくて。

 枯れ果てた涙が幾度となく溢れだしてきて。

 瞳から大粒の涙を流し、懸命に絞り出したのは、返ってくることのなかった六つの言霊。

 

 

「ハート、ネット」

 

 

 紡ぎ出す、最愛の人の名前。

 振り返り、笑みを浮かべた少年の顔が、懐かしい青年の笑顔と重なる。

 

 

「セフィリア先輩」

 

 

 たった一つの願いは、成就された。

 愛する人に逢いたい。

 決して叶うはずのなかった願いが、今。

 

 

「後は任せてください。今度は俺が、あなたを守ります」

 

 

 自由気ままな野良猫が今、最強の抹殺人(イレイザー)である≪黒猫(ブラックキャット)≫として、セフィリアの前に立つ。

 背中の守護する者に幸福を、眼前の仇なす者へ不吉を届けるために。

 

 

 

 

 




女剣士視点「ハートネット……(ズキューン)」
主人公視点「滅界怖い滅界怖い滅界怖い……!!」

すれ違いって怖いなー(棒

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