美柑と黒猫と金色の闇   作:もちもちもっちもち

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セフィリア

 折れた。

 

 不壊物質≪オリハルコン≫で構成された長剣≪クライスト≫。

 剛ではなく柔で、力ではなく技術を持って敵を圧倒する≪アークス流剣術≫。

 加えて、超速奥義≪滅界≫に耐えうることのできる唯一の剣が、その美しい原型をなくす。

 粉々に砕け散り、僅かに残った刀身と柄だけの存在へ≪クライスト≫はなり果ててしまった。

 幾百幾千、あるいはそれ以上に放たれた≪滅界≫に、≪クライスト≫の耐久が限界を迎えたのだ。

 だが、限界を迎えたのは、担い手もまた同じで。

 そして、度重なる≪滅界≫により、彼の命もまた、限界を超えてしまった。

 

 

「…………」

 

 

 欠損した四肢が、再び元の形を取り戻そうとする。

 数えるのも億劫になるほど繰り返された光景。

 だが、その再生速度は当初とは比べものにならないほど緩やかだった。

 その上、再生箇所は歪。

 完璧を至上とする彼を知る者なら、それは絶対に起こり得ることのない修復。

 ≪G.B(ゴッドブレス)≫と言えど、基を辿ればただの機械であり、人間の手で造り上げたものに過ぎない。

 この短期間で再生能力を酷使されれば、機能不全を起こしても何らおかしくはなかった。

 

 

「……これで、最後です」

 

 

 だからこそ、セフィリアは悟る。

 次の≪死≫が、クリードの最後だということを。

 

 

「……僕の負けだよ」

 

 

 空から降り注ぐ光の粒子。

 ≪幻想虎徹(イマジンブレード)≫と呼ばれる、≪SWORD()≫の≪(タオ)≫を基にして形作られた異能の残骸が、光の粒子の正体だった。

 クリードの体の一部であり、彼の心の具現化したものこそが、≪幻想虎徹(イマジンブレード)≫LV.MAX。

 しかし、己の一部が砕けてもなお、クリードの表情に変化はない。

 とうの昔に、クリードの心は折れていた。

 トレインに致命傷を負わせ、彼が死んだと悟った時点で、修復など不可能なほどに。

 

 

「……殺してくれ」

 

 

 それは、懇願だった。

 心からの、クリードの願いだった。

 

 

「彼のいない世界なんて、生きる意味などないんだ。君だけなんだ。僕では、僕自身を殺し切れない。≪G.D(ゴッドブレス)≫の製作者も匙を投げた。だから、君だけなんだよセフィリア=アークス。君だけが、不死となった僕を殺せる、唯一の存在」

 

 

 クリードの力、≪幻想虎徹(イマジンブレード)≫は諸刃の剣だ。

 担い手の心に反応し、その姿をより強力に、禍々しい姿へと進化していく。

 だが、それは同時に、≪幻想虎徹(イマジンブレード)≫とクリード自身の心との密接な同調を意味する。

 ≪幻想虎徹(イマジンブレード)≫の進化は、彼自身の弱点の露呈に繋がるのだ。

 そして、クリードはこの戦いでは、最初からレベルを最大限にまで引き上げていた。

 防御を捨て、最大の攻撃を持って圧倒することもなく、≪滅界≫に無抵抗に殺され続けた意味。

 

 

「僕を……殺してくれ…………頼む…………っ」

 

 

 クリードは、最初から死ぬつもりだった。

 

 

「…………」

 

 

 だからだろうか。

 閉じた瞳から涙を流すクリードを見て。

 懺悔と懇願を受け止めて。

 

 

「――――」

 

 

 生まれて初めて。

 心の底から。

 セフィリアはキレた。

 

 

「ふ……ざけるなぁあああああああああああああっ!!」

 

 

 咆哮。

 激情のままに折れた≪クライスト≫をクリードの横へ突き立て、胸倉を掴み上げる。

 

 

「そうまでハートネットが大事なのなら! 掛け替えのない存在なのだと分かっていながら! どうしてあなたはそのような選択しか取れなかったのですか! なぜ関係のない者まで巻き込んだのですか!」

 

 

 トレインの人となりを知る者なら、誰もが理解していることだ。

 最強の存在でありながらも、彼は完璧な強さを手にしてはいない。

 例え無関係の間柄であっても、目の前で失われそうな命を彼は見て見ぬ振りなどできはしない。

 不殺の抹殺者(イレイザー)は、死よりも生を持って罪を贖わせる彼の在り方は、誰よりも優しい彼が差し伸べる救いの手こそが、最強であっても完璧な強さには成り得ない、トレインの唯一の弱点。

 だからこそ、セフィリアはトレインとの戦いには一対一に拘り続けた。

 手段を選ばぬ≪クロノス≫にも、加勢を願う≪時の番人(クロノ・ナンバーズ)≫にも譲らなかった、己に課したルール。

 卑劣な真似をしてまで叶える理想など、なんの意味もないのだから。

 

 

「イヴが! ティアーユが! スヴェンが! 彼女達だけじゃない! ハートネットに救われたたくさんの命達が! ハートネットの無事を願う彼女達が今この瞬間もどんな気持ちでいるか! 大切な人を傷付けられた彼女達のことを少しでも考えたりはしたのですか!」

 

 

 だから、叫ばずにはいられなかった。

 自分と同じように、幾度もトレインに挑んだクリードだからこそ。

 セフィリアと同じ気持ちを抱いている筈だと、そう思っていたから。

 

 

「友として、ハートネットと歩む道はなかったのですか!」

 

 

 トレインに友情を感じていたと、そうクリードは言っていたのだから。

 

 

「は、ははっ……どうやら、君には隠し事は出来ないようだね……っ」

 

 

 折れた筈の心が、色を失った瞳に宿るもの。

 判別の付かないほどに深く混ざり合った、混沌然とした感情をクリードは爆発させる。

 

 

「歩みたかったさ! トレインは僕にとって唯一無二の存在だった! 友と呼べるのは後にも先にもトレインだけだったんだ!」

 

「なら、どうして……!!」

 

「これしかなかったんだよ! 弱い僕が最強である彼と対等になれる唯一の方法! 愚かな過去の僕にはそんな間違った選択しか出来なかった!」

 

 

 激情と激情。

 剣の代わりに感情が入り乱れ、憎み合うも似た者同士だった両者は初めて向き合う。

 

 

「≪クロノス≫にいてはトレインは飼い殺しにされるだけと思った! 彼の居るべき場所はあそこじゃない! だから創ったんだ! 彼に相応しい場所を! ≪星の使徒≫を! でもトレインは僕の元に来てくれなかった! だから実力行使に出るしかなかった! そのために僕は≪G.B(ゴッドブレス)≫を造りだしたんだ! 強過ぎる彼と対等になるために! その為の不死だったんだ! だけど! それでも! 最強である彼には届かなかった! ならどうすれば良かったんだ! どうすれば僕はトレインと対等になることが出来たんだよ! 昔のように彼の友達でいたかったのに! それだけが僕の願いだったのに!」

 

 

 劣等感。

 幼少時代から娼婦であった母親に存在を否定され、助けてと縋った警察官からはストレスの捌け口にされ、世の中から爪弾きされてきた、トレイン以外には語ったことのないクリードの過去。

 トレインを友だと思えば思うほど、友達で居続けたいと願えば願うほど。

 ふとした時、クリードは考えてしまうのだ。

 最強であるトレインが、弱い自分を必要としなくなる、そんな考えたくもない未来を。

 認められたい、対等でありたいという願いが、いつの間にか歪んだものへと変わってしまった。

 決して届くことない、最強の名を冠したトレインの背中の遠さに気付いてしまったから。

 

 

「勧誘も失敗! 実力行使でも敵わない! なら手段なんて選んでいられない!」

 

 

 今だからこそ分かる。

 大切な者を失ったクリードだからこそ、過去の自分が愚かだったのだと理解している。

 

 

「どんな手を使ってでも僕はトレインに勝つ必要があったんだ! だから彼女を利用したんだ! 利用してしまったんだよ僕は! 勝利という誘惑に負けてしまって! イヴを庇うトレインの心の臓に≪幻想虎徹(イマジンブレード)≫を突き立ててしまったんだよ!」

 

 

 その選択が、トレインが最も忌み嫌うものだと気付いたから。

 目の前で奪われそうになった命を前に、トレインがどんな行動を取るのかに気付いたから。

 卑劣な手段で得た勝利に、意味などないことに気付いていたから。

 

 

「僕は……ぼく、はっ……この手で、友を……殺めてしまったんだ……!!」

 

 

 でも、気付くのが遅すぎだ。

 取り返しのつかないことしてしまったということに、気付いてしまったんだ。

 

 

「……ははっ……笑ってくれよ、セフィリア。君と僕は決定的に違う。同じトレインに敗れた者同士でも、君は最後まで諦めなかった。正々堂々、トレインを越えようと挑み続けた君は、本当に気高く美しかった。卑劣な手段を使ってさえ、勝利を得ることのできなかった僕は、さぞ醜いことだろう」

 

 

 実力でも、トレインへの想いさえも、自分は負けていたのだと。

 自嘲的な笑みを刻み、翳した掌で顔を隠し、それでも隠しきれない感情。

 僅かに覗く口元は戦慄き、続く声音は言葉にならなかった。

 

 

「…………」

 

 

 そんなクリードを見下ろしながら、セフィリアは思った。

 

 

「……醜いですね」

 

 

 まるで、自分を見ているようだと。

 

 

「本当に、どうしようもないほどに、醜い」

 

 

 トレインの強さに折れ、畜生の道に堕ちてしまった、そんな自分。

 理想などかなぐり捨て、手段を選ばず、勝つことのみに固執し、トレインを屈服させる。

 気分がいいだろう。トレインの弱点を知る自分なら容易だ。それで彼の全てを手に出来るのだ。

 卑劣な手段で得た勝利に意味などない?

 そんなものが霞んでしまうほどの価値が、トレインにはあるではないか。

 

 

「ハートネットの迷惑を顧みず、自分の想いだけを押し付ける。なんて自分本位な考えでしょう」

 

 

 後悔と懺悔の念に呑まれるクリード、糾弾するセフィリア。

 だけど、この構図が入れ替わることは十分にあり得たんだ。

 気高く美しく見えたのは、醜い本心を隠そうと躍起になっていたからだ。

 トレインに挑み、一蹴され、それでも挑み続け、その度に力の差を見せつけられて。

 何度も心が折れた。正攻法では勝てる訳がないと何度も諦めた。勝利のためには手段を選んではいられない、そんな誘惑に幾度となく負けそうになった。

 

 

「勧誘の手を掴まないのも、実力行使が叶わないのも、全部が全部、当然です」

 

 

 だけど、叶えたい理想があったから。

 それでも、伝えたい思いがあったから。

 

 

「ハートネットに嫌われて当然のことをしてきたのですから」

 

 

 死よりも生を持って罪を贖わせる彼の在り方で、≪クロノス≫を変えたい。

 胸に秘めたこの気持ち、彼に伝えたい。

 

 

 

 

「ハートネットは、生きています」

 

 

 

 

 セフィリアを突き動かすのは、たった一つの想いだった。

 

 

「ティアーユが、ナノマシン移植の施術をハートネットに施しました」

 

 

 折れた心は治せばいい。それでも折れてしまったなら、また治せばいい。

 勝てないのなら、更なる研鑽を詰むまでだ。勝てるようになるまで、強くなればいい。

 

 

「スヴェンが、失踪したハートネットの行方を追っています」

 

 

 何度折れても、何度諦めても。

 弱い自分が、容赦のない現実から逃げだしそうになったとしても。

 絶対に、この想いだけは曲げる訳にはいかないんだ。

 

 

「イヴが、ハートネットの無事を願っています」

 

 

 大好きです、トレイン。――愛しています。

 

 

「ハートネットに救われたたくさんの命が、彼の帰還を待っています」

 

 

 真っすぐに、彼の目を見て、自分の気持ちを伝えるその時まで。

 

 

「クリード=ディスケンス。あなたはいつまでそうしているのですか。ハートネットは死んだと、自分のせいだと、そうやって自分を責め続けることに、一体何の意味があるというのです」

 

 

 セフィリアは、微笑む。

 

 

「立ちなさい。立って、前を向きなさい。後ろを振り返ることは大事なことです。でも、それは今ではない。ハートネットを見つけた時に、好きなだけ後悔なさい。気の済むまで謝り続けなさい」

 

 

 理想の体現。

 死よりも生を持って罪を贖わせる、そんな彼の在り方を実践する。

 今はいない、いなくなってしまった彼の代わりに。

 トレインなら、きっとこうしていたと思うから。

 

 

「ハートネットを友だというあなたが、彼の無事を信じなくてどうするのですか」

 

 

 掴んだ胸倉を離し、折れた≪クライスト≫を拾い上げる。

 なおも動かないクリードを一瞥して、セフィリアは背を向けた。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 その言葉が、風に舞う。

 

 

「ありがとう、セフィリア」

 

 

 背中の独白に、セフィリアは何も言わず。 

 ふわりと唇を綻ばせ、静かにその場を後にする。

 激戦の爪痕を残す古城に降り注ぐ光が、あたたかく二人を照らし出した。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 セフィリアは歩いていた。

 ≪星の使徒≫のアジトである絶海の孤島を、目的もなく彷徨い渡っていた。

 どこに向かえばいいのか分からなくて、ただただ歩き続けていた。

 

 

「…………」

 

 

 アレだけ偉そうなことを言っておきながら。

 去った時に上げていた顔を俯かせ、笑みを潜ませ、確かにあった覇気は何処にもない。

 やるべきことは果たした。

 失意の底に沈んだクリードを叱咤し、前へと向かわせる。

 革命組織≪星の使徒≫が有する≪(タオ)≫の力は、必ずトレイン捜索に役立つはずだ。

 ≪クロノス≫、≪IBI≫、≪星の使徒≫。

 これ以上にないほどの組織が結託すれば、必ずトレインを見つけ出すことが出来る筈なのだ。

 するべきことなど、山のようにあるのに。

 一秒でも早く、動き出さなければいけないのに。

 

 

「…………」

 

 

 針を刺す様な激痛、絶えず付きまとう倦怠感。

 何度放ったかも分からない≪滅界≫の反動は、確かな傷をセフィリアの体に残していた。

 極限まで無駄を削ぎ落とすことで連発を可能にしたとはいえ、塵も積もれば山となる。

 休息を訴える体を無視して、それでもセフィリアは歩き渡り続けた。

 

 

「…………」

 

 

 トレインは生きている。

 ティアーユにも、スヴェンにも、イヴにも、クリードにだって。

 トレインの生死を疑問視する彼等に、セフィリアは言ってきた言葉だ。

 呪文のように、事実のように、当然であるかのように、言い続けてきた言葉だ。

 考えないように、その可能性に至らないように、現実と向き合わないために言い聞かせてきた言葉だ。

 他の誰でもない。

 セフィリア=アークスが、自分自身に言い聞かせてきた言葉だ。

 

 

「…………」

 

 

 一年だ。

 常に掴めた所在が掴めず、消息を絶たれてから、既に一年が経っている。

 生きているのなら、痕跡の欠片くらいは掴めて当然の年月だ。

 なのに、≪クロノス≫も≪IBI≫でさえ、トレインの消息は一向に掴めない。

 では何故、トレインを見つけ出すことが出来ないのか。

 そんなの、子供だって分かることではないか。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 やめろ。

 やめろ。

 やめろ。

 

 

「…………ぁ……ぁぁっ……」

 

 

 考えるな。

 考えるな。

 考えるな。

 

 

「ぁ……ぁぁ……っ、ぁ……ぁぁぁ……」

 

 

 トレインは生きている。

 トレインは生きている。

 トレインは生きている。

 

 

「…………」

 

 

 本当に?

 

 

「――――」

 

 

 侵される。

 精魂共に尽き果てた心に、可能性という名の怪物が侵食していく。

 次々と思い浮かんでは消える、トレインと過ごした記憶。

 入団して、共に任務に当たり、憧れ、惹かれて、恋をして、脱退して、追い掛けて――。

 壊れる音が聞こえる。

 大切なものが、掛け替えのない思い出が、次々に壊れ、失っていく。

 

 

「…………ぅ、ぁぁっ、ぁぁぁああああああああああああ!?」

 

 

 絶叫を迸らせ、震える体を抱き締める。

 壊れた欠片を掻き集め、失った大切なものを探そうと躍起になる。

 それでも、壊れ、失っていく、大切なトレインとの思い出の数々。

 同時に砕けていく、セフィリアの心。

 

 

「ぅ、ぁ……ぁぁ、ぁあ……」

 

 

 セフィリアは泣きじゃくった。

 高潔を絵に描いたような佇まいを歪め、崩れ落ちたセフィリアは泣き続けた。

 両の目を瞑り、それでも流れ出る涙をこぼし、溜め込み続けていた弱音を吐き出した。

 

 

「…………ハートネット」

 

 

 たった一つの願いなのに。

 

 

「……どこですか」

 

 

 愛する人に逢いたい。

 

 

「どこに、いるのですか……っ」

 

 

 それだけなのに。

 たったそれだけの願いなのに。

 

 

「トレイン……っ!!」

 

 

 それは、一時の過ち。

 不意に視界の端で捉えた、≪クライスト≫の折れた刀身。

 覚束ない手付きで手繰り寄せ、逆手で握り締め、剣尖を自分自身に向ける。

 一年という年月は、少しずつ、セフィリアの心を蝕み続けていた。

 普段の彼女なら絶対に取り得ない選択をさせてしまうほど、今のセフィリアはボロボロだった。

 

 

「……最初から、こうすればよかったのです」

 

 

 トレインは、生きている。

 違う。

 トレインは、死んだんだ。

 

 

「……今、あなたのところに、向かいます」

 

 

 だから、旅立った彼の元へ向かう、たった一つの方法。

 唯一の手段を取ろうと、≪クライスト≫を持つ手に力を籠めた。

 

 ――パキン。

 

 瞬間、突き立てようとした剣尖が届く前に、残った刀身全てを失った。

 柄と鍔だけになり果て、胸に沈む≪クライスト≫を見下ろすセフィリアの意識が白く染まる。

 陽の光か、それとも別の何かか。

 閃光のような眩しさの中、僅かな力を振り絞って、閉じようとする瞼を開いた。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 意識を失う寸前、見上げた空に浮かんでいたもの。

 最愛の人と同じ金色の月が、静かにセフィリアを見守っていた。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 目を開ければ、無機質な金属製の天井が映った。

 申し訳程度の明かりが室内を照らす。

 見覚えのない景色に高鳴る警戒心だが、全身を襲う気怠さがセフィリアのやる気を削ぐ。

 だが、徐々に近付いてくる足音に、疲れた体に鞭打って体を起こし、腰に手を伸ばす。

 

 

「……≪クライスト≫が、ない」

 

 

 空を切る感触。

 辺りを見回し、長年共にしてきた愛剣の姿を探すも、長くは続かない。

 ≪クライスト≫は刀身を失い、武器としての死を迎えてしまったのだから。

 

 

「――あっ!」

 

 

 消沈するセフィリアの耳に、その声は届く。

 記憶にあるものよりも幾分か華やいだ声音に、セフィリアは顔を上げた。

 

 

「良かった! 目が覚めたのね! どこか痛いところとかない? 気分は大丈夫?」

 

 

 矢継ぎ早に語られる質問に面食らったのは、セフィリアの知る彼女との差異を感じたから。

 研究者らしい、自分の興味のあること以外には淡々としていた様子は欠片もなく、人間味溢れる豊かな表情を次々と変えていく表情は、顔だけ同じで中身を入れ替えたみたいで。

 

 

「……ティアーユ」

 

「へっ? あの、どうして私の名前を……」

 

 

 戸惑いの表情を浮かべる彼女の容姿は、最後に見た時と何ら変わりはない。

 長く伸びた金髪に眼鏡、その奥に見えるクローン体である彼女と同じ赤い瞳――

 

 

「……緑の、瞳」

 

 

 縁のない眼鏡に彩られるのは、鮮やかな緑色の瞳。 

 声も容姿も瓜二つだが、たった一つの違いが強烈な違和感となってセフィリアを襲った。

 

 

「……あなたの、名前は?」

 

「あ、はい……えと、私はティアーユ・ルナティーク……はっ!? そそ、そのっ、このことは内緒で! その私っ、正体を隠して……だから、そのっ……!?」

 

 

 あたふたするティアーユの姿は、やはり自分の知る彼女とはかけ離れていた。

 だが、他人の空似にしては似過ぎている。

 イヴと同じクローンだと言われた方が納得できるほど、目の前のティアーユはセフィリアの知るティアーユとあまりにも共通点が多過ぎた。

 疲労を色濃く残す頭が納得のいく答えを導けず、なんとはなしに見た窓の先。

 赤、緑、青――。

 暗い夜空に浮かぶ、見慣れた金色の月は影もなく。

 見たことのない色とりどりの大小さまざまな星が、燦然と存在を主張していた。

 

 

 

 

 




Q.どうやって世界線を越えたの?
A.愛の力です。

本作開始当初から女剣士だのトラウマだの散々な扱いでしたが、それは全て主人公視点での話。
ちなみに、もし女剣士が敗北していたら、ヤンホモが来てました。

女剣士「でも大丈夫! 何故って? (トラウマ)が来た!」
主人公「」

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