IS~人柱と大罪人~   作:ジョン・トリス

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第十一話


悲劇の始まり。不幸の続き

 

最初から分かっていた、幸せにはなれないのだと。常に背後には黒い物が付きまとっており、自分を蝕んでいく。その星の基に産まれてきてしまったのだ。それでも良い事もあった、嫌な事と同じくらい良い事も。確かに幸福を感じていた。願わくばその幸福が永遠であればと何度も願った。でも・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---- 悲劇の始まり。不幸の続き ----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

目を閉じて意識を集中させる。客席に居る生徒達の声が此処まで響いて来るがそんな事は関係ないと自身の世界に入り込む。鈴との戦いを控えた秋終は、アリーナのゲート前に佇んでいた。

 

(・・・もうすぐだ)

 

緊張が体を蝕む。胃を捕まれてる感覚と込み上げてくる物があるが、それでも鈴との戦いに対する不安だけはなかった。ならこの緊張はどこから来るのだろうか。

 

(なんだろう・・・。嫌な予感がする)

 

根拠がある訳でもなくただの漠然とした物が、心の片隅に引っかかる。どうしようもなく嫌な感じであった。

 

ふと、携帯に目をやる。

 

(そういえば渡しそびれた)

 

昨日拾った茜の携帯電話、それが未だに秋終の手の中にあった。あれから本人が何も言ってこないのは、未だに落とした事実に気付いていない可能性がある。暫し眺めていれば、不細工なストラップと目があった様な気がした。

 

(・・・)

 

幾ばくかの感傷に浸っていると、

 

『渚、時間だ』

 

織斑教員が告げると秋終は短く返事をしてアリーナへと進み出す。呼吸を整えゆっくりと確実に足を進めて行く。だんだんと生徒達の声も大きくなり、光も近づいて来る。足取りは重くなどなかった。

 

「来たわね」

 

秋終が着くと既に鈴は腕を組ながら待っていた。赤を基調としたトゲトゲしいフレーム。双肩の上には球体の様な物が浮遊しており、手には三國志の武将が持ちそうな刃先が薙ぎ鉈の得物のを二本握っている。

 

(近接タイプか・・・)

 

浮遊ユニットの存在こそ気にはなるが、彼女の持つ武器を見て判別を下す。

 

「イギリス代表候補生に勝ったらしいじゃない」

 

「あぁ」

 

「それをまぐれとは言わない。そんなので勝てる程、アタシ達は甘くないから。アンタの実力か・・・それとも機体の性能か・・・どっちにしても油断しないから、全力で来い!」

 

小さい体の何処からこんな気迫が湧いてくるのか、秋終は鈴の姿に虎を幻視する。

 

(・・・のまれるな。大丈夫だ)

 

プレッシャーに押されそうになるが、何とか自分を鼓舞する事で耐え抜こうとする。しかし、どうにも馴れない物だと秋終は思う。普段と戦いとではこんなにも別人で、それがどうにもやりづらさを感じさせた。

 

(でも・・・)

 

そうも言ってはいられない。

自分は此処にいて戦うと決めたのだ。過程が何であろうと、嘗て義父が言った『誠実であれ』と云う言葉

がこの胸に残っており、なればこそ撤回する事は出来ないのだ。

 

(スピードで翻弄する!)

 

今度こそ、秋終は覚悟を決めた。

鈴の気迫、秋終の決意とは裏腹に会場は水を打った様に静寂に包まれていた。全校生徒の殆どが此処に居るにも関わらず、まるで二人の戦いを何一つ見逃さんと言わんばかりに黙って見守っている。

 

『クラス対抗戦、始め!』

 

織斑教員の合図が響いた。

 

「・・・っ!」

 

ほぼ同時と言ってもいいタイミングで心滅が翔んだ。観ていた者達が見失う程の急加速で、獲物を捉えた獅子の如く。だが、

 

「知ってるわよ!」

 

金属同士がぶつかり合う音が響く。秋終の急襲を鈴は難なく受け止めたのだ。そしてこの流れは当然でもあった。彼女は一度秋終の訓練の様を見てその速さを知っている・・・ともすれば、初めから急襲は急襲足り得ない事になる。分かっていれば対処の仕様など幾らでもあると言う事だ。

 

「これは・・・お返しよっ!」

 

攻撃を受け止められた無防備な秋終の体に、容赦ない蹴りが突き刺さる。唯の蹴りだと云うに、砂塵を巻き上げながら吹き飛ばされる姿からは、彼女の機体が如何にパワータイプかが伺える。

 

「く・・・そっ・・・」

 

「アンタは速い。でもそれだけ」

 

「何を・・・」

 

「宣言するわ。今からアンタは私に近づけない!」

 

そう告げたと同時に、体勢を立て直したばかりの秋終の身体が再度吹き飛んだ。

 

「何だよあれ!?」

 

「衝撃砲ですわね」

 

一夏の疑問にセシリアが答えた。

 

「衝撃砲?」

 

「正確には第三世代型空間圧作用兵器、衝撃砲ですわ。空間に圧力をかけて砲身を生成、その際に生じる衝撃を砲弾にして打ち出す。砲身も砲弾も目視で確認することは不可能、まさに不可視の攻撃ですわ」

 

とドヤ顔。

 

「どうやって避けるんだよ!?」

 

「砲身を見ての弾道予測が不可能となれば、搭乗者の目線で予測するか・・・」

 

「目線って・・・」

 

「ですが本人も対策はしているかと。今の秋終さんなら翔び回るしかないかもしれません」

 

「そんな・・・」

 

「もし、あるとすれば・・・」

 

セシリアの言う通りであった。

現に秋終は絶え間なく動き続け、狙いを定められない様にしていたのだ。・・・と言っても被弾が無いわけではなく、確実にダメージを蓄積させていた。四方八方から襲い来る見えない衝撃に対しての精一杯の抵抗。

 

「恐るべきは鈴さんですわね」

 

「鈴?」

 

確かに鈴は圧倒している、しかしそれは武装有りきでの話ではないのか?そんな疑問が一夏の中に芽生える。

 

「ええ。だって彼女は、見えない砲身で照準を合わせているのですから」

 

これには一夏も驚いた。

そこまで詳しい事も、本人にも照準が見えていない事も。それはつまり、

 

「まさか感覚で?」

 

「そう。どんな武器にも欠点は存在します。私のブルーティアーズも動かす時、足が止まってしまいます・・・ですが克復した。彼女もそうです。相当な訓練を積んだ筈ですわ」

 

見えない砲身を自分の手足の様に自在に動かしている事、それが鈴の搭乗時間の多さを表していた。

 

「逃げてばかりじゃ勝てないわよ!」

 

「そんなこと・・・」

 

鈴の言う通り、秋終は攻勢に転じる事が出来ずにいた。いくら心滅の速さがかなりの物でも、移動先に砲撃を置かれては、それも意味を成さない。彼女の置き射撃は完全に心滅の速さを潰している。

 

(何とかしないと)

 

焦りが募り、搭載された射撃武装の存在も忘れてしまい、近付こうとする事しか頭の中にはない。だが、それが功を成した。

 

「イグニッション、ブースト!」

 

幾つかある選択肢の中から偶然にも寄り道をせず、最適な解を導き出したのだ。焦りが産んだ奇跡とも言えよう。秋終は先の特訓で得た、3次元的動きを取り入れ翔び回り始めた。

 

「ちょこまかとっ!」

 

その速さはたとえ知っていようとも対応出来る物ではない。人間の反応出来る速度を優に越えていたのだ。

 

(さっきよりも弾幕が甘い。これなら!)

 

秋終は高速移動の末、鈴の背後を取る事に成功した。

 

「もらった!」

 

心滅が爪を振りかざさんとする。が、しかし・・・

 

「甘いわよ!」

 

再度秋終は見えない衝撃に吹き飛ばされた。

 

「なに・・・が・・・」

 

何が起きた・・・そう言おうとした秋終の言葉を鈴が遮る。

 

「衝撃砲に死角はないのよ。それに、いくら姿が捕らえられなくともアンタの動きは読めたわ」

 

悪くはない作戦であったが、それは最善ではなかった。彼女の機体能力及び、積み重なった戦闘経験を考慮する事は秋終にとって難しい事であり、それを強いるのは酷な話なのだ。

 

倒れ伏す心滅の前に甲龍が歩み寄って来る。

 

「アタシの勝ちね。アンタがもっと戦い慣れしていたらどうなるかわからなかったけど」

 

言葉と共に、鈴が青竜刀を振りかざさんとしたその時であった。

 

「織斑先生!管制室より入電。所属不明のISを確認後、警備隊は壊滅。こちらに接近中!?」

 

メインモニタールームにいる織斑教員と山田教員の基へ一報が入った。そしてそれは非常事態を告げるものであった。

 

「!・・・距離は?」

 

慌てる山田教員と裏腹に冷静に対処しようとする織斑教員。

 

「待って下さい!距離・・・出ました。200!?近すぎます!」

 

「連絡が遅すぎる。すぐに生徒の避難だ!専用機持ち、3年は訓練機で生徒の誘導を開始」

 

「ダメです!全ての扉がロックされています」

 

「用意周到か。一夏、セシリア!」

 

『千冬姉!?(織斑先生!?)』

 

「非常事態だ、細かく説明してる暇はない。直ちにISを用いてドアの破壊後、生徒の避難誘導を開始しろ。急げ!」

 

最低限の情報を伝え、織斑教員は通信を切る。聞かされた二人は、尋常じゃない様子に何かを察したのか直ぐ様動き始めた。

 

「織斑先生、渚くんと凰さんは・・・」

 

「心配ない。シールドの中はここよりも安全だ」

 

そう、この状況に置いてはシールドの中がもっとも安全の筈・・・だった。

 

ーーーー

 

「何あれ・・・?」

 

上空を見て戸惑う鈴に釣られる様に、秋終も見上げると、

 

「I・・・S?」

 

そこに居たのは全身装甲で白を基調としたISであった。

 

「一体何処の所属よ・・・」

 

アリーナには客席とステージ隔ててるシールドが存在している。これはIS同士の戦闘の際、周りに被害が及ばないためだ。並の攻撃ではびくともしない、いわばシェルター並の頑丈さと言えよう。当然通り抜ける事も不可能であり、秋終達と他の面々はある種の隔絶状態であった。

 

不明のISがゆっくりとシールドの前まで近付いてくる。それを見た生徒たちは騒ぎだすのだが、客席には一切の関心が無いのか様に真っ直ぐと秋終を見据えている。

 

「・・・俺?」

 

目が合った。

 

「来る」

 

「何言ってんのよ!ここはシールドの中で・・・」

 

『安全だ』その言葉が続く事はなかった。

不明のISはシールドに手を伸ばすと、そのまますり抜けたのだ。

 

「嘘・・・」

 

呆然とする鈴の反応は正しく、あらゆる物理干渉を遮断する筈のシールドが、まるでそれが当然だと言わんばかりに、初めからシールドなど存在していないかの様に不明のISはすり抜けたのだから。そしてその無防備さを逃す筈もなく。

 

「!?」

 

鈴が操る甲龍はあっけなく吹き飛ばされた。

 

「鈴!」

 

一直線にアリーナ端へ吹き飛ばされた鈴を見て、悲鳴にも近い声を上げる秋終。その隙が命取りとなる。

 

「しまっ・・・」

 

なんと言う速さであろうか。ほんの数秒目を離しただけで不明のISは眼前へと迫り、攻撃を繰り出して来たのだ。

 

「ぐっ!」

 

鈴とは反対端へ、秋終は吹き飛ばされる。機体はシールドへと叩きつけられ、何かが割れる音が聞こえた。

 

「な・・・?」

 

叩きつけられただけでアリーナのシールドが割れるなどあり得ない。だが、目の前事実はどうだ?揺れる意識が見せる幻覚などではない。紛れもなき現実である。

 

「・・・」

 

不明のISが右腕を翳すと腕は変型を始め、一つの砲門となった。不気味な何かを蓄える音が辺りに響き始める。

 

(くそっ・・・動け・・・)

 

あれはヤバいと本能的に理解するが、先の衝撃でHUDにはエラーの数々、体も言うことを効かない。

このままでは、殺されるだろう・・・そう思った時である。

 

「秋終ー!」

 

声が聞こえた。

 

「・・・茜?」

 

目をやると、割れたシールドの向こうに茜がいた。

 

「ばっ・・・」

 

「秋終ー!」

 

この様な状況にも関わらず、何度も秋終を呼んでいた。

 

(くそっ。動けよ!動け!動け!)

 

このままでは彼女も巻き込まれる。何とか自分が動いて照準をずらさなければ死んでしまう。もう二度と失う訳にはいかない。

 

「動けぇぇぇぇ!」

 

都合良く奇跡など起きるはずもなく、轟音と共に光が辺りを覆った。

 

「ーーーー」

 

秋終は見た。

最後の最後まで、彼女の唇が動いている所を。

秋終を真っ直ぐと見据え、笑顔で何かを告げている所を。

 

 

 




続く

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