花盛りの鎮守府へようこそ   作:ココアライオン

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鎮守府の怖いかもしれない話

 夜も深けた頃。今は使われていない古い寮舎内の廊下を懐中電灯で照らし、ビスマルクは顔を強張らせて歩いていた。壁や窓には分厚い木板が打ち付けられており、外からの月明かりも入って来ていない。結構前から取り壊される予定だったらしく、電気も水道も止まっている。当然、普段は人の出入りも無く、其処彼処に埃が積もっており、ビスマルクが歩くたびに白くくすんだ粒子が足元に揺れていた。そのすぐ近くには少年提督とグラーフも居る。薄気味の悪い古ぼけた寮廊下を歩きながらも、少年提督は穏やかな表情を浮かべたままだ。寧ろ、ちょっと楽しそうですらある。一方、彼の傍から離れようとしないグラーフは眉をハの字にしたまま、泣きそうな顔をしている。まぁ、ビスマルクだって似たような様子だ。自覚出来る程度には、この寮舎内の暗がりはかなり怖い。ヤバイ。何と言うか、空気が澱んでいるのだ。雰囲気が出過ぎてて、脚が竦みそうになる。唯一の救いは、既に三階まで上がって来ているものの、特に何も起きていない事だ。

 

「なぁ、野獣……。特に異常は見られないぞ。も、もう、そろそろ良いんじゃないか?」

 

 震える声でそう言ったのは、ビスマルク達から少し離れて前を歩く長門だ。手にした懐中電灯で彼方此方をせわしくなく照らしながら、今にも吐きそうな青い顔をしている。『私は別に平気ですよ?』みたいな、不敵な笑みでも浮かべようとしているのだろうが、盛大に失敗にして頬が引き攣りまくっている。あれで平静を装っているつもりなのか。長門の隣に居るのは、不安そうな貌の加賀だ。加賀の方も割と重症で、さっきから一言も喋らない。普段の冷静で凛然とした様子とはぜんぜん違い、心細そうに猫背になって、肩を小刻みに震わせていた。露骨にビビッている。

 

「さっき来たばっかダルォ? つべこべ言わずに来いホイ!(暗闇を征く)」

 

 この六人の面子の先頭を行くのが、右手に懐中電灯を持った野獣だ。相変わらずのTシャツ海パン姿である。左手には携帯端末を持ち、何やら手早く操作している。「お前は何でそんな強気なんだ……」と、長門が訝しむように聞くと、野獣は振り返って、すっとぼけた様な良い笑顔を浮かべた。

 

「霊験あらたかな護符をパンツに忍ばせてあるから、まぁ、多少はね? 何か起こっても、俺は助かるから安心!(屑)」

 

「おい、“俺は”とは何だ? 私達の分は無いのか?」

 

「うん、そうですね(即答)」

 

「ふざけるなよ貴様……」

 

「そんな嫌ならしょうがねぇなぁ~(悟空)。じゃあ、長門だけもう帰って良いよ!」

 

 その野獣の言葉に、長門は何かを言おうとしたが止めて、ゆっくりと歩いて来た廊下を振り返った。真っ暗闇で不気味な暗がりが続いている。懐中電灯で照らしても、向こうまでは見えない。それに、此処はもう三階だ。階段まで行って、また降りなければならない。出口までの道のりも遠く、これを一人で帰れというのは酷だろう。少なくとも、ビスマルクには無理そうだった。「御都合が悪いのでしたら、仕方ありませんね……。ご協力していただいて有り難う御座いました」と、少年提督が長門に礼を述べる。傍に居たグラーフと加賀が、『一人で帰れる? 大丈夫?』みたいな、心配そうな貌で長門を見詰めている。暗がりの中。スゥゥゥゥ……と、細く息を吐き出して無念そうな貌をした長門は、片手で顔を覆って俯いた。「いや、……もう少しだけ付き合おう」やたら掠れて低い声で言った長門に、野獣が笑った。

 

 

 

 ビスマルク達が何故こんな状況に置かれているのかというと、別に深くも何とも無い理由がある。最近になって駆逐艦娘達の間で、ある噂が流れるようになった。それは、夜になると“出る”という話である。場所は駆逐艦娘寮のすぐ隣にある、今は使われていない古い寮舎。つまり、此処だ。夜中に聞こえてくる呻き声、徘徊する黒い影、窓から覗いてくる顔など。そういった怪現象を目撃した駆逐艦娘達もそれなりに居た。この噂を小耳に挟んだ野獣が面白がって、怪現象が起きてくる時間帯に一度調査してみようという話になったらしい。

 

 そこで、今日の野獣の秘書艦であった長門が選ばれて、少年提督と、またその秘書艦であったビスマルクがまず選出された。当然、ビスマルクは嫌だと言う意志を明示しようとした。ただ、『駆逐艦達が怖がって眠れなくなっちゃったら大変だし、此処はやっぱり、頼れるお姉さんの出番だよなぁ?』などと言われて、強く断れなかったのだ。本当に参った。グラーフはビスマルクに泣きつかれて仕方なく、加賀の方は何か弱味でも握られて居るようで、強制的に参加させられていた。野獣という男は、こういう相手の退路を断つことに関して周到で、常に相手の弱味を握ってから交渉を仕掛けてくる。取引の常套手段ではあるのだろうが、相手にする方はたまったものでは無い。ちなみに、野獣は少女提督にも声を掛けようとしたらしいが、彼女は現在本営へと出向いており、鎮守府を留守にしていた。その為、彼女の配下にある艦娘達は、この調査への徴収を免れている。羨ましい話だ。

 

 ただ、羨んでも仕方無い。何も無い事を祈りつつ、さっさと調査を終わらせて帰ろう。おっかなびっくりではあるが、ビスマルクも歩を進めながら懐中電灯を辺りに照らしつつ、視線を巡らせた。寮部屋への扉の多くは、壁や窓と同じ様に板が打ち付けられたり、ドアノブに鎖が撒きつけてあったりして、締め切られている状態だ。そもそも軍部の施設であり建物だから、落書きや悪戯の跡なんてものも皆無である。特に変わった様子は無い。先頭を行く野獣に、長門、加賀が続き、その後ろに少年提督とグラーフ、ビスマルクが着いている。足音がやけに響いて、すぐに暗がりに溶けていく。ドギマギしながら歩を進めていた時だ。

 

 「あっ、そうだ(唐突)」と。

 

 突然、野獣が声を上げた。野獣の声は良く通る。今まで静かだったから、普通にびっくりした。肩を跳ねさせたのはビスマルクだけでは無く、長門は「ぅっ……!」と声を漏らし、加賀は驚きすぎて懐中電灯を取り落としていた。真顔になったグラーフは、咄嗟に彼にしがみついていた。そんな周りの様子を見た野獣が、「そんなフルスィングで驚かなくて良いから」と、肩を揺らして笑う。

 

 

「この前に頼まれてた絵本の内容、考えてきたんだけど……、聞いてかない?」

 

 こんな時に何を言い出すのかとも思ったが、野獣の声には力みが無い。自然体だ。多分、ビビりまくっているビスマルク達とこの空気を解すべく、何か明るい話題でもと思ったのだろう。「あぁ、先輩はもう考えてらしたんですね」少年提督が興味深そうに言う。「当たり前だよなぁ」と、野獣が前を歩きながら、得意げに頷いて見せた。長門と加賀が、何だか不味そうな表情で顔を見合わせる。暗い廊下を懐中電灯で照らして歩きながら、ビスマルクとグラーフも、ちょっと微妙な貌で眼を合わせる。

 

 そんな変な空気を読んでか読まずか、野獣はゆったりと一つ深呼吸した。そして、何故か斜め上方向へと視線を向けて、切なげに眼を細めている。何処か遠くを見る様な眼つきだった。とてつもなく壮大な物語を語り紡ぐために、自分も心の準備をしているような、そんな雰囲気だった。隣に居た長門も、『何だコイツ……、急にどうしたんだ?』みたいな貌だ。加賀の方は眉間に皺を寄せて『鬱陶しいなぁ……』みたいな、迷惑そうな貌だった。そんな視線など構わず、奇妙な厳かささえ感じさせる静寂をつくってから、野獣は唇を開き、朗々と語り始めた。

 

「――――長門は、激怒勃起した。鎮守府の――――」

 

「ぉおい!! ちょっと待てオイ!!」 

 

顔を赤くした長門が、唾を飛ばしながら大慌てで野獣の言葉を掻き消した。

 

「冒頭からぶっ飛び過ぎだろうが!! いい加減にしろ!!」

 

暗がりの廊下に長門の怒声が響く中、野獣が迷惑そうな貌で長門を見遣る。

 

「ねぇ静かにしてくれない? 此処からが山場で、盛り上がるところなんだからさ……」

 

「導入部分じゃないのか!? いや、もっと≪起・承・転・結≫を意識してだな……!!」

 

「そんなモン必要ねーんだよ!(過激派)。 取りあえず一大スペクタクルをぶっ込んで、≪爆・爆・爆・爆≫って感じでぇ……!」

 

「もう木っ端微塵じゃないか……(呆れ)。どう考えても支離滅裂だろう……」

 

「でもさぁやっぱり、読んでくれる子供達の気持ちをこう……、ガッチリと掴みたいだろ?(悪巧み先輩)」

 

「少なくとも、その最初の一文は問題有りだと思いますが」

 

 冷凍光線みたいな声で長門に助太刀したのは加賀だ。白けたような半眼になって、野獣を睨んでいる。懐中電灯の薄明かりに照らされた今の加賀の貌は、気の弱い者なら思わず土下座してしまうような、結構な迫力だ。美人だから余計だろう。しかし、野獣は全く怯まない。「そうですねぇ……(熟慮顔)」と、数秒ほど顎に手を当てて何やら考える素振りを見せた後、再び斜め上を見詰めた。やはり、遠い場所を見る目つきだった。「――――加賀は、激怒勃起した。鎮守府の――――」と、性懲りも無く語り始めたが、すぐに止められる事になる。傍に居た加賀が、舌打ちと同時に音も無くすっと距離を詰めた。そして、アホみたいに真面目くさって語っている野獣の向う脛を、トーキックで蹴飛ばしたからだ。鈍い音がした。

 

「ヌッ!!?!?(悲鳴)」

 

 野獣が蹲る。それを見下ろした加賀は、下目遣いになった後で、「はぁ~~~……」とクソデカ溜息を吐き出した。前も見た事のあるような光景に、ビスマルクは軽い苦笑を漏らした。まぁ、多少は空気が和らいだような気がしないでも無い。野獣が無茶苦茶な事をして、場をひっ掻き回すのはいつもの事だ。

 

「先輩は、場を和ませるのが上手ですね。……僕も見習わないと(恐るべき前兆)」

 

 相変わらず、野獣に誤った尊敬の眼差しを向ける彼の肩を、グラーフがしっかりと掴んだ。そうして彼の前にしゃがみこんで、目線の高さを合わせて彼を見詰める。真剣な眼差しだった。

 

「admiral。そんな必要は、全然無いと思うぞ(インタラプト)」

 

「えっ」と、彼がきょとんとした貌でグラーフを見詰める。

 

「admiralは、admiralだろう? あんなの(暴言)を見習う事は無い筈だ」

 

 「そうわよ(便乗)」と、ビスマルクが頷くのに続いて、「おっ、そうだな!(便乗7)」と、長門も力強く同意していた。「そうですよ(一航戦の便乗)」と、加賀も微笑みと供に頷いている。そんな周りの反応に、彼は「えぇと……」と、少々困惑気味だ。「眼の前で好き放題言ってくれちゃってさぁ! いい度胸してんねぇ!」 野獣が脛を擦りながら顔を上げた時だった。何の前触れも無かった。甲高い物音がした。廊下の向こう、その暗がりからだ。鉄パイプが転がるような、硬い金属音だった。クッソ吃驚した。全員が黙り込んで、一斉に音がした方へと視線を向ける。沈黙の中、ヒュウウゥゥ……、と。隙間風のような音が、やけに大きく聞こえる。過剰な程に驚きまくったグラーフが、少年提督に抱き付いていた。彼のすぐ傍に居たのだから、咄嗟というか無意識的な反応だったのだろう。すぐに我に帰ったグラーフの頬に、さっと朱が差した。

 

「すっ、すまない!」

 

 慌てて身を離すグラーフに、彼は小さく微笑んで見せてから、廊下の向こう側へと向き直り、懐中電灯を向けた。光が照らされた範囲には、当然誰も居ない。転がって音を立てるような物も無い。廊下にあるのは埃と暗がり、そして冷たく澱んだ空気が在るだけだ。という事は。向こうに並んでいる寮室からか。ビスマルク達が息を呑む。面白がるみたいに笑う野獣が、携帯端末を操作しながら顎をしゃくった。

 

「見て来い長門(コ)」

 

「何故私なんだ!?」長門が異議を唱える。

 

「ちょっとお前がウホウホしてやれば、お化けなんざ裸足で逃げてくだろ?(厚い信頼)」

 

「う、ウホウホ!? 訳の分からんことを抜かすな!」

 

「ひひひ」

 

 ビスマルクは腰が抜けた。思わずペタンと尻餅をつきそうになる所を、彼が咄嗟に支えてくれた。その彼に再びしがみ付いたグラーフが半泣きになった。気のせいじゃ無い。間違いなく聞こえた。野獣と長門の二人が、馬鹿な事を言う合間だった。声。『笑い声』だった。長門と野獣が、真顔で廊下の向こうを凝視している。加賀は表情こそ冷静だが、目尻に薄く涙が溜まっているし、また懐中電灯を取り落として尻餅をついていた。腰を抜かしたままで此方を振り返った加賀は、「心配要らないわ。鎧袖一触よ(軽い涙声)」と掠れた声で言う。どう見ても大丈夫じゃない。

 

「僕が見てきます。もしかしたら、寮室に誰か居るのかもしれません」

 

 全員が動きを硬直させる中。少年提督は、支えていたビスマルクと、しがみついてくるグラーフを順番に見て微笑んだ。「誰かって“誰”だよ……(恐怖)」。野獣がそう突っ込んだ時には、彼はビスマルクとグラーフの手を解き、暗がりの中へと歩き出していた。途中で、尻餅をついて居た加賀を支えて、手を引いて立ち上がらせる。彼の手を取った加賀の表情が、少しだけ苦しそうに歪んだ。切なげに結ばれた唇を笑みの形にして、礼を述べる。

 

「俺も一緒に行ってやるか!」

 

野獣が、加賀が落とした懐中電灯を拾い上げて、少年提督の後に続こうとした時だ。

 

「ぉ……ッ!!?」

 

 何かに気付いた長門が、声にならない声を上げてビスマルクを見た。傍に居たグラーフも眼を見開いて、身体を震わせてビスマルクを凝視している。此方へと視線を向けた加賀が、白眼を剥いて、ふらふらっと気絶した。少年提督が咄嗟に支えて横抱きにした。そして床にそっと加賀を寝かせつつも、まるで珍しい現象でも目の当たりにしたみたいな、興味深そうな表情だ。野獣は真顔だ。とりあえず、全員に共通しているのは、ビスマルク自身を見ているワケでは無い。皆の視線は、ビスマルクのすぐ背後に向けられている。

 

 確かに。自分でも感じる。分かる。間違い無い。居る。何かが、すぐ後ろに居る。絶対に気のせいじゃ無い。振り返らなくても分かる。ど、どうしよう……。どうすんのコレ……。首筋に、緩い風の流れを感じる。アー漏レソ……。ビスマルクが泣きそうになった時だ。右肩のあたりだった。ひんやりとした空気の塊のような感触が、そっと触れた気がした。ねーもうホント怖ぃ……。止めておけば良いのに。体と唇を小刻みに震わせるビスマルクは、視線だけを自分の右肩に向ける。ゆっくり、ゆーっくりと。視線を自分の右肩に移すと、其処に。真っ白い手が乗っていた。

 

「ちゃあああああああああああああああああああああああ↑!!!!」

 

 ビスマルクが素で絶叫したのと同時だった。ぬるく湿った空気の流れが、ビスマルクから傍に居るグラーフへとぶわぁぁあっと流れた。白い靄の様な揺らぎが人影を象って、グラーフにも迫ったのだ。それだけじゃない。白い靄の流れは、暗がりの廊下を吹きぬけて埃を攪拌させながら、長門にまで伸びていく。人の形をした不気味な煙霧が、啞啞啞啞啞啞啞啞と、低い唸りを上げて迫る。

 

「ぬぅぅぅううううううううううううううううう!!!!!」

 

「ほぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」

 

 両腕で顔を庇いながらグラーフが尻餅をついて、悲鳴を上げる長門がへたり込む。ただ、野獣と少年提督の二人は、既に動いていた。音も無く疾駆した野獣は、長門の前に立ち塞がるように立って、少年提督はグラーフと人型煙霧の間に割り込んだ。野獣はノーモーションで鋭い回し蹴りを放ち、白い靄にぶち込んだ。少年提督も姿勢をすっと落として、手袋をした右手を開きつつ、掌を白い靄へと差し向ける。刹那。野獣の蹴りは白い靄を貫通し、少年提督の右掌もすり抜ける。白い靄に実体は無く、すぐに霧散し始めた。解けるようにして暗がりに溶けていく。

 

「……これは」と、少年提督が左眼を細める。

 

「立体映像じゃな……?(IWNの怪)」

 

構えをといた野獣も、何だか拍子抜けしたみたいに軽く溜息を吐き出した。そして、放心状態で宙空を見詰めていた長門を振り返って肩を竦める。

 

「大丈夫か、ゴリポン?」

 

「誰がゴリポンだ!?」 長門が憤然として立ち上がる。

 

「……お前でしょ?」

 

「もう原型が無いアダ名はやめろ! 不思議そうな貌をするなオイ!!」

 

 野獣を怒鳴る長門はもう大丈夫そうだ。その声で気を取り戻した加賀も、不安そうな貌をしながら、何が起こったのかと身を起こしキョロキョロとしている。グラーフは洟を啜りつつ目許を指で拭い、少年提督の提督服の裾をぎゅうぎゅう掴んでいる。『もうおうち帰る;;』状態だ。彼に、「もう大丈夫ですよ」と慰められて、「……うん」と小さく頷いていた。腰が抜けたビスマルクは、周りの面子が無事な事にホッとしつつ、ペちゃっと地面に座り込んでしまっている。何とか漏らしたりはせずに済んだ。ホッとするものの、足に力が入らない。

 

「ビスマルクさんも、お怪我は在りませんか?」

 

 すると、傍に歩み寄って来てくれた彼が、手を取って立ち上がらせてくれた。彼は左手でビスマルクの右手を取った。小さな手だったが力強く、逞しさのようなものを感じた。ドキッとしてしまう。「え、えぇ、勿論よ!」と、立ち上がったビスマルクは、普段のように強気に振舞おうとしたが、安心したような彼の微笑みに見詰められ、何だか上手く行かなかった。

 

「……なぁ、野獣。今のは、何だったんだ?」

 

 普段の真面目な貌に戻った長門が、野獣と少年提督を交互に見た。野獣と彼は顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。その答えは、すぐに分かる事になった。先程、硬い金属音が聞こえてきた方向だ。扉が開く音が聞こえた後に、暗い廊下の向こう側から二人分の足音が近づいて来る。「あ、あれ!? 提督!?」「みなさんお揃いで……」懐中電灯を持った二人組は、明石と夕張だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。ビスマルクとグラーフの2人は、空母・戦艦寮のラウンジにて、ソファにぐったりと腰掛けていた。2人共、明日が非番で良かった。どっと疲れているのに、今日はちょっと寝付けそうにない。ビスマルクは何度めかのクソデカ溜息を吐き出して、手元にある携帯端末を見詰める。結局、幽霊騒動の元凶は、明石と夕張の二人である事が判明した。

 

二人は、『お家で簡単! お化け屋敷!』なる商品装置の開発に勤しんでいたようで、あの廃寮舎内で夜な夜なテストプレイを秘密裏に行っていたらしい。ただ、出来るだけ目立たないようにと、廃寮舎を利用したのが裏目に出た。廃寮舎は駆逐艦寮に近いことも在り、その実験効果を駆逐艦娘達が偶然見かけたのが噂の元になったのだろう。現在、少年提督が艦娘囀線上で他の艦娘達に説明し、心配はもう無いことを伝えている。明石や夕張も、騒がせた事を詫びているし、一件落着だ。

 

 眺めていた携帯端末から視線を外し、一度溜息を吐き出す。グラーフと眼が合う。グラーフは先ほど買ってきていた、温かい缶コーヒーを飲んでいる。二人共もう疲れきっていて、コーヒーを淹れる気力も無かったからだ。缶をテーブルへと置くと、グラーフは疲れたように笑って見せた。参ったような、それでいて、もう笑うしか無いといった感じの笑みだった。ビスマルクも釣られて笑う。もちろん、苦笑の類いだ。

 

 ビスマルクは、明石が手掛けたホラーハウス『明石屋敷』、その幻の最恐バージョンである“ver1.10”の経験者である。途中で気絶したのは秘密だが、あの真に迫る立体映像を家でも楽しめるというコンセプトは、かなり狂っている。そんな事を思いながら、ビスマルクも買ってきた缶コーヒーをチビチビと飲んでいると、携帯端末から電子音が響く。グラーフの端末からもだ。二人は顔を見合わせてからまた携帯端末へと視線を落とす。駆逐艦娘達が集まっているようで、艦娘囀線には新しい書き込みが続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪潮@ayanami10. ●●●●●≫

本当のお化けとかじゃ無くて良かったです

 

 

≪不知火@kagerou2. ●●●●●≫

司令。お声を掛けて下されば、不知火もお手伝いさせて頂きましたのに……

 

 

≪少年提督@Butcher of Evermind≫

@kagerou2. ●●●●● いつも有り難う御座います。

しかし、不知火さんもお忙しそうでしたので

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

不知火はホラーとか強そうよね

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

おっ、そうだな

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

@Beast of Heartbeat 急に絡んでこないでくれない? ウザイんだけど

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

すみません、許して下さい! 明石と夕張に今から連絡して、『お家で簡単! お化け屋敷』装置、駆逐艦寮で起動させますから!

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

フザケンナヤメロバカ!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

うそだよ☆ 安心して、ぼのたん☆

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

ぼのたんって言うな!

 

 

≪長月@mutuki8. ●●●●●≫

まぁ個人的には、前みたいにでっかい蟲だらけの方がキツイな……。今でも思い出すと鳥肌が立つ。肝試しの方がまだマシだ

 

 

≪皐月@mutuki5. ●●●●●≫

そうだよね、まだギリギリ楽しめるっていうかさ。実は、今日の廃庁舎探検がどんな感じだったのかとか、興味あるんだよね。ちょっと行ってみたかったなー

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

@mutuki5 さすがは皐月! 勇敢な駆逐艦娘の鑑だな!

明石と夕張が録ってた動画ならあるから、ちょっと待ってて

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

おまたせ! →(動画ファイル。。。)

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

何ですかそのファイル。開くの超怖いんですけど

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

肝試し装置のモニターしてた奴だから大丈夫だって、へーきへーき! ホログラムを順番に映してる動作テスト映像みたいなもんやし

 

 

≪不知火@kagerou2. ●●●●●≫

監視カメラの暗視映像の様に見えますが、なるほど……。暗がりだと、微光で結ばれた像はより生々しく見えますね。宙に浮いている骸骨など、非常にリアルです

 

 

≪潮@ayanami10. ●●●●●≫

廊下を見下ろすアングルですけど、画質が良いので良く見えますね。男の人の生首とか、宙吊りの女の人とか、凄い造形です……。本当に其処に実在してるみたい

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

やばい何コレ夢に出そう

 

 

≪満潮@asasio3. ●●●●●≫

私も今再生してみたけど、嫌な記憶が蘇るわ

 

 

≪霞@asasio10. ●●●●●≫

ホントにね……

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

曙、霞、満潮の三人は、肝試し皆勤賞だったもんな! やりますねぇ!

 

 

≪霞@asasio10. ●●●●●≫

アンタに騙されたからでしょ!! 好き好んでやってたわけじゃないわよ!!

 

 

≪皐月@mutuki5. ●●●●●≫

わーー! 凄いリアルだねコレ!

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

やっぱり、明石と夕張のメカニックコンビを……最高やな!

 

 

≪長月@mutuki8. ●●●●●≫

駄目だ。これはいかん。眠れなくなるやつだ

 

 

≪少年提督@Butcher of Evermind≫

本当に良く出来ていますよね。今日はほんの一部しか体験出来なかったのが残念です

 

 

≪満潮@asasio3. ●●●●●≫

@Butcher of Evermind 相変わらず感性がぶっ飛んでるわね……

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

ねぇ、真っ黒な人影が映ってるだけなんだけど。何コレ?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

は?

 

 

≪潮@ayanami10. ●●●●●≫

えっ

 

 

≪陽炎@kagerou1. ●●●●●≫

あのさぁ

 

 

≪長月@mutuki8. ●●●●●≫

おい曙、そういうのやめろ

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

何が? 野獣が貼ってある動画ファイル読み込んでるけど、皆の言ってるような映像が再生されないんだけど? 何、バグってんの?

 

 

≪皐月@mutuki5. ●●●●●≫

真っ黒な人影って、どんなの? 僕が見てるのは、廃庁舎の廊下にホログラムを浮かせてる映像だけど。そんなの映ってないよ?

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

はぁ? 何か廃墟っぽい建物の中で、黒い人影がこっち歩いて来る動画じゃないの?

 

 

≪満潮@asasio3. ●●●●●≫

ちょっと、曙。そういう不気味な冗談はホント止めてくれない?

 

 

≪霞@asasio10. ●●●●●≫

この廊下が廃墟っぽいって言われれば、まぁそうかもしれないけど、黒い影……?

 

 

≪不知火@kagerou2. ●●●●●≫

一人だけ全く違う映像を見ているようですね……。

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

やべぇよ……やべぇよ……

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

えっ、いや

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

ドッキリでしょ? やめてよね!

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

えっ、マジで?

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

今 

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

だれか部屋の前に居るの? ドア ノックされてるんだけど

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

これだれ?

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

こわい

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

寮の監視カメラのモニター見たけど、曙の部屋の前には何も居ねぇなぁ……。

怖いなー、とずまりすとこ……

 

 

≪少年提督@Butcher of Evermind≫

曙さんもドアの鍵と窓の鍵、それからカーテンも閉めて貰えますか?

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

どあとまどしめた 

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

なんかこえ きこえる

 

 

≪少年提督@Butcher of Evermind≫

今は、誰かと一緒に居られますか?

 

 

≪潮@ayanami10. ●●●●●≫

曙ちゃん一人だと思います。今日は、朧ちゃんと漣ちゃんも遠征に出ていて帰って来てないんです。私も今、食堂にお茶を貰いに部屋を出ているので……

 

 

≪少年提督@Butcher of Evermind≫

@ayanami10 分かりました。潮さんは、食堂で待っていて下さい。あとは駆逐艦寮の皆さんに、少しの間、部屋に鍵を掛けて外に出ないよう拡散をお願いします

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

だれかまどひっかいてる

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

@Butcher of Evermind ていとくたすけて

 

 

≪少年提督@Butcher of Evermind≫

@ayanami8 はい。すぐに行きますから、待っていて下さいね

 

 

≪曙@ayanami8. ●●●●●≫

うん

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

お化け屋敷装置の暴走かもしれねぇなぁ?

駆逐艦の寮は廃庁舎近いからね、可能性は在るね

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

@kousaku. ●●●●● おい明石ィ、それと

@yuubari. ●●●●● 夕張ィ! はい返事ィ!!

 

 

≪明石@kousaku. ●●●●●≫

いや、それはありませんよ。私達はまだ、廃寮舎に居ますけど……。ホログラム装置については電源落としてますし

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

それは本当か!? ホログラムの他にもさ、呻き声とか笑い声とか、微風発生機能とか色々つけてるんだルォ? その辺の機能の確認も、ハイ、ヨロシクゥ!

 

 

≪夕張@yuubari. ●●●●●≫

もちろん、沈黙してますよ。まぁ、微風なり呻き声なりは、廃庁舎でのギミック実験も兼ねてたんですけどね。でも、笑い声の機能なんてありませんよ?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

あっ、おっ、おい待てぃ

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

確かに『ひひひ』って聞いたゾ

 

≪明石@kousaku. ●●●●●≫

だからそんな機能は無いんですって。聞き間違いじゃないんですか?

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

嘘吐け絶対付いてるゾ

 

 

≪夕張@yuubari. ●●●●●≫

いや、本当に無いですよ。呻き声とかには、それなりにバリエーション持たせましたけど

 

 

≪野獣@Beast of Heartbeat≫

じゃあ、俺達が聞いたあの『笑い声』は何だよ……

 

 

 

 

 タイムラインは一気に加速し、野獣の書き込みで一旦止まっている。ビスマルクが身体を縮こまらせながら顔を上げると、グラーフも『え、えらいこっちゃ……』みたいな貌でこっちを見ていた。貌を強張らせつつ、二人で頷きあいながらソファから立ち上がろうとした時だった。「ひひひ」、と。すぐ近く。耳元で声が聞こえた。















今回も読んで下さり、有難う御座います!
後半は某怖い話をリスペクト、オマージュさせて頂いております。

いつもたくさんの感想と暖かい評価を寄せて頂き、感謝しております。
書き散らかしている様な状態ですが、読者の皆様の御暇潰し程度にでもなれば幸いです。
最後まで読んで下さり、本当に有難う御座います!


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