一応、短めに更に上の上層の攻略なども本編完結後に番外編として書こうと思いますのでしばらくお待ち下さい。
詳しい経緯が知りたい方は活動報告にお願いします。
また、質問にお答えくださった方やわざわざメッセージを送り励ましてくださった方には本当に感謝です。この場を借りて感謝の言葉を送らせてください。『本当にありがとうございます!』
光があった。
光の粒子であった。
ハクレイが構えている剣を振り抜いたと同時、イルファング・ザ・コボルド・ロードの存在が消失した。あれだけ苦しめられた巨体がポリゴンへと姿形を変えたのだ。それを見て、ハクレイは確かな手応えを感じていた。ポリゴンはやがて更に細かく、粒子となって空間に流れていく。
第一層フロアボス。
イルファング・ザ・コボルド・ロード撃破。
『
勝った。その事実が頭に入ってきた瞬間ハクレイは叫ぶ。
『ーーーー俺の勝ちだ!!』
こみ上げる喜びのような熱い気持ちを全身で感じていた。
パリィィン、と響いたポリゴンの破壊音が心地よい。
やがて、彼は倒れこんだ。
何か。彼の中の何かが限界に達したのだ。ギリギリの戦闘による緊張の糸が切れたのか、それは分からないがともかく
天井を見上げた彼は何かやり切った表情でコメント欄に視線を向けた。
『……はは、運営が動いてる。コメント規制されてんじゃねーか』
言って彼は戦闘中にもふと同じ光景を見たことを思い出した。
思考能力が著しく低くなっている。精神を消耗しきったのかな? とか考えつつ彼は上体を起こした。
それから己のHPゲージを視界に捉えた彼は力無く笑う。
『回復薬、ハンドアックス、アニールブレード。偶々多めに持っていってなきゃ死んでたな……。いや、撤退してたか……どちらにせよここまで削られるとかゲーマーとしての自信無くなるぜ……』
HPゲージは
だけど、ハクレイは今生きている。その意味を彼ははっきりと認識していた。
口では自信が無くなるなんて言ってても、今だけは心の中を満足感が占めている。
『……アニールブレードの耐久値もほぼ限界か。まぁもってくれた事に感謝しないとな』
何気なしにアニールブレードの耐久値を眺めると、耐久値がほぼ無いに等しい数値にまで減少していた。死闘、そうだ。文字通りの死闘だった。だからこそ心からハクレイは感謝の気持ちを抱く。
あれだけの地獄を潜り抜ける中で、それは十分過ぎるほど理解していた。
『……ひとまずは宣言通り最速攻略出来た。なんて、運営が動いているあたり本当にデスゲームになったこの世界で言う言葉じゃないか』
本当は心の底で分かっていた。
ボス戦突入前に、コメントであれほど指摘された上に広告費を出されたのだ。いくら鈍感だとしても何かおかしいとは思っていた。だけど、ハクレイはそれを信じたくなかったから信じなかったのだ。
だからハクレイがボス戦に挑んだのはただのわがままなのだろう。
死んでいたかもしれない、あり得たかも未来を乗り越えて今生きているのは運の要素も大きいに違いない。現実の人々からすれば避けて欲しい道だったはずだ。
だけど。
それでも。
『それでも、逃げなくてよかった。そんな気がする』
それがハクレイの嘘偽りのない本音だった。
それは結果論なのかも知れない。戦った結果、死ななかった。だからボスを倒す決断をしたのは最もいい選択だった。負けた可能性を考えれば途方もない馬鹿の所業なのかも知れない。
だがハクレイはそれで良いと思った。
苦しくたって、死ぬ可能性があったって、それでも外に帰るためには前に進むしかないのだから。
あそこで逃げたとしても、どうせ実況者としての認知度が戦うことを放棄させてはくれない。β版で見せたプレイヤースキルをこの世界にいるβテスター達が忘れているわけがないのだ。
だったら、最初から戦うべきだ。抗うべきだ。
そう、これはこの世界の創造者たる茅場晶彦に対する挑戦なのだ。
しかもこれは反撃の
その時だった。
『ーー第一層攻略おめでとう。ハクレイ君』
何処かで聞いたことのある声が、いきなり割り込んできた。
ギョッとしたハクレイが弾かれるように立ち上がってそちらに視線を動かす。
その人物はいつの間にかそこに出現していた。
白衣を着た男。
だが、確かにそれは……、
『茅場、晶彦……っ!? アンタ、どうして……っっ!!』
『私はこのゲームの開発者だ。何処に現れようと何もおかしいことは無いだろう』
白衣の男は
ハクレイには意味が分からない。先程までコボルド・ロードを倒した余韻に浸り、それからこのゲームに挑む覚悟をしたところなのにいきなりの黒幕登場は予想していなかった。
『さて、ボス戦を終えて疲れたところ申し訳ないが少しの時間外部との接続を切らせてもらった。また、先に忠告するが私に対する攻撃行為は一切効かないのでそのつもりでいてくれたまえ』
いきなり説明が始まっても頭が追いつかない。
とりあえず言われるままにコメント欄を見つめるが『接続できません』という文字が浮かんでいた。
茅場晶彦は冷静沈着とした様子で両手を白衣のポケットに突っ込んで、
『さて改めて言おうか。ハクレイ君、第一層攻略達成おめでとう。私がこの世界の創造者の
その男は見覚えのある姿形と声をしていた。
特にゲーマーのハクレイは知っていた。何度も何度も、見返したからだ。SAO。つまりソードアート・オンライン開発者のインタビュー映像で。PVで。幾度となくこの姿を、声を、見聞きしてきた。
ーーーー間違いない。
目の前の男は先程まで口にした名前に間違いない。白衣の男自身もそう言った事で確信がいった。
ハクレイは今、
『イルファング・ザ・コボルド・ロードを倒したあの動きは本当に素晴らしいプレイだった。と、まぁ褒め言葉はここまでにしておこう。早速本題に移りたいのだがいいだろうか?』
精悍な声が耳に届く。
ハクレイは硬直したまま動けなかった。ただでさえ精神が疲弊しているところにまさかのラスボス登場なんで対応出来るわけがなかったのだ。とにかく言っている意味を自分なりに理解しようと思うのだが、まずなんで目の前に黒幕がいるのか分からない。というか実際デスゲームなのかも不明瞭なので対応に困っていた。
なので、彼はとりあえず疑問を述べてみる。
『本題の前にひとつ。なんでここに居る……んですか?』
『それを含めて話そう。まず現段階で君に危害を加えるつもりはないので楽にしてもらっても構わない』
バッサリと疑問を切られてしまった事にハクレイは何か不条理を感じた。幼女姿を存分に活かしたジト目で茅場晶彦を見つめるが、彼は毅然とした態度を崩さない。
そして彼は言った。
『まずはチュートリアル宣言をしよう。まず、君は鐘の音を覚えているだろうか。恐らく戦闘中にボスが凍結したと思うのだが……。じつはあのタイミングで大多数のプレイヤーにはチュートリアルを行った、と言っても理解しにくいだろうからまずはそれについての説明を始めていこう。とはいえ簡潔にまとめていくがね』
意味不明だった。
というかボス戦中に響いた鐘の音が強制転移を意味するものだとは知っていたがチュートリアルとは何なのか。確かコメントでそんな内容のものが存在していたが、
(……コボルド・ロードがフリーズしてる時にプレイヤー達を招集していたってのか?)
『ふむ、その様子だと心当たりがあるようだな。では簡単に現状について説明をしよう。まず一つ、ログアウトが不能でありこの世界の死が現実の死と繋がること。その際に外部からナーヴギアが外された場合も死亡すること。二つ、この世界から解放されるためには全百層からなる浮遊城アインクラッドを攻略すること。三つ、大多数のプレイヤーはその外見を剥がされ、現実の容姿に変わっていること。四つ、掲示板やネーム公開機能、町到達ボーナスなどの一部ボーナスに加えて新規実況の廃止をした。現状はこんなところだ』
『……………………、』
デタラメだった。
まずゲームの死が現実の死に繋がるのはいい。いや、良くはないけれど理解は出来る。ナーヴギアを外から外された場合も同様だ。全百層を攻略することに関してもオタク知識的なところで考えればまだ吞み込めなくもない。四つ目もとりあえず置いておこう。
だが、大多数のプレイヤーが現実の容姿に変わっている部分だけは見過ごせなかった。とはいえ相手が茅場晶彦だとそれは深く追求出来ない。その設定下でやれ、と茅場が言ってしまえばはいそうですかと受け入れるしかない。
そもそもハクレイは知っているのだ。
もしも政府がこの事件に対応出来るのなら既にハッキングなりしてSAOは崩壊しているはずである。それが成されず、ニコニコ運営が動いてコメント規制までしているということはすなわち『そういうこと』なのだ。もしかしたら違うかもしれないけど、可能性がある以上ハクレイは最悪のパターンを仮定する。
それに世間の茅場に対する評価だって忘れていない。『今世紀の頭脳』なんて呼ばれる彼ならやれる、とそんな気がした。
一万人近いプレイヤー達の命を握ることくらい平然とやってのける、そんな気が。
(……というか大多数? つまり少数派が存在するってことなのか? 他にも俺みたいなプレイヤーが……。ともかく容姿も含めて疑問が残るが)
茅場が次々と説明をしていると、ハクレイは幾つかの疑問を抱いていた。
『待ってくれ。なんであんたはこんなことを? それに容姿が現実のものになったってどういうことなんだ……?』
『理由を語ったところで意味はない。容姿に関しては理解を早めるためだよ。キャラクターの姿よりも現実と同じ姿になった方がより、この世界が現実だと思い知らされるだろう?』
ハクレイの質問に答えた茅場は片手を出し、空中で振った。
途端、映像が流れているウィンドウが表示される。
その映像には開始直後のアインクラッドとは圧倒的に違う部分が存在していた。
開始直後。殆どのプレイヤーが整った外見の姿をしていた。それなのに今映る映像にはそんなプレイヤーが『殆ど居ない』。
それは一つの大きな意味を示していた。
(……じゃあつまり、俺も元の姿に?)
『一般プレイヤーをまとめて広場に集めた理由はその方がチュートリアルと呼ぶべき演出が出来たからだ。一気に周り全てが変貌した方がより心を揺さぶられるものだろう。では何故君、ハクレイ君を含めた少数プレイヤーはその場に呼び出されなかったのか』
茅場は続けて言う。
確かにそれも疑問だった。ハクレイは小さく頷く。
『あの時、集められなかったプレイヤーには一つの共通点が存在していた。私はゲームの公平性を踏まえた上で、『現実と連動してチュートリアル映像を流していた』あの時間帯、私は君を含めた一部の少数プレイヤーを招集することを意図的に避けたその理由が分かるかね?』
『……確か、コメントにあった。広場に集められてチュートリアルが始まった、とか。と言っても俺がボス戦をしていたから、みたいな理由じゃないだろ? チュートリアルなんて一大イベントなら全てのプレイヤーを集めたいはずだ……』
チュートリアルはテレビを通じて流されていた。
その中で意図的に顔バレを避けられたプレイヤー達。そこにある共通点とは何だろうか。考えてみるが答えが出ない。
やがて茅場はその答えを口にした。
『答えは現実の容姿をメディア露出した場合、外部からナーヴギアを外される可能性、またプレイ続行が厳しくなるプレイヤー、だ。君の場合はプレイ続行が困難になるのだよ。なにせ政府機構も関わってくるのだからな。反政府組織、逆恨み。考えれば幾らでも出てくる』
『政府機構って……まさか外との繋がりを俺が持ってるから?』
『その通り。そういったプレイ続行が困難になる一部プレイヤーはこのように個別に呼び出し対処しているのだよ。それも君が最後だがね』
そこまで言った茅場はさて、と呟いた。
その瞬間。空気が変わる。
これまでの真剣な空気から、張り詰めた真剣な空気へと。変貌した雰囲気にハクレイはゴクリと喉を鳴らした。
茅場は言った。
『そういった少数プレイヤーには一つ選択肢を与えている。今回も例に漏れず君にも幾つかの選択肢を与えよう』
それは人間味のない声だった。
底冷えするような声色にハクレイはびくり、と体を震わせる。
『まず実況機能について。今、実況機能は私が一時停止させている。つまり今の私と君の会話も外の人間には聞こえていないのだが、その上で選択して欲しい。ハクレイ君、君は
1
実況をやめる?
何を馬鹿な。ハクレイが最初に抱いたのはそんな安易な思いだった。というか常識的に考えてもあり得ないだろう。
しかし茅場は言う。
『ここで君が実況を止めたとしよう。だが、君は非難される事はない。何故ならば実況を一時停止させているのは茅場晶彦であるからだ。君の意思ではない。すなわち、
この言葉ではまだ心は揺るがなかった。
例えそう思われたとしても現実と繋がる情報網をどうして捨てるのだ。そんなの馬鹿を飛び越えた能無しの所業だろう、とハクレイは思う。
が、茅場の甘言は続いた。
『今の状況は重圧ではないか? このまま実況を続けたところでハクレイ君、君は行動を縛られるだろう。間違いなく君の本領であるゲームプレイは出来ないに違いない。何より先程言ったように公平性に欠けるのだよ』
ーー確かに重圧ではないと言えば嘘になる。
常に見られているのだ。二四時間三百六五日。また、実況機能を持つという事は一般プレイヤー達に情報の共有を行う義務がある。……それを先程まで放っぽり出していた奴のどの口が、と思われるかもしれないが茅場晶彦の登場で逆にハクレイはようやく現実的思考を取り戻していた。だが、プレイヤーの中にはハクレイの存在を疎む者もいるだろう。信じない者だっている。
また、圏外。安全地帯から外に出ることも許されなくなる可能性もある。最悪は常に数人から数十人による監視。ほぼ軟禁か監禁に近い未来があると考えると確かに恐ろしい思いはある。
だが、それだけだ。それよりも変えられないものはある。
だからこそハクレイは実況機能を捨てる気はない。
……だから次の一言はハクレイにとって強烈だった。
『……とはいえ実況機能を搭載した私に非があるのは間違いない。その為、君が実況を止めたのならSAOの死亡者などの情報を発信する生命の碑石。また攻略状況などの情報を流す特別枠を新たに立てよう。またそれはゲーム内外から視聴可能にする。つまり君は縛られることなく一般プレイヤーとしてプレイに励むことが出来る』
それは。それはどうしようもなく効果的な案だった。
ーーハクレイが何もしなくても良い。
何もしなくても情報の共有が出来る。何もしなくてもゲーム内外で確かな情報交換が出来る。
それはあまりにも魅力的で、あまりにも危険な誘いだった。
茅場はハッキリとした口調で言う。
『それにだ。君のその姿。現実の容姿とかけ離れたものだろう。VRMMOにおいて長時間、大きくかけ離れた体躯でプレイするのは危険だと言われているのは君も知っているはずだ。これを受ければ外部からの干渉も気にせず安全も確保出来る。公平性も保たれてこれ以上ない案だと思われるが』
『……ッ』
確かにその通りだった。
というかこんなのズルい。そんな案を出されたらまるで意味がないのだ。ハクレイが一人で実況機能を抱え込む理由が。
公平性。
茅場はそう言っている。ここで実況を止めても非難されない。重圧もない。情報も全プレイヤーで出来る。
完璧だった。
ハクレイが一人で地道に活動するなんて真似をしなくても一発で終わる。
だが、と同時にハクレイの頭の中に疑問が浮かんでいた。
(……なんで、なんで茅場晶彦は俺たちに有利な案を出したんだ。どう考えたってこんな展開を茅場が望んでないことなんて分かるのに)
『さぁ、選択したまえーーーー権利は君にある』
茅場晶彦が重ねて言う。
どうするべきなのか。
ハクレイは決断を迫られた。
それから暫しの沈黙。長い時間を経て、考え込んだ彼はゆっくりと口を動かす。
『俺、はーーーーーー』
そして。
答えを出したハクレイの姿は虚空に消えた。