22話の修正版です。
何故修正に至ったかの経緯は活動報告をご覧下さい。
また、どの程度の変更があったか。同時に修正前のものも掲載しますので、見たい方はどうぞそちらに。
見比べてもらえると違いが分かりやすいかもしれません。
(消す前のデータを敢えて掲載する事で、これを教訓に今後気を付けて参りたいと思います)
コード
ーー
ーーーーソードアート・オンライン正式verを施行します。
ーーーーーーーーーーーーーーー
世界の全ては色彩を変えた。
アインクラッドの全ての壁、床、天井から何から全て。駆け抜けていった何かが丸ごと塗り替えていった。
ハクレイはあまりの光景に戦慄していた。
間近に迫るコボルド・ロードの直接的な危機よりも、サイケデリックに変貌した世界そのものに意識をシャットダウンされそうになっていた。
これは、なんだ?
思わず浮かんだ疑問は、目の前に映るウィンドウによってこれ以上無い明確な答えとして存在していた。
『バージョンアップが完了しました』
そう表示されたウィンドウが何よりも明確に、残酷に答えとして突き出されている。
そのウィンドウの意味するところが数秒のタイムラグを経て意識に浸透した瞬間、ハクレイは全身の血の気が引くのを感じた。
思考が空白に染まる。
冷静な判断も何も、それをするために必要な力そのものが弾け、
もしも、もしもコメントにあったゲーム内の死が現実との死と直結するとしたら? 仮にそうでないにしても今ので仕様が丸ごと変更されていたら? そうだとしたらβ版に知識を蓄え、ようやくここまで辿り着いた努力はなんだったんだ。いやそれは問題にならない。問題は自分はどうするべきなんだ? 真実を確かめる為にまたあの長い道のりを経て始まりの街へ帰れば良いのか。それ以前に真実だと仮定して既に何人の死者が出ているんだ? この世界からの脱出方法は?
と心の中で忙しく思考を回転させるが余りに同じコメントが多いことを考えると現実的には恐らく真実なのだろうと解釈する以外にあり得ない。
それでも実感の持てないハクレイは真実だと
仮にそうだとしたら相手はこの世界の製作者である茅場晶彦という事になる。だがその相手はただ
どうすればいい。
自分はどう行動すればいい。
全方位から襲いかかる不可視の恐怖に対して、未だ真実でもないあやふやで、それでも可能性のある最強の敵意に対してどんな対応をすれば正解なんだ?
そう思っていた時だった。
「グルァァアアア……」
耳に届いたのは低く唸る声だった。それがイルファング・ザ・コボルド・ロードのものだと気付いた途端、ハクレイの思考が消散する。
……今はそんな事を考えている場合じゃない。コメントを見てどう考えたってこの世界での死が現実の死に繋がるのは明白だろうが。
嫌々その事実を認めたハクレイは剣を構えた。もうそれ以上の思考なんて出来なかった。
これ以上考えたら間違いなく自分は混乱する。もしかしたら錯乱するかもしれない。そう考えるハクレイの頭からは逃げる選択肢が抜け落ちていた。
ハクレイが出した結論はこうだ。
ーー今自分はボス部屋にいて、ボスを倒すだけの知識と技術を持っているわけだ。さっき、たった一人で互角以上の戦いを見せたように。
ーーならボスを倒そう。考えるのはそれからだ。
きっとその答えはとても単純で、それでいてとても馬鹿らしい答えだったのだろう。けれど、その時のハクレイはこの答えで完結してしまっていた。
それ以上の考えは無駄だと放棄したのだ。
覚悟を決めたハクレイは真剣な面持ちでイルファング・ザ・コボルド・ロードを観察する。コボルド・ロードはゆっくりとした動作で斧を持ち上げていた。やがて斧と盾を装備して
「グルァァアアアッッ!!」
(来る……!)
イルファング・ザ・コボルド・ロードの雄叫びに誘われて、またわらわらと三匹のルイン・コボルド・センチネル達が現れる。自身の体より大きな化け物が四匹。
先程のように本当は斧で倒したいところだが、仕様変更の不安があったため装備変更はせずにハクレイは真っ直ぐ三匹のセンチネルを見据えた。
「ギャァ! ギャァ!」
煩く吠えるセンチネル達の動き方は既に頭の中の知識にないものだった。その動き方を観察し、今までのゲームデータとの照合を行う。
とはいえ、そう
直後、アニールブレードを構えたハクレイの元に真っ先に一匹のセンチネルが飛びかかる。
その動きは先程と異なり、真っ直ぐに突撃してくるわけではなくより現実感ある動きだった。
ーーだが、対応出来ないレベルではない。
『ーーそこだっ!!』
横移動して斧を振るってきたセンチネルの顔面を貫く。顔から剣先が突き出し、ポリゴンの粒子が舞った。そのまま思い切り剣を引き抜くと、顔からポリゴンの波が溢れ、やがて絶命する。
『次は……!?』
「ピギャァ!」「ピギャギャ!」
素早く体勢を整えたハクレイが向き直ると、寸前まで二匹のセンチネルが近寄って来ていた。また、その後ろにはイルファング・ザ・コボルド・ロードの姿もある。
コンマ数秒の差で命中しただろう二匹のセンチネルの攻撃を回避すべく、ハクレイは咄嗟に剣を横薙ぎしてダメージを与えた。
『……倒しきれてないか!』
ただ当然ながら咄嗟の判断だった為、ダメージを与えるだけに留まったらしい。HPの三分の二ほど削られた二匹のセンチネルを確認したハクレイは二、三歩後ずさって反撃の斧の一撃を右へ左へ剣を傾け、受け流すように
その後、一匹に狙いを付けて突きを放った。
『ーーシッ!!』
「ギャァァ!!」
その一撃は的確に一匹のセンチネルを貫いた。間違いなくHPを削り切った、と確信したハクレイが素早く
(横から残ったセンチネルが……!)
残っていたもう一匹のセンチネルが反撃をしてきたのだ。
振るわれた斧の一撃が視界に映る。
残念ながら人体というものは両腕の動きが止まるとバランス感覚が死ぬものだ。ありがちな実験として、両手を後ろに縛ったまま五〇メートルをまっすぐ走っただけで体幹を維持出来なくなる。まして、全力で剣を振り抜いた後ならどうなるか。このゲームにあるリアル性を考慮し、ハクレイは瞬時にその攻撃が回避不可能のものであると悟った。
ならどうするか。
せめてダメージを減らす為に体を縮こめるしかない。
直後、派手な切り裂き音が炸裂した。
『ーーぅぁっ!!』
横薙ぎされた斧が横っ腹にもろに命中する。体の小ささもあってか、バットで打たれたボールのようにハクレイの体は吹き飛び、地面を二、三度跳ねて転がっていった。
数メートル転がったところでようやく止まったハクレイは体勢を整え直し、立ち上がる事に成功する。
『ゲホッ……ゲホッ……』
だがそのまま動きを続けようとしたところで思わずむせた。痛みはないが衝撃はあるのだ。体力ゲージを見ると、残りHPの五分の一程を削られている。
この状態でイルファング・ザ・コボルド・ロードの一撃をくらえばHPが全損する可能性が高い。
その時だった。
追撃をかけようと突撃してくるセンチネルが視界に映る。
(まずはあいつを倒すーーーー!?)
そう判断したハクレイがアニールブレードを握ろうと右手に力を込めたところで違和感を感じた。
右手が空を掴んだのだ。
開いて閉じてをした後、慌てて視線をあちこちに向ける。だが、剣は見受けられない。
『アニールブレード……? どっかいっちまったのか!』
「ギャァ!!」
最後の一匹であるセンチネルの攻撃を転がって避ける。
仕方なしに新しいアニールブレードを装備しようと装備欄を開こうとしたところで、ハクレイは操作する手を止めた。
「グルァァアア!!」
『お前もか! 中身はともかく見た目幼女相手に鬼畜なモンスターだなぁっ!!』
最も危険視している第一層のボス。イルファング・ザ・コボルド・ロードが間近に迫っていたのだ。流石に死の危険がある状態でのボス含めた二体以上の敵との交戦はハクレイとしても御免被りたいところだった。
慌てて後ろに飛び退って、距離をとる。
だが、二匹は執拗にハクレイに狙いを付けて追いかけて来ていた。
(とりあえずセンチネルを先に仕留めるべきだな)
そう心の中で毒吐きながらハクレイは中断していた装備欄の操作を行い、新たなアニールブレードを取り出した。
新品のアニールブレードだ。そして反転するように振り返ったハクレイはセンチネル目掛けて剣を振るう。
ーーだが、
「グルゥ!」
『コボルドロード!?』
その剣はコボルド・ロードに弾かれた。
しかし、その時センチネルの追撃が振るわれる。
『ーーーーッ!?』
衝撃で肺から全身の空気が吐き出された。
だが、それでも剣だけは手放す事なく転がっていく。中身はともかく見た目が小さい女の子なので、斧で腹を打たれてゴロゴロと転がっていく姿は悲惨なものだった。
『ゲホッ! ゴホッ……ゴホッ!』
そして。
何とか起き上がろうとするが、むせて動けないハクレイの元にさらなる追撃を掛けん、とセンチネルが迫る。そしてハクレイ目掛けて斧が振るわれた。
(避けーーーー!)
その直前。センチネルの動きが視界に映ったハクレイは必至の形相で横に転がり回避する。
そして振り下ろしたセンチネルの隙をハクレイは見逃さない。
『今ーーーーッ!』
上体だけを起こした不安定な体勢で。
それでもハクレイは正確に渾身の突きを放つ。
突き出された神速の一閃は確かにセンチネルの喉元を貫いた。だが、それだけで終わらない。
『ぐ……つらぬけぇ!』
「ギ……ゲグ」
息が苦しいまま舌足らずになってしまった声を上げながらハクレイは更に貫く力を込める。
上体を起こした姿で突き刺した剣は、ゆっくりとセンチネルの喉を貫いた。剣先がセンチネルの体内から飛び出す。
やがてセンチネルはポリゴンへと姿を変えた。
『……ハァッ、ハァッ……これで残りはコボルド・ロードだけか』
今度こそ倒しきったハクレイは息を整えながら立ち上がる。それと同時、アイテム欄を開いて回復ポーションを取り出すと一気にあおった。
削られていたHPがジワジワと回復し始める。これで数秒もすれば完全回復するはずだ。
「グルルゥ……!」
(……イルファング・ザ・コボルド・ロード)
それからHPゲージが完全回復したのを確認し、素早く剣を構え直したハクレイの元にようやくイルファング・ザ・コボルド・ロードが近付いてきた。
そして振るわれた斧の一撃を、今度は確実に
(真正面からぶつけ合ったら勝ち目はない。基本敵の攻撃は受け流す。落ち着け、落ち着けよ。対処出来ないわけじゃない!)
コボルド・ロードの攻撃を上手く受け流したハクレイは反撃に移る。斧での攻撃がしにくいよう、極限まで近くまで寄ってからの行動であった。
『ソードスキル、ホリゾンタル!』
そしてソードスキルを発動させる。
使用したのはホリゾンタルである。リトルネペント狩りの時に使用したスキルだった。その効果は真横に横薙ぎする、だ。激しくエフェクトを散らしながらハクレイは渾身の力でイルファング・ザ・コボルド・ロードを切り裂く。
コボルド・ロードの体から小さくポリゴンが舞った。
続いてハクレイは全振りした
(……少し危なかったな。でもとりあえず戦況は立て直した。一先ずはダメージを与える事に集中して、相手の体力ゲージを削りきるたびに一度下がるチキン戦法でいこう)
もう最速攻略とか考えている場合ではなかった。
というか完全に先程までしなかった動きをしている時点で攻略も何も無いだろう。そもそも最速というにしてもβ版でのデータしか頭には無いし、当然ながらプレイヤーネームで公開したRTAなんてわけでもない。
ただの死闘、というか命がけの戦闘だった。
『敏捷性は勝ってる。敵の動きを予測しろ……違いを探れ。ここで負けてたまるかよ』
その為に勝ち筋を探れ、拳を握れ。
ハクレイはそう自身に言い聞かせる。
イルファング・ザ・コボルド・ロードの新たに追加された動きを含め観察しながら戦闘を開始する。
結局、結論なんて正義も理由もなかった。
『勝負しろよイルファング・ザ・コボルド・ロード。全部暴いてやる』
あったのはゲームプレイヤーとしての勝利へと渇望と、ここで引くのは嫌だ、という子供染みた答えだけだった。
そして直後に。
再びの激突が始まる。