感想、評価ありがとうございます。
この小説が推薦されていたようですね。本当に感謝です。
ーーボス部屋に辿り着いた。
所要時間は四時間五八分。ギリギリ五時間を切ったタイムというのはかなり遅いタイムである。
『…………、よし』
ハクレイはごくりと唾を呑み込んだ。
そしてゆっくりとボスが存在する部屋の扉に手を掛け、開く。
ギギギギギ……という古い、
やがて扉がガタン! と完全に開ききった時。
ーー中から異様な雰囲気が漏れ出す。
『ここからは集中するのでコメント見てる余裕がありません。全力でイルファング・ザ・コボルド・ロードを倒します』
扉の先に見えるフロアを見据えながらハクレイはそう呟いた。既にその視線はコメント欄に向けられていない。そして、ハクレイはフロアへと体を滑り込ませた。
『ボスが動き出すのはエリアの半分ほどまでプレイヤーが到達してからになります。とりあえずここで装備を『アニールブレード』から『ハンドアックス』に変更しますね。イルファング・ザ・コボルド・ロードが登場すると同時、ルイン・コボルド・センチネルという雑魚敵が三匹お供として現れますので、最初にそいつらを撃破します』
言って、ハクレイは言葉の通り装備を変更した。ハクレイの身長の七割はありそうな長さの『アニールブレード』をしまい、今度は体全体のサイズよりも大きな『ハンドアックス』を持ち上げる。
とはいえ筋力値が満足に足りていないからか、自由に振り回すことは不可能な武器だ。持つことは可能だがやはり重い、とハクレイは思う。
そして装備を揃えたハクレイは前方に視線を向けた。
薄っすらと見える王座。
その上に座るコボルド族の王の姿。
(……ようやく来たぞ。焦るなよ、確実に、確実にだから)
部屋にいるプレイヤーはハクレイ一人。その一人が黙り込むと部屋からは完全に音が消え失せる。
静寂とも言うべきか。
いや違う。たった一つだけ鳴り響く低音だけが耳の奥に残っている。これは……心臓の音。ハクレイの胸の中で、仮想の心臓が盛んに送り出す血液の音。それとも、現実の体の心臓の鼓動が届いてきているのか。数秒、緊張を解く意味も込めてじっと聞いていると、鼓動はゆっくりゆっくりとペースを落とし、限界まで張り詰めていた精神も少しずつ解け始める。
そしてふっと心が軽くなったと同時、意識が揺らいだ。両手で持つハンドアックスを取り落としそうになって、慌てて掴み直す。
それからフゥ、と小さく息を吐いてエリアの中央へと、ハクレイは歩き出した。
ーー信じられるのは己の技術だけ。
ーー大丈夫、きっと上手くいく。
心の中で呟いた。これはルーティンのようなものだ。ボス戦前はいつも数秒間こうして心を落ち着けていた。
ああ……これでもう大丈夫。何も怖い事はない。
そう認識してハクレイの周りを包む雰囲気が一変した。
張り詰めたような緊張から、ピンと張った弦のような。ニュアンスは違うが『鋭さ』というべき雰囲気が生まれていた。
『ーーーーいきます』
呟いてハクレイが一歩目を踏み出す。
その瞬間、何かが弾けた!
フィールドを覆っていた得体の知れない雰囲気が消え去り、代わりに恐ろしいまでの重圧が生まれる。
バラバラバラバラー! と何かが切り替わるように視界が広がると同時、王座に座っていたモンスターの姿がハッキリと視認できるようになる。
『イルファング・ザ・コボルド・ロード!』
ハクレイはボス名を叫んだ。
同時、姿を確認する。まず目に入るのはその大きさだ。通常のコボルドの三倍から五倍はあるだろうか。ハクレイより何倍も大きな図体に、巨大な斧と
ハクレイの声に反応するかのように、王座から立ち上がったイルファング・ザ・コボルド・ロードは咆哮を上げた。
「グルァァアアアアアアアッッ!!」
同時、イルファング・ザ・コボルド・ロードの背後から取り巻きである三匹のルイン・コボルド・センチネルが飛び出してくる。
三匹の取り巻き達はそれぞれ斧を片手にハクレイ目掛けて突撃してきていた。それを視界に捉えたハクレイは早口で言う。
『攻略法を説明します! まず、最初に飛びかかってくる三匹は同時に相手するとキツイので、一撃で一掃します。相手の行動パターンとしては、最初にプレイヤーに近付いてから斧を振るというのが多いので、こうします!』
言ってハクレイは両手で『ハンドアックス』をギュッと掴んで、グルグルと回転し始める。その姿はさながらハンマー投げの選手のようだ。
一周するごとにブルン! ブルン! と音を立てる斧を自身ごと回転しながら、ハクレイは狙いを定めて近付いてきたルイン・コボルド・センチネル目掛けて横薙ぎする。
「ピギ、ィッ!?」「ギャァッ!?」「ピ、ピッカギャァ!」
見事、命中させることに成功した。
ハクレイが振るった斧の刃が的確にルイン・コボルド・センチネル達の腹を切り裂く。真っ二つに切れた胴体から粒子の波が漏れ出し、やがてポリゴンへと変わった。
『よし! 次の行動を説明します! 次は、ボスのイルファング・ザ・コボルド・ロードがジャンプして俺が今いる場所に飛び込んできます! ジャンプ力がかなり高くて数メートル飛び上がりますので、そこにこの斧をぶん投げて撃ち墜とします!!」
一見、無茶苦茶な事を言っているので簡単に説明しよう。ようは、ジャンプして空から飛んでくる敵に斧をぶん投げて命中させ、撃ち落そうという話だ。
正直、馬鹿みたいな方法だが空中で当てるメリットは大きい。ぶん投げた斧がクリティカルヒットしたダメージに加え、空中で行動をキャンセルされたことにより落下ダメージも与える事ができるのだ。
そもそもの話、このゲームのボス戦とは四〇人強のレイドで行うものである。断じてソロで挑むものではない。こういった搦め手が結構重要なのだった。
そしてハクレイの言った通りイルファング・ザ・コボルド・ロードが飛び上がる。
その瞬間、ハクレイは目視で狙いを付けた。
『ーーーーそこだぁっ!!』
グルグルとぶん回して速度を貯めていた斧をそのままの勢いでぶん投げる。放り投げられた斧は回転しながら物凄い速度で飛んでいき、イルファング・ザ・コボルド・ロードに命中した。
「グルッ!?」
『っしゃあ! ブチ当てたら装備を変更します。アニールブレードに変更し、滅多斬りです! それから相手が体勢を立て直したら引いて、放り投げた斧を装備欄で装備し直すことで回収します』
空中で斧が真正面から突き刺さったイルファング・ザ・コボルド・ロードが墜落する。
ズシーン! という音を立ててイルファング・ザ・コボルド・ロードが地面に叩きつけられると同時、四本あるHPゲージのうちの、一本の三分の一程が削れた。
『立ち上がるまで斬ります! その間、また取り巻きが湧く恐れがあるので一応辺りに注意するのがポイントです。体術スキルが取れればそのうち『幻想小足』の真似事も出来るんですけどね』
斬斬斬斬!! と物凄い速度で振るわれる剣で更にHPを削り取る。だが、今度は殆ど削れない。恐らく、『速度貯めた斧の一撃>アニールブレードの連撃』の図式が成り立っているのだろう。まぁ単純に考えても前者の方が威力が高いのだし当たり前ともいうべきか。
その時、イルファング・ザ・コボルド・ロードが立ち上がった。素早く後ろに飛び退ったハクレイはメニューを開き、装備品欄からハンドアックスを装備し直して回収する。また、直ぐにアニールブレードを装備し直して、ハクレイは相手の動きを観察した。
(……今の所、順調。正直、ボスに関してだけは最初の動きを除けば殆ど法則性が分かってないからな。その時その時で対応するしかない。とはいえ、パターン数が多いだけだから大体には対応出来る筈ーーーー)
「グルァァ!!」
その時、イルファング・ザ・コボルド・ロードから縦に放たれた斧の一撃を横に転がるようにして回避する。
そして素早く立ち上がり、全振りした
しかしダメージとしては全く大きくない為か大したことのない様子でイルファング・ザ・コボルド・ロードが振り返って二撃目の斧を振るった。今度は横薙ぎである。
『この攻撃は剣を棒高跳びの棒のように使って上に避けます。その後、逆手に持った剣を喉に突き刺すーーッ!』
「グルギャァ!?」
宣言通り、剣を逆手に持ち替えてからハクレイは思い切り剣先を地面に押しやって体ごと浮き上がる。現実でやれば間違いなく剣は折れ、両腕を骨折する無茶苦茶な動きだが、仮想世界内なので問題なく行えた。
斧の横薙ぎを上に回避したハクレイはそのまま思い切りアニールブレードをイルファング・ザ・コボルド・ロードの喉元に突き刺す。
『喉に突き刺さった剣を取る為に装備品欄から再度装備し直します。ちなみに剣を二本揃えた理由ですが、先程のような無茶苦茶な使い方した場合、耐久値が著しく減少するので予備として持っておく必要があったからです!』
地面に足をつけたハクレイはイルファング・ザ・コボルド・ロードの喉に突き刺さっていた剣を装備し直し、ここでソードスキルを発動させる。
『ここでソードスキルを発動します! 喉につき刺せば三秒ほど相手が止まるので、そのタイミングを狙って下さい。行くぞ、ソードスキル、レイジスパイク!!』
レイジスパイク。片手剣のスキルである。技自体は前方に突進して突きを繰り出すだけの技であり威力もそこまで高くはないが、代わりに硬直が極端に少ないスキルだ。その為、とりあえず放ってみるソードスキルとしては最も使用頻度が高いと言ってもいい。
また、このスキルは次のソードスキルに繋げやすいスキルでもあるのだ。
ーーだが、
「グルォォオオオ!!」
その時、イルファング・ザ・コボルド・ロードが反転した。巨体に似合わず簡単にくるりと回転したイルファング・ザ・コボルド・ロードはそのままの勢いで斧を横薙ぎする。
一瞬、ギョッとしたハクレイだが直ぐさまに地面に倒れ込んでそれを回避した。
そしてただ回避するだけではない。
『ソードスキル! スラント!』
倒れながらの体勢で無理やり放つ。スラントとは、片手剣のスキルで端的に言えば斜めに斬りつけるだけのスキルだ。今回の場合、斧の刃が頭を通り過ぎたその瞬間ソードスキルを発動させた為、倒れていった筈の体勢から無理やり元の体勢へとスキルの補助によって戻されてからの攻撃となる。
神プレイだった。
だが、今のはかなり危なかったのかスラントが命中してからもハクレイの表情は固い。
『直ぐに下がります! やっぱり見たことない動きもありますね。いまの回避できたのかなり奇跡です』
宣言してハクレイは剣を構えたまま後ろに飛び退った。その際に追撃の斧が放たれるが何とか剣で弾いて受け流す。
ビリビリ、と衝撃が剣を伝って腕に伝わってきた。
(……流石フロアボスは違うな。レベルが違う、弾くのでも結構大変だ)
それから何とか距離を取ったハクレイは改めて現在までを確認する。
現在のイルファング・ザ・コボルド・ロードの残り体力は四本ある体力ゲージのうちの一本目の残り二割を切ったところだった。正直まだまだという印象である。
もう戦闘開始から数分は経過しているが、倒すまでは時間がかかりそうだった。集中切らなさないようにしないとな、とハクレイは剣を強く握りなおした。
『続いていきますよ! 絶対に倒してやる!』
そして叫んで突撃していったその時だった。
ーーーー見知らぬ音が聞こえてきたのは。
『……え?』
それと同時、目の前で妙な事が起こる。
先ほどまで敵意むき出して斧をぶん回していたイルファング・ザ・コボルド・ロードがガッチリ固まったのだ。
更に、異変は続く。
『……これは?』
聞こえてきた音がようやく明確に聞こえるようになった。ボーン、ボーン、ボーンという鐘の音。
そして目の前には急に固まって動かなくなったイルファング・ザ・コボルド・ロードの姿。
困惑したような表情であちこち見回したハクレイだが、ようやくその鉦の音が『運営による強制転移』の際に起こる音だということに気付いた。
『……これ、確かβ版で聞いたことある。強制転移だよな……。あれ、でも』
ふと疑問が浮かんだが、それは後回しにした。
ハッ、と意識をイルファング・ザ・コボルド・ロードに向け直す。
『固まってる今ってチャンスじゃーーーー!』
そして迷わずアニールブレードを携えて切り掛かる。
縦横斜め、やりたい放題に切りつけた。
だが……、
『……体力減らないんだけど。何だこれ、つかこの音って強制転移される時の音だよね!? 強制転移されないんだけど!? 何これ、どうなってんの!?』
ガッチリ固まったイルファング・ザ・コボルド・ロードの体力が減ることはない。
更に強制転移する時になる鐘の音が聞こえているが強制転移もされない。まぁ強制転移に関してはされたら困るのだが、それはともかく。
『ーー何がどうなってるんだ?』
第一層迷宮区の最奥で。ごく当たり前の疑問を口にしたハクレイは呆然とした顔つきでアニールブレードを握ったまま立ち尽くしていたのだったーーーー。
「一言」
さて、何が起こっているのだろうか(次回へのフリ)
追記という名の業務連絡。
明日まで仕上げなければならない提出物があるので今日は書けません。
次の投稿は恐らく一月二二日の夜になると思います。