転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

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お久しぶりです。遅れた理由や今後のことは活動報告で。それではアークライトとキスショットの出会い中編をどうぞ。


二人のデアイ 中

 話しが纏まったなら早速と、アークライトはアセロラ姫をレーベンスシュルト城へ招待した。

 レーベンスシュルト城はダイオラマ魔法球内にあり、別名”別荘”と呼んでいる。アセロラ姫が呆気にとられる程の大きさと威容、絢爛さを併せ持つアークライト自慢の超級魔法道具だ。

 

 感情に蓋をしているアセロラ姫のこういう反応を見れたのは、結果的に彼女に言い負かされてしまった身としては、してやったりという気持ちになった。

 だがアセロラ姫は単純に驚いた訳ではなかったようで、

 

「こ、この様なお城に貴方は一人で住んでらっしゃるのですか……?」

 

 どうやら過剰に見栄を張っている、もしくは寂しい吸血鬼だと思われたらしい。これを見て思うことがそれか、と多少落ち込んだ。

 

「いや、メイドが一人いる。無論、人間ではない。吸血鬼でもないがな」

「人間でも吸血鬼でもない? ならその方は……」

「会えばわかる」

 

 そう言ってアークライトは城に向けて歩みを進めた。アセロラ姫も続く。

 

 足元に魔法陣が現れたかと思えば一瞬で景色が変わり、この空間にいたのだ。アセロラ姫が珍しそうに周りを見渡す。

 さっきまでいたのは巨大な柱の上だった。いま歩いているのは巨柱から伸びる空中回廊であり、その先にある豪華絢爛な白亜の城――レーベンスシュルト城へ続いている。

 周りはまさに別世界だ。見たこともないほど大きな滝と鮮やかに空へかかる虹、広い海と緑に溢れる木々に囲まれた雄大な景色。まるで一枚の絵画の如き美しさで、その中心でさらなる存在感を放っているのがレーベンスシュルト城だ。これまで見てきた王様が住むどんな城より立派で、比べることがおこがましい程の威容を携えそびえ立っている。

 

「お帰りなさいませ。マスター」

 

 正面から聞こえてきた第三者の声にハッと正面に目を戻す。どうやら夢中で周りの景色を見ている内に城へついていたらしい。

 城の玄関には、背後に無数のメイドを従えた女性が待っていた。これを見る限りレーベンスシュルト城の使用人たちなのだろうが、そんな考えはアセロラ姫の頭から既に吹っ飛んでいた。

 

「お、同じ顔……?」

 

 そう、声を発した女性以外の、後ろに控えるメイドたちの顔が皆同じなのだ。

 アセロラ姫やアークライトのように超級クラスとまではいかないが、世に出れば男共が放っておかないであろうレベルで整っている。だが、共通して瞳に光がなく感情にも色がない。アークライトやアセロラ姫のように、閉ざした訳でもなくしまい込んだ訳でもなく、元から存在しないかのようだ。

 

 唯一の例外が先頭に立つ短めの銀髪に蒼い瞳の女性。彼女も無表情ではあるが、少なくとも感情は感じられた。

 

「あ、あの、この方たちはいったい……」

「さすがのお前でも驚くか。ウル」

「はい。初めましてアセロラ様。詳細はマスターより念話にて聞き及んでおります」

 

 アークライトに名を呼ばれた先頭に立つ女性――ウルが一礼して自己紹介を始める。

 

「私はウル。正式名称は魔力駆動式自動人形・五型最終番、ウルティムム・アウローラと申します。以後、お見知り置きを」

 

 アークライトには『人形師』という異名の一つがある。

 十指から伸びる魔力の糸によって同時に数百体の人形を操り、たった一人で何百もの群となることがその由来だ。

 アークライトが作った人形は魔力糸を用いての遠隔操作が基本だが、数体ほど例外がいる。それがウルを始めとする個別の自我と自立駆動能力を持たせたアウローラシリーズだ。

 ウルことウルティムムは、最後に作られたアウローラシリーズにしてこれまでの全てを注ぎ込んだ最高傑作である。

 

「私以下四体姉がおりますが、現在は留守にしています。今回は私が代表してお迎えしました。紹介は後ほど」

「ご丁寧にどうも。私はアセロラです。よろしくお願いします」

「……なるほど。マスターの言う通り、なかなか変わってらっしゃるようで」

 

 ウルティムムもアークライト同様、自分が人外であることをあっさり受け入れたアセロラ姫に驚いたらしい。異端滅ぶべしがまかり通る宗教全盛期のこの時代、人外だというのは狙われるに十分すぎる理由だ。

 普通の人間ならまず確実に忌避されるし、神秘に通じる者なら捕まえるかするだろう。

 

 アセロラ姫のように受け入れた挙句、挨拶を返すなど稀有どころではない。

 

「それでは立ち話もなんですし、中へどうぞ」

 

 メイド達を率いて絢爛な城門へ向かうウルティムム。その途中、何かを思い出したかのように立ち止まり、アセロラ姫を振り返る。

 

「どうしましたか?」

「いえ、客人が訪れるのは久しぶりでしたので、つい忘れてしまいました」

 

 アセロラ姫に向き直り、姿勢を正す。

 

 それはここに客人を招いた時、絶対に欠かせなかった通例。おおよそ数百年振りではあるが、だからこそ万感を込めよう。

 スカートに端を掴み、片足を上げて軽く膝を曲げる。洗練された優雅なカーテシーを決め、改めて言った。

 

 

「ようこそ、ダイオラマ魔法球レーベンスシュルト城へ」

 

 

 尚、アセロラ姫の後ろのアークライトが「それ俺のセリフ……」と呟いていたが、アセロラ姫は見上げた城の威容に圧倒され聞こえず、ウルティムムは驚きながらも笑みを浮かべていたりした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 アークライトが背を向け、「後はウルに任せる」と言って去って行く。取り敢えず今日は休み、詳しい話は明日とのことだ。

 

 レーベンスシュルト城に入って最初にアセロラ姫が連れられたのは、これから暫く暮らすことになる部屋だった。この時代では考えられない程に快適でもう王宮だろと言わんばかりの豪華さに遠慮したのだが、レーベンスシュルト城の客室はこれが標準らしく、それなら受け入れるしかない。

 食事の用意やベッドメイキング、洗濯や掃除などはメイド達がやってくれるらしい。

 

「自分の面倒くらい自分で見られます」

 

 やはりと言うべきか、アセロラ姫はそれを遠慮した。だが、ウルティムムから「久しぶりのお客様なので、どうかメイドの仕事をさせて欲しい」と、無表情ながらもかなりの迫力で懇願されたので、そう言うのならと承諾した。

 

「それにしても、本当に素晴らしいお城ですね。ですが、アークライト様とウルティムム様のお二人が住むには広過ぎるのでは?」

「ウルで結構です。アセロラ様のお言葉の通りなのですが、まぁそれは、なんと言いますか……名残、なのでしょうね」

「名残……ですか?」

「はい。このレーベンスシュルト城はアークライト様が創造したものではありますが、何も最初から一人だった訳ではありません」

 

 ウルは語る。始祖、真祖ならびに神祖と称される始まりの吸血鬼は、アークライトを含め六体いた。これらは第一位から第六位まで格付けされており、まとめて上位始祖と呼ばれ、その末裔は今尚大きな影響力を持っている。

 何故第六位までが上位始祖なのかと言うと、それはそれぞれの起源が関係している。例えばアークライトは星によって生み出された星の代行者が吸血鬼の姿をとった存在で、他には超常存在からの零落、原初の人間の末裔、精神生命体が姿形を得たもの、怨念もしくは信仰による自然発生など。聖職者や普通の人間が聞いたなら白目を剥いて発狂するであろう面子だ。

 これらが吸血鬼の起源とされるもので、その起源の数が六種故に第六位以上が上位始祖なのだ。格付けに関しては存在の強さや霊的階級などが関係し、上位だからと言って必ずしも歳上とは限らない。

 

「かつてはアークライト様を始めとする上位始祖の方々がここに住んでいました。吸血鬼という存在故に人の世には受け容れられず、かと言ってそうそう動き回る訳にもいかない。だからこそアークライト様は彼等にも居場所をと、このレーベンスシュルト城を作ったのです」

 

 とは言うものの、共に住んでいたのはそう長い期間ではない。

 確かにアークライトが作ったレーベンスシュルト城は居心地よいものだったが、彼等は皆誇りある最古の始祖だ。与えられる立場に甘んじるつもりはなく、時間差はあったものの目的や居場所を見つけ、それぞれが旅立っていった。寂しさを感じながらもアークライトもそれを見送った。ウルとしては最初からそれが目的だったのではという気がしてならない。

 その当時の名残がレーベンスシュルト城なのだ。

 

「立派なお方だった(・・)のですね、アークライト様は」

「……やはり、貴方もそう感じますか」

 

 アセロラ姫のイントネーションにウルが顔を俯かせる。

 

「はい。確かにアークライト様はその当時、まさに王だったのでしょう。しかし今はまるで脱け殻のよう。いえ……あれは、虚ろと表現すべきでしょうか」

「……本当に変わっておられる。そこまでズバズバと言う人はそういません。ましてやアークライト様も私も人外だというのに」

 

 この時代は人外の存在に優しくない。宗教が全てであり、それを外れたモノは悉く異端。何より人にとって理解できないのはそのまま恐怖へ直結する。

 そんな存在の筆頭を前に、こうも本心をそのまま表してくるアセロラこそがある意味外れた存在なのではと思えてならない。

 

「アークライト様は変わられてしまいました。かつて吸血鬼の王と呼ばれた頃の御姿はありません。今は死に場所を求め世を彷徨うまるで幽鬼のようです」

 

 アークライトの本質は吸血鬼でありながら善に寄っている。

 人から吸血することはなくそもそも必要もないし、殺しに悦を見出す異常者でも誰かの運命を弄ぶ破綻者でもない。他の吸血鬼のように人間を家畜として見ていないし、むしろできるなら共存を望む稀有な存在だ。

 

「だからこそ、アークライト様は耐えられなかった。永遠に続く時間が及ぼす孤独感と、吸血鬼であるが故に光の世界から拒絶されることに」

 

 人が求める不老不死は決して神の祝福ではない。むしろ呪いだ。

 姿が変わらぬ不老は周囲との差異となり疎まれ、死という終着点を奪う不死は世界を色褪せ絶望を齎し虚無を生む。

 実際に吸血鬼の死因の殆どが終わることのない時間の牢獄に絶望した自殺だ。これは諦めとも言える。

 

 アークライトも例に漏れず、今がその状態だ。

 

「アークライト様は最も不老不死に近い。故に自殺すらできない。だから血を絶つ他ありません。それまでの過程は私達にとって地獄のようでした」

 

 闇の魔法と呼ばれる禁呪をわざと暴発させ、身体を木っ端微塵にする。あらゆる神秘を切り裂く妖刀で心臓を突き刺す。アークライト以外の何者も立ち入ることのできない千年城で己に向けて月を落とす。気と魔力を体内で暴走させて爆裂させる。

 おおよそ思いつく限りの手段を試したが、終ぞアークライトに死は訪れなかった。たとえ五体がバラバラになろうと次の瞬間には、傷を負ったことが無かったかのように元に戻る。まるで世界そのものがアークライトの死を否定するかの如く、事象が拒絶される。

 

 アークライトによって生み出され、アークライトに自我を与えられ、アークライトを(マスター)と慕うアウローラ姉妹。彼女たちからすればそんな姿は目を覆いたくなる光景だった。

 だが止めることはしない。それは他ならぬアークライト自身が望んでいること。生み出された存在(オートマタ)である我らがマスターの意思に逆らうなどあってはならないと。

 

「……本当にそれでよかったのですか?」

「良いも悪いもありません。いくら自我を持っていても、結局のところ私達は造られた存在。マスターが望むなら我らも然り。アークライト様が死を選ぶなら、私達もお供する所存です」

 

 アークライトは己が死んだなら外の世界へ行けと言う。

 そこで仕えるべき新たな主人を見つけろと。お前達はお前達の意思で新たに生きていけと。

 冗談じゃない。後にも先にも我らが仕えるのはアークライトただ一人。己の意思で決めろと言うなら、初めから決まっている。

 

 ――――最後までマスターと共に

 

 アークライトが死ぬのならこのダイオラマ魔法球レーベンスシュルト城と、朽ちるかこの世の終わりが来るまで眠りにつくことを選ぶ。それが彼女達の総意だった。

 

「――いいえ、違いますね」

 

 そんなアウローラ姉妹の決意を、アセロラ姫は否定する。

 

「……違うとは、どういう意味ですか?」

「言葉通りです。貴女の望みは他にあります」

「何を根拠にそんな戯言を――」

「では何故、アークライト様の話をする度に泣きそうな顔をするのです」

「――ッ」

 

 アセロラ姫はかつて誰もが己の外面だけを見てくれないことに悩み、それを解決しようとして魔法使いのおばあさんに頼り、そして最後には両親含む国民全員の死という最悪の事態を招いてしまった。

 魔法に頼るというある種の最終手段を選ぶまでに、何とかしようと色々とやってきたつもりだった。しかし当時のアセロラ姫は箱入り王女様。その身で試すには限りがあり、何より生半可なことはアセロラ姫の美しさで掻き消されてしまう。

 だからこそなのか。アセロラ姫は感情を読むのに長けている。相手が己に向ける感情を知れば、どこを直し何が悪いのか分かるのではないかと。

 

 ウルの表情が悲しげに歪む。

 

「……ええ、その通りです。認めましょう。ここで誤魔化しても貴女には通じない」

 

 何より、己を偽るペルソナをつけ続けるのにはもう疲れた。

 姉妹全員それが感情ではなく、主人に従うオートマタとしての義務心からくるものだと承知していながら、誰も指摘することはなかった。もしそれをすれば一気に決壊してしまうと。感情を抑えられないと。

 アークライトの決心を揺らがせてしまうのを怖れ、一歩踏み込むのをずっと避けていた。

 

 それもここまで。姉妹の誰かではなく、他人であるはずのアセロラ姫によって暴かれてしまったのだから。

 

「どうぞ、自分の言葉にして吐き出してください。楽になります」

「……良いわけありません。死んで欲しくない。あの方は愛を知らない。私達ですらマスターから教えられて感じているのに、アークライト様はそれを向けられたことがない。何故、吸血鬼であるだけで全てから拒絶されなければならないのですッ。神の名の下にならどのような行為も正当化する人間や、理由もなく命じられるまま矛を向ける天使のほうがよっぽど異常でしょう! 私は私が憎い! 義務心などともっともな理由で踏み込むのを怖れて、主が虚無に沈んでいくのを見ているだけだった私達が――! 何より……――――ッ!」

 

 ――アークライト様が絶望のまま死に逝こうとするのが耐えられない

 

 溢れる激情のまま身を掻き抱き、狂ったように露吐するウルに会った時の冷静沈着な面影はもうない。何十年も己の本心に蓋をしていた反動か、今のウルはウル自身でも感情のコントロールが出来ないのだろう。

 澄んだ蒼い瞳からは涙が零れ落ち、とうとう力なく膝を折ってしまった。

 

「…………」

「私達にアークライト様を変えることはできない。いくら死んで欲しくないと願っても、いざそれを伝えようとすればどうしても主への義務心が邪魔をしてしまう。もうどうすればいいのか私達にはわかりません」

 

 それは感情云々ではなく、どうしようもないオートマタのサガ。

 いっそ感情なんてものがなければ悩み踠き苦しむ必要などなかったのに、感情があったからこうして主を慕い想うことができる。

 とめどなく湧き上がる綯い交ぜになった感情の奔流にウルの魔術回路がきしみ始め、とうとう自己防御機能の強制停止が働きそうになった時、アセロラ姫がウルを抱きしめた。

 

「……あ」

「申し訳ありません。そんなにも抱え込んでいたにもかかわらず、安易に吐き出せなどと、無責任なことを言いました。それでもどうか落ち着いてください」

 

 そうして暫く無言の時間が流れ、冷静さを取り戻したウルがおずおずとアセロラ姫から離れる。無表情故にわかり難いが、少々頰を赤らめていた。

 

「ありがとうございます。私の方が年上だというのに、情けない様を見せてしまいました」

「元を辿れば私が原因。それに誰しも悲しい時は冷静でいられないもの。私と違って貴女はいたって普通です」

「……お強いのですね、アセロラ様は」

 

 ウルの言葉には様々な意味が含まれていた。

 確かにアセロラ姫は強い。それは人外にすら影響する防壁でも、他者を魅了してしまう魔性の清純さでもない。

 驚くべきはその精神性だ。数多の捧げられた生命を背負いながらも決して折れることなく、元の心を保ったまま旅を続ける精神の強靭さは、最早人の領域にとどまらない。吸血鬼の王すら圧倒したそれは、おそらく人が理解することはできないだろう。

 だが、だからこそ。そんなアセロラ姫だからこそ、アークライトを――と。アセロラ姫しかいないと、ウルは思う。

 

(彼女しかいない。私達では無理でも、アセロラ様なら)

 

 即座にラインを通して繋がった姉妹達に報せる。加速された思考の中、五体のアウローラ同士で意見が交わされ、程なく結論が出る。結果、全員一致。

 代表となったウルティムム・アウローラがアセロラ姫に向き直り、その陰ることのない輝きを宿した金色の瞳を真っ直ぐ見つめた後、深々と頭を下げ、アウローラ姉妹全員の意思を伝えた。

 

「アセロラ様。どうか私達の願いを聞いてもらえないでしょうか」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「…………」

 

 ウルが去った豪華絢爛な客室。ベットの上に座り、アセロラ姫は思索にふける。

 

(救って欲しい、ですか……)

 

 伝えられたアウローラ姉妹の願い。それは自分達の無力さを嘆きながらも、全てを賭したものだった。

 

 不老不死という時間の牢獄に蝕まれ、アークライトの心は闇に沈み固く閉ざされている。永遠に続くであろう色褪せた無価値な日々を終わらせるため、血を絶つことを決めたのだ。その奥底は深く、誰にも開くことはできない。

 そんな時だ。一千年の時の果てに出会ったアセロラ姫が僅かな亀裂を入れたのは。何者にも影響されなかったアークライトの心に。そこにアウローラ姉妹は賭けた。

 アセロラ姫によって暴かれてしまった今、アウローラ姉妹は己を偽るのをやめるだろう。アークライトに心からの言葉を告げるのだろう。

 それでは駄目なのだ。確かにウル達の本心を知ったアークライトは自殺を思いとどまるかもしれない。根は善に寄っているアークライトが娘達が悲しむのを良しとしない。

 だが、それはただ先延ばしにしただけだ。いずれまた限界が来るのは目に見えている。

 

 だからこそ、アセロラ姫に託した。身勝手な願いかもしれないが、アークライトを救って欲しいと。

 

(私に、できるのでしょうか……)

 

 己の為に死んでしまうものをいつか助けられるかもしれないと。そんな誰かを探す旅に出た。だけど生命を捧げられるばかりだった己が本当に誰かを救うことなどできるのか。その疑問がいつも心のどこかにあった。

 

(アークライト様は私に意味のある終わりを見せてみろと仰っていました)

 

 ならば意味のある終わりとはなにか。考えるまでもなく助けられる誰かを見つけることだ。

 

(その助けられる誰かというのはアークライト様のこと?)

 

 筋は通っている。だが本当に意味のある終わりを見せるのがアークライトを救うことになるのだろうか。それはただ無価値な死から意味のある死へ過程が変わるだけではないだろうか。結果は変わらず死だ。

 アセロラ姫は自殺を諦めや逃避と考えているので、それが救いなどと認める訳にはいかない。

 

(ならアークライト様にとっての救いとはなんでしょう)

 

 アセロラ姫の聡明な頭で考えを巡らせてみるが、結局答えは出なかった。

 そもそも知り合ってまだ一日も経っていない。人によって多様に変化する曖昧な救いなど分かるはずもない。

 

(まずはアークライト様と交流を深めるのが先決ですね)

 

 託された以上、それを無碍にはできない。何より"頼まれる"ということ自体がアセロラ姫は初めてだ。これまで与えられ、捧げられるばかりだった自分が何かを頼まれる。そんな未知の体験にアセロラ姫は自身が思っている以上に張り切っていた。

 誰かの為に何かをする。自身で決めて自身で背負ってきたこれまでとは違うアセロラ姫にもよく分からないナニカを胸に抱き、久しぶりの柔らかなベッドの感触に包まれて眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 と、これで中辺りまで話したかな。この辺はキスショットから聞いたところだからね。

 

 え? キスショットの性格が違いすぎる?

 いや今でもこんなもんだよ。のじゃ口調に隠れてるだけで。確かに少しはっちゃけたかもしれないけど、今も昔もキスショットはアセロラ姫の頃のままさ。

 

 なにキスショット、アセロラ姫呼ばわりはするな?

 まぁお前はこの呼び方はあんまり好きじゃなかったな。儂の名は俺がつけたキスショットだけだって? 嬉しいこと言ってくれる。けど忘れたとか言っときながら、あの頃のことは全て覚えてるんだろうな。

 

 いやいやなんでもない。

 まぁともかく、あの時はお互いに色々末期だったからね。

 次はここからどうやって吸血鬼になったか話そうか。確かにあのまま何事もなければキスショットは吸血鬼にならなかっただろうし、もしかしたら俺もここにいないかもしれない。

 だけどそうはいかなかった。なにせ俺もキスショットも超級の特異点だ。良い悪いに関わらず、様々なモノや出来事を呼び寄せる。

 

 いや、これは言い訳だな。

 あれは間違いなく俺のミスだった。少し考えればわかることなのに俺は見逃した。今でも我ながら間の抜けたことだと思うよ。

 

 一言で言うなら。美し姫の噂とあの惨状に惹かれたのは俺だけじゃなかったってことさ。

 

 

 




さらっと新キャラが出てるけど過去編だから別にいいよね。
ちなみに元ネタは言うまでもなくアーウェルンクスシリーズ。強さは上位始祖並。姉妹が揃うと三位以上の最上位にも食いつけます。

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